37話 苦労性のお姫様
「んーっ……良い風ね。煉獄の朝日が目にしみるわ」
小さな身体を反らして伸びをすると、アピィは実に清々しい眼差しでそう告げた。
翌日、城の正門前。
丁度昨日ブリーフィングを行った場所に、俺達は再び集合していた。
今日も今日とて、暴走した人形を捕まえる仕事が始まろうとしている。
「相変わらずこの国の空は曇っているようだが」
「それはあなたの心が荒んでるからよ。私みたいな心の清らかな悪魔には、朝日の向こうで天使共が釘バットを全力で素振りしてる姿まで見えるわ」
そんな幻視、見たくない。
やっぱり滅茶苦茶嫌われてるんだな、天使に。
「さて、今日も楽しいドールズハントのお時間よ。まずは元気に点呼から! はい、1!」
唐突に何か始まった。
こんな少人数で点呼も何も無いだろうに。
「……2だ」
「3です」
「ハーい! 4でース!」
「……ん?」
四人目? どういうことだ。
「今の声、ラフィーナか? 一体どこに……」
「ここだヨ、ダーリン! ここ!」
「と、言われてもな」
声のする方を向いても、楓しか居ない――いや。
楓の頭の上に、何やらファンシーな人形が乗っかっている。
子猫ぐらいのサイズの、二頭身にデフォルメされたラフィーナ……のように見える。
「本当にラフィーナなのか?」
「もっチろん! ダーリンの為のラブリードール、ミニラフィーナちゃんダよっ」
「……随分、縮んだな」
またアピィが何かやらかしたのか。
半眼で犯人と思しき魔女に目をやる。
「なぜ事あるごとに、私ばかりがそんな疑いの目を向けられるのか。泣いて訴えるわよ」
「既に泣いているように見えるんだが」
理不尽な嫌疑を掛けられたアピィは、訴訟も辞さない構えだ。
ということは、本当にアピィの仕業じゃないのか。
「あの、これは私の発案でして」
不思議に思っていると、小さく楓が挙手をした。
「ラフィーナ様を一緒にお連れするにはどうすればよいか話し合いましたところ、携帯端末型の人形なら識別コードも発信されないということで、このような形に……。頭に乗られるのは、ちょっと想定外でしたが」
そういえば、昨日ラフィーナと話があると言っていた。あれはこの為だったのか。
詳しく話を聞くと、ミニラフィーナを通して音や映像を本体に共有し、遠隔操作しているらしい。
「視線が高いノも中々良いモのだねー。今度ナイスバディバージョンの身体でも作っテみようかナ?」
「別に止めませんけど、あんまりぶれると需要が減りますよ」
「需要!? なンの!?」
ラフィーナの言う通り、楓はたまによく分からない理屈を言う。
日本の女子高生は独自の文化体系を発展させていたと聞くが、それが関係あるのだろうか。
「それにしても、楓からそんな提案をしていたとはな。てっきり反りが合わないのかと思っていたが、いつの間に打ち解けたんだ?」
素直な疑問をぶつけてみる。
昨日はこの件について尋ねると、ツンとした態度を取られていたが……。
「いえ、別に打ち解けたわけでは……」
「え、違ったノ!?」
「打ち解けてましたっけ?」
「ダって昨日、友達にナろうって」
「強敵と書く方のトモになろうとは言いましたが、友達かどうかはまだちょっと」
「頭にマで乗せてクれてルのに?」
「友達半分、敵半分ですね」
「世界がボクに厳しスぎる!」
ミニラフィーナが頭を抱えてうずくまる。
人の頭の上で暴れないでください、と楓からのクールな苦情が入った。
口ではああ言っているが、何だかんだで仲は悪くないのだろう。
「やれやれ。ラフィーナは愉快な子だけど、魔女の品位が落ちないか少し心配だわ」
「君が言うな、君が」
自分のことを棚に上げるアピィに、こちらもクールな返しを入れる。
今のところ、六人中二人の魔女は悪魔感ゼロだった。
ラフィーナの加入は暴走人形の捜索に大きな助けとなった。
昨日は自分達の足で探していた情報が、ラフィーナに尋ねれば全て手に入るのだ。
パーク内の人形達が見聞きした情報は、全てラフィーナの元に集約される。言うなれば、監視カメラのモニター室が同行してくれているようなものだった。
「グラディエーター人形は、ラブコロシアムエリアの北門付近で14時間前に目撃されテるみたいダよ」
拠点のはっきりしている相手から、ということで、次のターゲットはグラディエーター人形になった。
早速ラフィーナから有益な情報がもたらされる。
「昨日は情報収集にも結構手が掛かったのですが、さすがにラフィーナ様がいらっしゃると早いですね」
「フフーン、どンなもんだイ」
「聞き込みと称して不審なカップルの仲を引き裂くのは、私は割と楽しかったのだけど。残念だわ」
「愛と笑顔の国で何やっテくれてルの!?」
多分、遊んでるんだと思う。
「それにしても、ラフィーナはいいのか。俺達が有利になり過ぎてる気もするが」
「んー……昨日色々考えル機会があっテさ。自分の事だけ考エて勝負に勝ったトしても、キっと後悔が残るンだよ。だから結果は考えズに、ダーリンと一緒に過ごセるこの瞬間を楽しモうって決メたんだ。そうすレば、どっちに転んデも悔いは残ラないでしょ?」
相変わらず、どの辺りに悪魔要素があるのか分からない、天使のような思考である。
「……大変真っ当な答えなんだが、それはそれでどこか釈然としない」
「なンで!?」
「存在と中身の乖離が激しいと、ハリーさんはどうも納得いかない節があるようですよ。ディアボリカ様とか」
「存在レベルで!?」
ラフィーナは二段ツッコミを会得したらしい。
ちょっと可哀想になってきた。いじられ過ぎで。
「あっはっはっ、超ウケる」
「……君は君で、賢能要素がほとんど無いことを忘れるなよ、アピィ」
お腹を抱えて笑うアピィに釘を指す。
アピィの場合は何も違和感が沸かないのだが、それも正直どうかと思うのだ。