15話 奇抜とお洒落は紙一重
「ヨウコソ、ラブパレードヘ! 入場パスポートハオ持チデスカ?」
「……いや、無い」
「カシコマリマシタ! 三名様デ、36000Rニナリマス。オ支払イハ如何ナサイマスカ?」
支払い……そういえば、さっき楓にカードを渡されたのだった。
真っ赤なあしらいが目に痛い、硬質カードを受付の人形に差し出す。
「……これで大丈夫か?」
「コ、コレハ! レッドガーデンノ超VIPシカ持ツ事ヲ許サレナイトイウ、幻ノクレジットカード――ソノ名モ、レッドカード!」
受付人形は大仰な素振りで驚いている。
しかし、個人的には入園直後に即退場させられそうな名称で、不安しかない。
「サゾカシ高名ナ悪魔ノ方トオ見受ケシマス。オ召シ物モ……ナントイウカ、大変個性ニ溢レテイラッシャルヨウデ」
「…………」
ちらりと後ろを振り向くと、露骨に二人が視線を逸らした。
おい、ちゃんとこっちを見ろ。
「ソレデハコチラ、三名様分ノパスポートニナリマス。退場ナサルマデ、アトラクションハ乗リ放題、滞在期限モゴザイマセン。我々人形達ノ楽園ラブパレードヲ、心ユクマデゴ堪能クダサイ!」
ゲートが開放され、係員の人形達が旗を振って見送ってくれる。
ピエロの格好をした人形が、手にしたバルーンをアピィに差し出した。
「ヤァ、可愛ラシイオ嬢サン! 今日ハ家族デ旅行カナ?」
「わぁ、ありがとう。でも残念ね、この方は私のパパではないのよ。ママはそうしたがってるみたいだけど。ね、ママ?」
バルーンを受け取ったアピィが、八重歯を覗かせていたずらっぽく笑う。
「まぁこの子ったら! ごめんなさいハロウド伯爵、この子が失礼なことを……」
それを受けて、いつものメイド服から大人っぽいワインレッドのワンピースにドレスチェンジした楓が、慌てて否定した。
「は、はは……。いや、子供の言うことではないですか、かえ…ではない、メープル夫人」
「くすくす。本当よ、ハロウドのおじさま。ママはいつも、お家でおじさまの事ばかり話しているんだから」
アピィが言葉を重ねる度に、楓は大げさに焦る演技を披露する。
ピエロの人形はそれを見て、大いに喜んだ。
「オオット、コレハ素敵ナオ話ダ! 愛ト笑顔ハ、ラブパレードノ命題ソノモノ! 我々一同、全力デソノ愛ヲ応援イタシマショウ!」
周囲の人形達が賑やかに手を叩き、クラッカーと紙吹雪が乱舞する。
その歓待ぶりに、アピィは零れんばかりの笑顔で、踊るようにゲートを潜った。
一方の俺は、作り笑いのし過ぎで瞼が痙攣しかけていた。
口の中は、濃い目に入れたエスプレッソのような苦味で満たされている。
「ゲスト様ノ行ク先ニ、愛ト笑顔ガ溢レマスヨウニ! ソレデハ、イッテラッシャーイ!」
「着替える」
エントランスゲートを抜けて一分ほど進んだ所で、俺は決断を口にした。
「えー、何が不満なのよ」
アピィが頬を膨らませて抗議する。
「全部に決まってるだろう」
紳士風の燕飛服という所まではいい。
だが、紅白のボーダー柄というおめでたいカラーリングは、辺りのネオンよりも目が痛い。加えて鳩時計の付いたシルクハットにハート型のサングラスは、やはり頭のおかしい奴判定だったのだ。
チャップリンを彷彿させる付け髭を力任せに引き剥がし、投げ捨てる。
「大体、何なんだあの意味不明な小芝居は」
「バツイチ同士の不器用な恋愛がテーマよ。ちなみに私は母親の再婚を応援する振りをしつつ、影では実の父親と結託して妨害するという役回りね」
無駄にダーク過ぎる。
「楓、君は何か言うことはないのか……」
なんだかんだで、楓も巻き込まれた側だと言える。
生前の年齢からして、シングルマザー役にはさすがに不満があるのではないか――。
「はぁ~……。お嬢様が私の娘で、ハリーさんが恋人って……。駄目だわ、出てはいけないものが鼻から出そう」
楓は心ここに在らずといった面持ちだ。
あの設定のどの辺りで、そんな恍惚感を味わえるのだろうか。
「……二度と君達にコーディネートは頼まないからな」
「構わないわよ。もう満足したし」
「やっぱりわざとか」
「半分はね」
……半分?
その言葉に引っ掛かりを覚えていると、アピィは続けて言った。
「ほら、着替えて来るのでしょう? 待っててあげるから行ってきなさい。――ああ、でも。そのハート型のサングラスだけは、着けておいた方がいいかもしれないわよ」
敢えて理由が外されたその言葉は、今の自分にはさっぱり理解することができない。
ただ、アピィが含みのある言い方をする時は、意外と大事な事を言っていることがある。
本音は捨ててしまいたい所だが、そこだけは従っておくことにしよう。




