第270話 冥庭竜対
「誰だ!?」
『おっと、名乗り忘れていた。私はブエル、悪魔72柱の序列10番目にして魔界の総裁。そして、そこのアーシェの飼い主だ』
小汚ないローブに髭面の男は自らを悪魔と認め、馬鹿げた事を言いだした。
「何を言っているんだ」
「嘘。そうだよねアーシェ?」
「ごめんなさい…」
『悪魔に売られたいたいけな少女よ。なぁアーシェ』
「清算したんじゃなかったのか?」
「…」
「俺達を騙していたのか?」
「それは違うわ!」
『そう、騙していたと言うより利用させて貰っていたのだ。が、冥界と接触してしまった今、もう貴様等に用はない』
今アーシェを責めてもしょうがない。って言うよりは、アーシェも利用されていたに違いないのだろう。
その事はアイも分かっているようで、アーシェに対しての敵意は全く感じられない。
「アーシェ、アイツを倒せば解放されるのか?」
「え?」
「良いから答えろ。どうなんだ?」
「多分…」
「そうか。なら決まりだな、アイ」
「うん。あんな得体の知れない奴になんかアーシェを預けて置けないよね」
「アイさん…」
『やろうというのか?この私と?』
俺達はアーシェを守ろうと剣を取り、ブエルと向き合う。
すると、今まで黙っていた冥庭竜が殺気を垂れ流しながら口を開いた。
『ブエル、貴方方の行いは許せるものではありません。再び地上を巻き込んでまで成そうとする事自体間違っています』
『今更だ。ケテルを見たか?扱いきれない同胞達の魂にただただ肥えていくだけの存在と成り果てた。自壊するのも時間の問題だ』
『その事は貴方が送り込んだ部下から聞きました』
『ダンタリオンか。奴はどうした?』
『生きているとでも?』
『貴様…』
『貴方達の行いを正すのが冥府の務め。ブエル、その命は我々が貰い受けます』
『いいだろう、まずは貴様からだ』
『下がっていて下さい』
「冥庭竜、何故あんたが?」
『地上の生死は我々異界の民が決めて良いものではありません。これは冥王の意志であり、我はそれに準じます』
「ならば頼む。アーシェを解放してくれ」
冥庭竜は頷き、黒く巨大な竜の姿へ戻ると、ブエルもまた本来の姿であろう獅子の頭に無数の竜の首が生えた畏怖を形にしたような化け物へと変貌を遂げる。
その大きさは10メーターを超える冥庭竜と並ぶ。
「あれが本来の姿なのか?」
「気味悪い…ゾンビの方がマシって感じ」
「言えてる。ほらアーシェ、ボケッとしてないで下がるぞ」
アーシェの手を取り、この場から離れるように促す。
「え、ええ…あの、サキさん、アイさん…」
「どうしたの?」
「…ごめんなさい」
「謝るようなことした?」
「してないな。だから謝罪なんて必要ないね」
「だって!」
「アーシェは被害者だろ。謝るならブエルって悪魔に謝ってもらわないとな」
「それに今日でアーシェは本当の自由が手に入るよ」
「アナタ達はどこまでもお人好しね」
「まぁ、今回は人任せだがな」
俺達は笑いながら後方へと走った。
『ダンタリオンの仇は取らせてもらう』
『貴方達こそ冥界の民を誘う行為は止めなさい』
『それは天使に言え。だが、言える口が残っていればな』
空へ浮かぶ冥庭竜とブエル、先に仕掛けたのはブエルだ。竜の首から放たれる様々なブレスが冥庭竜を襲う。
無数のブレスは一塊になり、冥庭竜を飲み込む程の膨大な力のはずだったのだが、鎌を一振りするとブレスは綺麗に消失してしまった。
更にもう一振りで幾本かの首を切り落とす見えない刃を飛ばし、反撃の闇魔法とブレスもことごとく撃ち落としていく。
『力の差はわかりましたか?』
『グッ!これ程の力があったとは』
『我位でないと庭師は務まりませんから。これで終わりにします』
『ま、待て!地上に手を出さないと約束する!大人しく魔…か…』
『今更。手間賃としては安すぎますが、貴方の命は冥界が頂きます』
真っ二つにされたブエルは、どす黒い水になって地上に降り注いだ。
ジルコートやノワルヴァーデ達複数で挑んで倒せるかどうかなのに、冥庭竜は呆気なくブエルを倒してしまった。
「強い…」
「あの悪魔、弱い訳ないよね?」
「ええ…私じゃ手も出なかったわ」
「冥庭竜、味方なら良いのだが敵だとしたら」
「考えたくないよ」
地に脚を着けた冥庭竜は人型になると、俺達に手招きをした。




