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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第六章 遠き異国の地
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4 一閃の水芭蕉

 デュランシルト防衛に向けて帝国軍本部から1500の兵がデュランシルトへ向けて移動を開始したが、武士団への事実無根の誹謗中傷が叫ばれる中での出兵である。

工作員に扇動された住民たちによって容赦のない罵声や投石、稀に石つぶての呪文までぶつけられる始末だ。

それでも志願兵たちはデュランシルト防衛に向けて正門を出ようとしていた。

だが正門では貴族連合の工作員とその手勢が待ち伏せをしており火炎弾や氷矢の一斉攻撃を受けてしまい、警戒しつつも少なくない被害を出してしまった帝国軍は、一時後退。

建物や内壁に部隊を隠しつつ、正門突破のためにシルヴァリオンの精鋭が貴族連合の手勢排除に動き出す。

ネリスやジョグたちにより10名ほどは排除されたが、防備を固め正門を出て行く帝国軍に対し彼らは再び正門を制圧・・・・彼らを帝都から追い出す形になってしまった。

屈辱に耐えつつも皇帝陛下自ら頭を下げあの美しい少女が泣きながら援軍を求めたことに心を動かされた兵士たちは多かった。

何よりもここに集まった帝国兵は、あのイルミス戦役で妖人種と戦った生き残りが大勢集合している。

武士団と共に帝都を守り抜いたということが彼らの矜持であり、自分たちこそ最大の戦功者だという主張をまったくせず妖人種を撃退した帝国軍こそ英雄だと譲らなかった鬼凛組に対し深い尊敬の念を抱いている兵士は多かった。

月命日には必ずレインド将軍以下主だった隊士たちが慰霊碑に花をたむけていることは多くの将兵の知るところであり、彼らが星月の丘と呼ぶ慰霊の地では対妖人種戦で散った帝国将兵への鎮魂の儀も行われているのだ。

それらのことや、何よりも薄闇の月光が帝国軍の防衛線を文字通り支えた事実はあの戦いを生き延びた全ての将兵の心に刻み込まれている。

そしてその少女が未だに後遺症で苦しんでいることに胸を痛める帝国軍将兵は多い。

これらのことが積み重なり実績や行動に基づいた信頼関係で結ばれた帝国軍と武士団の関係性は今志願兵という形で現実化している。


背中から砂をかけられても口汚く罵られても、武士団を見捨てることができなかった。

帝都を出発し数時間経ても、デュランシルトへの援軍に対して追撃部隊が少数ではあるが迫っていた。

数にして100人程度ではあるが妄執に取り付かれた哀れな貴族兵とその扇動者の策謀はしたたかで腐臭さえ感じるやり口だ。

天は徐々に白い花が枯れゆくようなくすんだ空色に侵食され不吉な夕焼けに染まろうとしている。

この分では時間をロスしたこともあり日が沈んでからの到着となってしまうだろう、そうなるとデュランシルトへの入街も至難の業かもしれない。

恐らくそのことを把握した上で追撃部隊は散発的に攻撃し去って行くという嫌がらせに徹している。

帝国軍も部隊を展開し殲滅しようと試みるもあっというまに退散してしまうイタチごっこ繰り返すはめに陥っていた。

むしろこの場合は追撃部隊の戦術こそ見事であり部隊連携がまだ機能していない帝国軍とシルヴァリオンの志願兵の弱点をつかれた形だ。



そしてとうとうデュランシルトの明かりが見え帝国軍救援部隊にも安堵の声が漏れ始めていた時である、後方からまた追撃部隊の攻撃が開始される。

だが・・・・今回は先ほどまでとは異なった。

攻撃された中央が割れ、部隊が分断されたのだ。

街道から脇に逸れた部隊は急停止したおかげで追撃部隊はちょうど、巨大な顎を開いた大蛇の口の中に飛び込む図式になった。

連携が取れないと馬鹿にしていた追撃部隊は何度となく攻撃を重ねた結果・・・・あの激戦を生き残った優秀な実戦部隊に連携調整の時間をまんまと与えてしまう形になった。

「追撃部隊に対し集中砲火!側面は敵後方の退路を断て!中央部隊はそのまま敵を食い千切れ!」

ノルディンの指揮によって食い破られた追撃部隊は圧倒的火力により壊滅、その勢いを得た救援部隊は夕闇の街道を駆けついにはデュランシルトを視界に捉える所まで辿り着いた。

貴族連合は城壁への攻撃が短時間で済むと考えていただけに帝都の外壁並みに頑丈な城壁に諦めの声さえ出始めていた。

そこに到着した救援部隊に対し、貴族連合軍のとった行動は・・・・城壁を攻撃し続けたストレスの発散である。

命中し傷つく目標を求めたのだ。

その転機をザインが見逃すはずはなかった、シルヴァリオンとラルゴ隊と共に街から出撃した部隊は、物言わぬ城壁という的に成り下がっていると勝手に思い込んでいた貴族連合に手痛い一撃を与えるとすぐさま街へ退却してしまう。

その隙に街の入り口近くに移動していた救援部隊を援護するべく、シルフェら月影がまたもや後方かく乱で敵を翻弄。

月影の追撃にあたる部隊をザインが集中砲火で撃退する頃にはどこを攻撃して良いかすら分からない貴族連合は完全に混乱し、救援部隊は軽微な損害のみでデュランシルトへ入ることができたのだ。

だが救援部隊との合流をされた貴族連合は混乱から怒りにより統制が取れない進軍を各貴族たちが開始し、突出した部隊にザインとノルディンの連携がうまく機能した結果、一種のモグラ叩き状態として優勢に戦いを進めた。


前線本部で再開した二人は固い握手を交わしながら互いの無事と、互いの覚悟を称えあった。

「あいかわらずさすがだよザイン!」

「いやノルディンの堅実で的確な部隊運用があればこそだ、とにかくよく来てくれたこんなに心強い仲間と再開できるなんて」

「ザインさん、私たちもいるよ~」

「ネリス!!ジョグもじゃないか!」

「ご無沙汰していますザイン局長」

「うれしいが、いいのかお子さんはどうした?」

「お母さんに預けてきたわ・・・・ここで戦わなかったらあの子は卑怯者の親を持つことになっちゃうのよ」

「辛い決断をさせてしまったな・・・・ありがとう」

「自分たちで決めたことだからね、ダーリン」

「うん・・・・僕たちの命がアルビスの命があるのも武士団のおかげなんだ・・・・そんな彼らを悪者にするなんて許されるはずがない!」

「皆同じ気持ちだ・・・・こうなったがお前たちとまた一緒に戦えるのを誇りに思う・・・・トリアムド隊長、どうか見守ってください」

「そうだね、トリアムド隊長の思いを僕たちも受け継ぐよザイン」

「かならず守り抜いてみせる・・・・とりあえず負傷者は大地母神神殿に運んでくれ神官たちが救護所を設置してくれている」

「了解だ、負傷者の搬送が済んだら軍儀を開くがその前にシズクさんの料理で腹を満たしてくれ」

「やったー!シズクちゃんのお料理食べられるー!」

「こればっかりはハニーの手料理に匹敵するおいしさだからね」


合流を許した貴族連合は体勢を立て直すために一時的に後退し先ほどよりもさらに距離をおいて陣を敷き始めていた。

「夜襲はあると思うか?」

ザインの問いにノルディンとシルフェの答えは同じだった。

「今日の夜襲はないだろう、あっても早朝だろうな」

「ということだ、ザインは食事と睡眠をとってくれ後は私が引き継ごう、シルフェ君もだよ」

「俺はまだいける」

「だめだ聞いているぞ昼間何回も敵の側面や後方に回り込んで危険な任務をこなしているそうじゃないか、休め」

「分かった・・・・じゃあ隊長、後はお願いします」

「動きがあれば容赦なくたたき起こすから安心してくれ」

さすがにザインは睡眠の重要性を理解しているため長期戦でのノウハウを知り尽くしている。

ノルディンは帝国軍の部隊編成を行いつつ、半数以上に食事と睡眠を取らせていた。

明日、敵の増援とこれまで以上の攻勢があると予想していたからだ。

それほどまでにこの地が欲しいのか・・・・帝都に近い肥沃に生まれ変わった大地・・・・他国との貿易で巨万の富を生み出す特産品の数々・・・・

帝国内の実力者としての地位を勝ち取ることも容易になるだろう。

だがレインド将軍たちはそうしなかった・・・・発展は死界人に立ち向かうために必要だった。

全ては死界人を倒すため・・・・それは力無き人々を守るための武力。

イルミス戦役においても彼らの機転がなければ帝都の民はイルミスという化け物に全て食い殺されていただろう・・・・

我が身の危険を省みず・・・・・己の信念で戦う彼らは異質だ、だが異質だからこそ憧れてやまない魅力がある。

魔法力がなく不遇な貧しい思いをした隊士たちが多いと聞くが彼らは皆礼儀正しい・・・・

何故・・・・どうして侍に無実の罪を着せるなんて真似ができるんだ、その上で死界人が出たらどうするのだ、もしやイルミスが倒されたことで死界人の恐怖が消え去ったと本気で考えているのではないだろうか。

乱暴だがこの戦場に死界人でも出てくれたほうがよほど武士団の無実を証明できる手段となるのだ・・・・・

そんなことを考えていたノルディンは夜空に上る月が・・・・淀んだ灰色に覆われていることに驚く・・・・

なれば大地母神の御使いマユが言ったという神々の加護と恩寵の喪失というのは本当なのかもしれない。


大地母神神殿は基本的には貴族同士や国家の争いには不介入の立場を堅持することが多い。

かのリシュメア王国でのヴァルヌ・ヤース介入は大地母神神殿の恥とされもはや封印された歴史とされかかっているが、今回ばかりは違った。

御使いマユにより示された神々の苦悩と侍たちへに託された希望を成就させるため全面的にデュランシルトへの助力を申し出てくれた。

帝都の神殿からの返事はないが、少なくともデュランシルトの大地母神神殿の神官25名は神々の加護を取り戻すために全てを投げ打つ覚悟を決めていた。

その筆頭として神殿を預かっていたソラは、救護所の設置と同時に祈りの間の防護結界をさらに厳重にするための祈りに入った。

祈りの間では今・・・・石台に寝かされたシルメリアが暖かい光に包まれ・・・・光の玉へと飲み込まれていった。

その暖かい慈愛に満ちた光は見る者の心に響き渡り、気付くと涙が流れてくるような荘厳で優しさに満たされた空間となっている。

そう・・・シルメリアはあの日、地下大地母神神殿で包まれた光の玉に再び飲み込まれたのだ。

ソラは命に代えてもここだけは守り抜かなければならぬとの決意でのぞんでいた。

そうマユ自身が自分の命、存在にかけてもここだけは守り抜くと宣言したためだ。



結局、貴族連合の夜襲はなく朝になっても攻撃の兆候は見られなかった。

二日目・・・・

まだまだ時間を稼がなければならない状況に変わりはない。

本来篭城戦は援軍があって成立する戦いだ。

だが帝都からこれ以上の援軍は望めず、作戦目的はいかにして時間を稼ぎ鬼凛組本隊の作戦行動を隠すかであるがいつまで隠しておけるだろうか。

既に漁船や輸送船による避難民輸送は困難のとなり、シェルターに避難した人々の精神状態も心配である。

そのためこちらに帰還したダズによって地下シェルターからの脱出路が掘り進められていた。

掘り進めた際に出た土砂は土壁の呪文を応用して圧縮、それを石材変わりにして通路の外壁や柱として利用する方法だ。

だがこの脱出路の作成におけるダズの負担と消耗はすさまじい・・・・一日に500mを掘り進んだあたりで疲労で倒れたダズは翌日また必死で脱出路の建造にとりかかる。

ダズの推測では3kmほどの脱出路を確保することができれば北ルートでウォーレン伯爵領への避難が可能となる。



脱出路の確保と時間稼ぎ・・・・これらの目的を果たしたのであればデュランシルトを放棄することもザインの作戦にはあった。

ナデシコやマルティナたちは辛そうな顔をしていたが、重要なのは皆が生き延びること。

シルヴァリオンはその方針に理解を示したが、大地母神神殿だけは頑なに反対した。

「例えあなた方が全て脱出しても私だけはここに残ります」

「ソラ殿・・・・あなたの志と信仰心は尊重したいが貴族連合が神殿に対してもそれまでのように不干渉の立場をとるとは思えません」

「いいのです、これは私と大地母神との約束でありますから」

「しかし・・・・」

「ここには限られた人たちしか近づくことができない特殊結界を張ってあります、たとえ貴族連合が力づくてでこようともニル・リーサ様のご加護がお戻りになれば」

「なるほど・・・・なれば避難民の脱出がかなった際は俺もここを守るために残りましょう」

「ザインさん!?」

「その道理であればここは安全なはずだな?」

「待てザイン、お前だけに任せる訳にはいかない」

「シルフェ!?」

朧組の四式装備が優秀と聞いて月影部隊と共に身につけたシルフェが巡回を兼ねてやってきていた。

「いいじゃないか作戦の締めはうまいこと決まったな」

「うむ・・・ソラ殿、それほどここを守らなければならない理由とはやはり」

「ええ、約束なのです、神々と彼女とあの方との」

「そうでしたか、ならば私たちはただお守りするだけのこと」



二日目には攻撃もその気配すら見せず日が暮れていく。

夜襲を警戒してか、双方ともに煌々と火や明かりが用意されており、貴族連合は誰かの命令なのだろうか街道沿いの草むらが刈られ前面には申し訳程度に防御壁が構築されている。

貴族連合の狙いをザインやノルディンたちは増援の到着だと睨んでいた。

早くても後二日はかかると見ていたザインは気付かれないように消耗した城壁の防御結界と呪印石の補充などを徹底させていた。

だが想像以上に消耗と破損が激しく、応急修理でどこまで耐えられるかが新たな問題となる。

それでも帝国軍の増援部隊の部隊編成と持ち場の徹底、以前にシルメリアから提案されたリシュメア王国の錬法陣を迎撃陣地に予め敷設する作業も完了することができた。

起動魔法力に呪印石を使用することで迎撃効率を大幅に強化することもできる。


指揮する貴族たちの要請で草原の草が刈り取られ、虫除けの魔法などを行使しながらなんとか快適な環境を作ろうとしている寄せ集めの悪い癖がいたるところで見受けられるようになってきた。

本来であれば防衛陣地や罠の敷設などを準備しておく必要もあったはずだが、攻める自分たちにはそのような必要がないと頭から抜け落ちてしまっているようだ。

貴族たちは各々が用意した快適さを競う天幕でお茶会をする始末であり、烏合の衆という謗りを免れない情けなさを優雅と勘違いしてさえいた。

帝国軍あがりの貴族の私兵たちは戦術や軍事行動の基礎、いや人としての良識さえ捨て去った主人たちの行動に呆れ戦意は風に吹かれて転がり去っていっている。

だが、そのような中で1人だけこの戦況に不自然さを感じている者がいた。

「半兵衛よ、鬼凛組はこうも表に出てこないものなのか!?シャイムの一件を聞いているがこの状況はやや拍子抜けとは思わないか?」

「拍子抜けとは?」

「なんというかな、副官のニーサをこう安々と捕えさせる行動に送り出すとなど、策を使うあたりが奴ららしくない」

「・・・・ウォルドレッド伯爵はどう考えているのか?」

ここ数日、半兵衛から感情の起伏を感じないことにウォルドレッドは底知れぬ恐怖を感じていた。

死んだ魚のような虚ろで生気に欠ける目・・・・感情が抜け落ちていくかのような彼の変貌に無礼な口調さえ咎めることに恐れを感じてしまっている。

「何か・・・・別の目的のための行動をしているのではないか?そうだ!!あの副官を救出に来たのが女の隊士2人だけというのがワシは気になっていたのだ、そうだった」

「・・・・」

「奴らならば女を表舞台に立たせて自らが隠れるという真似をするだろうか、いやお前が告発した罪状が本物ならば卑怯者の極悪人集団となるのだが」

「囮の可能性があると?」

「うむ、囮・・・・そうなのだろうか、むしろ本隊は既にデュランシルトを離れている可能性さえあるのではないか?だから奴らは女しか出せないでいる」

「全軍を突入させろ」

「それでは損害が・・・・とりあえずナスメル、リグネール、ラングワース、シグワに謀反人の拘束と足止めを通達させるか」

「・・・・・」




こうして三日目も・・・・にらみあいが続く。

貴族連合は慣れぬ夜営に苦しむことになるが、デュランシルトではニーサや真九郎のおかげで兵糧と食料の備蓄が豊富であったことからシズクとラヴィ班のがんばりもあってスタミナや魔法力回復に効果のある料理が振舞われることになった。

帝国軍兵士たちには初めて食べる米と美味な料理に感動する者も多かった。

英気を養い力を蓄え敵の攻撃に備えるデュランシルト。

ダズのがんばりと、ラルゴ氏族の女性たちによる土砂の運搬、圧縮作業の補助により1,3kmほどの脱出路が完成している。






その頃・・・・・蜜柑とヒルデ、リンダとレイスの4人は混乱が拡大する帝都でサクラの捜索に行き詰まっていた。

「サクラの部屋に残された魔法力の反応は医療用の呪文や洗浄魔法などのものしかなかった・・・・サクラの意志で病院を抜け出したとしか思えないね」

「そんな・・・・サクラねえ」

「そうなるとサクラさんはいったいどこへ行ったのでしょう?」

「分からないね・・・・!?誰か来たようだね・・・・・」

キーワード式施錠を開錠しセーフハウスへ入ってきたのは元シルヴァリオンでリンダの先輩にあたるエレナという中年女性であった。

「エレンさん、何か分かりましたか?」

セーフハウスとして利用されているのは、レインドとヴァンを招いたあの民家である。

古びた特徴のない民家であるが、床から壁、ドア、入り口付近の石畳には認識阻害術が敷設されていよほどの術者でなければ見つけることができない隠れ家である。

気の利くヒルデが用意した紅茶をすすりつつエレンはローブのポケットからリンダにある紙束を手渡した。

「ニーサという女性から届いていた魔道鳩の書状よ・・・・これに書いてあることが事実なら、いえあなた達で判断してちょうだい」

「・・・・!!!蜜柑こいつを読みな」

「え、は、はい・・・・」

蜜柑が受け取った書状には、デュランシルトが攻撃を受けていること、ニーサが敵の捕虜になりかけた際に敵軍の内通者として武士団が自作自演をしたとの嘘を広めた張本人だと記されていた。

「う、嘘!!嘘よ!!半兵衛がそんなことするはずない!!!」

「落ち着きな蜜柑!!!最後までちゃんと読むのよ!!!」

「嘘よ嘘・・・・絶対・・・・」

そんな蜜柑の願いを反映したはずもないが、ニーサからの続きの書状には半兵衛から魔法力がない人間からは発することのできないオルナ反応が感じられたという、ニーサの結論は偽者が半兵衛に成り済ましているとの推測だった。

「は、半兵衛・・・・私の半兵衛に成り済ます!?くそう・・・・・許せない!」

続いてその書状をヒルデとレイスが目を皿のようにして読みふけっている。

癖のある髪を首元でまとめたエレンはやや恰幅のよいおばさんだが経歴としてはかなりの腕利きであり、リンダは彼女から多くを学んでいる。

「蜜柑、サクラの捜索を一時打ち切って半兵衛の捜索に切り替えようと思う」

「はい、もしサクラねえが自分の意志で動いているなら風牙として半兵衛さんを探している可能性もあります」

「ヒルデもいいかい?」

「はい、闇雲に探すよりも半兵衛さん捜索から繋がる糸を追うほうが可能性が高いかもしれません」

「いい子たちじゃないかリンダ、あたしも手伝わせてもらうよ」


『我も混ぜてもらおうか』


「「!!!!」」

「レイス!!迎撃態勢!!二人に防御結界を!」

「ちっ!あたしが尾行されたのかい!?」

蜜柑とヒルデをソファの後ろに隠れさせるとリンダは自分を狙わせるために声の方向に杖を構える。


『見事な対応だシルヴァリオンのリンダ』


「な、なんだお前は!?」

いつの間にか入り込んだその侵入者はゆっくりとリンダに向けて距離を詰める。

「あ!!!羽リナアアアアア!!」

ソファの陰から飛び出した蜜柑はぴょんと跳ねるように羽リナを抱きしめる。

「あんたどうやってここに来たの!?」


『蜜柑よ、怪我はないか?』


「・・・・あれ?あんたしゃべれたっけ?それにおっさんの声・・・・キャアアアア!変態!!」

蜜柑に突如分投げられた羽リナは空中でくるっと回転すると見事に壁を蹴って着地を決める。


『蜜柑よ落ち着きなさい、私は以前から会話はできたのだ、だから半兵衛にずっと付きまとっていたのだよ』


「・・・・・そういえば私が抱っこするとすぐ引き離そうとしてたわ!」

「蜜柑・・・・この羽リナって半兵衛さんのところにいたあの子よね?」

「うん・・・・なんで話せるの?」

「いやそうじゃないぞ蜜柑!貴様は何者だ!?何が狙いだ!!」


『お前たちの足取りが掴めず、無駄に時間を浪費してしまったわ、とりあえず私の目的は半兵衛の救出だ』


「「「え!??」」」

『ニーサからの書状に半兵衛のオルナを見破る助言をした人物についての記載がないか?』

「た、たしかにあったよ・・・・それがあんたなのかい?」

『そうだ、リンダなら私の正体が分かるかもしれんな・・・・空中庭園に奇妙な死体があっただろう?』

「く、空中庭園!?・・・・!いやそんな・・・まさかお前は死んだはずではないのか!!!」

敵意をむき出しにしたリンダとそれに呼応するかのようにレイスが杖を構えている。

『すぐにその答えに辿り着くとは見事だ、その通りだよ私は元帝都行政長官バルケイムだ』

「え!?バルケイムってあの大罪人の!??」

『そうだ、大罪人のバルケイムである』

「そのあんたがなんで半兵衛を助けようとする!?」

『理由か・・・・昔話をしている暇はないのだが・・・・かつて全てをかけて争ったライバルの息子だからかな、私が人間らしくあれたのはあいつのおかげだ恩返し、いや違う・・・・いつしか半兵衛の隣であれこれ小言を言うことが楽しくなってしまっていた』

蜜柑は腰の脇差に手をかけると、バルケイムの喉元に鞘のまま脇差を向けた。

「一つだけ教えて、半兵衛を助けたらどうするの?」

『多くの人に正体を明かしてしまったのでな、奴を救い約束を果たしたら姿を消そう』

「約束って・・・・」

『蜜柑になら話してもいいだろう、半兵衛が私の隠し倉庫にしまってある数千冊の蔵書を見たがっていたのでなそれをあいつに譲り渡す』

「・・・・・」

「蜜柑!?まさか信用するのかい?」

ヒルデとレイスはおろおろとしているが、エレンはどっしりと椅子に座ってお茶を楽しんでいる。

「信用するかしないかは分からないわ、でも・・・・半兵衛は絶対生きてる!!助け出すためのヒントになるならなんでも利用してやるの!」

「リンダ、あんたの負け、恋する乙女は最強よ」

「もうエレンさんたら・・・・レイス、私はこの状況ではこの犬おじを利用するしかないと思うわ」

『犬おじ・・・・』

「私はリンダさんについていきます」

「ありがとうレイス、ヒルデはどうする?」

「分からない、分からないけど・・・・半兵衛さんの救出が成功すればデュランシルトを襲っている貴族軍から大義名分を失わせることができるかもしれない」

『ヒルデよ、良い目の付け所だ』

「う、犬おじ・・・・ありがとう」

『その犬おじはやめてくれんか・・・・・羽リナちゃんとかそっちのが好みだ』

と前足で首元を掻きつつ、ごろっと寝転がり上目使いにリンダたちを見つめる仕草に思わずのけぞる女性たち。

「ね、ねえ・・・・あの犬おじ、ああやってかわいく見える仕草を練習してたのかな?うあーきも!」

『いままで様々な誹謗中傷罵詈雑言を受けてきたが・・・・今のが一番傷ついたかもしれん・・・・・』

たしかに首をうなだれしょんぼりと見えなくもない。

「と、とにかくだ、犬おじ!これからどうするか算段があるんだろ話してもらうよ」

『うむ・・・だが犬おじだけはやめて・・・・お願いだから。バルケイムだから、バルちゃんとかで手をうたないか?』

「バル、呼び捨てでいいねみんな?」

「しょうがないなぁ」

「ヒルデもそれでいいよ、バルお手!」

『・・・・』

「あははははは!!あの帝国の歴史上最も頭が切れるとまで言わせたあのバルケイムに、お手ってあんたら大物だよ」

エレンが笑いで場が和み、道が閉ざされたかに思えた状況に僅かな光が見えてきた。

『蜜柑たちの居所を探しつつ、私は半兵衛の足取りを追っていたのだ、そこであいつが立ち寄ったと思われる貴族の屋敷数軒に当たりをつけるところまではたどりつけた』

「上出来じゃないかバル」

「さすがねバル」

「えらいぞバル」

『・・・・・』

「ほら、呼ばれてるわよバル」

『ちゃんをつけてくれんのか・・・・・恐らくその数軒の中に半兵衛はまだ捕らわれているはずだ』

「蜜柑には悪いが、殺されている可能性だってあるんじゃないかい?」

「・・・・・」

『その可能性はないと判断した、リンダが使える容姿変化の呪文の条件が関連していると推測するが分かるか?』

「え・・・モデルとなる人間に接触すること・・・・対象は生きていることが・・・・そうか!」

『この原則は容姿変化呪文の最上位であるダナル・ベイでも条件は変わらない、むしろ対象の生体情報を時間経過にあわせて随時コピーする形になるから呪文効果維持のために対象の生存は最重要案件になる、むしろ無傷である必要があるだろう』

「念のため聞いておくよ、それ以外の可能性はないのかい?」

『今のところは考え難い・・・・・』

「こいつの知識でさえこうなんだから、その線であたるしかないだろうよ、じゃあ作戦を提示してくれバル」

「頼むよバル!」

「期待してるよバル!」

「がんばれバル!」

『・・・・・』





四日目・・・・・・

街道を南下する鬼凛組と一部の朧組とラルゴ隊、そして支援部隊の各隊は現在ナスメル近隣の牧場に立ち寄っていた。

支援部隊を率いるヴァルレイが知り合いを通じて話をつけてくれたためである。

彼の幅広い人脈によって、主に羊の放牧を生業としている牧場主が馬たちの休息のために牧場と設備を都合してくれることになったのだ。

馬具を外され丁寧なブラッシングや体を洗われた馬たちは気持ち良さそうに主たちに甘えたり服を引っ張られたりとリラックスを始めており既に横臥位や伏臥位で休息に入る馬たちを見て隊士たちも安心しているところだった。

牧場特有の草と動物たちの匂いは不快ではなかった、草木が風に揺れる音や気持ち良さそうに昼寝をしている羊たちに寄り添うように昼寝をする牧羊犬や新たに現れた馬たちに興味津々の元気な子羊たち。

そんな牧場の風景に隊士たちのささくれだった心も癒されているに違いない。

牧場主のオリバーは小太りで人当たりの良さそうな初老の男性でヴァルレイたちの訪問を暖かく迎えてくれていた。

馬たちが主に懐いている様子には感心しており、責任を持って預かると約束してくれている。

ヴァルレイによればオリバーは以前、馬車用の馬を多く扱っていたこともあって家畜の扱いには長けているという。

家畜の疲労解消やストレス除去などの希少魔法も使えるようであったが、オリバーの見立ててでも3日は休ませてやらないといけないだろうとのことだ。

通常の行程であれば、到着までに後5日は要したであろうことを考えると少なく見積もっても3日以上の短縮に繋がっており隊士たちの休養や最後の補給を考えればナスメルへの逗留は最善の方策だろうと思われた。


オリバーの好意でナスメルへは馬車を用立ててくれたので隊士たちはこうしてナスメルへ入ることができたのだった。

ナスメル・・・・真九郎と義経・・・・それにレインドにとっては良くも悪くも思い出に満ちた都市である。

「突然の訪問で対応してもらえるか不安だが、現時点で頼れるのはあそこぐらいなものだな」

「懐かしいな・・・・もう大分時間が経ったのか、早いなぁ月日が過ぎるのって」

「お前はまだやんちゃな少年だったなぁ義経」

「そんなこと言ったらレインド様なんてまだこんなちっちゃかったんだぞ?まったく急に大きくなっちゃって」

「あの頃は早く大きくなりたかったよ、非力で何もできない自分が辛くてさ」

「でも非力っていう割りには、近隣でも名うての始末屋で有名だった腕利きの魔術師を1人で倒しちゃうからな」

「あれはノルディンも後で腰を抜かさんばかりに驚いていたぞ」

「僕が始めて自分の手で人を殺したのがあのときだった」

そう数年前とは見違えるほど大きく、凛々しく、美しく成長したレインドにあの頃の弱々しさはない。

「でもあれでシズクちゃんとはラブラブになったんだよな、そりゃ惚れちゃうよな命がけで助けに来てくれるだから」

「やめてよ義経・・・恥ずかしいよ」

「ははは、申し訳ありませんお館様」

「もう」

隊士たちがナスメル駐留に選んだのは・・・・

懐かしいあの古びた扉はあのままだ、中に入るとまだ日暮れ前なので客はおらず人の気配を察しやってきたのは、

「まあ!!!真九郎じゃないの!!」

「女将さん、ご無沙汰しております、息災のようで何よりです」

「いいんだよ、それよりシズクはちゃんとやってるかい?元気かい?ってあれ・・・・あんたもしかしてレインド王子じゃなかった将軍様!?」

「女将さんお久しぶりです、シズクちゃんも元気ですよ」

「こんなに大きくいい男になってまあ・・・・そうかいシズクも元気でやってるんだね・・・・よかったよぉ」

「女将さん、とりあえず連れというには多いが中に入ってもらってもよいだろうか?」

「構わないよさ、入っておくれ」

ぞろぞろと40名近くの入店に女将さんも驚いていたが、あの鬼凛組隊士たちだと聞くと顔つきが変わり喜んで迎え入れてくれた。

元々団体客の受け入れも行っていたシルヴァリオンの贔屓にする宿屋でもあるので、40名はぎりぎり受け入れ可能な人数であった。

滞在中の宿泊客にはヴァルレイが十分な補償金と謝礼を握らせてくれたので逆に感謝されて他の宿に移ってもらえたため、貸切として滞在できるのはありがたい。

とりあえず食堂の席でくつろぐ隊士たちに義経が過去の経緯などを説明すると皆が驚き、あのシズクの料理の師匠だと聞いて皆の顔がほろこんでいる。

冷えた蜂蜜と柑橘系絞り汁の入った飲み物で喉をうるおしくつろぐ隊士たちの元に・・・・声を荒げて駆け込んできた隊士がいた。

「た、大変だ!!!!!」

動揺激しく声を荒げるのは紫苑と紅葉だった。

「おい、どうした敵か!?」

皆一斉に刀に手をかけ、緊張が走る。

「違うよ違うの!!!この宿屋!!!お風呂があるのおおおおおお!!!!」

『『うおおおおおおお!!!』』

隊士たちの喜び方は凄まじかった。

風呂など以前はなかったはずだと目を見合わせた真九郎と義経たち。

「なんだい騒がしいね、お風呂ってシズクからあれは絶対気持ちいいからって十分すぎる仕送りを毎月あの娘が送ってくるんでね、思い切って作ってみたらさ一部の客に好評でね」

「女将さん!ありがとう!」

涙目の夕霧とナディアが女将さんに抱きついている。

「ど、どうしたんだい、そんなにお風呂が好きなのかい」

「ほんっとにシズクちゃんに感謝ね」

「やったー!さっそくみんなで入ろうよね、イングリッド様~お願いしますだーー」

「まっかせなさい!・・・・・ってねえ、紅葉、紫苑・・・・・この脂ぎった視線なんとかならないの?」

そこには男の隊士たちが喜ぶ女性隊士を見て生唾を飲み込みながらじっとりと凝視している。

「まさかぁ最後の決戦前にそんなことする馬鹿がいるわけないじゃない」

能天気な紅葉が底抜けの明るさで早くお風呂へ入りたくてうずうずしているが、紫苑とナディアがゴミを見るような目で男たちを見つめていた。

「ねえ、ヴァン・・・・あの時のことまだ懲りてないなんて言わないわよね?まだマゲが・・・・結べないんでしょ?」

「お、お前ら!!これから中庭で特訓だ!!多分だが、最後の決戦よりも死亡率が高いぞ」

「と、特訓だ!!」

「お、おう!!」

紫苑の迫力に震え上がった隊士たちの様子に女将さんが大笑いしている。

「いい男たちじゃないか・・・おバカな一面もあるがね男なんてのは女が育ててやるもんなのさ」

「さすが女将さんの言葉は重みが違うわね」

イングリッドが感心しながらなるほどと頷いている。

「いいかい、私が見たところだとね、あの若い男たちは皆いい笑顔をしていたよ、礼儀正しく食事の前と終わった後の挨拶まで出来る・・・・なんというかねその笑顔がね亡くなる前の亭主に少し似ている気がしてね・・・・・」


「最後の決戦っていったい何だい?」


とは聞かなかった。

女将さんはきっと口にできなかったのだと、夕霧たちは気付いていた。

そんな覚悟を決めた隊士たちに女将さんは出来る限りのもてなしと彼らの今までの話を興味深く聞いくれた。

男女に限らずいつしか母性的なものを求めていた彼らは自分の息子のように驚き、悲しみ、心配してくれる女将さんに何か最後の言葉を残すために語りかけているようでもあった。

だが女将は聞き続けた、時間の許す限り。

分かっている、聞いて欲しいんじゃない、自分の生きた証をどこかに残しておきたいというそんな気持ちがそうせていたのだということも。

不思議なことに、涙ぐむことはあっても泣き喚くことを彼らは彼女たちは絶対にしなかった。

だからこそ、そんな彼らの透き通るような達観したかのごとき笑顔を見るたびに胸の奥がちくりと痛む、そんな錯覚さえ感じている。

女将さんのもてなしと、お風呂と、愛情たっぷりの料理によって隊士たちは蓄積した疲労を癒すことができただろう。

それはレインドと義経、真九郎たちにも言えることであった。


二日目の夜、3人はナスメルの城壁尖塔に連なる見晴らし台で大の字になって満天の星空を眺めていた。

「師匠が元いた世界でも夜空はやっぱり綺麗でしたか?」

「そうだな、どちらかと言えばこちらのほうが色鮮やかで幻想的ではあるな」

天の川は見られないが、幾重にも重なり合う星々の渦や青白い星雲たちを貫くように走る光の帯、眩い星光で覆われた夜天を静かに彩るのは蒼月に連なる4連月の宝石たち。

空の向こうで繋がっているのだと、そう感傷に浸ったときレインドはなんとなくそんな思いをぶつけてみた。

「デュランシルトは大丈夫かな・・・・」

やはりナデシコと子供たちが心配なのだろう、義経は早朝に届いた魔道鳩の文面を気にしているようだ。

攻め込まれてはいるが帝国軍の援軍もあり睨み合いが続く と。

「今俺たちにできることを精一杯やろう、それがデュランシルトを救う一番の方策だ」

「分かってるんだけどさ、つい考えちゃうんだよな」

「義経、それは仕方ないよ、僕だって心配でしょうがない・・・・」

皆思い人がいるのだ、自分の身以上に大切な愛しい人が・・・・・

「そうだよな・・・・うん・・・・でもさ、不命の大穴でどんな儀式をするのかってまだ教えてもらってないぜ?」

むくっと起き上がった義経が2人の見下ろしながら鋭い視線をぶつけてきた。

「それを説明するために誘ったんだろ、師匠?」

「付き合いが長いから考えも見抜かれるものだ」

起き上がったレインドと真九郎の隣に義経が並ぶようにして声を漏らした。

「何を聞いても驚かないし、俺だって覚悟を決めている・・・・話してくれ、何かあった時に知らなくて対応が遅れてしまうリスクは失くさなくてはならないんだ鬼凛組副長として」

迷いのない言葉だった。

義経自身の心からの言葉だ。

「義経、不命の大穴で僕は、要の儀の御子としてある儀式を行わなくてはならない、それは不命の大穴を塞ぐこと」

「それは、聞いてるんだよ、大事なのはどんな儀式かってことだろ?どうして師匠まで必要なんだ!?」

「マユの話ではな、不命の大穴を開いたのは空魔だ、そしてその空魔が開けた穴が原因でこの世界に迷い込んだのが俺なのだ」

「え?」

「だから要の儀の御子たる僕が、師匠を・・・・そこで・・・・」

「そこでなんだよ!」

「俺は不命の大穴でレインドの手によって殺されなければならん、それが唯一穴を塞ぐ方法だ」

「・・・・・・え?なんだよそれ・・・・なんでレインドが師匠を・・・・おかしいだろ・・・・」

「僕だって・・・・師匠を殺したいなんて思うはずないじゃないか!!!!」

「当たり前だろ!!!なんで!なんで師匠が死ななくちゃならないんだ!!!ふざけんなよ神々のクソ野郎!!!」

その時、力強い手が2人を抱きしめていた。

「俺のために怒ってくれてありがとうな、義経・・・・レインド」

「師匠おおお!!!」

「ぐぅうううう・・・・・!」

「これは俺もシルメリアも納得しての決断だ、それとも義経、侍の覚悟を挫くだけの理由がお前にあるか!?」

「それは・・・」

「レインドも苦しみぬいて今に至る・・・・義経、レインドを恨むことだけは絶対にしないでくれこの通りだ」

真九郎が深く義経に頭を下げている光景は・・・・何かの間違いにしか見えなかった。

「分かってるよ!!!レインドを恨むなんて出来るわけないだろ!!俺はこうして・・・・愚痴って文句言って!!神様に罵詈雑言並び立ててれば済むんだ、ごめんよごめんなレインド・・・・」

「義経・・・・ありがとう、兄弟子の君がいたから僕はここまで来れたんだよ」

「畜生ぉ・・・・・神ってのはどんだけ理不尽なんだよ、シルメリア姉さんになんて顔して会えばいいんだよ・・・・」

「義経、俺の決断がなければ大勢の人たちが命を落とすことになるだろう、ここで決断できねば侍ではないそしてこれは匹夫の勇でもなく、侍が誇るべき勇だと俺は信じている」

「師匠・・・・もっと教えてもらいたいことがあった、天狗になりかけていた俺をぶん殴って諌めてくれたことは絶対に忘れない、忘れちゃならない・・・・・俺とナデシコの家を建てるために金出してくれたりさ・・・・・うあああああああああああああ!!!!!!!」

義経は声をあげて泣いた。

幼子が耐え切れぬ感情を爆発させたが如く号泣した。

彼ともらい泣きしたレインドが落ち着くまで・・・・2人の背中を優しく撫でつづけた真九郎。

「義経・・・・最後にお前に頼みがある・・・・いやお前にしか頼めないんだ」

「俺にしか・・・・・!?」

「緋刈真九郎、一生に一度の願いだ、どうか聞き届けてくれ」

頭を城床にこすりつける真九郎の姿に義経はこたえるしかなかった。

「俺にできることなら、命に代えても!」







 蜜柑とリンダが辿り着いたのは貴族街のはずれにある寂れた一帯にある蔦に覆われた屋敷であった。

屋敷と呼ぶにはおこがましい小貴族の家・・・・裕福な商人のほうがよほど広く立派な邸宅と庭園を持っているだろうと思われるほどの寂れた小さい庭があるだけである。

最後に手入れがされたのは何年前になるのだろう、花壇であったと思われる石組みの囲いには雑草と倒れた庭木が覆いかぶさり朽ち果てた木々は既に風雨によってばらけはじめていた。

隣家との壁際は苔むしており、廃墟となった本宅の窓ガラスも割れ蔦に絡みつかれたその姿は内部から食い散らかされた帝国を比喩しているかのごとき仄暗さを漂わせていた。

「リンダさん・・・・ここ絶対お化けいるよ」

リンダの袖にしがみつく蜜柑は怖いのかキョロキョロと周囲を見回している。

「今のところ、亡霊系の魔物が放つ黒いオルナは見当たらないね」

「え!?亡霊系魔物なんているの!?」

「蜜柑、ファントムって魔物なら古代遺跡に夜いけばたまに会えますよ」

「レイスさん、怖いって!」

ヒルデまでリンダに抱きついてくるのがかわいらくして、つい亡くなった妹を思い出したリンダは二人を優しく頬ずりするように抱きしめる。

「いいかい亡霊系は人間の恐れや憎しみとかの感情に反応するから、そういうとき楽しいこと考えるんだよ」

「う、うん!」

「わかった!」

かわいい・・・・この子たちだけは絶対守りたい。

だが肝心の反応が皆無だ、既にバルが候補にあげたポイントもこれが最後になる。

「私が屋内の探知をしてくるから、レイスはここで二人を守ってあげな。それとバル、あんたはこっち」

『了解した』

リンダにとことこついていく様はかわいらしいのだが、残念なことに中身がおっさんというだけで魅力が消滅してしまう。


「おかしいね・・・こっちに人が立ち入った形跡がないよ、どうだい?」

『微かに不穏なオルナの臭いが漂ってくるのだが・・・・恐らくこの敷地内のはずなのだ』

「敷地内・・・・庭の捜索はレイスたちに頼もうかね」

かびくさい床が抜けそうな廃屋から抜け出したリンダはそれでも暗く湿った陰鬱とした庭にため息をもらす。

「レイス、二人と一緒に庭に怪しい何かがないか探しておくれ、バルの奴がここが怪しいって」

「リンダさん、探知魔法使えないけどいいの?」

「魔法に頼りすぎてもいけないかもと思ってね、あんたたちが何か感じることを違和感を伝えておくれ」

「わかりました」

「がんばる!」

すると二人は亡霊の話でびくついていたことも忘れたのか、庭のあちらこちらを調べ周り、でっかい虫に悲鳴をあげたりと大騒ぎだ。

大丈夫そうだと判断したリンダは屋内の捜索にあたるが、屋根が破れて風雨に晒された家屋の内部は腐り床がいつ抜けてもおかしくない状況になっていた。

階段だったそれは途中で崩落し、散らばった木材の断面にはシロアリが這い回り、誰かを連れ去り監禁している場所とは考え難い。

バルも蜘蛛の巣に苦戦しながら身軽な体を活かして崩れた壁の隙間から潜り込んでほこりだらけになって帰ってくる状況だった。

「リンダさーん!」

その声が喜色に富むものだったのでバルと二人で庭に戻ると何やら蜜柑とヒルデが飛び跳ねて喜んでいる。

「リンダさん見つけましたよこれですって!」

レイスまでもが興奮しているためどれどれと近づいてみると・・・・・

苔だらけの壁に一箇所だけ、苔のない壁のレンガがむき出しの箇所が倒れた石像の陰に隠れるように浮かび上がっている。

「これって押すとね・・・・ほら!」

壁に偽装された石造りの回転扉がそこに隠されていた。

魔法力を使っていないため、あらゆる探知に反応しなかったのだろう・・・

「よくやったよ、蜜柑、ヒルデ・・・・さあここからが本番だ」


リンダの杖に明かりを灯すと、回転扉の先に続く地下への階段をゆっくりと降り始める。

『リンダ、まずいぞ』

「あんたもそう思うかい・・・・まずいね」

「リンダさん!?え、レイスさん!?」

バルを含めた3人の表情が険しい・・・・バルの全身の毛が逆立ち、二人は冷や汗と鳥肌に襲われていた。

「こ、これほどの醜悪なオルナには遭遇したことないぞ・・・・」

『イルミスの連中もひどかったが・・・・ここは』

「せ、せめて蜜柑ちゃんたちだけでも待ってもらいましょう、先輩!」

「嫌!半兵衛がいるなら私はどんなところでも行くわ、むしろ感じない私たちって役に立つよ、ねえヒルデ」

「うん、それに忘れてません?私たち鬼凛組なのよ?近接戦闘で私たちに敵う存在はいませんよ」

「たしかにそうだけどさ」

「二人とも対虚脱姿勢お願いします」

「あ、ああ」

「うん」

「ついでにバルもお座り」

『りょ、了解した』

蜜柑がスラリと脇差を抜くと3人の意識が刈り取られる。

バルが虚脱に入ると途端にかわいくなるのはどうしたものかと思ったがしばらくして意識の戻った3人と共に再び階段を降りていく。

時間にしてかなりの距離を下ったように思う。

こつこつと階段を降りる感触がやがて石組みの凝った建築様式に変化してきたところで、かなり高い天井と広い通路が続く古い遺跡のような通路に降り立った。

リンダとレイスが光源を強化し、周囲を照らしていくが気付くと5人共・・・・・ひどい臭気に思わず鼻を押さえてしまった。

「ひどい臭いだ・・・・これはもしかして」

『臭いがひどすぎて半兵衛の臭いが判別できん!』

「行くしかないよね、半兵衛待っててね!今助けるからね」

「恋する乙女は最強ね・・・・」

ぴったりと継ぎ目は見えるのに一切段差やでっぱりを感じないつるっとした床が続いていく。

蜜柑とヒルデはいつでも抜けるように柄に手をかけながら、焦らずゆっくりと歩みを進めてたいた時である。


「ぎゃあああああああああ!」


絶望と恐怖に彩られた女性の悲鳴が通路に木霊した。

まるで恐怖と絶望の亡霊バンシーの絶叫ではないかと思えるほど、苦しみと絶望の声であった。

「!?近いよ、急ごう」

声の方向に走り続けた5人は通路の両脇に現れた牢屋のような鉄格子の部屋の前で急停止し、手を上げて皆を制止させるとリンダが明かりを掲げながら牢屋内を照らし出した。

「来るな!!!レイス、二人をこっちにこさせるな!」

「せ、先輩!?」


想像を絶する光景であった。

1人の女性が恐怖と絶望で失神している。

しかしその女性には手がなかった、足も・・・・切り落とされていた。

妙な魔方陣が床に敷かれており、かろうじて生かされている状態・・・・・

さらには・・・・目と鼻も・・・・・失われている。


恐らくだが、この女性にはもうはっきりとした意識もなく・・・・本能で発した悲鳴としかリンダには思えない・・・・・

信じられない・・・・人間とはこれほどまでに残酷になるのだろうか。

込み上げる吐き気を必死に振り払い・・・・なんとか思考を正常に戻すべく理性を総動員させる。

そういえばシルフェも奴隷保護の現場で幾度となく貴族たちの残酷な趣向を目にしたと言っていた。


自分だけじゃないと思うことで乗り切ったリンダは、意を決してその女性の頚部・・・・脳幹部分を狙い氷槍の呪文を詠唱する。

「ラーダメグワースライルファード・ラグイーン」

淡々と詠唱された氷槍は正確に女性の命を刈り取った・・・・・

すぐにリンダはその女性の亡骸を天に返すべく、火炎呪文で一気に遺体を焼き払った。

「せめて炎の浄化によってあなたの悪夢が消え去ることを願います・・・・・」

「先輩何が!!?」

「蜜柑、ヒルデ・・・行くよ」

「「はい」」

レイスには大よその見当はついていたが、あれほど険しく悲しいリンダの目を見たことが無く想像を絶する光景であったのだろうと考えただけで逃げ出したくなるような恐怖が背筋をなでる。


その後も牢屋の中で行われていた凄惨な拷問なのか実験なのか・・・・人という生物が思考し想像できる限界を遥かに超えているとしか思えない状況を少しでも蜜柑たちに見せないように・・・・

していたが溢れる臭気と飛び散る血の痕跡がそれを許してくれない。

明かりを増やしたくなる衝動を押さえ込み、進路を照らす光源を正面に集中させる。

何故か・・・・・光が増えれば牢屋内の地獄が視野に飛び込み足が動かなくなる・・・・どうにかしてこの地獄を抜け出そうとリンダでさえ逃げ出したくなるのを必死で堪えていた。

永遠とも思える地獄の回廊を歩き続けた5人。

皆が辛うじて正気を保てているのは時折先導するバルケイムがかわいらしい仕草を披露し、おっさんが何やってんだと思わせてくれたことが大きい。

分かっていた、バルがあえてそのような行為をしてくれていることを。

『ひどい臭いだが、微かに半兵衛の臭いを感じる・・・・私が様子を見てくるから待っておれ・・・リンダ!!蜜柑を押さえつけておけ』

「ああ、蜜柑悪いがここは罠などの状況に対応しやすいバルに任せよう、それが半兵衛のためでもある」

「う、うん・・・・バルちゃんお願い」


場違いなほどにトコトコと歩く姿が際立つバル・・・・

生きているのは間違いないが、ここに来るまでに見た多くの無残な死体や死にかけの人々・・・・を見てきたバルは貴族間で過去100年以上に渡り噂されてきた闇儀式を趣向とする地下組織の存在を思い出してきた。

記録は尻尾をつかめないという記述があったが・・・・・恐らくここは今でもそいつらが活動を続けていることの証となるだろう。

『半兵衛・・・・おるか!?』

「う・・・・・」

『おい!?』

ガチャリ・・・・・微かな金属音を頼りに位置を特定したバルは浮遊光源呪文を詠唱し、半兵衛を照らし出した。

『半兵衛!しっかりせい!』

上半身裸で鎖に拘束それた半兵衛は見たところ五体満足の姿であることにほっと胸を撫で下ろした。一応尻尾と耳も無事なようだ。

「その・・・・声は、バルケイムか!?」

『そうだ、助けにきたぞ』

「たすけ・・・・!待て!!そこには罠が!」

ひょいっと飛び下がったバルの目の前には拳ほどの濁った水晶球が縦に二つ、宙に浮いていた。

球の間に漆黒の宝石が挟まれクルクルと邪悪なオルナを発しながら回転を続けている。

『なんだこの装置は・・・・』

「俺の姿をコピーした奴が遠距離でも容姿変化を維持させる装置らしいが・・・・不用意に触ると警告信号があいつらに流れ俺もバックラッシュで危うくなるそうだ」

『よく聞きだしたな』

「もう俺がどうにもならんと思った貴族の手下共が丁寧に話してくれたよ」

『さてどうしたものか・・・・・』

「一つだけ方法があるんだが・・・・お前だけかここに来ているのは?」

『安心せい、おい罠があるがとりあえず来てくれ』

「半兵衛!!無事なの!!?」

聞きなれたかわいい声・・・・脳髄を刺激する真夏のような激しい恋心が愛しい人がここにいると思うと張り裂けんばかりに鼓動が早くなる。

「蜜柑!蜜柑がいるのか!!!」

「半兵衛!!!」

『気持ちは分かるが待つのだ蜜柑!』

リンダとレイス、そしてヒルデに押さえつけられた蜜柑の目の前には不気味な水晶球が宙に浮いている。

「半兵衛!!!無事だったのね!!!いっぱいいっぱい探したんだよ!」

「ごめんな・・・・俺の失態でこんなことになってしまって・・・・そうだデュランシルトはどうなっている!!!」

『それは後で話すとして、この罠をどう解除するかだが・・・・・』

両手両足を鎖で拘束された半兵衛の姿は痛々しいが怪我らしい怪我がないのだけは救いであった。

鉄格子内部は以前に拘束したらしき白骨化した遺体が数体転がり、鎖の根元には半兵衛の膂力を持ってしても破れないであろう鎖による拘束呪文が念入りにかけられている。

「もっとも頼りになる人が目の前にいる・・・・・蜜柑」

「私に何かできるの!?」

「いいかよく聞くんだ蜜柑、水晶と水晶の間にある黒い宝石、これを刀で断ち割るんだ」

「・・・・・・そうか・・・・・分かった、今度は私が半兵衛を助ける番だね」

「ちょ、ちょっと待っておくれ、こんな1cmもない宝石を・・・・・ソルダで切り裂くなんて出来るはずが」

「それくらいなら蜜柑いけるでしょ?」

「うん、鍛錬でやってる内容よりは・・・・・でも暗くて狭いから難易度は高いかもね」

「バルケイム!リンダさんたち、頼みがある、スペースがもう少しあると蜜柑も狙い安いから鉄格子を焼き切って排除してくれ」

「それだったら私たちでもいけるね、レイスやるよ」

「はい!」

2人が鉄格子を焼き切っている間、半兵衛は蜜柑に落ち着けば大丈夫だと告げる。

「蜜柑以上の適任者はいないだろう」

「うん、私もそう思う」

「ねえ、あたしらにも分かるように教えてもらえないかい?」

『うむ』

「蜜柑は総合的な戦闘力では一線級に劣りますが、狙った箇所に正確に何度も切りつける能力がずばぬけています、その誤差は3mm以下でしょう」

「え!?」

「つまり鬼凛組の中で最も狙った箇所を正確に打ち抜く能力に特化しているのが蜜柑という侍です」

「すごいんだねあんた」

「えへへ・・・でも、良かった私の力で大好きな人を助けられるかもしれない・・・・・よし!!!やるぞおおおおおおお!」

気合を入れた蜜柑はヒルデから借りたたすきで四式装備にたすき掛けをし、精神を集中させていく。

「よし、鉄格子は外したわ」

「・・・・・・・・」

蜜柑の集中力の凄まじさにリンダとレイスは驚愕するしかなかった。

シルヴァリオンの腕利き術師でさえ身劣りするほどの、曇りのない集中力にこの娘が術師だったらどれほどの逸材になったのかとふと感傷がよぎる。

先ほどまでの恋する乙女から、凛々しさと可愛らしさが相反することなく同居した侍の姿がそこにはあった・・・・・これが侍なのだと・・・・リンダとレイスが魂に刻み付けた瞬間だった。

流れる水のような所作で柄に手をかけ腰を落とし・・・・舞踊のごとき一切の迷いなく鯉口が切られ・・・・・

キーーーーーーン!!

と甲高い音が鳴り響いた時にはもう水晶球は床に落ち砕け散っていた。

パチンと鞘に収めた蜜柑はゆっくりと息を吐き・・・・・ヒルデが指差した宝石の破片を確認する。

「すごい・・・・宝石の丁度真ん中から・・・・・」

レイスが目を丸くしている間に、バルケイムとリンダが罠の消滅を確認し半兵衛の拘束を解く。

自由になり手首をもむ半兵衛に、耐え切れなくなった蜜柑が飛び込んだ。

「はんべええええええええええ!」

「蜜柑!!!」

「会いたかったよおおおお!!!うわあああん!!!大変だったんだからあああああ!」

「ごめん・・・・ごめんな・・・・・」

『取り込み中すまんが・・・・今はここからの脱出を急がなくてはならん』

「走れるかい?」

レイスが治癒術をかけてくれたこともあり、やつれ憔悴気味だが目の光は強い。

「大丈夫だ、みんなありがとう」

「これから働いてもらうから覚悟しな」

「もちろんです!」



無事脱出を果たした半兵衛はセーフハウスで出されたシズクの保存食を5人前もたいらげ、満足そうにご馳走様と手をあわしている。

レイスとヒルデがその間に取りに戻っていた隊服と予備の大小を受け取った半兵衛は、眠り月を失ったことへのショックを隠しきれないでいた。

「洗浄魔法じゃなくて風呂に入りたいところなんだろうが、我慢しな・・・・それよりあんたを拉致した連中を聞きそびれていたね」

「すいません、すぐに話すべきでした、元老院から呼び出された俺は意見を決めかねている貴族たちの説得に狩り出されることになっていたようですが、気を抜いたときに一斉行使された睡眠呪文で意識を奪われ・・・気付いたらあの場所でした」

「そうだったのかい・・・・こっちの状況については」

リンダの送る視線に気付かず半兵衛の尻尾を丁寧にブラッシングしている蜜柑はヒルデにつっつかれてようやくはっとした。

「ごめんなさいつい夢中で・・・・・そのそういうのはバルに任せようかな」

「そうだね、バル、頼む」

『半兵衛よ、落ち着いて聞け・・・・事態は最悪と言ってよい』

「・・・・・冗談ではなさそうだな」

バルケイムの要領を得た説明を聞く半兵衛の拳は震えていた。

「俺が・・・俺がうかつだったばかり・・・・」

「半兵衛、あんたうかつだったか警戒を続けていたかは知らないが魔法力のないあんたたちが睡眠魔法の連続行使に耐えられるはずがないよ・・・・不可抗力さ」

「リンダさん・・・・」

「それにね、あんたがやるべきことはまだ残っているんだろ?」

「はい・・・・デュランシルトへ救援に向かう!そして俺の偽者と決着をつけ無意味な戦いを終わらせるんだ!!」

「半兵衛、私もついていくからね!!」

「お邪魔にならないように私も~・・・・・っていいなぁ蜜柑には半兵衛がいて」

「本当・・・うらやましい・・・・・」

「レイスにヒルデもしっかりなさい、じゃあ馬車の手配をしてくるから半兵衛は少しでも体力を回復させておきなさいよ」

「はい!」


リンダが戻った時にはもう半兵衛は素振りをしながら体力の回復具合を確認していた。

素人目には快調に見えるが、本人は大分筋力が落ちているという。

「帝都はさらに混乱しているからね、慎重に移動するよほら半兵衛はこのローブを頭からかぶっておきな」

「それほどまでに帝都は!?」

「ああ・・・・言いたくはないが至るところで武士団を引き渡す派と守る派の争いが起きている・・・・でも引き渡す派が圧倒的だ」

そう言い放つリンダは現実を伝えることを躊躇しなかったがその辛そうな表情はずっと忘れることができないだろう・・・・

5人の乗った馬車は大通りを抜け正門通りから帝都の外へ抜ける予定であったが、住民たちがこしらえたバリケードによって行く手を遮られ仕方なく馬車を乗り捨て徒歩で正門前の抜けるために走った。

途中、馬車があれば礼金か事情を話して譲ってもらおうと考えていたが路上には投石や倒れた外灯・・・・・破壊された露店や壁やゴミが散乱し帝都内ではもはや馬車による移動は困難と諦め帝都外への脱出を優先させることにした。

「はぁ、一難去ってまた一難ってとこね」

「正門前に陣取っているのは・・・・貴族連合の一派だったらやっかいね、レイス!私が様子を見てくるからここで認識阻害術で待機よ」

「はい先輩!」

リンダは自分自身に認識阻害術をかけるとトンと肩にバルが乗った感覚が伝わる・・・・・それでも姿さえ認識することはできずとんでもない実力者であることを突きつけれる。

『リンダにだけは声が聞えるようにしてある・・・・』

正門前にはバリケードこそないが、長杖を持ち灰色のローブに身を包んだ貴族の私兵らしき集団40名ほどが帝都から誰も出さないよう勝手に検問をしているように見える。

先ほども帝都脱出をはかろうとした数家族が追い払われている・・・・・

「穏便に突破という訳にはいかないようだ・・・・」

『一つだけ手がある・・・・一度戻ろう』

「乗るしかなさそうだね・・・・早くシルフェたちの救援に行きたいっていうのにさ貴族のゴミ共め」

「なるほど・・・・やるしかないだろうな」

『もし蜜柑たちの素性がばれそうになった時は、分かっているな?』

「ああ、鬼凛組参謀の立場を利用して捕まえた侍の残党ということにする、ということでリンダさん蜜柑とヒルデに縄を」

「ひっどーい、後で覚えておきなさいよ半兵衛」

「そうよそうよ」

「ごめんな・・・・後でスイーツを好きなだけ奢ってやるからさ」

「ほんと!!絶対だよ絶対!!シャグワの新作プリン好きなだけ頼むからね!」

「私はメリーノのお店でお腹いっぱいクレープが食べたい!」

「うっ・・・高くつきそうだな、分かった貯金崩せばなんとか・・・・うん・・・・」

「はははは!この状況で食べ物の話しができるってのはいいことだよまったく」

「ほんと肝が据わってますねこの子たち・・・・」

「では行くぞ」

ローブを脱ぎ捨てた半兵衛は武士団の隊服と大小を腰に差し、従者を引き連れる形で正門前で検問を続ける連中を意に介さず通り抜けようとする。

「待て!!ここを通すわけにはいかん!」

杖を交差させ通さぬという意思を示す貴族兵だが、半兵衛はそんな雑兵共の杖をくるりと奪い取って投げ捨てる。

「あ!!貴様!!」

「お前ら・・・・俺が誰かを分かっていないのか?この雑兵共め」

「なんだと!!」

急いで杖を取りに戻る貴族兵の胸倉を掴むとそのままの勢いで石畳に突き倒す。

「ぐあああ!!」

「お前、俺が誰か分かっていないんだな?」

「だ、誰なんだ貴様は!」

「俺は、鬼凛組参謀・・・・いや元参謀の半兵衛だ、一時帝都に戻っていたがまた戦場に戻らねばならん、早く馬車の手配をしろ!」

「は、半兵衛さま!??」

「だからそうだと言っている」

「も、申し訳ございません!!!}

起き上がった貴族兵はすぐに同僚と駆け出すと上司らしき小男に報告し正門を抜け恐らく馬車の確保に向かっていく。

息を切らしながらドタドタと駆けて来たのはその小太りの小男であった。

「こ、これは半兵衛様!たしかに間違いありません・・・・大変失礼いたしました!!しかしいつ帝都に!??」

「我らの尊き責務をいちいちお前たちにまで説明しなければいかんのか?」

「も、申し訳ございません!!ただいまレイズ級の馬車を用立てておりますので少々お待ち下さいませ!!」

「待つのは性に合わん、馬車まで案内してもらおうか」

「か、かしこまりました!!・・・・これはご挨拶が遅れました、私ラグレイ伯爵の家臣ゴイルと申します」

『ラグレイ伯爵まであちらに転んだのか・・・・・』

バルでさえ予想外の出来事であった・・・・それはラグレイ伯爵と何度も顔を合わせていた半兵衛にとっても衝撃である。

むしろあの方だけは味方でいてくれるだろうという思いは、甘い幻想であったと突きつけられた気がした。

「・・・・急がせろ」

「は、はい!」

卑屈という言葉を人間化するとこういう男になるのだろうというぐらいへこへこと半兵衛を馬車へと案内するゴイル。

帝都正門前の停車場には数多くの馬車と御者たちが仕事ならないといった感じで同業者たちと賭け事に興じていた。

案内されたのは貴族用の高級馬車であり、レイズ級とはその中でも乗り心地が最上と称される帝都の帝室御用達のメーカーである。

こんなものに乗ってよいのかと、いつもは荷馬車の荷台に椅子を取り付けて乗り込んでいるだけにドア付きの馬車の質感につい貧乏性が及び腰を発症しそうになる。

「ご苦労」

憮然と乗り込もうとしたその時である。

「おい、半兵衛様が来ているというのは本当か!?」

貴族兵が4名ほどゴイルの元へ駆け寄ってきたが、周囲も貴族兵の慌てようにトラブルに巻き込まれるのはごめんと蜘蛛の子を散らすように散り散りに逃げ去って行く。

「たしかに半兵衛様だが・・・・おいこれはどういうことだ!?」

「え?どうしたんだ!!?私は半兵衛様の言いつけを守っているだけだぞ!!」

「ゴイルお前か・・・・ここに先ほど魔道鳩で連絡が届いた、半兵衛様が一度帝都にお戻りになる・・・・と、だがこれはいったい」

「書状が前後したようだ、私はこの通り目的を果たしてウォルドレッド伯爵の下へ帰還するところだ」

「その・・・目的とは!?」

「おい」

「はっ」

レイスが蜜柑とヒルデのフードをやや乱暴に剥ぎ取ると、そこには手をロープで縛られた美少女が2人・・・・

「この女たちは!??その伯爵のハーレム用にですか?」

「ふざけるな!!!!!」

思わず激高した自身の短慮を恥じた半兵衛はなんとか言いつくろうための理由を探し出した。

「この女たちは鬼凛組の所属だ、私が立場を利用し拘束したのだ!!!」

「そ、それは失礼いたしました・・・・ではこの書状は担当者の怠慢で遅延したということでよろしいのでしょうか?」

「その通りだ、失態だぞ!」

「も、申し訳ございません」

「では我々も出発する、こいつらを人質に武士団を降伏させる」


半兵衛は拘束した蜜柑とヒルデを乱暴に馬車へ蹴りこむとレイスを伴って馬車に乗り込んだ。

悔しそうに睨みつける蜜柑とヒルデの表情がその信憑性を裏付ける形になり、内心冷や冷やしながら馬車が出発した。

御者と交代したリンダが街道を西に向けて進路を取ると、追撃の有無についてレイスが慎重に探知魔法で警戒にあたっている。

「ふぅ・・・・とりあえず乗り切ったか・・・・・ごめん蜜柑!ヒルデ!!痛かったかい?」

「ううん、私たちを守るためだもんありがとう半兵衛」

「まあ私は蜜柑と違ってお尻思いっきり蹴られたけどね!!まあクレープの他にアイスクリームも追加しようっかな!」

「ごめんよヒルデ・・・・そのアイスは了解だ・・・・経費で落ちるかな・・・・」

パタン!

御者台から車内に通じる小窓から顔を出したリンダが、なんとか乗り切ったねという表情とともにバルを車内へ誘導する。

『なかなか機転がきくではないか半兵衛』

「こういうのは戦闘より神経を使うな・・・・」

『この馬車の速度であれば2時間ほどで到着するだろう、皆準備を整えておくといい』

「半兵衛、四式装備ないけど大丈夫?」

「問題ない・・・・だが眠り月を喪失したのは・・・・・悔やんでも悔やみきれないな、この刀もいい刀だとは思うが」

「じゃあ私の水芭蕉使う?」

蜜柑の愛刀、水芭蕉。

夏の爽やかな風と水を蜜柑の瑞々しく健全な精神と肉体から感じ取った真九郎の案による命名だ。

2尺2寸の女性でも扱いやすい寸法である。

「水芭蕉は蜜柑が使ってこそ真価を発揮するんだ、俺はこいつで戦うよルシウスの作刀だからな安心して使えるさ」

「そうだね・・・・でも貴族連合がそう簡単に偽者と引き合わせてくれるかな・・・・」

『それについては作戦がある、どうだのるか?』

「まずは説明しろ、どうせ穴をあけてあってそれを俺に指摘させて喜ぶんだろ?この性悪羽リナめ」

『分かってきたではないかでは知性と知性の静かな戦いを楽しもうではないか』






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