プロローグ
突然の新連載。
男性主人公、転生ものです。
彼はどんな人物で、どんな目的をもって生きていくのでしょうか。
それでは、どうぞお楽しみください。
空虚。
その意味を調べると、「物のなかみ、または物事の内容をなす価値、あるいは心のより所が、何もないこと。からっぽ」と言う説明が出てくるのだが、今日老衰にて死を迎えた一人の男の人生はその言葉を体現したかのようであった。
別に住所不定無職だったわけでもないし、手を汚すようなことをしたわけでもない。しかし愛する人もいなければ、大切な物もない。ただ人生という時間を浪費するように生きていた。そしてついに変化の一つもないまま、日本という平和な国で埋もれていた男の生涯は終わりを迎えたのだ。
「ふむ。 君がどんな人物だったかは分かったが、君がここに来るに至った理由はさっぱりなんだが‥‥‥‥」
長机を挟んだ対面で、質素でありながら随分と高級そうな椅子に座った女性が首をかしげる。
その動作でさえ絵になる程の絶世の美女だったが、残念な事に中身空っぽの男には欲情するほどの性欲もなかった。ただ黙ってその様子を眺めている。
「それで? 何か思い当たることはあるんだろう? それを話してくれ」
男は頷くと、話の続きを口にする。
しかし男を待っていたのは静かな眠りではなく、掃きだめの様な場所だった。
後に知るのだが、それはいわゆる悪霊や悪魔と呼ばれるような類のものが戯れに作り出した、いわば檻であった。
人魂の様な姿をした悪魔が男の前、いや、男と同じようにとらわれた死後の者達の前に現れ、告げたことは簡潔だった。
”この場にいるもので殺し合い、最後に生き残った者は楽しませた礼によみがえらせる”、と言う物。
嘘だ。と、男はすぐに悟る。
しかし他の者はそうでもなかった。男はどうやら数合わせで集められただけらしいが、他の者達は皆、生前に未練がある者達ばかりだったのだ。中には歴史の教科書の中でしか見たことのないような騎士の様ないでたちのものまでいた。
男はおそらく、何もできずに死ぬだろうなと他人事のように思い、悲痛な表情すら浮かべずにただボーっと突っ立っていた。
「しかし今君はここにいる。 つまりその場を乗り切ったという事だ。 けれどそれは難しいはずだ。 話を聞く限り、おそらく戦闘経験のある物もいただろう。 しかも”蘇り”という餌をつるされた人間の狂気は想像に安い。 ‥‥‥‥‥最も君の場合は違ったようだが。 ひょっとしてその例外が関係しているのかな」
男は純粋に驚く。その推理力に。
表情の変化こそなかったもののその雰囲気は伝わったようで、女性は朗らかに笑った。そして先を話すように促す。
男はそれに頷くと、再度口を開いた。
ところがここでトラブルが起きる。
ただぼんやりと立ち、殺される時を待っていた男を襲ったどこの誰と知らぬものの刃。
それは確かに男を捉え、首元を裂いたように思えたのだが、不思議なことに男の首は斬れなかったのだ。
これには流石の男も困惑したのをよく覚えている。
生前の男の体は確かに健康体だったが、ここまで物理的に丈夫ではなかった。
今は遊戯を面白いものにするためという悪魔の意図なのか、体は若かりし頃の物に戻っているが、本気で刃物を突き立てられて無事でいられるほど丈夫であった記憶などない。これには襲い掛かった者も冷静ではいられなかった。
何度も何度も男に刃物を振り下ろしたが、それでも男の体には傷一つつかない。どころか、刃物の方が痛みだす始末。終いには襲い掛かってきた人物は恐怖に駆られたのか、手にした刃物で男ではなく自身の首を斬って絶命した。
「ははあ。 そういうことか。 その現象は君の魂の特異性によるものだろうな」
女性は合点がいったとばかりに手をポンと叩く。しかし男はそんなことを言われても意味が分からず、首をかしげるしかない。
「死後の世界、と言うのは存在しない。 けれど魂と言うのは存在してね。 悪魔が死後の魂を集めて殺し合わせたというなら、それは物理的な強さよりも、精神面での強さがモノを言う戦いになってくる。 おそらく君がその場にいた魂の中で最も強い魂の持ち主だったんだろう」
魂が強い?嘘だろう?
そう思ったが口にはしない。結果がそれを証明しているのだから仕方ない。
知りたいことも知ったところで、男は話を再開しようとしたがそれは女性によって遮られた。
「大丈夫。 そこまで聞けば想像がつく。 君はおそらくその場にいた魂の全てを倒してしまった。 しかしそれをよく思わなかったのか、はたまたそれが元々の狙いだったのか、悪魔が君を襲った。 ところが君はそれさえも返り討ちにしてしまった。 そんなことをする悪魔と言えば魂喰らい、”ソウルイーター”だろう。 悪魔を意図せず殺した君は”魂の異常な強靭さ”。 そして”悪魔の力”を手にしたことで、ここに来る資格を得てしまった。 そんなところかな」
男はその推測に頷いた。
女性もようやく男がこの場に来てしまった理由を知ることができ、満足げな表情だ。だがその表情はすぐに曇ってしまう。
「今度は私が説明する番だけど、すまない。 先に謝らせてほしい。 ここにきてしまった以上、君は何かしら悪役にならざるを得ない。 それが私達、”必悪”の定めなんだ」
この時から、空っぽな人生を終えてただ死んでいくはずだった男は”必悪”としての道を歩み始めることとなるのだった。