22話 後夜祭
「やー楽しカったね。みんなもお疲レ様っ」
大喝采で幕を閉じたパレードに、ラフィーナが疲れを感じさせない笑顔で労いの言葉を掛けた。
場所は変わってラフィーナの居城。案内された応接室には、大きなテーブルと人数分の椅子が用意してある。
その中の一つにどかりと腰を下ろして、俺は大きく溜息をついた。
「こんなにも長いとは思わなかったぞ……」
「手の振り過ぎと笑顔のし過ぎで、色んな所の筋肉が痙攣しそうです……」
俺の言葉に、楓も疲労困憊でそう同意した。
なにせ広大なパークを回るために、ぶっ続けでおよそ四時間もの間、パレードは続いたのだ。
楽しめたのは最初の半刻程で、後は観客を楽しませる側に回っていたような気がする。
「二人とも若い癖に情けないわね。私はまだ三周は踊れるわよ」
「ボクもボクもー」
一方、魔女組は今なお元気一杯だ。
毎日こなしているラフィーナはともかく、アピィは謎の尻ダンスを終始踊り続けた上での発言なのだから、末恐ろしい。
「敢えて触れて来なかったんだが、アピィは一体いくつなんだ……」
「あら、レディの年齢を尋ねるだなんて、隋分野暮なことをするのね。素直に教えると思って?」
「少なクとも、ボクよりハずっと年上――」
「ラフィーナ。レディは秘密を着飾って美しくなるものよ? あなたも覚えておきなさい」
「は、はーイ!」
……最低でも千歳以上なのか。
身の危険を感じたのか、ラフィーナが慌てて話題を変えた。
「そ、そウいえば~……みんな、今日は泊マる場所は決めテあるのかナ?」
「いえ、それはまだ……」
楓がそう返事をすると、ラフィーナがポンッと小さく手を叩いた。
「じゃあ、よければ滞在中はココに泊まってイかない? 話の続キもまだだし、その方が都合いいデしょ?」
「それはそうですが、ご迷惑になりませんか?」
「舐めてもラっちゃ困るネ。このパークの自動人形ノ数は隣獄全体の5割に相当すルんだよ? おかゲでボクは一切の家事ができマせん!」
自慢げに言うな。
「……いやまぁ、凄いには凄いと思います。個人的にちょっと安心しましたし。それでお嬢様、如何いたしましょう?」
楓の質問に、アピィは一寸考え込んだ後、小さく頷いた。
「そうね。魔女のお誘いを断るわけにはいかないわ。喜んでお受けしましょう」
「ほんトっ?」
「ええ。丁度いい機会だし」
「うン?」
おお……唐突に口の中がじわりとエスプレッソ味に。
「かつて楓は私に言ったわ。彼女の祖国では修学旅行という行事があり、夜になると血塗られた儀式『真っ暗鍋』が盛大に催されるという――ああ、なんて楽しげな響きなのかしら」
「お嬢様、枕投げでございます」
「そう、マグロ投げ」
いや、確かにそれならある意味で楽しそうだが。
「今日は修学旅行一日目という大事な夜。宴はまだまだ終わらせないわ。というわけでラフィーナ」
「な、なァに?」
「広間に布団を敷き詰めぃ! 合戦の準備じゃー!」
「ヤだ、アペルチャイルドったら大胆♡ やルやるー!」
魔女二人が小躍りしながら、怒涛の勢いで部屋を飛び出していった。
似たような光景をレッドガーデンでも見た気がする。
「あいつ等の体力はどうなってるんだ……」
「あはは……。お嬢様が大人しいのは、読書をなされている時ぐらいですから」
やがて入れ替わるようにして、執事の格好をした人形が静かに現れ、こちらに向かって一礼した。
「姫様ヨリ話ハ伺ッテオリマス。ゴ滞在ノ間、身ノ回リノオ世話ヲサセテ頂キマスノデ、宜シクオ願イ申シ上ゲマス。早速デスガ、皆様ノオ部屋ヘゴ案内イタシマスノデ、コチラへドウゾ」
「ああ、よろしく。ちなみに、この後の予定は何か聞いてるか?」
「ハ。マズハ当城自慢ノ大浴場ニテ、旅ノ疲レヲ癒ヤシテ頂キマス。ソノ後、コチラノ合戦服ニオ着替エ頂キ、『第一回ラブパレード枕投ゲ大会~ポロリモアルカモ♡~』ニゴ参戦頂キマス」
「よし、辞退する」
「残念ナガラ、強制参加トノコトデス」
そう言って渡されたのは、歴史の資料で見たことのあるジャパニーズユカタだ。
これを着てテーブルテニスに興じるのが温泉での習わしと書いてあったが、動き辛くないのかこれは……。
「うわー……。私的には超懐かしいですが、なんでこんなものが隣獄に」
「昔、姫様ガオ集メニナラレタ一品デゴザイマス。異性ノ受ケガ悪イノハ服ノセイト言イ出シマシテ、人間界ノ衣服ヲ参考ニ、露骨ニ乱レヤスク設計シタコチラノ服ヲオ作リニナラレマシタ」
「私は自分で持ってきた寝間着を使います!」
「イエ、シカシ姫様ガ……」
「い・り・ま・せ・ん!」
すごい剣幕で楓がノーを突きつける。
当たり前の反応だろうが。
「ソウデスカ……残念デス。デハ、セメテ貴方様ダケデモオ使イクダサイ」
「いや、俺もいらな――」
「ハリーさんは有りだと思います! 着ましょう、いえ無理にでも着せます!」
なぜだ。
「オォ、喜ンデ頂ケタヨウデ何ヨリデス。デハドウゾ、コチラヘ」
執事人形の後について歩き出す。
時折、頬を赤く染めた楓がチラチラとこちらに視線を送ってきた。殺気とは違うが、何やら危険な気配だ。
枕投げは早くも始まっている。
もはや周りには敵しかいないのかもしれない。
(……孤立無援か。こうなったら――)
枕投げのことはよく知らないが、合戦というからには戦争の一種なのだろう。
そうであれば、こちらに一日の長があることを示すまでだ。
かくして始まった枕投げ大会。
開始と同時に照明を落として三人の顔面に枕を思いっきりヒットさせた所、そういう遊びじゃないと激怒したアピィ達に袋叩きにされた。
遊びだと言うのなら、血塗られた儀式とか合戦とか言わないで欲しい。




