45話 王子人形オスカル
ラブコロシアムでの死闘が終わり、一時間後。
玉座の間には自慢の兜をべっこりと凹ませたマキシムが、魔法の鎖で拘束された状態で正座させられていた。
「さーテ、調整所に送る前にキミをここに連レてきた理由、もチろん分かルよね?」
「……尋問、デショウナ」
落ち着いた口調でマキシムが返答する。
「そノとーり。盗賊団の親分は喋れる状態じゃナかったかラね。でも、キミにはちゃんと洗いザらい話しテもらうヨ!」
「…………」
腰に手を当てて、ずいっとラフィーナが詰め寄る。
小柄な彼女の目線は、正座していてもマキシムと同じ高さにしかならないため、残念ながら上から見下すことはできていない。
「よし、拷問なら任せろ」
「なんで珍しく乗り気なんですか……」
「あれはあれで貴重な体験だったからな。忘れない内に復習をしておきたい」
「駄目です」
自らの行動力をアピールしたところ、楓に即却下されてしまった。なぜだ。
「……分カリ申シタ。リンドー殿ニ負ケタ以上、抵抗ハシマスマイ」
「フフン、まーソう言うダろうね。でも、今回ばカりはボクも怒っテる――へ?」
ラフィーナが素っ頓狂な声を上げる。
「何カ問題デモアリマスカナ、姫様」
「あ、あルぇ~? きっと反発するダろウから、ビシッと良いトこ見せてダーリンにアピールしヨうと思ってたノに?」
それは口にしたら駄目な事だと思う。
「随分素直ですね。さっきまであんなに傲岸不遜でしたのに」
「君の言葉が奴に届いたということだろう。あれは良い啖呵だった」
「ほんとですかっ」
「ああ。もっとも、悪魔らしいかどうかは別の話だが」
「うっ。それは、まぁ……」
ああいうところが半人前なんですかね、と楓が苦笑する。
確かにそうなのかもしれないが、できれば彼女にはそのままでいて欲しいと思う。
「うーン。まぁ素直に喋ってくレるのなら、それデいんだケど……」
「姫様、爺ヤハ心配デスゾ。今ノコヤツハ姫様ニ嘘ダッテツケルノデス。喋ラセルノハ危険カト」
「フンッ、我輩トテ騎士ノ端クレダ。一度口ニシタコトヲ覆シタリセヌワ」
「姫様ニ歯向カッテオキナガラ、ヨクモヌケヌケト騎士ナドトッ」
ラフィーナの傍らに控えていた執事人形とマキシムが、激しい言い争いを始める。
「二人とも、やめナさいっ。……ボクは、マキシムの話を聞くヨ。造物主のボクがキミたちを信じなイで、他に誰が信じてアげるノさ」
「姫様……」
「オォ、ナントオ優シュウ。コレホドノ愛ニ満チ溢レタ姫様ヲ裏切ルナド、人形ノ風上ニモ置ケマセヌナ」
執事人形がちくりとした皮肉をマキシムに飛ばす。
一方のマキシムは、思うところがあるのかラフィーナの顔を直視できないようだった。
「それデ、マキシム。キミや親分に命令を下しテたのは、一体誰なノ?」
「既ニ想像モツイテオリマショウガ……。我ラノ目的ハ、姫様。貴方ノゴ寵愛ヲイタダク事ニゴザイマス。我ラガ集メタ愛ヲモッテ、姫様ニ愛ノ告白ヲ行ウ。ソンナ畏レ多イ事ガ赦サレル人形ハ、アノ方ヲ於イテ他ニハオリマセヌ」
そこまで聞いて、ラフィーナの表情が曇る。
ああ、やっぱり――そんな呟きが聞こえてきそうだった。
「王子人形オスカル。彼コソガ、我々ノ最後ノ同志デゴザイマス」
気づけば、空を見上げていた。
こちらを覗き込むブルーの瞳が、小さく凝縮した青空のように見えた。
「どうした。集中できていないようだが」
僅かな動きで突きを躱され、足を掛けて引き倒された。
そんなお手本のような体捌きをこなしても、ハリーの声はいつもの調子のままだ。
案の定彼のメンタルは、そうそう動じることはないらしい。
毎朝の日課である組み手も、こちらは気が疎かになっているというのに。
差し出された手を掴み、引き起こされる。
そして座った姿勢のまま、芝生の上に足を投げ出した。
どうにも気が散ってならない。
「……ラフィーナ様、大丈夫でしょうか」
マキシムに勝利したお祝いにと、昨夜はラフィーナがパーティーを開いてくれた。
大きなケーキを前にはしゃぐ彼女は、普段と変わらない笑顔のように見えたが、時折その表情が曇っていた。
それはきっと、マキシムが白状した黒幕の名を思ってのことだろう。
「気になるのか」
「……はい。執事さんが仰っていました。王子人形は、千体目の記念に造られた特別な人形だそうです。ラフィーナ様が彼の為だけに設計し、名前をつけたのだと」
「思い入れのある人形、というわけか。悪魔も人間の子供と変わらないな」
意外そうにハリーが呟く。
彼が子供の頃にも、そんな思い出があったのだろうか。
「ハリーさん。ラフィーナ様のこと、気にかけてあげてくださいませんか? 私達が思う以上に、無理なさっているのかも……」
「……そうだな。善処しよう」
相変わらずの無表情のまま、小さくハリーが頷く。
一見するとそうは見えないが、彼は存外に気配り上手だ。いや、フォローが上手いと言うべきか。
そして、それはそれとして、と続けた。
「日課は日課だ。昨日の動きを忘れない内に、君の身体に覚え込ませるぞ」
眉間にシワを寄せて、ハリーが再びファイティングポーズを取る。
おのれ鬼教官め。自分で言うのも何だけど、私にもちょっとは優しくしてくれたっていいじゃないか。
「……ほんと、ロマンがないなぁ」
「何か言ったか?」
「べっつにー。何でもありませんよーだ」
ハリーが怪訝そうに首をかしげる。
その日は珍しく、身体能力に任せて彼を投げ飛ばしてやった。
少しは感じ入るものがあるだろうと思ったら、受け身の練習に丁度いいと喜んでいた。
まったく、これだから兵士というやつは。