26話 宣戦布告
「ハリーさんとラフィーナ様が……け、結婚ーっ!?」
玉座の間で衝撃の発言がラフィーナから飛び出し、私は悲鳴に近い叫び声を上げた。
「まだ決まっタわけじゃナいけど、ダーリンはそう約束してくれたンだぁ♡」
照れ照れとラフィーナが身体をくねらせる。
ハリーはそれを否定することなく、黙って目を瞑っていた。
さっきの謝罪を鑑みるに、事実ということなのだろう。
二週間経ってもさして関係に変化のない自分からすれば、あまりに手が早すぎる。
魔女って怖い。
「一応聞くけど、ハリーは本当にそれでいいの? 悪魔との契約を反故にしたら、魂を抜かれるわよ?」
「約束は守るさ。それに、おそらくこれは今回のことだけじゃない。アピィ、みんなが君ほど強いとは限らないだろう」
「……まぁ、そうかもしれないわね。理解はしても、納得は別か」
ばつが悪そうに、お嬢様が独りごちた。
確かに、私だって記憶を失うと言われれば、躊躇はするだろう。
何故自分が、という思いに駆られてしまうかもしれない。
記憶を失うことに何の憂慮も抱かないお嬢様が、あまりに潔すぎるのだ。
「俺は所詮部外者だが、今回は魔女達全員の協力が必要なんだ。残される者の為にも、後味の悪さを残すべきじゃない。禍根は尾を引いて、やがて争いを生む」
「ふむ。悪魔の世界では、強い者が正義なのだけど……いいわ、協力者たるあなたの方針に合わせましょう。魔女達の理解が得られない場合は、譲歩も検討するということでいいのね?」
「すまないな、人間の価値観に合わさせて」
「構わないわよ。山は高ければ高いほど、登った時の空気が薄いと言うじゃない」
まんまだ!
しかし従者として主へのツッコミは憚られる――ああ、なんという生殺しか。
「よシよし。アペルチャイルドのお許シも出たというコとで――早速お題を発表しマーす!」
ファンファーレが鳴り響き、パネルを伏せた三体の人形が入場してくる。
何だか日本のテレビでやっていた、バラエティ番組のような展開だ。
見やすい位置にやってきた所で、パネルがひっくり返された。
「ハい、お題はこチら! その1、激走・暴走しタ人形盗賊団! ソの2、激闘・暴走したグラディエーター人形! そノ3、激突・暴走シた王子様人形!」
「結局、全部暴走じゃないですか!」
運営の管理は一体どうなっているのか。
日本だったらコールセンターの電話が鳴りまくりそうな事案だ。
「うぅ、だカら困ってるんダよぅ。緊急プロトコルも受け付けナくなってるし、調整所に戻さなイといけないんだケど、全然捕まらなクてさぁ。ボクが行くと凄い勢いで逃げチャうし」
「いつから暴走してるんだ?」
「一週間前くらいカなぁ。盗賊団に私物を盗まレたり、グラディエーターに襲撃を受けたゲストがいて、何とかイベントの一環だって誤魔化したンだけど、そろそろマズそうで……。早くどうにカしなイと、マスコミに嗅ぎつケられちゃうヨ!」
「マスコミと言っても、君の配下だろう。差し止めればいいじゃないか」
「アれはパーク内限定の広報誌だよ。ボクが言ってルのは、『四季報りんごく』っテいう個人新聞のこと。ゴシップを撒き散らスのが趣味の、質の悪い悪魔がいるんダよぉ」
四季報りんごく――通称『よんりん』と呼ばれる、ゴシップ紙だ。
真偽の出所の怪しい記事が多数掲載されており、娯楽としてなんだかんだ人気のある新聞だ。
倫理観の薄い悪魔達には受けがいいらしい。
「なるほど。そいつにスクープされる前に、問題を解決すればいいんだな?」
「そウ! このミッションを見事達成してクれれば、ボクは大人しくシリアルを受けルよ。パークの悪評を広げラれるのは我慢ならナいからね」
口をへの字に曲げて、ラフィーナが強く言い切った。
どんな無理難題かと思えば、暴走した人形を捕まえるぐらい、レッドガーデンの魔女たるお嬢様のお力があれば、造作もないことではないのか。
「あマり時間を掛けたクないから、期限を切らセてもらうよ。5日以内に全部の人形を捕まエて。アと提供でキそうなノは……人形達の資料とパークの地図、それに目撃情報かナ?」
「ああ、そんなところだな」
「オッケー、じゃあ準備さセるね。爺や、爺やー!」
ラフィーナの呼び声に、側で控えていたのか執事風の人形が静かな佇まいで現れる。
「あ、昨日の……」
自分とハリーを部屋に案内してくれた、あの執事人形だ。
「オ呼ビデショウカ、姫様」
「例のものヲみんなに」
「ハッ。ドウゾ、コチラニナリマス」
ファイルに仕舞われた資料をハリーが受け取る。
中身をざっと確認すると、ハリーが小さく頷いた。
「よし。では、早速行動を開始させてもらう。行こう、二人とも」
「ず、随分早いネ。朝食とかイらない?」
「道すがら補給する」
「なんタるセメント対応……。でもダーリンらしいカぁ。仕方なイね、そレじゃあ行ってらっシャーい!」
ラフィーナが大きく手を振って送り出す。
それを見ていたお嬢様が、呆れたように嘆息をついた。
「忙しないわねぇ。まったく、何をしに遊園地に来たのか分かってるのかしら?」
「だから、遊びにきたんじゃないだろう」
踵を返して歩き出す二人に、慌てて追い縋る。
ふとラフィーナを振り返ると、その視線がハリーの背中を追っていることに気がついた。
足を止め、ラフィーナの機械仕掛けの瞳に視線を返す。
「なァに? 楓」
「……負けませんよ、私達は」
「さて、それはドうかな? 暴走中の人形達は、ボクも手ヲ焼く曲者揃い。甘く見テると怪我をすルよ」
自分の作った人形に自信があるのか、はたまたそれ以上の何かがあるのか。
ラフィーナは余裕の表情で、くすりと笑ってみせた。
だが、彼女は大きなミスを犯したことに未だ気がついていないのだ。
「分かってないみたいですね、ラフィーナ様」
「うン?」
「その立ち位置にいる限り、あなたは高みの見物側です。だって、あなたが私達に協力してしまったら、勝負にならないのですから」
「…………あっ」
「私はハリーさんと思う存分に遊園地を堪能した上で、勝負にも勝たせてもらいます。それでは」
スカートの両端を摘んで、恭しく一礼する。
そして遠くなってしまったお嬢様達を追いかけようとして――もう一つ思いついたことを、ついでに教えてあげることにした。
「そうそう。ちなみに、ハリーさんは今回が初遊園地だそうですよ。ジェットコースターも、メリーゴーランドも、観覧車も、みーんな初体験です」
そう言い切って、今度こそ二人を追いかけて走り出す。
「爺やー! 計画変更よ、今すぐマネージャー達ヲ集めテ! 三分以内に来れなカった子は調整所に送りナさい!」
「ヒ、姫様! ドウカゴ冷静ニ!」
後ろの方で、ラフィーナの悲鳴にも似た絶叫が響き渡ったが、もう振り返らなかった。
どっちの勝負も、私は負けるわけにはいかないのだ。
悪魔としては遥かに格下でも、女の子としてなら決して負けていないことを、思い知らせてやろう。