46話 金色の人形
「なんだか久々に喋るような気がするけど、みんなおはよう」
翌朝、玉座の前に集合したところ、アピィの第一声がそれだった。
急にどうした。
「いや、昨日も楓の祝勝パーティーで散々騒いでたろう」
「ラフィーナ様と一緒に、私達もお風呂に入ったじゃないですか」
「そノ後はサロンで、みんなでお茶もしタよね?」
矢継ぎ早に突っ込みが入ると、アピィは満足げに頷いた。
「そう、その言葉が聞きたかった」
「君は一体何を言っているんだ」
食事や風呂なんて当たり前にあることだろうに、一体何が聞きたかったのか。
相変わらず謎の言動が多い魔女だ。
「ヒ、姫様ー!」
そんなふわっとした空気を打ち破るように、執事人形が玉座の間に慌ただしく駆け込んできた。
「爺や、何かアッたの?」
「ソレガ、表ニ! カ、彼ガッ」
「――ッ」
その言葉を聞いた途端、ラフィーナが駆け出していく。
ただならないその様子に、俺達も後を追った。
玉座の間を出て、そのまま二階の大テラスへと躍り出る。
丁寧に整えられた中庭を見下ろせるその場所に、ペガサスの人形に跨った金色の人形が滞空していた。
「オスカルッ!」
ラフィーナが叫ぶ。
それに応えるように、オスカルと呼ばれた人形はペガサスから跳躍すると、羽のような軽やかさでテラスに着地した。
豪奢なマントを風にたなびかせ歩み寄ると、ラフィーナの前で膝をつく。
「ゴ機嫌麗シュウ、姫様。不在ノ間、ゴ苦労ヲオ掛ケシマシタ」
紳士的な態度で顔を伏せ、一礼する。
その貴族然とした立ち振る舞いは、明らかに他の人形達と一線を画していた。
「そンな儀礼的な挨拶はいラない。キミは、いやキミたちは。自分たちが何をしテるノか、分かっていルの?」
「無論。デスガ、勘違イシナイデ頂キタイ。コレハ自分勝手ナ我侭デハゴザイマセヌ。同ジ想イヲ抱ク同志ハ、姫様ノ思ウ以上ニ大勢イルノデス。私ハソンナ人形達ノ心ヲ、代弁シテイルニ過ギマセン」
「ボクはちゃンとキミたちの事を愛しテる! それ以上の何を望むってイうのサ!」
ラフィーナの言葉に、オスカルが静かに立ち上がる。
ロボット風の自動人形ばかりが目立つこのラブパレードで、人型かつ高身長のオスカルは、人形達の王のような風格さえ感じさせる。
「ソレ以上ヲ望ムノデハアリマセヌ。貴方ガ我々以外ヲ愛スルコトガ、堪ラナク我慢デキナイノダ。愛ト笑顔ノ魔女ニ傍ニハ、我々人形ダケガ居レバソレデ良イ。……人間達ノ世界デハ、コレヲエゴイズムト呼ブソウデスネ」
「オスカル、まさかキミ――自我、が」
「サァ、分カリマセヌ。論理回路ノバグカモシレマセンガ――モシコレガ自我ダトイウノナラ、私ハモハヤ悪魔ト同列ノ存在ダ。ソウ、貴方ト同ジデスヨ、ラフィーナ」
オスカルがラフィーナの頬へ手を伸ばす。
その指先が触れようとした瞬間、俺は引き抜いた拳銃の引鉄を引いた。
オスカルの足元に弾丸が突き刺さり、たなびく硝煙が銃口から上がる。
「そこまでだ。彼女が怯えてるのが見て分からないか?」
「貴様ハ――」
無表情のまま、鋭い視線がこちらへ向けられる。
人型の人形にも関わらず、その表情からは思考らしいものが読み取れない。
彫刻のように整った、しかし神経質そうな顔立ちといい、まるで某有名映画の液体金属サイボーグのようだ。
「お前の主はラフィーナなんだろう。些か不敬が過ぎるんじゃないか?」
「ダーリン! ボクのハートの主はやっパりキミだよぉ♡」
我に返ったラフィーナが、喜びを顕にして抱きついてきた。
その様をオスカルが、無表情のままじっと睨みつけている。
「お離しくださいお嬢様! 今の楓ならきっと殺れますっ!」
「どうどう。ラフィーナはああ見えて馬鹿みたいに頑丈だから絶対無理よ。諦めなさい」
一方で、殺気をみなぎらせたメイドが、刀を手に目を血走らせてこちらを睨みつけていた。
刃物を持った女は、なぜこれ程男の恐怖心を煽るのか。本能的に何か怖い。
「……同志カラ報告ハ受ケテイル。人間ノ分際デ姫様ヲ惑ワセタノハ貴様カ」
「いや、どちらかと言うと当たり屋的なものを受けたのはこっちなのだが」
突発イベントなどと銘打っていたが、あれ絶対にラフィーナの婿探しだろう。
「純粋無垢ナ姫様ヲ誑カシテオイテ、己ハ白ヲ切ルカ。パークスタッフ向ケノ回覧書デ、貴様ガ軽薄ナ軟派行為ヲシタ事ハ把握済ミダ」
「おいラフィーナ、こっちを向け。君には説明責任がある。白を切るんじゃない」
「ボ、ボクには何ノことダカさっばりだなァ~。どこ情報だろウねぇ~?」
意地でも視線を合わせようとしないラフィーナが、下手くそな口笛の真似事をして誤魔化す。
どうやら独身生活が長過ぎて、変なプライドがついているらしい。面倒な。
「ヤハリ、姫様ノオ心ヲ理解デキルノハ我々人形ダケノヨウダ。貴様ハ姫様ノ隣ニ相応シクナイ」
相応しいかどうかはさておいて、確かに自分にとって乙女心というやつは複雑怪奇だなとは思う。
「それヲ決めルのはキミじゃなイでしょっ」
「イイエ、分カルノデス。人形以外ノ存在ハ、貴方ヲ傷ツケル事シカシナイ。誰モ彼モガ、貴方ノ愛ヲ理解シテコナカッタ。モウコレ以上、黙ッテ見テイラレナイ!」
語気を強めると、オスカルが左の手袋を外して自分の足元へ投げつける。
確かそれは、古い風習で決闘の合図だ。
「モシ貴様ガソウデナイトイウナラ、受ケテモラオウカ。姫様ヲ賭ケタ決闘ヲ」
「……なるほど。最初からこの展開が目的か」
うまく乗せられたというべきか。こいつの狙いは自分だったのだ。
人形の王子が、主であるラフィーナを手に入れる為の、正統性のある手順。
決闘はもっとも分かりやすく、古来から伝わる効果的な手段といえる。