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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第5章 マスタードと、野菜多めで。
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30話 初コースター

 エリア内を定期巡回している無料の乗り合いバスに乗車し、揺られること数分。

 下車したパニックコースターの前は、意外にも閑散としていた。

 数十種類のジェットコースターがあるこのラブパレードでは、どうしても人気のないアトラクションも出てくるらしい。


「ようやくアトラクションに乗るのね。でも、全然人が並んでいないわ。これ、面白いの?」

「申し訳ございません、お嬢様。今回は調査目的ですから……」

「君の乗りたいものは、後で幾らでも付き合うと約束しよう。さ、乗るぞ」


 ハリーに促され、奥へ進む。

 列待ちの鉄柵もほとんど意味を成しておらず、ほぼ直線移動で乗り場へ到着する。

 そこには、一人の悪魔が並んでいた。

 ……何というか、すごく見覚えのある後ろ姿な気がする。

 茶髪のカツラを被って変装しているようだが、陶器のように白い素肌までは誤魔化せていない。

 そうやって気を取られていると、こちらの姿に気付いた係員人形が、手を振って誘導した。


「ヨウコソ、ゲスト様。丁度コレカラ出発デス。足元ニ気ヲツケテ、ゴ搭乗クダサイ。着席サレタラ、安全バーヲシッカリト降ロシテクダサイネ」


 搭乗口に停車中のコースターは一列4人乗りで、それが6列ある。合計24人乗りだが、並んでいるのは自分達だけだ。

 どの列に乗るかを思案していると、前に並んでいた悪魔が振り向いた。

 その顔に、ああやっぱり、と得心が行く。


「ねぇ、キミ達。良かっタらボクも一緒に乗セてもらえナいかな? 一人でこういうノに乗るの、怖くっテ」


 機械仕掛けの瞳の奥で、歯車がかちりと回る。

 Tシャツにデニム生地のホットパンツと、ラフな観光客風の装いになっているが、どうみても某プリンセス様だ。

 調査の過程でここに来ると予想して、先回りしていたらしい。


「何されてるんですか、ラフィ――」

「あー、違う違ウ! よく間違えられルんだけど、ボクはあんな可愛いお姫様じゃナいよ! ボクはそう、ラ、ラー……そうだ、ラー・フィンフィンだヨ! たまたまツアーでやってキただけの、大陸系の悪魔アルヨ!」


 自分で可愛いと言ったな、このミレニアム独身魔女。

 しかも大陸系の悪魔とか意味が分からない。ラーメンか。


「お願いダよ~。一人でジェットコースターに乗るとか寂し……じゃナい、怖すぎルよ~」

「なんて胡散臭い演技を……。ハリーさん、どうします?」


 おそらく、本当にジェットコースターに同乗したいだけなのだろうが、一応は勝負中の相手である。

 はいどうぞ、とすんなり応じるわけにはいかない。


「別に構わないだろう。現地住民は丁重に扱わないと、後で敵兵に情報を売られたりするしな」


 ……過去に何か苦い経験でもあったのだろうか。

 いや、それ以前に。


「ハリーさん、ちゃんと分かってますよね?」

「何がだ」

「いや、この悪魔さんのことですよ」

「大陸系悪魔のラー・フィンフィン氏だろう。隣獄には多種多様な悪魔がいるものだな」


 うんうん、とハリーが一人頷く。

 ガチなのか、これは。


「……誰かに似てると思いません?」

「む? んー……すまない。初見の東洋系の顔立ちを見分けるのは、どうにも難しくてな……。ずっと一緒にいる君は別だが」

「そ、そうですか…」


 嬉しいような残念なような。

 いや、そもそもラフィーナはまったく東洋系の顔立ちではないのだから、やはりハリーがおかしいのだ。

 これはひどい。


「では、ラー氏は奥から座ってもらえるだろうか」

「やん、ラフィーンって呼ンで♡」

「ラフィーン」

「はーイ! 奥に座りマーす!」


 元気よく返事して、ラフィーナが最前列の最奥に腰掛ける。

 おのれ、調子に乗りおって。ほぼ本名じゃないか。

 パーティの平穏を担うメイドとして、このままラフィーナの蛮行を許すわけにはいかない。


「じゃあ失礼して俺が……」

「あっ、ハリーさん。私が次に座りますよ。ラフィーンさんも、女性が隣のほうがきっと気楽でしょうし」

「えっ!? い、いや、けしテそんな事は……」


 もごもごとラフィーナが言い淀む。


「そうか、それもそうだな。では楓、先に頼む」

「はい、お任せください」

「そ、そンなぁ~」


 気落ちするラフィーナを横目に、その隣の席に腰掛ける。

 ちらりと目をやると、涙目のラフィーナに睨まれた。


「やってクれたね、楓……。よくもボクとダーリンの記念すべキ初コースターをっ」

「変装だなんてせこい手を使うからですよー」


 ハリーに気づかれないよう、小声で会話する。

 あとは私の隣にハリーが座って、それでこの話は解決だ――。


「あら、楓がそこに座るのね。じゃあ次は私が座るわ」


 ひょいっとハリーの脇をすり抜けて、ぽふんとお嬢様が席に着く。


「お、お嬢様!?」

「あなたは私の隣に着いていないと駄目でしょう? 主より先に座るだなんてあなたらしくないけど、まぁ遊園地だもの。気が逸ったということにしておくわ」

「も、申し訳ございません……」


 お嬢様の言葉はまったくもって正論だ。

 正論なのだけど――普段は超理論ばかりなのに、なぜ今それが出るのか。

 ふと視線を感じ、逆方向へ顔を向けると、ラフィーナが今にも吹き出しそうな口元を抑えていた。

 隣獄に来てから、ネガティブな感情はほとんど忘れていたのに、いま無性に悔しいと感じている。


「ほらハリー、あなたも座りなさい。魔女と相席する人間なんて、きっとあなたが初めてよ」

「そいつは光栄だ、サー」


 いつものように自信たっぷりのお嬢様の言葉に、ハリーが皮肉げに応える。

 二人のやり取りはとても自然で、ふと自分やラフィーナは、躍起になって何をやっているのだろうと思う。

 ラフィーナを見ると、彼女もまた複雑な表情を浮かべていた。自分と同じ事を考えたのだろうか。


「ゴ準備ハヨロシイデスネ。デハ、チョッピリスリリングナ砂漠ノ旅ヘ、皆様イッテラッシャーイ!」


 発射のベルが鳴り響き、ゆっくりとコースターが動き出す。

 手を振って見送る係員人形の姿が視界から外れ、ラブパレード初のアトラクションが、ようやく始まろうとしていた。

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