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Demon Eater   作者: 黒煉
1・生誕
5/10

襲撃

“悪魔喰らい”の力が世に広がるきっかけとなった出来事は、間違いなくこの突然の魔獣襲撃からのシダ村の防衛戦であったと言える。

当時この村にはその襲撃を抑えるだけの戦力はなかったものの、”悪魔喰らい”カルマと”亡国の騎士”ソフィアの2人だけでそれを抑えたのだ。これを機に2人の名が村を訪れていた行商人たちの口から、たちまち世界へと広がっていったのである。




怒涛の異世界での1日目を終えたカルマだったが、しかし2日目の朝の目覚めも穏やかではなかった。


 カーン、カーン、カーン‥‥‥


 「んぁ? なんだ?」


寝ていたカルマを叩き起こしたのは、けたたましい鐘の音だった。そしてそれだけでなく、人々の怒号までもが聞こえてきて、いよいよカルマも事態を把握する。つまりは緊急事態なのだと。


 「全く‥‥‥‥ 転移してすぐから慌ただしすぎるだろう‥‥‥‥」


だがそんな文句を言っていたところで時間は止まってくれないし、状況も好転しない。

しぶしぶではあったが、寝間着を脱ぎ捨て、例の黒装備に着替え始めた。

丁度着替え終わったころだ。それが聞こえたのは。



 『避難警報! 避難警報!! 魔獣の群れが接近している、先導しているのは悪魔だ!!』



何かが、切り替わった気がした。






ソフィアは焦っていた。


魔獣に村が襲われるということ自体はさして珍しい事ではない。しかし、悪魔が先導しているとなると話は違う。最悪はこの村の村人が根絶やしにされてしまうことは間違いなかった。

何故魔獣を悪魔が従えることができるのか。それは元々魔獣が悪魔により生みだされた存在だからだ。

魔獣はいわば外来種。悪魔が元居た生物を改造し、世に放った害獣は、いつの間にか1つの種として確立してしまったのである。

だが本能的に創造主が誰であるという事は理解しているのか、悪魔の指示には従順なのだ。

統率の取れた魔獣の群れというのは、人の一軍と何ら変わらない。


 「っ、カルマ!!」

 「おう、待たせたか」


そこへ、用意を済ませたカルマがやってきた。しかしその動きは普段と何も変わらず、覇気がない。まるで今の状況を理解しているように思えず、焦りを感じていたソフィアは苛立つ。


 「あなた、今の状況を理解しているの? 悪魔の危険性を、まさか知らないわけじゃないでしょう?」

 「当たり前だろう」

 「ならなぜそうも平然としているの!!」


しかしソフィアの怒声にカルマは大して反応もせぬままに、地鳴りが響いてくる方へと歩み始める。あまりの魔獣の数に、その足音が地鳴りになっているのだ。


 「平然と言うか、落ち着いているだけだ」

 「屁理屈を‥‥‥‥」


 「というか、どうでもいいだろうそんなこと」


カルマは決して今の状況を楽観視しているだとか、そんなわけではない。

言った通り、どうでもよかったのだ。なぜならカルマの不倶戴天の仇ともいえる悪魔。その下にいる魔獣も皆、殺すことに変わりはないのだから。


 「悪魔は殺す。 魔獣も。 殺さないといけないから殺す。 それだけだ」

 

 「っ、それは‥‥‥‥」


ソフィアは以前よりもはるかに濃密なカルマの殺気を感じ、瞠目する。

そんなことをしている間にも、確実に死の軍勢は村へと近づいていた。





悪魔の国、地獄。


そこから派遣された悪魔、”下位悪魔”は、突然回ってきたうまい仕事に歓喜していた。

それは大して大きくもない人間の村を襲撃しろというもの。

悪魔にとって人間は家畜でしかない。そういう認識が一般的だ。しかし地獄に大量に巣食う悪魔たちが人間の村や町はもちろん、国を襲ったりしないのは、単に彼らのトップがそう命じているからだ。

ともあれ、その制限が外れ村を滅ぼしていいと言われた下位悪魔は完全に浮かれていた。故に気付くこともなかったのだろう。


自分が捨て駒に使われたのだという事に。






 「あれが悪魔か」

 「下位悪魔ね。 悪魔の中では最も弱いものの、強さはそれなりのものよ」

 

カルマは剣を構えたまま村の正面にある平原で立ち尽くしていたのだが、大量の獣、恐らく魔獣の群れの先頭を飛ぶ黒い影を見て呟いた。

それは山羊の角にコウモリの羽、そして尻尾と、確かに悪魔らしい格好をしていたので悪魔という事は一目でわかったのだが、人魂にしか見えなかったあの悪魔、”ソウルイーター”の方がまだよっぽど恐ろしいもの見えたのはきっと気のせいではあるまい。


拍子抜けしたものの、油断はしない。仮に下位悪魔が自分の想像よりも弱かったとしても、やることは変わらないのだ。


チラリとカルマは横を見る。その視線に応えるように、ソフィアは無言で剣を抜くと一つ頷いた。



 「「はああああァァァァァァァ!!」」



まるで示し合わせていたかのように2人は吠え、目算で数百以上はいる魔獣共に特攻した。





とある家族は避難警報に従い、避難所へと走っていた。

しかし子供が突然走るのをやめ、立ち止まってしまったがために両親はつられるように立ち止まる。


 「どうした、つかれたのか?」 

 「お願い、もう少しだけ頑張って!」


子供、少年は、両親の声にもまるで気づかず、何かにとりつかれたかのようにただ呆然と視線を後ろへと、魔獣がやって来ている方向へとむけていた。

仕方なく子供を抱えて走ろうとした両親だったが、しかし気になってしまい、我が子と同じように後ろを振り返った。そして目にした光景に驚愕する。


 

繰り広げられているのは、まさに英雄譚に語られるような戦いだった。


 黒い影が魔獣の群れという塊の中央へと、まるで食い散らかすかのように進んでいく。

腕を振り、握られた剣が振るわれるたびに、2,3体の魔獣が一度に屠られていく。その魔獣たちは決して弱そうには見えない。

魔獣は基本的に、ベースとなった動物よりも一回りも二回りも大きくなる。一般的な魔獣でも2m近い大きさだ。そんな巨大な獣をまとめて斬り捨てていく姿は圧巻の一言だった。


しかしそんな乱暴な戦い方では、村へと向かう魔獣の全ては止められない。だが抜けた魔獣も、村へとくることは叶わないようだった。

 青い髪が揺れたかと思うと、何時の間にか魔獣が倒れ伏している。

やっとのことでとらえられるその動きは華麗で、美しいという場違いな感想さえ抱かせた。



その戦いを見て、逃げていた村人たちが一人、また一人とその足を止め、一瞬たりとも見逃すまいと目を見開いく。響き渡るのは魔獣の咆哮と悲鳴だけだ。


誰もが、あの二人は英雄なのだと信じて疑わなかった。





 「ハァ、ハァ、ハァ」


荒い呼吸の音がうるさい。


もう何体の魔獣を殺したかわからないが、いよいよ疲労が隠せなくなってきていた。

カルマが戦いを始めてやがて10分が経つ。

最初は一刀の元斬り伏せていた魔獣だが、今は一撃では仕留め損ねることも多くなってきていた。


 「グオオアオオア!!」


 「おらぁ!!」


ゴリラの様な魔獣が飛び掛かってくるのを剣で迎撃する。

剣は魔獣の体に食い込み、絶命させたものの、しかし分厚い肉によってすぐには抜けなくなってしまった。

その一瞬の硬直を狙って、動きの素早い虎やら、狼やら鳥やら、動きの素早い魔獣たちが殺到する。


絶体絶命。


 「ああ、これは諦めるしかないなあ‥‥‥‥」


ポツリ呟き、カルマは剣を握っていた手を離した。

そしてその手を握りしめ‥‥‥‥‥


 「剣で戦うのはなぁ!!」


最も近くにあった虎魔獣の顔面を殴りつけた。


一撃で倒れることこそなかったものの、脳震盪でも起こしたのかふらふらとその動きを止める魔獣。その間に他の魔獣たちも素手で迎撃して見せた。

だが武器がない以上、苦戦を強いられる事には変わりがない。しかしそれが何だというのか。


カルマは気づいていなかったが、その顔は生前では一度として見せることはなかった、快感に歪んだ愉悦の表情になっていた。




ソフィアは剣を振るう。


それは幾度とない戦いの中で磨き上げられた剣だ。

少ない体力の消耗でありながらも、的確に魔獣の命を刈り取っていく。それは最早作業ともいえた。


余裕があるソフィアは、その視線を下位悪魔へとむける。

下位悪魔はわけがわからないとばかりに叫びちらしており、まともな指示も出せていないようだ。その証拠に、村を目指してソフィアの元へとやってくる魔獣はいつの間にか一体もいなくなっていた。


そして次にその魔獣たちが殺到しているであろうカルマがいる方向へと視線を向けて‥‥‥‥絶句した。

何せ全身魔獣の返り血まみれになりながら、素手でやりあっていたからだ。

しかもその表情が苦痛に満ちたものでなく、むしろ今までにない満足感を得ているかのような愉悦の表情とあって、いよいよ正気を疑うレベルである。


だがその戦力がとても頼もしいというのもまた、事実だ。



ソフィアはカルマに気をとられて全く自身を警戒していない魔獣たちを仕留めていく。

魔獣たちもカルマの相手で手いっぱいだったのだろう。突然の攻撃に、あからさまな動揺を見せていた。


最早重なりすぎて小山となっている魔物の死体の中から突き刺さったカルマの剣を引き抜くと、それを片手に剣を持ち換えたことで空いたもう一方の手に握り、振るった。

羨ましいことにカルマの剣は恐ろしく切れ味が良く、慣れない二刀流であっても満足に戦うことができた。


 「加勢に来たわよ!!」

 「たす、かる!!」


魔獣の数は、いよいよ数十にまで減っていた。




苦境に立たされていたカルマだが、悪魔のことを忘れていたわけではなかった。

視界の端に、どさくさに紛れて逃げようとする悪魔を捉える。


 「逃がすか!!」


カルマは近くにあった魔獣の死骸の頭を鷲掴み、それを宙に浮く悪魔めがけて投擲。

プロ野球投手ですら無理であろう速度で投げられた魔獣の死骸に悪魔は驚くも、迎撃も、回避もできずに衝突する。


直撃と会っては流石に無事とはいかず、浮力を失った悪魔が落下していく。それを追って、カルマも走り出していた。

 

走りながら、”災厄”、そしてソフィアから聞いた悪魔の知識を掘り出していく。


 「悪魔は精神体。 肉体を滅ぼしたところで”魂”を滅ぼさなければ殺すことはできない」


その言葉の全てを理解できたわけではないが、つまり悪魔を殺すにはそれこそ魔法などを用いて魂を直接攻撃しなければならないということは理解していた。


さて、ここで話は変わるが、カルマは必悪という存在になりあがったことで、不老不死と、もう一つの恩恵を授かっていた。

それは異能とでもいうべき超常の力。”災厄”であれば天変地異を巻き起こす力というのがそれにあたる。魔法とも違う、まさに”必悪”の特権ともいえる力だ。

彼女曰く、この力は調べて分かるようなものではなく、ふとした瞬間に「あ、こういうことができそうだな」という感覚に陥るらしい。それが異能に目覚める合図なのだと。


それが今、訪れた。



 「”喰らい、我が虚しき穴を埋めよう”」



落ちてきた悪魔を捕まえると、その体を地面へと叩きつける。そして片足で踏みつけると、逃げられないように全力で体重をかけた。


下位とは言えど悪魔の腕力はすさまじく、その拘束を解こうと必死に抵抗するが、かつてとは比べ物にならない程強靭になったカルマの体はピクリとも動かない。

異形の悪魔の顔が苦悶と恐怖で歪む。しかしカルマの目には、そこに少しばかりの余裕もあるように見えた。おそらく魂さえ無事なら肉体が滅ぼうと生き延びることができるという考えによるものだろう。


カルマはその浅はかな考えを嗤った。


そのことを俺が知らないとでも思っていたのか?

あるいは、知っていて無謀にも突っ込んできたとでも?


そしてカルマは無情にも、その異能を解き放った。



それは”穴”だった。白い、底の見えない穴。

それは白という”色”なのではなく、ただ、何もないが故、“無”であるが故の白だ。


黒い男の背後に突然現れたそれに目を奪われていた悪魔だったが、今置かれている状況を理解し、より一層抵抗の力を強める。”あれ”は確実に良くないものだと、馬鹿で無能な下位悪魔でも理解できたからだ。

しかしそれでも結果は変わらない。拘束は解けないままだ。


 「ギギギギ、くそぉ!! 人間、この足をどかせ!! どかせええ!!!」


とうとう悪魔は叫び声を上げ始める。しかしそれでも、冷徹な金の瞳は僅かにも動かず、興味を示さない。どころか、更にその足に力を入れ始めた。

いよいよその圧力に耐え切れなくなった肋骨が、ミシミシと嫌な音をあげる。


 「くそ!! 放せっ、はなせええええええええ!!!」


だがその願いは聞き届けられることはない。


 ボグッ!!



 「ごっ、グ、が、はっ‥‥‥‥」



くぐもった音は折れた肋骨が内臓を貫き、破裂した音だ。

口から大量の血を吐き出し、悪魔は絶命する。そして、肉体と魂は分離した。



 『ぐ、くう、あの男は危険だ‥‥‥‥ 早く、早く王に知らせなければ‥‥‥‥‥!!』



精神体となり、知覚されない状態となった悪魔は即座に撤退を図る。しかし、あり得ない事態にその動きを愚かにも止めてしまった。



『何故、俺と目が合う? 精神体になって見えないはずの俺を、何故視界にとらえているんだ貴様ぁ!!』



最早それは悲鳴に近い。

カルマはそれに答えることはなかったが、代わりに背後に開いた虚ろな穴に変化が起きる。


まるで飢えた獣が血を渇望するかの如く。

埋まるはずのない”無”を埋めようとするが如く。


無数の”何か”が穴より現れ、引きずりこもうと精神体の悪魔を捕らえたのだ。

これこそがカルマの異能。憎き悪魔を殺す為に開花した、肉体ではなく、”魂を殺す”術。己の今の在り方を否定し、変化を求めた。その心情が反映された、”虚無の口”である。



 『や、やめろ、やめてくれ‥‥‥‥!!』



まるで全身を侵されるかのような感覚に、悪魔は嘆願する。

しかしカルマの心は揺れ動くことはない。少し、また少しと、得体のしれない穴へと吸い込まれていく。



 『俺を、食わないでくれえええええ!!!!!!』



それが、悪魔の最後の言葉だった。


その姿は完全に穴の中へと消え、それと同時に穴そのものも消え去る。

後に残るのは、哀れにも踏みつけられたままの悪魔の死体だけだった。




 

カルマは背後を振り返る。


そこには唖然とした表情を浮かべるソフィア、そして遠くてあまりよくは見えないが、こちらをじっと見つめる村人たちの姿があった。



皆に勝利を知らせるため、返り血に濡れた男は片手を突き上げる。


それと同時に、かなり離れているはずの村からは、割れんばかりの歓声が上がるのだった。



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