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雲屋伝兵衛 人情物語

作者: ゆきじ

雲って不思議だなあと常々思っていたところ、ふと思いついた物語です。

そこは青空商店街。大通りから数えて3つ目の路地を右に曲がった突き当たり。

雲屋。いろいろあります。

すりガラスのとびらに小さく張り紙がしてあります。

3月のある日、雪女が雲を買いにやってきました。

「注文していた雪雲はできてますぅ?ひゅるるるる。」

「へい、いつもごひいきにしていただきありがとうございます。アラスカのいい氷が手に入りましたので、上質な雪雲ができておりますよ。いかがです?」

雲屋伝兵衛はまあるいガラスのビンを取り出して雪女に見せました。ガラス瓶の中で白いもやもやしたものがゆらめいています。

「すってっきっ。使うのがもったいなあい。るるるるる」

雪女は上機嫌で帰っていきました。

 昨日の季節外れの大雪はもしかして。


8月のある日、雷様が雲を買いにやってきました。

「雷雲はできてるかあああ?」

「こりゃこりゃ雷様。電気うなぎの調子が良くてね。気に入っていただけると思います。」

そういうと雲屋伝兵衛は四角いガラス瓶を取り出して雷様に見せました。ガラス瓶の中で稲光がぴかりと光りました。

「こりゃあいいいいい。」

雷様はすぐに瓶の蓋をあけて雷雲を取り出すとガラガラガッシャンと雷を落としていきました。

「ひいい。ここで開けるのは勘弁してくださいよ。」

あわてて店の奥に駆け込みました。

この頃雷が多いと思ったら。


ある日、少年が雲を買いにやってきました。

「雨雲、ありますか。」

下を向いたまま、雲屋伝兵衛の顔を見ようともしません。

「おや、どんな雨雲が必要で。」

「今度の運動会が中止になるくらい、たくさん雨が降る雨雲をください。」

雲屋伝兵衛は少年を頭の上から足の先までしげしげと眺めると、

「うちはすぐに買えないんでねぇ。注文が入ってから作るんですわ。」

少年は消えてしまいそうな声で言いました。

「運動会は1週間後なんです。注文します。どうぞよろしく。」

少年はうつむいたまま帰っていきました。

「さて、さて、なあ。」

雲屋伝兵衛は頭をかきました。

次の日、少年はやってきました。

「注文した雨雲はできていますか。」

「悪いねえ。まだなんでぃ。」

雲屋伝兵衛がそっけなく言うと

「明日、また来ます。」と少年はぺこりと頭を下げました。

その次の日。また少年はやってきました。

「注文した雨雲はできていますか。」

「忙しくてね。まだなんだ。悪いねぇ。」

少しの間があって、

「明日、来ます。」

震える声でいいました。

その次の次の日。

「注文した雨雲はできていますか。」

「まだだよ。」

うなだれる少年に雲屋伝兵衛は言いました。

「できないことはできないかもしれねぇけどよ、できることを一生懸命がんばるってぇのはどうだい。」

少年は初めて顔を上げました。

「まぁ、頼まれれば仕方がねぇ。明日には作っとくよ。」

その次の日。

少年がやってくると雲屋伝兵衛は黒い雨雲がいっぱい詰まった三角のガラス瓶を渡しました。

雨雲は渦を巻き、びっくりするくらいの大雨になりそうです。

少年は何も言わずに瓶を受け取りました。

そして頭が膝小僧につくくらいのお辞儀をしました。

「どうしたもんかねぇ。」


運動会の日。

朝からぬけるような青空です。雲屋伝兵衛はすりガラスのとびらから顔を出して空をいつまでも見上げていました。

夕方、少年はガラス瓶を返しに来ました。瓶の中には黒い雨雲が詰まったままです。

「応援、がんばりました。クラスのみんなもほめてくれました。」

雲屋伝兵衛はガラス瓶を受け取りながら、

「そうかい。」とそっけなく言いました。

「ありがとうございました。」

少年は元気よく頭を下げると「ともだちと約束があるので。」と言って走っていきました。

少年の後姿をいつまでも見送っていると、

「良かったですねぇ。もっと喜んでやればいいのに。」かっぱが横から顔を出しました。

「なんでぇ。見てたのかい。」

雲屋伝兵衛は笑って怒って笑いました。

「いつもごひいきに。今回はどういったものをお求めで。」

かっぱはちょっと困ったふうに言いました。

「最近雨が降らなくてさぁ。頭の皿も乾きっぱなしで。しとしと長く降る雨雲を注文したいんだけど。」


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