24話 理想
「どうにも、他所様のベッドは肩が凝るなぁ……」
肩をぐりぐりと回しながら、廊下を歩く。
昨日は疲労困憊のせいか、部屋に案内されるなり気絶するようにして眠ってしまった。
それでも、朝日の登るいつもの時間には自然と目が覚めるのだから、我ながら緩くはなれそうにないなと思う。
服装は、結局いつものメイド服に戻すことにした。
自分には露出が多い服も、豪奢で重たい服も向いていないということが、昨日よく分かったのだ。
何だかんだで膝丈のスカートは動きやすいし、ファンシーなファッションが流行りのこの国では、逆にメイド服の方がオリジナリティがある。
決してどこぞのプリンセスドレスなんかには負けていないはずだ。
自分にそう言い聞かせ、立ち止まる。そこはハリーの部屋の前だった。
規律に厳しい彼のことだから、きっと起床済みだろうが、一応声を掛けるのが従者の務めだ。
指の背でノックを三度鳴らす。
「ハリーさん、おはようございます。楓です」
声を掛けると、くぐもった返事の後、ゴツゴツとした足音が近づいてきた。
ガチャリという音と共に鍵とチェーンが外され、ドアに僅かな隙間が生まれる。
「おはよう。相変わらず早いな」
「そういうハリーさんこそ――なんだか、朝から重苦しい装備ですね」
踵を返すハリーの後ろ姿を見ると、昨日着ていたコンバットスーツを既に着用している。それだけでなく、靴も重厚感のあるミリタリーブーツを履いていた。
道理で足音がごついわけだ。
お邪魔します、と一声掛けて、部屋へ足を踏み入れる。
ハリーが向かった机の上には、真っ黒な金属性の部品が大小様々に整然と配置されていた。
「悪いが、銃の整備中でな。先に片してしまってもいいか?」
「あ、はい。……あの、ちょっと興味があるんですけど、見てても大丈夫ですか?」
「構わないが。しかし、何をしてるか分からないと思うぞ」
そう言って、彼は銃の分解作業を再開した。
いつの間に調達したのか、自分が用意したものではない道具もチラホラと見える。それが少し、もやもやした。
手際よく部品をばらし、合間合間に部品をチェックしながら、机に丁寧に並べていく。
最小の部品にまでばらし尽くすと、今度は組み立てだ。
よく間違えないものだと感心する記憶力で、次々に銃の形へと組み上げてゆく。
そんな作業を見つめること15分ほどで、整備は完了した。
「……ふぅ。まいったな、よく分からん機構が半分以上もある。ドラゴンに作ってもらったんだから、無理もないんだが」
「マニュアルが同封されてましたけど、ご覧には?」
「勿論、目は通した。やけに分厚いと思ったら、滅茶苦茶字がでかいせいだった」
「……ご高齢でいらっしゃいますしね、ディアボリカ様」
それほどの老眼でこんな小さな銃を作るのだから、確かにハリーが突っ込みたくなる気持ちも分からなくはない。
「まぁいい、今度アピィに聞いてみよう。自分で使う道具の仕組みぐらい、理解しておきたいしな。……ところで楓、いま時間はあるか?」
「お嬢様の起床時間まででしたら……。そうですね、あと一刻ほどなら」
「充分だ。すまないが、ちょっと付き合ってくれないか」
ハリーの目は、いつになく真剣だ。
間違いない、これはあれだ。昨日の今日で、ついにこのしかめっ面のイケメンにも変化が訪れたのだ。
遊園地効果ってすごい。
そんな邪な内心を悟られないように、努めて冷静に私は一礼した。
「かしこまりました。私でよろしければ。……でも、こんな早朝のお誘いだなんて、ちょっと緊張しますね」
「場所が場所だからな。人気が少ない方が良いかと思ったんだが、逆だったか?」
「いえ、私もその……こういう静かな時間の方が、好きですので」
それは偽りのない本心だ。
女の子はいつだって、二人きりの遊園地を夢見るものなのだから。




