141 小剣の魔術
母の日なので初投稿です
傷が治って起き上がろうとすると背中の重みに気付いた。見てみればアリスが抱き着いていた。
「気が付いて良かったです」
「なんで泣きはらした跡があるんだ」
「いやあ、思ったより魔術の発動位置が近かったようでね……」
「まあ、虫の息だったわね」
よほど酷かったようだ……。クレアが居れば、死んでいなければ回復できるだろうし、よしんば死んでいても生き返る事が出来る。失った手足を生やす為に教会に大金を積んでも出来るか分からない事を考えれば、クレアの回復能力はそれこそチートレベルだろう。
「なるほどな、当主達は?」
「ヴァルシャウトの当主様でしたら今あちらで治療を受けております」
アリスが指さした方を見ればメイドが回復魔術を掛けているのが見える。死んではいないようだが少し申し訳なくも感じる。
「ベルンハルト当主ならそこで事切れているよ」
ソフィーが指さす方を見ればボロボロになった当主の遺体があった、この部屋で立っていたからか体の損壊が著しい。顔もぐちゃぐちゃに……?
「まさか?!」
死体の顔、正確には破れた頬の皮を掴んで剥がす。
「ちょっと、いくら悪人でもそんな事……」
「ちがう、コイツは当主じゃない!最初に出会った影武者だ!」
剥がした皮の下から現れたのは当主とは全くの別人の顔だった。誰だコイツ。
「彼は私の忠実な下僕でね、君達も会ったことあるのではないかね?」
瓦礫の陰から現れたのはベルンハルト当主だ、この死んでいるのが影武者なら本人だろう。ベルンハルト当主が魔力を集中させる。またあの重力魔術か!
「させるか!」
「遅い!」
俺が詰め寄る前に魔術陣が展開し、再び押しつぶされる感覚が全身を覆う。
「ぐうっ……!」
「先ほどの爆発はやられましたが、今度はそうはいきません」
確かに先ほどの魔術を行使したのはソフィーで、今は俺達と同じく重力の魔術に囚われている。だが先ほどよりも軽く感じる。爆発のダメージでそこまで魔力を集中出来てないのだろう。これなら多少は動けるはずだ。目指すは魔力視で見つけた目の前の瓦礫に埋まっている小剣だ。これは透明な『風刃』が使えるモノだ。瓦礫の隙間に貫手の要領で手を突っ込めば、退かせることも無く手に届くだろう。
「まったく……とんだ邪魔が入りましたが、これで次の計画に事を進められます」
「……ふっ!」
ベルンハルト当主が他所を向いた瞬間に瓦礫に手を突っ込み小剣を引き抜く、後は切っ先をベルンハルト当主に向けて魔力を流し込めば、伸びた刃が当主を貫くはずだ。
「見え見えですよ」
俺の顎をベルンハルト当主のつま先が蹴り上げる。意識を刈り取られそうになりながらも堪えるが増大した重力に負けて仰向けに倒れた。
「見つけてくれてありがとう。しかし瓦礫に埋もれていたのに迷うことなく手を差し込むなんて、貴方、もしかして魔力視のスキルをお持ちで?」
俺の手から拾い上げた小剣を眺めながら、質問をしてくる。
「さあ、どうだろうな?」
「ふむ、困りました。私、剣術は苦手でしてね。この剣で切り付けても上手く首を落とせません」
当主の右手に魔力が集まる。
「なので、コレで切り落とすとしましょう」
「くっ……」
「ご主人様!」
「ユート!」
アリスとクレアの声が聞こえる、ソフィーは……重力魔術に負けてペタンコになっている。あれ大丈夫か?とはいえ今は俺の方が危ない、今にも首を斬られそうになっているのだから。
「あの世で先に待っていなさい。すぐ彼女たちを送ってあげますからね」
「それは無理だな。お前には出来ない」
「強がりを……死ね!」
ベルンハルト当主が魔力を集めて魔術を発動させる。次の瞬間ベルンハルト当主の姿が消えた。しばらくして重力魔術も消え、全員が自由に動けるようになった。
「一体どうして?」
「そりゃあ簡単だよ」
「『迅雷』の諸君、無事かね!」
重力の枷が外れた事によりヴァルシャウトの当主が駆け寄ってきた。ちょうどいいから全員に種明かしをするか。
「ベルンハルト当主は俺達が追っている小剣の2本を所持していた。それが透明な『風刃』と、重力の『超気圧』の二つだ」
俺が寝転がっていた瓦礫を撤去していく。
「奴の手元には『超気圧』があり、俺は瓦礫から小剣を取り出した。奴にはそれが自分が持っていた『風刃』の小剣と考えたのだろう」
瓦礫の下にはベルンハルト当主が横たわっていた、その体には大きな柱が貫いていた。
「しかし俺が持っていたのは道具箱から取り出した、相手の背後に移動する魔術の小剣だったんだ。これを使った事により俺の背後、つまりは瓦礫の下に自ら入り込んじまったのさ」
正直奴が魔術を使うか賭けに近かった。しかし『親愛の絆』が切れた俺に出来る選択は、これしかなかったのだ。
「すまないな。当主様だってコイツと喋る事もあったろうに」
「いや、レナードは、ベルンハルト家は昔からイースガルドを欺いてきたのだ。コイツに掛ける言葉など……」
それ以上は誰も言葉を発する事無く、昇り始めた朝日が俺達を照らした。
バブの塔昇らなきゃ