30話 初コースター
エリア内を定期巡回している無料の乗り合いバスに乗車し、揺られること数分。
下車したパニックコースターの前は、意外にも閑散としていた。
数十種類のジェットコースターがあるこのラブパレードでは、どうしても人気のないアトラクションも出てくるらしい。
「ようやくアトラクションに乗るのね。でも、全然人が並んでいないわ。これ、面白いの?」
「申し訳ございません、お嬢様。今回は調査目的ですから……」
「君の乗りたいものは、後で幾らでも付き合うと約束しよう。さ、乗るぞ」
ハリーに促され、奥へ進む。
列待ちの鉄柵もほとんど意味を成しておらず、ほぼ直線移動で乗り場へ到着する。
そこには、一人の悪魔が並んでいた。
……何というか、すごく見覚えのある後ろ姿な気がする。
茶髪のカツラを被って変装しているようだが、陶器のように白い素肌までは誤魔化せていない。
そうやって気を取られていると、こちらの姿に気付いた係員人形が、手を振って誘導した。
「ヨウコソ、ゲスト様。丁度コレカラ出発デス。足元ニ気ヲツケテ、ゴ搭乗クダサイ。着席サレタラ、安全バーヲシッカリト降ロシテクダサイネ」
搭乗口に停車中のコースターは一列4人乗りで、それが6列ある。合計24人乗りだが、並んでいるのは自分達だけだ。
どの列に乗るかを思案していると、前に並んでいた悪魔が振り向いた。
その顔に、ああやっぱり、と得心が行く。
「ねぇ、キミ達。良かっタらボクも一緒に乗セてもらえナいかな? 一人でこういうノに乗るの、怖くっテ」
機械仕掛けの瞳の奥で、歯車がかちりと回る。
Tシャツにデニム生地のホットパンツと、ラフな観光客風の装いになっているが、どうみても某プリンセス様だ。
調査の過程でここに来ると予想して、先回りしていたらしい。
「何されてるんですか、ラフィ――」
「あー、違う違ウ! よく間違えられルんだけど、ボクはあんな可愛いお姫様じゃナいよ! ボクはそう、ラ、ラー……そうだ、ラー・フィンフィンだヨ! たまたまツアーでやってキただけの、大陸系の悪魔アルヨ!」
自分で可愛いと言ったな、このミレニアム独身魔女。
しかも大陸系の悪魔とか意味が分からない。ラーメンか。
「お願いダよ~。一人でジェットコースターに乗るとか寂し……じゃナい、怖すぎルよ~」
「なんて胡散臭い演技を……。ハリーさん、どうします?」
おそらく、本当にジェットコースターに同乗したいだけなのだろうが、一応は勝負中の相手である。
はいどうぞ、とすんなり応じるわけにはいかない。
「別に構わないだろう。現地住民は丁重に扱わないと、後で敵兵に情報を売られたりするしな」
……過去に何か苦い経験でもあったのだろうか。
いや、それ以前に。
「ハリーさん、ちゃんと分かってますよね?」
「何がだ」
「いや、この悪魔さんのことですよ」
「大陸系悪魔のラー・フィンフィン氏だろう。隣獄には多種多様な悪魔がいるものだな」
うんうん、とハリーが一人頷く。
ガチなのか、これは。
「……誰かに似てると思いません?」
「む? んー……すまない。初見の東洋系の顔立ちを見分けるのは、どうにも難しくてな……。ずっと一緒にいる君は別だが」
「そ、そうですか…」
嬉しいような残念なような。
いや、そもそもラフィーナはまったく東洋系の顔立ちではないのだから、やはりハリーがおかしいのだ。
これはひどい。
「では、ラー氏は奥から座ってもらえるだろうか」
「やん、ラフィーンって呼ンで♡」
「ラフィーン」
「はーイ! 奥に座りマーす!」
元気よく返事して、ラフィーナが最前列の最奥に腰掛ける。
おのれ、調子に乗りおって。ほぼ本名じゃないか。
パーティの平穏を担うメイドとして、このままラフィーナの蛮行を許すわけにはいかない。
「じゃあ失礼して俺が……」
「あっ、ハリーさん。私が次に座りますよ。ラフィーンさんも、女性が隣のほうがきっと気楽でしょうし」
「えっ!? い、いや、けしテそんな事は……」
もごもごとラフィーナが言い淀む。
「そうか、それもそうだな。では楓、先に頼む」
「はい、お任せください」
「そ、そンなぁ~」
気落ちするラフィーナを横目に、その隣の席に腰掛ける。
ちらりと目をやると、涙目のラフィーナに睨まれた。
「やってクれたね、楓……。よくもボクとダーリンの記念すべキ初コースターをっ」
「変装だなんてせこい手を使うからですよー」
ハリーに気づかれないよう、小声で会話する。
あとは私の隣にハリーが座って、それでこの話は解決だ――。
「あら、楓がそこに座るのね。じゃあ次は私が座るわ」
ひょいっとハリーの脇をすり抜けて、ぽふんとお嬢様が席に着く。
「お、お嬢様!?」
「あなたは私の隣に着いていないと駄目でしょう? 主より先に座るだなんてあなたらしくないけど、まぁ遊園地だもの。気が逸ったということにしておくわ」
「も、申し訳ございません……」
お嬢様の言葉はまったくもって正論だ。
正論なのだけど――普段は超理論ばかりなのに、なぜ今それが出るのか。
ふと視線を感じ、逆方向へ顔を向けると、ラフィーナが今にも吹き出しそうな口元を抑えていた。
隣獄に来てから、ネガティブな感情はほとんど忘れていたのに、いま無性に悔しいと感じている。
「ほらハリー、あなたも座りなさい。魔女と相席する人間なんて、きっとあなたが初めてよ」
「そいつは光栄だ、サー」
いつものように自信たっぷりのお嬢様の言葉に、ハリーが皮肉げに応える。
二人のやり取りはとても自然で、ふと自分やラフィーナは、躍起になって何をやっているのだろうと思う。
ラフィーナを見ると、彼女もまた複雑な表情を浮かべていた。自分と同じ事を考えたのだろうか。
「ゴ準備ハヨロシイデスネ。デハ、チョッピリスリリングナ砂漠ノ旅ヘ、皆様イッテラッシャーイ!」
発射のベルが鳴り響き、ゆっくりとコースターが動き出す。
手を振って見送る係員人形の姿が視界から外れ、ラブパレード初のアトラクションが、ようやく始まろうとしていた。