42話 伝えることの難しさ
最初の攻撃ターンが終わり、かぶりつくように戦いを見守っていたラフィーナが、仰け反って大きく息をついた。
「はぁ~……お腹ノ歯車がキリキリしテきた。楓って思っタより危なっかシい戦い方すルンだねぇ。ダーリン、楓は大丈夫かナ?」
「さてな。押されているのは間違いないようだが」
能力的には楓が上でも、マキシムは中々の試合巧者だ。
最初の斬撃は当てる為ではなく、楓を壁際へ追い詰める為のものだった。
そこへ隠し玉のバラ撒き弾が刺さったわけである。
左足をやられたのは正直痛い。
右利きの楓にとって、軸足は左だ。常に相手から狙われる位置にあり、一方で踏み込みの起点ともなる重要な部位だ。
「実力を出せれば楓なら勝てると思うのだが。見たところ実践経験が少ないんだろう。どうも動きが固い」
「当然ね。真面目に鍛錬はしてても、基本的に緩みきったこの隣獄じゃあ、本気で戦う機会なんて滅多にないもの」
アピィが表情を変えずに事もなげに言うが、つい先程まで彼女は一言も喋らずに、余所見することなく決闘を見守っていた。あのアピィが、だ。
口では好き勝手言いながらも、何だかんだで己の従者のことが気がかりらしい。
ボルテージの高まった実況が、興奮気味に次のお題をモニターに映し出す。
女優ラフィーナの次なる好演は、十年ぶりに再会した幼馴染が大人っぽく……大人? とにかく美少女に成長しており、男性側から思わず本音がこぼれる、というシチュエーションだった。
そのティーンエイジャーの妄想じみたシナリオに、再びラフィーナがアピィの頭の上で身悶えしている。
脚本はマネージャー人形の発案だと言い繕っていたが、よくもまぁ色んなパターンを考えつくものだ。
アメリカ映画なら幼馴染は大体チアリーダーで、大体アメフト部かアイスホッケー部と交際しているものだが。
楓が自分には到底考えつかないようなロマンティックな台詞を並べ立てる。が、マキシムが今度は92点という高得点を叩き出し、二度目の攻撃権を取得した。
「……強いな、マキシム」
「それもあるけど。楓もまだまだ、力を出し切れていないように見えるわ」
「エンターテイメントなんだカら、恥ずかシがる必要なンてないノにね。ボクならいーっぱいダーリンに告白できルよ♡」
告白が日常的過ぎるのもどうかと思う。
とりあえず、無駄と思いつつも楓にハンドサインを送る。
伝わらない可能性の方が高いのは理解していても、ただ見ているだけというのはどうも性に合わない。
「……ねぇダーリン、ソれって何の意味がアるの?」
そんな仕草が気に掛かったのか、ラフィーナが問いかけてくる。
「ただの応援だ。この歓声じゃ声なんて届かないだろう」
「おぉー、なルほど。さっスがダーリン、ボクにモ教えて!」
「ふぅん。ラフィーナがやるなら、せっかくだし私もやるわ。ハリー、教えて頂戴」
「……まぁ、別に構わないが」
二人にハンドサインを手ほどきする。
楓が混乱しなければよいのだが――そんな一抹の不安を抱えながら。
「ハンドサインが増えた……!」
さっきまでハリーだけだったのに、今度はお嬢様とラフィーナまでが謎のハンドサインを送っている。
なんだ、何か危険なことでも迫っているのか。
そんな事に気を取られていたら、普通にマキシムから体当たりを食らった。新手の嫌がらせだろうか。
左足に続き、左肩と上半身の一部も操作魔法によって縛られてしまう。
おそらく、縛られる箇所が増えると、行動不能と見なされ敗北になってしまうのだろう。
辛くも凌ぎきり、三度四度と告白勝負を繰り返すが、90点越えを連発するマキシムの前に、ひたすら耐えるターンが続く。
こちらも80点台は出せるようになってきたが、もっと集中しなくては駄目だ。
「ちょっとタイム!」
告白勝負も遂に五度目。実況が次の映像を流そうとしたところで、私はタイムを掛けた。
「ナンダ、棄権カ?」
「違います。あれです、あれ」
特別観覧席で謎のハンドサインを送り続ける三人を指差す。UFOでも呼ぶ気なのか。
お嬢様のサインなんて、速すぎて小さな旋風が起きてるし。
「気になってしょうがないんで、止めさせてください」
「イヤ、気持チハ分カルガ、今ハ決闘中デ……」
「良いですよね?」
「ウ、ウム……仕方ナイナ。1分ダケダゾ」
強引に押し切り、承諾を得る。
マキシムから実況へタイムが伝えられ、私は足早にお嬢様達の元へ駆け寄った。
「あら楓。どうしたの?」
「楓ー、やっホー♡」
「ちょっと皆さん、さっきから何の合図なんですかっ」
「ただの応援だが。やはり伝わっていなかったか」
お、応援……。普通の声援で良いのに。
「ダーリンが教えテくれタんだよ。踏み止まって抗戦シろって意味なンだって」
「頑張れなんてサインは無かったから、代用だがな」
「三人が高速で『逃げるな戦え!』と連呼しているのだと想像すると爆笑ものよね」
「ただのパワハラじゃないですか!」
くそぅ、他人事だと思って。
ただでさえこっちは、面白く戦って面白く勝てという無理難題を押し付けられているというのに。
「ともかく、気が散るのでサインは止めてください。普通の声援の方が嬉しいですっ」
「了解した。……二人とも、だから言ったろう。多分伝わらないぞ、と」
「あはは……ごめンね、楓。でも、上手く伝わラないのが愛ってモノさ」
「――上手く伝わらないのが、愛……?」
なんだろう。ラフィーナの何気ない一言が、とても大きな意味を持つような……。
考え込む自分の様子に、お嬢様が呆れるように嘆息をついた。
「まったく。楓、ついでだから私からも一言あげるわ。あなたはマキシムに勝ちたくて、そこに立っているの?」
「お嬢様……。そうか、私は――」
気がつけば、戦う理由がすり替わっていた。
私があの時マキシムを殴り飛ばしたのは、自分が正しいのだと主張する為ではなかったはずだ。
『1分ガ経過シマシタ。楓選手ハ中央ヘオ戻リクダサイ』
実況からタイム終了が告げられる。
観覧席の手すりから手を離す。
振り返る前に、私はお嬢様に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、お嬢様。おかげさまで、光が見えました」
「別に大したことは言っちゃいないわ。ただ、私は一瞬たりともあなたの勝利を疑っていないわよ。見せてくれるのでしょう? 新たなチャンピオンの誕生を」
「もちろん。仰せの通りに」
スカートの両端をつまみ、恭しく一礼する。
マキシムの前まで駆け戻ると、驚いたように低く唸った。
「顔ツキガ変ワッタ。姫様カラ何ゾ吹キ込マレタカ?」
「いいえ、彼女は何も。気付かせて頂いたのは、我が主です」
「ソウカ。御主モマタ、騎士デアッタトイウコトカ」
マキシムが両手剣を上段に振りかぶり、構える。
完全に防御を捨てたその構えからは、強い気迫を感じる。
「決着ヲツケヨウ。次デ終ワリダ」
「是非もありません」
自分もその気迫に応え、挑戦を受けて立つ。