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Demon Eater   作者: 黒煉
1・生誕
4/10

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必然と取れる偶然。

知っていた。ああ知っていたとも。


 「お前がついてくるって言うだろうことはな‥‥‥‥‥」

 「何よ。 不服?」

 

ソフィアは地獄耳なのか、カルマの呟きをしっかりと拾って言い返す。


 「別に‥‥‥‥」


素っ気なく答えたものの、実はカルマにとってソフィアが同行を申し出てくれたのは都合のいい事だった。

何せこの世界の情報を与えてくれる人物が自ら寄って来てくれるのだ。これほど幸運なことはないだろう。

カルマは食事を済ませた後、すぐに村の散策を開始した。とは言っても、実際の所一文無しも同然の状態なので、ソフィアに任せっきりになってしまうのだが。


しかしソフィアはそのことについては文句はないらしい。

むしろ自分がそうしないことによって、聖金貨をカルマが持つという事を、その価値が分かる人間に知れることの方がよっぽど恐ろしいそうだ。


もともとの所有者は”災厄”なので、それ関連の面倒事は向こうに流してくれというのが素直な感想だったが‥‥‥‥‥到底無理な願いだろう。


幸いなことに宿もすぐに見つかった。

気づかなかったが、ソフィアの話によれば今日の食事処では米も食べることができたという。ただ基本的に主食がパンである為、おすすめと聞かれて出すものではないのだとか。

明日は和食がないか聞いてみようと思うカルマであった。





宿で部屋をとった後、ソフィアの案内でカルマは村外れの森へと向かった。

その目的はソフィアの力量を図る為、というのもあるが、自分がどこまでやれそうかというのを見定めるためだ。


予想通り、悪魔は相当な強者であることは分かった。

森の野生動物とは比べ物にならない程だろうが、逆に言えばその程度を今の自分が処理できないようであればそもそも悪魔討伐などお話にならない。


 「じゃあ早速で悪いが」

 「ええ、構わないわ」


剣を抜いたソフィアの前に立つのは熊。巨大な熊だった。

直立した熊は成人男性の2倍ほどあるというのはテレビで見た知識で知ってはいたが、実際に見るとその迫力に圧倒されそうになる。

普通初見でこんな猛獣に襲われれば失神しそうなものだが、妙な開き直りをすることに慣れているカルマ。「襲われたら、ま、諦めるか」くらいに考えていた。


しかしそんな考えは霧散してしまうほどに、あっけなく戦いは終わってしまう。


「はい。 終わったわよ。 早く解体して、血抜きしましょ? じゃないと肉も食べられたものじゃないし」

 「マジか‥‥‥‥」


いつの間にか立っていた熊は後ろに倒れこんでおり、その首はソフィアの足元に転がっていた。


ソフィアの得物は刀身の細い直剣だったのだが、何故そんな剣であの太い熊の首を斬れたのか。そしてカルマの目にはまるでソフィアは動いていないように見えたのだが、どんな速度で事を終えたのか。

想像以上のソフィアの能力の高さに驚き、間抜けな声を漏らしてしまったカルマ。

その反応にソフィアも得意げだ。


 「どう? これでも腕に自信はある方なの」

 「素直に驚いたよ。 訳アリな人物は強大な力を持ってるってのはセオリーだが、想像以上だった」


 「どういう事‥‥‥‥? まあいいわ。 じゃ、次はあなたの番ね」


意味が理解できず訝し気なソフィアだったが、すぐに切り替えるとなれぬ手つきで熊の亡骸を解体するカルマに戦闘を促す。

それに肩を竦めることで答えたカルマは、血に濡れた手を袋に突っ込むと、そこから黒い剣を取り出しながら苦笑いを浮かべた。


 「今のを見せられた後じゃあ、自信なんてほとんどないけど。 あまり期待しないでくれよな」




そう時間のたたぬうちに血の匂いに誘われて新たな獣が現れた。

それは、前世で知る物よりも随分と大柄な狼だ。


いきなりハードルが高すぎはしないだろうかと、内心で愚痴りながらもカルマは剣を構える。

すると血を浴びたカルマを見て興奮していたのか、狼はカルマが攻撃態勢に入った途端、襲い掛かってきた。


近づいてくる狼の口。それに喰らいつかれてしまえば無事では済まないことくらい、言われずと理解している。理解しているのだが、この状況下でカルマに恐怖心はなかった。

その理由は、何となくだが理解できた。

成人男性は子犬にじゃれつかれたところで恐怖は感じない。もちろん噛まれれば痛いぐらいには思うかもしれないが。

それは人と子犬の間にはどうしようもない実力差があるからだ。

今この場において、カルマにとっての子犬が眼前の狼だった。ただそれだけのこと。


 「あれ、ひょっとして‥‥‥‥」


カルマは思いっきり両手に持っていた剣を振り下ろした。

生前なら身体能力的にすでに眼前まで迫っている狼を迎撃するには、どうあがいても間に合わないタイミングだ。だが‥‥‥‥‥


 ズバッ!!


 「ギャ‥‥‥」


悲鳴が途中で途切れたのは、全てを叫ぶ前に体が左右に分かたれてしまったから。


どさりと地面に落ちた狼の死体を確認するでもなく軽く剣を2、3度振ってから、ポツリと呟いた。


 「俺、思った以上に強くなってる?」


理由はわからないが、どうやら自分は生前とは比べ物にならない身体能力を手に入れたらしい。


そして相変わらず、不思議袋から取り出した剣が高性能だったというのも一役買っているだろう。

骨ごと肉を力任せに切ったというのに刃こぼれ一つしていない。とんでもない名剣であろうことは、剣どころか刃物に対する知識すら持っていないカルマであっても理解できた。


 「あなた、凄いじゃない! ”悪魔狩り”を名乗るだけのことはあるわね」

 「うん? ‥‥‥‥うん、まあな!」


まさか「いえ、自分でも予想外でした」などと言えるはずもなく、しれっと嘘を吐くカルマ。


「”悪魔狩り”の身体能力が常人よりも高いというのは知っていたけれど、あくまで悪魔に有効な魔法を主体とするために、純粋な剣の腕では騎士には及ばないと思っていたわ。 けれど認識を改めないといけないみたいね」

 「そうか? 俺が特殊なだけだと思うぞ?」


何せ悪魔を殺したといえど、それは死後、悪魔によって作られた精神世界での話で、現実では悪魔と対峙したことすら無いうえに、自分自身未だによくわかっていない”必悪”になんやかんやで所属している身だ。

そもそもこの世界出身ではないカルマがこの世界に存在する”悪魔狩り”と同じわけがない。


しかしそんな事情を知らないソフィアは、どうやらカルマが自意識過剰だと勘違いをしたらしく、微妙な表情を浮かべたが、その勘違いを正す為だけに複雑な自身の身の上話をする気にもなれず。

特に何も言わぬまま、カルマは真っ二つにした狼を解体するのだった。





時の流れとは速いもので、村に帰り、熊と狼の皮や肉を売りさばいたころにはすでに日は沈み、夜となっていた。


 「しかし皮って思ったより安いんだな。 狼の方は両断してたからもっと安くなってたし」

「けど傷はほとんどなかったから、あれでかなりいい値段がついてたほうよ? ともあれ、まともな通貨が手に入ってよかったじゃない」

 「ま、そうだな」


そう。

カルマの手にはやたら曰く付きの大帝国金貨ではなく、その輝きに比べれば随分とみすぼらしい金貨が1枚と、銀貨が3枚握られていた。

 

単位は‥‥‥‥『エル』だったか。ちなみに金貨一枚が1000円相当、銀貨一枚が100円相当、銅貨が10円相当と、所々違いはあるが、基本的に日本の通貨と同じ感覚で問題は無い様だった。

つまり今カルマの手元には1300エル=1300円あるということになる。

前世では毛皮はかなりの高級品だったはずだが、この世界では野生動物よりも上質な毛皮を落とす、いわゆる魔獣がいて、そちらの方が効果に取引されるため、こんなにも安いのだという。


ちなみに肉は肉屋に売ったのだが、金にするよりも保存食にした方が得だというで、干し肉に加工してもらうことになった。熊や狼の干し肉というのは、あまり聞いたことがないが‥‥‥‥

ずっとこの村にいるというわけではないのだから、食料が手に入ったことは素直に喜ぶべきだろう。





 「ふう、何であれ、最初の一日っていうのはあっという間に過ぎるものだな‥‥‥‥」


ほっと一息をついて、カルマはそうこぼした。

何事も”初めて”というのは、やはり最初は期待や緊張やらであっという間に終わってしまうものだ。それは2度目の人生を送るカルマであっても変わらないらしい。


目まぐるしく場所と時間は移るが、今は夕食を終えた後、今夜寝泊まりすることになった宿の一室だ。

ある程度予想していたことだが、生前愛用していた安眠布団(それなりの値段がする敷布団。肌ざわり抜群な一品だった)には遠く及ばない。けれど寝る分には全く問題ない、文句を言うのは失礼というものだろう。


寝間着に着替えてすぐにごろりと横になったカルマは目を閉じ、思案する。


明日、早々にこの村を出ることがソフィアとの話し合いで決まっていた。

これはソフィアの提案で、元より明日にはこの村を出るつもりだったらしい。深くは追及しなかったが、どうやらここに長くいすぎるのはまずい様だった。

無論、カルマにそれを断る理由は特になかったので承諾したが。

本格的な旅などやったことがないカルマは明日からの旅に思いをはせていたが、ふと、耳に覚えのある声が入り体を起こす。


 「寝るところだった? ごめんなさいね」

 「いや、別にいいが‥‥‥‥ それよりもどうした、こんな時間に」


音はまるでしなかったと思うのだが、いつの間にか部屋の中にはソフィアがいた。

そして彼女のある変化に気付き、たずねる。


 「お前、顔を隠さなくてもいいのか?」

 「いいのよ。 これから一緒に旅をするんだから必ず見ることにはなるでしょう」


ローブを取り去り、晒されていたのは青い長髪に碧眼の、端正なソフィアの顔だった。ただ右目には眼帯を巻いていて、隠しきれていない切り傷が少しだけ覗いていた。そしてその眼帯には非常に見覚えのある紋章が刻まれている。カルマが持っていた金貨に刻まれた、あの龍の紋章だ。


「やっぱりすべてを話すことはできないけれど、それでも少しくらいは話しておこうと思って。 遅かれ早かれ、知られてしまうようなことくらいはね」


そういうとソフィアは、カルマが止めるよりも早く話を始めてしまった。



彼女はかつて滅んだ大帝国、その王族に仕えるいわば近衛騎士の家系なのだという。


 「大帝国はそれは立派な国だったと聞いているわ。 善政の元、不満もない、まさに理想の国だったと」


けれどそんな大帝国はある日、一夜にして終わりを迎える。


突然、一部の有力貴族たちが反乱を起こしたのだ。それは前触れもなく起こり、瞬く間に帝国は大混乱に陥ったという。


後は積木が崩れるかの如く。

瞬く間に帝国は分裂をおこし、周辺国家からの攻撃を受け、陥落。一つにまとまっていたなら攻め込まれなかったかもしれないが、いくつにも分裂し、弱体化した国々ではまともな抵抗もできず、取り込まれていった。


「王族の方々は恨みを買っていたわけではなかったから、処刑されることはなかった。 けれど地位は剥奪され、平民に落とされたの。 あとは行方知れず。 その方々の末裔を探すことが、私の使命なの」


成程。

王に仕える騎士の家系であるなら、それも当然の事なのかもしれない。しかし本当にそれだけか?というか、それは本当に今、自分に話しておくべき事か?


カルマはソフィアを見る。

一通り話しきったかのような表情を浮かべているが、その瞳は、まるで何かを期待するかのようにカルマの方をちらちらと向いていた。


カルマは考える。

なんだ?自分が今の話の中で意見をするとしたら、どこに意見をするべきなのだ?


国が反乱で崩壊する、なんていう事は歴史の授業で、にはなるが、前世でも聞いたことがある話だ。

ではその反乱の原因は?

善政が敷かれていた国で、突然反乱が起きるだろうか?

”突然”、”何の前触れもなく”、というワードが妙に頭に引っかかり、カルマはもやもやとした気持ち悪さを感じた。

だが、ふと閃く。


「なあ、その貴族。 突然反乱を起こすだなんて、そそのか(・・・・)されでも(・・・・)したのか?」


その言葉にソフィアは目を見開いたが、しかしそれを予感していたのであろう。どこか演技じみて見えたのは、カルマの気のせいではあるまい。



「そう。 後に分かったことだけど、この陰には悪魔の暗躍があった。 今の”地獄”にいる、悪魔たちのね」



悪魔たちの動きはこうだ。


まず周辺国家の王族が悪魔と契約を結んだ。

それは”大帝国”を転覆させるというもの。

その契約に従い、悪魔は件の大帝国貴族と接触。そそのかし、反乱を起こさせたのだ。そしてその時を虎視眈々と狙っていたその国は、目論見通りに分裂した元帝国領を取り込んだのである。


だが、悪魔はそう都合のいい存在ではない。奴らは狡猾なのだ。

悪魔は契約を果たした途端、手のひらを返し、今度は周辺国家を滅ぼしたのである。

それも誰かをそそのかすなどと言う回りくどい方法ではなく、自ら大量の悪魔を呼び込み、その手で人を殺すという直接的な方法で。


 「結果として大帝国領は全て悪魔に支配され‥‥‥‥そこには”地獄”が生まれたのよ」

 「そうか‥‥‥‥‥ 別に疑うわけじゃないが、なんでそんなこと知っている?」

 「悪魔の口から直接聞いたからよ」


どうやって、とは、野暮な質問だろう。


カルマはここでようやく理解する。

なぜソフィアが素性を明かしてまで、カルマに旅の同行を申し出たのかという事を。


つまりは、彼女も自分と同じなのだ。


「私の使命は、どこかにいるはずの王族の末裔の方々を探すこと‥‥‥‥それをあきらめたわけじゃない。 けれど望み薄だということぐらい、理解しているわ。 悪魔が絡んでいる以上、奴らが関わった人間を見逃す可能性は低い。 だからね、私は個人的にもう一つの使命を掲げているの。 言わなくても、分かるでしょう?」


もちろんだとも。当たり前じゃないか。


カルマは答える代わりに、ただ笑って見せたのだった。


ここにいるのは悪魔を忌、嫌う者達。

理由は違えど、目的は同じ。想いも同じ。



”悪魔喰らい”と”大帝国の騎士”。

田舎の小さな村でこの2人が出会ったことは、あるいは必然だったのではないかと後の歴史家は語った。



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