36話 リザルト
「というわけで、まずは一つ目クリアーだ」
カートに乗せられた盗賊団を披露し、玉座のラフィーナに報告する。
「マさか一日で捕まエるなんて……ダーリン達を甘く見てタみたイだね。……何だカ2体ほど、破損が物凄いケど」
全5体の人形のうち、アピィが捕まえた係員人形と親分人形だけ、フルリペアが必要なレベルで壊れている。
メモリは無事だったようなので、元には戻せるらしいが、クライアントの表情は少し険しい。
「誰とは言わんが、魔女の仕業だ」
「ああ、やっパり……」
嘆息をついて、ラフィーナが項垂れた。
「パニックラブエリアで、巨大な木が出現しタって報告もあったンだけド……」
「それも魔女だな」
「だヨね……」
ちなみにアピィが開けた大穴は、整備人形達が総出で修復中らしい。
あれだけやっても一日あれば直せるそうだから、人海戦術とは素晴らしい。
「この国で魔女といえばラフィーナのことよね。まったく困ったものだわ」
「キミのこトだよ、アペルチャイルド! ボクの国で何やっテるのさっ」
「遊園地で遊ばずして、何をしろというのかしら」
「グヌヌ、正論を……!」
そう、アピィはたまに正論を言うから困る。
「とモかく! 残りのグラディエーターと王子様は、もっとスマートに捕まエてよね! お客様の悪魔だっテ一杯居るんだからっ」
ラフィーナの言葉は厳しいが、サービス業のトップとしては正しい姿かもしれない。
なんで悪魔なんてやってるんだ。
「それほど心配なら、いっそラフィーナもついてくればいい」
「ダ、ダーリンっ♡ そんなにボクと一緒に居たいだなんて!」
「違う」
緩すぎるせいで魔女の力を甘く見ていたが、アピィを止めるには同じ魔女でなければ不可能だ。
ラフィーナが来てくれれば、安心できるのだが。
「今日も実際そウしてた――じゃなイや。そうシたいのは山々なんだケど、ボクは暴走人形達のセンサーに引っかかっちゃうから……。キっとみんなノ邪魔になっチャうよ」
「そうか……それは残念だ。しかし、なぜセンサーに引っかかるんだ?」
「元々は、ボクを主であると認識さセるたメの識別コードなんダけド……。正直、本当にボクを敬ってルのか怪しいシ、プライベートで遊んでテもすぐ場所が割れルし、不都合しカ無い気がしてキた」
いや、そんな事は無い。
親分人形なんかは本気でラフィーナを敬っていた。ちょっと暴走はしていたが。
「ところで、もう夕方になっチャったし、続きは明日にするヨね?」
「そのつもりだ。さすがに疲れた」
「うん、分カった。みンなお疲れ様。すグにお風呂と食事を用意させルから、お部屋でゆっくリしてて」
にこりと微笑むラフィーナの笑顔には、素直な喜びの感情があった。
この笑顔が見れたのなら、頑張った甲斐もある。
彼女との約束事を考えると、複雑な思いもあるが……。
ラフィーナの有り難い言葉に甘え、部屋へ引き上げようとしたところで、ずっと静かにしていた楓が口を開いた。
「……申し訳ございません。私はラフィーナ様と少しお話がありますので、お嬢様達は先にお戻りになってください」
「楓がボクに? うぅ、なンか怖いなぁ……」
「いやいや、魔女様が私みたいな半悪魔に怯えないでくださいよ」
「だっテさぁ~」
いつの間にか、少し仲が良くなったのだろうか。
お互いの距離が近くなったように見える。
「仲良きことは美しきかな、というやつか。な、アピィ」
「そうね。これで今度、巷で人気の友情破壊ゲーム『デビポン』が楽しめるわ」
悪魔か、こいつは。……悪魔だった。
「そんな顔しないの。ちょっとしたデビルジョークじゃない」
「君のジョークは難易度が著しく高いことを自覚してくれ」
アピィの場合、口にしたこと全てを本気で実行しかねない。
行動力があり過ぎるのも考えものだ――今日一日の結果を振り返って、そう思った。
間もなく日も落ちるという黄昏時に、一人の悪魔がフラフラと歩いていた。
くたびれたグレーの燕尾服は、相当な年季物の思えるが、彼は物に頓着しないタイプだった。
男は探し物をしていた。
パニックラブエリアの水路沿いで、大きな爆発があったらしい。
確かに、遠目にもはっきりと巨大な木が出現したのを目にした。
それを敢えて爆発と表現しているのは、何かを覆い隠す為なのか。
男が実際にその現場を訪れてみると、広範囲に規制線が張られ、数百はくだらない自動人形達が、せっせと復旧に当たっていた。
ライトなどの設備も既に持ち込まれており、夜通し作業で修復するのだろうと推察できる。
ふと、眼前を一体の人形が通りがかる。
これ幸いと、悪魔はその人形を呼び止めた。
「やぁ、スタッフさん。ご苦労さまなことだね。これは一体、何があったんだい?」
「コレハコレハ、ゲスト様。ゴ心配ヲオ掛ケシマシテ、大変申シ訳ゴザイマセン。ドウモ、古イガス管ガ爆発シタヨウデシテ……。明朝ニハ復旧ノ予定デゴザイマス」
「へぇ、ガス管が……。それは怖いねェ。巻き込まれた悪魔は居なかったのかい?」
「幸イ、リニューアル中ノアトラクションガ側ニアリマシタノデ、人通リモナク、怪我人ハイラッシャイマセンデシタ」
「そうかい――それは、良かった。……ところで、昼間に巨大な木が出現したのを目撃したんだけど……あれは何だったのかな? 何か知っているかい?」
「申シ訳ゴザイマセン、ソレニツイテハ何モ……。ドコカノゲスト様ガ、オ戯レニナラレタノカモシレマセンネ」
「ふむ、そうかい。まぁそうだね。この隣獄の悪魔達が無茶をしでかすのは、日常茶飯事だ。いちいち気にしていたら切りがない」
悪魔は満足したように頷くと、くしゃりと笑った。
「教えてくれてありがとう。復旧作業、頑張っておくれ」
「アリガトウゴザイマス! ゲスト様モ、ドウゾコノラブパレードヲオ楽シミクダサイ。アナタ様二、愛ト笑顔ノ魔女ノ祝福ガアリマスヨウニ!」
手を振る人形に礼を告げて、悪魔は歩き出す。
末端の人形が真相を知っているはずは無い。
となれば、全てを真逆に考えれば、ある程度近しい真実に辿り着く。
「……運営に近い誰かが、ここであの巨木を出現させたのかねェ。その結果、この大穴が空いた。それなら、これだけの人形を動員して突貫作業させる理由になる」
書き留めた脳内のメモを整理するように、独白する。
観光客との話で得た、この辺りの人形に私物を強奪されたというネタ――それと繋がるだろうか?
「いや、さすがに繋がらんか……」
いくら何でも、起きた事故との釣り合いが取れない。
残念だが空振りだろう。
何か運営が隠し事をしていたとしても、愛と笑顔の魔女の情報統制力は悪魔の中でも群を抜いている。
裏を取るには手間が掛かり過ぎるだろう。
「次のネタに行くとするかねェ。明日は、闘技場か」
口笛を吹きながら、悪魔は歩く。
灰色の後ろ姿は、やがて黄昏の闇に溶け込んで、見えなくなった。