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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第3章 入場パスポートはお持ちですか?
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16話 愛と笑顔の魔女

「アリガトウゴザイマシタ。アナタ様二、愛ト笑顔ノ魔女ノ祝福ガアリマスヨウニ!」


 店員人形の不可思議な見送りを受けて、服飾店を後にする。

 ディアボリカが用意してくれたコンバットスーツに着替えるついでに、アウター用に革製のジャケットを購入した。アピィ達と並んで歩くには、戦闘服は些か物々し過ぎる。

 無理矢理着せられた服は全て処分してもらったが、アピィの忠告通りに、ハート型のサングラスだけは頭に乗せておくことにした。


「しかし、魔女の祝福か――」


 良いことが起きるのか、悪いことが起きるのか、いまいち判断に困る。これ以上のトラブルは避けたいものだ。

 上着のポケットに手を突っ込んで歩いていると、至るところで繰り広げられる自動人形達の寸劇が目に入った。

 流し見していると、その全てが恋愛劇や喜劇の類であることが分かる。

 そういえば、受付のピエロ人形も、気になることを言っていた。

 曰く、愛と笑顔がこの国の命題であるとか何とか。


「心を持たない人形がそれを謳うってのも、よく分からん――む?」


 何やら、正面が騒がしい。

 目を凝らして見れば、遠くから何かが砂埃を巻き上げて走ってくる。


「そーこーノおにーーさーーん! ヘールプミー!」

「……結局、トラブルか」


 大体、想像はついていた。

 悪魔がくれる祝福が、幸運であるはずがない。

 こちらへ向かって走ってくるのは、真っ白なウェーブの長髪が目に付く小柄な少女だ。

 背丈はアピィと楓の中間辺りだろうか。西洋人形が着るようなゴシックドレスを身に着けているが、スカートの丈が短いせいで活発そうな印象を受ける。

 少女は横を通り過ぎるように一度駆け抜けると、急停止して俺の背中に隠れた。


「おいおい」

「お願イ、助けて! 悪い奴等に追わレテるの!」


 映画でよく見掛けるお決まりの台詞を言って、少女が上目遣いにこちらを見上げてくる。


「君が何かしたんじゃないのか。盗み食いとか」

「しないよ、そんナことー! ボクを誰だと思っテルのさっ」

「会ったばかりで誰も何もないだろう」


 あのアピィですら、最初に自己紹介をしたというのに。

 そんな内心を嘲笑うかのように、次の騒動が矢継ぎ早に飛び込んできた。


「待テー! 逃ガサナイゾー!」

「捕獲ダ! 捕獲シテ縛リ上ゲルノダ!」


 小柄で胴長な人形と、極端に足の短い大柄な人形が、物騒な言葉を叫びながら現れた。


「ほら来タ! あイつ等に追われテルんだよっ」

「……まぁ、追われているのは事実なようだが」


 見れば、追手の人形達の手には網やロープが握られている。話し合いをしに来たとは言い難い。


「ムム。ナンダ、アノイケメンハ。我々ノ邪魔ヲスル気カ?」

「兄貴! アイツ、脚長デスゼ!」

「ナンダト! 許セン!」


 なんだその理不尽な基準は。


「待て待て、俺は別に事を荒立てる気は――」

「ア、兄貴! アイツ、声マデイケメンデスゼ!」

「街灯ダ! 街灯二吊シ上ゲロ!」


 怒り心頭といった雰囲気で、足の短い人形が蒸気を噴き出しながら地団駄を踏んでいる。

 一体、彼等の過去に何があったのだろうか。


「無関係だと言っても通じなさそうだな……。おい、走るぞ」

「え? あ、わァっ!」


 少女の手を掴んで、後方に走り出す。


「逃ゲタゾ、追エー!」


 横目で振り返ると、案の定人形達が追いかけてきた。

 少々厳しそうだが、あれぐらいの体格差ならどうにかなるだろう。

 一区画ほど走ったところで、十字路を左に曲がる。

 背の高い壁が死角になって、一時的に人形達の姿が途切れた。すぐさま壁の陰に隠れて、スーツに装着したディアボリカ製のスタングレネードを取り出した。

 隣の少女が小さな悲鳴を上げる。


「ちょ、ちょっト! それ、爆弾――」

「安心しろ。ピンは抜かん」


 そのままの状態で、人形達が駆け抜けそうな辺りに放り投げる。

 そこへ大きな足音を響かせながら、人形達が角を曲がってきた。


「待テ待テ……エエエエッ!? バ、バクダ――」


 大柄な人形が、転がったグレネードに気付いた。そうこなくては困る。

 反射的にグレネードを避けようとしたのか、大柄な人形が右へバランスを崩した。

 そこを狙って、重心の悪そうな上半身側へタックルをぶちかます。

 予想通りの硬い衝撃と、ずっしりとした重みを感じたが、重力の助けを借りて人形を押し倒すことに成功した。

 すぐさま馬乗りになり、腕の自由を封じた上で、腰のシースからナイフを引き抜いた。

 ディアボリカ謹製の大型ナイフは、金属とはどこか異なる黒く冷たい輝きを放っている。

 それを組み伏せた人形の寸胴な首元に押し当て、残った小柄な人形を牽制する。


「ア、兄貴ィ!」

「動くなよ。やり過ぎかもしれんが、この世界の加減が分からないんでな。で、何なんだお前達は?」

「マ、待ッテクレ! コレニハ事情ガ――」


 そう人形が言いかけたところで、パンッと乾いた音が響いた。

 振り返れば、先程の少女が目をキラキラさせながら、胸元で両手を合わせている。どうやら彼女が拍手を打ったらしい。

 ……あの類の顔を、どこかで見たことがある気がする。


「スごい! かっこイイ!」


 小動物のようにパタパタとこちらに駆け寄ってくると、空いた左手を手に取られ、ぶんぶんと振り回される。


「百点! 百点満点あげルわ!」

「百点って……何がだ?」


 聞き返すと、組み伏せた人形が目を黄色く光らせて驚いた。


「ウ、嘘ダロ! モウ62841日モ出テイナカッタノニ!」

「スゲェ! ヤルジャネーカ、イケメンノ兄サン!」


 傍らに立つ小柄な人形も、こちらの肩を叩いて賛辞を送ってくる。

 ……なんとなく、事情が掴めてきた。


「つまり、エンターテイメントか?」

「ピンポーン! ごめンね、お兄さん」


 思えば、この少女に出会う前も、そこかしこで人形達による寸劇が繰り広げられていた。

 この突発的な出来事も、ゲストを巻き込んだ寸劇の一つだったというわけだ。

 事情を理解して、組み伏せていた人形から体をどける。一人では立ち上がれそうにないので、小柄な人形と一緒に起こすのを手伝ってやった。


「悪かった。どこも壊れていないか?」

「平気サ。ラブパレードノ自動人形ハ、隣獄一ノ品質ナンダゼ。ナンタッテ、ラフィーナ様ノオ手製ダカラナ!」


 ラフィーナ……今回の旅の目的である、愛と笑顔の魔女か。どうやら彼女は、人形造りを得意としているらしい。


「キミ達はもう行っテいいよ。ボクはこのお兄サんとお話がアるから」

「リョーカイ。ジャアナ兄サン、アンタニ愛ト笑顔ノ魔女ノ祝福ガ――イヤ、ソレハモウ十分カモナ!」


 意味深な言葉を残して、二体の人形達は去っていった。

 残されたのは、自分と謎の少女のみだ。


「ねぇ、お兄サんのお名前ハ?」

「サイノ――いや、ハロウドだ」


 コードネームが自然と口から出そうになったが、止めておくことにした。

 この隣獄では、ハロウドで居たいと思う。


「ハロウドかぁ、素敵な名前ネ! ところで、キミが頭に乗せテルの、ラブグラスでしょう?」

「ラブグラス――これか?」


 アピィが着けておけと忠告してくれた、ハート型のサングラスである。

 そんな名前があったとは知らなかった。


「キミは誰か、愛してル相手がいるノ?」

「いや、いないが」


 即答する。

 その場限りの関係を持つ事はあっても、特定の女性と継続的な交際をした事はなかった。


「ほンとッ!? じゃアじゃあ、ボクが立候補しテモいいよね?」

「立候補……?」


 なんだろう。すごく嫌な予感がしてきた。


「もちろン、キミの恋人にだヨ!」


 少女の柔らかな両手が、左手を情熱的に包み込む。先程は気付かなかったが、その両手からは生物らしい熱をまるで感じない。


「ボクはラフィーナ。このラブパレードの主にシて、愛と笑顔ノ魔女。どうかボクと、結婚ヲ前提にお付キ合いくだサい!」


 向日葵のように明るい笑顔で、少女――ラフィーナが微笑み掛ける。

 その無垢な瞳の奥で、歯車がカチリと動いた気がした。

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