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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第六章 遠き異国の地
67/74

3 悪意の連鎖

 夜も明けきらぬ中、帝都正門前に集合した貴族連合軍1万2000はそれぞれ主人となる貴族たちからの命令に困惑していた。

不死のゾンビを警戒するために夜通し警戒態勢で疲労した脳と冷え切った体にもその命令がいかに愚かなことだけは理解できている。

ある貴族の副官があまりに突拍子もない命令に反論するも帰ってきた答えは想像を絶するものであった。


「尊き貴族連合の皆よ、私は諸君らのまとめ役、ウォルドレッド伯である!先日、ある筋より武士団が倒していたのは死界人ではなく自らが召喚した化け物であったとの情報がもたらされた!」

『『『!!』』』

あまりのでっちあげと思い込んだ貴族軍はまたしょうもないレッテル貼りの決め付けで彼らを貶めるのかと・・・・心底がっかりしている者たちも多い。

「これは事実である!なにより武士団で参謀を務めていた半兵衛が自ら、奴らの不正を告発したのだ!」

「おい、あれは鬼凛組の!」

「あいつは・・・・知ってるぞ!!」

「冷血の宰相と双璧とも言われてる奴だ!」


「私は以前まで鬼凛組の参謀を務めていた半兵衛です、今となっては彼らからもらったこの名も忌々しいことこの上ない!!彼らは自ら合成キメラを召喚し死界人と偽って自ら討伐しその功績を誇っていたんです!」


「おい・・・あいつが言うなら本当なのか?」

「思えば出来すぎじゃないかって思ってたんだよ!」

「俺の親戚は取り潰された貴族に仕えてたんだ・・・あいつらのせいでひどいめにあったようなもんだよ!」

「武士団を許すな!」


「諸悪の権化は鬼凛組、武士団の代表としてのさばる廃嫡された元王子のレインドと、彼に悪事を吹き込んだ鬼凛組の局長、緋刈真九郎!」


「ほ、本当なのか・・・・」

「でも俺たちは命令に従うしかない・・・・」

「でもさ、俺の家族は帝都の台所で鬼凛組に助けてもらったんだよな・・・・・」


「皆が戸惑うのも無理はない!あの皇帝陛下でさえ騙す屑どもだ!だがあえて問おう、そんな屑共を求める国があるなら捕えて突き出してしまえば帝国は安泰だ!」


迷い戸惑う彼らに突きつけられたこの言葉の破壊力は、いともたやすく心の中に僅かでも残っていた良心の呵責を打ち砕くには十分であった。


「奴らを引き渡せば、要求をのんだ我らを攻める理由はなくなる!」

次に拡声呪文の呪道具を受け取ったウォルドレッド伯は新たな参加者を迎え入れ、その老齢の貴族は張り裂けんばかりの声で貴族軍に向かい叫んだ。

「我らは騙されたのだ!!!」


「あれは・・・・!!」

「帝国3大貴族・・・・今は2大貴族の・・・・ラグレイ伯爵!!!」

「ラグレイ伯がお立ちになったのか!?」

「ラグレイ伯爵ほどのお方が!??」


「私も当初は武士団の味方をしていたのだ!!だがこの半兵衛の話しを聞いて全てを理解した!!もう我慢ならん、今度こそ魔法の優越による帝国の秩序を取り戻すときだ!!!」


『『『おおおおお!』』』

もはやこれ以上の言葉は必要なかった、彼らにとってその保身こそが全て・・・・

そして実り豊かなデュランシルトをどうやって切り取るか・・・・もはや思考はそこまで飛んでいってしまっている。


再び壇上に立ったウォルドレッド伯爵は半兵衛と手を取り、杖を掲げる。

「今こそ武士団に攻め入る時!神聖王国に引き渡す人員は20名もいれば十分だ!こいつらを捕縛したら、後の女共は好きにしろ!!」


『『『『おおおおおお!!!!』』』


焚きつけられた貴族軍は我先にとデュランシルトへ向けて街道を西に向けて進軍を開始した。

帝都オルフィリスを西に向けて蛇行するように走るのはラングワース街道。

途中、ナスメルやリグネールへ向かうボルタ街道と合流する。

ラングワース街道は中ほどまでは石畳が整備されており、馬車等の移動がしやすいように定期的な補修も行われていた。

街道脇にはシエードの木が立ち並び、この時期に咲くかわいらしい黄色の小花が街道を彩っている・・・・・

しかしそんなシエードの小花は西進する邪悪な軍隊が放つおぞましいオルナの粒子によって、次々と痛み・・・・枯れ始めていた。


「うまく行きましたな」

「お前の段取りは完璧だな半兵衛、だが本当にラグレイ伯爵を連れてい来るとはどういう魔法を使ったのだ?いやお前は使えんのだったな」

揺れる豪勢な馬車の車内でグラス片手に二人の密談は続く・・・・

ビロードが惜しみなく使われた座席にどっしりと構えるのはウォルドレッド伯と半兵衛・・・・そして疲れたように眠るラグレイ伯である。

「後は包囲して同じ手法で奴らの内部分裂を誘い二人の身柄を押さえれば我らの勝ちだ」

「ワシとしては他の一般隊士は引渡し要員として神聖王国に引き渡してしまって良いと思うのだがな」

「いらぬ」

「だ、だが神聖王国は全員の身柄拘束を要求しているのだ、何人かは見せしめに殺すなり犯すなりしてもいいが大半は引渡しの材料にしたい」

「・・・・・・善処しよう」

「う、うむ・・・・」




シルフェたち月影部隊はこの状況を漏らさず観察していた。

帝都の正門前には軍の駐留場や民間の待機所、ほかにも古い時代の石壁や柱などが立ち並んでいるため潜伏するにはありがたい場所でもある。

正門中央の石畳は歪み一つなく整備されており、白亜の王道が帝都へ導くような威厳を放っている。

「リンダ、俺たちはこのことをレインド様に報告し現地で対応する、君は蜜柑やヒルデたちの力になってやってほしい」

「私も行きたいところだけど、そのほうが良さそうだね、あの変態にはすぐ連絡を入れておくよ」

「変態・・・・ああカルネスか」

「あいつなら事情を知った上で美人揃いの武士団の味方をするだろうからね、逆の意味で信用できる」

「レイス、君はリンダの補佐に回ってくれ」

「わ、私じゃ迷惑ですか隊長!」

「誰がそんなことを言った、なんというかオルナが囁くんだよ」

「囁く?隊長の命令なら・・・・でもちゃんと定期連絡は欠かさないでくださいね」

「ああ、可能ならサクラを保護してやってくれ」

「分かったよ、じゃあ認識阻害術を念入りにかけていきな」

「了解だ、これより馬であいつらを追い抜きデュランシルトへ入る、認識阻害術のレベル3ランク出力最大」

「はい!」

「はぐれるなよ」

防音呪文と認識阻害による呪文効果により月影の6名が一気に駆け出した。

当然眠気眼に行軍する貴族連合軍に気付かれることなく、6騎はあっさりと追い抜きデュランシルトへの道をひた走った。

やがて朝日が月影隊を赤く染め上げ、月藍湖のキラキラとした湖面の美しさが目に入ってくる。

デュランシルトの住民にまでは手を出すまい・・・だが平気で人質にとるような連中だ。

もしシルメリアさんが捕まったら・・・・緋刈が命に代えてもさせないだろう、でも俺がいたなら・・・・

未練がましくあの人との距離が縮まることを想像している自分の思考に嫌気がさしたシルフェだが、街道の遥か先・・・・南?ナスメル方面へかなりの速度で移動する大規模な部隊が目に飛び込んでくる。

「ジョシュ!お前は目が良すぎるのが悩みって言ってたな!?」

「前方の集団、あれの正体が知りたい」

「隊長!あれって・・・・・あれは鬼凛組!?いや朧組もいますよ!!」

「なんだと!?・・・・よし、このまま草原を突っ切って合流する!事情はそれからだ!」

「了解!」



馬車の車内から定期的に探知魔法をかける役目を担っていたイングリッドは、前方から馬車とは思えない速度で突っ込んでくる6つの移動体を発見するとすぐに笛の音で異常ありの警告を発した。

街道を南下する本隊とは異なりこちらを目指して草原を突っ切ってくるあたり、何かしら強い意志を感じざるを得ない。

馬を見事な手綱さばきで馬車と並走させる真九郎の馬術に感心しながらもイングリッドは身を乗り出して詳細を告げる。

「緋刈局長!6つの馬に乗った連中がこっちに向かってる!今探知術で人物を特定してみるわ」

「頼んだ!朧組は迎撃準備にあたってくれ、ザイン!指揮は任せる!」

「了解した!!朧組とラルゴ隊!拡散系呪文で敵の進路を妨害する、当てなくていいぞ落馬を狙え!!」

移動中の襲撃には馬車の車上からの迎撃がセオリーとなる。

そこでは揺れる車内でも詠唱しやすい低位階級の呪文が使われることが多く、今回有効なのは追撃を阻むことであるため落馬狙いの拡散系呪文・・・・すなわち氷つぶてや小石弾、または暴風系の範囲魔法の効果が高い。

「よし、姿が見えたぞ!敵は6騎!馬術の腕もなかなかのものだ気を抜くなよ!」

「ザイン!!ちょっと待ってザイン局長!!!」

「む、イングリッド!?」

「あれは撃っちゃだめ!!シルフェたちだ!!シルフェたちシルヴァリオンだよ!」

「なんだと!??全軍迎撃準備を解除!」

その様子を見ていた真九郎は全軍に行軍速度を落とすよう伝えると、まもなくして手を振りながら馬を走らせるシルフェたちが合流することになった。


「緋刈!お前たちはどこへ向かうつもりだ!!!」

「説明すると長くなるが・・・・」

「シルフェ!!俺たちは死界人の親玉の陰謀を潰すために戦いに行くんだ!」

いつの間にか真九郎の隣にいた義経・・・・

「親玉だと!!?よし、それは理解したが大変だぞ、貴族連合軍がお前たちを拘束し神聖王国へ差し出すためにデュランシルトへ軍を派遣した!」

「何!???・・・・・・全軍停止!!!停止!」

街道をそれ、ぐるっと回り込む状態で停止した武士団の隊士たちは何が起こったのだと皆キョロキョロとしていた。

馬から降りて状況を確認しあう月影と鬼凛組は事態の悪化がこれほどまでに早急であることに本能的な恐れを感じ始めている。

「シルフェ、数はどの程度だ?」

「目測で1万を超えていた」

「・・・・せめて半兵衛の助言が欲しかったな」

視線を合わせた義経との思いが交差した。

同じ思いだ、あいつなら苦しくても的確な助言をしてくれただろうに・・・・・

「半兵衛のことだが、今回貴族連合を焚き付けて武士団に無実の罪状をでっちあげて告発したのはその半兵衛だ」

「てめえ!!」

シルフェの胸倉を掴みかかった義経を引き離した真九郎・・・・・

だがシルフェは悲しい目をしているだけだ・・・

「おい・・・・本当・・・・なのか、嘘だあいつが・・・・」

「俺だって嘘と言いたい・・・・だが見て聞いてしまったことの事実を捻じ曲げることはできん・・・・・」

「すまねえ、シルフェさん・・・・つい」

「気にするな、俺も気持ちは同じだよ」

半兵衛裏切りのショックから抜けきれない真九郎たちにイングリッドが魔法巧者としての意見を述べる。

「ショックを受けるのはいいんだけどさ、半兵衛に成り済ますのって魔法や合成魔術薬を使えば可能ではあるんだよね」

「本当か!?」

何より微かな希望に反応したのは真九郎だった。

「うん、容姿変化系の呪文ってほらリンダさんが得意でしょ?あれのすっごい手間のかかる触媒とかも唸るような金がないと買えないようなの使うはず」

「ザインの意見を聞きたい」

「イングリッドの意見は参考になった、むしろそうあって欲しいと願い緋刈の思いは俺も同じだ現実を見据えるべきだろう」

「俺も・・・・ザイン局長の意見に賛成したい、やっぱり半兵衛がそんなことするはずがないだからこそ絶対負けるわけにはいかないんだ!」

「強くなったな義経」

そう背中を叩いた真九郎の手が半兵衛を思い起こさせたのか、何度も何度も頷き背中の余韻を思い返しているようだった。

状況が半兵衛の裏切りについて、成り済ましの可能性が見えたことで今後の方針について話が移り始めている。

ザインは愛馬の首を撫でつつ、それが多分なリスクをはらんでいることを知りながらも、自身の考えを口にした。

「戦力の分散は本来ならば避けたいですが、我らの帰るべき場所を守ることも同じぐらい大切だ!」

「よし、ザインの言や良し!これより朧組とラルゴ隊の指揮をザインに任せる!!すまん僕たちの家を任せたよザイン」

「はっ!!!我が命に代えましても!!!」

「ザイン局長!!私とイースはこっちに残らせてもらうよ!ラルゴ隊からも4名ほど連れて行く・・・・・最低限だがこれで行こう」

「ああイングリッドに任せるしかあるまい・・・・本来であれば国を挙げて国家を超えて緋刈たちを支援せねばならんときに・・・・貴族のゴミ共めがあ!」

真九郎は草原の草を踏みしめながら、吹き抜ける風に背中を押されるようにザインの肩にそっと手を乗せた。

「頼む・・・・ザイン」

「安心しろ緋刈、お前の愛しき人も含め必ず我らが守ってみせよう」

どんと背中を叩いたザインは朧組とラルゴ隊に事情を説明し、これよりデュランシルト防衛に向かうことを告げる。

事態の風雲急にも関わらず貴族共めと沸きあがる怒りの声が防衛部隊の士気を押し上げていく。


「レインド様!!緋刈!!!御武運を!」

「ザインに戦神の加護があらんことを!」


二手に分かれた部隊は一度交錯すると分かれがたい水魚のような切なさを感じさせながら反対方向へと向かっていく。

「シルフェ、お前はこっちでいいのか!?」

「ああ、俺たちに出来ることは・・・・・あいつらの帰る場所を守り抜くこと!死界人相手ではお荷物にしかならんしな」

「頼りにしてるぞシルヴァリオンのエース」

「敵は万を超えるんだ、策はあるんだろう?」

「一応な、デュランシルトを堀で覆って対術結界を堀の底に仕込んである、城壁もついでに作成したが石の一つ一つに防御用結界と発動から4日ほど持つ呪印石を仕込んであるな」

「おい・・・どんな一応だよ」

「何分我らには敵が多くてな、こういう発想はすぐに取り入れられるのはいい」

「ならばシルヴァリオンが得意な奇襲とかく乱でせいぜいあいつらを翻弄してやるさ」

「だがギリギリというところだな、到着したところで防衛体制が整えられていないのでは」

「それなら手を討ってある、時間的にあの人に届いてるなら既に動いてくれているはずだ」

「あの人??」

「あんたの奥さんだよ」

「!!!」




「持ち込むのは食料だけにしてください、後に武士団で金銭面の補償は約束するわ!!!急いで!!」

ニーサの誘導でシェルターへの避難は始まっていた。

ダズに依頼しての大規模シェルターであり、帝都の台所の構造を参考に建造が進められていたのだ。

星月の丘の裏手にある森林地帯に隠された入り口から住民たちが地下シェルターへと降りていく。

巧妙に木々と岩にカモフラージュされた入り口はあえて呪文による偽装を排除し、手作業による入り口の隠蔽が実施されていた。

森の草木や降り積もった落ち葉などは移動の際に踏み固められた足跡を隠すのにも有効であり、住民たちでさえ案内なしでは辿り着くことが難しい。

ニーサにとって救いだったのは住民たちの中に不平を口にする者が皆無であったことだ。

皆、誘導役のニーサたちに死ぬんじゃないよ、私たちは信じてるからね、こんな不条理あっちゃいけないと、一緒に怒ってくれる人々の存在だった。

防衛部隊として残ったラルゴ隊と街の有志たちによる自警団によってデュランシルトへ迫る大軍が確認されていた。

シェルターに入りきらないことが想定されるため、当初の割り振り通り船による避難も開始されている。

漁船と輸送船によって北西方面へと運ばれる予定で、こちらの避難民は徒歩による移動になるため足腰が丈夫で健康な人々が選抜されている。

だがシェルターと船による避難も時間的制約が差し迫ってきていた。

特に船は射程外への避難が不可能な場合、諦める他ないがわずかに間に合わないと見るしかない。

「カルネスさん!入り口の防衛に回せる人員はもう・・・・私を含めて20名ほどしか」

ニーサやヴァルレイがトレボー商会を通じて雇用した傭兵5名と、元兵士の住民やシルヴァリオン引退者などを含めた人数だ。

実戦経験がある分心強いが1万の軍勢相手では無きに等しい防備だろう・・・・・そして四式装備に身を包んだナデシコとマルティナだ。

「せめて・・・・・せめて避難民の脱出と本隊の目的を気付かせないために私たちは例えここで全滅してもやらなくてはならないわ!」

「ニーサさんよ、そうあまり気負うこともないさ」

「カルネスさん?」

「今届いた魔道鳩からさ、ジョグとネリスたちがシルヴァリオン本隊や帝国軍本隊に働きかけて援軍を組織してくれてるってよ」

「ネリス!!」

「ああ、かなり士気が高いがどう急いでも夕刻後になるだろうってとこだ、それにだ戦う必要はあるのかい?」

「え??」

「どうしたんだ冷血の宰相さんよあんたらしくもない、俺みたいな変態でも考え付く作戦だぜ?」

「作戦・・・・あ、そうか・・・戦闘指揮に気を取られて大事なことを見落としていたのね」

「そうさ、戦う必要はないんだ、作戦目的の隠蔽と敵の行動目的の阻止だ」

「つまり、敵をここに釘付けにしつつも戦わずに時間を引き延ばせばいいのね!」

「正解だ、さすがザインの嫁さんだよ」

「・・・・・・・・・」

かつてニーサが経験したことないほどに脳が思考の限界に向けて熱を放ちつつある。

既にカルネスや周りの音など耳にも入らず、どうすればこの難局を乗り切れるかを脳が焼ききれる寸前まで思考をフル回転させるニーサ。

結論が導き出されたときにはもうナデシコに支えられている状況であり、この短時間でどれだけのエネルギーを消費したのだろうか・・・・・

「ありがとうナデシコ、作戦は決まったわ・・・・・」

「それでこそニーサさんよ私たちも覚悟は出来ているわ」

「私もです」

四式装備を身に纏った二人は美しかった・・・・まるで女神の守護兵のような荘厳さえ放っている。

「美しいお嬢さん方のためならこのカルネス、命をかけましょう」

「さすが変態カルネスだね」

「いやあそんなに褒めないでくれよ」

「作戦を伝えるわナデシコ、ルシウスに頼んでソルダのレプリカをこの人たちに装備させてちょうだい、余っている四式装備やその他の侍の防具を装備させて他人から見て鬼凛組ぽくしてもらえればいいわ」

「了解!!みんなついてきて!!」

「はい!!!」

「カルネス、あなたには私の直衛についてもらいます」

「はっ!」

「ナデシコたちの準備が整ったら、街の入り口からちょうど見えるか見えないかぐらいの位置で彼らの姿を幻術で増やしてもらえる?」

「なるほど、そうすれば傾斜の緩い坂に鬼凛組の本隊が詰めているように見えるな」

「ええ、抜けるソルダがあるが抜かせる覚悟があるか?と相手と交渉するわ」

「だが危険だな・・・・そのためのあなたよ、もしすべてがうまく行ったら鬼凛組であなたのことを気にしてる子がいたから、紹介してあげる・・・・・まだ18歳よ」

「!!!!!!絶対に切り抜けるぞ!切り抜けてその娘といちゃらぶするまで死ねるか!」

「ふふふふはははは、その意気よ」



昼過ぎには貴族連合軍が隊列を整えデュランシルト正門の1kmほど先に到着していた。

それを見越して馬に乗ったニーサとカルネスが信号旗を持ち貴族軍本陣へと駒を進めていく。

交渉旗として一般的な黄と白の二色の旗であった。

万が一に備えてカルネスが防御呪文を何重にもかけてはあったが、1万を超える軍に向けて2騎で乗り込む豪気さは賞賛に値するだろう。

「デュランシルト家老、ニーサ・ファーベル! このような大軍でレインド将軍の納めるデュランシルトへ来られた理由をお聞かせいただきたい!」

本陣から進み出たのは副官らしき男数名である。

1人は若くして禿げ上がった頭皮を哀れむように残された毛髪で保護する疲れた顔の男と、なで肩で腹だけがぽっこり出ている小太りの小男だった。

どちらも初の事態に額に汗をし、足場の良くない草むらの草を踏みしだいている辺り落ち着きが感じられなかった。

「我はウォルドレッド伯爵が家臣 ブラッドレイ!」

「同じく家臣 エドワード!」

「ウォルドレッド伯爵の命により、武士団が民を陛下を欺き!死界人と偽ったキメラを自ら召喚し倒していた悪魔のような所業許すべからず!!」

「主君のいや、帝都臣民を代表し、武士団の身柄を拘束する!!無用な争いは避け速やかに差し出せ、そうすれば住民たちの命は保証しよう」

「なるほど、神聖王国の要求をのむために武士団を拘束したいのですね」

「そうではない!!奴らが我々を騙したのだ」

「騙す理由があるとは・・・・もしかして・・・・」

「貴様も騙された口か!それとも一緒に悪魔の所業に手を貸したのか!?」

(かかった!以外と早くて少し困るほどね)

「その話、詳しく聞かせてもらうわ・・・・ほらここにいるのもシルヴァリオンのカルネスよ、私も疑念に感じるところがなかった訳ではないのよ」

すると二人は目を合わせて頷く。

(戦わず差し出すことができれば交渉したあなたたちの手柄、爵位授与も夢じゃないわね)

「俺たちシルヴァリオンがどんだけ武士団の尻拭いをしてきたのかを知らないのか?詳しく聞かせてくれよ」

「お、おう・・・・その内通者からの報告なんだよ」

「内通者だと?」

「ああ、そいつがウォルドレッド伯爵の所へネタを持ち込んだらしい」

「なんだ俺も誘ってくれればいいものを」

「なあにこうして話しを聞いてもらえるんだ、あんたの処遇には俺から伯爵に頼んでやるよ」

「そうか・・・・ありがたい話しだ、んで誰なんだ内通者って」

「おい?」

「いいんじゃないか?」

おどおどとしていた禿と小男は下卑た笑みを浮かべる。

「その前にだ、お前たちはどうやって差し出すのかその算段を教えてもらおう」

「そうね・・・・だったら少し作戦を練らないといけないわね」

「お、俺たちも相談にのるぜ・・・」

「あらそれは助かるわ」


その相談が小一時間にも及んだ頃、業を煮やした貴族連合の貴族がブラッドレイたちの元へ怒鳴り込んでくる。

「貴様らいつまでやっているか!!正義は我らにある、すぐに攻め込んでしまえばいいのだ!!」

「これはパトリック男爵、実は彼らも武士団の行状に疑問を持っていたそうなのです」

「何だと!?」

「戦闘なしに奴らに差し出させれば大成功、我らも兵を失わなくて済みます」

「それは・・・・悪くない話しだな」

「お初にお目にかかります、パトリック男爵」

「あなたが冷血の宰相か・・・・多くの貴族たちからぜひ家臣にしたいと声がかかっているらしいが」

「今回の件があってはもう、私は牢屋か失業でしょう・・・・早いうちにどこかへ仕官しておくのでしたわ」

「な、ならば当家で面倒を見ても良い」

「本当ですか?」

「ああ当家は新たな産業に取り組みたいと考えていたところでな、あなたのような才媛はいつでも歓迎だ」

「あらうれしいわ、考えておきますわね」

「ああ、おいブラッドレイ、してどういう状況なのだ」

「はっ、実は武士団には秘密の隠れ家があり何かの召喚準備をするとすればそこ以外ありえないだろうと」

「なんだと!!ならばここと両方を抑えなければならんな、奴らに逃げ込まれでもしたら大事だぞ」

パトリック男爵は典型的な目先しか見えない貴族である。

彼は面白いようにニーサの手の上で踊った、カルネスが噴出すのを必死でこらえるほどに。

ブラッドレイやエドワードもパトリックに命じられ主人に了解を取りに戻っていく。

既に貴族連合軍の熱は冷め始め、各貴族伐ごとに野営をはじめ飲み食いに興じ始めていた。

「そうね、そろそろカルネスには一度戻って武士団の警戒を解いてもらってほしいわね」

「そうだな、じゃあ俺は一度戻って戦闘はなさそうだから安心しろと伝えてくる」

「ここではなんだ、ニーサ殿も我らの天幕においでください」

「ありがたくお招きに預かりますわ」


この天幕にはパトリックが親しくしている貴族たちが集まり優雅にお茶を楽しんでいる。

「ウォルドレッド伯爵も戦闘になれば出費も増えるから奴らで内部分裂させて差し出させる物は出させてしまえと仰せだ!」

「おお、ではこの談義をまとめれば我らは帝国の歴史に名を残す英雄となれるぞ」

「すばらしいパトリック男爵!」

「皆とこの栄誉を分かち合おうではないか!」

「「「おおー!」」」

どいつもこいつも戦場だというのに華美な装飾のされた対術処理さえされていない貴族服に身を包んでいる。

一発でも中位魔法が当たれば即死だということが分かっていないお花畑の連中・・・・・

こんな奴らを守るために彼らは・・・・あの子たちは死んだんじゃない!

そう思うと抑えきれない怒りが漏れ出てしまいそうだ。

「ニーサ殿・・・・どうされたのだ?」

「あ、ええ・・・ごめんなさい・・・・・彼らのしてきたことに改めて怒りが・・・・利用されていたと思うと悔しくて・・・・」

「おおおニーサ殿!!我らがついております!」

「そうです、あの冷血の宰相の名はそのようなことぐらいでは揺らぎません!」

「安心なされませ」


それからもニーサは騙された哀れな女を時折演じつつ・・・・時間を稼ぐことに終始した。

内心、女を前面に出すことに罪悪感を感じながらも・・・・

「それにしてもカルネス殿の連絡が遅いですね」

「そうね、何かあったかもしれないわ」

「もしやあの外道共に捕まってしまったのではないか!?」

「・・・・私は一度戻り状況を確認してまいりますわ」

「それはいけない!!あなたのような勇敢な女性を1人で行かせる訳にはいかぬ」

「ですが・・・・私以外では怪しまれますよ?」

「うむう・・・・!!では私が使者として赴きましょう!」

「パトリック男爵!?」

「あなたをお1人で行かせる訳にはいかぬ、使者を連れ帰ったとなればあなたの顔も立つであろう」

「パトリック男爵、なんてお優しい方なのでしょう・・・・」

「おおお、男爵こそ貴族の鏡!」

パトリックはここぞとばかりにニーサの手を取りその甲にぶちゅうとキスをする。

思わず寒気で全身を鳥肌が襲うニーサであったが、忍耐を総動員して微笑んだ。

「では参りましょうか」

「はい、そうだせっかくですから内通者の方とお会いになってはいいかがでしょう?私が紹介いたしますよ」

「そ、そうですね怖いですけどそうしますか」

(よ、余計なことを・・・・ここで戻らなければ時間的にもまずい・・・・)

もはやか弱き女性を守る騎士然としたパトリック男爵。

騎士の概念など無論存在するはずもないのだが、彼にとって今や自分が物語の主役として華麗な伴奏が脳内で流れていたに違いない。

もはやくつろぎやる気さえ失せ始めていた貴族軍を通り抜けると奥には豪勢な貴族用の馬車が停車している。

その車内には・・・・・ニーサの予想通りの男が座っていたのだった。

「・・・・・」

パトリックがあれこれ仲介役として調子に乗っていることを、ウォルドレッド伯はあまり快く思っていないのはそのやり取りの序盤ですぐに察することができていた。

「ニーサ殿、こちらに」

「は、はい」

快く思われていないことを感じることなく満面の笑みで案内するこの男に、ニーサは逆の意味で感心さえしていた。

(ここまで鈍感なのはある意味才能ね)

「ニーサ殿をお連れしました」

「・・・・よい、下がれ」

「はい!」

「ウォルドレッド伯爵、シレナ子爵の婚礼パーティ以来でございましたね、ご無沙汰しております」

「う、うむ・・・」

ウォルドレッドはパトリックのような小物ではない、状況を見て利を素早く見極め欲望も野望も人一倍強く目端も利く。

一見、猛犬のようないかつい顔をしているがその実は頭が切れる男だ。

「聞くところによればあなたも武士団の悪行に感づいていたとか?」

「感づいていたと申すには少々語弊がございます、怪しいと思い始めていた矢先と言ったほうが正確でしょう」

「そうであったか、ではこれなる人物ももちろん知己の間柄だろう?」

「ええ・・・・良く、知っているわね、半兵衛くん」

その狼人族の男はゆったりと馬車から降車すると周囲に視線をやりつつ答える。

「・・・・・怪しいと思い始めていたか、おい誰か!」

半兵衛の掛け声に馬車を警備していた私兵が何か失態を責められるのかとびくびくしながらやってきた。

「この女を拘束しろ」

「え?」

「おい、ニーサ殿を引き込めば我らが兵を失うことなく余計な出費も減らせるのだぞ?軍を出すのもただではないのだ!」

「いいから拘束だ」

「え、あ・・・」

どちらの命令を聞くべきなのか、狼狽していた兵士の腹部を半兵衛は突如蹴り飛ばした。

悲鳴を上げることなくその哀れな兵士は数メートルは吹き飛ばされ・・・・・口から大量の血を吐き息絶えた。

「お、おい!!!」

「この女を拘束しろ、情報を全て聞き出せ」

「あ、ああ・・・・・」

「話そうとしなければ指でも腕でも切り落とせ」

「・・・・・おい!この女を拘束しておけ!!わ、私が後から直接尋問する!」

「・・・・・・・」

想像を超える半兵衛の変貌ぶりにニーサはショックを感じるよりも違和感を感じていた。

あの表情・・・・感情が抜け落ちてしまったような無機質な・・・・そして私との会話を避けた!?

何故?

半兵衛くんは頭脳明晰で知性に恵まれた逸材であるけど、それ以上に優しく穏やかでいつもにこやかに士道館の子供たちに講義をしているときが一番幸せですと・・・・・

そう言っていたあの照れ笑い・・・・・あれまで嘘だとは思えない。

真っ赤になりながら蜜柑ちゃんとの愛情を育んでいるあなたは・・・・

・・・・・・

ニーサは自分がこれからどのような目に合うのかということよりも、半兵衛の変貌についての考察を進めることに意識を集中していた。



『こうしてお主に語りかけるリスクを犯すことになるとは思わなかったよ』

「・・!」

『そうだ、気付かかれぬようにしなさい、今そなたの肩の上に乗っている我は半兵衛に付きまとっていたあの羽リナじゃよ』

そーっと感覚のある肩に視線を移しても何もいない・・・・相当に高度な姿隠しの呪文・・・・それと肩に乗っていることにも気付かせないなんてクラス4レベルの認識阻害術?

『大体あっているが、今そんなことを詮索している場合ではない、こうして接していれば言語化した思考なら読み取れる、いいな?』

(はい)

『よろしい、お主はあの半兵衛の変貌ぶりをどう見る?』

(わからない、あの半兵衛くんが何か強力な暗示もしくは魔術薬で操られているとしか)

『その説は我も考慮したが、二つの点から否定できる』

(二つの点?)

『まず暗示をベースにした魔術薬での洗脳には限界があってな、命令の遵守はできるが自ら思考しお主との会話をあえて避けるような高度な判断はもたせられぬよ』

(よく・・・・ご存知で)

『もう一つ・・・・あやつは今回と同じ姿隠しとレベル4の認識阻害術を行使した状態でさえ、我の匂いに気付くことができるのだ』

(それじゃあ半兵衛くんは)

『匂いに反応した半兵衛の奴はな耳をピクピクと2度反応させる癖があるんだよ』

(それでその反応はあったのかしら?)

『ない、感じることすらできなかったように思う』

(・・・・・)

『それとだ奴の発するオルナを感じなかったのか?』

(え、オルナを?)

『オルナとは魔法力の生成に必要なこの世界に循環する元素の一つ・・・・魔法を扱う者であれば己の心の内でオルナを反応させ魔法力を生み出すことができるため自分の感情にオルナが作用し放出される現象が確認される』

(ええ、魔法学の基礎ね)

『だからこそ侍は感情由来のオルナを発することない』

(!!!動揺していたのね、そのような余裕はなかったわ・・・・私の失態よオルナを感じることを忘れていたわ・・・・)

『あの状況では仕方あるまい、安心せい私が既に感知済みである』

(え?感知済み?)

『奴から発せられたオルナは、岩や水のほうが遥かに感情豊かなほどに無機質なものであった・・・・人が発することの可能なオルナなのか・・・・』

(ということは!?)

『私の結論、あれは半兵衛ではない、あの哀れな兵士を殺すにしても何故ソルダを抜かない?しかも腰にソルダさえ差しておらん』

(ではない・・・・ということは本物の半兵衛くんは!!)

『おい、あまり感情を昂ぶらせるな気付かれるぞ』

(ごめんなさい)

『これから我は帝都にいる蜜柑と共に動こうと思う、あの娘の力になってやりたいのだ・・・・半兵衛のためにもな』

(お願いするわ、助けてあげて半兵衛くんを!)

『冷血の宰相・・・・通り名とは違い熱く慈愛に満ちたお人であるな、あなたに敬意を評し我の本名を告げよう・・・・元帝都行政長官バルケイム』

(全てが繋がったわ・・・・そういうことなのね、むしろ罪人であるあなたなら逆に信用できるわね)

『それでこそ冷血の宰相だ、では私は行くぞ、きっとあいつらが動いてくれる諦めるな』

(半兵衛くんと蜜柑ちゃんをお願いね)

『言われるまでもない』


すっと何か肩が軽くなった感覚に寂しさを感じたニーサは天幕の柱に縛り付けられている我が身の現状を思い出し、救いを求めれば良かったと後悔した。

後悔してすぐ思いなおした、あのバルケイムがこの状況を放っておくはずがない・・・・ならば動きがあるというのだろか?

今はそのチャンスを待つしかない・・・・

「おい、その女を連れて来い」

兵士たちの動きが慌しくなり、杖を突きつけられ連行されるニーサは一段と豪勢な天幕というより、場違いな装飾のされた違和感に満ちた小屋のような空間に連れて来られた。

専用コックに調理させた際に使われたと思われる香辛料の刺激臭が鼻をつく。

壁板には戦場の空気をやわらげようという意図であるのか、様々なあまり上手とは言えぬ絵が掛けられ無駄に赤いビロードで装飾された本陣はウォルドレッドの趣味の悪さを喧伝する意味では見事であった。

過剰に宝石で彩られた10本以上の杖が仰々しく飾られ、実力のない術者にありがちな杖に金をかけるタイプであることを見ても自己顕示欲で着膨れしているような人間というニーサの分析が的中していと言ってもいい。

そんな着膨れ男がニーサに迫った。

「半兵衛の奴が手荒な拷問をする前に私が聞いておいてやる、本当にあいつらを見限り内通する気があるのだな?」

「見限る?これは妙なことをおっしゃいますね」

「妙だと?」

「ええ、私は最初から自分の意志で行動しています、怪しいと思い始めた矢先だって」

「少々知恵が回るからと言ってもったいぶった言い方をするな、本当に拷問へかけることになるぞ」

「それは嫌です」

「私はそこら辺の変態貴族と違い、血を見るのが嫌なのだ苦手なのだ、女は裸にしてハーレムに放り込むに限る・・・・お前も中々の美人であるな私のハーレムに入れてやってもよいぞ、少々年増ではあるが」

「と、年増・・・・・」

「やはり若い女子のほうがいいからな、肌の張りが違うわ」

「・・・・どちらにしても私は彼らを許すつもりはないわ、武士団を武装解除させた上で投降させれば良いのでしょう?」

「できるのか?」

「やらなければこの先、私に未来はないのでしょう」

「分かっておるではないか」

ふと本陣の入り口が慌しくなり何事かと振り返るとそこには半兵衛が感情を捨て去ったかのような、虚ろな目でニーサを見つめていた。

「は、半兵衛くん・・・・」

「拷問しろと言ったはずだが」

「ま、待て拷問前に話しをしていただけだ」

「・・・・話しにならんな、そこの兵士・・・」

「は、はい!」

半兵衛に指名された兵士は震えつつ近くににじりよった。

「この女の左手の指を全て切り落とせ」

「え!?」

「それでも口を割らなければ次は右腕だ、その次は左目を抉り取って情報を聞き出せ」

「待って半兵衛くん!!あなた本当に半兵衛くんなの?」

「なんだと?」

「私が引っかかっているのはこの点なのよウォルドレッド伯!」

「なに!?」

「何故気付かないの?半兵衛ならこのやりとりに気付かないのがおかしいわ」

「・・・・・やれ」

躊躇した兵士の喉に半兵衛の指が突き刺さった。

「あ!・・・ぐが・・?!あぐっあああ!」

そのまま喉仏を抉られた兵士は喉から血を噴出したまま倒れ・・・・しばらく呻いた後、動かなくなった。

「半兵衛、貴様!!」

「・・・・・この女を・・・この女・・・・処刑しろ、それでこの問題は終わりだ、その後あの街を攻めればいい」

「くっ・・・・仕方がないニーサを処刑する」

「処刑場所はデュランシルトと貴族軍の中間地点、それで奴らをおびきだせ」

「・・・・分かったからお前は下がれ」

「・・・・・・・・」


魔法の世においての処刑方法はある意味残酷であった・・・・処刑台に設置された魔法抵抗力を極限まで削り取る魔方陣に固定された上で近距離から火炎呪文を同時にに放つ火刑が主流であった。

氷系統の呪文では血が飛び散って残酷であるという魔法時代の常識となっているようだ。


半兵衛の底知れぬ圧力と恐怖に屈したウォルドレッドによって処刑命令が下され、権力者に意見することすらできない部下たちは右往左往しながらその準備を整えていく。

あのパトリックは完全に怯えて影から覗き見るだけの子犬になりさがっていた。

元々期待なんてしていないけど・・・・どうかしらまだ間に合わない?無理かな・・・・

でも時間にして3時間強、私にしてはよく引き伸ばしたほうだ。

まあこれで死んでも・・・・

死んでも・・・・

愛しいあの人に会いたい・・・・また抱きしめて欲しい。

そう思う気持ちを抑えきれず、ニーサの頬を涙が伝う。

「悪く思うな俺たちも命令には逆らえない」

さすがに女性を処刑するのは気分が悪いのか、ああやって言い訳をしているのだろう。

あなた後はよろしくね・・・・そして勇気をください。



「ま、待て!何だあれは!」

「おい!あれは・・・」

気付いたのは処刑担当の兵士たちだけではなく、後方の貴族連合からもどよめきが広がっている。

まさかと正面を見据えると騎馬が2騎・・・・・悠然とこちらへ向けて駒を進めていた。

馬上には四式装備に身を包み、十文字槍の穂先に鞘をつけたままの美しき騎馬武者ナデシコ・・・・・

そして、同じく四式装備を纏うのは、戦場の女神と見まごうばかりの美しさを誇る少女マルティナであった。

貴族連合たちはあまりにも堂々と凛々しく野を進む二人の美しさに完全にのまれ戦意を喪失しているようにしか見えなかった。

その時であった、二人の騎馬は馬腹を蹴ると一気にニーサの前を通り過ぎていった。

ニーサだけはその刹那、ナデシコが片目を閉じて合図をするのに気付き力一杯目を閉じた。

ナデシコとマルティナは貴族軍の前で左右へ転進すると同じタイミングで抜刀する。

その美しさ、神々しさは春の午後のやわらかな光に包まれた戦乙女のごとき清浄さで貴族連合軍の意識を刀の虚脱効果で刈り取っていく。

「ニーサアアアアアアアア!!!!!!」

「あああ!」

聞き慣れた・・・・愛しい人の声を聞き逃すはずがない。

目を閉じたまま立ち上がったニーサは力強い手で抱きかかえられ、そのまま強い力で抱きしめられる。

「まだ、まだ目を閉じていなさい!」

「はい、あなた!!」

虚脱症状から脱し始めた貴族連合が気付いた時にはもうナデシコとマルティナはデュランシルト正門に向けて走り去るところで、ニーサを抱きかかえたザインを乗せた馬車も正門に向けて退却をしているところだ。

目を開けたニーサは後方の貴族連合が逃走阻止のために攻撃呪文の準備に入っていたところだたった。

「いけないこれじゃ間に合わない!」

「大丈夫さニーサ」

再び力一杯抱きしめたザインの言葉に驚く間もなく・・・・・

貴族連合の後方で爆発が相次ぐ。

「何事だ!!!」

「後方からの攻撃です!!」

「どこからだ!!」

「敵の姿はどこだ!!!」

ドオオオオオン!ドゴオオオン!

次々と貴族連合の左翼側での爆発が続く。

「今度は側面からの攻撃です!!は、挟まれました!!!」

「ええい卑怯者め!!!」

混乱する貴族連合軍は退却する騎馬と馬車を追撃することもできず、慌てふためくのみでついに逃走を許すことになった。

「あなた・・・・・大好き!!!」

ニーサに力一杯抱きしめられたザインはぼろぼろと涙を流しながらニーサを抱きしめ返す。

「危険な真似をして・・・・遅れてすまなかった」

「そうだ、あなたはレインド様と一緒だったはずじゃ!?」

「デュランシルトの危機を知らせてくれた人がいてな」

「ニーサさん、ご無沙汰しています」

「シルフェさん、あなただったのね」

街の広場で馬車から下りたニーサたちは丁度正門から帰還してきたシルフェと鉢合わせたのだ。

「はい、とりあえずの危機は乗り越えましたがこれからが本番ですね、ニーサさんが時間を稼いでくれたおかげでこちらも防衛体制が整いました」

「防衛!?」

「はい、朧組とラルゴ隊が防衛に戻っています、むしろ戦準備を整えての出征だったので迎撃準備は皮肉にもすぐ整いました」

「ネリスとジョグたちシルヴァリオン本隊と帝国軍の志願者たちがこちらへ援軍に向かってくれている、これらが合流すればいける!」

「ニーサさん!!」

「ナデシコ!!」

抱きついたナデシコはニーサが無事なのを確かめようと体のあちこちを触って傷の有無をたしかめている。

「大丈夫だった?変なことされなかった?体を触られたりしなかった!?」

「大丈夫よ、・・・・・そういえば私の手の甲にキスしたお馬鹿な貴族がいたっけ」

「ニーサ!!!その貴族の名はなんだ!!!」

「あなた?」

「許さん俺のニーサに手を触れやがってええええええ!」

「いいなぁ愛されてるなぁニーサさん」

「もうそれより、迎撃準備は大丈夫なの?」

「はい、みんなでがんばって用意した堀と城壁が役に立つ時がきちゃったみたい」

「間に合いそうね、とりあえずは・・・それはそうと、向日葵ちゃんと光輝ちゃんは大丈夫なの?」

「うん、サナやサリサさんと街の人たちが面倒を見てくれているわ、雪の匂いのするクッションが近くにあると安心するみたい」

「よかった・・・・ところで皇帝陛下は無事に帝都に到着されたかしら?」

「カルネスさんが受け取った連絡だとネリスさんたちの後ろ盾になってくれてるのは皇帝陛下だって」

「ナデシコ、私が気になっているのは帝都でも恐らく・・・・武士団の無実の罪が広まっているはず陛下も苦境の中私たちのために」

「半兵衛・・・・あいつに限ってどうして・・・・」

「それは後、命がけの戦いに向かった鬼凛組のためにも私たちはみんなの帰る家を絶対に守るわよ!」

「「「はい!」」」



睨み合いが続くデュランシルト前では貴族連合軍の攻撃準備が着々と整いつつあった。

ニーサにうまいこと時間稼ぎをされたことに激怒した短絡的な貴族たちの怒りによって攻撃命令を待たず各貴族の私兵ごとに攻撃が開始されてしまった。

次々と着弾する火炎弾は城壁の防御結界によって阻まれ、むしろそのことに激怒した貴族たちによる進軍が始まった。

火炎弾から火炎連弾、氷つぶてから氷槍、岩石弾へと呪文は威力を増しつつある。

「ザイン、迎撃手順はどうなっている?」

物見櫓から戦場を見渡していたザインとシルフェは貴族軍の攻撃が散発的で広範囲に及んでいる点を見逃さなかった。

「城壁と堀による防御陣は一箇所への集中砲火が弱点と言っていい、だがあいつらにはそんな頭はないようだろくに実戦経験もない連中だからな」

「あの妖人種との戦いでも隠れていた腰抜けに負けるわけにはいかないな」

「ああ、そこでシルフェたちにも出てもらうぞ」

「敵の攻撃が一箇所に集中してきたら側面から攻撃し分散させればいいんだな?」

「さすがだよ」

「なあに指揮官が優秀だと従うほうも動きやすいだけだ、では俺たちは西側にいくぞ?」

「頼む、東側は月藍湖の位置取りのせいで回り込めないからな・・・・さすがに増援の編成にはてこずっているようだ夜までに来てくれれば助かるのだが」

「ネリスやジョグもがんばってくれている・・・・何より皇帝陛下の信頼はありがたいな」

「あの方は馬鹿をわざと演じる器量も持っておられる・・・・」

「馬鹿を演じるか、あの半兵衛も演じているのであれば・・・・いや何も言うまい」

「今は守ることだけを考えよう」

「ああ」




デュランシルトへ援軍を送るべく奮闘するネリスとジョグ、それに帝国軍各隊への支援要請に走り回っていたのはノルディンである。

皇帝陛下が直接態度保留の貴族たちの屋敷を訪れ出兵を促し、なんとか1500の兵を集めつつあったが事態は思わぬ方向へと推移しつつある。

ウォルドレッド伯爵が自分たちにこそ大儀があると帝都に多くの工作員を放ち、武士団がいかに帝国を欺いてきたかを触れ回っていたのだ。

大衆はすぐに同調圧力によって容易に昨日まで英雄だった存在を悪の権化と認定し、自らが騙されたことを認めたくないために憎悪の対象として新たに敵として認定した存在に悪意と敵意を容赦なくぶつけていく。

これは今回も同様であった。

膨れ上がる憎悪は瞬く間に皇帝やシルヴァリオンが増援を派兵する情報に飛びつき、シルヴァリオン本部に多くの住民たちが怨嗟の罵声を浴びせている。

聞くに堪えない罵詈雑言が、今まで命がけで帝国を多くの人々の命を守ってきた武士団にむけてぶつけられていく。

それは・・・・帝都でサクラの捜索にあたっていた蜜柑とヒルデにも襲い掛かろうとしていたのだ。

「てめえ鬼凛組じゃねえのか?その腰にぶらさげてるのってお前たちが使ってるソルダだろ!?」

「ち、違います!」

「これはただの杖です!」

「いや違うな、こいつら魔法力ないんじゃねえか?」

「えへへへへ・・・・・よく見りゃガキだがかなりの上物じゃねえか!おい!!ここに鬼凛組のガキがいるぞお!!」

「くそっ!逃げるよヒルデ!」

二人の健脚を持ってしても次々と現れる敵意をむき出しに襲い掛かる男たちに進路を阻まれ、路地裏に追い詰められた蜜柑とヒルデは脂ぎった男たち10数名に取り囲まれてしまっていた。

「ヒルデ、私が刀を抜いて虚脱状態にしたら」

「きゃっ!」

背後から迫った男が放った魔法のロープがくるくるとヒルデを縛り上げる。

「ヒルデ!あんたたち!きゃああああ!」

気をとられた隙に死角から石つぶての呪文をくらい吹き飛ばされてしまう蜜柑。

「うぐぅ・・・・くっ!」

石弾に胸部を直撃された蜜柑はしばらくの間まともに呼吸さえできず、その間に手足を縛り上げられてしまう。

「ぐははははあ!こいつらを突き出せばよ、俺たちも貴族共から礼金がもらえるんじゃねえか?」

「おい!山分けだぞ独り占めしたら撃ち殺すぞ!」

「なんだとぉ!」

烏合の衆にすらなりえぬあぶれ者たちはすぐさまもてあました敵意と憎悪の波に飲み込まれ怒鳴りあいに発展していく。

「うるせえ!めんどくせえからここでこいつら犯すぞ!」

「そいつは賛成だ!てめえら服を剥ぎ取れ!」

「いひひひひ!」

「やめて・・・やめて!!助けていやあああ!半兵衛えええええ!」

「局長おおおおおお!助けてサクラねえ!!!」

二人の脳裏に浮かんだのはラヴィ班の少女たちが捕らわれていたあの地獄のような惨状であった。

噴きあがる恐怖の感情と半兵衛への思い、サクラへの憧れ・・・・二人の思いが爆発寸前になった時・・・・・

突如断末魔の悲鳴が路地裏に溢れる。

「ぎゃああ!!!!」

「うぎゃああ!」

「がああああ!」

あれほど威勢を張っていた10数名の男たちは皆下腹部を抑えて石畳の上でのた打ち回っている。

悶絶するほどの悲鳴と股間から溢れ出す血を見るだけでも生半可な怪我ではない。

「遅くなってごめんよ、もう大丈夫だからね」

すっと二人のロープを手際よく切り裂いたのは住民の衣服で偽装したリンダとレイスであった。

「リンダさん!!」

「うわああああん!」

リンダはヒルデを優しく抱きしめるとレイスに蜜柑の治療を促す。

「蜜柑ちゃん、今治癒術をかけるわ」

「ありがとう、でもサクラねえが見つからないんです!」

「その話は後よとりあえずシルヴァリオン本部に戻るわ、いいわね」

「はい」

「あの人たちは・・・・」

耳を劈くほどの悲鳴と鳴き声で助けを求める男たちは這いずりながらリンダに助けを求めてきた。

「あんたらがこの子たちに手を出したの運の付きよ、安心しなさい正確に狙ったからあんたらの粗末な息子さんたちは一生使い物にならないわ、治癒術も効果ないわよ完全に破壊したから」

「ひやあああああ!」

「うぎゃああああ!」

「だずげでえええええええ!」

「ふん、この子たちが助けを求めたときにあんたたちは何をした?まあ、殺したほうが楽なんだけどね、一生その体で罪を償いなさい」

そう言い捨てたリンダは耳を塞ぐ仕草をすると、ゴミを見るような目で男たちをにらみつけていたレイスが眠りの呪文を放ち彼らはつかの間の眠りについた・・・・

「いいかい、私から離れちゃだめだよこれから4人でシルヴァリオン本部へ戻るからね、サクラを探すにしてもまずはあんたたちの服もなんとかしなくちゃいけないからね」

「あっ!」

胸元を破かれたその服装で街中を歩く訳にはいかないと、レイスのマントで二人をくるみつつリンダが得意な容姿変化の呪文で現場を離脱することにした。

帝都は大混乱に陥っていた。

各所で鬼凛組と疑われた人々に低位呪文がぶつけられ、武士団と友好的であった商店が略奪にあっている・・・・

「ひどい・・・!」

「いいかい蜜柑・・・・人ってのは愚かな生き物さ、でもね愚かじゃない立派な連中だっているんだ武士団みたいにね」

「リンダさん・・・」

「二人は私とレイスが絶対に守ってあげる!」

「「ありがとうリンダさんレイスさん!」」

「シルヴァリオン本部には同士たちが集まっているがね、周囲に感情を吐き出さずにはいられない愚か者たちが馬鹿騒ぎをしているけどさ、二人は気にしちゃいけないよ」

リンダの気遣いに挫けそうな心を必死に繋ぎ止める蜜柑とヒルデだった。




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