2 惜別の朝
怪我を負い大地母神神殿の結界の中で保護されていたマユがついに目覚めたという知らせが真九郎の元へ飛び込んできた。
住居の倒れた家具を戻す作業や瓦礫の撤去で隊士たちと街をかけずり回っていたときである。
歪んだ住居の隙間から差し込む光が巻き上がる埃の量の凄まじさを物語り、口元を布で覆っていた真九郎も良い知らせに思わず声も弾んだ。
「本当か!??」
「局長、後は任せてください」
「頼む!」
埃だらけの環境から逃げ出すようで後ろ髪が引かれる思いであるが、今はマユから事情を聞きだすのが重要だろう。
事情を聞きつけた義経やナデシコ、ニーサたちがマユのいる大地母神神殿の祈りの間に急いだ。
暖かい光と木漏れ日が差し込む清浄な空間であり、石造りの壁や柱は職人たちが掘り出した彫刻が大地母神の慈愛を表現しているのだという。
壁伝いに木々の太い根が祈りの間を包み込み、その根からは色とりどりの花が咲き誇っている。
すると既に知らせを受けシズクが届けていた料理を何人前も平らげ、おなかがポンポンになって満足そうな顔をしているマユが新たに用意された巫女装束姿で石台に腰掛けていた。
「マユ!!気が付いたのか!??」
「ふぅ・・・・ようやく生きてるって実感できたわ・・・・ずいぶんと長く眠ってしまったみたいね」
「覚えているか?お前は何者かに襲われ街の近くで倒れていたのを保護されたんだ」
「うん・・・・覚えてる、悔やまれるけど文句を言っている暇はないの、そうね今わかっていることを全て話さなくてはならないわね」
マユは立ち上がると食いすぎて膨らんだお腹を叩きながら、主だった者を集めるように命じた。
今デュランシルトにいる隊長クラスの隊士やラルゴ村の村長たちも呼ばれ、マユにより重大な話がなされようとしていた。
マユは優しく、そして悲しみが滲む瞳を閉じ・・・・ゆっくりと語り出す。
「ソラから少しだけ聞いたけど、地震などの天災が頻発しているそうね」
「はい、火山の噴火、魔物の大量発生、ドゥベルグでは疫病が流行の兆しを見せております」
「やはりね・・・・説明苦手だから・・・・えっとね、神々に異常が起きているの」
「「「ええええええええ!!!!!!」」」
ソラの受けた衝撃はすさまじく、ぺたりと座り込み驚愕の表情に包まれている。
誰かが質問役になったほうが良いと判断したニーサはマユの側でソラを支えながら、改めて挨拶をする。
「マユ様、ニーサです覚えていますか?」
「うん、ニーサも元気そうで・・・・そうあなたも幸せを掴んだのね」
「はい、ありがとうございます、さっそくですが神々に起こった異常について教えてください」
「神々は・・・・神でさえ気付かぬうちに自分の意志に反して人の世に干渉しているという事態に気付いたの」
「気付かぬうち?すいません、マユ様、我らは神々がどのように日々をお過ごしなっているかさえ分からないのです」
「うん・・・・そうね・・・・祈り、そう女神の相槌と呼んでいるニル・リーサの大切な信徒たちの祈りの交信が止まっているわね」
「はい、そう聞いております」
「あれはニル・リーサ様が誤った啓示や神託を自分の意志に反して送らないように繋がりを断っているのです」
「なんという・・・・もしや!!神聖ヴァルジェリス王国が帝国に横暴極まる七ヶ条要求をしてきたのって」
「さすがニーサよ、光神ウルヴァが考えもしない神託が発せられて神々は焦ったわ、どうしてこのようなことが起こるのか・・・・・」
「あああ!!なんてことでしょう!」
ラルゴ村村長も、ヴァンやナディア、竜胆、夕霧、紅葉たちもあまりに非現実的な話に・・・・呆然としてしまっていた。
「勘の良い人ならもう察しているでしょうけど、最近頻発している天災は神が繋がりを断ったために生じている現象・・・・・」
マユは落ちこむソラの頭を優しく撫でながら、悲しみに満ちた瞳をレインドと真九郎へ向ける。
「マユ、俺たちが知りたいのはお前を傷つけた奴は誰だということだ」
「私は神々から直接武士団に危機を伝えるように頼まれたの、人の争いに力を貸してしまった罰でもうちょっとあっちでお説教くらってから戻るはずだったんだけどね」
「そうであったか・・・・」
「その戻る途中でね、襲われたのよ・・・・・死界人を生み出した存在の眷属に・・・・・イゾルデに聞いたことがあったわね?」
ショックから立ち直り思考を再度回転させたニーサが質問に周った。
「たしか、死界人はそれらの老廃物から生まれたと・・・・」
「ええ、知恵の神ダナル・レイが数百年の時をかけ奴らの分析を行っていたけど、ようやく正体が掴みかけてきたの」
「ち、知恵の神・・・・・!??」
「ええ、へんくつなスケベ爺よ・・・・奴らは他の世界から渡って来た存在・・・・・この世界は界殻と呼ばれる決して誰にも触れえぬ殻で守られているわ、それを食い破り侵入する寄生虫のような存在」
「き、寄生虫・・・・この世界・・が?」
「ええ、名前がないと不便なので、私たちは 空の魔物として 空魔 と呼称することにしたわ」
「空魔!!??」
「スケベ爺の推測だと、元々は界殻を修復するための存在ではないかと・・・・この世界が浮かぶのは無限の広がりを持つ世海という大海原、そこには数限りない私たちが住むのと同じような世界が卵のように浮かんでいるらしいわ、その卵が天文学的確率で衝突することが稀に起こる・・・・・」
頭を抱え始めたのは義経だった。
「すまんマユ・・・・話しが壮大すぎてついていけん」
「義経なら大丈夫、あなたは物事の本質を見抜く力があるわ」
「そうかな?」
「ええ、そうやって壊れた界殻の修復のために作られたのがあいつら空魔ではないかと、だから修復環境を整えるために世界に干渉する力を獲得したのかもしれないってね」
「・・・・・・・」
「レインドこっちにいらっしゃい」
「う、うん」
「大きく立派になって、うれしいわ」
小柄な11,12歳頃の少女が今では立派になったレインドの頬を慈愛を込めて撫でる姿は違和感を感じさせるものの、荘厳な風景であったように思う。
「あなた大事なことを忘れていない?」
「え?」
「要の儀」
そうはっきりと口にしたマユの目からは涙が流れていたことに、真九郎だけは気付いていた。
「・・・・・ああああああ!!!!」
「ニーサは覚えているかしら?」
「かな・・・めのぎ???いえ、初めて耳にする言葉だと思い・・・ます」
「そう・・・・事態は深刻ね、そう思うでしょレインド」
「ニーサが要の儀を覚えていないなんて・・・・」
「え!?レインド様!???私はいったいどうしてしまったの!?」
不安からザインの手を握るニーサは自分の記憶がどうかなってしまったのかと混乱している。
「ニーサ、それはあなたのせいではないわ・・・・・空魔が世界に干渉した結果よ」
「え!??」
「奴らにとっては干渉し修正するべき対象となったようね、要の儀が」
「レインド様、要の儀とはいったい・・・・」
恐らく要の儀という言葉の概念を干渉によって奪われたのではないか・・・・そう感じつつも自身の知識、記憶を奪われた怒りがふつふつと湧き上がってくるのを抑えられそうにない。
「僕が聞いているのは、大地母神ニル・リーサ様の御加護を更新するための儀式だと」
「そう・・・・レインドもそういう記憶だったのね、残念だけどそれは違うの」
「まさかその記憶も干渉の影響だというの?」
「本来の要の儀とは・・・・真九郎あなたが鍵となるわ」
「俺が・・・・鍵?」
「覚えているかしら?コニス村の近くにあったイルミス教団支部」
「ああ、忘れもしないグルナ兵と戦ったな」
「そしてお父さんと出会った場所・・・・」
ナデシコが胸に手をあて、不破との出会いを思い出し義経と手を握り合っていた。
「たしか真九郎は見たはずよ、地下の大穴から湧き出したグルナの群れを」
「そういえばあの地下の大広間の奥に何かが隠されている気配はあった・・・・・」
「不命の大穴」
「「「!!!??」」」
「界殻から内部へ干渉する際に生じたとされる亀裂、穴、なんでもいいわ、その穴が広がりを見せているの」
「すまん、マユ・・・・分かるように言ってくれないか」
「・・・・・うーん・・・・」
「マユ様、つまりこういうことでしょうか?神々が意志に反する神託を発したのは空魔の干渉によるもの、そしてその干渉力の増大は不命の大穴の広がりが影響していると」
「そう、さすがニーサ!」
『『『なるほど・・・・』』』
「そして肝心なのは不命の大穴の影響力を止めること、そのための鍵になるのが・・・・真九郎さんということですね」
「うん、そう・・・ね」
「分からないのは、要の儀と不命の大穴の関係性なの・・・・・・」
「まさにそれよ、不命の大穴を塞ぐことこそ、今回の要の儀の内容なの、レインドが真九郎と共に穴を塞ぐことが今回用意された本来あるべき、要の儀なのよ」
「僕が師匠と・・・・・!?」
「・・・・・ならばやるしかあるまい、マユの話しを聞いて納得がいった」
「うん・・・いつしか僕が要の儀を忘れていたなんて・・・・こんな大事なことを・・・・・・」
「レインド様、それは私も同じことです!」
真九郎やナデシコ、義経、ニーサには理解できる内容であっても、ヴァンや夕霧たちはポカーンとした顔をしている。
その後ろでじっとマユを見つめていたのは竜胆の肩に乗った羽リナの姿があった。
状況を整理するために、ヴァンや夕霧たちを一度屋敷へ返すことにしたがそれでもマユからもたらされた情報は衝撃的であった。
「マユはどうして空魔の干渉を受けていないんだ?」
「それは神々の強い意志で干渉から守られているからなの・・・・いつまで持つかは分からないわ」
「これは神聖王国の七ヶ条要求への対抗うんぬん言っている場合ではないな、すぐに不命の大穴に向けて移動しよう」
「覚悟してちょうだい、分かったでしょ?あなたたちだけなの、この状況を打破できるのは・・・・・だからこそ待ち構えているわ」
「死界人とグルナか」
「恐らくは」
悠然と語るマユの姿は時折見せる間抜けな行動を想像すらさせない神聖さを秘めており、祈りの間に注ぐ木漏れ日ですらマユの意志かのような錯覚さえ感じてしまう。
「マユ、俺が気になっているのはお前を傷つけた空魔の眷属とやらの存在だが、それはどのような奴で今どこにいるのか分かるか?死界人以上の力を持つとなれば一大事だ」
「それが・・・・襲われた時の記憶が曖昧で、ただ死界人じゃない。それなら私の体は奴に食われているわ・・・・現状じゃ推測すら無理ね」
「たしかに・・・」
「ごめんなさい、でもあいつらが武士団を恐れている・・・・・いえ一定の警戒をしているのは事実だと思う」
洪水のように押し寄せた情報に戸惑う者も多い。
だがそんな中でも前を向き行くべき道を指し示すリーダーが彼らには存在した。
「お館様・・・・」
「うん」
レインドは髭切の柄に手をかけつつ、すーっと深呼吸すると決断する。
「我らはこれより全軍を持ってコニス村近郊の旧イルミス教団支部へ向かう!!!」
「「「はっ!!!」」」
ニーサが鬼凛組隊士に説明を行っている間、マユはシルメリアを1人神殿に呼び出していた。
ラヴィ班の少女が車椅子をここまで押してくれており、マユの姿を見て笑顔をのぞかせている。
それに応えるように笑顔で返すマユ。
しばらく見詰め合った二人は、懐かしむように微笑み会う。
「マユちゃんよかった」
「シルメリア・・・・記憶の封印が解けたみたいね」
「うん・・・・覚悟は決めたわ、いえ迷う必要なんてないもの」
「本当にいいの?真九郎とよく話し合ったの?」
「それは・・・・」
「ちゃんと話し合いなさい・・・・あなたには・・・・・真実を伝えなければならない、不命の大穴で何がなされるのか」
「え!?」
同じ日の朝、いつものように治療院に顔を出した蜜柑とヒルデ。
今日は気分転換に少し治療院の周りを散歩に連れ出そうかと話していたが、何やら治療院の様子がおかしいことに気付く。
何事かと訪れた二人に顔なじみの看護師の女性が慌てて駆け寄った。
「あなたたたち!!大変よ!!!サクラさんが!!!」
「サクラねえがどうしたの!?」
「いなくなったの・・・・早朝に巡回した夜番の人が確認したときにはもう・・・・ベッドから姿が消えていたの」
「ヒルデ!!!」
二人は全速力で駆け出すとサクラの病室に飛び込んだ。
窓は開け放たれ、春の匂いのする風がカーテンを揺らしている・・・・・
だが、ベッドには畳まれた掛け布団と脱ぎ捨てられた寝巻きが無造作に放り出してあった。
「サクラねえ!?いったいどこ?」
「残月と粟田口は・・・ない・・・・・」
サクラが大事にしていた残月と粟田口がベッドの下にしまってあった篭から持ち出されている。
もしかしたらと、サイドボードの引き出しやクローゼットも確認するが着替えとサクラの縫いかけの編み物が袋に入ったままに・・・・・
「サクラねえ・・・・」
ヒルデは混乱のあまり泣き出しベッドに座り込んでしまう。
「探すの!!そうだ、絶対に何かヒントが・・・・」
その時、真九郎が持ち込んだジングから託されたという、サクラ専用二式装備のことを思い出し棚の脇にあった箱を開けると・・・
「二式装備も・・・・ないのね」
「サクラねぇ・・・・いやあああああああああ!」
「どうして・・・・サクラねえ・・・半兵衛・・・・みんなどこに行っちゃったのよ!!!」
しばらくの間、二人で呆然としていたが突如ヒルデが思い出したかのように叫ぶ。
「お、お館様に連絡しないと!!!みんなにも探してもらわないと!!!そうだよ探さないと!!!」
「あ、あああなんて馬鹿なんだ私は・・・・早く早く急ごう!!!」
治療院の看護師に魔道鳩の依頼をしつつも、いてもたってもいられない二人はアポがないにも関わらずシルヴァリオンの本部へ走りこんだ。
白亜の帝都において唯一漆黒の建造物シルヴァリオン本部は門の作りさえ黒で統一されており、本館の反対側にはかつて仲間たちと過ごした宿舎が今も残されている。
「待て!部外者は立ち入り禁止だ!!」
現在シルヴァリオン本部は対神聖王国問題の本部となっているため、物々しい警備が敷かれているところだったのだ。
「す、すいません私たち鬼凛組の蜜柑といいます、ほら、この刀」
「あ・・・・鬼凛組の!!失礼しました何事ですか?」
「あの・・・・シルフェさんかノルディンさんへ取り次いでいただけないでしょうか・・・・・緊急事態なんです!」
「なんです!」
「き、緊急事態とは・・・・分かりました、ちょうど月影部隊のリンダさんが戻っていたと思うので連絡してみますよ、一階の待合室でお待ちください」
「「お願いします!!」」
二人の美少女に必死に懇願されては仕方がないと、警備の隊員が連絡をとってくれるようだ。
薄暗く湿った匂いのする待合室で待たされている時間はそれほど長くはなかったが・・・・二人には永遠のような時間に感じられてしかたがなかった。
「鬼凛組の子が来てるって聞いたけど、蜜柑ちゃんだっけ?」
「カルネスさん!??」
「よりによって変態カルネス!?」
「おいおい、そんなに褒めないでくれよ」
「褒めてないわ!!そんなことより助けてカルネス!!」
「ただ事じゃない感じだね、今リンダも来るから二人揃ったら話しを聞こう」
「カルネス!貴様はとうとう未成年まで!!」
「おいリンダ違う!!」
「って蜜柑とヒルデじゃないか?」
「リンダさん助けて!!」
「やっぱりカルネス・・・・・お縄に付くときが来たようだな」
「だから違うって!」
「サクラねえがサクラが治療院からいなくなったの!!」
「「!!!」」
「二人ともこっちに来て!」
リンダは二人を近くの空き室に通すと、居なくなった状況の聞き取りを行い始める。
警戒したのだ、鬼凛組の隊士が行方不明になるというのは他国の諜報員にとっては垂涎の情報だろう。
空き室のランプに設置された呪印石を起動させ明かりをつけると、二人をおあつらえ向きに置いてあった椅子へ座らせた。
「それじゃあサクラ用のソルダ2本と専用防具がなくなっていたんだね」
「はい・・・・」
「気になるのは・・・・サクラはかなり症状が進んで歩くのもやっとだと聞いていたんだけど」
「そうなんです、移動はもう車椅子でお庭をお散歩とか・・・そんなのが・・・・やっとで・・・ううぅあああん!!」
「よしよし・・・・よくがんばったよ蜜柑」
リンダに抱きしめられて蜜柑は耐え忍んだ感情が爆発したように泣き出している。
半兵衛の行方不明とサクラの失踪・・・・背負うには重過ぎる事実の連続だ。
「そうなると拉致か、自発的な失踪か・・・・・彼女の病状を考えれば拉致の可能性も少なくない、俺は飛竜で街道沿いを捜索してみよう、リンダは部屋をもう一度調べて痕跡を探してくれ」
「分かったよ・・・・大変だけどヒルデと蜜柑は病室に付き合っておくれ」
「はい!」
「ありがとうリンダさん!」
「お姉さんに任せなさい」
サクラ失踪の報は魔道鳩によってニーサたちも知るところになるが、すぐにリンダからの連絡で蜜柑からの捜索依頼を受けて月影部隊とカルネスの飛竜隊が動いてくれていることが知らされる。
会議室での人員割り振り中に飛び込んできた情報に、飛び出して行こうとしたのは義経だった。
だが飛び出そうとして思いとどまり、天に向かって叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!サクラあああああああああああ!」
「義経!あんたは遠征のことに集中しなさい!」
「ナデシコ・・・・・」
「サクラの捜索には私が向かうわ、街の人たちも捜索班に志願してくれている人が20人ほど集まってくれてる」
「こんな短時間でそんなに!??」
「みんなサクラが大好きなのよ・・・・私だって、本当の妹みたいに・・・命がけで向日葵と光輝を守ってくれたサクラを放っておくわけにはいかない!拉致された可能性も含めて私がことにあたるわ」
「・・・・・・」
「ナデシコ!」
義経の叫びを聞きつけたのだろうか・・・・
「師匠!?」
「俺だって飛び出して行きたい・・・・サクラとは約束があるんだ、だが今俺たちがなさねばならんのは・・・・」
「師匠はサクラを探しにきちゃだめだよ、それは私の役割・・・・・お父さんの言葉を借りるなら天命だよ」
「強くなったな・・・・ナデシコ」
「そりゃそうよ、だってお母さんだもん!」
「これは義経が尻に敷かれるはずだ」
「いやあ勝てる気がしないぜ」
「「「・・・・・」」」
「今はそれぞれが為すべきことをしよう」
「うん」
「はい!」
出発準備の補助のため明日の出発になったナデシコより先に、デュランシルトの志願者たちは昼過ぎには帝都へ移動を開始している。
その間も遠征に向けての準備が街の総力をあげて行われていた。
厨房ではシズクが10個のフライパンと鍋を同時に呪文で制御し、次々と保存容器へと納めていく。
ラヴィ班も負けじと大量の食材の下ごしらえや米の炊き出しに尽力してくれている。
まさに女たちの戦場である。
リヨルドは目立ち始めたサナのお腹に手をあて耳を当てて生命の鼓動に感動していた。
二人の慎ましい新居での生活は優しさに包まれていた。
ラヴィ班の勤務が終わり稽古帰りのリヨルドを待つ姿は微笑ましく、お腹が目立ち始めてからはシフトをかなり優遇してもらい自宅で二人での夕食の機会も増えてきている。
良き妻になるためナデシコに色々と教わっているらしい。
「俺たちが必ず二人の未来を救ってくるからな」
「あなた・・・・生きて帰ってくださいお願いだから、それに違いますよ3人の未来ですからね」
「ああ、マグナやベントと約束したからな、生き残ってあいつらに俺たちの幸せを見せ付けてやらないと」
「約束ですよ、この子の名前を一緒に考えるんですからね」
「うん、大好きだよサナちゃん」
屋敷中をヴァンが駆け回り、夕刻に大事な話しがあるから集合するようにと声をかけてまわっていた。
こんなことは前代未聞であり、隊士やその家族たちも今回は今まで以上の何かが起こるのではないかとの覚悟を静かに固めつつある。
ルシウスの工房でも不眠不休で研ぎ直しや、ルシウスも作刀の仕上げに入っている。
新たに馬上槍を用意し、騎乗での戦闘も想定した対応をとるべくネコの手も借りたいほどの慌しい動きを見せていた。
そして夕刻・・・・・・
鬼凛の間に正規隊士と隊長たちが集合し、整然とそして静かにレインドの言葉を待っていた。
飾り気のない板敷きの間に隊士たちは正座し、周囲の緊張感はまるで戦場の空気と錯覚するほどに張り詰めていた。
「これよりみんなに大事な話しがある・・・・・心して聞いて欲しい」
月藍湖の湖面から反射した夕焼けの光条が鬼凛の間を赤く染め上げる。
「このところ起きている天変地異の数々、これらには共通の原因があったのだ。それは神々が我らの世界との繋がりを断ってしまったことによる」
『『『『!!!!!!』』』』
神々に見離されてしまったということなのか!?と騒然とする隊士たちであったがレインドは優しく皆を諭した。
「神々は見離してはいないんだ、むしろ我ら人間を守るために繋がりを断たざるを得なかったんだ。その原因とは空魔!」
『『空魔!??』』
「空魔とは異世界からやってきた寄生虫のような存在、奴らが死界人を生み出した存在でもあるんだ。その空魔が我らの世界へ干渉し神々の神託を操るようになってしまった」
「だからヴァルジェリスはあんな要求をしたのですか!?」
突然隊士からの飛んだ質問にもレインドは答える。
「そうだ、この空魔からの干渉を放置すれば神々の加護、恩寵、精霊の理が滞り我らの世界は滅びることになるそうだ」
「世界が・・・・・滅びる・・・・」
突然突きつけられた事実に頭が回らない様子の隊士たち・・・・
「だが一つだけ空魔からの干渉を阻む方法がある、それを示してくれたのは大地母神の御使いマユだ」
レインドの紹介で進み出たマユは、お気に入りの巫女装束に身を包み泰然とレインドの隣に立つ。
「みんないい顔になってきたわね、これから干渉を阻む方法を伝えるわ、要の儀の御子たるレインドが、コニス村近郊にあるイルミス教団支部跡地の地下深く・・・・不命の大穴に赴きそこで真九郎と一緒に儀式を行うこと」
「局長とお館様が!?」
「すげえやっぱり局長すげえや!」
希望が見えたことでやや元気を取り戻しつつある隊士たち。
「でも今あそこは空魔の用意した防衛戦力が配備されているの、死界人とグルナの大軍よ・・・・」
『『『『!!!!!』』』』
辛い事実を伝えたマユの頭を撫でるレインド・・・・・・
「日が伸びれば伸びるほど敵の数は増えると思われる、そこで我々は明日早朝、旧イルミス教団支部に全軍で向かうことにする!」
『『『おおおおおおお!』』』
「この戦い・・・・恐らく先のイルミス戦役以上の戦いになるだろう、正規隊士になって間もない者もいる・・・・・そこで参加は自由としたい」
「お館様!?」
義経が疑問を呈するのも無理はない、あのグルナの実力は大軍であるほどに脅威となり攻略が難しくなるはずだ今は1人でも多くの隊士が必要となる・・・・・はずだ。
「集合はここに明日の早朝!!!日の出と同時に欠を取る!」
レインドの発した言葉の重みは想像を絶していた。
神々がこの世界との繋がりを断てば、待っているのは天災と天変地異だろう・・・・火は凍りつき、風は止み、水は腐り、大地は砂となり、光は暗闇に変わる・・・・
真九郎が向かったのは大地母神神殿の祈りの間であった。
穏やかな光に包まれた緑と清浄な空気が心を落ち着かせていく。
「シルメリア・・・・・少しは落ち着いたかい?」
「ええ・・・・準備が始まっているみたい・・・・もう魔法力があんまり残ってないの」
「俺は行くよ・・・・必ず守るからこの世界も君たちも」
「あのときした決断が間違っているとは思わないわ・・・・でもどうして・・・どうしてただ一緒にいたいだけなのに真九郎の寝顔をつついて甘えたりする時間が愛おしいだけなのに!」
「シルメリア・・・・」
ただ抱きしめることしかできない・・・・・この道しか残っていないとはいえ、神々でさどうにもならない不条理に人は耐えるしかないのか・・・・・
「真九郎、シルメリア・・・・・・」
抱きしめている姿を見られ恥ずかしい思い感じていたが、マユは茶化すことなく二人に抱きついた。
「二人にはどう言葉をかけて良いか分からない・・・・・でも言わなければならないことは御使いとしても伝えなければならないわ」
「マユ、思えば俺たちは君にずっと助けられてきた、あたたかい時間を俺たちに与えてくれてありがとう」
「マユちゃん、私は誰も恨んでない、マユちゃんには感謝しかないわ」
「うぅぅううう・・・・・なんでじゃ、なんでじゃ!!!ニル・リーサ様はずっとずっと泣いておられた!!!二人に申し訳がたたないと!」
「神が我らのために泣いてくれているのか、なんか気恥ずかしいなシルメリア」
「ふふふふ・・・そうね、でも希望は零ではないのよ」
「その通りだ、マユ。俺たちは絶望に屈したりはしない」
「人って・・・・人間ってなんでこんなに強くなれるの!?」
その日の夜・・・・
街の各所で青春の青き炎が立ち上っている。
料理屋の街娘に一目ぼれした隊士が仲間に応援されながら、今まで通った積み重ねた思いを胸に一世一代の告白に挑戦しようとしている。
店の裏手に呼び出されたマリーは緊張して震える隊士アイザックの様子を見てにこやかな笑みを浮かべていた。
「マリーさん!俺とお付き合いしてもらえませんか!!!」
「ばーか」
「え・・・・・あ、そ、そうか・・・・すいません・・・・・」
「そうじゃないよ!遅いんだよばーか!!」
その胸板に飛び込んだマリー。
最初は馬鹿馬鹿言っていた彼女は徐々に涙声に変わり・・・・・
「大変な戦いになるんでしょ!!なんでもっと早く言ってくれなかったの?ずーーーーーっと待ってたんだから!」
「マ、マリーちゃん・・・・」
「お付き合いでいいの!?それだけでいいの、手も触れちゃだめよ!それでいいの?」
「嫌だ、俺の嫁さんになってくれ、マリーの全部が欲しい!!!」
再び抱きしめあった二人の泣き声が覚悟の涙からひと時であろうとも喜びの涙に変わり始めた頃には、見守っていた友人たちも姿を消していた。
「俺は行くぜ姉御!」
「・・・・うちも行く」
「だめよソルヴェド、ダズリン!」
ラルゴ村村長宅ではイングリッドに出陣を嘆願する二人の姿があった。
村長の私室に用意された囲炉裏では薬の調合に使う見たこともないような奇妙な生き物が黒焼きにされ、村長は薬の調合をしつつそのやりとりを聞いていた。
「姉御ばっかりずるいぜ、俺だって朧組なんだ、俺たち魔法氏族なら余計分かるだろ?今回の作戦が失敗したら全部が終わるんだよ!」
「そうよ、でも二人はラルゴ村にとっても、デュランシルトの守りにとっても切り札なのよ!?」
「・・・・・みんなを守りたいからうちは行く・・・・・奴らが相手でも防御壁を多重構築すればみんなの助けになる・・・・はず」
たしかにダズリンの言う通りだ・・・・・だがこんな幼い少女を連れていくなんて。
「俺はさ、あのレインド様に忠義をたてたんだ、だから行くぜソルダが使えなくても侍だってあの人は言ってくれたんだ!!」
「ソルヴェド・・・・・」
「はははは、イングリッド・・・・・お前の負けじゃ」
「お父様まで」
「先程までにな戦闘に出せそうな連中、戦闘が無理でも支援魔法ならという連中を含めて50人以上から出陣の許可をもらいにきたわい」
「まったく村のみんなはどうかしてるわ!」
「本当にどうかしてると思うかイングリッドよ」
「・・・・・」
イングリッドにも分かっているのだ、空魔の存在がやがて世界を滅ぼしかねないことを・・・・
「ならせめて私の手で選抜します、命を選ぶ責任は私が負うわ!」
「さすが姉御だぜ!」
「姉御大好き」
新たに焼きあがったヤモリの黒焼きのすえた匂いに顔をしかめながら村長は重い腰をあげた。
「おいレオニードはどうすんだよ?」
「人に聞くな自分で決めろ」
「少しぐらいいいじゃねえか」
「そんなこと言ってるが、決まってるんだろ?」
「ちっ・・・・・・・」
「ダリオ、お前ちゃんとマルティナに会ってこいよ」
「な、なんでマルティナなんだよ・・・・」
「俺だって思い人ぐらいはいるさ、今から会うだけ会ってくるさ」
「おい、誰だよ教えろよ!」
「マルティナだ」
「お、おい!!!」
レオニードの私室にあがりこんでいたダリオは悶々とした時間に耐え続けていた。
調度品といえばお下がりのタンスと刀掛け、以外と几帳面なレオニードによって丁寧に畳まれた布団に寄りかかっていたダリオは悩んでいる。
「まさかあいつまでマルティナ狙いかよ・・・・くそ・・・・」
ダリオが最近受け取ったお下がりではないダリオのための一刀、二尺二寸で小柄なダリオには扱い安い。
銘は・・・・・黒風。
あのマグナやベントの思いを受け継ぎたいからと自分で勝手に名付けたのだ。
銘とは異なり白銀の美しい刀身が彼の心を焦らす・・・・・
「ちくしょうレオニードの奴!!」
とうとう焦りに焦ったダリオは・・・・・マルティナの私室を乱暴にノックするのだった。
すーっと引き戸を開けて外を覗き込んだのはマルティナとリベラの二人だ。
「なんだダリオじゃない・・・・入る?」
「い、いいのかよ」
「そこで立ってられても迷惑でしょ」
「お、おう」
綺麗に片付いたマルティナの部屋ではちょうどリベラと二人で向日葵と光輝用に縫い物をしていたところのようだ。
どうしてこう女性の部屋っていい匂いがするのだろうとおどおどしながら入室するダリオ。
「うーん・・・・ちょっと布が足りないからサリサさんのとこでもらってくるね」
「そ、そうね、気をつけるのよ」
「うん!」
戸を閉めるリベラがにっこりと手を振っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なんか話しがあるんでしょ?話しなさいよ」
「えっと、そのレオニードとは・・・・そのなんて言ったんだよ」
「は??なんでレオニードが出てくんのよ」
「え?来てないのか??」
「なんであいつがここに来るのよ!ばっかじゃないの」
「ちっあの野郎だましやがって・・・・・」
「変わんないねあんた・・・・」
「お前だって・・・・・いやお前は変わったよ、うん・・・・・」
「どうしたのよ調子狂うじゃない」
「その・・・・いいんだ」
「待ちなさいよへたれ」
「へたれ・・・か、そうだな俺ってへたれだな」
「ずいぶん成長したわねダリオも・・・・・あんたは行くつもりなのね」
「当たり前だ、マグナとベントの思いを背負ってるんだ、逃げたらあいつらに怒られる・・・・それに俺だってこんなクソみたいな世の中だけど、だけど守りたいものだってあるんだよ」
縫い物をやめたマルティナはとんとんとリベラが座っていた座布団を手で叩いた。
座れということなのだろう・・・・
「・・・・・私のこと穢れた汚い女だって、まだ思ってるんでしょ?」
「てめえふざけんなよ!!!お前が穢れてるだぁ??今度言ったらはったおすぞこら!!!」
「な、なんであんたが怒るのよ」
「それはその・・・・・惚れた女が悪く言われるのは我慢ならないから・・・・・」
「あはははははは!!!あんた私に惚れてたんだ!!」
「おい、笑うなよ・・・・もうこうやって話すのは最期かもしれないんだ・・・・お前はここに残れ」
「うん、私はここに残ってみんなの希望を守るつもり」
凛々しく迷いのない決断を言い放ったマルティナは美しかった。
本当に天使なんじゃないかって思うことが何度あっただろう・・・・素直になれなかった日々が悔やまれる。
そんな思いが込み上げてきたと同時に涙がほろりと座布団の上に落ちる。
「最期にしたら許さない・・・・・」
「え?」
「私みたいな中途半端な女にはさ、あんたみたいな姑息で陰険で悪知恵の働くそんな奴がちょうどいいのよ」
「お前何言って・・・・・」
「リベラは帰ってこないわ」
「・・・・・・」
「あーあ、私も馬鹿だなぁなんでこんな奴・・・・・・好きになっちゃったんだろ」
すやすやと抱き合うように眠る向日葵と光輝の寝顔を義経とナデシコはいつまでも眺めていた。
ジングさん手製のベビーベッドにはあの人に似つかわしくないかわいい動物や二人を守る雪の彫刻が施されている。
そんな雪は大地母神神殿で治療を受けるシルメリアに付き添っているようだ。
「こうして二人を授かることができた・・・・幸せだな俺は」
「うん、よくここまで来たよね私たち」
「ナデシコは残れ」
「そう言うと思ったけど私は自分の意志で残るよ、絶対にサクラを探し出してみせる」
「ナデシコ・・・・」
「私はね絶対にみんなが帰ってくる場所を守ってみせるわ!だから帰ってきてお願い・・・・この子たちのためにも」
「死ぬつもりはないさ、小難しいことは俺には分からないけど、俺やナデシコが光輝や向日葵がかわいくてかわいすぎてどうしようもないように・・・・みんなにも家族がいるんだよな」
「うん」
その表情があまりにも優しい笑みで透き通った笑みであることに何故か怖さを感じたナデシコは、義経の腕に抱きついた。
「そういう思いをした人が苦しむ姿は見たくないって思うと、不思議と怖くないんだ」
「義経・・・・やっぱり私の旦那様は世界で一番かっこいいわ」
真九郎がシルメリアとの貴重な時間を割いてルシウスの元を訪れていた頃である。
帝都オルフィリス正門前に軍の駐留場所となる広場が設けられているが、街道横のこの敷地には帝都周辺に蔓延るゾンビを討伐すべく集まった貴族たちの私兵が駐留していた。
その数は1万を超え、明日以降に合流予定の部隊を加えれば2万に膨れ上がろうとしていた。
そしてその指揮官たる貴族たちは今、ある貴族の館で行われている戦勝祈願パーティーに出席・・・・しているはずであった。
ダルツェン侯爵の屋敷ほどではないものの、数十名が入っても余りあるパーティールームには高価そうな絨毯と煌びやかな希少魔法石が惜しみなく使われた照明として稼動している。
テーブルには各種様々な料理が並べらており、思わず食指を誘う香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
そして会場の中央に出来た人だかり・・・・いや整列した貴族たちは、代表らしき主催者からある説明を受けているところであった。
「私も最初は耳を疑ったのだがね・・・・本人が良心の呵責に耐えかねてこうして申し出てきてくれたんだよ」
「皆様、お初にお目にかかります。私は鬼凛組参謀を務めております、半兵衛と申します」
「知っているぞ、元老院や名うての官僚たちとも渡り合う武士団の知恵袋だとか」
「あの冷血の宰相の秘蔵っ子とも聞いているぞ」
「まずは半兵衛殿の話しを聞いてみようではないか諸君」
「ウォルドレッド卿がそうおっしゃるなら傾聴に値するでしょうな」
貴族たちも何か動きがあると・・・・目先の利に聡い連中であるからこそこの状況の理解が重要だと察したようだ。
灰色の髪から覗く狼の耳とがっちりとした体躯が見せる迫力は見えない圧力を貴族たちに与えつつあった。
「結論から申しますと、武士団が死界人を倒せるというのは嘘でございます」
「なんだと!!」
「わ、私は帝都の台所で武士団が奴らを倒すのを実際に見たことがあるのだぞ!」
「それは誤解されてもしょうがないと思います、何より奴らは狡猾です・・・・死界人の伝承に近いキメラを合成し召喚に長けた術者がいるのです」
「キ、キメラだと!??」
「はい、つまり富と領土そしてまやかしの名誉を得るための自作自演であったのです」
「しょ、証拠がなければあまりに無礼な話しではないか!?証拠はあるのか!?」
「これはこれは男爵様は非常に高潔なお方ですね・・・・・しかし本当に証拠があっていいのですか?」
「な!?」
「むしろ大切なのはここから・・・・そのように貴族と皇帝陛下を欺き豊かなデュランシルトを奪い取ったあの憎き武士団を求めている国がございますね?」
「・・・・神聖王国か」
「ええ、良いではないですかこれで大義名分ができたのですよ?」
「ウォルドレッド伯!あなたはこの告発を信じるのですか!?」
「皆様は何か勘違いされているのではないか?」
その一言に静まり返る会場・・・・煌くシャンデリアの明かりが、邪な策謀を図ろうとする貴族を皮肉にもキラキラと照らしている。
「はっきり言うが、信じる信じないではないのだ、利用するかしないかだ!」
「「「!!!!」」」
「ここに集まったのは神聖王国に武士団を引き渡すことに難色を示しつつも、態度を曖昧にしてきた者も多い・・・・だが引き渡す理由に大義名分があれば別であろう?」
「た、たしかに・・・・・」
「そうではあるが・・・・では嘘なのか!?彼らが自作自演であるというのは」
「いえ、本当です、本当だからこそこうして利用できるのです、これは私の復讐なのです」
「復讐・・・・」
狼人族の邪悪な笑みが貴族たちの脂汗を加速させていく。
「覚悟の決まった物はここに血判をお願いしたい」
「もし拒む者がいれば、申し訳ないが数日間我が屋敷にて逗留してもらうことになる、多少不自由ではありますがな」
この恫喝ともとれる伯爵の言動に、貴族たちは次々と血判に署名をしていく。
拒んだのはわずかに3名・・・・それ以外の40名以上の貴族が、今まで帝国を人々を命を賭して守り抜いた武士団を売り渡すことに賛同した。
そんな彼らに最初に命じられたのは・・・・・・
いつの間にか、シルメリアと真九郎の間で泣きつかれて眠ってしまった皇帝陛下は目を赤く腫らしながら寝息を立てていた。
「ようやく寝たようだ・・・・」
「桔梗さんの気持ち・・・・痛いほど分かるわ、生まれ変わって一緒になれたんだものそれが恋に変わっても仕方ないわ」
「思えば桔梗が導いてくれた縁だったのかもしれないな・・・・シルメリアとの出会いも」
「本当にそうかもしれない」
胸が心が張り裂けそうなほどに愛しい人との別れが迫っている。
何度も何度も唇を重ね、そのぬくもりを肌に心に刻み込もうとすればするほど涙が止め処なく溢れ出る。
真九郎でさえそうだった・・・・重なる肌の温もりから伝わるお互いの思いに・・・・・逃げ出せる場があるなら逃げ出したいと本気で真九郎は思った。
武士道や侍などの頸木から一切を捨て去って愛するシルメリアとの逃避が許されるならそうしていたかもしれない。
でも・・・・・許されない、彼女を大切に思うからこそできぬ苦悶・・・・・
愛しい人と一緒にいたい・・・・・たったこれだけが切なる願いだった。
翌朝・・・・・まだ寒気の残る清浄な鬼凛の間に・・・・・隊士たちが揃っていた。
総勢34名。
あえて残留を志願した者が3名。
尚、正規隊士以外の参加は認められていなかった。
空が白み始めた頃、先刻とは異なり朝焼けの光芒が彼らの壮絶な未来とは対照的なほどに美しく、若き侍たちを照らし出す。
戦装束に身を包んだレインドが副長の義経と真九郎を伴って現れた。
「覚悟はよいな!」
『『『はっ!!!』』』
「これより赴くは、生きて帰ることさえ難しい戦場だ・・・・・僕は・・・・みんなと戦場を共にできることを誇りに思う」
義経が勢い良く立ち上がった。
「よいか!!!我らの目的は例え仲間が何人死のうとも、お館様と局長を不命の大穴まで送り届けること!!これができれば俺たちの勝ちだ!!」
『『『おおおおおおおおおおお!!!!!!』』』
「集合場所は分かっているな!星月の丘だ、あそこで再開しよう」
星月の丘での再開・・・・・この言葉が意味することを皆は知っていた。だから皆静かに頷いていた、穏やかな笑みで。
義経はレインドの肩に手を置くと万感の思いを込めて・・・・うなづいた。
「皆の者!!!しゅっぱーーーつ!」
『『『おおおおおおおおおおお!』』』
隊士たちが一斉に走り出した。
皆、騎馬に向けて走り出し支援部隊に志願したラルゴ氏族の若者や朧組も馬車への最終搬入に向かっていく。
レインドは静かに鬼凛の間の外で待つ3名の隊士の元へ向かう。
「ナデシコ・・・・マルティナ、そしてサクラ」
ナデシコの隣にはサクラが身に付けていた隊服が置かれている。
「レインド様・・・・・申し訳ありません、我らは皆が帰る場所を守ることを選びました、臆病者とのお叱りください」
「ナデシコ・・・そんなことするはずないじゃないか、みんな見てごらん」
二人がレインドに促されて視線を移した先には二人に向かって手を振る大勢の隊士たちがいた。
「ナデシコ姉さん!!!デュランシルトを頼みましたよおおおお!」
「マルティナさああああん!帰ってきたらまた縫い物教えてねえ!」
「いってきまーーす!!」
「二人ともありがとう!!!」
「みんなぁ・・・・」
「どの道を選ぼうが思いは一緒だよ、僕たちの帰る家をおねがいします」
「サクラは絶対私たちが探し出します!!」
「僕の命はサクラの助けがあればこそのものだ、だかこそ大切な人々のためにこの命を使う」
「でも!!絶対生きて、生きて帰ってこないとサクラも怒りますからね!!」
「サクラ・・・・うん、そうだねありがとう!」
多くの別れがあった。
多くの涙があった。
住民たちも今回の戦に漂う悲壮感に気付き始めている者も多く、死ぬ覚悟を持って旅立つ若者を見送ろうと住民たちがまだ復興途中の状況ながらも勇壮に騎馬に乗る若武者たちに思い思いの言葉をかけている。
「ダリオ!あんたまだツケがたまってんだからね!無事に帰ってこないと許さないよ!」
「夕霧ちゃん!絶対無事で帰ってくるんだよ!」
「ヴァン!!マグナたちの仇を討ってくれよ!!!」
「義経!!みんなを守ってあげるんだよ、あんたも無理するんじゃないよ」
「レインド様~悪い奴らやっつけちゃってください!」
毅然とそして凛々しく馬上にある彼らの姿に、いつしか住民たちの多くが涙を流していた。
理由は分からないが、覚悟を決めた侍の背中が何かを語っていたのかもしれない。
鬼凛組 34名
朧組 25名
ラルゴ氏族 21名
物資支援班 10名
ここにデュランシルトの全部隊と言っても過言ではない戦力が出陣する。
登る朝日の激励を受け、武士団は征く。