29話 職質
アメリカナイズな朝食を済ませた後、ハリーの提言で聞き込み調査をすることになった。
最新の目撃情報を集めながら、広くエリアの構造を探りたいらしい。
そんな地道な作業にも関わらず、意外にもお嬢様が乗り気だった。
「ふっ、任せなさい。職質名人と呼ばれたこのアペルチャイルドに掛かれば、赤子の手にデスロールをかますようなものだわ」
「止めて差し上げろ」
ハリーが相変わらずの無表情で突っ込んでいる。
お嬢様は一体いくつの渾名を持っているのだろうか。
「おっ、第一不審者はっけーん!」
お嬢様の付け羽がピーンと伸びる。
視線の先には、ごく普通に遊園地を楽しむカップル悪魔の姿があった。
どこから用意したのか、マイクを片手にお嬢様が突撃する。
「すいませーん、ちょっとお時間いいですか?」
「うおっ、なんだなんだ」
突然のインタビューに、男性悪魔の方が驚いたように身じろぎする。
一方で、女性悪魔はそのイベントを嬉しそうに笑顔で出迎えた。
「まぁ、可愛い悪魔さんね。何かしら?」
「隣の人は彼氏さん?」
「そうよぉ。まだ付き合いだして三ヶ月なの。私が初めての恋人らしくて、とっても優しいのよ。素敵な彼氏でしょう?」
「へぇ」
「……あれ? こいつ、どこかで見た気が――」
男性悪魔が訝しげにお嬢様を見て唸る。
そしてお嬢様もまた、男性悪魔に訝しげな視線を返すと、指を差して告げた。
「でもこの男、半年前にレッドガーデンで金髪美女の悪魔にフラッシュモブでプロポーズして大爆死した奴にそっくりよ」
「うおおぉぉいッ!? 何でそれを――って、そうか思い出した! こいつ、レッドガーデンのお散歩災害魔女――」
パシーンッ!!
最後まで言い切る前に、強烈な平手が男性悪魔の頬にクリーンヒットした。
真っ赤なモミジをこしらえて、男性悪魔が錐揉み状に回転しながら吹っ飛んでいく。
女性悪魔は肩をいからせながら、のっしのっしと立ち去っていった。
「一組のカップルが僅か30秒で破局しましたね」
「アピィはクビだな」
さすがに私もフォローできない。
「いやぁ、今日も良いことしたわねー」
しかしお嬢様はこの結果に満足したのか、ものすごいドヤ顔だった。
結局、自分とハリーとで手当たり次第に聞き込みすることになった。
遊園地で気が緩んだ悪魔達は、面白いぐらいによく喋ってくれる。
「この辺りで騒ぎがなかったかって? おいおい、ここは遊園地だぜ? 騒いでない奴等の方が少ねぇよ。ミッドナイトストーカーってアトラクションに行ってみな。悲鳴の嵐が聞こえるぜ」
「変わったことかぁ。そういえば、二日前に警備人形達がたくさん走っていくのを見たよ。そう、ホラーハウスの方。変な匂いがしたらしいけど、ガスでも漏れてたのかな?」
「この前パニックコースターに乗ったのよ。途中で盗賊団が出てくるんだけど、なんだか動きがギクシャクして見えたなぁ。あたし、ラブパの超マニアだからさー、分かるんだよね」
「このエリア、水たまりが多いの。せっかくの新しい靴が汚れちゃったわ。さいあくー」
「脱出!スラム街っていう参加型のアトラクションがあるんだけど、人混みの中で財布落としちゃったんだよ……。届けは出してるけど、もし見つけたら教えてくれないか?」
情報はバラバラだが、気になる証言が幾つか集まった。
ちなみに、残りはナンパと惚気とテンション上がったパーリーピーポー達だ。会話のキャッチボールが成立していない。
「中々の収穫だな。あともう一人ぐらいでいいか」
「そうですね。あっ、あの悪魔とか如何ですか?」
少し先の街灯にもたれ掛かるようにして、背丈のあるひょろ長い男性悪魔が佇んでいる。
くたびれたグレーの燕尾服が、日本の中年サラリーマンを彷彿とさせた。
「どれだ?」
「ほら、あそこに――あれ、居ない?」
目を離した一瞬の間に、ひょろ長い悪魔の姿が消えてしまった。
……自分の見間違いだったのだろうか。
「まぁいいさ。これだけ揃えば、ひとまず十分だろう。情報を精査しよう」
道の隅に移動して、立ち話の作戦会議が始まる。
「楓はホラーハウスが怪しいと思いました。警備人形が駆けつけてるなら、何かあったってことですよね?」
「そうだな。だが、単に客同士のトラブルの可能性もある。情報として精度が高いのは……パニックコースターか」
真剣な眼差しでメモを見返しながら、ハリーが呟く。
「おそらく、このアトラクションが盗賊団の担当だったんだろう。今は代理の人形で回しているから、動きが悪いんだ」
「きっとそうでしょうね。ではどういうアトラクションか、一度見ておきますか?」
すかさずそう提案する。
名前からして、記念すべき最初のアトラクションはジェットコースターになりそうだ。
「ああ、そうしよう。アピィ、行くぞ――」
すっかり放置していたお嬢様を、ハリーが振り返る。
「君がそんな移り気な悪魔だとは思わなかった! 婚約は解消させてもらう!」
「何よ、サキュバスなんだからしょうがないじゃない! あなたこそ、インキュバスの癖に潔癖すぎよ!」
喧々囂々のカップルの横で、お嬢様がレフェリーのようにファイッと言いながら二人を煽っていた。
「何をしている」
「記念すべき十組目よ。良いことし過ぎで自分が天使に見えてきたわ。悪魔だけど」
おお……この僅か数十分の間に、そんなにも不幸が。
「充分に悪魔だ。眼科行ってこい」
「ありがとう、最高の褒め言葉よ。思い出に眼鏡でも作ろうかしら」
お嬢様はどこまで行っても無敵だった。




