20話 並ぶのは好きじゃない
「さー座っテ! ここはボクのお気に入りのカフェなンだ」
立ち話も何なので、と言うラフィーナに案内されたのは、湖の傍にあるオープンテラスカフェだ。
ここも例に漏れず退廃的な装いの店で、錆びついてボロボロのパラソルが年月の経過を思わせる。
が、あくまでデザイン上の話であって、実際に汚れているわけではないらしい。
椅子もテーブルも、手で触れても埃一つ付着しない手の行き届きようだ。
その管理に関心していると、ウェイター人形がオーダー票も持ってやって来た。
「イラッシャイマセ、ゲスト様。ゴ注文ハオ決マリデスカ?」
「みんナ、頼みたいものハある?」
「飲み物だけでいいんじゃないかしら。適当にお願いするわ」
「カシコマリマシタ」
返事をして、人形が店内へ帰ってゆく。
しばしの談笑の後、ウェイター人形が四つのカップを盆に載せて戻ってきた。
「オ待タセシマシタ。当店自慢ノ、オイルコーヒーデゴザイマス。ドウゾ」
本物の機械オイルのようにドロリとした、謎のコーヒーが提供される。
……危険な予感がするので、とりあえず誰かが飲むのを待とう。
場の様子を伺っていると、ラフィーナが小さく椅子を軋ませて、口を開いた。
「それデ、アペルチャイルドはボクに何か用事があっタんだっけ? どうかシたの?」
「ああ、そうだったわね。実は魔女としてのあなたの力を見込んで、頼みがあるのよ」
アピィの表情が引き締まり、和やかだった場の空気が一変する。
「まだ発行されていない新作アトラクションのエクスプレスパス――あなたの特権なら出せるのではなくて?」
違う、そっちじゃない。
「お嬢様、由緒正しきレッドガーデンの魔女が、不正をされるのはちょっと……」
「嫌よ。あなた、入り口にあったアトラクション待ち時間を見たの? 35時間待ちなんて看板マスコットとの誕生日記念イベントの三倍以上じゃない。むしろ運営が不正操作してるに違いないわ」
なんの話だ。
「パークの責任者を前にシて、不正とか言わナいで欲しいなぁ……」
「そうは言うけど。35時間って何人並んだらそうなるというの? この隣獄のどこにそんな数の悪魔がいるのよ」
「あれは人数といウより、アトラクションが一周するのに時間が掛かルんだよ。乗員4名、一周30分の大作だかラね」
それは作る前に問題を指摘する声が出なかったのか。
「だったら予約制にすればいいじゃない。決められた時間に乗りにいくようにするとか」
「そうスルと無尽蔵に予約が増えテいって、管理が大変になルんだよね。時間通りに来なイ悪魔も出てクるし。いずれハ考えてもいいケど、しばラくは並ンでもらうしかナいかな」
「ぐぬぬ……」
意外と真面目に考えてあった運営方針に、アピィが押し黙る。
「納得したか? そもそも、本題はそっちじゃないだろう」
「といウと、やっぱりボクとダーリンのケ、ケッコ――」
「違う」
言い終わる前に否定する。でないと、楓の視線が痛い。
事のあらましをラフィーナに説明する。
隣獄の危機と救済策、それに伴う自分の召喚。
六人の魔女にシリアルを掛けることで、アピィの計算では隣獄の位置が安定するはずとの話。
ラフィーナは時折相槌を挟みながら、最後まで真面目に耳を傾けてくれた。
若干暴走気味な節はあるが、根は素直なのだろう。
「そっかー、煉獄がネぇ。確かニそれは放っておけナいか。でも、ダーリンも物好きダね。わざわざ悪魔に手を差し伸べルだなんて」
「そんな立派な話じゃない。教官から、兵士は好悪の感情に流されるなと指導されてきた。だから、自分に出来ることをやろうとしてるだけだ」
「ふゥん……。でもサ、それじゃあ――ううン、やっぱりいいや。何でもナい」
何かを言い掛けて、ラフィーナは小さく首を横に振った。
「いいよ、協力しテあげる。ボクも煉獄に突撃すルのはごめんだし、他ならぬダーリンの頼みダシね」
「そうか、話が早くて助か……」
「――と、言いタいところだけど。ちょッと困るこトもあってサ。ねぇ、アペルチャイルドは分かってルんでしょ?」
……困ること? アピィからは特に何も聞かされていなかったが。
話を振られたアピィは丁度オイルコーヒーを啜っていたところだった。
カップから口を離し、優雅な仕草で髪の毛を掻き上げる。
「これ、超苦い」
「お嬢様、山盛の砂糖でございます」
「五杯入れてちょうだい」
「かしこまりました」
マシュマロ好きのアピィは涙目だ。
「……アペルチャイルド、話聞いテた?」
「聞いてたわよ、勿論。なぜ太陽を見るとくしゃみが出るのか。賢能の魔女として、いつか解き明かしたい謎の一つね」
「ちガうよ! シリアルを掛けるノなら、記憶の問題があるデしょっ」
決め顔のアピィに対して、ラフィーナは呆れ顔だ。
「ラフィーナ、記憶の問題とは?」
「えっトね。そモそもシリアルは、解除魔法の一種なの。この隣獄の悪魔達は、みーんな超強力な弱体化を受けてル状態なンだけど、それヲ緩和するのがシリアルなんダよね」
「弱体化? なぜそんな事を……」
「さァ、どうしテだろうね? 気付けばボクはこコで魔女になっていたかラ、よく分かラないんだ。知ってイるのは、シリアルを受けルと弱体化中の記憶が消えテしまうこと。昔、そうなってしまった悪魔がいテ、最後はコの隣獄から出ていっチャったんだ。だから魔女のみんなで、アペルチャイルドが悪戯しないヨうにシリアルに封印を掛けたんだけド……。まさか、人間を召喚して使わセるとは思っテもみなかったよ」
さすが魔女だけあって、ラフィーナも魔法への造詣が深い。
新事実がてんこ盛りである。
「おいアピィ、こっちを見ろ。顔を逸らすんじゃない。こっちを見るんだ」
「やだ」
「落ち着いてください、ハリーさんっ。子供のした事じゃないですかっ」
くそ。アピィめ、楓の陰に隠れやがった……。
魔法を知ってる癖に何故使えないのかと思ったが、そういう理由か。
アピィが過去に余計なことをしていなければ、話はもっとスムーズに進んでいたのだ。
「ま、まぁまぁダーリン。アペルチャイルドのおカげで、隣獄を救うコトが出来るのモ事実だからサ。そう見えテも、魔法で彼女の右に出ル悪魔は居ナいからね」
「まさか、冗談だろう」
「ほんトだよ。ボクも同じ魔女だケど、魔法に限ればトても敵わなイもの。だカら、アペルチャイルドが言うナらその方法が最適なンだと思う。……でも、ボクは――」
ラフィーナの表情が俄に曇る。
彼女が口を開きかけたところで、人形独特の騒がしい足音が店内に飛び込んできた。




