33話 追跡
高台の奥は施設の裏側に繋がっていた。
いわば、舞台袖のようなものだ。
暗がりの中を進んでいくと、縛られてスピーカーをテープで塞がれた人形達に出会った。
おそらく、本来のここのスタッフだろう。
手前にいた人形の縄をナイフで切り、テープを剥がしてやる。
「ア、アリガトウゴザイマス。搬入スタッフヲ装ッテキタ奴等ニ、急ニ襲ワレテ……」
「なかなか小狡い手口だな。親分とやらの入れ知恵か。お前達、元同僚だろう? 親分はどんな奴だ?」
「盗賊団ノリーダーハ、元マネージャークラスノ優秀ナ個体デス。身体ハ一回リ大キク、拡張パックモ装備シテイタカト……」
やはり、危惧すべきは親分のようだ。
拡張パックとやらの詳細も尋ねたところ、腕に装着する特殊武装を指しているようだった。
「協力に感謝する。楓、行くぞ」
「はい。入口まで戻れば、私達の主であるレッドガーデンの魔女様がいます。お仲間を開放したら、そちらまで移動してください」
助けた人形にあとを任せ、徐々に狭まってゆく通路を駆ける。
辿り着いた最奥には鉄製の頑強な扉があったが、通った後に体当たりでもしたのか、変形して歪んでいた。
ドアノブを回してみるが、案の定開かない。
「ここは楓にお任せを」
抜き放った刀を疾風のように振るうと、紙でも切り裂くかのように鉄の扉が断ち割れる。
崩壊した扉を止めの蹴りでぶち抜いた先は、仄かな足元灯が灯る薄暗い地下水道だった。
左右に伸びた水路の先端は弧を描いており、逃げた盗賊団の姿は既に見当たらない。
「下水ではなさそうですが、ちょっとかび臭いですね……。どちらへ行ったのでしょう?」
「こっちだ」
迷うこと左へ駆け出す。
楓も着いては来るものの、その理由が気になる様子だった。
「地下水道があるのは地図を見て分かっていた。最初はここがネストではないかと疑っていたんだが、どうも移動手段に使っているようだ。この地下水道は円形上になっていて、エリア内の主要アトラクションの下を通っていたからな」
「なるほど……。でも、なぜ左なのですか?」
「パニックコースターの左にあるのは、ホラーハウスだ。例の異臭騒ぎと繋がるだろう」
「おぉ、そういう……」
しばらく走ると、同じような鉄製の扉が見えてきた。
慌てていたのか僅かに開いたままになっており、明るい光が漏れている。
今度は破壊されていなかった扉を開けて、施設内に突入する。
再びアトラクションの裏側を抜けていくと、重厚な真っ黒い扉が目の前に現れた。
静かにそれを開いた先は、地下水道よりもさらに暗い、ホラーハウスの内部だった。
「ドケドケー!」
「きゃっ! もぅ、なにー?」
「おい、人形が暴走してるぞ!」
姿は見えないが、客達の声で騒ぎが起きているのを察する。
どうも入口側に向かって逆走しているらしい。
一本道の通路をこっちも逆走してゆく――が、どうも走り辛い。
「楓……ジャケットの裾を掴まれると、走り辛いのだが」
「ぜ、ぜぜぜ、全然怖くなんかありませんよ!?」
誰もそんな事は言っていない。
「悪魔が今更何を怖がる必要がある?」
「例え見慣れてても、脅かされる前提の場所にいるのは話が別で――きゃーっ! ほら、何か化物がいるじゃないですかー!?」
「それはただ歩いてるだけの客だ」
強面の悪魔が理不尽な罵倒にショックを受けている。むごい。
なんとか入口まで辿り着き、ホラーハウスを脱出する。
退廃的なラブパレードの曇り空が、暗所からの反動で今は光り輝いて見えた。
眩しさに目を細めながら周囲を見渡すと、水路へ向かって駆けていく盗賊団を発見した。
「ターゲット補足。このまま距離を保ってネストまで誘導させるぞ」
「はぁ、はぁ……何かすっごく生き生きしてますね、ハリーさん」
「元々、部隊指揮よりこっちの方が向いてるんだ、俺は」
楽しんでいるわけでは決してないが、ひりついた現場の空気を感じるのは嫌いではない。
逃げていく盗賊団を泳がせ、後をつける。
水路沿いに走ってゆくと、アーチ状に架かる橋のたもとでその姿を消した。
「あれがネストか」
「突入しますか?」
「いや、その前にアピィを呼ぼう。……どうすれば呼べるんだ」
そういえば、こちらから語りかける手段を知らない。
「お嬢様でしたら、適当に声を掛ければ大体は応答していただけますよ」
「いや、逆にそれは怖くないか?」
盗聴器でも仕掛けられているのか。
「たまにお返事がない時もあるので、私も詳しくは分かりませんが、屋外でしたら大体は繋がります。いきますよ? お嬢様ー!」
楓が適当な大声で呼びかける。
すると、昨日にも聞いた、脳に直接語りかけるような声が響いた。
『遅かったわね。ちゃんと尾行できたの?』
おお……本当に繋がった。どういう仕組みだ。
「はっ、つつがなく。場所は水路に架かる橋のたもとです」
『分かったわ。ちょっと待ってなさい』
その言葉で、プツンと念話が切れる。
今から走って来る気だろうか。
そんな事を考えていると、突如足元に真紅の魔法陣が発生した。
これは、まさか――。
「ふおおぉぉっ! 私限定マシュマロ召喚!」
眩い光と共にアピィが筍のように生えてくる。
逆召喚とかありなのか。
「さ、行くわよ。魔女の威厳を示す為、親分とやらは私が捕まえてあげましょう」
優雅に髪をかき上げて、颯爽とアピィが歩き出す。
その頼もしい後ろ姿は、ドロワーズの尻が丸出しだった。
「お嬢様っ、召喚の影響でスカートがお捲りに!」
「ふっ、些末ごとね」
いや、そこは気にしろ。
威厳も何もあったもんじゃない。




