43話 決着
『サァ、ソレデハ次ノオ題デス! モニターニゴ注目クダサイ!』
モニターに、星が瞬く美しい夜空が映し出される。
大きな満月が煌々と輝きを放ち、地獄とは思えない幻想的な景色の中で、白い髪を結い上げた浴衣姿のラフィーナが、楚々とした面持ちで隣を歩いている。
どう見ても枕投げの時にラフィーナが着ていた例の露骨な浴衣だが、今は気にしない事にしよう。
カランコロンと石畳を奏でる下駄の音が、二人だけの世界を創り出している。
主観視点のカメラが、横を向いた。
湯上がりという設定なのか、ラフィーナの頬は紅をさしたように上気し、艶っぽさを醸し出している。
確かに可愛い。可愛いが、もう九割ラフィーナのプロモーションビデオのような気がしてきた。
男性は言葉に詰まっているのか、話し掛けることを何度も試みては、躊躇ってしまう。
そんな中、ラフィーナがその細い指先を、男性の手に絡ませてきた。
『…………』
ラフィーナもまた、緊張しているのか話しかけることができない。
そんないじらしい横顔を見て、ついに男性が覚悟を決めて口を開いた。
『――――――――』
最後まで一切の会話なく映像が止まり、お題となるホニャホニャ音声が流れる。
この恥ずかしい映像問題も、これが最後となるわけだ。
『ココマデデス! ソレデハオ答エヲドウゾ!』
実況の振りに、マキシムが勝利の笑みを漏らす。
「フッ、コレデ我輩ノ勝チダ。《コノママ二人ダケノ時間ガ永遠ニナレバイイノニッテ、ソウ思ウヨ》!」
『ん~……これは95点! イケメンにしか許さレない台詞を、よくゾその図体で言ったネ!』
『出マシタ95点! 本日ノ最高得点デス! サァ、挑戦者ハコレニ何ト返スノカ!?』
盛り上がる実況を聞き流し、特別観覧席に目を向ける。
映像の中の男性は、きっと私と同じ気持ちだ。
告白だなんて、これまでの人生で一度もしたことが無いし、されたこともない。
今の自分が抱える気持ちが恋心なのか、それとも数十年ぶりの非日常に浮かれているだけなのかも分からない。
そう、はっきりしないのだ。
はっきりしない気持ちを誰もが抱え、それをうまく言葉に表せない悪魔だって、絶対にいる。
きっと私達は、悪魔のくせに怖がりなのだろう。
だから私は、ありったけの想いを込めて、あの大先生の言葉を借りようと思う。
「すぅ……《――今夜は、月が綺麗ですね》」
「月、ダト? 何ヲ言ウカト思エバ、ソンナ見当違イノ言葉デ――」
『――楓選手。一つ、確認でス』
マキシムの言葉を遮って、審判システムが声を上げる。
『それハ、そノままの意味でいいのカな?』
「それ以外にありません。……聞き返されると、恥ずかしいのですが」
『……そうダね。ならボクも、ラフィーナの代理とシて返事をしナきゃいケない。《死んでモいいわ》。それガ答えだヨ。素敵な告白を、どうもありがトう』
審判システムが静かに告げ、モニターに点数が表示される。
『95対100、攻撃権獲得は楓選手!』
「バッ、馬鹿ナ!? 満点ダト!?」
『アーット、ツイニ楓選手ガ攻撃権ヲ獲得! シカモ得点ハ、コロシアム史上初ノ満点ダーッ!』
観衆のどよめきが治まらない中、私はただ一点を見据えて愛用の刀を構える。
左足と左肩の束縛が重たいが、そんなものは根性で何とかしてみせる。
左足を前に出し、半身の姿勢を取る。後ろに引いた右足に体重を預け、刀の柄を右肩口へ弓のように引き絞った。
冷たく揺らめく刃紋が天を仰ぎ、幻想の月を狙い定める。
「マグカドール流、神鬼鏖殺――」
「!? シマッ――」
「弦破三日月落としぃーーッ!」
自身に流れる僅かな魔力を、竜鉄鋼の刃が数百倍に増幅させる。
三日月の孤を描いた斬り上げがマキシムの両手剣を粉々に打ち砕き、左足から右肩に掛けてを切り裂く。
そのまま、昇った三日月が地平線へと沈むように、左肩から右足に向けて袈裟に斬り下ろした。
貫通した衝撃波を伴う斬撃が、背後の巨大モニターにバツの字を刻み込む。
完全にオーバーキルだが、そこは魔女の作ったシステムがある。
『うーワー、エグい威力だネ。ま、一応直しちゃウけど、コレはもう決まりかナ?』
二種類の魔法陣が展開され、切断されたマキシムのボディが即座に全快する。
代わりに両腕両足の根本、そして身体の大部分を完全に束縛され、マキシムはもはや辛うじて立っているだけの状態だ。
「ナ、何故ダ……何故、我輩ノ愛ガ負ケル。月ヲ褒メタ言葉ナゾニ、何ノ意味ガ……」
「マキシム。あなたに足りないものを教えてあげます。愛は、ただ伝わればいいというものではありません。伝え方や、受け取り方次第で、どんな言葉でもその人の気持ちを伝えることはできるんです。あなたは愛を学ぶ前に、心を学ぶべきだった」
「心ダト……」
棒立ち状態のマキシムの横を通り抜け、背後に回る。
最も細い腰部分に両手を回し、鎧の隙間をがっちりとホールドする。
いけるだろうか……うん、何とかいける気がする。
「ナンダ、ナニヲスル気ダ!?」
「いや、私の主から面白く勝てと命を受けたものでして。あなたには散々迷惑掛けられましたし、ついでにお返しさせて頂こうかと――よっ、と」
マキシムの身体を持ち上げる。
動けないながらも、マキシムがどうにか抵抗しようと指先をジタバタさせ始めた。
「ヨッ、ヨセ! モウ、我輩ノ負――」
「最後にもう一つ、教えてあげます。《今夜は、月が綺麗ですね》の意味は――」
腰に力を入れて、マキシムの巨体を背後にぶん投げるように持ち上げ、落とす。
「アイ・ラブ・ユーだぁぁーーーーッ!」
渾身のバックドロップが、三度目の弧を描いて綺麗に炸裂する。
マキシムの頭が完全に地面にめり込むと同時に、けたたましいゴングの音がコロシアム中に鳴り響いた。
『コレハ見事ナ、ベリー・トゥー・バック・スープレックス! 頭部負傷ニヨリ、マキシムハ行動不能! 勝者ハレッドガーデンカラノ新星、鈴藤 楓ダーッ!』
観衆達から、惜しみない拍手と楓コールが沸き起こる。
恥ずかしさもゼロではないが、今この瞬間だけは、柄にもなく最高の気分だった。
「だーーーーっ!」
勢いに任せて右手を掲げ、雄叫びを上げる。
昔、テレビで見たプロレスラーが、確かこんなポーズで叫んでいた。
今なら、そうした彼の気持ちがよく分かる。
こんな短い言葉にだって、溢れんばかりのこみ上げる想いを乗せることができるのだから。