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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第六章 遠き異国の地
71/74

7 雪と花

 昼を過ぎてやや傾きかけた陽光が生い茂る葉枝の隙間を縫って木の幹を背に隠れる兵士たちの顔に照らしていた。

眩しそうに手で日差しを遮る彼らの顔は疲労に満ちており、苔むした森の湿気がまとわりつくように不快感を増幅している。

およそ200人弱の部隊は街道の両脇に分かれて布陣し、獲物を求めて今か今かと罠を張って待ち構えている。

街道には反応式の氷柱壁呪文がしこまれ、通過した対象を鋭い針状となって刺し貫く罠が街道のいたるところに設置され今か今かと鬼凛組の到着を待ち構えていた。

デインは短い王位の間に作らせた宝石が所狭しと貼り付けられた王冠を大事に今でも身につけており、その自己顕示欲だけが彼の歪な自尊心を繋ぎとめているのかもしれない。

あのウォルドレッド以上に華美で派手すぎる杖を握り締め、蒸し暑くさえあるこの森の中でやぶ蚊やヒルに襲われながらも着続けている王の装束は既に所々擦り切れ洗浄呪文をかけることさえ拒否する有様であるため鼻が曲がるほどの異臭が立ち込めている。

当の本人はそんなことを気にする余裕さえなく、ただ念仏のようにある人物の名前を唱えているだけである。

「アリア・・・・アリア・・・・」

イルビィはこのアリアこそが聡明であった人物を狂わせてしまった元凶であると考えている。

以前のデイン公爵は、誠実で民の困窮に真摯に耳を貸す人物であった。

それに憧れ貴族とは何かを知るために弟子入りし学び、面倒見の良かった彼には権謀術数の生き抜き方の手ほどきを受けるなどの恩を感じていた。

それが変節してしまったのは・・・・一人娘であり目に入れても痛くないほど溺愛していたアリアの死・・・・・であった。

一言で片付ければ不幸な事故・・・・

誰にも予期することが出来ない事故であった。

雷神の御子として名高いレインド王子とあるパーティーで同席したアリアは彼に恋心を抱いたようだ。

そのこと自体、デインは咎める気などまったくなかったし、むしろレインド王子ほど将来有望な才能と血筋であればアリアとの結婚は歓迎すべきであった。

親心としてはいつまでも側にいてほしいという思いがあったが、世の父親と同じくそんなことはまだ先であると思い込むことでかわいい娘の成長を良き父親として見守っていた。

転んですりむけば重傷を負った我が身よりも心配し、元気に笑う娘の健気さに涙し抱きしめる様に館のメイドたちも幸せな親子に仕えられて幸せだとそう感じさせるほど暖かい時間が流れていた。

そんな暖かい日々が突然、終わりを告げることになる。

レインド王子が魔法特訓に赴いたラナディアの丘と呼ばれる美しい池と花々が咲き誇り、大地が放出する潤沢なオルナの影響で魔法行使の特訓に適していると言われる王領である。

そこで雷神魔法を納めたレインドの逸話に私もとせがまれたため、公爵家として正式な許可をもらいアリアを腕利きの魔術講師たちを講師に魔法特訓を行わせる手助けをしたのだ。

デイン公は他国との会談や儀式の打ち合わせの用事があり、同行できないことを泣きながら悔やんでいたが・・・・・

ラナディアの丘は豊富なオルナの放出と美しい花々の咲き誇る地ではあるが、極稀にそのオルナに惹かれるように魔物が現れるという報告があった。

今回も念入りに巡回し見回り魔物避けの結界などをアリアのために過分なほどに用意させたが・・・・それでも事故は起こってしまった。

最も忌み嫌われる最凶クラスの不死族ガナミィドリッチがその潤沢な生命力に満ちたオルナを求めて同じタイミングで現れたのだ。

しかも真昼の只中に・・・・

迎撃する護衛たちを皆殺しに、もっとも生命力に溢れるアリアを・・・・生きたまま貪り食ったのだ。

僅かに生き残った部下たちからその話を聞いたデインはしばらく部屋にこもっていたが、すぐに守りきれなかった部下や護衛役、魔法講師を八つ裂きにして殺害。

またその家族や親類も悉く罪状をでっちあげて捕縛し焼き殺したのだった。

娘を失ったデイン公爵はそれ以後も、まるで人が変わったかのように何かを求め歯向かう者には容赦なく罠にかけ殺害していった。

あの一件に関わった親類縁者を殺し尽くしたデインは最後にもっとも大事な人物を殺していないことに気付いてしまう。

「そうだ・・・・レインドがいなければ奴に憧れなければ娘は死ぬことなどなかったのだ・・・・そしてラナディアの丘を訓練場所に推薦したあの憎き近衛も!!」


「許さん・・・・・許さんぞレインドォオオ!!!その剥いだ皮をあの無能共に見せつけ絶望させてやる!あのシルメリアもいずれ八つ裂きにしてくれるわああ!」

そう・・・・憎しみの底に沈んだ絶望の中の生きる希望・・・・いや唯一の存在理由となっていた。

夢の中で妄想でどれだけ残虐な殺し方をしても飽き足りない・・・・考えうるあらゆる殺害方法を思考したが怒りは憎しみは膨れ上がるばかり・・・

アリア・・・・アリア・・・・

デインとは似ても似つかぬ可憐でおしゃまな女の子だった。

お父様いいですかもっとお腹を引っ込ませないと色んな病になってしまいますよ?と夜の書斎におしかけ説教をする娘の優しさを思い出し呻くように涙を突然流し始める。


「土煙を確認しました、こちらへ向かう一団があります!!恐らく鬼凛組かと思われます」

部下の報告にぎりぎりと歯軋りしながらついに奴を殺す機会を得たのだ・・・・

「失敗したら許さんぞ!!必ず捕縛しろ!!!ワシ自らいたぶり尽くして殺してやるわ!!!」

よだれを垂らしわめきながら復讐の言葉を放つデインは傍目にも壊れてしまったという印象しか持つことができない。

それでも部下たちが捕縛の命令を実行するのは、自分たちも貴族になれるかもしれないという微かな希望からであった。

陰ながら部隊長から警告があり・・・・絶対に殺すな、生きて差し出さねば恩賞は夢のまた夢だと。


勢いよく土煙をあげて疾走する騎馬の一団が森に潜む兵士たちの視線にも映りこみはじめた。

恐らく罠にかかった騎馬は転倒し騎乗している侍たちも馬の下敷きになり倒れる者がほとんどだろう。

人目を惹くほどの輝く金髪の男という目印が伝達されるが、兵士たちの緊張は最大限に高まりつつある。

先頭の騎馬が罠を捉えた瞬間、猛烈な爆発音と爆風が周囲に隠れるデイン兵たちにも襲い掛かり飛散る土砂や枝で負傷する者たちさえいるようだ。

鋭い氷の柱に貫かれた馬から落馬した侍が新たに突き出された氷の柱に喉元を貫かれて絶命し、その柱にぶつかり馬の蹄に体を踏みしだかれていった。

次々と先頭の騎馬に巻き込まれ転倒する馬たちの嘶きと侍たちの悲鳴・・・・・暴走した馬が街道脇に伏せていたデイン残党の上で転倒し押しつぶされてしまう・・・・

かに見えたのだが・・・・その下敷きとなった兵士たちは悲鳴をあげながら宙をもがくようにしばらく手をばたばたと振り回していたが何もないことにほっとした時には既に半透明の馬の巨体がノイズを発しながら掻き消えていく様であった。


『ノーグメーグワゥルバーグ、サーズエルグマルグアーグシーダ・・・・・』


既に一部の兵は転倒している騎馬と侍たちに向け火球や氷矢の呪文を放ち始めていた。

それらの呪文は幻影となった倒れる騎馬と侍たちの幻影と突き抜け、街道の反対側で包囲している味方を撃ち殺していった。

さらに反撃されたと勘違いした至る所で醜い同士討ちが開始されており、転がる騎馬が幻影であることすら彼らは気づかずただ恐怖と絶望の狂騒に興じた醜い争いで自滅していった。


『ウェグワーグシャイルマール・・・・・・レイルベンドシャーグ!踊れ氷結!!』


悲鳴と怒声、四方から発せられる命令が混同し命令系統がずたずたにされたデイン残党に対しその呪文は発せられた。

遥か上空から翼をはためかせ、甲高い少年の声が呪文発動の刻唱を唱えると周囲に出現した数十に及ぶ人の背丈ほどもある氷柱が街道脇で混乱する残党軍に炸裂する。

新たな悲鳴と衝撃、そして氷柱から瞬時に発せられた圧倒的冷気により木々や兵士が氷漬けにされていく。

十分な湿気がある森林でこそ効果を発揮する呪文だった。

それでも逃れた兵たちはデインを含め悲鳴を上げながら森の中へと逃げ去って行く。

「ふぅ・・・・助かったよ姉御」

「私がやるとこの森を燃やし尽くしちゃうからね、あんたがいてくれてよかったわソルヴェド」

イングリッドに抱きかかられたソルヴェドはようやく自力飛行に戻るとそのまま二人で離脱していく。

残されたのは氷のオブジェにされた哀れな残党たちの墓標であった。





コニス村へ向かう街道をそのまま南下しなかったことには理由があった。

わき道から多くの荷物を抱えた人々や荷馬車が出現したのだ。

突然現れた騎馬の一団に怯えるが、事情を確認しようと進み出た真九郎を覚えている者がその中にいた。

その者の話によればコニス村周辺で頻発する異常現象のため女子供だけでも避難させるべく落石のあった本街道を避けナスメルとベルメへ向かう途中なのだという。

異常現象の種類はイルミス教団支部周辺の空の色がおかしいこと、動物たちが一斉に逃げ出し水晶の谷から奇怪な音が聞え始め草木が一夜にして枯れ始める地域が現れているという。

また地鳴りがたびたび起こり、小規模の地震も発生しているという。

この現象が神々の加護や恩寵が失われたためだとすれば、異常現象の発生頻度は加速度的に増しているように思えてならない。

真九郎はナスメルのシルヴァリオン支部のジョフに彼らの受け入れと支援について配慮願いたいと一筆したため避難誘導役を担う代表に手渡すと涙ながらに住民たちと共に感謝された。

ここで偵察から戻ったイングリッドとソルヴェドが奴らの迎撃を志願したため、一撃離脱を条件に許可。

抜け道を駆ける真九郎たちをいつ来るかと待ち伏せていたデイン残党軍はついにレインドを捕えることなく、ソルヴェドの幻影呪文によりかく乱され残党はさらに散り散りになって敗走となった。


抜け道は狭かったが、馬たちのほうががんばってくれた。

主人たちの思いに応えようとするかのように馬たちも手綱を握るまでもなく次にどうすればよいか、狭い抜け道を連なって駆け抜ける様は巨大な竜蛇が駆け抜けていくようにも見える。

夕刻前にコニス村近郊、イルミス教団支部への分岐路に入ることができたのは抜け道のおかげでショートカットできたことが大きい。

本来であれば三鍋山と呼ばれる鍋を三つ重ねたような特徴的な岩山をぐるりと迂回せねばならないものを直進できる近道の存在はありがたかった。

おかげで隊士や馬の疲労軽減にも大きく貢献してくれたが、それ以上に目の前に広がる光景に隊士たちは呆然とその空を見つめている。

鶯色や青緑・・・・浅黄色に移り変わる空に浮かぶ光の帯・・・・それはきっとオーロラに近いものであったのだろうが夕刻近く、空を染め上げる光に照らされ昼間のように明るい。

木々は四方から吹き付ける風に揺れ、微かな地鳴りが響き渡っている。

レインドと義経、それに真九郎たちはここが最後の準備を行う機会だろうと考え隊士たちに食事を取るように伝え帰還したイングリッドたちに周辺警戒を依頼する。

果敢にも二人はデイン残党を撃退した後にイルミス教団支部近くの空域まで近づいたが、荒れ狂う気流とオルナの奔流が激しすぎて退避を余儀なくされていたが数体の死界人らしき黒い人影がうろついているのを目視していた。


真九郎は最後の食事を満喫し終えた隊士たちに馬上槍を装備するように伝えると自らもルシウスが以前作り上げた神鉄を鋳溶かして打ち直したあの馬上槍を魔法のバックから取り出す。

ナディアや一部の女性隊士は槍ではなく弓矢を背中に結わえ、ここに決戦の準備が整おうとしている。

愛馬たちも主人の緊張が伝わっていたのだろう・・・・地を蹴る蹄の音が先ほどよりも強く凛々しい響きを放っているようにも思える。

何年か前に通った道・・・・救出にきてくれたのは君だった。

危険を省みず単身で乗り込んでくるなんて君らしいな・・・・思えばもうあの頃には愛し過ぎて、いつしかその横顔をずっと眺めていたように思う。

それに気付いて微笑んでくれたうれしさに心が羽躍るかのような喜びを感じたのを思い出した。

愛しい・・・・すぐにでも駆け戻り抱きしめたい。

でもそれだけはできない・・・・


とうとうイルミス教団支部へと続く緩やかな坂道が視界に飛び込んできた。

切り開かれた道幅は荷馬車の往来を考慮しているため以外に道幅が広い・・・・このまま朽ち始めているアーチ状の正門を突破し、教団支部の館を突っ切れば広場が見えるはず・・・・・・そしてその先にある谷側の巨大な洞窟こそ目指すべき場所だ。

「以上が目的地の情報だが、無論変更される場合もある・・・・その際はお館様と局長をお守りすることだけを考えろ!」

ひとしきり・・・・皆の心が連なる感覚に包まれた後、義経は副長としての使命を果たす。

「お館様・・・・お願いします!」

「・・・・・」

声にならなかった。

師匠と過ごした日々が脳裏を駆け巡り・・・・自身に押し付けられた責任の重さを改めて噛み締める。

言葉をどう伝えたらよいのか・・・・

そう迷ったとき、真九郎がやさしく・・・・・まるで兄が弟の背中を押してくれるかのようにうなづいた。

その優しい笑みが心を落ち着かせていく中で馬を進め、槍を掲げたレインド。

「鬼凛組はこれより、敵地に突撃を駆ける!! この戦、共に駆ける戦友がみんなで良かった!神々よりも信頼できる戦友たちと戦場を駆けることができること・・・・これ以上の名誉を僕は知らない!!」

魂に火が付く瞬間というものはたしかに存在する・・・・周囲の空気が震え若武者たちの思いが混ざり合いまるでレインドを中心に一つの意志として練り上げられた志は燃え上がり・・・・・これまで培った絆と思い出を力にしていく。


『鬼凛組よ!!我に続けぇええええ!!!!!!』

『おおおおおおおおおお!』


鬼凛組が坂道を駆け上がっていく。

木々の合間から見え隠れしている朽ちかけた貴族屋敷跡の坂道でうろついていた死界人は騎馬隊に気付き餌を求めて敵意を向けてくるが、レインドの馬上槍に頭部を両断されて絶命。

各騎馬が阿吽の呼吸で指示された訳でもなく進路上で対応すべき隊士が的確に障害となる死界人を一撃で仕留めていく。

やがて正門を抜けると以前より朽ちた貴族屋敷の一階をそのまま騎馬で突破していく。

絨毯であった燃えカスや以前の争乱で破損した家具や備品が散乱していたが、ここは愛馬たちが跳躍し器用に避けてくれたことから隊士たちの意図を完全に理解しているかのような動きに思わず首筋を撫でるとぶるっとうれしそうに体を振るわせている。


貴族屋敷の一階を突破したところで、真九郎が槍を掲げて全軍停止の合図を出している。

勢いをうまいこと殺し集合した隊士たちは何事かと思ったものの・・・・目の前に広がる光景に思わず息を飲んだ。

谷間にあるはずなのは旧イルミス教団支部だったはずだ、打ち合わせによるとそこには武士団の馬場ほどの広場があったはず・・・・・だが眼前にあるのは色とりどりの花々が咲き誇るどこまでも続く広大なる草原であった。

帝都の東に広がる、あのフィグリア平原よりも広大な空間・・・・

空はオーロラに覆われ・・・・・草原の先にはおびただしい黒い点が蠢いていた。

「レインド・・・・・進むべき道は分かるな?」

「はい、僕には分かる・・・・・目的地の不命の大穴は、敵集団の中心部だ」

鬼凛組はレインドに続けとばかりに矢尻に似た隊形を取ると広大な草原を花びらを散らしながら駆け続けた。

馬の鼓動と呼吸音・・・・そして振動と周囲の仲間たちの息遣い・・・・

手に握る馬上槍の重さ・・・・

緊張で手に汗が滲んでくるが恐怖はない。

ただひたすらに今はレインドという稀代の将と共に戦場を駆ける悦びに心が満ち溢れている。

草原は徐々に変化を見せ始め、ややこんもりとした丘を右側に迂回し始めると死界人らしき人影が肉眼ではっきりと捉えられる距離にまで近づいてくる。

さらには連なる丘の陰に隠れていた不命の大穴と思われる建造物が目に飛び込んできた。

「お館様!あの妙な建物が目的地ですか!?」

義経の叫びにレインドはうなづくと皆に向けて声を張り上げた。

「あの妙な灰色のドームこそが目的地だ!まずはドームへ取り付き入り口を確保する!」

『おおおー!』

丘を越えると緩やかな下り坂が続き、馬蹄に散らされる花びら飛行機雲のように彼らの軌跡を彩っていた。

それは命を駆けた一刀・・・その刹那に全てをこめた侍の花道を祝福しているかのような光景に思えた。

そして敵集団およそ40体がレインドたちの行く手を遮ろうと目の前に立ちはだかる。

無用な戦闘を避けるべくうまく敵集団の網の目を潜り抜けてきた鬼凛組であったが、最低限突破すべき対象として数の少ないこの部隊を選んだのだった。

目まぐるしく移り変わるこの異界の地でこのような臨機応変の対応を取れるレインドの将たる才気に真九郎は笑みを抑えることができなかった。

こいつがいてくれるなら何も心配はいらないな。

するとレインドの前に飛び出し先陣を務めるために突出したのはヴァンとリヨルド、そして竜胆たちである。

残された黒の閃風と夕霧や紫苑たちがレインドと真九郎を守るべく、隊の中心へと誘導し包み込み始めていった。

何の打ち合わせもない自然と、しかも馬上での一瞬の動きであった。

さらに馬腹を蹴って速度をあげたヴァンが見事一番槍を決める。

跳ね上げる死界人の首と立ち塞がる奴らが馬上槍によって次々と切り飛ばされていく。

一気呵成に敵集団を突破した鬼凛組はそのままの速度で灰色のドームへとさらに距離を詰めていった。





帝都オルフィリスの西、デュランシルトを巡る攻防は予想もしない事態へと動きを見せていた。

半兵衛の偽者が現れたことで前線部隊は進軍を停止、対峙した半兵衛と偽半兵衛だが貴族連合側にいた偽者はその手から大量の死界人を生み出してしまう。

孤軍奮闘する半兵衛を助けたのはナデシコとマルティナ、ヒルデ。

なんとか死界人を全て討ち取るも、偽半兵衛こと空魔の前に半兵衛の刀は通じずナデシコの槍のみがその体に傷をつけることができたのだった。


自らの頭を両の手で掴み、左右に引き裂いた空魔・・・・

無機質な灰色の肌と表面に走る青白く光るいくつものラインが走り・・・・のっぺりとした毛髪のない頭部には横に一本の深い皺が走るのみ。

その両の手は長く、指先には鋭利な爪が生え揃い既に切り裂いた半兵衛の血がこびりついていた。

背中から尾てい骨にかけて縦に広がる背びれようのような突起物から伸びるのは奇妙な尻尾のようにでもあり、先端部はヘラのような白色の骨で出来ているようにも見える

あまりに異様な姿に悪魔と叫ぶ貴族連合の兵士たちの叫びが駆け巡るが、同時に新たな異変が生じつつあった。

空に赤く燃えるような光の帯が帝都やデュランシルト近郊に出現し、夕焼けの光を飲み込むような不気味な様相をていしはじめている。


ほぼ全軍に撤退命令を出していたザインたちだったが、かろうじて被弾を免れた飛竜で避難民の脱出先の安全確保の確認に向かっていたカルネスはその赤い空に飛竜が怯え始めたため一度帰還しなければと考えていた。

オルナの流れもおかしく、飛竜は敏感にそれを察知しカルネスに訴えかけるように鳴き始めた。

飛竜の手綱を操作し帰還ルートへの指示を出したことで安堵したのか甘えるような声を一鳴きした飛竜はデュランシルト北の馬場に着地をしようと転進した時だった。

視野を掠めた存在に思わずカルネスは我が目を疑った。

「なんだ・・・・あれは!?」

デュランシルト北方・・・・・帝都の北西にあたるリィズベル海岸に見たこともない大軍が上陸を始めていた・・・・

すぐに高度をあげると海岸線の向こうに大艦隊が控えており、少なく見ても数十万の軍が押し寄せようとしている。

遠見の呪文を騎乗中ながら発動させたカルネスはより正確な陣容を把握すべく敵の先陣を担うであろう先行部隊を視認し、思わずのけぞった。

「あれは・・・・ド、ドラゴンか!?」

翼はないものの、10m以上の土色の巨体。

太く頑丈な手足で、特に腕には無数の棘があり走りながらその棘と強靭な膂力と頑強な鱗で敵を蹂躙するのが目的なのだろう・・・・・

その頭部には地竜特有の岩のような鱗で覆われ生半可な攻撃では傷一つつけることができないだろう・・・・

そのような地竜が目測だけでおよそ20体・・・・・

そしてその背後に控える軍隊が掲げる旗は神聖ヴァルジェリス王国のものであった。

「もう笑うしかねえな」

諦めを通り越した状況にカルネスは落ち着いた手綱さばきで馬場へ降り立つとすぐにノルディンたちの元へと急いだ。

あの地竜の速度であれば後、一時間も経たずにこのデュランシルトへ押し寄せるだろう。

不幸中の幸いと思えたのが奴らの侵攻方向と避難民の脱出路が離れていたことである。

息を切らして転がり込んできたカルネスの報告に、ノルディンは眩暈で倒れそうになり帝国軍の指揮官たちも杖を取り落とし頭を抱え始める。

「あの地竜は俺たちでどうこう出来る相手じゃない!撤退しかないぞ、どうせ貴族連合もあいつらに蹂躙されるんだ放っておけ、半兵衛たちもすぐに撤退させるんだ!」

「俺たちの撤退は神殿を除いて間に合う見通しだが、半兵衛とナデシコさんが戦っているのはどうやら死界人ではないようなんだ・・・・」

「なんだと?」

「すぐに拡声呪文でもなんでもいい!あいつらに撤退させてくれ!地竜を相手にさせればいいじゃないか」

「竜で倒せる相手ならな」

「ううむ・・・・・だが神殿のほうはどうなんだ!?脱出の見通しはたたないのか?」

「大地母神との約定を守るために死んでも動くつもりはないのだそうだ・・・・・破ればもし加護を取り戻せてもこの地は不毛の土地と成り果てるだろうと」

「とりあえずだ、半兵衛とナデシコたちの撤退を急がせてくれこのままじゃあの化け物に襲われるか地竜に押しつぶされるかのどちらかだぞ!}

「了解した!」


ノルディンたちが半兵衛たちに撤退を伝えようと拡声呪文と撤退信号を打ち上げるが、半兵衛たちは撤退しようとしなかった。

いや、撤退する隙すらないと言ったほうが良い。

新たに生み出されたシカイビトはヒルデとマルティナが二人がかりで仕留めているが、いずれ数で押されかねない・・・・

そして空魔と半兵衛、ナデシコの戦いは息を付かせぬほどの激闘であった。

ナデシコの繰り出す槍だけが頼みだが、物理法則を無視したような急制動と急加速を繰り返す空魔の動きに翻弄され、あれ以降有効な攻撃を加えられないでいる。

一進一退の攻防が繰り広げられる中、大地母神神殿前では負傷者の搬送が落ち着き必要最低限の人員を残し見習いの神官たちにも避難命令が出されていた。

そんな中・・・・祈りの間で光の玉を見守り・・・・竜の結界を張り巡らしていた雪がむくりと起き上がると何かを感じたかのように神殿の外へと飛び出して行った。

美しい銀色の翼をはためかしたその神々しいまでの存在。

思わず避難準備をしていた見習い神官たちでさえその圧倒的な美しさと神々しさに魅せられている。

『守るよ・・・・シメリケ・・・・真九郎・・・・』

そう呟いた雪はキューンとかわいい鳴き声を放ち・・・・その身に光を蓄積させていく。

まるで大気中のオルナを光へと変換するかのような現象とその輝き・・・・粒子をその身に吸収していきやがて眩いばかりの巨大な光の玉に包まれていく。

巨大な光玉はその状態でさえ光を吸収し続けている。

人智を超えた事態にへたりこむ神官とわずかな護衛たち・・・・・だがそんな彼らの元を訪れる者たちがいた。

シズクとピスケルである。

「ピスケルちゃん?」

『ぷおぷおおお!』

「え?雪ちゃんが・・・!?」

『ぷお!ぷうぷおーぷおぷうお!』

ピスケルは全身から青い燐光を生み出すと、まるで光玉に力を分け与えるかのように目を閉じていく

まばゆい白と青の光の饗宴は降り注ぐ赤い光の帯を跳ね返し、雪を包んだ光の玉は倍以上に膨れ上がり僅か10分ほどで神殿を超えるほどの巨大な光玉へと変貌していく。

「ピスケルちゃん!?いったい何が!??」

『ぷお~ぷぷおぷぷぷおぷぷ~』

「私がお、おうを、助ける!??あの水色の石???」

『ぷお!』

お守り代わりに身につけていたシズクの母親の形見である水色の宝石。

改めて祈りを捧げると、ピスケルを通して得られる宝石から伝わる一族の念のようなものが感じられていく。

「ありがとうピスケルちゃん、今こそ使うときだね」

『ぷお~!!』

シズクの念の助けを受けたピスケルは青い燐光をさらに増幅して送り出すとそれに応じるように鼓動に似た脈動を始めていく。

その頃には神殿にも地竜による侵攻があるため早急に撤退という命令が届いていた。

・・・・・

予想以上に早い侵攻であった。

遥か北には地竜により巻き上げられた土埃が砂嵐のような光景を描き出している。

徐々に近づく地響きに似た絶望は覚悟を決める神官たちでさえ恐怖に打ちのめされていた。

『ぷお~!!!!』

「あ、うん!わかった!!みなさん!!ピスケルちゃんが水をちょうだいって、体が乾いて力が出なくなっているからお水をいっぱいくださいって!!」

聖獣ピスケルは諦めていない・・・・

このかわいらしく人を愛して止まない優しい聖獣が水を求めるならば我々も答えなければならない!

神官たちは恐怖に震える手足でふらつきながらも井戸に辿り着くと皆で手分けしてピスケルへとバケツリレーを開始していった。

人の信頼と思いが詰まった水がかけられていくが石畳を濡らすことはなく、すべてピスケルの体へ吸収されている。

シズクも一緒にバケツリレーに参加し。護衛の兵士も共に気合の入った声で恐怖を払拭しようとバケツリレーを続けていった。

これが何になるのだと口にする者はいない、この優しい聖獣はいつだって私たちを守ってくれたのだ。

ピスケルの発した青白い燐光が全て吸い込まれた光の玉はその脈動を早めていく・・・・・

だが地竜の群れは後数kmのところまで迫っている。

地上を闊歩する地竜の移動速度は速い。

数kmなどものの数分で到達してしまうかもしれない・・・・そうなれば皆で築き上げた田植えの始まっていた田園は瞬く間に踏み荒らされてしまうだろう。

神殿に残っている人員を除けば、既にすべての住民とほぼすべての兵がシェルターを通じて脱出路へと向かっており、残されたのはここ大地母神神殿の神官や僅かな守備兵と指揮官のザインやノルディン、シルフェの月影、そして鬼凛組の4人だけになろうとしていた。

半兵衛たちも必死に離脱の機会をうかがってはいるが、逃がそうとしない空魔と次々に生み出される死界人への対応のため逃げ出すことさえ許されない状況だった。

空魔と死界人そして巨大な地竜たちにの突撃というなんとも豪華な、いや最悪の挟み撃ちにあったデュランシルト。

だが神殿前の光の玉は徐々に形を変え、一層まばゆく輝くそれは頭らしきもの・・・・そして羽らしきもの・・・・目を細めながら雪の名前を叫ぶシズクの呼びかけに応えるように光の粒子が宙空に散り始め、それは姿を衆目に晒すことになった。

煌くスマートで引き締まった白銀の体・・・・天上の世界にいると伝えられる天使のような4枚の光翼。

アクアブルーの二本の角はそのまま大きくさらに透明度を増した宝石のごとき輝きを誇り、春碧色の大きな瞳は以前と変わらぬ雪の慈悲深い優しさが伝わってくるかのような吸い込まれそうなほどに惹きつけられる瞳だ。

両の爪はクリスタルような透明さと輝きを放ち、光を放っているかのような白銀の鱗とアクアブルーの鋭い尾角が先鋭的な威圧感を放っていた。

凡そ地竜より一回り小さいものの、その人智を超えた輝くばかりの美しい竜の姿に、その場にいた者は皆心を奪われてしまっていた。

『ぷお~ぷぷぷ~?』

『ピスケル、ありがとう・・・・わかってる、僕も武士団の1人、シメリケと真九郎の思い、守りたいんだ、君も力を貸してね』

『ぷお!』

ピスケルは力強くうなづくとシズクを一瞥し、ついてきてねと視線を送るとその短い手足からは想像できないほどの速度で階段を降り始める。

また雪は光翼をはためかせながら、デュランシルトへ迫る地竜たちに向かい鋭い視線をぶつけていた。

もし人がその視線をまともに受けたならば、魂を砕かれてしまうのではないかと思えるのほどの迫力であった。

そのまま飛行し始めた雪は地竜の群れに対し、竜の咆哮を放った。

咆哮というにはあまりのも切なく悲しげな雪の叫びに聞える。

耳を劈くほどの轟音と風圧が襲い掛かるが、不思議と怖くはなかった。

その悲しみの滲む雪の咆哮を聞いた地竜は一斉にその動きを止め、あの重厚な威圧感は掻き消え恐怖に震えながら見上げるのは光輝く雪の姿である。

グオオーン!とくぐもった鳴き声を発し始めた地竜の群れは、後方で制御魔術となるドラゴンスレイブの呪文を行使する100人あまりの一団が必死に攻めかかるように制御を試みるも恐怖に震え魔法制御さえ受け付けない状況になっている。

まるで雪の咆哮に逆らうことさえできぬというよりも、圧倒的実力差の前に恐怖で立ちすくむ雑兵という表現のほうが的確であろう。

20体の巨大な地竜が一回り小さい白銀の竜に恐れをなしている様は、もはや神話以外の何者でもない。

神聖王国軍の兵士や神官たちも想像を絶する事態に腰を抜かし、ただ見ることしかできない者たちで溢れかえっていた。

だがそれはドラゴンスレイブの呪文を操る制竜部隊エレンディウムだけは違った。

常に地竜のコントロールを行っていた彼らは雪の咆哮に精神を削られはしたが、それでも地竜制御のために惜しみなく魔法力を注ぎ込んだ。

彼らは地竜の体色と同じ鳶色で染め上げられた儀式用の補助呪文が練りこまれたローブを制服として着用している。

エレンディウムはこの状況に対抗するために、光神ウルヴァの名のもとにあらゆる禁忌の壁を乗り越えていった。

地竜の頭部に埋め込まれた暴走用呪印杭を発動させたのだ。

雪が放つ圧倒的強者・・・・王者の波動があの地竜に怯え、降伏の意思とも取れる姿勢に入っていた。

顎を地につけ、そのまま地に伏す地竜たちは雪の存在に忠誠を誓う家臣たちのようにも見えたが、その巨体に異変が生じている。

突如全身の力が抜け意識を失ったかに見えた地竜は、頭をもたげ次々に咆哮を始めていく。

20体の地竜が吼えまくる轟音と振動は周囲の神聖王国軍も逃げ出し、ゆったりと着地した雪はその春碧色の瞳からポロポロと涙をこぼし始めている。


『そうか、助けられなくてごめんね、同胞たち・・・・ ぼくは人間が大好きだ・・・・でもそれは全ての人間じゃなくてデュランシルトの人たちや武士団のみんなが大好きなんだと分かった・・・・』


シュンと沈み込んでいた雪が頭を上げ、その視線をエレンディウムへと移す・・・・

想像を絶するほどの威圧感でバタバタと気絶していくエレンディウム兵。


『ぼくにこのことを気付かせてくれたことは・・・・果たして人にとって幸運なのかな?それとも凶事なのかな?』


まったくの予備動作もなく突如発せられた閃光。

遅れて聞えてきた轟音と振動が激しく大地を揺さぶり、さらに到達した爆風が周囲の全てをなぎ払うかのごとく吹き飛ばすかに思えたが、デュランシルトを守るように光の膜と同時に発生した水の膜が生じており猛烈な爆風を涼風のごとく防ぎきってしまう。

しばらく爆煙と土埃で覆われていた戦場だったが、海へと抜ける風に押し流されるように散り始めた中から見えたのは赤く光る不気味な輝きであった。

その光の正体は、さきほどまで広がっていた北部荒野が煮えたぎる溶岩の大地へと変貌している様であった。

地竜、そしてエレンディウム部隊がいたところを含め、半径5km四方がドロドロに煮えたぎる溶岩の池・・・・いや湖へと変貌していた。

爆発するかのような蒸気と熱気の嵐は付近一帯の大気をもかき乱し、その圧倒的熱量によってエレンディウムよりもさらに距離を取っていた神聖王国軍2000が数千度の熱によって瞬時に焼け死んだ。


『地竜たちの魂よ、永遠に尽きることのない束縛からの解放・・・・ぼくに出来るのは・・・・許して・・・・』


雪の周囲に舞い落ちる白い20の光の玉は甘えるかのように飛び回り、やがて大気へ溶けるように掻きえていった。

神聖王国軍は物理的にも溶岩湖に阻まれ、完全に士気を挫かれ崩壊しつつあるがそれでも光神ウルヴァの神官たちは神の御心に従えと怒声をあげ逃亡する兵士たちを必死に食い止めようとしているが、虚しい叫びが喧騒に掻き消されていくだけであった。


まるで敗者のごとくうなだれる雪の悲しみの深さは人の身には計り知れないものの、圧倒的な兵力で蹂躙しようとした神聖王国軍は雪の決断によって撃退された。

どちらにしてもデュランシルトを守護する白銀の竜に切り札でもあった地竜を壊滅させられ、残った戦闘用飛竜も戦意を失い逃げ帰ってしまった状況にしばらくは彼らも動けないであろう。

となると問題は死界人と空魔の猛攻に苦戦する半兵衛たちの戦いが鍵を握ることになる。

一時は全滅を覚悟したザインやノルディンたちであったが、神聖王国軍と貴族連合を様々な偶然によって退けることができたことで改めてザインは大地母神神殿のソラたちへ退避するよう説得にあたっていた。

「雪の助力によってヴァルジェリス軍はもう襲ってはこれないだろう、頼むあなたの信仰は尊重したいがここは俺たちを助けると思って皆で避難してくれないだろうか」

その訴えを悲しい瞳で見つめていたソラは、祈りの間のマユを一瞥すると苦しそうに切り出したのだ。

「私の信仰心など・・・・正直どう思われようが構わないのです。デュランシルトの民たちの命に比べればちっぽけなもの・・・・・」

「だったらなぜ・・・」

「あの絶望的な状況から、追い詰められた状況になった程度ですが、微かにでも希望が持てる現状であれば申してもいいでしょう・・・・」

絶望だと?!いったいどういうことなのだ?それにシルメリアはどうしてしまったのだ?

次々に膨れ上がる疑問・・・・

「この大地母神神殿はただの神殿ではないのです・・・・神々の加護が断たれたこの状況においてマユ様のお力と神殿に残された神気によって・・・・かろうじて封印が守られているのです」

「待ってくれ・・・・封印とは何なのだ!?」

「ザインさん、あなたなら直接イゾルデ様から耳にしているはずですよ・・・・」

「イ、イゾルデ・・・・・あの水の御使いか・・・・・あっ!」

みるみるザインの血の気が引き始めている。

崩れ落ちるように膝をついたザインには伝わったのだろう・・・・ソラが口に出来ないほどの理由。

「言葉に、してしまっていいのだろうか、ソラ殿が言えなかった理由が今理解できた・・・・」

「ええ・・・・・シルフェさんやノルディンさんたちへは私から伝えましょう」

怪我人の治癒と治療で血で真っ赤になった司祭服のままソラは立ち上がって口にした。

「大悪魔・・・・バルシェマルンの封印です」

『!!!』

シルヴァリオンや朧組隊士たちも報告書を読んでいたためその名前こそは耳にしているだろうが、大地母神や複数の神々によって封じられた大悪魔バルシェマルンの封印は帝都オルフィリスの地下にある大地母神神殿のさらに地下深くに封じられているのだ。

絶句というにふさわしい事態であろう。

死界人に空魔と神聖ヴァルジェリス王国軍とその地竜部隊・・・・・

さらには大悪魔バルシェマルンの封印が破られる危機だというのだ。


なんとか搾り出すように声を発したのはノルディンだった。

「もし封印が解けた場合、どのような事態が想定できるのでしょう?」

「伝承も抜け落ちていますが、マユ様によれば聖獣ガレルデルと聖獣ナバルが封印維持のために力を貸してくれているそうです、それでも破られることがあれば聖獣と・・・・恐らくですが雪様もあの大悪魔を許さないでしょう」

「も、もはや人の出る幕ではなくなりますね・・・・・」

「その通りです、雪様と大悪魔が戦えば恐らくこの周辺は戦闘の余波で壊滅するでしょう・・・・言うまでもなく帝都でさえ灰燼となりましょう」

「それほどとは・・・・」

「ですが諦めてはいけません、鬼凛組が不命の大穴に辿り着き要の儀を終えることが出来れば封印は再び力を取り戻します」

「大体のことは理解できたが、あえて聞かないようにしていたシルメリアの状態について言える範囲で教えてもらえぬだろうか」

ソラはザインとシルフェに視線を移すとため息混じりに答えた。

「・・・大地母神ニル・リーサ様とシルメリアさんとの間で交された約定を果たすため、としか言えません・・・・むしろ神々が取り交わした世の理に匹敵するほどの約定の効力、つまり光の玉になったシルメリアさんとマユ様がお二人で封印の維持と残された加護や恩寵の残滓をここに留め置いてくれている・・・・そう私は考えております」

ザインたちは数秒固まるように虚空を見つめていたが、現状をなんとか受け止めることに成功すると意を決したように頷き檄を飛ばした。

「ノルディン、シルフェ・・・・最低限の防衛部隊を大地母神神殿に残し全軍撤退だ、撤退の指揮はノルディンがとってくれ」

「構わないがザインは残るのか?」

「ああ、シルフェも撤退の護衛について欲しいが言うことを聞く気はさらさらないんだろう?」

「分かってるなら聞くな、俺は死んでもここを守り抜くぞ」

「ということだソラ」

「はい・・・・後は半兵衛くんやナデシコさんたちが・・・・」

「そうだ、あいつらの戦いを生かすも殺すも俺たち次第だ!今はそれぞれが出来ることに全力を尽くすぞ!」




生み出されたシカイビトは既に20数体、それも半兵衛、マルティナ、ヒルデたちの奮闘により撃退に成功していたが・・・・・

マルティナは足を負傷し、ヒルデも疲労の蓄積により肩で息をし、刀を持つ手が震え辛うじて握力が維持できている状況であった。

半兵衛は身に数創負っているものの、縦横無尽に動き回り水芭蕉の間合いもつかめてきたのかデュランシルトへ向かおうとするシカイビトをを見逃すことはなかった。

そしてナデシコは空魔との壮絶な死闘を演じている。

尽きることのない猛攻を凌ぎ、繰り出される突きと払い打ち下ろしなど巧みな槍技で空魔を傷つけてはいくが数分もすると塞がっていく傷口に精神的に追い詰められているナデシコだった。

そして最も過酷な戦いを強いられているナデシコの疲労は既に限界を超えている・・・・足ががくがくと震え膝が笑い、自分の手足のように軽かった槍が重く肩や全身の筋肉が悲鳴をあげている。

それでも挫けぬ闘志の根源には愛する我が子への母親としての思いがあろうのだろう。

鎧は各所が剥がれ落ち、弾き飛ばされ・・・・むしろここまで鎧がなければ致命傷を受けていた可能性が高い。

気合でカバーしているが、わき腹に受けた傷からの出血が止まらない・・・・徐々に重く冷たくなる体に鞭を討ち手加減することのない突きが繰り出されている。

心だけは常に空魔を仕留めるために前へ!前へと向かっていた。突きの叫びと気合の声が止むことはなかった、

だが気合の入った突きが空魔の胸元を捉えた!と確信したにも関わらずその槍先は届いていない。

何故との叫びさえ自分の声が発せられていないことに気付いたとき、自分がどのような状態になっていたかを知った。

踏み固められた草原に倒れ、朦朧とする意識と、全身に走る激痛に心が折れずとも体が先に限界へ達してしまったことを悟った。

むしろ思いが我が子を守るという意志が突き抜けすぎていたのだろう。

空魔はその無機質な体と剣のように突き伸ばした爪をナデシコへ向ける。


うごけ!動いて私の体!!!こんなところで終わってたまるか!!

向日葵・・・・光輝・・・・・!

『dddddddddxxxxxxxxx!!!!!!』

奇怪な叫びが発せられてもナデシコは動くことはできなかったが、辛うじて移した視線に飛び込んできた光景・・・・・

白い体液を撒き散らしながら宙を舞うのは空魔の腕部。

ナデシコと空魔の間に降り立ったのは・・・・・

小柄な体格の黒い肌と鎧のような装甲を持つ死界人・・・・・だとナデシコはそう思った。

手に持つのは明らかに小刀・・・・もしくは脇差!?

誰かの遺品を奪った死界人なのか、だが何故奴らが空魔に攻撃をしたのか?攻撃対象を誤ったのだろうか?

今はそれしか考えられない。


そう思考を思い巡らせている間も、片手になった空魔と小柄な死界人は人を超えた動きで目まぐるしい戦いを開始している。

猫科の猛獣を彷彿とさせる俊敏な動きで蹴られた大地はあまりの脚力に弾け、突風のごとき斬撃が数度交わされていくが肉眼で追いきれる限界ではないかと思えるほどであった。

黒い影が動いているかのようにしか見えないものの、ギャリン!ギィーン!と目に見えぬほどの早さで打ち合いが交わされているこが音でようやく分かるほどなのだ。

小柄なシカイヒトは何故か頭に赤黒い布を巻きつけ姿勢を低く、低く空魔の足を切りつけようと獣のごとき動きで迫っていく。


「何故廃棄物が抵抗する?・・・・・何故そこの女とお前は我を傷つけることが出来るのだ?」


廃棄物と呼ばれたシカイビト・・・・まるで空魔の言葉を理解しているかのような動きを見せたのもつかの間、さらに上がったスピードは空魔の太ももや右わき腹をしたたかに切りつけ、混乱する戦場に白い血の雨を降らしていった。

だが小柄なシカイビトも背中を切りつけられその血液が宙を舞う。

その血液は毒々しい蛍光ピンクの発色ではなく・・・・淡い桃色をしていた・・・・

まるで戦場を舞う花吹雪のような鮮やかで儚く切ない花びらが風に流されていった。


なにが起こってるの・・・・体がもう動かない・・・・あれはシカイビト・・・・?どうして?何故?

でも・・・・綺麗、あれが師匠の言っていたあの花の散る頃のよう・・・・




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