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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第5章 マスタードと、野菜多めで。
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25話 現実

「――と思っていたのに、何でこんなことに!」


 迫る掌底を捌き、毒づく。

 続いて踏み込んでの肘鉄を左腕で受け、組手なのにまるで容赦のない目潰し攻撃をスウェーで回避し、距離を取った。

 ただでさえ険しいハリーの眉間は、何だかよく分からないぐらい皺が寄っている。

 悪魔とはいえ、元女子高生相手に力が入り過ぎではないかと思う。


「手は抜かなくていいぞ。本気で打ってくれ、楓」

「そうではなくてですね! 何で私達、遊園地に来てまで朝トレしてるんですか!」

「何でも何も……どこであろうと朝トレはするだろう、普通。日課だぞ、日課」


 何故か呆れ気味に諭されてしまう。

 くそぅ、ロマンスの欠片もない脳筋軍人め。


「それに、いつになく攻撃が過激な気がするんですけど……」

「本気になる理由ができたからな。君達に迷惑を掛けるわけにはいかん」

「それってどういう――」

「いくぞ。少し攻め方を変える」


 言うやいなや、ハリーの構えが変化する。

 立って戦うアメリカ式の近接格闘技に対し、今の構えは腰を低く落とし、距離を詰めている。

 次の瞬間、肉食獣を思わせる瞬発力でハリーが大地を蹴った。

 極限まで身を低くしたタックルでこちらの左足に組み付くと、足を浮かせると同時に、蛇のように自身の両足を滑り込ませる。


「ちょっ――」


 女子的には、もはや格闘訓練どころではない。

 ストッキングを履いているとはいえ、こちらはスカートなのだ。

 そんな事を思う間にも、視界は一回転し、灰色の空を映し出す。


「受け身を取れ!」


 ハリーの言葉に我に返り、引き倒される方向の地面に勢いよく掌を叩きつける。

 何とか、間に合った。


「……ハリーさん。私が女の子だってこと、分かってやってます?」

「すまん。俺の力では到底引き倒せないだろうと思ったんだが」


 スカートを思いっきり捲り上げられれば、さすがに気もそぞろになるに決まっている。

 差し出されたハリーの手を掴み、起こしてもらう。

 今更怒りはしないが、もうちょっと女の子扱いして欲しいと思うのは贅沢なのだろうか。


「それで、何ですか今の技は」

「コマンドサンボと言う、ロシア式の近接格闘技だ。タックルや関節技を多用する、対象の破壊を目的としたスタイルだな」

「もしかして、私のことお嫌いです?」

「断じて違うので、頼むからその刀を下ろして頂けないか」


 私的には、一度くらい斬っても許されると思う。


「実は、昨晩ラフィーナと口約束をしてな。ちょっと気合いを入れようと思ったんだ」

「逢引ですか」


 おのれ、あの泥棒ネコ。

 夜襲を掛けるとはやってくれる。


「違う……。というか、何で君はラフィーナをそんなに敵視してるんだ」

「それを聞きますか。そういうの、セクハラですよ」

「なぜ!?」


 珍しくハリーが狼狽える。

 そういえばこの兵士は、大尉という中間管理職なのだった。

 管理職はセクハラ問題に弱いといのは、事実だったらしい。

 そんな中、予想だにしなかった声が掛かった。


「あなた達、こんな所に居たのね。二人とも部屋に居ないから、探したじゃない」

「お嬢様っ。ご起床されていらしたのですか」


 城の二階テラスからこちらを見下ろしていたのは、お嬢様だった。

 いつもなら自分が起こしにいくまで熟睡してるのに、今日は既に着替えまで終わっている。


「異常にテンションの高いラフィーナが、いきなり部屋に突っ込んできたのよ……。話があるから、みんな来てほしいって。だから二人も上がってきなさい」

「はっ、かしこまりました」


 先に玉座に行ってるわ、と言い残してお嬢様はテラスから姿を消した。


「ラフィーナ様からお話って、何でしょう? ……ハリーさん?」


 ハリーの方を見ると、その表情がいつになく険しかった。

 いや、正確にはあれがきっと、本来の彼の目つきなのだ。


「楓、先に謝っておく。勝手な事をしてすまない」


 そう告げて、彼は無言のまま歩きだした。

 その背中は話し掛けることを躊躇させる、静かな威圧感に満ちていた。

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