表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第五章 鬼凛草子
61/74

9 君の笑顔が好きだった

 金属が激しくぶつかりあう衝撃音が白亜の城内に響き渡っている。

白銀の刀身と幅広の黒い刀身の禍々しい拵えの長剣が激しい剣戟を描いていた。

その剣はそれぞれが背負う希望と絶望を現しているかのような、そんな抽象的な現実とは思えぬ・・・・・そう神話の一場面のような光景・・・・


「はぁはぁはぁ・・・・・・」

肩で息をするのはデュランシルト領主、武士団の棟梁である元王子、レインドであった。

そして対するは赤銅色の肌に真紅の教団正装を身にまとう・・・・死界人の王・・・・・イルミス。


「どこかで見たことがあると思っていたが、いつぞや俺に吹き飛ばされただけの小僧ではないか」

「ようやく思い出したか!」


レインドの心中はあのときの屈辱の炎が沸き立ち、その思いは憎悪に似た感情となって焦る心を掻き立てた。

悔しいことにイルミスは本気を出しているとは思えず、遊ばれている感覚すら覚えていたことがさらにレインドを負の深淵へと落とし込んでいく。


「貴様!本気を出していないな!!愚弄するな化け物め!」

「ほう・・・・・そこに気付くだけの成長はあったと見える・・・・」


ギャリンッ!

猛烈な打ち込みに思わず受けた手があまりの衝撃に痺れ、刀を落としそうになってしまう。

もしこれが髭切でなければへし折れていたであろうほどの一撃だ。


さらに続く激烈な打ち込みは劣勢を覆す隙すら与えずレインドを追い込んでいった。

「レインド様ああああああああ!」

強引に割って入ったのは黒の閃風のマグナだった。

受けつつレインドを後方へ押しやるが、彼が相手にしていた護衛のシカイビト・・・・・しかも国境で戦ったレベルの成長した個体が襲い掛かった。


強烈な膂力で突き出された槍は鎧に突き刺さり、深く腹部を抉っていく。


「ぐはっ!!!」

虚を付かれたイルミスの苛立ちはレインドやマグナに向けられれることはなく、追撃に飛び込んだ槍のシカイビトを跳ね飛ばした。


鎧でかなり軽減されたとはいえ、マグナが負った傷は深く・・・・・血を吐きつつも立ち上がりレインドとイルミスの間で刀を構えていた。

「マグナ!!!!!」

「レインド様!!!いつもの・・・・ごふっ・・・・あんたらしく・・ないぜ」


「死に損ないめ」


マグナはイルミスの剣を寸でのところで受け流し、僅かな見切りで攻撃をかわし、さらにはイルミスの胴をしたたかに切りつけてさえいた。


「ほう・・・・あのとき俺の腕を切り落として以来だな、我が身に傷をつけることができた奴は」

「はぁはぁ・・・・・安心しろ、この後すぐ傷だらけになるんだからな」


へらず口を叩くマグナの顔は既に大量出血で蒼白であり、すかさずレインドもイルミスに打ち込むもマグナの足手まといにしかなっていない自分の姿に戦意がしぼんでいくのが誰の目にもあきらかになった。


「レインド様・・・・・何焦ってんだよ・・・・俺たちの大将は・・・もっと!!!」

マグナの剣技は・・・まるで真九郎のような正確無比な一撃へと昇華し無駄のない剣閃がイルミスの肩や頭部を切りつけていく。

「き、気付きましたか・・・・・、いや、気付いてくれ大将・・・・ごほっ・・・・」

ついには膝をついたマグナが発した言葉・・・・これが何を意味するのかレインドは・・・・・・


「ふん!飽きてきたな・・・・・そろそろ終わりにしてしまおうか、腹も減ったし」




ベントやヴァン、リヨルドたちもレインドたちの援護に回ろうと必死で襲いくるシカイビトの群れと激戦を繰り広げていた。

成長個体と未熟固体が入り混じる中、3人の奮戦は驚愕に値したがそれでも身に負う傷は徐々に彼らの動きを鈍らせていった。


皇座の間・・・・そこに通じる昇降機がまもなく到着するというアナウンスが剣戟の合間に飛び込んでくる。

まさか教団兵やグルナ兵の援軍なのか!??

一寸でも気を抜けばシカイビトにその身を食いちぎられるような戦いをしながら、昇降機を確認する暇などなかった。


皇座の間へ突撃をかけるため、護衛役の教団の精鋭たちやグルナ兵を切り倒しながらここまで来たのだ。

紅葉や他の隊士たちが皇座の間に敵を近づけないよう食い止めてくれているが、疲労の蓄積で体が悲鳴をあげている。


それでも黒の閃風はレインドたちをイルミスの元へ送るべく道を切り開いた。

あの過酷な鍛錬が彼らをこの死地で踏みとどまらせているのはたしかだ、だがそれでさえ圧倒的な殺意と捕食の波動に満ちた奴らの狂気とも言える衝動の前に削られていく。


奮戦を続けるリヨルドの刀が弾き飛ばされ、脇差で応戦するも押し寄せるシカイビトの剣が足を腕を胸に突きたてられ・・・・・・


「ベント!!!!」


リヨルドを突き飛ばしたベントは豪気にも体に突き刺さった剣を一刀の元に切り落とすとそのまま動きの止まったシカイビトの首を切り飛ばす。


「ぐっ・・!たらたらしてんなリヨルド!! ごふっ!」

すかさずヴァンが二人の援護に回るが、ベントは刀を杖代わりにしつつも、立っているのがやっとの様子・・・・・

「くそう!!!!」

既に半数以上のシカイビトが倒されたとはいえ、リヨルドたちの命運も風前の灯となろうとしていた。

深手のベントに肩を貸しつつ、ヴァンとリヨルドたちは広間の隅へと追い詰められていく。


ガチャン・・・・・・

『皇座の間、入り口でございます、係員の指示にし『鬼凛組!かかれええええええええ!』


「「「「「おおおおおおおお!」」」」」


昇降機から飛び出したのは教団兵でもなくグルナ兵でもなかった・・・・・・その身に纏うのは黄金の蝶が描かれた鎧に身を包んだ鬼凛組の隊士たちだった。

絶体絶命のリヨルドたちの間に飛び込んだサクラと夕霧。



竜胆は後方から挟み撃ちにする形で既に4体の目玉を切り倒し、彼らの窮地を救おうと気合の入った掛け声をあげている。


真九郎はそのまま階段をかけつつマグナの重傷が目に飛び込むと、彼らに飛びかかろうとしていた成長個体3体を宙空で切り倒し、返す刀で目玉を曲芸のような一閃で断ち割ってしまう。


「師匠!!!」

「お待たせしました!マグナ、生きてるか!!」


「きょ、局長・・・・おせえよ・・・・」


「ほう、見知った顔にまた会えるとはな・・・・お前に斬られた腕・・・・・再生するのにかなりの贄を要したぞ」

「お前に用はない、フェニキルを出せ」

「な、なんだと!?」

「イルミスなんぞというただの暴食の魔物などに用はない、俺が会いに来たのはフェニキルだ」

「ふっ・・・フェニキルか・・・あれは邪魔なのでな、俺から引きちぎって捨ててやったわ、既に死んでいるであろうよ!!」


イルミスの打ち込みをかわすと同時に振り上げた刀にためを作り、打ち込み速度を上回る速度でイルミスの剣を打ち落としてしまった。

さらに真九郎はその反動すら利用し、左腕を肘上から斬り飛ばすとイルミスの後方に走り抜ける。


「くっ!!!またしても俺の腕を!!!」

「・・・!」


だが膝をついたのは真九郎のほうであった。

50体斬りの無理が祟り、ついには極限の剣技を尽くした戦いで限界が来ていた。


「師匠!!!」

レインドがマグナと真九郎へ攻撃させまいと、渾身の打ち込みをイルミスへぶつけていく。


「はぁはぁ・・・・・レインド・・・・!?お前!?」

「レ・・・レインド・・・様・・・・」


既にマグナは立っていることすらできず、床に倒れこみ焦りに支配されたレインドになんとか伝えられないか・・・・・それだけを考えていた。


「マグナ・・・・!」

真九郎が這ってマグナを助け起こすが、出血がひどい・・・・さらには受けた傷は、致命傷と呼べるものであった。

「きょ、局長・・・・・お館様は・・・・焦りに、怒りにとらわれて・・・・・レインド様を・・・・おね・・・がいします」

「マグナ!!しっかりせい!!!お前がお館様を支えるのだ!!」


突如マグナと真九郎が倒れる床の近くに、一本の矢が突き刺さった。

「局長・・・・や・・・矢文・・・です」


右腕一本になろうともレインドと互角かそれ以上の戦いを続けるイルミスの猛撃は次第に若き侍を追い詰めていく。

この地において矢文を打てる人間など、鬼凛組の関係者にしかいないはず、迷うことなく文を開くとそこには、


[ 目玉は弱点にあらず! 鳩尾を狙え! 半 ]


半兵衛か!!??

理由は分からぬがあいつの字で明確に書かれているのであれば、疑う余地はない!


「レインド様!! 弱点は鳩尾だ! 目玉じゃないぞ!」


マグナの魂を絞り尽くすかのような叫びが戦場に響き渡る。


「なぜ知っている!!!!!」

「焦るなあああああああああああ!!はぁはぁ・・・・動きを!!観察するんだあああああああああ!」

マグナの命を削るかのような叫びは、レインドの魂を揺さぶるような衝撃を届けていた。


腕を切られ逆上し、さらに自らの弱点を指摘されたことに動揺したイルミスの動きが鈍くなった。


弱点が目玉ではない・・・・・そうか・・・・・誰かが命を賭してこの事実を伝えてくれたのだ。

思えば国境で戦った時のイルミスと今では、存在感とその実力の差が著しい・・・・・

よく考えれば・・・・・いつもの自分の観察する習慣を忘れなければ見過ごすはずも無かったのだ、マグナはそれを見切りイルミスにあの傷を与えることができたのだと・・・・

そして今、マグナも、ベントも・・・・・・散って逝った鬼凛組の同士たちも・・・・・この時のこの刹那の瞬間を生み出すために命をかけたのだ。


ああ、僕は怒りと焦りと功に捕らわれ皆を危険に晒してしまった・・・・・

だが、この帳尻は合わせてもらうぞイルミス!


キン!

と髭切がイルミスの打ち込みを打ち払う。

「気付いたか!」

「お館様・・・・・」

レインドを覆う気迫が変容したのをイルミスでさえ感じ取った。

「貴様・・・・・!お前を喰らいこの傷さえ癒してみせるわ!!!」


大振りになった相変わらずの膂力に任せた尋常ならざる速度の横薙ぎ襲うが、それを見越したレインドは既に腰を落とし下段からイルミスの残った腕を切り上げた。


「ぬあああああ!!!!」


両手が切り落とされ、黒く濁った体液を噴出するイルミスからはもう冷静さや王を名乗る威厳は消え去っていた。


「dhhhhhhhhhhhhhhhhhyyyyyyyyyyyyyyyyy!!!!!!!!!!!!!」


イルミスの発した咆哮に魂が揺さぶられそうになるが、レインドだけはものともせずにがら空きになった鳩尾に渾身の突きを繰り出していた。


「zzzzxxxxxxxxxxxx!!!!!!!!」


もはや自我は崩壊し、シカイビトが持つ本能としての生存行動のみが働いているかのようであった。

体中から触手が放出され、階段下で戦っていたシカイビトを絡めとっていく。


「何が起こっている!!!??」

ぐったりとしたマグナをかつぎ、真九郎は援護に来てくれた竜胆と共に階段を降り始めた。


「竜胆!何が起きてる!!!???」

「イルミスが階下のシカイビトを捕食しています!!!奴ら共食いしてるんですよ!!」

「なんだと!??レインドオオオオオオオ!!!」


のたうちまわる触手がイルミスの体から放出され、さらに捕食されたシカイビトたちを取り込みつつも体から開いた口腔からは、黒々とした体液が逆流していたのだ。

レインドは纏わりつこうとする触手の波から身を防ごうと切り払い、なんとかイルミスを仕留める機会をうかがっていた。

荒れ狂いのたうつ触手たちはさらに階下にまでその魔手を伸ばし始め、サクラが器用に階段の手すりを駆け上ると苦無で注意を引いてなんとかレインドが脱出する隙を作ろうとしていた。


「マグナ!!?」

瀕死だったマグナが真九郎の手を払い、どこにそんな力が残っていたかと思うほどの早さで駆け上り、もはや触手の化け物と成り果てたイルミスのの成れの果てに渾身の一刀をみまった。

だが・・・・反応した無数の触手が無常にもマグナの体を貫き・・・・・


「マグナアアアアアア!!!!!!!!」

マグナが作ったその刹那の間に飛び込んだレインドは髭切を脳天から真っ向、股座まで・・・・・弱点の鳩尾を含め一刀両断を決めていた。

両断されるイルミスと反射的に襲い掛かった触手はレインドを貫こうとしていたが、サクラは触手の波を恐るべき速度で掻い潜り切り払い・・・・身を挺してレインドを守ったのだった。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!』


地の底から溢れ出す怨嗟の叫び声のようなおぞましい声と両断された体から迸る黒い液体・・・・さらには灰色の煙に近いオルナ光が噴水のように跳ね上がった。

サクラは身に数本の触手に貫かれながらもレインドの手を引いて階段の手すりを利用しすべり落ちる。


真九郎はマグナの体を受け止めつつ階段を転がり落ちていった。


「局長!!!マグナ!!!」

「マグナ!!!ごめん!!僕が・・・僕のせいで!!!」

「お館様!!今はここを離れましょう急いで昇降機へ!!!」


リヨルドと紅葉たちが負傷者を担いで既に昇降機に待機しており、レインドたちもなんとか昇降機へ転がり込んだ。

息をつく暇もなく、昇降機に襲いかかる振動は激しくなり、皆は抱き合うように衝撃に備えた。


耳をつんざくような轟音と衝撃に昇降機の内部にまで相当の揺れが生じていたが、やがて・・・・・揺れは収まりガコンという緩やかな衝撃音と共に場違いなこと甚だしいが1階入り口への到着を告げるアナウンスが流れていた。


「着いたよ!!!負傷者の搬送を急いで!!!!竜胆!!!あんたは治癒術使える人間を引き摺ってでも連れてきてえええ!」

悲壮な声が昇降機の前のホールに響き渡り、仲間にかける声が胸を締め付けるように・・・・・

紅葉の指示で動ける者たちで負傷者を運び出したが、白亜の床に寝かされた彼らの中で・・・・・


「マグナ!!??」

穏やかに・・・・・満足そうに眠るように、マグナは息絶えていた。

「そ、そんな・・・・僕が・・・・・未熟なばかりに・・・・お前を・・・・うああああああああああああああああ!!!!!!!」

マグナの手を握り嗚咽するレインドには・・・・・あのイルミスを討った喜びなど微塵も得ていなかった。


「ベント!!!!おい、ベント!!気をしっかり持て!!!すぐに治癒術がかけてもらえるから!!おい!!」

リヨルドの必死の叫びがベントにかけられていく。

「リヨ・・・ルド・・・・サナちゃんてさ、まじで・・・・・いい子だから・・・・大事に・・・・・しないと・・・・俺が・・・・奪っちまう・・・・ぞ」

「ああ!!大事にするさ!!お前にはまだデートの場所とかさ、女の子が喜ぶプレゼントとかさぁ・・・・そういうのさ・・・・」

「てめえ!!!!俺たちより先に逝ったらしょうちしねえぞ!!!俺たち4人で黒の閃風だろうがあああああああ!」

ヴァンは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でベントに呼びかけ続ける・・・・

「だめよ!ベントしっかりしなさいよ!!!私のおっぱいもみたいんでしょ!!?」

「そうだ、そうだよベント!!夕霧のおっぱいがそこにあるんだぞ!!」

「ゆう・・・・ぎり・・・・・」

「な、何よ!!!元気になったら・・・・・触らせてあげてもいいんだから!!!でも今はだめよ絶対だめよ!!!だから気をしっかり持って!!!」


竜胆が1階に戻っていたヴァリスガードたちを呼び急いで治癒術を使える者たちを引き摺るようように連れ帰っていたが、


ベントがゆっくりと手を夕霧に向かいあげていった。

誰もが夕霧の胸を触るのではないかと、そう思ったが・・・・・・

ベントは優しく・・・・夕霧の頬に手を添えた。

「俺・・・・さ、お前の・・・・・こと・・・・・・」

添えた手が夕霧の手に握られたと同時に・・・・・ベントは逝った。

「いやあああああああ!!!ベントオオオオオオ!!!!なんでよ!!ほら、おっぱい触らせてあげるからほら!!!目を覚ましなさいよおおおおおおおお!」

傷だらけになった胴を慌てて外そうとするも、焦りと動揺でうまく脱げずにいた夕霧は、悲鳴のような泣き声をあげつつ脇差で紐ごと切り裂くと力の抜けたベントの手を・・・・・その服の下に差し入れた。

「ほら!!!あんたの大好きなおっぱいでしょう!!!!ほら・・・・ここまでしてるんだから!!!起きてよ起きてよおおおおおお!!!」

「ベントオオ!!!俺をかばったばっかりに・・・・・ちくしょおおおおおおお!!!!」


若く勇敢な侍たちの死に、ヴァリスガードたちも・・・・・・・帝国兵たちも・・・・・静かに敬礼を捧げていた。

鬼凛の慟哭が、嘆きが・・・・・・エル・ヴァリスの広間に響き渡った。









サリサとラルゴ村村長の指揮によって秩序が維持されていた地下ラルゴ屋敷では何度かの襲撃を受けていた。

留守役を預かった鬼凛組の焔は陽気で協調性のある性格と実力を買われての抜擢になったが、補佐役としてエヴァとアストリッドが駆け回ってくれていたおかげで全体の防備を維持することに貢献していた。

生命に満ちたラルゴ屋敷に不死の化け物が命を求めて襲撃してきたが、大地母神神殿のソラが張り巡らした結界が間に合い退けることができたのだった。

ソラにはマユから渡された聖なる塩の浄化能力にも助けられ、これは不死の怪物だけではなくゴブリンたちの襲撃にさえ効果を示しラルゴ村の若者たちの迎撃魔法だけでほぼ片付けてしまい、僅かに入り込んだゴブリンたちもレオニードとダリオが奮戦し1人の犠牲を出すことなく守り抜くに至る。


雪はゴブリンが近くに現れても決して光輝と向日葵から離れることなく守り抜き、族長の部屋にいた幼い子供たちを優しく羽で包み落ちつかせあげている。

その美しく慈愛に満ちた瞳に母親たちも雪に心を許していた。


そんな中、マルレーネを通してイルミスが討たれたことが伝えられた。

先程の大きな揺れが関係しているのではないかと、大丈夫かと不安になる住民たちも多かったが死界人の王がレインドによって討たれたと伝わり屋敷内は大歓声にみまわれた。

また、皇帝陛下とソルティがカルネス率いる飛竜隊に救出されたとの報告も届き、まだまだ帝国は安泰だと住民たちにほっと一安心させる空気が広がり始めている。

喜びに沸き立つ住民たちだが、鬼凛組には辛い事実も伝えられることになった。

多くの犠牲・・・・・マグナとベントの戦死・・・・・・


サクラが意識不明の重態、その他にも真九郎は重傷・・・・無傷の者を探したほうが早く、朧組も同様の状態であることにイルミス討伐の報は悲しみにかき消されてしまった。

本来であるならば、アルマナ帝国を数百年に渡って苦しめた死界人の親玉を元凶を討伐したことの意味は大きいはずだが、それ以上に仲間の死は・・・・・彼らには大きすぎた。


そして・・・・半兵衛の行方不明が告げられた。

一部が崩落したエル・ヴァリス。

怪我を押してシルフェやリンダたちも捜索にあたってくれているが、未だに半兵衛の行方は知れなった。

半兵衛を兄のように慕うエヴァやアストリッドは立ち上がれぬほどのショックを受けていた。


それでも・・・・・シズクはレインドの無事を噛み締めるようにその喜びに・・・・・恐らく彼と行動を共にし散っていったマグナとベントの思いが痛いほど分かるだけに・・・・・・・

辛くて張り裂けそうなほどに苦しいのに・・・・・でもレインドが無事であったことを喜ぶことが抑えきれぬ自身の浅はかさを嫌悪感を抱きつつ・・・・・レインドの無事にただただ・・・・涙が止まらなかった。









行方不明との報告で大騒ぎになっていた半兵衛は、埃と煤に塗れた敗残兵と見まごうばかりの風体で帝都城壁内にある砲台管制室へ急いでいた。

城壁から伸びる管理棟の中に設置された管制室は厳重な警備がなされており、その注意は妖人種が引いていったゲヘナ砲台とダナン砲台に集中していたのだ。


「おい!!怪しい奴!!?」

城門警備の部隊は管理棟の警備も行っていたが、目の前に現れた埃と煤で人相がよく分からない男に警備にあたる帝国兵が集まってくる。

ようやく自分の身なりが怪しいと気付いた半兵衛であるが、拘束される寸前で思いだしたように刀を手にし大声で警備兵たちを一喝した。


「私は鬼凛組の参謀、半兵衛である!! 証拠はこの禁忌の武器だ!!!たった今エル・ヴァリスからここへ伝令を兼ねてやってきた次第だ!」


「き、鬼凛組だって!???」

「おい、どうする??」

「とりあえず、洗浄魔法で人相を確かめさせてもらおう」


ごねるよりは素直に従おうと、黙って洗浄魔法を受け入れる隣には空中庭園でうろちょろしていた羽リナがちょこんと隣に座っていたのだ。

洗浄魔法で埃と煤があらかた取り除かれた半兵衛の狼人族の耳と人当たりの良さそうな顔、そして腰から生えた夕霧よりやや短めな愛嬌のある尻尾が兵士たちの目に飛び込んできた。

「たしかに・・・・・お見かけしたことがございます、失礼しましたご案内しましょう」

「助かります、急ぎ管制室に行きましょう、責任者もそこに?」

「はい、城門の担当呪官が待機してます」

疲労と瓦礫に埋まったために体中に走る痛みに耐えつつ半兵衛は管制室に飛び込んだ。

敵兵だと勘違いした兵と呪官に急ぎ説明をするため、禁忌の武器を見せつつ机にあった水の入ったコップを奪い取り飲み干すと迫り来る危機を伝えるために卓上にあった地図を指差した。


「教団幹部を尋問して入手した情報です、アーグ同盟と教団兵が帝都の南方、およそ1時間のところまで迫っています」

「半兵衛殿、その数は!?」

「教団幹部によれば・・・・・2万から3万の軍勢とのこと・・・・・妖人種相手に損耗した我が軍で迎え撃つのが困難でありましょう」

「たしかに・・・・・その話が本当であれば・・・・・妖人種以上の危機となる!」


管制室には動揺と狼狽の空気が満ち・・・・・呪官も頭を抱えて椅子に座り込んでしまった。


「なぜ落ち込む!?我々は砲台制御室を取り戻したのだ、正門にあるアルガ砲台とウリス砲台で撃退可能だと思うが?」

「たしかにその砲台を使えば撃退は可能だが・・・・・砲台を警戒し広域分散した後に正門へ殺到されれば・・・・・」

「その見立ては間違ってはいません、ですが相手に砲台制御はまだ教団側にあると思わせ堂々と正門へと誘導することができれば?」

「ゆ、誘導ですと??」

「ええ、そのための情報と仕込みは既にしてあります・・・・・いえ正確を期すならば言伝を承っています」


「!????そんなことが可能なのですか!?」

「ええ、奴らはこの帝都の砲台が稼動しない間、何故攻め込んでこなかったのでしょう?」

「うむ・・・・・言われてみればそこは大きな矛盾であるな・・・・」

「彼らに嘘の情報を流して侵攻を大幅に停滞させた策士がいたのですよ・・・・・帝国に」

「「「「!!!?」」」」

「私はその人から言伝を預かっています、まずメデナフィリスデーラが今でも稼動し攻め込む意志がある者の帝都侵入を阻むという嘘の情報を流したのです」

「そんな初期から流したということは、今回の騒動を事前に知りえていたというのか!??」

「そこは本人に聞かないと分からないでしょう・・・・・ですがその人からの言伝では、砲台を制圧し正門から帝都へ侵攻するように促す合図があるとのこと」

半兵衛はここでエル・ヴァリスの1層から運ばせていたある物が届いたという報告を受け取った。


城門付近で集まってきた兵士たちに手順を説明し、内外から負傷者の輸送で混乱している帝都に迫る脅威に立ち向かうことになった。

本来であれば鬼凛組の参謀が帝国軍の部隊長クラスに命令を行う権限など存在しないが、この非常時にシカイビトを倒したことのある勇敢な侍ほど頼りになる人物は存在しないと、臨時に指揮権を与えられることなる。



まず半兵衛は同時平行で帝都へ撤退中の帝国軍の負傷兵たちの移送に支障が出ないよう目隠しも兼ねて臨時の天幕を城門外周に設置させることにした。

さらに認識阻害の陣を敷いてもらい少しでも多くの負傷兵を救うべく残りの兵を救出へ向かわせたのだ。

そして城門の両脇には例の帝都侵攻への合図とされる、真紅地に黒い船が描かれた教団旗が掲げられた。


「アルガ、ウリスの稼動準備はどうなっているでしょう?」

「両砲台はまもなく発射準備が整いますが・・・・ラ・カイ砲台とイナ砲台も稼動するとなりますと備蓄魔法力は1割をきってしまいます」

「4砲台の同時斉射により密集した敵軍を一気に叩く、これ以外に我々が生き延びる道はありません!!帝国軍が死力を尽くして守り抜いた帝都を!帝都の民を守るにはこれ以外に方法はありません!」

「たしかに・・・・・それ以外に選択肢は残されていないようですね・・・・しかし反対ではありませんが一つ気になることがあるのです」

「それは、後退した敵軍が再び帝都を襲撃するのではないか?ということですね」

「ま、まさにその通りです」

「既に帝国貴族へ向けての召集命令が発布されています、飛竜隊の報告では南西方面からは皇帝派の貴族軍が集結しその数は1万を超え、東方面からもウォーレン伯爵とラグレイ伯爵を中心とした貴族連合が応援に向かってくれています」

「!!!!!」

「今、この段階でアーグ同盟とイルミス教団の混成軍に帝都を攻められることこそが最大の危機であり、なんとしてもここを乗り越えなければならぬのです!」

「さ、さすが武勇の誉れ高い鬼凛組の参謀・・・・・半兵衛殿でございます・・・・・恐れ入りました」

「いえ、私は言伝を頼まれただけなのです・・・・言い出した本人は既に教団の手にかかり落命されました」

「おのれイルミス教団!!! よいか!必ずラ・カイとイナ砲台の稼動を間に合わせろ!!! 半兵衛殿、ダナン砲台の出力を全てこちらに回してしまってよろしいな!?」

「お願いします!!密集した敵軍を砲撃することをためらう人も多いかもしれない、だがここで帝国の覚悟と力を見せ付ければ今後帝国を襲うという考えを持つ者は現れぬでしょう!!!我らは後世の帝国のためにもこの危機を乗り越えましょうぞ!!!!!」

「「「おおおおおおおおお!!!!!」」」


砲台管制室の士気は最高潮に達していた。

あの鬼凛組と同じ戦場にいるというだけで彼らの士気は高まっていたが、後世の民のために繋がる戦いであれば躊躇することはない。

しかも帝国を帝国軍の仲間たちを苦しめ死に追いやった憎きイルミス教団となれば、もはや手加減は無用である。


士気は衰えぬまま熱気に浮かされたような熱を帯びたまま、半兵衛の目論見通りにアーグ・イルミス連合軍が街道に姿を現した。

半兵衛の指示を受けて逃げ出した民の役を受け持った帝都駐留の帝国兵は、奴らをおびき寄せるための命がけの陽動作戦と聞かされて私服に着替えると大げさなほどに泣き叫びながら馬車へ適当に詰め込んだ荷物と共に逃げ出す演技をがんばった。

また、帝都各所にあえて煙を出してもらい帝都が混乱状態であると欺く偽装も徹底して行った。


街道を行軍する連合軍は入城するために徐々に軍を細長く密集するような隊形になっていった。

半兵衛の心中もこの砲撃は一種の一方的虐殺に近いだろう・・・・だが皆を守るためならばそんな虐殺者の汚名など喜んでかぶろうと思い砲撃指示の準備に入る。


「アルガ、ウリス・・・・発射準備完了・・・・・・ラ・カイ発射準備完了・・・イナ砲台・・・・・出力8割なら発射可能!」


「よし、全砲台!指定座標に向けて同時斉射!!!!撃てええええええ!!!!!!!!!」


形容しがたいほどの轟音と衝撃・・・・そして城壁を揺るがせるほどの振動が管制室を襲い天井から埃や破片がパラパラと落下している。


密集隊形をとっていたムカデのような隊形の連合軍に、砲台からの射撃が一斉に着弾したのだ。

頭に当たる部分には近距離砲撃により重爆発術砲弾・・・・・エルベファローは地表ごと吹き飛ばしさらに広がる火炎嵐の後発呪文が炸裂・・・・・・

敵戦闘集団はかろうじて衝撃で生き残った者たちすら焼き尽くしてしまう。


次の第二集団・・・・ムカデの胸に当たるアーグ同盟からの派遣部隊は空中で分裂した豪雨のごとく降り注ぐ火炎連弾の雨にその体を四肢を吹き飛ばされ焼き尽くされていった。

さらに第三集団にはエルベファローが、第4集団には地表を地殻を崩壊させ遅延式の爆発方陣作動するという凶悪な砲撃によって壊滅となる。


体をばらばらにされた虫のような有様になったアーグ同盟イルミス教団の連合軍はたった一回の同時斉射によっておよそ全軍の約3割を失い・・・・敗走となった。

当初危惧された分散後に帝都に迫る気配はなく、統率を失った個々の逃げ惑う人々となったかつて軍であったものは半日後には貴族軍の包囲によって討伐・・・・捕縛されここに一連の帝都襲撃は撃退されることになった。



半兵衛は成り行きとはいえこのような多大な死者を出してしまったことを・・・・・己の罪を静かに魂に刻みつけようと神々に祈った。

そんな半兵衛の姿を見て頭に飛び乗ったのは王城から付きまとうあの、桃色の羽リナであった。







そしてもう一つ・・・・・・・最後の戦場として残っていた帝都の台所での戦いが終わろうとしていた。

散発的に湧き出てくる死界人の群れ。

負傷者が大勢出ていたものの義経の指揮で戦闘能力を継続しつつの戦いを維持していたが、徐々に蓄積された疲労と怪我は彼らの戦闘能力をじわりじわりと削っていく。

睦月隊の隊士2名が重傷を負い、ネリスたちによって必死の治癒術と治療が施されている。

さらに抜けた穴を埋めるために奮闘していた義経が左足を負傷し、戦闘困難に陥ってしまった。

そしてナデシコは、

バキィーーン!!!と豪快な音を鳴らして宙を回転して石畳に突き刺さったのは・・・・・不破から譲り受けた十文字槍の穂先だった。

度重なる激戦で柄に負ったダメージは深刻で穂先を支えることができず中折れしてしまったのだ。


「ナデシコ下がれええええええ!!!」

ネリスの治療を受けながら叫ぶ義経の声を受け、大和撫子を抜いたナデシコは迫り来る死界人の武器を切り裂きながら後退を・・・・・

「いえ、どこに後退すると言うの!?あたしたちが下がったら子供たちに犠牲が出るわ!!!」

覚悟を決めたナデシコが飛び込もうとした矢先である。

ナデシコの目の前が巨大な壁のようなモノに遮られた。


「ナデシコさん、ここは俺に任せて後退してくれ・・・・・あれぐらいなら俺がなんとかする」

全身を重甲冑に身を包んだ十六夜が富嶽を抜き迫り来るシカイビト4体を一気に横薙ぎに切り裂いた。


宙で回転しながら蛍光ピンクの体液を振りまく奴らの上半身と、それを地に落ちる直前で切り返した刀で目玉を斬り飛ばした腕は驚嘆に値した。


「ふぅ・・・・・国境で戦った奴らに比べれば大したことぁねえ!!!うおおおおおおおおおおおおおおお!」


十六夜は咆哮と共に10体以上の敵集団に突っ込む。

敵中深く突っ込み身に鎧に触手の攻撃を受けつつも怯むことなく富嶽を振るった。


その様は幾多の戦場を駆けた義経ですら魂が震えるほどの勇戦である・・・・・繊細な剣の動きで敵を圧倒する真九郎とは間逆の・・・・だが確実に戦場の剣であった。


いつしか十六夜の激闘の熱は住民たちにも伝播し、子供たちは声を揃えて十六夜への声援を送っている。


『『『いざよいがんばれーーー!!!いざよいまけるなああああああ!!!』』』


その声援が耳に届いた十六夜は、場違いなほど落ち着きつつふと昔を思い出す感傷が心を通り過ぎていったような錯覚を感じていた。

昔の俺は・・・・・何の役にも立たない男だった。

紫苑を守ることすらできず、ただ無力で無能な・・・・・・吼えるだけの子犬のような人生だったと。

両親にさえ役立たずと罵られ続ける日々・・・・・紫苑がいなければ心は闇に捕らわれていただろうと今でも恐ろしくなる。

それが・・・・今では・・・・・子供たちを守るために命をかけているのだ。

なんという運命のめぐり合わせであろう。


背に受けた声援が傷だらけの体の奥底からさらに力を勇気が溢れ出すのを感じる。

十六夜に集中したシカイビトの群れは富嶽の長大な刀身に首や上半身、手足を吹き飛ばされて戦闘力を失っていく。

隊士たちもシカイビトにトドメを刺す連携を取り戻し始め、一時劣勢となった戦闘は十六夜の命がけの突撃によって覆されたのだ。


「はぁはぁはぁぜぇぜぇ・・・・!」


肩で大きく息をしながら殲滅したシカイビトの死体の中で大きく息を吐く十六夜。

駆けつけたナディアに支えられ皆の下へ戻ると義経とナデシコは目に涙を浮かべながら心配された。

ああ・・・・そうだな・・・・・俺はこの人たちと同じ戦場に立てることがうれしいんだ・・・・誇りなんだ。


ネリスが用意した椅子に腰掛けると治癒術の処置を受け、気持ち良さそうな顔をする十六夜の回りには子供たちが取り囲んでいた。

目を輝かせながら話しかける子供たちの頭をやさしく撫でる彼の目は、彼らと同じ子供のような輝きを放っていた。


「何かの陰に隠れて小声で不満を呟くことしかできなかった俺がな・・・・・・腹いっぱい飯を食わせてもらって体もこんなでかくなってよ・・・・・・今じゃこうして誰かを守る戦いしてんだもんな・・・・・まったく」

「それはお前だけじゃないさ十六夜、俺やナデシコだって同じだよ」

「副長・・・・あんたはだって俺たちとは」

「みんなほとんど同じよ、魔法が使えないことでどれだけ虐げられてきたのか・・・・・今でもたまに夢に見ることがあるわ」

「だからこそ守りたいな・・・・・ちやほやされることじゃなくてさ、心から守りたいって思える多くのことをさ」

「いつになく感傷的じゃないか十六夜」

「はははは、柄じゃなかったですかね・・・・・・ネリスさんすまねえ、俺はもういいからあいつらに治癒呪文を頼みます」

「十六夜くん、あなただって軽傷じゃないのよ?」

「こんなのは怪我のうちに入りませんよ、局長の鬼稽古に比べたら実戦のが楽なぐらいだぜまったく!」


「「「はははははは!!」」」


つい笑いによって零れ落ちた波紋は広がり、死界人の襲撃によって緊張状態にあった帝都の台所の避難民たちはようやく死の恐怖から解放され明日へ希望を抱くことができるのだという実感が広がりつつある。

そしてそのことが事実であると告げるように、台所の隅で実体化しようとしていた複数の黒い卵が同時に灰色に変化しつつ地に落ち、風に吹かれる灰のように崩れ去った。

時間を置いて王城エル・ヴァリスの一部が崩落したときには悲鳴が上がり、一瞬呆然とする一堂だったが無傷の隊士たちに確認を命じた義経はネリスと対策を相談しはじめる。

それからしばらく隊士たちによる石珠の見落としがないかの厳重な見回りが行われていたが、隔離壁をロープをつたって降りる人影が発見されると緊張は一気に高まった。


帝国兵と鬼凛組隊士がその男を取り囲むように備えにあたっていたが、叫び声がネリスを呼ぶものだと気付き本人が呼ばれてきたのだが。

「あんた、ジョシュ!???」

「だからさっきから叫んでるじゃないか!!」

「もしかしたらこの壁には詠唱阻害用の吸音効果まであるのかもねぇ?」

「そんなことはどうでもいいんだよ!!いいかよく聞け!お前らも良く聞いてくれ!!! 死界人の王イルミスは討伐されたぞ!!!」


中には初めて名を聞く者達も多かったが、鬼凛組の喜びようは凄まじかった。

義経とナデシコは抱き合い、ナディアも十六夜へ抱きついて喜びを噛み締めあっている。


「もしかしたら、さっきの黒い卵が一斉に壊れたのってあれを召喚した死界の王が倒されたからなのかな?」

ネリスの思いつきのような発言になるほどと納得する一同。


そしてジョシュは慣れぬ念話で鬼凛組隊士の無事を伝えると一人の名前の時だけ耳元で怒鳴られているようなオルナの歓声を浴びせられていた。


「十六夜ってのは・・・・そのでかいあんたか?」

「??俺が十六夜だが」

「その念話のマルレーネ嬢ちゃんがな、お前に早く会いたいって伝えてくれってよ・・・・お熱いことで何よりだ」

「うっ!あ、あの馬鹿・・・・・今はまだ警戒中だってのに・・・・・・その・・・・・なるべく急ぐって・・・・・頼むよ」

「はいはい、承ったぜ」


王城が崩落したときにはこの世の終わりのような表情をしていた住民たちだが、帝国軍の奮戦で妖人種が撃退されたことも伝えられると皆喜びに沸き立った。

義経はまだ気を抜かないでくれと注意喚起をするが、恐怖と緊張から解放される見通しが立ったことに気の抜けたように座り込む大人たちは多い。


子供たちは事情を詳しく知らないまでも、鬼凛組が自分たちを守ってくれたことだけははっきりと分かるらしく各隊士は皆子供たちに囲まれ、慣れぬ感謝の言葉に照れる者であふれた。

重傷だった隊士たちも治療呪文を懸命にかけてくれた元治癒術師がいたことが幸いし、峠を越え安らかな寝息をたてていた。

義経はネリスが組んでくれた即席の杖で周囲を見回りながら、早急な隔離壁解除をしてもらえるようにジョシュを通じて申請している。


「義経、ラルゴ屋敷も無事だって・・・・・ダリオやレオニードたちががんばってくれたみたい」

「よく守ってくれた・・・・・向日葵と光輝を早く抱っこしたいなぁ・・・・」

二人は手を握り合い・・・・・我が子に思いをはせている・・・・・

ガコン・・・・・ゴリリリ・・・・・ガガガガガ

突如広場に響いた振動音に恐怖を思い出した住民と警戒にあたる鬼凛組と帝国兵。


だがそれは帝都の台所を隔離していた防壁が地上へ収納されていく過程で生じていた音であった。

「これで一段落かな・・・・ふぅ・・・・・各員!念のため外壁収納に伴う事態に備えてくれ!!!」

義経の命令に鬼凛組や帝国兵たちも頷きつつも表情は明るい。


解放される・・・・・これで家に帰れる・・・・そう願った住民たちは手を取り合い喜び合っていた。

子供たちはそんな親たちの前で子供たち同士で軽口を叩き始める余裕さえ見せていた。






「スフェダゲーダガーダベーダヅールカラカルカルルスー」



何の音?呪文?そういった声がいつくか聞き取れたのかもしれない。



「ジャバダーガゲーダスーダメルメーウ・・・・・・ベドゥン・・・・ガース!」




外壁の収納に備え、外周の警戒に皆が意識を集中していた。

だから・・・・・シェルター付近でフードを目深にかぶったその人物の存在に気付く者は・・・・・極わずかであった。


濁った紫色の魔力光が発せられ・・・・・その杖から黒に近い紫の、鈍く光る塊が尾を引きながら放たれた。


10数個に分かれた紫の光塊が向かったのは、喜びに沸く大勢の子供たちであった。

その異様な光に気付いて声をあえる暇さえなく・・・・・・・・





「うおおおおおおおおお!!!!!!」


突如、巨大な壁が子供たちの間に割り込み、その壁に全ての光塊が着弾する。

その壁は地に膝をつき・・・・・富嶽を石畳に突き刺すと体を支えつつ・・・・・

動かなくなる自分の手足の感覚を・・・・・他人事のように受け止めていた。

着弾部分から無常にも広がるのは、触れたモノを石化する邪悪な呪詛であった・・・・・・


咄嗟の出来事に振り返ることしかできない義経・・・・ナデシコたち。


「十六夜ーーーーーーーーーーーー・---------」

ナディアの悲痛な叫びが聞えつつ、途中で途切れた・・・・・


そうかここで俺は終わりなのか・・・・・まあ子供たち守れたんなら俺にしては上出来かもしれないな

だけど・・・・

「ごめん・・・紫苑・・・・ごめん・・・マルレー・・・・ネ」

ふと、消えゆく意識・・・・五感も断たれた十六夜の脳裏に現れたのは・・・・・・

無邪気に笑う・・・・愛しいマルレーネの輝くような笑顔だった。

なるべく急ぐって言ったのに・・・・・約束・・・・はたせ・・・なくて・・・・・・でも最後に目の奥に焼きついたのが愛しい君の姿で、笑顔で本当に良かった・・・・

< ご・・・マ・・・レー >






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ