21話 完全自動の愛の大行進
「ラフィーナ様、コチラデシタカ! モウスグパレードノ時間デス、オ急ギクダサイ」
「いっケない、忘れテた! アと何分!?」
ピエロ人形の言葉に、ラフィーナが慌てて席を立つ。
どうやら、別のイベントがあるのを失念していたらしい。
「6分24秒後デス。既ニ多数ノゲスト様ガ、ルート上デオ待チニナラレテイマス」
「わカった、すぐ準備スる。キミも配置にツいて!」
「ラジャー」
帽子を左右に揺らしながら、ピエロ人形は走り去って行った。
「みんな、ごめンね。聞いテた通り、今からパレードがあルんだ。話の続キはお城でさセてもらってイイかな?」
「城?」
「うん! ほら、湖の向こうにお城がアるでしょ? あそコがパレードの終着点ナんだ。今かラみんなヲ招待させてモらうね!」
ラフィーナが指差した方向には、外からも見えた大きな城が、魔女めいた雰囲気を醸し出している。継続的に上がる花火に照らされて、美しさとちょっとした不気味さが見事に融合していた。
「あら、もしかしてパレードに参加させてくれるの?」
「フフッ、プリンセス特権だかラね? みんなニは内緒だヨ」
悪戯っぽく笑って、ラフィーナがウインクをする。
その返事に、アピィと楓が色めきだった。
「わぁ、すごいですよハリーさん! パレードの参加はものすごく倍率が高いことで有名なんです。ファン垂涎のスペシャルチケットですよ!」
「私も見た事はあっても、参加するのは初めてね。こんな地味な格好で平気かしら?」
「君達のそのドレスで、地味のレベルなのか……」
俺の格好なんて、もはや幽霊じゃないか。
「だいジョーぶ! ゲストの衣装を用意するノもプリンセスの務め! さァ、いっくヨー!!」
高らかな宣言と同時に、ラフィーナを中心に派手なピンク色の光が交錯する。
今までに見たことの無い規模のその魔法陣は、平面から立体へと姿を変え、ついには積層型の巨大なハートマークを展開した。
さらに魔法陣は、広大なパーク全土を覆い尽くすかのような勢いで、際限なく広がってゆく。
「すごいすごい! 綺麗ですね、お嬢様っ」
「陣の構成でわざわざハートの立体を描くなんて、魔女の中でもあの子ぐらいでしょうねぇ」
呆れるようにアピィが呟く。
自分の陣は所詮授かり物でしかないが、それと桁が違うのは素人目にも理解できる。
「見てテね、ダーリン。これが愛と笑顔ノ魔女の最強最愛魔法――」
溜め込んだ魔力を、ラフィーナが打ち上げ花火のように空へと放つ。
「大行進! フルオートマティック・ミリオン・ラブパレェーーーードッ!」
虹色に輝く光球が、遥か上空でオーロラのように弾けた。
色とりどりの星や、ハートにスマイルマーク、果てはお菓子までもが雨のように降り注ぎ、世界を七色に染め上げる。
やがて、降り注いだ星達が落ちた場所から、次々にオモチャのような装いの人形達が誕生してゆく。
さらに、それまでただのオブジェだった像や建物までもが、命を吹き込まれたように動き出した。
それはさながら、不思議の国のアリスの世界に迷い込んだかのような、心踊るファンタスティックな光景だ。
「これは――言葉にならないな」
「ラフィーナだけが扱える固有魔法よ。普段は独立させてる全人形を指揮下に置いて、自分の思い通りに動かすらしいわ。言うなれば、このパーク全てがラフィーナになるようなものね」
「パーク全てが――はっ。ハリーさん、しばらくトイレとか行かないほうがいいですよっ」
「何を言ってるんだ、君は」
ラフィーナに出会ってから、どうにも楓の様子がおかしい。
何故か対抗心を燃やしているようだし、あまり相性が良くないのだろうか。
「さラに、みんなニもドーン!」
ラフィーナの掛け声で、自分達にも星やハートが降り注ぐ。
光に包まれたかと思うと、ポンッと服が弾けて早変わりした。
自分の格好は、ラメの反射が眩しい王子風の服装だ。初めて袖を通すピッチリした白タイツが、正直違和感しかない。
「ちゃんと元の服は返ってくるんだろうな……」
「ねぇ、ハリー。どうかしら? 似合う?」
「ん? おぉ。いいな、似合ってるぞアピィ」
「そう? ふふっ、これで今日の主役は頂きね」
モコモコした熊の着ぐるみに身を包んだアピィが軽快なステップで跳ねる。
魔女の威厳は完全に霧散しているが、子供的に可愛いのは事実なので良しとしよう。
「きゃー!? 何で私だけお腹や脚が丸だしになってるんですか!?」
一方で、楓が悲鳴を上げていた。
普段露出の少ない彼女が、フワフワした黒のブラトップにホットパンツという刺激的な格好になっているのだから、無理もない。
「ついでに言うと、猫耳と尻尾もついてるぞ」
「猫耳!? なぜ!?」
「ラフィーナの趣味でしょうね。あの子、ファンシー路線が大好きだし」
「やりそうだな」
確かに、熊に猫なんて鉄板中の鉄板だ。
なぜか自分だけ、動物枠から除外されてしまったようだが。
「さテ、お色直しも済んダことだし、みんな準備はいいカナ? 大丈夫なラ馬車に乗ってネ!」
いつの間にか用意されていたブリキの馬車の上から、ラフィーナが声を掛ける。
彼女自身も可愛らしさを集約したようなプリンセスドレスに着替えており、正しくお姫様の装いになっている。
「リテイク! リテイクを要求します!」
「残念、パレードは常に一発勝負デス♪」
ならば何故確認を取ったのか。
楓の訴えを華麗にスルーすると、馬車に乗り込んだ自分の腕を、ラフィーナが引っ張った。
「あ、ダーリンはボクの隣ね」
「いや、俺は後方の隅っこでいいんだが……」
「だーめっ、今のキミは王子様なんだカら!」
無理矢理ラフィーナの隣に座らされる。
背後からすごい殺気を感じるので、きっと後で弁解をせねばならないのだろう。
『ゴ来園中ノ皆様、オ待タセシマシタ! コレヨリ全テノ悪魔達ニ愛ト笑顔ヲオ届ケスル、スペシャルパレードヲ開催イタシマス! ドウゾ暖カイ拍手デオ出迎エクダサイ!』
運営によるアナウンスの直後、パークの至る所から花火が打ち上げられる。
轟音に混じって響き渡るのは、悪魔達の拍手と喝采だ。
馬車の下から、光の道がパークの各所を巡るようにして伸びてゆく。大蛇のようにうねる道筋が辿り着く先は、湖の向こうに聳える魔女の城だ。
「さぁ行コう! ボクとダーリンのめくるメく愛ノ巣へ!」
「城がいかがわしいホテルに見えてくるから、やめて頂けないか」
ただでさえパークの名前もあれだと言うのに。
「お嬢様、お離しください! 楓はあの不埒な輩に天誅をくだすのです!」
「ステイステイ。さすがに魔女相手は無理よ。競うなら尻で勝負なさい」
そして後ろは案の定騒がしい。
馬車がゆっくりと動き出す。
生まれて初めて経験する遊園地のパレードは、存外に濃い思い出になりそうだった。