175 見知らぬ子供
布団乾燥機の日だったので初投稿です
ジャイアントバットはその巨体を宙に浮かせながら俺達を威嚇している。ドーム状の部屋では中央付近は天井が高く飛ばれていると剣を当てるのは難しい。
「投擲釘で撃ち落とす。相手の魔術に気を付けてくれ」
「畏まりました」
ジャイアントバットが大きな口を開けると蝙蝠の目の前に魔術陣が現れる。
「来るぞ!」
ジャイアントバットが口から吐き出すように『火球』を撃ち出す。3つの火球はかなりの速度で飛んでくるがレーザービームを受けた事のある俺からすれば小学生のキャッチボール並みに遅く感じる。
「よいっしょ!」
投擲釘を指に2本挟んでサイドスローの要領で投げる。獲物は火球の隙間をすり抜けてジャイアントバットの羽根を貫く。飛んできた火球は身を捻ることで回避した。
「よし」
「ご主人様、お見事です」
羽根を折られて飛べなくなったジャイアントバットは地面でのた打ち回っている。その隙に頭の方へ回り込んで首を切り落とす。
光の粒子に溶けて消え去った後に残ったのはジャイアントバットの核心と大きな羽根だった。
「ふむ……」
「如何なさいましたか?」
「いや、昨日までただの洞窟レベルだったここが急に魔術を使う階層主が出てくるような迷宮になるだなんてと思ってな」
迷宮転換、想像以上に面白い現象だ。今この迷宮の階級は『毒薬の大湿原』と同じという事だ。そうなれば戦利品も必然的に貴重度が上がってくる。
「とはいえ特訓場に使えなくなったのは残念だな」
不味すぎて誰も来なかった場所だから俺の秘密である『親愛の絆』の特訓に使っていたのだが……報告すれば大規模な調査が行われて人の出入りが激しくなるだろう。そうなったらもう特訓場として使用することが出来ない。
「そうなったらここを金策の場所にするしかないな」
転換したてはお宝の山だ。金銀財宝の物理的な物から転換後のマップに魔物の種類といった情報のお宝、今のうちに稼げるだけ稼いでおこう。一週間くらい報告せずに黙って皆で集まって迷宮攻略をしよう。
「……」
「ところでアリス」
「はい」
「あそこに居るのは何だと思う?」
「小さな女の子、ですね」
物陰から……というか部屋の隅に積まれていた瓦礫の山から顔をのぞかせていた。
「人間なら保護するのが正しいのだが」
「擬態か催眠を行う魔物の可能性は十分にあります」
兎に角近付いてみるか。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「こんなところで何をしているんだい?」
「……おとうさまのかえりをまっているの」
「お父さん?どこに居るの?」
「……わからない」
「いつから待っているの?」
「……ずっと」
なんだか怪しい空気になってきた。
「ずっとか……君の名前は?」
「……なまえ?」
「俺の名前は結人、こっちはアリスだ」
「初めまして、ワタシの名前はアリス・キャロルと申します」
「君は誰か、お父様になんと呼ばれていたんだい?」
「……なまえ、ない。よばれたこと、ない」
「どういう事でしょうか?」
「多分、そのお父様とやらが名前を付けなかったんだろう」
恐らくは迷宮に捨てられたのだろう、奴隷商に売らないと言うのは余程後ろめたい事情なんだろうか。ここなら人が死んでも魔物が処理してくれる。加速度の高い低クラスの迷宮ならば他人に会う事など皆無だ。わが身可愛さに子供を捨て去るとはとんだ外道が居たもんだ。
「君、良かったら一緒に来るかい?」
「……?」
「ずっとお父様を待っているんだろう?もしかしたら何か事情があってここに来ることが出来ないのかも。だったら君からそのお父様に会いに行くのはどうだろう」
「ワタシ達も一緒にお父様を探します」
面倒事というのは分かっているし、この子を見捨てるのも容易い。そもそも一瞬入るのが遅れるだけで数時間ずれることもあるのだ。加速度が下がったとはいえ置き去りにされてから俺達に会うまで魔物に殺されたりせずに生きていたのが奇跡に近い。
「ならその奇跡を大切にしないとな」
「……じゃあいっしょにいく」
それじゃあ、と手を差し出すと彼女は俺の手をじっと見ると同じように手を出してきたのでその手を取った。
「それじゃあ……なんだ?」
一瞬、足に力が入らなくなり膝を付く。この感覚……魔力を吸われている?!
「まさかこの子、魔力強奪を……?!」
「……?」
顔を見る限り自覚無さそうだ。しかしこのままだと俺の魔力が無くなるまで時間が無い。
「ご主人様!」
「アリス、この子に触れるな!魔力を吸われる!この子と俺をとにかく引き離してくれ!」
その言葉にアリスは愛用のダガーを引き抜き躊躇なく彼女の手首を切り落とした。同時に魔力が吸われていく感覚も無くなった。
「助かった、でも切り落とすのは俺の手首でよかったんだぞ?」
「ご主人様のお身体の方が大切です。この子にはクレアちゃん様に回復魔術を……!」
アリスが言葉を詰まらせる。アリスの視線の先、俺の魔力を奪った彼女を見る。痛々しい切り口からは血が出ておらず、まるで無色透明なゼリーが詰まっていた。
「この子もしかして……スライムなのか?」
「どういうことなのでしょう」
「……おとうさま?」
お父様?まさか俺達がわちゃわちゃしてる間に近付いてきたのかとあたりを見回すがそれらしき気配はない。
「おとうさま!やっとあえた!」
俺達の警戒をよそに彼女は無邪気に俺に抱き着いてきた。
レイドが忙しかったんです信じてください