174 迷宮転換
半襟の日なので初投稿です
温泉旅行から帰ってきて、いつもの迷宮で素振りや新技の開発を一通り終わらせて休憩中に事件はおきた。
「……んぁ?寝ちまっていたか」
昨日は久しぶりに飲み仲間と遅くまで飲んでいたので寝不足だった。そのせいか椅子に座った途端、眠気に襲われたらしい。まあ唯一の出入り口は土魔術で塞いでいるので魔物は入ってこれないし問題は無いか、それに迷宮の時間加速のおかげでここで丸一日眠りこけても外では5分も経っていないだろう。
「ふぁ……あ?」
ふと右手に違和感がある。起きた時に椅子から零れ落ちていたので痺れたのだろうか。見るとスライムに食われていた。
「うぉ?!」
腕を振ってスライムを引きはがす。べちゃりとスライムは地面に落ち、うごうごと部屋の隅に移動していった。
スライム1匹程度では溶かされることは無いが、長い時間取りつかれていたのか長風呂した後の様に指先がシワシワになっていた。
「物陰に隠れていたのか?」
倒すべきかと剣を抜くが違和感を感じる。手に力が入らない?もしかして毒でもあるタイプだったのだろうか?だが手を見ても特に皮膚が爛れているとかは謎の斑点模様があるなどの症状は見受けられない。
魔力視で見ると魔力が極端に減っていた。
「もしかして……魔力を吸われた?」
スライムがそのような事を出来るのだろうか。物陰に隠れたスライムを見ると小さな核心がある。という事は少なくともスライム4体が合体したラージスライムであるらしい。魔術を使うのはジャイアントスライムからで、ラージが魔力を吸ったところで使えないはずだ。実際に内包されている魔力は殆ど俺の物で、魔力の消化不良を起こしているように見える。
「魔力を吸い取るスライムか……興味深いな」
このサイズまで大きくなると他の魔物に水分補給の餌にされてしまう。瓦礫を積み上げて他の魔物は入ってこれないような巣を作り上げる。最後にスライムに触れて中にある俺の魔力をスライムと相性の良い水属性に変換する。これで多少はマシになるはずだ。
「次会うときはもっと凄くなっていろよ」
そう言って迷宮を出た。空を見上げると太陽がちょうど真上に来ていた。入る時は東に傾いていたので大分長居したようだ。
「昼か、孤児院のガキどもと最近会ってないし、顔見せに行くかあ」
後日、いつもの迷宮に入ると空気が何時もより違っていた。
「アリス、警戒しろよ」
「畏まりました」
まず最初に出会ったのは蝙蝠の魔物、ビックバットだ。突進してきて噛みついてくるしかしてこないので待ち構えていれば勝手に斬れるところまで下りてきてくれる。
そう考えて待っていたらビックバットの口元に魔術陣が発生する。
「ビックバットが魔術?!」
「ご主人様避けてください!」
ビックバットが口から火を吐くように『火球』を放ってきた。大きさもスピードも下級魔術以下だがこの迷宮の魔物が使ってきたという事で意味が大きく変わってくる。
「アリス、どう思う」
「まず間違いなく転換が起きています」
迷宮転換、要するに迷宮が進化する事を指す。これが起きると迷宮の地形や魔物の生態が変わってきたりする。それは今までの迷宮とは全くの別物になり、そして同時に迷宮の時間加速度が低下する。迷宮はこの転換を繰り返して時間加速度が外の時間と等速になった時、迷宮として完成されると言われている。
「帰って冒険者ギルドに報告……する前に探索するか」
「よろしいのでしょうか?」
「報告すれば難易度調査の為に一般冒険者は立ち入り禁止になる。なに、第一発見者の特権と言うヤツさ」
転換が行われると大体一つ上のクラス位まで強化される、下級なら中級、中級なら上級になる。しかし魔物が魔術を使ってきたという事は少なくとも中級クラスの迷宮に成長したという事になる。階層で言えば10層以上、迷宮主以外にも階層主が居てもおかしくない。そして魔物が落とす戦利品や迷宮に落ちている宝は文字通り売値の桁が変わってくる。
「アリスは地図製作を頼む。俺が前に出る」
「畏まりました」
アリスが紙を取り出したのを確認してから前に進む。こういうのは分かれ道を全て右側を選択していく右手の法則で歩く。時間はかかるが迷う確率は格段に下がるし迷宮の大きさが凡そ分かってくる。
「とはいえ第一階層は今までの迷宮とあまり変わっていなかったな」
「はい、昔のままならこの奥は昔ご主人様と一緒にヒュージスライムを倒した大広間です」
奥に行けば広場への道に扉が生えていた。これを開けないと大広場に侵入する事は出来ない。
「という事は階層主が居るのか」
下級クラス以下だったこの迷宮がここまで成長するとは何だか逆に嬉しくなってくる。まるで子供の成長を見守っているような感覚だ。扉を開けた先に居たのはビックバットより大きな蝙蝠、ジャイアントバットだった。
古戦場お疲れさまでした