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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第6章 あれをそれして作り上げた究極の。
35/62

35話 黒幕登場

「…………」


 思わず押し黙る。

 ごろりと転がった人形の首が、視界に入った。

 ――しまった。殺ってしまった。


「畜生ヤリヤガッタナ! 首狩リ族カ、テメェハ!?」


 焦燥に駆られた直後、転がった人形の首から威勢の良い啖呵が飛び出した。


「おお、生きてた」


 セーフ。これはセーフだ。

 相手が人形で良かった。


「すまない。初めて使うナイフだったもので、つい」

「ツイ、デ首ヲ飛バサレタノハ初メテダヨ!」


 俺も首を飛ばした相手と会話したのは初めてだ。


「とりあえず、後でちゃんとラフィーナに直してもらうから、しばらく停止しててくれ」

「アッ、チョッ、待ッ――」


 残された本体の首元にある停止装置を押す。

 アイカメラが消灯し、手下人形は沈黙した。

 大型ナイフをシースへ納め戻す。

 ……驚異的な切れ味だった。それこそ、背筋が凍るほどに。

 こんなもの、人が扱っていいのだろうか。


「オノレ、マタシテモ我ガ同胞ヲ……!」


 親分人形が憎々しげに吠える。

 その隙を楓は見逃さなかった。


「そこっ!」

「グゥッ!?」


 鋭く踏み込んだ一撃が脇腹を切り裂く。

 致命打には遠くても、楓が優位であることは見て取れた。


「ヤハリ、人形デハ悪魔ニ適ワヌノカ……!」


 一撃を受けて距離を取った親分人形から、忌まわしさを帯びた慟哭が漏れて出る。

 それはきっと、昨日今日味わったものではないのだ。

 もっともっと、何十年何百年という過去が積み重なってできた、悲哀なのだろう。


「クックックッ……どうやらお困りのようね!」

「誰ダッ!?」


 その場の全員が声の主を振り向く。

 いつのまにセットされたのか、倉庫の奥にはバックライトを当てる舞台セットが用意され、謎の人物を背後から眩しく照らし出している。

 激しい逆光は人物の面貌に深い影を落とし、どこの幼女なのか皆目検討もつかない。そういうことにしておこう。


「誰だと言われたなら、こう答えましょう。私こそは正体不明の謎の黒幕、ブラックアピィ! 略してブラピ!」


 往年の名俳優か。


「まずいですよ、ハリーさんっ。まさか黒幕が直接乗り込んでくるなんて……!」


 狼狽えた楓が、刀を握り直して警戒を強める。

 それは本気で言っているのか。


「そこのあなた、どうやら新たな力を欲しているようね」

「ナ、何故ソレヲ!?」


 さっきの様子を見ていれば、誰だって予想がつくと思うが。


「黒幕は何でもお見通しよ。あなたには特別に、私があれをそれして作り上げた究極の強化魔法を掛けてあげましょう。そーれ!」


 ワルツを踊るように黒幕がくるりと回る。

 途中で思いっきり顔が見えていた気がするが、大人は見て見ぬふりをする生き物だ。

 キラキラとした光が親分人形を包み込み、エネルギーに満ち溢れた波動が立ち昇る。


「ス、スゴイ……何トイウパワーダ……!」

「特別な魔力を独自の配合でブレンドする事により、全ステータスを数十倍に超強化するというスペシャルな魔法よ。某所にお住まいの出羽堀香さん(仮名)に試してもらった所、毎日の階段の登り降りが楽になったと大変な好評を頂いたわ。悪魔だけに、あくまで個人の感想だけど」

「うまいこと言ったつもりか」


 というか仮名がほぼ本名だろう、何やってるんだあのドラゴン!


「くっ、さすがは黒幕……! 今やあの人形の力は、私を遥かに超えています!」

「そうか。アピィに責任を取らせよう」


 自分で出した玩具は、自分で片付けさせるべきだ。

 ぎらりと親分人形のアイカメラが赤く光る。


「コノパワーガアレバ、オ前達ヲスクラップニスルコトモ出来ルダロウ……」

「わくわく」


 もはや姿を隠そうともしていないアピィが、期待に満ちた眼差しで親分人形を見つめている。

 どっちの味方だ。


「ダガ、我々ハテロリストデハナイ。ココハ引カセテモラウゾ!」


 そう叫ぶと同時に、天井に向かってパイルバンカーを放つ。

 超強化されたその一撃は、轟音と共に天井を吹き飛ばし、ラブパレードの灰色の空を覗かせた。


「あーっ!? ちょっと、どうして逃げるのよ!」

「黒幕殿ニハ感謝シヨウ。シカシ、我々ノ目的ハ愛ノ学習ダ。イタズラニ暴力ヲ振ルウ気ハナイ」


 案外、この国でこいつが一番まともなんじゃないのか。


「悪党の癖になんて身勝手な事を! 増長したあなたに背後から裏切りの一撃を入れるという私の計画を台無しにするだなんて……許さないわ!」

「ドッチガ悪党ナノダ……?」

「君というやつは、本当にあれだな」


 口には出さないが、くそったれだな。

 一瞬、親分人形側につきたくなったぞ。


「尚更、ココハ引カセテモラウトシヨウ。サラバダ!」


 巨体をものともしない跳躍で、親分人形が爆ぜるように飛び上がる。


「っ! 私が追いま――」

「いや、待て!」


 追い縋ろうとする楓を、咄嗟に制止する。


「ハリーさん、どうしてっ」

「無性に嫌な予感がする、下がるぞ!」


 口の中がかつてない程の苦味で満たされている。

 戸惑う楓の腕を強引に掴んで、後方へ退避した。

 一人残ったアピィが、珍しく鋭い目つきで空を見上げている。


「とても残念だわ……。でも、裏切り者を処断するのもまた、黒幕の華!」


 声を張り上げると、右手を真上に掲げる。

 親分人形は、あと僅かで地上へと姿を消してしまいそうだ。

 もう間に合わない――そう思った直後だった。


「召喚――バッドキング・メタセコイア!」


 それは呪文だったのだろうか。

 アピィの小さな手のひらから、特大質量の何かが怒涛の勢いで召喚される。

 その何かは親分人形の開けた風穴を軽く飲み込み、倉庫の天井全てを吹き飛ばした。

 極大のレーザー砲のようにも思えたそれは、今なおアピィの手のひらから召喚され続けている。

 ようやく召喚が停止した頃には、周囲の様子がすっかり様変わりしていた。


「なんてこった……」


 空を見上げようとして、望むことができなかった。

 巨大過ぎる杉の木に似た樹木が、アピィの手のひらから天を衝く勢いで伸びている。

 直後、その巨木が光の粒になって根本から消失していった。

 どうやら一時的な召喚魔法だったらしい。

 どこまで天空に持ち上げられていたのか、しばらくして親分人形が落下してきた。

 強化魔法のおかげでバラバラにはなっていなかったようだが、直撃の衝撃が凄まじかったのか、立ち上がることはできそうにない。

 結果は惨憺たる状況だが、どうにか盗賊団は全て確保できたようだ。


「あ、あの……。ハリーさん、もう大丈夫ですよ……」

「む、すまない」


 無意識の内に楓を守るように抱きかかえていたらしい。

 瓦礫だらけの倉庫跡の中で、怪我一つ負わずに済んだのは幸運としか言いようがない。

 耳を赤くした楓を開放すると、慌てて背中を向けられる。

 咄嗟とはいえ、彼女には悪いことをしてしまった。


「うーん、とても開放的になったわね。今度はリフォームの匠でも目指してみようかしら」


 大きく伸びをするアピィは、雲の切れ間から覗く僅かな陽光を浴びて、気持ち良さそうに笑っていた。

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