表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第1章 中途半端な位置にある地獄。
1/62

01話 ようこそ、隣獄へ

 リーザは苛立ちを隠せないでいた。

 そういった時に、親指の爪を噛む癖をよく注意されていたが、今はそれを指摘する上官が居ない。

 そのことが尚更、リーザの苛立ちと焦燥を増大させてしまう。


「ロペス軍曹。大佐からの回答を、もう一度読み上げて」

「はっ」


 背後に控えていたベテランの軍曹が、口答えすることなく応答した。


「作戦本部よりファイヤリザード隊へ。行方不明のダグラス大尉の捜索を打ち切り、副隊長を暫定昇格。以降はリーザ=アレグド暫定大尉の指揮の下、西部進行軍本隊へ合流されたし」


 何度聞いても、本部からの指令内容は変わらない。

 ガン、とリーザの足元にあった簡易椅子が蹴飛ばされた。


「本部はあの人を……私達の隊長を、見殺しにしろというのか!」

「副隊長……」

「ふざけるな! 奴等、勝手に隊長を死んだものと決めつけているんだ! あの人がそんな簡単に死ぬものか!」


 ひとしきり感情を吐き出し、呼吸を落ち着けるよう試みる。

 兵士たるもの常に冷静であれと、彼女の尊敬する隊長は言っていた。

 彼が帰還した時に、無様を見せる訳にはいかない。

 姿勢を正し、顔を上げる。

 軍規違反など知ったことではない。


「本部へ伝令。敵の包囲厳しく、進軍は困難。包囲が緩むまで現状を維持する」

「はっ」


 軍曹が短く返答し、キャンプから退室する。

 ……これは、我儘なのだろうか。

 隊の事を考えるなら、本部の命令に従うべきなのだろう。

 だが、ファイヤリザード隊は、ダグラス大尉無くしてあり得ないのも事実なのだ。

 それは彼の決死の足止めにより命を救われた隊員達も、皆同じ気持ちのはずだ。


「早く戻ってきてください……隊長」


 首にかけた二つのドッグタグ。その内の、傷だらけのプレートを強く握りしめる。

 囮を買って出た隊長が、別れの間際に託したものだ。必ず戻ると、そう言って。

 彼が死ぬはずはない。絶対に生きて帰って来る。

 リーザはただひたすらに、神に祈りを捧げていた。







 ――唐突な話だが。

 目の前に、黒い翼を生やした悪魔が立っていた。


「フフン。見たかしら、楓。見事成功したわ」


 仮装だろうか。年端もいかない少女の悪魔が、小鳥のように嬉しげに囀る。

 背中でパタパタと羽ばたく翼は、まるで本物のコウモリのようにリアルだった。


「どうやらそのようで。さすがです、お嬢様」


 隣に控えた侍女のように見える女が、恭しく傅いて称賛の言葉を述べた。

 ぼうっとそのやり取りを眺めた後、瞬間的に我に返り、辺りを見回す。

 いや待て。一体、何が起きた?


 (夢? だが、これは……)


 夢なんて、もう久しく見ていなかった。

 悪夢ならひっきりなしに押し寄せてくるが、こんなファンタジーな夢を見ることは信じ難い。なにより。


 (意外だが……頭ははっきりしている。自白剤の影響とは思えない。そうだ、そもそも俺は――)


 敵対勢力に捕まっていたはずだ。

 記憶にあるのは、31日と14時間。日夜続く拷問に発狂しそうな精神をかろうじて保ち、脱出の機会を伺っていたのではなかったか。

 こんな惚けた夢を見る余裕が、どこにあると言うのか。

 ならばこれが現実だとして――誰がこんなふざけた状況を用意するというのだ?


「どうなってる。わけが分からん」


 驚くことに、手足の拘束も解かれている。

 気絶したまま、味方に救出されたのか?

 だが、戦争中にこんなハロウィンの仮装じみた格好をする不可思議な味方を、俺は知らない。


「混乱されるのも無理はありませんが……お身体に何か、異常はありますか?」


 侍女風の娘に、問いかけられる。

 黒髪に黒い瞳だった。アジア人だろうか。

 部下に一人日本人がいたが、彼よりもずっと瞳が深い黒色をしている。

 こんな、荒んでいない黒真珠のような瞳を見るのは、いつぶりだろう。

 自身の体を確かめてみる。

 視覚、聴覚、嗅覚、手足の可動に各種関節。有り得ないことに、全てまともに機能している。

 拷問の痕跡が消えていた。


「……支障ない。説明を求めても?」

「勿論でございます。ですがその前に、どこまでご理解されておいででしょう?」


 どこまで、か。

 本当に何も分からないのだが、さて……。


「まず、ここはパサラン島か?」

「ノーでございます。……というか、名前自体存じ上げませんね。どの辺りでしょう?」


 知らない? パサラン島をか?


「火山活動で北太平洋に隆起した新島だ。知らないはずはないだろう。今や、世界中が当事者といっても過言じゃない」

「まぁ、そのような事が。申し訳ございませんが、時間軸が違うようですね。私は2015年までしか知らないものでして」

「2015年? 72年も前だぞ。そんな昔の事しか知らないというのか?」

「理解し難いでしょうが、その通りでございます。我々も、そして此処も、そういう所でございますので」

「信じられん……」


 命がけの戦いを、否定された気分だった。

 だが、なんとはなしに思い始めていたのだ。

 でなければ、拷問の痕が消えている説明がつかない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ