134 掴んだ尻尾
サンゴの日なので初投稿です
貫いた剣を引き抜き侍を地面に卸す。
「……見事だ」
「賭けが成功しただけさ」
侍は息も絶え絶えながら腰の影打を取り出して俺に差し出す。
「……約束だ、受け取れ」
「それよりも治療を」
「……自分の身体だ、この傷では教会も間に合わない。それよりも依頼相手の情報だ」
構わず喋り出す侍。
「……正直な所、某も奴らの情報をそんなに持っているわけではない、この小刀を渡してきたこと、冒険者1人殺すのには大量の金を積んできたこと、そして恐らくだが……相手は貴族ということだ」
「貴族?」
「……某に依頼してきた人間は立ち振る舞いが一般人とは違っていた。姿勢や喋り方からして教養を受けている貴族か、あるいはそういう者たちを相手にする者だろう」
死に至る毒が巨大な犯罪組織だとは思っていたがまさか貴族も関わってくるとは、面倒だな。
「依頼主の事、もう少し詳しく話せないか?」
「……っ」
「……?おい、侍、いったいどうし……」
「ユート離れて!何かおかしい!」
ソフィーの言葉に一瞬で侍から距離を取る。魔力の流れを見ると影打から……否、影打の柄に付いた赤黒い宝石から腐った泥の様な魔力が侍を包み込んでいた。
「呪術だ」
呪術、この魔術が掛かった道具を使ったり装備することによって発動する罠系の魔術だ。これにかかる殆どの場合死亡する非常に強力な魔術で、呪術が掛かっていないか専門に調べる魔術や呪いを解除する魔術なんかも一時期盛んに研究され、解除のコスパの悪さから呪われた道具は放置するか呪われた道具を専門に集めている教会に売るのが一般的になっている。
「しかもこの威力、あの武器に近付いただけでも巻き込まれるよ」
「このままじゃあ、お侍様が死んでしまいます」
「クレア、アレを解除できるか?」
「楽勝ね」
クレアが侍に向かって歩き出す。それに呪術が獲物に気が付いた獣のように襲い掛かってくる。
「あたしに触ろうだなんて100年早いのよ!」
クレアの身体から白く輝く魔力が溢れる。クレアが扱う真聖術の色だ。クレアの魔力に呪術が触れるとたちまちに消えていく。
「凄いね。あのレベルの呪術だと普通なら呪いの進行を遅らせる事すら難しいのに、解除どころじゃない、あれは消滅だよ」
歴史の中でも、最高の聖女だとは教会関係者の言葉だったか、『親愛の絆』無しでここまでするんだからな、本当に凄いよ。
クレアが侍のそばに膝を付く、呪術はクレアの真聖術に押され、発生源である宝石の周りにしか漂っておらず、呪いと傷で喘いでいた侍も少しは落ち着いたようだ。
「『治癒術』」
クレアの魔力が侍の腹に集まると、開いていた傷がふさがり、青白かった顔色もある程度は血色を取り戻した。
「……これは」
「傷を治したわ。あとはこの呪術を解くから、もう少しじっとしていなさい」
「……かたじけない」
次に浄化の真聖術を使うと呪いの宝石に光が集中し、一瞬で宝石は砂の様に崩れ落ちた。
「はい、おしまい」
「クレア、お疲れ様」
一仕事終えたクレアの頭を撫でる。ふにゃりと顔を緩ませるが何かに気が付いたかのようにきゅっと顔を引き締めると手を払いのけた。
「ちょっと、頭撫でないでよね。その……髪が乱れるじゃない!」
ふうむ、二人っきりになったときはキスを要求してきた人間とは思えない反応だ。人前だと恥ずかしいのだろうか。
「……傷だけではなく呪いも祓ってくださるとは、一度ならず二度も命を助けていただき、感謝の極み」
「いや、腹の傷はこっちがつけた傷だし」
「……殺す気で来る者の命を絶つのは守る側の当然の権利だ。某も相手を殺す時は殺される覚悟を持って対峙している」
発想が物騒。
「えーと……ほら、こっちが勝ったら情報を教えてもらう約束だったし、死なれるとこっちが困るんだよね」
「……だが呪いを祓ってもらった恩もある、某に返せる事はないか?とはいえ依頼主の話は先ほど某が話した程度のことしか知らんのだがな」
「じゃあ、道案内を頼もうかな」
「……道案内?」
「そう、今回侍が受けた依頼主までの道案内」
その日の夜、侍は腰に影打の他に似たような色合いの小剣を携えてとある屋敷に向かっていた。その場所が次に依頼主と会う場所であった。
「……きたぞ」
「ふむ、予定より3分遅れていますよ」
明かりが一つも点いていない屋敷に入り、誰もいない所で話しかけると扉の陰から男が出てきた。
「……そのくらい許容範囲であろう」
「いいえ、約束はきっちり守って頂きませんと。それより例の物は?」
「……これであろう?」
手に持っていた小剣、シルフィードを男に渡すと舐めるように見回す。
「おぉ、まさしく本物の輝き!」
「……それと、こいつも返そう」
腰に差していた小刀、影打も手渡そうとするが男はそれを制する。
「いえ、それは貴方が持っていてください」
「……そうか。では、報酬を」
「そうでしたね、私は約束を守る事の出来る人間ですので」
男は腰に下げていた革袋を侍に手渡す。ズシリと重たいそれは約束通りなら中身は全て金貨である。これほどあれば、王国の首都で一等地の屋敷が買えるほどだ。
「ところで、貴方はこの国の出身ではないのでしたよね」
「……日高御国、極西のミカドと言えばこの国では分かりやすいだろう」
「そうそう、大陸の果ての更に向こうの島国でしたよねえ、お仲間は居ないのですか?」
「……某の流派は修行の旅を一人で行うのが通例だ」
「つまり誰もいないと、それは好都合です」
男が指を鳴らす、すると侍がふらつき、膝を付く。
「……お主、何をした?」
「おやおや、声を出せるなんて随分と頑丈なのですね。なに、ちょっと呪術を掛けただけですよ」
男は近くにあった椅子に腰かけ侍を眺める。
「本当はそちらが本命だったのですが、このような場合の保険にもしていたので良かったです。貴方のような田舎者が持っていていい物ではありませんからね」
「つまり最初から侍も殺す気でいたと」
「だ「『麻痺雷撃』」があぁ?!」
雷の光が男を貫き、倒れる。それを見届けた俺は天井に作った足場から飛び降りた。
「ようやく掴んだぜ、死に至る毒」
エルデのガキから王になります