16話 愛と笑顔の魔女
「アリガトウゴザイマシタ。アナタ様二、愛ト笑顔ノ魔女ノ祝福ガアリマスヨウニ!」
店員人形の不可思議な見送りを受けて、服飾店を後にする。
ディアボリカが用意してくれたコンバットスーツに着替えるついでに、アウター用に革製のジャケットを購入した。アピィ達と並んで歩くには、戦闘服は些か物々し過ぎる。
無理矢理着せられた服は全て処分してもらったが、アピィの忠告通りに、ハート型のサングラスだけは頭に乗せておくことにした。
「しかし、魔女の祝福か――」
良いことが起きるのか、悪いことが起きるのか、いまいち判断に困る。これ以上のトラブルは避けたいものだ。
上着のポケットに手を突っ込んで歩いていると、至るところで繰り広げられる自動人形達の寸劇が目に入った。
流し見していると、その全てが恋愛劇や喜劇の類であることが分かる。
そういえば、受付のピエロ人形も、気になることを言っていた。
曰く、愛と笑顔がこの国の命題であるとか何とか。
「心を持たない人形がそれを謳うってのも、よく分からん――む?」
何やら、正面が騒がしい。
目を凝らして見れば、遠くから何かが砂埃を巻き上げて走ってくる。
「そーこーノおにーーさーーん! ヘールプミー!」
「……結局、トラブルか」
大体、想像はついていた。
悪魔がくれる祝福が、幸運であるはずがない。
こちらへ向かって走ってくるのは、真っ白なウェーブの長髪が目に付く小柄な少女だ。
背丈はアピィと楓の中間辺りだろうか。西洋人形が着るようなゴシックドレスを身に着けているが、スカートの丈が短いせいで活発そうな印象を受ける。
少女は横を通り過ぎるように一度駆け抜けると、急停止して俺の背中に隠れた。
「おいおい」
「お願イ、助けて! 悪い奴等に追わレテるの!」
映画でよく見掛けるお決まりの台詞を言って、少女が上目遣いにこちらを見上げてくる。
「君が何かしたんじゃないのか。盗み食いとか」
「しないよ、そんナことー! ボクを誰だと思っテルのさっ」
「会ったばかりで誰も何もないだろう」
あのアピィですら、最初に自己紹介をしたというのに。
そんな内心を嘲笑うかのように、次の騒動が矢継ぎ早に飛び込んできた。
「待テー! 逃ガサナイゾー!」
「捕獲ダ! 捕獲シテ縛リ上ゲルノダ!」
小柄で胴長な人形と、極端に足の短い大柄な人形が、物騒な言葉を叫びながら現れた。
「ほら来タ! あイつ等に追われテルんだよっ」
「……まぁ、追われているのは事実なようだが」
見れば、追手の人形達の手には網やロープが握られている。話し合いをしに来たとは言い難い。
「ムム。ナンダ、アノイケメンハ。我々ノ邪魔ヲスル気カ?」
「兄貴! アイツ、脚長デスゼ!」
「ナンダト! 許セン!」
なんだその理不尽な基準は。
「待て待て、俺は別に事を荒立てる気は――」
「ア、兄貴! アイツ、声マデイケメンデスゼ!」
「街灯ダ! 街灯二吊シ上ゲロ!」
怒り心頭といった雰囲気で、足の短い人形が蒸気を噴き出しながら地団駄を踏んでいる。
一体、彼等の過去に何があったのだろうか。
「無関係だと言っても通じなさそうだな……。おい、走るぞ」
「え? あ、わァっ!」
少女の手を掴んで、後方に走り出す。
「逃ゲタゾ、追エー!」
横目で振り返ると、案の定人形達が追いかけてきた。
少々厳しそうだが、あれぐらいの体格差ならどうにかなるだろう。
一区画ほど走ったところで、十字路を左に曲がる。
背の高い壁が死角になって、一時的に人形達の姿が途切れた。すぐさま壁の陰に隠れて、スーツに装着したディアボリカ製のスタングレネードを取り出した。
隣の少女が小さな悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっト! それ、爆弾――」
「安心しろ。ピンは抜かん」
そのままの状態で、人形達が駆け抜けそうな辺りに放り投げる。
そこへ大きな足音を響かせながら、人形達が角を曲がってきた。
「待テ待テ……エエエエッ!? バ、バクダ――」
大柄な人形が、転がったグレネードに気付いた。そうこなくては困る。
反射的にグレネードを避けようとしたのか、大柄な人形が右へバランスを崩した。
そこを狙って、重心の悪そうな上半身側へタックルをぶちかます。
予想通りの硬い衝撃と、ずっしりとした重みを感じたが、重力の助けを借りて人形を押し倒すことに成功した。
すぐさま馬乗りになり、腕の自由を封じた上で、腰のシースからナイフを引き抜いた。
ディアボリカ謹製の大型ナイフは、金属とはどこか異なる黒く冷たい輝きを放っている。
それを組み伏せた人形の寸胴な首元に押し当て、残った小柄な人形を牽制する。
「ア、兄貴ィ!」
「動くなよ。やり過ぎかもしれんが、この世界の加減が分からないんでな。で、何なんだお前達は?」
「マ、待ッテクレ! コレニハ事情ガ――」
そう人形が言いかけたところで、パンッと乾いた音が響いた。
振り返れば、先程の少女が目をキラキラさせながら、胸元で両手を合わせている。どうやら彼女が拍手を打ったらしい。
……あの類の顔を、どこかで見たことがある気がする。
「スごい! かっこイイ!」
小動物のようにパタパタとこちらに駆け寄ってくると、空いた左手を手に取られ、ぶんぶんと振り回される。
「百点! 百点満点あげルわ!」
「百点って……何がだ?」
聞き返すと、組み伏せた人形が目を黄色く光らせて驚いた。
「ウ、嘘ダロ! モウ62841日モ出テイナカッタノニ!」
「スゲェ! ヤルジャネーカ、イケメンノ兄サン!」
傍らに立つ小柄な人形も、こちらの肩を叩いて賛辞を送ってくる。
……なんとなく、事情が掴めてきた。
「つまり、エンターテイメントか?」
「ピンポーン! ごめンね、お兄さん」
思えば、この少女に出会う前も、そこかしこで人形達による寸劇が繰り広げられていた。
この突発的な出来事も、ゲストを巻き込んだ寸劇の一つだったというわけだ。
事情を理解して、組み伏せていた人形から体をどける。一人では立ち上がれそうにないので、小柄な人形と一緒に起こすのを手伝ってやった。
「悪かった。どこも壊れていないか?」
「平気サ。ラブパレードノ自動人形ハ、隣獄一ノ品質ナンダゼ。ナンタッテ、ラフィーナ様ノオ手製ダカラナ!」
ラフィーナ……今回の旅の目的である、愛と笑顔の魔女か。どうやら彼女は、人形造りを得意としているらしい。
「キミ達はもう行っテいいよ。ボクはこのお兄サんとお話がアるから」
「リョーカイ。ジャアナ兄サン、アンタニ愛ト笑顔ノ魔女ノ祝福ガ――イヤ、ソレハモウ十分カモナ!」
意味深な言葉を残して、二体の人形達は去っていった。
残されたのは、自分と謎の少女のみだ。
「ねぇ、お兄サんのお名前ハ?」
「サイノ――いや、ハロウドだ」
コードネームが自然と口から出そうになったが、止めておくことにした。
この隣獄では、ハロウドで居たいと思う。
「ハロウドかぁ、素敵な名前ネ! ところで、キミが頭に乗せテルの、ラブグラスでしょう?」
「ラブグラス――これか?」
アピィが着けておけと忠告してくれた、ハート型のサングラスである。
そんな名前があったとは知らなかった。
「キミは誰か、愛してル相手がいるノ?」
「いや、いないが」
即答する。
その場限りの関係を持つ事はあっても、特定の女性と継続的な交際をした事はなかった。
「ほンとッ!? じゃアじゃあ、ボクが立候補しテモいいよね?」
「立候補……?」
なんだろう。すごく嫌な予感がしてきた。
「もちろン、キミの恋人にだヨ!」
少女の柔らかな両手が、左手を情熱的に包み込む。先程は気付かなかったが、その両手からは生物らしい熱をまるで感じない。
「ボクはラフィーナ。このラブパレードの主にシて、愛と笑顔ノ魔女。どうかボクと、結婚ヲ前提にお付キ合いくだサい!」
向日葵のように明るい笑顔で、少女――ラフィーナが微笑み掛ける。
その無垢な瞳の奥で、歯車がカチリと動いた気がした。




