追放系書いてなかったからリハビリって事で書いてみた。
とある宿屋の一室。
床に座らされた僕を見下ろす四人の男女。
筋骨隆々の戦士の青年は興味が無いとでも言うようにそっぽを向いている。
頭に三角の帽子を乗せた魔女の少女は僕の方を汚物でも見ているかのような目で見下すとぺっ、と唾を吐いた。
白い服を身に纏った回復術師の少女はどうすれば良いのかわからないのか、ずっとオドオドしている。
そして、僕の目の前に立っていた茶髪の見目麗しい青年がゆっくりと口を開いた。
「セト、お前はもう足手まといなんだよ、だから出ていってくれ」
そう言われた瞬間、僕は頭の中が真っ白になった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ハイオーク関連の依頼ですと此方になりますねー」
「誰かー!俺とパーティー組まないかー!」
「今日の動きは最高だったぞお前らぁ!機嫌が良いから今夜の飯は全部俺様の奢りだぁ!」
「まじっすか兄貴ィ!」
「よっしゃぁぁぁ!オイラ肉が食いたいっス!肉!」
冒険者に依頼を紹介する受付嬢。
パーティーの募集をするソロの冒険者。
依頼を終えて今朝帰ってきた冒険者のパーティー。
冒険者ギルドの中は今日もうるさい。
その中で僕はぐでっ、とテーブルに倒れこんで呻き声をあげていた。
「あうぅぅ……ぁぁぁぁ………………」
「セト………随分凹んでんなぁ。確かにそりゃショックだったとは思うけどなぁ」
仲の良い友人であるバルドがぽんぽんと僕の背中を叩いた。
僕はつい先程5年間一緒に戦っていたパーティーを追放されたばかりだ。元々故郷の村を飛び出してきた仲の良い幼馴染五人で組んでいたパーティーで、更に順調にランクを上げていきもう少しでギルド最高位のSランクのパーティーになれそうだったということもあって、追放されたショックもかなり大きかった。
「そりゃ……そろそろ僕が足手まといになってきてるんじゃないかって感じてたよ?いつか追い出されるんじゃないかってずっと思ってたよ?でも、あんなのって…………無いよぉ…………」
「まぁ、ひでぇ話だとは思うよ。本当、お前も災難だったぜ」
追放されるまではまだ良かった。そりゃショックだったし追放宣言されたときは一瞬頭の中が真っ白になった。でもすぐに気を持ち直して現実と向き合おうとしたとも。そしたらどうなったと思う?
有り金全部!装備以外のアイテム全て!あいつら僕から取り上げて行きやがった!(回復術師の『ミオン』だけは後でこっそりアイテムをいくつか持たせてくれたけど)
なーにが『俺達が今まで養ってやってたんだからその分返せ』だって?確かに、僕は足手まといだった。守られてばかりだったし、攻撃も回復もしてなかった。でもそれは僕が後方支援系の【魔法使い】だからだ。やろうと思えば攻撃魔法だって人並みに出来るし回復だって一通り全部出来る。でもパーティーのリーダーだった農家の息子の次男『バッツ』に『お前は俺達にかける強化魔法だけに集中しろ』と言われていたからだ。僕も、回復や攻撃が出来る仲間が居るのだからそれで良いと考えていた。
僕は先程言ったように『後方支援系』の魔法使いだ。だから筋力強化や魔法力強化、防御力強化なんかの支援魔法は大得意だ。これだけに関しては他の追随を許さないという自信がある。でも一つだけ、僕には欠点があった。それは四人以上に同時に強化魔法を掛けることが出来ないということだった。これに関して、いくら魔力が上がっても変わらなかったし、僕は仲間たち(今は元・仲間たちだが)にも話していた。病院にかかったことさえある。その時のおじいさん医者の話がこれだ。
『えー、診断の結果ですがね、ハイ』
『…………(ゴクリ)』
『セトさんは軽度の【先天性魔力動作不良】という病気ではないかという結果になりましたね、ハイ』
『……………えっ?』
『おそらくはそのせいで強化魔法を使用したときに魔力の消費が総魔力量に依存した状態になっていたのかと。それか強化魔法をかけられる人数分、魔力のパスが三で最大だった可能性もありますね、ハイ』
『………………そんな』
『一万人に一人ぐらいで出るらしいですけど、よくこれまで魔術師をやってこれましたね。普通なら魔法を使うことさえ難しいと言いますし、運が良かった方ですよ、ハイ』
妙にハイハイ言うお医者さんだった。
強化魔法を使うとき以外は全く問題なかったから、病気だったなんて予想もしていなかった。
そんな訳だから後方支援担当の僕と回復術師の少女『ミオン』には強化魔法は掛けていなかった。
自分で言うのもなんだけど、僕は足手まといだったけど役には立っていたと思う。多分僕の強化魔法が無かったら勝てなかったんじゃないかなって戦いだって幾つもある。でもそれは全部もしかしたらの話だ。そんなこと言ったって僕が役に立っていたと証明出来る訳がなかった。
因みに…………ミオンも足手まといといえば、守られてばかりだったし足手まといだったと思う。でもバッツの野郎がミオンには何も言わなかったのはあいつがミオンに惚れてるからだ。
あのパーティーの中で戦士の『アブー』と魔女の『イーリア』は付き合っていたし、ミオンは僕と友人として仲が良かった。だから残った男女三人の中でバッツにとって僕は足手まとい兼邪魔な男だったのかもしれない。僕が居なくなればミオンが見るのは自分だけになるとでも思ったんだろう。あいつイケメンなんだからチャンスぐらいいくらでもあるだろうに。今考えたら結構バッツの私情入りまくってる気がするな。イーリアについても何となくだけど嫌われてる理由はわかる。
正直、アブーに関しては嫌われた(?)理由がよくわからないのだけど。
「おーい、バルド!そろそろ時間だから行くぞー!」
「おう!今から行くから少し待っててくれ!」
バルドの仲間たちが彼を呼んでいた。時計を見ると割りと長い時間愚痴に付き合わせてしまっていたみたいだ。ここまで付き合ってくれたバルドには頭が上がらない。
「じゃ、セト、俺はこれから仕事だけどよ」
彼はよっこいしょ、と椅子に立て掛けていた大剣を背負い上げるとニッ、と笑った。
「お前、結構優秀な支援魔法使いだろ?もし、良かったらなんだが、気が向いたら俺達のパーティーに入らないか?ウチのリーダーが前にお前のこと欲しがってたしな。ま、気が向いたらで良いけどよ」
「ありがとうバルド。落ち着いたら、少し考えておくよ」
そう言うとバルドはぐっ、とサムズアップして仲間たちの方へと歩いていった。
僕も………お金、どうにか稼がないとな。一文無しになっちゃったし………。
あー、頭の中がもうごっちゃごちゃだ。立ち直るまで時間かかりそう………。そんなことを考えながら一人で出来そうな依頼でもないかと立ち上がった時だった。
「よう!にーさん俺とパーティー組まないか?」
バシッ!と背中を叩かれて後ろを振り向くと、健康そうな褐色肌の少女が笑顔で立っていた。厚手の革鎧を身に纏っていて肌は顔や腕以外はほとんど見えていない。
身長は150センチぐらいで、見たところ女性のわりには筋肉質でしっかりとした体つき。燃えるような赤い髪は整えてないのかボサボサだ。
「アンタ支援魔法使えるんだろ?他の魔法も一通り使えるって、聞いてたぜ」
にししし、と少女は笑う。何が可笑しいのか。
「俺は戦士を最近始めたばかりの『ルカ』っていうんだ!実家が猟師だから魔物を倒した経験も豊富だ。なぁ、前に出て戦う戦士と後ろから援護する魔法使い、相性いいだろ?パーティー組もうぜ!」
僕と、パーティーを組みたいのか。しかも男女一組で?これでも僕は男だし、怖いとは思わないのだろうか。
ルカと名乗った彼女はにししし、と笑顔で此方に手を差し出している。
うん…………そういうことはまず頭の中に浮かばないんだろうな。なんだか危なっかしい子だ。
少し心配だけど、でも僕はさっきバルドからの誘いもあったしここは断ろう。彼女には申し訳ないけど。
「え、と。その、申し訳ないんだけど―――」
「えっ…………」
僕がそこまで言ったところで彼女の表情がみるみるうちに沈んでいく。なんだかしゅんとしてしまって凄く罪悪感を感じる。
「これで、30人目…………なんで誰も組んでくれないんだろ…………」
がっくりと俯いた彼女がぼそりと呟いた。30人、そんなに断られていたのか。男ばかりのパーティーがほとんどの冒険者ギルドで女の子がいたら真っ先に引き抜かれそうなものだけど、流石にここまでガサツそうで更にドのつく新人だと中々入れてくれるところも少なかったか。みんな線の細い美少女か妖艶なお姉さん系が大好きだからな。可哀想に。
だがしかし!バルドが誘ってくれたパーティーは、実はこの国でも三本の指に入る強豪パーティーなのだ。今はそこまで入ろうという気持ちにならないが、後々のことを考えたらここまで美味しい話は無い。可哀想だろうがここは彼女の誘いはハッキリと断るべきだ。
少女を見る。かわいそう。小動物みたい。でもここは断る。君とはパーティーを組めないのだと断る。だから僕はゆっくりと口を開いてハッキリとことわ―――――。
「………わかった、組もう」
「………ほんとか?…………本当か!?」
今、僕、なんて言った?
「やったぁ!嬉しい!大好きだぞ相棒!名前まだ知らないけど!」
ぴょんぴょん跳び跳ねて抱きついてくるルカ。君、警戒心無さ過ぎじゃない?なんて言葉は出てこない。あぁ、強豪パーティーに入るチャンスをフイにしてしまった。
………まぁ、良いか。ウダウダ考えてるよりも動いた方がずっと良い。
「僕は『セト』。宜しく」
「おう!セト、宜しくな!」
僕に抱き付いたままの彼女は此方を見上げるとにへぇっ、と笑った。その笑顔がちょっと可愛かったなんて微塵も思っていない。
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「そんな訳で初・クエストだけど」
「ゴブリン8匹の討伐だよな!故郷の村にいた頃から倒してるから、もう倒し慣れてるぜ!」
「それなら良いけど、どれぐらい武器使える?」
「まぁまぁ、ちょっくら後ろで見ててよ。きっと驚くよ~」
むふふふ、と機嫌良さそうに笑った彼女は森の奥へとずんずん進んでいく。そしてその後を僕もついていく。
しばらく歩くとゴブリンが1匹でいるのを見つけた。どうやら昆虫やら小型の魔物やらを捕まえて巣に持ち帰ろうとしているところらしい。
「むふふ、丁度良いね。アレ倒すからさ、それで俺にどれぐらい強化魔法を掛けるか考えてみてよ」
「わかった、気を付けてな」
「にしし………セト、優しいんだね。安心しな、俺はアレぐらいじゃ擦り傷一つつかないからさ」
そう言うとルカはがさっと草むらを掻き分けてゴブリンの前に飛び出した。ゴブリンは突然現れた人間に驚いて一瞬身体を強張らせる。
その一瞬が、致命的な遅れとなった。
ルカが腰から下げた鞘から抜き放った片手剣の一撃がゴブリンの首に当たって横から一直線に突き抜けていく。あの片手剣は見たところ只の安物だけど、ゴブリンの首の骨、堅いものを切ったと言うことを感じさせないほどスッパリと綺麗に切れた。
ドサリとゴブリンの頭が地に落ちて、遅れて胴体がドチャッと倒れる。ルカの腕前は初心者のものでは無かった。それどころか元のパーティーにいた戦士職のバッツやアブーよりも強そうだ。
これは………なんだかやる気が湧いてきたぞ!彼女には僕の全力をぶつけたくなった!
「どうだよ相棒!中々のモンだろ?」
「うん………すごいよルカ!パーティーを組んで正解だった!」
「にししし♪もっと誉めろ誉めろ~♪」
上機嫌になった彼女がべしべしと肩を叩いてくる。痛い、痛い。でも、なんとなく嫌じゃない。以外と彼女と僕は性格の相性が良かったんだろうか。下らない会話が楽しい。
楽しい………か。
少し前までは幼馴染達のパーティーも楽しかった。
何感傷的になってるんだろ。今は、そうだ、強化を山ほど掛けてやろう。バッツやアブー達の実力に併せてかけた強化魔法とは比べ物にならないほどの強化をルカには掛けられる。強化された身体に対応できる実力がルカにはあるんだ。
「なんだよ~、ニヤニヤしやがって。俺に惚れたか?」
「寝言は寝て言え」
「ひでぇこと言うなぁ」
そんな事言いながらサッと指をふって強化を彼女に掛ける。すると彼女の眉毛がぴくっと動いた。
「これは……………!」
「今、僕に出来る全力。どうかな、満足して貰えると嬉しいんだけど」
ルカの目がお気に入りのおもちゃを見つけた子供のようにキラキラと輝き始め、口角がにゅにゅっと上がっていく。
「お、おおおおおお!すげぇぞセト!今の、無詠唱でこんな強化魔法掛けられるのかよ!」
ルカが自分の両手をぐっぱっと開いて閉じて身体の感覚を確かめる。動作自体はあっさりしたものだが、全力で強化魔法を掛けさせて貰ったのだ。今の僕に出来る強化全てを注ぎ込んだ。
まず基本としての『筋力強化』、更に身体能力を上げる為の魔力操作をスムーズにする為の『魔法力強化』『精密動作性能上昇』、そして強化された身体能力に身体をついていかせる為の『防御力強化』『動体視力強化』『聴力強化』、更に『気配感知』『時読み(確率で数秒先の未来を見通すことが出来る)』etc………なんと今まで三人に分けて掛けていた強化の内、二人分までを彼女一人に注ぎ込むことが出来た。ルカは自身の魔力は少ないけれど、魔力を受け入れる受け皿は尋常じゃなく大きかったらしい。同じことをバッツ達にやってたら魔力に耐えきれずに身体が爆発四散して死んでいたと思う。
正直、今の彼女はギルドの最高位冒険者だって目では無いだろう。まさに一騎当千の力を持った冒険者になったのだ。代わりに僕は魔力の三分の二を持っていかれて割とヘロヘロだが。
因みにもう一人分は僕自身に掛けたのでこれで足手まといになることも無いだろう。魔力切れとスタミナ切れはバルドに調合してもらった【えりくさぁ】(伝説の秘薬エリクサーにあと一歩届かなかった下位互換のこと)があるから倒れることもない。
「すげぇ…………すげぇよセト。お前に出会えて本当に良かった。愛してるぜ」
「まだ今日出会ったばっかりなんだけど?」
「ふっ……セトになら今すぐに抱かれたって構わないぞ?」
「そういうのは本当に好きな奴が出来たときに言いな」
「っと、奴等のおでましだぜ」
冗談を言い合っていると何かに反応したルカが更に森の奥へと続く方向を向いた。どうやらルカの気配感知にゴブリンが引っ掛かったらしい。僕とルカは今日の依頼を達成するべくその方向へと歩いていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なんか妙だな。なんとなくだけど身体が重く感じる」
「ああ、俺もだアブー。あと戦いの勘が鈍ったようにも感じる」
ほんのりと涼しく薄暗い洞窟の中、今日の依頼目標であるブラインドリザードを倒した俺達は拭いきれない違和感に顔を合わせて首をかしげていた。
今日の朝、役立たずで足手まといで邪魔物のセトを追い出した俺達はすぐにギルドの新メンバー募集から良さそうな支援魔法使いを選んで仲間に加えた。
新しいパーティーメンバーとなった魔法使いの少女『キリエ』は役立たずのセトよりもずっと優秀で、俺達全員に強化魔法を掛けられるとあって全員大喜びだった。ミオンだけは妙に反応が薄くて少し気になったが。もしかして俺があの女に気があるんじゃないかとでも思ったのだろうか?安心してくれミオン。俺の目にはお前しか映っていないよ。
「どうしたバッツ?なんか気持ち悪ぃ顔してんぞ」
「んんッッ!ゴホンゴホン。何でもないよアブー。それより、倒したブラインドリザードの処理しないとな。なんとなく違和感はあってもスムーズに依頼達成出来たし、きっと問題ないだろ」
無意識に変な顔をしていた所をアブーに見られてしまって慌てて話題を置き換えた。今回倒したブラインドリザードは普段受けている依頼の討伐対象よりも楽に倒せるものだったが、新しいパーティーメンバーを加えたばかりだからか少し時間がかかってしまった。でもこうして皆無事に依頼達成出来たのだし何も問題ないはずだ。この違和感もきっと時間が解決してくれる。
「あの………私の強化魔法は良くなかったですか…………?」
俺達の方を見てキリエが恐る恐るといった口調で皆に聞いてきた。
良くなかった?そんなこと無い。あの役立たずよりずっと優秀だし俺がミオンを狙う邪魔もしないからアイツのようなうざったさも無い。むしろ最高だ。
イーリアも似たような事を思ったのかすぐに口を開いた。
「何馬鹿な事言ってるのよ。私達のパーティーに居た前までの支援魔法使いなんてどんなに魔力を上げても三人までしか強化魔法を掛けられなかったのよ?私達全員に強化魔法を掛けられるだけあの役立たずよりずっと優秀だわ」
「そう、ですか………。それなら良いのですが…………その、前までのメンバーさんを悪く言うのはどうかと……」
「良いのよあんなキモイ奴。魔法使いの癖にロクに魔法使えない上にアタシ達に守られるだけ守られて金だけは取ってく穀潰し。それにアイツ絶対アタシのことやらしい目で見てたから」
「いや流石にそれ絶対自意識過剰っつーか願ぼ」
「黙りなさいアブー。それ以上言ったらケツの穴に氷柱ぶちこんでやるわよ」
「それは困る」
アブーはやれやれといったように肩をすくめて静かになった。アブーは知っていたのだ、イーリアが昔からセトの事が好きだったということを。そしてセトに告白する前に何故か勝手にフラれたと思い込んで勝手にセトの事を毛嫌いするようになった事を。
ちなみにだが、俺は知っている。元はと言えば小さい頃にイーリアがセトを苛めていたせいでセトがイーリアを避けていただけだということを。好きな子ほど苛めたくなるというアレだ。
そして、それが原因でイーリアはセトにフラれたと勝手に思い込んだということを。イーリアがさっさと素直になってセトとくっついてくれていれば面倒なく追い出さずにも済んだのに。アブーは面倒なことにしてくれる。
イーリアも、本当は今もセトの事が好きなんだろうが非常にややこしい性格をしている彼女の事だから、その事に自分で気付くこともなくアイツの事を嫌いになったと自分に思い込ませて、更に何故かアイツにエロい目で見られていると言う最早ただの願望でしかない事実無根の濡れ衣をアイツに着せるようになったのだ。俺はこいつ以上に想いを拗らせている奴を見たことがない。
因みにだがアブーは勝手にフラれたと思い込んで落ち込んでいるイーリアにつけこんで彼氏の座についた経歴の持ち主である。そしてイーリアに惚れた決め手は豊満なぼでーである。非常にゲスい。更に言うとこの男、自分がゲスであることをちゃんと自覚しているあたりもうなんか吹っ切れている。
しかし、ここでまたもう一つ、俺は知っている。アブーがイーリアと付き合いはじめて一年以上経つのに、アブー未だに一度もイーリアと同衾していない事を。アブーからは何度もアプローチを仕掛けているのにイーリアからは未だに許しが貰えていない。俺が覚えている範囲では、アブーは媚薬やら睡眠薬やらを使っての強硬手段をとったことをある筈だが、俺も信じられないほどにイーリアのガードは固かった。
「おい、何だよバッツ。その可哀想なものを見るような目は」
「そうね。バッツ、その目は何かしら」
「ふっ……何でもないよ」
そうして何故か妙にズレた感じにカッコつけたバッツはブラインドリザードの解体に取りかかり始めた。とはいってもバッツ達が無駄口叩いている間にミオンが既に解体を始めていたのでほとんど終わりかけだが。
「何だろう、私、入るパーティー間違えた気がする」
一応最近のパーティーでは注目株の当たりパーティーだったはずなんだけど。キリエのそんな呟きは誰の耳にも届かなかった。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「そうかぁ、ウチのリーダーは振られちまったかぁ」
「ごめんバルド。凄く良い話だとは思ったんだけどさ」
あれから依頼を達成し、冒険者ギルドに戻ってきた僕たちは同じく依頼を終わらせたバルドと一緒に夕食を取っていた。
「いや、いいんだセト。決めるのはお前だからな。それよりお前の新しいパーティーメンバーの、お嬢ちゃん?かい?」
ぐっ、とギルドの酒場で買った安酒を煽ったバルドは不思議そうな顔でルカの方を向いた。
「ふむ、おじさんちょっとレディに対して失礼じゃないかな?まるで『本当に女か?』って思ってるような目をしてるよ。まぁ少々筋肉が付きすぎてるのは自覚してるけどね」
「やや、これは失礼。詫びといっちゃ何だが一品奢るから許してくれ。あと俺はこう見えて『おじさん』って年じゃないぞ。セトと同い年の21だ」
「ま、マジか………」
ルカが驚きの実年齢に絶句する。正直僕も初めてバルドと会ったときは年上だと思っていた。失礼な話だがそれぐらいにバルドは老け顔だ。だがそのお陰で24とは思えない程に男の色気がムンムンしており、大人のお姉さんからのお誘いは絶えない。昔はそのお誘いも断り続けていたのだけど、半年ほど前にあの頃からずっとバルドに声をかけてきていた9歳歳上のお姉さんとくっつくことになっていたらしい。何か『一途な彼女に絆されてしまった』とか。言い訳はいいから爆ぜろリア充。
「むぅ、こっちこそ失礼な事を言ったなバルドさん。俺はルカっていうんだ、宜しく。あと俺は17歳だ、年下だぜ」
「おう、宜しくな。あと老け顔についちゃ全然気にしてねぇからお前も気にすんな」
お互いに手を差し出して握手する二人。バルドが自分の老け顔を気にしていないと言うとルカはにんまりと嬉しそうな笑顔になった。
「そうか、それなら遠慮なく奢らせて貰えるな!そうだな………この『ギガントマイマイの香草焼き』ってのが食べてみたいな」
スッと見せてきたメニュー表には巨大なカタツムリが沢山のハーブと一緒になってじゅわっと焼かれたイラストが………。
「お嬢ちゃん………結構攻めるな」
「ふっ、セトには既に話したが実家が猟師だからな。肉よりもこういった珍味の方が気になる」
僕も一度食べたことがあるが、味は普通に巻き貝だった。でも………見た目がまんま巨大なカタツムリだからな………。
「あとは、『角ウサギの味噌煮込み』に、このふぇっとちーね?『トマトクリームと鱗牛のチーズのフェットチーネ』と、あとは『雷烏の焼き鳥』のタレと塩を三本ずつ!あとは~」
「嬢ちゃん…………奢るのは一品だけだぞ?」
「ははは、いーよいーよバルド。他のは僕が奢るからさ。結成祝いってことで」
苦笑するバルドに目を輝かせてメニュー表をめくり続けるルカ。
今日、この出会いが運命になろうとは、この時は思ってもいなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、6ヶ月後。
たった二人のパーティーになった僕とルカは、急成長を遂げていた。
「ふ"ん"っ"っ"!」
――――ダ、ズン!
空高く飛び上がり、身の丈はある大剣を振り下ろしたルカ。圧倒的なパワーによって、標的となった黒いドラゴンは眉間から真っ二つに割れて死んだ。辺りに血の雨が降り、あまりにも一方的な戦いを見せられた冒険者達は思考がついていかずに呆然と立ち尽くす。
一部の実力者を除いては。
「やぁ……………凄いね、流石は『サラマンドラの鱗』だよ。君たちに援護を頼んで正解だった!」
「えへへへ、いやぁ、それほどでもぉ///」
強豪パーティーの幹部に誉められて照れたのか「えへへへ」とにやけながらぺこぺこと小さくお辞儀するルカ。ルカと僕は、バルドの所属しているパーティー『ニーズヘッグの牙』に援護を頼まれて、街の近くに発生してしまった黒竜の巣まで来ていた。僕らのパーティーも、強豪パーティーに援護を頼まれるほどに知名度を上げていたのだ。
僕とルカがすることは、ニーズヘッグの牙の二軍メンツと協力してのボス以外の黒竜の掃討だった。いわゆる露払いってやつだ。
ボスを攻撃しにいっているところに援軍を送らせないために有象無象の黒竜は叩いておく、とはいえ相手は高位の魔物であるドラゴン。二軍メンツ達も苦戦していたが、ルカと僕が到着してからはあっというまに終わってしまった。ルカが強すぎて、全て一撃で死んでしまうのだから仕方ない。
「す、すげぇ………」
「あれが超少数精鋭で有名な『サラマンドラの鱗』か」
「俺達が苦戦してた黒竜があっというまに………」
「でもよぉ、あの前衛の女の子、がっしりし過ぎじゃね?」
「確かに、あんまり俺の好みではないかなぁ」
「俺はあの子超好みだけど?」
「いやいや、そりゃねーだろ。どう見てもブサイ、い"っ!?」
「ルカの事をブサイクだと言った悪い口はこれかな?」
おっと、相棒の事を悪く言うやつは仲間だろうと許さないぞ。
「ふ、ふごぉぉ!」
顔面を掴んで持ち上げる。ふごふご言ってるが気にしない、反省するまで宙ぶらりんの刑だ。
「あーあ、アイツ馬鹿だなぁ」
「流石はカマセ・イッヌ先輩。適度にイキって適度に噛ませ犬、その道のプロだと言うだけはある」
「えっ……………プロって?」
「……………なんでもないですよ」
後ろから不穏な会話が聞こえてきたのでカマセ・イッヌなる冒険者を地面におろした。ぜーぜー言って口を押さえている。少しやりすぎたか。しかし彼は一瞬此方に目を向けると、実に嬉しそうな笑顔になって小さくサムズアップをしてきた。本当にその道のプロだったのか。
ルカのいる方を振り返ると、丁度幹部の冒険者がパンパンと手を叩いてメンバーを集めていた。
「さぁ、露払いも終わったことだし、僕たちもボスの所まで行こうか!」
幹部の冒険者が皆をまとめて巣の奥へと進み始める。僕とルカも一緒に巣の奥へと進んでいった。
「そういえばバルドもボスへの攻撃組だったか。大丈夫かな」
「盛大にフラグを建てていったから心配だな、セト」
隣に居るルカもうんうんと腕を組んでうなずく。
それもそのはず。なぜならバルドはこの作戦の少し前に、
『俺、次の依頼終わったら、ロメーヌと結婚するんだ………』
とか言って嬉しそうににやけやがった。依頼を受ける前にこの手の台詞を言ったやつは帰らぬ人になると、小さい頃から教えられているから聞いた瞬間頭から血の気が引いた。バルドのやつ、浮かれすぎてこの事を完全に忘れていたのだろう。歴代勇者が残していった『死亡フラグ』を纏めた本はベストセラーなのに。
因みにロメーヌとは例のお姉さんの名前だ。
「うん…………?まだ終わっていないのか?」
先頭に立っていた幹部の冒険者が何かを聞いたようで足をはやめる。流石にボスとはいえ、もう終わっている頃だと予想していたが、どうやら苦戦しているらしい。
洞窟の奥からドラゴンの吠える声と固いものをぶつけあう音、リーダーの悲鳴にも似た指示を出す声が聞こえてきた。
「ルカ、バルドがまずいかもしれない。急ごう」
「りょーかいだぜ相棒ッッ!」
冒険者の列を抜けて、洞窟の壁を走ってボスの黒竜の元へと急いだ。着いてみると、案の定というかタンク役のバルドが倒れる寸前だった。バルド以外のタンク役は、大怪我を負って回復のために後衛に下げられていたり、死んだのか地面に放置されている。
一方で黒竜も相当疲弊してはいたが、未だに殆んど傷がついていない。鱗が堅すぎるのだ。
「ふんっ…………んんんんぐぅっ!」
バルドも限界。
ルカに、あのボスは斬れるだろうか。
「うぅん………セトの強化魔法があれば斬れないことも無いだろうけど。もしかしたら剣自体が押し負けるかも」
「そうか…………」
ルカは平気でも剣が負ける。剣にも強化魔法を付与すれば先程までのように斬れるかもしれないが……………。
「よし、僕が自分の強化魔法を解いてその分を全部剣に注ぎ込む。そうすれば斬れるはずだ」
「え…………でも、そんなことしたらセトは無防備に」
「大丈夫だよ、前のパーティーじゃあそれが普通だったからさ」
スタッと地面に着地して強化魔法を解く。途端に身体が重くなったように感じ、先程まで目で追えていた黒竜の動きが見えなくなった。
ああ、やっぱり凡人だ。前のパーティーで足手まといだと言われていた理由もわからなくもない。強化魔法の無い僕は凄く弱いんだ。
「頼むよ、ルカ」
ルカの持つ大剣に強化魔法を付与する。
鉄で出来た武骨な大剣は、この時だけはオリハルコンの剣さえ凌駕する名剣となっているだろう。きっとどんなに堅い鱗だって豆腐にそうするように切り裂いてくれる。
「…………わかった。三秒で終わらせてくるからな」
「うん、ありがとうルカ」
一瞬躊躇するも、三秒で終わらせると頼もしいことを言って飛び出していったルカ。宣言通りと言うべきか、一秒もたたずに黒竜の足元まで駆け抜けた。
「グオオオオオ!」
「ぐぅぅっ、んぬぬぬぬ"ぬ"ぬ"ぬ"!」
そして、ルカが飛び上がった瞬間に目に映る。
今にも黒竜に押し潰されそうなバルドの姿。
「うおおおおお!こっちだぁぁぁぁぁぁぁ!」
「………ッ!?」
「………なっ、せ、セトっ!?」
バルドが驚いた顔で此方を振り向き、宙に飛び上がったルカが一瞬此方を振り向いて目を見開いた。
黒竜も、完全に此方に興味を移したようで、バルドへの攻撃を止めて此方に向かって歩いてくる。
「ば、馬鹿っ!セト、静かにしろ!」
「かかってこぉぉぉぉぉぉぉおい!」
「やめろセトーーーッ!」
バルドも叫ぶが、疲弊したバルドとまだまだ余力を残した僕とでは声量が違う。黒竜はバルドには見向きもせずに此方に向かってくる。
僕は腰から下げた道具袋から一つの球体を取り出した。
「今更だけど…………保つかな、これ」
大地を震わせながら巨大な前足を振り上げる黒竜。
その前足が振り下ろされるタイミングにあわせて球体を黒竜に向かって投げ付けた。
「『聖星結界』!」
掛声にあわせて球体が開いていく。球体の内側から光の盾が何枚も現れて星のような形になった。
「ガアアアァァ!」
――――ビシィィッ
黒竜の腕が直撃し、星の盾にヒビが入る。
そして、同時にがら空きになった黒竜の首をルカが切断し、黒竜の身体がぐらりと倒れた。
「あ、ぶなかった…………」
黒竜が倒れると同時に限界を迎えて砕け散る星の盾。
緊張が解けて一気に疲労が来て地面に尻餅をついてしまう。
「セト!なにやってんだよバカぁ!」
黒竜の首をぶった切ってきたルカが涙目になって駆け寄ってくる。飛び付くように抱き付いてきたから洞窟の地面に頭を打ちそうになって危なかった。
突然の出来事に呆気にとられていたバルドも慌てて駆け寄ってきて大きな怪我が無いか確認してくれる。
「なんてっ、事っ、してんだよ馬鹿ぁ!セトと俺は二人で一つだろーがぁぁ」
「まぁまぁ、嬢ちゃん落ち着け。セトは馬鹿な事をやったが、俺を助けるためにあんなリスクを犯したんだ。そう責めてやるな、俺も辛くなる」
「じゃあバルドがピンチにならなきゃいいだろーがぁぁぁ!」
「タンクで生き残ってたの俺だけだったんだぜ…………無茶言うなぁ」
僕に抱きつきつつ片手で器用にバルドのお腹をポコポコ叩くルカ。ミオンから送られてきていた高級魔道具『星の盾』があったから思い付いた良い作戦だと思ってたんだけど、予想以上に心配させてしまったらしい。申し訳ない気分で胸がいっぱいになった。
「心配かけてごめん、ルカ…………でも僕、バルドをたすけ」
「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ごめん…………」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら更に抱きつく力を強くするルカ。胸に顔を押し付けて泣くものだから、着ていた服の胸の部分が涙でぐしょぐしょになってしっとりとした感覚が胸に伝わってきた。
後から走ってきていた二軍パーティー達はボスの竜の部屋の惨状を目にして言葉を失っている。想像以上に強かった黒竜の群れのリーダーはバルド達のパーティーに甚大な被害をもたらしていた。
「これは……………サラマンドラの鱗の応援を頼んで正解だったが、報酬の分配は考え直した方が良いな」
ルカによって一撃で首を飛ばされた黒竜を見て二軍のリーダーが呟く。ニーズヘッグの牙のリーダーは、半壊した一軍パーティーを立て直すためにメンバーへの指示出しと治療に忙しく走り回っている。
いつのまにかルカが静かになり、バルドが立つように促してきた。
「パーティーは半壊した。死んでしまったメンバーも何人か居るようだから、他の驚異となる魔物が血の臭いで寄ってくる前に撤退になる。セト、ルカ、立てるか?」
「バルド…………それが、ルカなんだけど」
「ん?」
ルカを抱き締めたまま立ち上がる。
「ルカ、どうやら泣きつかれて寝ちゃったみたいなんだ」
「子供か……………嬢ちゃん。セトも愛されてんなぁ」
もう強化魔法は解いた筈なのに、すごい力で抱き付いていて少し苦しい。
バルドは苦笑いすると腰の道具袋から液体の入った小瓶を取り出して差し出してくる。
「魔力回復用のエーテルだ。魔力さえ戻れば嬢ちゃん運ぶのだって楽だろ?」
「ありがと、バルド」
「ハハ、どういたしまして。俺も、俺の命を救ってくれてありがとうな。二人には感謝してる」
バルドはそう言ってニヤリと笑う。
この日、ギルドは半壊した国内随一のパーティーに大騒ぎとなり、また、そのパーティーのメンバーが語った超少数精鋭のパーティーの話にまた大騒ぎとなった。
そして、報酬の分配も終わり、ギルドからほど近い宿屋に泊まった夜、彼はやってきた。
「さて、と。あのまま寝ちゃったルカもベッドに寝かせてきたし、僕は風呂にでも入りに行くかな………」
荷物は既に部屋に置いてきてある。僕とルカはいつも一部屋に二人で泊まっているから荷物も一緒だ。最初の頃こそ抵抗があったものの、ルカの『これからは二人で一つの相棒でやってくんだからな!』という強い押しに押されて結局一部屋になってからずっとこの状態だ。おかげで互いの裸を見てしまったことなど一度や二度ではない。それでも鋼の意思で、ルカと男女の関係になったりなんてことは無い。全く無い。
「まだあいてるかなー」
「おい、やっと見つけたぞ」
風呂に向かう途中。突然後ろから誰かに声をかけられて振り向く。
「バッツ………」
「なんで………何でお前ばっかり…………!」
怒りの形相のバッツに思わず自分に強化魔法を掛けて身構える。何故か一人で居るバッツは、素早く腰から剣を抜くと此方に突き付けてきた。
「何で、何でお前ばっかり成功するんだ!」
「何が言いたいんだよ、バッツ」
「お前…………何かやったんだろ。何かやったんだろ、俺達に!」
言っている事が全く掴めない。
僕が何をやったっていうんだ。僕はルカと二人、二人三脚で頑張ってきただけでバッツに何かやった覚えは全く無い。そもそもルカと組んでから、前のパーティーのメンバーとの繋がりはミオンとの手紙のやりとりぐらいしか無かったから、バッツに何か出来るようなことは無い。
「バッツ、皆はどうしてるんだ?部屋に置いてきたとか?」
「しらを切る気か、テメェ…………良いよ、教えてやるよ。俺達に何があったか!」
そうしてバッツは語り始めた。
僕を追い出した後に新しい魔術師の女の子を入れたこと。最初は上手く行っていたのだが、だんだんと調子が落ちてきているのに気付いたこと。そしてつい最近、依頼で向かった土地で凶悪な魔物に出会した結果、タンクのアブーが死亡し、残ったメンバーも皆パーティーから抜けていってしまった事を。そしてその時にミオンにもフラれてしまった事も。
「何かおかしいとは思ってたんだよ。そして俺は気付いた。俺にパーティーを追い出されたお前が強化魔法を応用して俺達に妨害をかけている可能性をな!」
「………………はっ?」
ものすごく自慢げに話しているが、話している内容が滅茶苦茶だ。どこがどうなったら僕のせいだっていう結論に行き着くんだ。色々とすっ飛びすぎている。
「ふん、図星過ぎて声も出ないようだな」
「いや、あまりにも的外れすぎて呆れてるだけなんだけど」
「黙れ!お前が悪いのはわかってるんだ!諦めて自分の非を認めろ!」
我慢できなくなったのか斬りかかってくるバッツ。だか強化魔法をかけている状態の僕にはその動きの全てがスローに見える。
難なく彼の剣を指で摘まみ、彼の鳩尾に向けて拳を三回連続で打ち込んだ。バッツは呻き声をあげて剣を手から放し、床に蹲る。
「バッツ、一度僕の話を聞いて」
「黙れ!お前が、お前が悪いから俺は……………!」
「バッツ…………僕はバッツ達に妨害なんて一切していないし。もしそうしていたら僕は自分の冒険者活動もままならなくなっている筈だよ。それと…………バッツはミオンを狙っていたみたいだからとりあえず始めに言っておくけれど、ミオンはバッツが好みじゃないとかそういう理由でバッツをふったんじゃないよ」
僕は知っている。話を聞いただけでバッツがフラれた理由がわかった。きっとバッツは知らなかったのだろう。そう思うとバッツもバッツで可哀想だ。
「ふん、どうせお前と付き合ってるからとかそういう理由だろう!?告白したところで適当にはぐらかされたからな!」
僕に押さえつけられながらも怒鳴るバッツに、可哀想だけど僕は事実を突き付ける。
「バッツ………………バッツは知らなかったみたいだけど、ミオンは………………レズビアンなんだよ」
「…………………はぇ?」
予想通り、バッツは鳩が豆鉄砲食らったような顔をして硬直した。
「ミオンはね、女の子が好きなんだ。だから………………男のバッツはね、まず恋愛対象外なんだ……………」
「何、言ってるんだ?」
「普段は大人しい女の子の皮を被ってるからわかんないよね。ねぇ、もしかしてパーティーを抜けてったとき、ミオンの隣に女の子は居なかった?」
「居た……………新しく入れた魔術師の女の子」
「そっか……………きっとミオンはその女の子とのイチャイチャをバッツに邪魔されたくなかったからパーティーを抜けたんだろうね」
「嘘、だろ……………?」
「嘘じゃないよ。僕も昔はミオンの事が好きだったから知ってるんだ。今ではミオンとはいい友達関係を築けているけどね」
「そんな、馬鹿な…………………」
衝撃の事実に完全にフリーズするバッツ。
先程までの威勢はどこへやら。完全に大人しくなって静かになってしまった。
わかるよバッツ。悲しいよねバッツ。もうわけわかんないよねバッツ。好きだった女の子から「私、女の子しか恋愛対象に見れないの」なんて言われたらショック過ぎて何も言えなくなるよね。
「バッツ…………少し、ギルドまで行って飲もうか」
「………………セト、俺は」
「言うなよバッツ。確かに僕は前のパーティーじゃあ足手まといではあったし。それに…………この事実はショックだったよね」
「………………すまない、セト」
「………バッツ」
「セト………………本当は強かったんだな」
「……………バッツ。バッツ達に本気を打ち込むと、四肢がもげるかもしれなかったから………」
「セト………………ミオンは、レズビアンだったんだな」
「……………バッツ、飲みにいこう!もう時間も遅いけど飲みにいこう!好きだった気持ちも全部無かったことにするんだ!辛くなるだけだから!」
僕は完全に精神崩壊してしまったバッツを肩に担ぐとギルドの酒場目指して走っていった。
ギルドの酒場は今日の依頼の成功を祝って、そしてまた今日死んだ仲間たちの弔いの意味も込めて飲めや歌えやの大騒ぎだった。
その中に居たバルドも走ってきたセトに気付いて手を振る。
「お、セト!どうした、お前も一緒に飲む――――」
「ちっくしょぉおおぉぉぉぉ!」
「どうしたセト!?」
「ちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁ!」
宴の席に、かつてのパーティーメンバーを肩にかついだセトが飛び込んできて宴は更に盛り上がった。おかげでセトは古傷を抉られ、バッツはできたばかりの傷を容赦なくほじくりまわされる事になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「つーわけで、十日後にここの教会で結婚式挙げることになったから来てくれよな!」
僕とルカの前に並んで座ったバルドとロメーヌさんが幸せそうに笑って腕を組む。二人の手の薬指には銀色の婚約指輪が輝いていた。
「ふふふ、あなた達もいいかげんくっついちゃえば良いのに。ルカちゃん素材はいいからちゃんとお化粧したら美人さんになるわよ~」
バルドの隣に座ったロメーヌさんが悪戯っぽく微笑んでくる。
「ロメーヌさん、僕たちはそんなんじゃありませんって」
ルカと二人で活動しているからよくそういう風に見られがちだけど、僕とルカはそんな関係じゃない。そんなこと考えるなんて相棒であるルカに失礼だとも思っている。
だから、胸を張って言える。
「僕とルカは仲間でも、恋人でもなくて、二人で一つの相棒ですから!」
「でもルカちゃんはほんとにそう思ってるのかしらぁ?」
「えっ?」
ロメーヌさんに言われて急に自信がしぼんできた。あれ、僕とルカは二人で一つの相棒だよね?ルカがそう言い始めたんだし、そのルカがそう思ってないなんてこと……………。
「……………ルカ?」
「………………」
隣のルカに話しかけると、なんだかぶすっとしている。ご機嫌ななめだ。
「おっと、嬢ちゃんはご機嫌ななめみたいだな」
「セト君ちょっと鈍いんじゃなーい?」
「何なんですかもう…………」
ニヤニヤ眺めてくるロメーヌさんとバルド。
再び隣のルカを見ると、またぶすっとした顔をしてそっぽを向いてしまった。
「えと………ルカ。何か僕変なこと言ったかな…………?」
「もういい、セトの馬鹿!知らない!」
「えっ!?ちょっ、待ってってルカぁ!」
いきなり涙目になって立ち上がるとギルドの外に向かってずんずん歩いていってしまうルカ。僕も慌ててバルドとロメーヌさんに謝ってルカを追いかけていく。ルカを追いかけていく途中、後ろからバルドとロメーヌさんの笑い声が聞こえてきた。「きっと将来尻に敷かれる」とか「多分明日になったら何事も無かったみたいになる」とか聞こえてきたけど気にしない。だって僕とルカはカップルじゃなくて二人で一つの相棒なんだ!
「―――と、言うことがあって、慌てて追いかけてった僕はルカの本音を聞くことになったんだ。それで、相棒ってことで抑え込んでた自分の気持ちも爆発して、お互いの気持ちもわかったところで宿屋に戻って27連戦。四ヶ月程の交際の後、つい先日結婚に至りました。と、言うわけで宜しく」
町中のとあるカフェで僕とバッツは珈琲片手に話していた。
バッツはあれから新しくメンバーを集め直して再出発している。一番下のランクからのやり直しだったが、順調にランクを上げてきているらしい。過去の事はお互いにふっきって今では仲良くやっている。
「話、滅茶苦茶長かったな…………」
「ルカへの愛を語るならこれの倍は要るかな」
「惚気かよぉ…………ってか27連戦ってマジかお前」
「安心してよ、避妊は徹底してたから」
「ちげぇ、そういうことじゃねぇ」
ハァっと溜め息をついたバッツが少し項垂れる。
「まぁ、結婚おめでとう。ルカちゃん、俺が初めて会った頃は髪もボッサボサでモテない女戦士って感じだったけどさ、最近は見違えるほど綺麗になったしな。周りの男共が『あの時パーティーに入れときゃ良かった』って騒いでたぜ」
「ハハハ、ありがとう。それで…………その男共って何処のどいつだ?少し気合い入れなきゃいけないかもしれないから………」
「いやいやいきなり声低くするなよぉ…………こええって。安心しろ、怪しいやつらは既に俺がノしといたからさ」
「本当か、ありがとうバッツ。今日の珈琲とケーキは僕の奢りにしておくよ」
「サンキュ。それにしてもなぁ、何か最近皆結婚してくよなぁ。俺だけ取り残された感じだぜ」
そう言うとバッツはぐでぇっと椅子にもたれ掛かる。数ヵ月前にはバルドも結婚したし、僕もルカとの結婚が決まった。ミオンからも手紙で結婚する事を報告された。例の魔術師の少女と、同性婚が認められている国に移住して結婚することになったらしい。この話をバッツにしたときはバッツがあまりのショックに気絶したり発狂したりと大変だった。
「はぁ…………なあセト、嫁さん可愛い?」
「どちゃくそ可愛い」
「はぁぁぁ、良いなぁ。俺も最近気になってきた女の子が同じパーティーに居るんだけどさ、どうやら噂だと好きな男が居るってんで諦めムードなんだよなぁ」
「バッツ…………………あれ?でもそういえばイーリアは?」
再び大きな溜め息をついてテーブルに倒れこむバッツに少し気になったことがあったので聞いてみる。もしかしてアブーが死んだのがショックで故郷の村に帰ってしまったのだろうか。
バッツは僕の質問に飛び起きた。
「えっ?……………お前、何も知らないの?」
「知らないけど…………どうして?」
「だっててっきりお前の所に行っているとばかり…………」
不思議な事を言う。なんで僕の事を嫌ってたイーリアが僕の所に来るんだ?
「イーリアって、お前の事好きだったろ?」
「えっ、イーリアって僕の事嫌いでしょ?だって小さかった頃とか散々イーリアに意地悪されてたし」
「あっ……………」
なにかを察したような目付きになったバッツはやっちまったとばかりに顔を両手で覆った。
「あちゃー…………そういえばそうだったよ……………あの馬鹿ぁ」
「どうした、バッツ?」
「いや、何でもないよ……………イーリアについてはまた探してみるよ」
バッツは知っている、イーリアがアブーをフったのは例の凶悪な魔物が出た二週間ほど前だ。セトはイーリアはまだアブーの事を忘れられていないとか考えているんだろうが、それは全く頓珍漢な答えだ。あの時にはもうイーリアはパーティーを抜けるつもりだったっぽかったから、大方セトに謝りにでも行くつもりだったんじゃないだろうか。しかし恥ずかしさとプライドとで結局いまだにセトには会えていない、と。
「俺はあいつのことをクイーン・オブ・拗らせって呼ぶことにするよ」
「へ?くいーん、拗らせ?」
何も理解していないセトにバッツは苦笑いした。正直あんなんで好きだって言われてもセトは困るだろう。
と、そこでバッツはセトの後方から歩いてくる一人の女性を見つけて安堵した表情を見せた。これでイーリアの話は置いておける。その女性は元気よく腕をぶんぶん振って此方に声を掛けてきた。
「おっと、嫁さんが来たみたいだぜ」
「セトぉぉぉ!バッツさんも、やっほー!」
「ルカ!それと…………後ろの人は?」
白いワンピースに藍色のカーディガンを重ねて来てきたルカの後ろに、セーターを着た見慣れない女性がもう一人居る。セトは彼女を見て『誰だろう?』と首をかしげ、バッツは彼女を見て顔を青ざめさせた。
「ん?この人はね、さっき会って意気投合した人なんだけどね、イーリアさんって言うんだ!」
「い、イーリア……………」
ポカンとするセトに対して、バッツは顔を青から更に白くさせた。
「嫌な、予感がするなぁ…………」
バッツはセトとルカを交互に見る。二人の左手には、お揃いの婚約指輪が輝いていた。
それは崩壊寸前のパーティーを見限って抜けた、その日の夕方の事だった。
一人で町を歩いていた私の視界の端に、よく知った人が居た。その人は、ベンチに座って此方に不敵な笑みを浮かべてこう言った。
ミオン「…………やらないか」
キリエ「……………はい?」
ミオン「………やらないか」
キリエ「あの…………ミオンさんですよね?パーティーは、どうされたんですか?抜けたんですか?」
ミオン「…………見限った」
キリエ「で、ですよね~…………」
き、気不味い。何を話せば良いんだ。そもそもさっきからこの女性は何を言っているんだ。
キリエ「え、えと…………ミオンさんは、何故此方に?」
ミオン「勿論、貴女を追いかけて」
キリエ「え"っ」
ミオン「……………私の胸、どう思う?」
キリエ「えっ」
そういえばいつもよりもミオンさんの服の露出度が高い。何て言うか、身体のラインがすごく分かりやすい服を着てる。彼女の言葉にどうしようかと混乱して、思わず彼女の胸を見た。
………………完全敗北だった。
キリエ「すごく…………大きいとおもいます」
ミオン「そっか、近くにいいホテルがあるの。一緒に行きましょう(ガシッ)」
キリエ「えっ!?やっ、それ絶対イケナイかんじのホテr」
ミオン「いいの?そんな簡単にホイホイ付いて来ちゃって。私はノンケだって構わず食べちゃう女なのよ」
キリエ「ミオンさんが無理矢理連れてってるだけじゃないですか!ちょっ、離してくださいっ!」
ミオン「大丈夫よ。最初は慣れないだろうけど、すぐに気持ちよくなるから」
キリエ「全然良くないですっ!ミオンさんは良いかもしれないですけど私は全然良くないですぅっ!って、もう着い、ああーっ!」
ミオン「ふふっ、諦めて楽になりなさい」
この後滅茶苦茶百合百合した。




