135 黒い貴族、白い貴族
ホワイトデーなので初投稿です
昏倒させた男を椅子に縛り付ける。白髪が混じり始めた初老の男だ。
「さて、捕まえたは良いけど、コイツが何と言う名前の貴族なのか、知っている人いる?」
もしくは貴族に仕えている執事とか、服装的には執事な気がするけど。
「貴族の接点なんて今まで無かったんだから分かる訳ないでしょ」
「ワタシも貴族の方々は疎いですので、申し訳ございません」
「一応ボクも貴族筋なんだけど、残念ながら人前に出ることは禁じられていたからね」
誰も知らないと、侍を見ても首を振るだけだ。そうなると本人から聞き出すか。
「うぅ……」
「気が付いたか?」
「貴様……こんなことをしてただですむとは思っていないでしょうね。今すぐこの縄を解きなさい」
「起きて開口一番にそんなセリフ出てくるなんてメンタルが強すぎないか?」
解こうと動いているのか体をしきりに揺らす男。事前に身体検査をして危なそうな物は予め取り払ってある。例えばこの指輪、装飾された宝石を摘まんで引っ張ると中から糸鋸の刃が出てきたりする。
「ところで聞きたいことがあるんだけど、答えてくれるよね?」
「……私が屈するとでも思っているのか」
随分と強気だ、とはいえ全員尋問の素人、どうすれば相手が情報を喋ってくれるのかわからない。とりあえず爪を剝がしてみるか?
「……某がやろう」
「出来るのか?」
「……荒事は慣れている、終わった後の回復を頼めるか」
「分かったわ」
侍が一歩前に出る、男も侍の存在に気が付いたようだ。
「貴様、呪いで死んだはず……なぜ生きてる!」
「……今はどうでもよかろう」
侍が刀を抜き男の胸に切っ先を立てる。
「……これよりお主の心の臓に刃を入れていく、喋りたくなったら喋るがいい」
「何をする!おい、やめろ!」
その後、刀の切っ先が肺に届き血を吐き出したタイミングで喋ったので、情報を聞き出しもう一度『麻痺雷撃』で気絶させて簀巻きにし、冒険者ギルドに持ってきた。侍はもうイースガルドから出ていくらしい。雇用主を裏切った訳だし。
「それで、これが死に至る毒の手がかりなのかい?」
「あぁ、彼の名はアルフレッド。イースガルドでも有数の貴族、ヴァルシャウト家の執事だそうだ」
「ヴァルシャウトかあ……」
「エリちゃん様はご存じなのですか?」
「昔から何かと黒い噂が絶えないのだけど、貴族なこともあって騎士団も手が出せない状況なんだ」
権力を持つ貴族の汚職に関して警察的な組織である騎士団が手出しできないのはよくある話だ、しかし決定的な証拠や現場を押さえることが出来れば、いくら貴族でも牢獄行きは免れないはずだ。
「その通り。そして悪い貴族様を捕まえようとしている正義感のある貴族様もいる」
エリちゃんは机から手紙を出すと俺達に差し出してきた。
「これは?」
「その正義感溢れる貴族様への紹介状、ベルンハルト家って言うのだけど前から死に至る毒を追っている貴族様さ」
「ありがとう、早速行ってみるよ」
ベルンハルト家への場所を聞き、向かっている途中道すがらソフィーが話しかけてきた。
「ところでどうやって話をつけるつもりだい?」
「そりゃあ今回の影打を……あ」
最初はロウガの復讐であったが、今は盗まれた影打の回収である。あれが関係者以外に漏洩するのは何としても防ぐしかない。それを確実に行うには死に至る毒を全員捕まえるのが一番なのだ。
「影打の事を言わずに協力を仰げないか?」
「難しいだろうね、この男を捕まえたのだって影打があったからだ。いくら紹介状が有ってもその事を言わなければこちらの言う事の信憑性は皆無に等しい」
そうなってくると何か別な理由を作るか、ガロウをけしかけた事へのお礼参りとか。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
「アリス、どうしたんだい?」
「ワタシ達があの方を捕まえた理由、死に至る毒に追われている理由としてコレを見せるのは如何でしょうか……」
そう言ってアリスが取り出したのはアリスが愛用しているダガーの片方、こちらは。
「魔金剛か、確かにこれなら狙われる理由には十分だね」
「はい、これなら小剣のシルフィード様を見せることなく信用してもらえると思います」
「だけどアリス、これは君の大切なものだろう?そんなものを身代わりにさせるなんて……」
「よいのです、貴重な物かもしれませんがワタシにとっては昔から使っているナイフに過ぎませんので」
「いや、でもなあ」
「いいじゃない」
言葉に詰まっているとクレアが入ってきた。
「アリスがいいって言ってるんだし有り難く使わせてもらいましょう」
「そうは言うが魔金剛だぞ?」
「知ってるわよ。めったにない物なのは間違いないけど、隠したいのは世界に5本しかない貴重品なのよ?」
「アリスは魔金剛と小剣を天秤にかけてこれがいいと決めたんだ。ボク達の意見を尊重するのが君の信条なのだろう?」
「ご主人様……」
「……分かった。アリスがそこまで言うのなら」
そうと決まれば善は急げだ。
「なるほど、確かに死に至る毒に狙われるには十分な代物だ」
今、魔金剛のダガーをまじまじと見つめているのはベルンハルトの当主様だ。紹介状を渡したら直ぐに入れてくれた。彼はダガーを鞘に納めると俺に差し出した。
「君達の事情は分かった。何か困ったことがあれば是非頼ってくれ。とりあえず君達が捕まえた男はこちらで預かっておこう」
「よろしくお願いします」
捕まえた男を引き渡し屋敷を出る。ついでに彼らが掴んでいる死に至る毒に関わっていると思われる賞金首を教えてもらった。
◇◇◇
屋敷を出ていく冒険者を見てこの屋敷の主、レナード・オーゲン・ベルンハルトは執務室の椅子に座った。正面には冒険者が捕まえた男、アルフレッドが居た。
「お前ともあろう者があのような冒険者風情に捕まるとはな」
「申し訳ありません、旦那様」
「まあいい、ここまで奴らをおびき寄せたのは僥倖だ。それに思わぬ獲物も見つけたことだしな」
レナードは背もたれに身を預けて天井を仰ぎ見る。今彼の目に映っているのはあの青白く輝く刀身だった。
「まさか竜剣だけではなく魔金剛を持っているとはな、こんな幸運な事が続くなんて」
「如何なさいましょう」
「今は泳がせておけ。厄介なあいつ等の相手をさせて、機が熟したら収穫しましょう」
「畏まりました」
レナードは机の引き出しから美しいエメラルド色の小剣を2本取り出す。
「冒険者風情には勿体ない逸品だ」
その笑顔は先ほどとは違って邪悪な笑みをしていた。
今令和ぞ?