44話 遠望
コロシアムの中央で、黒髪の少女が勝利の咆哮を上げる。
大人しげな見た目に反して、中々どうして堂に入っている。
「まっさか挑戦者が勝つとはなぁ。マキシムが百連勝間近っていうから、鉄板だと思ったのによぉ」
「いいじゃないか、賭けの勝ち負けなんてどうだって。それよりあの楓って子、良い戦い方だったと思わないか? 俺、ファンになっちまったぜ」
二人の悪魔が、先の決闘の感想を言い合いながら通り過ぎていく。
それを横目で追ってから、手元の賭け札に視線を落とした。
賭け金は結構なホテルに一泊できるほどの、ちょっとした額だ。
「なんだい、しょげた顔して。あんたも外しちまったのか?」
そんな自分の様子が気に掛かったのか、酒瓶を片手にした見知らぬ悪魔が、気さくに話し掛けてくる。
「ああ、いや。別にしょげちゃいませんや。ちょいと感慨深くてね」
「確かに良い戦いだったからなぁ。あそこから一撃で大逆転なんて、中々ないんだぜ? 最近はマキシムが強過ぎたからよぉ」
「……そういや、噂で聞きましたよ。マキシムが接待プレイを辞めたんじゃないか、ってね。挑戦側から不満が溜まってたらしいじゃねェですか」
「おう、それな。高得点の告白ばかり連発して、勝負にならねえって声が上がってたなぁ。ここ一週間ほど姿を消してたし、調整でも受けたのかねぇ。ほら、パークの地下にゃ誰も知らない通路があって、調整所に繋がってるって噂、有名だろ?」
「ありやすねェ。一体、どこのゴシップ好きが言い出したのやら」
白々しく、そうぼやく。
自分の知る限り、そんな胡散臭い情報をわざわざ記事にしたのは、うちの新聞以外には存在しないのだが。
「ま、こうして挑戦者側が勝ったことだし、また賭けも面白くなるんじゃないかね? あんたも気を落とさず、次こそ当ててみなよ」
「そうですねェ。いや、為になる話をありがとうございます。良ければこれ、お礼に貰ってやってくだせェ」
くしゃりと破顔して、持っていた賭け札を悪魔に差し出す。
「おいおい、外れ札なんて貰ったって――え!? おっ、おいこれ、当たってんじゃ――」
「言ったでしょう? 感慨深いって。あの半悪魔の娘、知ってる相手なんでさァ」
とは言っても、顔馴染みというわけではない。
一方的にこちらが知っていただけだ。
もう数十年以上も前になるのか。
呆ける悪魔に賭け札を押し付けて、飄々と歩き出す。
思っていたスクープを獲ることはできなかったが、代わりに面白いものを見つけた。
特別観覧席に居たあの幼子は、間違いなくレッドガーデンの魔女だ。それがラブパレードの魔女らしき人形と同席していた。
「事件の予感がしやすねェ。くくっ、今度はあんたの思い通りにはさせやせんぜ。ねェ、アペルチャイルド」
思わず声が漏れる。
いけない、いけない。考え事が口に出るのは、自分の悪い癖だ。
代わりの口笛を吹きながら、熱狂冷めやらぬコロシアムを後にした。




