エピローグ1/2
「さて、それでは英雄たるカルマさん、そしてソフィアさんの栄光をたたえて!! 乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
そう声をあげた皆の顔に笑顔があった。喜びがあった。
「かんぱ~い」
「あ、こら、そんな状態で無理に腕を上げようとするんじゃない!!」
約2名を除いて。
今の状況を説明するのは簡単だ。
悪魔率いる魔獣の軍勢を退けた英雄をたたえた酒盛りが行われているのである。その主役は、片方は無謀ともいえる戦い方をした代償として満身創痍であり、もう片方はその肩を担いで介抱しながらという、なんともしまらない状態であったが。
カルマの今の状態は異能を使ったことに起因する。
格好をつけて勝利を宣言したはいいものの、その後とてつもない眠気に襲われて意識を閉じてしまったのだ。
倒れたカルマは近くにいたソフィアによって回収されたが、目覚めたときにはすでに日暮れ前だった。しかも体に思うように力が入らず、こうして補助を受けているというわけだ。
力が入らないといったが、それは倦怠感といった不快な物ではなく、どちらかといえば風呂に入った時、「ああ、力が抜けるなぁ」といった感じの心地いいものだ。とはいえ普通の行動に影響が出ているので、結果的には不快な思いをしているのだが。
”虚無の口”。
カルマの、「空虚な人生を送るような自分を変え、新たな人生を得たい」という思いが如実に現れたその異能の効果は、実際に使用したことによりその効果が完全に明らかになった。
それは吸収能力だ。
カルマが死後、最も最初に出会い、そして殺した悪魔、”ソウルイーター”の能力と酷似したものである。あるいは、この異能もその悪魔を殺したことにより得ることができたのかもしれない。
カルマの背後に現れたのはいわばカルマのもう一つの口だ。
今回は精神体となった悪魔を取り込んだこの口だが、実は他の物を取り込めないかと言えばそうではない。だがあくまでも対悪魔として開花した異能であるため、魂以外の物を取り込んでしまうと異物感に苛まれてしまうのだ。これはカルマが実験で、目覚めた後に異能を発動させ小石を投げ込んでみたところ、確かに吸収はしたがすさまじい不快感に吐き気さえ覚えたことから間違いない。
デメリットだが、この異能を使い、魂を喰らうと、強制的に弱体化した状態に陥ることだ。しかもそれはすぐに治るようなものではなく、一定時間、恐らく魂を消化しきるまで治らないらしい。
このデメリットが、今のカルマの状態の理由だった。
「ああ‥‥‥‥! 和食を、食いたいのに、こうも、体の、自由が利かないと‥‥‥‥‥!!」
実にじれったそうにするカルマ。
何せ腕すら鉛が入ったこのように動きが制限されるのだ。
カルマが欲していたこともあり、宴の料理にはコメはもちろん魚など、和食が用意されている。近くでは獲れないはずの魚まで使った料理は、まさに喉から手が出るほど食べたい料理でありながら、しかし骨をとることができないために食べることができない。あまりに惨いお預け状態に、カルマは必死だ。
その様子を見かねたのか、あるいはもっと別の理由からか、近くで給仕をしていた女性がカルマの視線の先にあった焼き魚を手に取ると、その骨を丁寧に取り除き始めた。
まさかとは思いつつも、期待にきらきらとした目線を向けざるを得ないカルマ。それに笑顔で応えると、なんと、コメと一緒に口に運んでくれたではないか。
カルマは恥じらう事もなくそれに食いつくと、久方ぶりの魚の味に目を細めた。
カルマはこの世界に転移する前、つまり日本で寿命を迎えた時はすでに100歳を過ぎており、その頃には点滴でのみ栄養を摂取する状態で、食事などとることはなかった。最後にとった食事など、食べ物と呼べるか怪しいドロドロの何かだ。そんなこともあり、望む物を口にしたその喜びはかなりの物だった。
「うまいなぁ‥‥‥‥」
「ふふふ、シャケを好まれるなんて、カルマさんは北国出身かしら?」
「いや、確かに寒冷地域の魚だけど、そういうわけじゃない。 単純にサケ‥‥‥いや、シャケが好きなだけさ」
カルマは代表的ともいえる魚、鮭という単語が、発音が多少違うものの通じることに歓喜する。
些細な事ではあるが、何かしら共通点があると嬉しいものだ。
男たちの嫉妬の視線を受けながら食事を楽しんでいたカルマだったが、横にいたソフィアは居心地の悪さに眉を顰めた。
彼女はもはや意味もないと、つけていたローブは取り払っている。美人のそういう表情は何故か威圧感を感じるものだが、眼帯をつけたソフィアのそれはなかなかのものだ。
その視線に気づいたカルマは首をかしげたが、やがてあることに気付くと、食事を手伝ってくれた女性に一言礼を言ってからソフィアを手招きした。
何だとばかりによってきたソフィアにカルマは頭を下げる。
「悪い。 礼がまだだったな。 ありがとう、倒れた俺を助け、介抱してくれて」
「そ、そんな感謝されるようなことはしていないわ」
「そうか? じゃあなんでお前は機嫌が悪いんだ」
「それは‥‥‥‥ その」
はっきりとしないソフィアだったが、スッと顔を気まずげにそらすと、ポツリと一言。
「‥‥‥英雄様が鼻の下を伸ばしているのが、気に食わなかっただけ」
思わぬ答えにキョトンとしてしまったカルマだったが、次の瞬間には碌に動けないにもかかわらず笑い始める。
「なによ!」
「ははははは! いやあ、何でも? くっ、あははははは!!」
「もう!!」
シダ村での宴は、こうして終始楽し気な笑いに包まれていたのだった。
地獄。
悪魔が作り出した国であり、悪魔が跳梁跋扈する悪夢の地。
「報告します。 人間の村を襲わせた下位悪魔ですが、存在の消失を確認しました」
「そうか」
地獄の中央にそびえる王城。かつては人間の城であったが、今では悪魔のものだ。
その最奥の玉座の間にて、ひざまずく悪魔が玉座に座す王に、此度の調査の報告をしていた。
「ならば増やさねばなるまい。 下位悪魔か‥‥‥‥なら適当に人間をさらってくるがいい」
悪魔がこの世界で増える方法は2つある。
それは儀式的召喚により、すでに存在する悪魔の魂に受肉させる方法。そしてもう1つは、人間を悪魔にするという方法だ。
前者については儀式をするにおいて様々な労力を要する反面、後者はそこまでの労力は必要ない。むしろこちらは、一部悪魔が趣味でやる程に容易に行える。だから王がこの命令を下すのも必然と言えるだろう。
「はっ‥‥‥‥」
短く返事をした後に配下の悪魔は立ち上がると、すぐさま玉座の間を後にした。
扉が閉まると、外で待っていた部下が駆け寄ってくる。
「”狩り”の準備をしておけ」
「! ヒルデ様、それは!!」
ヒルデと呼ばれた悪魔は何か言いたげな部下悪魔の顔を睨むと叫んだ。
「わかっている!! 分かっているんだ‥‥‥‥だがどうしようもないだろう!?」
「ヒルデ様‥‥‥‥」
「誰か、誰か助けてくれ‥‥‥‥ もう嫌だ‥‥‥嫌なんだよ‥‥‥‥」
それは心の悲鳴だった。
ヒルデ・フィオーラ。元大帝国の姫にして、大悪魔に落とされた女の。