17話 プロポーズは突然に
「……やってしまった」
広場のベンチで、人目も憚らず項垂れる。
我に返った時には、既にハリーは着替えの為に服屋へ向かった後だった。
テンションをあげ過ぎた結果の失敗は、どうしてこれ程ダメージが大きいのだろう。
例えるなら、文化祭で柄にもなくアニメキャラのコスプレを披露した日のお風呂のような絶望感に近い。
「落ち込んだところで過去は変わらないわよ。楓もソフトクリームを食べたらどう?」
「お嬢様……。いえ、嬉しいのですが今は止めておきます……」
「ふぅん、美味しいのに。ラブパレード限定オイル味」
お嬢様には申し訳ないが、正直美味しそうには聞こえない。色もくすんだこげ茶色で、チョコレートとは違って甘くなさそうだ。
「ハリーなら大丈夫よ。あなたを心配こそすれ、怒ってなんかいなかったわ」
「いやいや、とても心配されるような事をしたとは思えないのですが」
精神的なあれとか、頭的なあれなら心配されそうだったかもしれない。
「あなたの役柄を気にしたのじゃないかしら。あの子、生い立ちの割に生真面目だから。そんな事に気遣えるほど、余裕のある人生を送ってはいないのにね」
他人事として、お嬢様が呟く。
お嬢様はまったく悪魔らしくないが、決して聖女の類でもない。
どんな相手でも差別はしないが、あらゆる存在を贔屓しないのだ。最初の頃は、それをドライだと思うこともあった。
今は、それがお嬢様にとっての在り方なのだと理解しているが。
「……お嬢様。失礼ながら、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「許すわ。何かしら?」
「お嬢様は、どうやってハリーさんをお選びになられたのですか? 魔法の素養がある人間を召喚されたのですよね?」
その質問は、ずっと気にかかっていた事だった。
ハリーの生い立ちは本人から聞いた。過酷な人生を送ってきたことも理解している。
だがそれでも、あの人が世界で一番重たい何かを背負っているようには思えなかった。
偶にだが笑うこともあるし、メタル・ブルームという趣味がある事も知った。何より、本人があまり暗い部分を感じさせないのだ。
だから、その理由を知るには、お嬢様に直接お聞きするしかないと思っていた。
「そうだけど。その質問の答えは、きっとあなたは知らないほうがいいわ」
「……それは、何故でしょう?」
「あなたが優しいからよ」
私の目を真っ直ぐに見据えて、お嬢様はそう言い切った。
それは裏を返せば、私に教えるのを躊躇う程の何かがあるという事だ。
深く尋ねるかどうかを迷っていると、先に言葉を続けたのはお嬢様の方だった。
「そんなことよりも。あなたがハリーに選んであげたサングラスがあったでしょう? あれは特別な意味を持ったアイテムなのだけど、知ってて選んだの?」
「え? そうなのですか?」
そんなこと、買い物中は何も教えて頂けなかったのに。
知らなかったのね、と納得して、お嬢様が話を続ける。
「このラブパレードにおいて、ハートとスマイルはただのマークではないわ。例えば服の胸部分にハートマークが入っていれば、“恋人募集中”という意味になる。つまり、ナンパ歓迎という意思を示すことになるわね」
「ナ、ナンパって……駄目です、ノーサンキューです!」
生前、初めてお洒落をして出掛けた渋谷で、散々な思いをした事がある。
それ以来、一人で渋谷に近付いたことは無かった程だ。
「もう、今のあなたの服には入っていないでしょう? ちょっと落ち着きなさい。……で、ハート型のサングラスだけど。あれはラブグラスと呼ばれていて――」
ピンポンパンポーン。
その時、広場にある拡声器からチャイムの音が鳴り響いた。
『ラブパレード運営委員会ヨリ、ゴ来園中ノ皆様二オ知ラセシマス――』
自動人形独特の合成音声が、否が応でも耳に入ってくる。
お嬢様が大事な話をされている時に、なんてタイミングが悪い。
「目がハートになるという事は、盲目的な愛を意味するわ。“あなた以外、目に入らない”という、より情熱的な愛のメッセージ。つまり――」
『当パークニテ毎日開催中ノ突発イベント、“恋ノトラブル♡クロスロード”ニ於キマシテ、62841日振リニ、ドキドキ指数百点満点ガ出マシタ! コレニヨリ、当パークノプリンセス――』
……なんだろう。
同時に耳に入ってくる二つの情報が、どちらも嫌な予感しか告げてこない。
「あなたと結婚したいって意味よ」
『ラフィーナ様ニヨル、“愛ノ行進♡プロポーズ大作戦”ガスタートシマス!』
ぐらりと、脳が揺れた気がした。




