表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第5章 マスタードと、野菜多めで。
29/62

29話 職質

 アメリカナイズな朝食を済ませた後、ハリーの提言で聞き込み調査をすることになった。

 最新の目撃情報を集めながら、広くエリアの構造を探りたいらしい。

 そんな地道な作業にも関わらず、意外にもお嬢様が乗り気だった。


「ふっ、任せなさい。職質名人と呼ばれたこのアペルチャイルドに掛かれば、赤子の手にデスロールをかますようなものだわ」

「止めて差し上げろ」


 ハリーが相変わらずの無表情で突っ込んでいる。

 お嬢様は一体いくつの渾名を持っているのだろうか。


「おっ、第一不審者はっけーん!」


 お嬢様の付け羽がピーンと伸びる。

 視線の先には、ごく普通に遊園地を楽しむカップル悪魔の姿があった。

 どこから用意したのか、マイクを片手にお嬢様が突撃する。


「すいませーん、ちょっとお時間いいですか?」

「うおっ、なんだなんだ」


 突然のインタビューに、男性悪魔の方が驚いたように身じろぎする。

 一方で、女性悪魔はそのイベントを嬉しそうに笑顔で出迎えた。


「まぁ、可愛い悪魔さんね。何かしら?」

「隣の人は彼氏さん?」

「そうよぉ。まだ付き合いだして三ヶ月なの。私が初めての恋人らしくて、とっても優しいのよ。素敵な彼氏でしょう?」

「へぇ」

「……あれ? こいつ、どこかで見た気が――」


 男性悪魔が訝しげにお嬢様を見て唸る。

 そしてお嬢様もまた、男性悪魔に訝しげな視線を返すと、指を差して告げた。


「でもこの男、半年前にレッドガーデンで金髪美女の悪魔にフラッシュモブでプロポーズして大爆死した奴にそっくりよ」

「うおおぉぉいッ!? 何でそれを――って、そうか思い出した! こいつ、レッドガーデンのお散歩災害魔女――」


 パシーンッ!!

 最後まで言い切る前に、強烈な平手が男性悪魔の頬にクリーンヒットした。

 真っ赤なモミジをこしらえて、男性悪魔が錐揉み状に回転しながら吹っ飛んでいく。

 女性悪魔は肩をいからせながら、のっしのっしと立ち去っていった。


「一組のカップルが僅か30秒で破局しましたね」

「アピィはクビだな」


 さすがに私もフォローできない。


「いやぁ、今日も良いことしたわねー」


 しかしお嬢様はこの結果に満足したのか、ものすごいドヤ顔だった。





 結局、自分とハリーとで手当たり次第に聞き込みすることになった。

 遊園地で気が緩んだ悪魔達は、面白いぐらいによく喋ってくれる。



「この辺りで騒ぎがなかったかって? おいおい、ここは遊園地だぜ? 騒いでない奴等の方が少ねぇよ。ミッドナイトストーカーってアトラクションに行ってみな。悲鳴の嵐が聞こえるぜ」


「変わったことかぁ。そういえば、二日前に警備人形達がたくさん走っていくのを見たよ。そう、ホラーハウスの方。変な匂いがしたらしいけど、ガスでも漏れてたのかな?」


「この前パニックコースターに乗ったのよ。途中で盗賊団が出てくるんだけど、なんだか動きがギクシャクして見えたなぁ。あたし、ラブパの超マニアだからさー、分かるんだよね」


「このエリア、水たまりが多いの。せっかくの新しい靴が汚れちゃったわ。さいあくー」


「脱出!スラム街っていう参加型のアトラクションがあるんだけど、人混みの中で財布落としちゃったんだよ……。届けは出してるけど、もし見つけたら教えてくれないか?」



 情報はバラバラだが、気になる証言が幾つか集まった。

 ちなみに、残りはナンパと惚気とテンション上がったパーリーピーポー達だ。会話のキャッチボールが成立していない。


「中々の収穫だな。あともう一人ぐらいでいいか」

「そうですね。あっ、あの悪魔とか如何ですか?」


 少し先の街灯にもたれ掛かるようにして、背丈のあるひょろ長い男性悪魔が佇んでいる。

 くたびれたグレーの燕尾服が、日本の中年サラリーマンを彷彿とさせた。


「どれだ?」

「ほら、あそこに――あれ、居ない?」


 目を離した一瞬の間に、ひょろ長い悪魔の姿が消えてしまった。

 ……自分の見間違いだったのだろうか。


「まぁいいさ。これだけ揃えば、ひとまず十分だろう。情報を精査しよう」


 道の隅に移動して、立ち話の作戦会議が始まる。


「楓はホラーハウスが怪しいと思いました。警備人形が駆けつけてるなら、何かあったってことですよね?」

「そうだな。だが、単に客同士のトラブルの可能性もある。情報として精度が高いのは……パニックコースターか」


 真剣な眼差しでメモを見返しながら、ハリーが呟く。


「おそらく、このアトラクションが盗賊団の担当だったんだろう。今は代理の人形で回しているから、動きが悪いんだ」

「きっとそうでしょうね。ではどういうアトラクションか、一度見ておきますか?」


 すかさずそう提案する。

 名前からして、記念すべき最初のアトラクションはジェットコースターになりそうだ。


「ああ、そうしよう。アピィ、行くぞ――」


 すっかり放置していたお嬢様を、ハリーが振り返る。


「君がそんな移り気な悪魔だとは思わなかった! 婚約は解消させてもらう!」

「何よ、サキュバスなんだからしょうがないじゃない! あなたこそ、インキュバスの癖に潔癖すぎよ!」


 喧々囂々のカップルの横で、お嬢様がレフェリーのようにファイッと言いながら二人を煽っていた。


「何をしている」

「記念すべき十組目よ。良いことし過ぎで自分が天使に見えてきたわ。悪魔だけど」


 おお……この僅か数十分の間に、そんなにも不幸が。


「充分に悪魔だ。眼科行ってこい」

「ありがとう、最高の褒め言葉よ。思い出に眼鏡でも作ろうかしら」


 お嬢様はどこまで行っても無敵だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ