32話 盗賊団
コースターの動きは高低差も緩やかで、スピードもそれほど速くはない。
メインは盗賊団による襲撃だから、アクション性に重きを置いていないのだろう。
早々に身をよじって安全バーからすり抜けると、ホルダーから銃を取り出しマガジンを確かめた。
銃弾は全18弾が正常に装填されている。
隣では、同様にして楓が安全バーから抜け出し、愛用の刀を何も無い空間から抜き放っている。
悪魔ゆえの芸当なのだろうが、便利そうで羨ましい限りだ。
「多分、出ますね」
「ああ、間違いない。あの人形、一周目の時と気配が違った」
楓の呟きに同意で返す。
何処が違ったとははっきり言えないが、この口の中の苦味があれば根拠は充分だ。
一分ほど経っただろうか。
洞窟を抜けて視界が開けると、コースターが減速して停車する。
線路の前方には巨大な岩が立ち塞がり、前へ進む事ができない。一周目と同じ展開だ。
ただ一つ、違うのは――。
「ヒャッハー!」
右側の高台から、三体の自動人形が躍り出てきたことだ。
薄汚れたマントを翻し、顔にギャングスカーフを巻いた分かりやすい出で立ちの盗賊団が、ショットガンをこちらに突きつける。
「オイ、テメェ等! ココハ我々『砂漠ノデザート団』ノ縄張リダ! 先ニ進ミタケリャ通行料ヲ置イテッテ貰オウカ!」
「ヒャア! タマンネェ、徴収ダ!」
狂人じみた口調の人形が、空に向かって発砲する。
威嚇のつもりなのだろうが、頭痛が痛いみたいなネーミングが気になって、さっぱり怖くない。
「通行料ね。金でも出せばいいのか?」
「金ナンテ溢レタオイルヲ拭ク紙ニシカナラネェ。愛ダ! 愛目ノモンヲ出シテモラオウカ!」
人形のスピーカーから、初めて聞く謎のフレーズが飛び出した。
愛目の物ってなんだ。
「例エバ初デートデ買ッテモラッタ思イ出ノイヤリング! 例エバ初メテ撮ッタツーショット写真! ソシテ究極ハ結婚指輪! アラユル甘ッタルイ愛ヲ集メルコトガ、親分カラ受ケタ命令サ!」
「ヒャア! タマンネェ、激甘ダ!」
隣の人形が再び空に向かって発砲する。
キャラ付けがあれしかないんだろうか。
「皆さんの愛の思い出を奪うだなんて、なんてひどいことをっ」
「我々ニ与エラレタ配役ハ盗賊団ダ! 略奪ハ与エラレタ権利ナノダ!」
「まぁ、理屈は分からなくもないな」
リアルにやっていいかどうかは、倫理観の問題だろうが。
「ヘッ、余裕ブリヤガッテ。ドウセコレガイベントダト思ッテルンダロ? 残念ダガ現実サ! コースターニ乗ッチマエバ、悪魔達モ勝手ニ動ケナクナル! ソコヲ奪イ放題ッテ寸法ヨ!」
「ヒャア! タマンネ――ナァ兄弟、コイツ等安全バーカラ抜ケテナイカ?」
「オイ馬鹿、オ前ハ喋ッチャ駄目――ッテ、ホントダ抜ケテルゥー!?」
思ったより気付くのが遅かった。
だが、おかげでこいつ等がターゲットの盗賊団だという事も確認できた。
「取り押さえよう。楓は左を頼む」
「かしこまりました」
「ハリー、命令よ。1体はわざと逃しなさい。親分は多分ここには居ないわ」
「案内させるわけか。了解」
普段はあれでも、賢能の魔女だけあってアピィは頭が回る。
余裕たっぷりに、安全バーを降ろしたままのようだが。
こちらを見上げるアピィと目が合う。何かを訴えかけるような、小動物的な眼差しだった。
「……抜けないのか?」
「うん」
「……入口にいた係員人形も、多分奴等の仲間だ。そいつを頼む」
「仕方ないわね、任されてあげるわ!」
一転して威勢よく返事をするアピィを置いて、コースターを飛び出す。
慌てた人形がショットガンをこちらへ向けるのが見えた。
落ち着いて岩場に身を隠して射線を切ると、焦れた人形が身を乗り出してこちらを狙ってきた。それは愚策だ。
反対に相手の停止装置がある首元を狙撃すると、ぐらりと人形の身体が揺れて落ちる。
資料通りなら、これで無力化できたはずだ。
「キョ、兄弟!」
「あっちのお仲間も片付いたようだぞ。後はお前だけだ」
反対側の高台では、一足で高台に飛び上がった楓が、目にも止まらない速度の突きで、あっさりと人形を無力化していた。
あんなのに奇襲されたら、自分もきっと為す術が無いだろう。
「畜生、何ナンダテメェ等!」
「心当たりぐらいあるだろう。ラフィーナからの依頼だ。大人しく調整を受けてもらおうか」
「姫様ノ……クソッ!」
捨て台詞を吐いて、人形の姿が高台の奥へと消える。
同時に、線路を塞いでいた巨石がギミックによって排除され、コースターがゆっくりと動き出した。
そこでアピィから声が掛かる。
「私は後で合流するわ。奴を見失っちゃ駄目よ」
「任せろ。そっちこそ、迷子になるなよ」
「あなたねぇ。この世界における魔女を、一体何だと思ってるの?」
不機嫌そうな台詞を残して、コースターが再び洞窟の闇の中へ消えてゆく。
ぶっちゃけ、畏怖の対象というよりは、愉快なコメディアンのようにも思えるが、さすがに言えばアピィも怒るだろう。
隣にやって来た楓が、心配そうにこちらを見回した後、安堵の息をついた。
「ほっ。お怪我も無いようで何よりです」
「装備のおかげだ。さて、アピィを失望させるわけにはいかん。追うぞ」
楓が頷く。
ここから先は、きっと自分の領分だ。