28話 ジャンクフード
「さて、ここが件のエリアか」
「パーク内を巡回するバスがあって助かりました。歩いたら結構な時間のロスですよ、これ」
「地図によると一つのエリアでおよそ2平方マイル。それが8エリアもあるんだから、遊園地というよりちょっとした都市並みの面積だな――どうした、楓?」
見れば、こめかみを抑えて難しそうな表情を浮かべている。
「……いえ、70年経ってもまだヤード・ポンド法使ってるんですね、あの国。マイルで言われてもさっぱり分からなくて……」
「……なんというか、申し訳ない」
主に、世界中の国々に向けて。
ちなみに、キロに変換すると約5平方キロメートルだ。
「ラードにポン酢にさっぱり……そこまで言われたら、楓特製のおろしトンカツが食べたくなったわね。じゅるり」
アピィは一度耳鼻科を受診した方が良いと思う。
「しかしそうだな。トンカツはないだろうが、そこの売店で何かテイクアウトするか。こういう体力勝負には、朝食が肝要だ」
エリアの境界となる接続ゲート付近には、多数の店が軒を連ねていた。
当然、その中には香ばしい匂いを漂わせる、ファストフード店も含まれている。
「さんせーい! 私マシュマロ!」
諸手を上げてアピィがはしゃぐ。
そこは肉じゃないのか。
「では、私が買ってまいりますね。ハリーさんは何がよろしいですか?」
「じゃあホットドッグを。マスタード多めで」
「……なんとなく、ハリーさんってジャンクフードばかり食べてそうですよね」
「アメリカ人をそういう偏見で見るのは止めて頂きたい」
確かに大味な粗挽きのハンバーガーとか好物だが。
ジャングルで駐留していた時などは、好き嫌い無しで何でも食べていたのだ。虫とか爬虫類とか。
野菜も多めにしておきますから、と言い残して楓が注文に向かう。それは一向に構わないが、何故か腑に落ちない。
「そういえばアピィ、ちょっと見て欲しいものがあるんだが」
「構わないわよ。どれどれ……うーん、コマ割りがひどいね~。台詞も多すぎだし、線が雑でキャラの表情が死んでる。この業界向いてないんじゃないの、チミィ」
「コミックの持ち込みの話じゃない」
しかもなんでそんな辛口なんだ。
「この銃なんだが。どういう仕組みか、君なら分かるか? ディアボリカに作ってもらったものだ」
ホルスターから銃を外し、銃身側を掴んで手渡した。
銃を初めて見たのか、アピィはまじまじと観察している。
「あの子ったら、またこんなものをばら撒いて。作るだけで管理をしないのよね。自分がどういう存在か分かってるのかしら」
「そこはちょっと気になるな。どんな悪魔だったんだ?」
「さぁ、もう忘れてしまったわ。ただ、あの子のせいで大変な目に遭ったことは覚えてるの」
「随分物忘れが酷いな」
そういえば、ラフィーナも過去の記憶が無いと言っていた。
隣獄の成り立ちに、何か関係があるのだろうか。
「些末な事だわ。過去も男も、振り返らないのがレディの嗜みよ。さて、それでこの銃だけど。とりあえず解析魔法でも掛けてみましょうか」
そう言って、アピィが銃に手をかざす。
小さく呪文のようなものを唱えると、青白い光が銃を包み込んだ。
「……ふむ。ディアボリカ、ちょっとやり過ぎ」
「そんなにか」
アピィの声には、呆れと小さな怒りが入り混じっているように感じた。
嘆息をついて、アピィが続ける。
「機構は私よりもあなたの方が詳しいだろうから省くけど。銃弾が竜鉄鋼で無限充填が掛かるようになってるわ。普通に悪魔に通じるわよ、これ」
「マニュアルにはどの武器も時間を置けばリロードされるとあったが、事実だったのか……。粋なドラゴンジョークかと思ったんだが」
「あの子に冗談を言うような柔らかい頭は無いわよ。ちなみに竜鉄鋼はドラゴンの爪から生成される希少鋼材よ。竜の力には悪魔の結界を突破する効果があるわ。それが自分に向けられるとは思わなかったのかしら」
「あの巨体じゃ、こんなもの豆鉄砲にしかならんと思ったんだろう。しかし、それじゃあこっちのナイフも同じ類か」
今度は腰に回したシースから大型ナイフを取り外し、アピィに見せる。
「そうね、そっちも竜鉄鋼よ。ついでにそのスーツは竜鱗で編んであるわ。人間の身を守るには最適だと思うけど……あなた、悪魔相手に戦争でもする気なの?」
「さてな。楓が気を利かせてくれたのか、ディアボリカが気合いを入れ過ぎたのか。いずれせよ、護身目的であることに変わりはない」
とはいえ、手持ちの武器が悪魔にも通用することが分かったのは大きい。
正面きって戦うことは無理でも、牽制ぐらいにはなりそうだ。
「ま、使い方には注意なさい。念の為なのか、セーフティは掛けてあるみたいだけど」
「セーフティ?」
「竜の涙と言ってね。死者復活の効果がある素材が、銃弾に使われてるみたいよ。その銃で誰かを死なせてしまっても、瀕死の状態で生き返るわ。無限ループでもしたかったのかしら」
悪魔なんて放っておけば復活するのにね、と呟いた後、アピィから銃を返される。
つまり、撃つ時は気兼ねなくぶっ放していいわけだ。実に分かりやすい。
そうこうしていると、ファストフード店から紙袋を抱えた楓が出てくるのが見えた。
こちらに気付くと、パタパタと駆け寄ってくる。
「お待たせしました。注文してから作ってくれる本格派だったので、少し時間が掛かってしまいまして」
楓が抱えた紙袋からは、何とも言えない良い匂いが漂ってくる。
不意に、腹の虫が鳴った。自分もアピィの事を言えないらしい。
「マーシュマロっ、マーシュマロっ」
「はいはい。串焼きマシュマロがございましたので、全種類買ってまいりましたよ」
「わぁ、イチゴにチョコに練乳、それにオイル味まで! パラダイスはここにあったのね」
パラダイス、安いな。
あとこの国はオイル味を推し過ぎだろう。
「ご満足頂けたようで何よりです。ちなみに私は、これにしましたよ」
そう言って楓が袋から取り出したのは、歩きながらでも食べやすいように作られた、サブマリン型のサンドイッチだ。
隣獄で採れる野菜が何なのかは不明だが、はみ出た鮮やかな緑のサラダ菜と赤色の果実は、レタスとトマトを彷彿とさせる。実に女子らしいチョイスだった。
「ところで俺のは――」
「はい、ホットドッグです。マスタードと、野菜多めで」
「……いや、いいんだがな? 俺が野菜を全く食べない典型的なアメリカ人だと決めつけるのは良くない――」
「平気だと言うなら文句を言わない」
「……サー、イエッサー」
アピィの甘やかし具合と雲底の差な気がするが、ここで上官に逆らうような愚は犯さない。
兵士達の縦社会とは、そういうものなのだ。