8 秘剣
キョロキョロと視線を泳がせつつ周囲を見回すブラウ・ベルデの隊員たち。
やはりこの場で待機していた彼らの様子からもエル・ヴァリスの城内に大きな変化が生じていることは確かなようだ。
階段が一つ消えてしまったと叫んでいる声も聞えており、かなり劇的な構造の変形が起こったと考えられる。
目まぐるしく変わる状況だがシルフェは杖を構えつつも、マルレーネから突然入った緊急連絡に耳を疑った。
<< こちらマルレーネ!シルフェさん大変です、カルネスさんからの通信でお城の空中庭園に処刑台らしき台座を発見しましたが、結界が邪魔で近づけないそうです! >>
< シルフェだ、城内にて異常発生、構造が変化、現在位置は空中庭園の近く らしい >
<< 構造変化???えっと既に教団兵が10名以上庭園で準備をしています、救出を急いでください!!このままじゃ陛下が皮を剥がされて殺されちゃいます! >>
< 現在、禁忌の武器 扱う集団に包囲、突破を急ぐ >
<< 無茶ばかり言ってごめんなさい!でも皆さんだけが頼りです! >>
< 了解した >
「緋刈!カルネスから緊急連絡だ、陛下の処刑準備が整ったらしく急がねばならん・・・・・上空からでは結界で近づけないそうだ」
シルフェは動揺することも隠さず真九郎に陛下の危機を伝えた・・・・ということはここに残り足止めする者と救出に向かう者が必要だということ。
瞬時にそのことに気付いたのは竜胆と真九郎である。
「ならばここは俺が『陛下をお救いください局長!』
真九郎の言を覆い潰すように声を張り上げたのが竜胆だった。
「ここは我らにお任せください、自棄になって言っているのではありません、これが最も効率の良い分担なのです!」
「リンダ!!魔法補助でお前も行け!」
リンダは頷くと階段に体を向ける。
「丸聞こえだぜ嬢ちゃん、坊ちゃんたちよ」
「貴様らの相手は俺たちだということだ、行くぞ夕霧!サクラ!」
いつになく竜胆の声に気合が入っていた、気負っているのでもなく力みすぎているのではないと感じ取った真九郎はリンダの手を取ると階段を駆け上がる。
そうはさせまいとと切り込んだブラウ・ベルデを、瞬足の踏み込みでヒュンと刀を切り上げ長剣を弾き飛ばした。
「我が愛刀、草笛が鳴った・・・・・・容赦はせん」
いつの間にかサクラと夕霧は竜胆の両翼で抜刀し、一文字天霧と残月を構えていた。
「ちっ!!めんどくせええ!!てめえらとっととなぶり殺しにしちまえええ!!」
「バーダ・セーファゴルダ!」
突如床から白い壁が迫り出し階段の入り口を塞いでしまう、シルフェの土壁呪文が作用したのだった。
「禁忌の武器だけに好き勝手させるつもりはない!!研鑽を続けたシルヴァリオンの技!!味わうがいい!!」
シルフェは次々とホールに土壁を乱立させブラウ・ベルデをかく乱していく。
階段を塞ぐことが出来たことで通路の防衛から枷を解かれた鬼凛組は、早々に分散すると土壁を利用しブラウ・ベルデたちと切り結び始めた。
サクラは魔法のバックから煙玉と秘密の玉を取り出し、くすっと微笑むと壁を蹴りあがって死角にいた敵集団3,4名に向けてそれらの玉を遠慮なくぶつけたのだ。
「ぐああああああ!!!!!!!目があああああああああ!!!」
「いてええええ!!!!みえねえええええええ!」
「ぎゃああああああああ!」
煙玉と一緒に放り投げられたのは不破と一緒に考案したいわゆるトウガラシ玉である。
失明させるほど凶悪なものではないが、数分間目をあけていられなくなるほどの強烈な威力であり一度実験台になった十六夜には本気で怒り追いかけられたことさえあった。
夕霧のしなやかで獣人特有の俊敏な動きにブラウ・ベルデは翻弄されていた。
「いてえええええ!!」
夕霧の打ち込みに篭手を切り裂かれ剣を落とすが、別の大剣の男が膂力に任せた打ち込みを放つ。
「うおおおおりゃあああああああ!!!」
「みえみえですってば」
腰を落としてその打ち込みからの軸をずらした夕霧は一文字天霧をふるい地面に突き刺さった大剣を根元から、斬り落としたのだ。
「な!!!!!け、剣を斬っただと!???」
唖然とする男の鳩尾を蹴り飛ばすと、背後から迫る二人に対峙する夕霧。
そして竜胆は3人を相手に真正面から切り結んでいた。
彼の剣技には特徴がないと紫苑や義経からも指摘されていたが、実はレインドと並び最も真九郎の剣技を忠実に受け継いでいたのは竜胆である。
長期戦に備え、受け太刀を控える真九郎の癖を引き継いではいるがここに至っては勝負どころと判断し受け太刀を恐れることなく気合の入った打ち込みで一人を右袈裟に切り倒していた。
草笛・・・・それは竜胆のためにルシウスが作り上げた最も直近の作刀である。
ドワーフ本来の卓越した器用さと幼少時から鍛冶技術を鍛錬し続けてきたルシウスが新たに生み出した刀法により、持ち主の個性を活かしきるための一刀が出来つつある。
その代表格がこの、草笛であった。
竜胆の持つ剣技の才能に目をつけた真九郎が自ら手ほどきを行い鍛え上げてきたことが開花している。
草笛は会心の一刀を繰り出した時のみ、空を切る音が草笛の音色に似ていることから名付けられた刀で、その出来栄えは真九郎が羨むほどであり竜胆にとって我が身よりも愛しく心より尊敬する真九郎に認めてもらえたことが彼をさらに高みに登らせた。
そして今、この戦場に草笛が鳴っていた。
ブラウ・ベルデの隊長ダビと若手筆頭のゾシューは、鬼凛組であっても上位に入るであろうほどの腕前であった。
度胸と打ち込みの苛烈さには息をまいたが、ここは竜胆の気迫と闘志が上回った。
受けに回ったゾシューの長剣を叩き斬り、返す刀でダビの胴を払いぬける。
戦意を失った二人は投降の意志を示したことを受け入れダビの長剣を取り上げ魔法のバックに収納し、苦戦するシルフェの援護に飛んでいくのだった。
リンダに簡易的ではあるが防御呪文をかけてもらい階段を駆け上がっていった真九郎。
本来であれば自分がしんがりを務めるつもりであった。
だが竜胆たちは自分が残ると・・・・自ら危険な役目を担おうとする姿勢と気概に成長をうれしく思うとともに心配で胸が張り裂けそうな思いを味わっていた。
「教え子を危険な任務に送るときってさ、私も同じような思いを味わっているよ・・・・・でもね、立派だねあの子たち、帰ったらちゃんと褒めてやんな」
「ああ、必ず陛下をお救いしてみせよう!」
階段を駆け上がると、そこには城内壁の端と端を結ぶような長大な廊下が中央を貫く昇降機を回りこむような形で伸びており、侵入者を妨害するために遠回りを強いる設計なっているようにも思える。
袂に押し込んでいた包みを思い出し、再び落とさぬように押し込むと長い階段を駆けていた中、本能的にリンダの肩を掴んで引き倒すと目の前に火炎球が数発着弾しその熱に顔をしかめた。
熱に耐えつつ撃たれた方向を視認すると、中央シャフトの外縁に設置された足場に教団信徒たちが数名こちらに呪文を放っていた。
「あたしが援護するから、あんたは突破しなさい!!!」
リンダは言うが早いか迎撃用の火炎球を撃ち始めている。
「けん制だけでいい!すぐに下がれ!」
そう叫びつつも苦無が届く距離ではなく、弓は他の隊士に任せていたことから真九郎は駆けた・・・・ただひたすらに長い階段を。
後ろから聞えてくるのは着弾の爆発とリンダの呪文詠唱だが、振り返る時間が彼女の負担を増やすことに繋がると真九郎は駆ける、皆の思いを背負い。
未だに続く爆発音・・・・・真九郎はさらにそこから伸びる階段を登り上層へと駆けつづけるが、心中は守りたい人々を置き去りにしてしまったのではないかという罪悪感が埋め尽くそうとしている。
そんな真九郎の心中を嘲笑うかのように、道中には防衛しようと戦って命を落とした衛兵や逃げ出した侍女の無残な遺体が床を赤く染めていた。
中には10代前半の少女たちも混ざっており、イルミス教団という情の欠片も持たない存在への怒りが・・・・・世の不条理が・・・・心をすり減らしていく。
3本目の階段を登りきり、長く続く廊下の先に大きな昇降機の出口と煌びやかな装飾のされた階段が目に飛び込んできた。
そうか、ここに通じていたのだな・・・・・
何度か訪れた空中庭園での皇帝とのお茶会・・・・・あの階段を登りきればそこはもう、空中庭園、そして皇帝陛下の居室のはずだ!!
息を整えどのような敵が待ち構えているかと覚悟を決め足を踏み出そうとした時である。
ゴトン・・・・ゴロゴロゴロ・・・・・
何か石のような丸いものが白い床を転がる音が耳を掠める。
「!」
駆けるのを止め、瞬時に鯉口を切ったとき。
廊下の隅から一斉に通路へ転がる石の珠が・・・・・・・操られたように滑らかな挙動で一列に並んだ。
整然としたその挙動に邪悪な意志を感じ、真九郎の肌にびりびりとその殺気が伝わっていく・・・・・空気が重くのしかかるような錯覚さえ感じていた。
「この殺気・・・・・醜悪な妖気、気配はもしや」
パキィーーーン
耳鳴りに似た甲高い破裂音と同時に一斉に割れた石珠から黒い卵のようなものが突如出現し、中からあの・・・・シカイビトがわらわらと何かの冗談のように湧き出てきた。
一つの卵から数体のシカイビトを生み出した卵は砕けるように掻き消え・・・・・・シカイビトたちは生まれ出でた直後の体をほぐすかのように不気味な・・・奇怪な動きをくねくねと体を動かし始めていた。
「こいつぁ・・・・・俺がこっちへ来たのは正解だったようだ・・・・・竜胆の見立てもなかなかのものじゃないか」
ふと隊士やシルフェたちにこちらを任せたほうがより危険であったことは間違いないと思え、逆に安堵している自分が滑稽に思えてきた。
竜胆の成長がうれしく、サクラや夕霧たちの生存の可能性が増えたことがなにより真九郎を奮い立たせる。
およそ目測で50数体のシカイビトの群れ・・・・・・・
圧倒的な絶望が目の前に広がる中・・・・・
スラリと抜き放った鬼凛丸が相槌を打つかの如くキラリと煌きを放つ。
すーっと息を吸い・・・・・青眼の構えからシカイビトの群れを観察していく。
最初に感じた違和感は見間違いではなかった、動きの挙動に精彩さが感じられない・・・・・シエラ遺跡の奴らとは別物!?
体幹のバランスがひどく、何よりもあの圧倒的な恐怖や絶望感が乏しい・・・・もしや、こいつらは!?
ならば!
「押し通るのみ!!!」
一瞬の光閃の飛込みと同時にシカイビトの目玉が両断され、申し訳程度に放出された触手を身をかがめ避けると、さらには次に迫るシカイビトを返す刀で股座から目玉まで両断してしまう。
その刹那の剣技にようやく反応し始める蠢くシカイビトの群れに、怯むことなく飛び込んでいく。
あまりにも豪胆な剣撃がつむじ風のように腕や足を切り飛ばし、撃ち損じが無いよう一匹ごとに着実にとどめを刺していく様は人間技を超えていた。
イルミス教団のシカイビトへの怒りが思う存分、手加減することなく放出できる場が与えられたことを歓迎しているようにさえ思える修羅の技・・・・・
効率よく切り倒すために触手の攻撃に晒されようと強引に胴を目玉を、剣撃が両断していった。
奴らが持つ武器の一撃は避けるが、受け流した武器が草摺や胴丸に弾かれていく。
既に廊下は中程に及び身に負う手傷も無視できぬものになっているが、これ以上の選択肢は真九郎の中にないほどの動きであったことは確かだという自負を感じ、さらにその自己評価に苦笑している自分さえいたことが我ながら冷静だと感心さえしていたのだ。
そんな気合と自信・・・・裏打ちされた実戦経験からくる真九郎の充実した心身それが奴らにさえ伝わり始めていた。
スンという一瞬の静止と静寂の虚を置いて、後ずさり・・・・・・一斉にシカイビトが動きを止め後ずさりをしたのだ。
「な、シ、シカイビトが あ、後ずさりしてるぞ!!!」
階段上層から中継器を通して真九郎の戦いを観察していた教団幹部たちは、鬼神の如き戦いぶりに恐怖し震え上がっていた。
さらにシカイビトまでが、朱に染まる鬼凛組局長の姿へ恐れをなしているかのような動きに慌てふためいている。
悪魔や悪鬼、そのような呼び名が飛び交いシカイビトを操ろうとしていた邪悪な教団の信徒とは思えぬほどのうろたえぶりで恐怖に打ちのめされていた。
絶対の存在・・・・それを打ち破る者を早々に始末したと信じきっていた教団信徒たちの混乱はいかばりのものであろう。
シカイビトの圧倒的な戦闘力と殲滅能力は嘘ではない、たとえ生み出されたばかりの存在であろうと手錬の魔法使い1000人が相手になろうとも傷つくことなくやがては食い尽くすだろう。
そんな絶対の信頼を寄せる最後の砦・・・・死界人たちが安々と真九郎の剣技に雑兵のごとく切り倒される様は悪夢以外の何者でもない。
「あ、あいつは!!ば、化け物おおおおおおおおおおお!」
「に、人間じゃない!!じゅ、呪文も何もなく、人の身で・・・・・・どうやってあのような!??」
「げ、迎撃の準備を!あ、あれを人質にしてしまええええええ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
失われていく血と体力と反比例するかのように、真九郎の気迫と闘志がさらに高まっていく。
その思いに応える鬼凛丸は泥を切り裂いているかのような切れ味でシカイビトを葬り、一心同体の働きを繰り広げいた。
廊下や壁ははシカイビトの奇怪な体液にまみれ、咆哮を発することさえできぬ未熟なシカイビトは手に持った剣のような得物ごと両断されていく。
だが、狭い廊下の通路で剣や槍のような武器が一斉に突き出され、避けきれぬ一撃が真九郎の体を傷を増やしていった。
「邪魔だああああああ!」
鬼凛丸で武器を斬り飛ばし、数体の首を切り落とすと返す刀で目玉を両断するがさらに迫ったシカイビトが突き出した触手が真九郎に突き刺さっていく。
「・・・!」
無言で触手を断ち切り残ったシカイビトの集団を一瞥すると、その視線に怯んだ奴らの虚を見逃さなかった。
走り抜けた背後に舞うのは血風と奴らの手足・・・・・そして石化を始める目玉の欠片。
もはや活動を続けるシカイビトは存在せず、その美しい内装を誇る廊下は奇怪な血液によって染め上げられている。
「ぜぇぜぇぜぇ・・・・・はぁはぁはぁ・・・・・」
思わず膝を付きそうになる疲労に耐え、懐紙を取り出すと僅かに奴らの血がついた鬼凛丸をぬぐう。
あれほどのシカイビトを切り倒したにも関わらず、鬼凛丸は刃こぼれ一つなく神秘的な輝きを放っており、その励ますような輝きに力をもらう。
パチンと鞘へ納めると触手などの攻撃で剥がれ落ちそうになっていた鎧の部位を剥ぎ取り捨てていき、右篭手とわずかな草摺そして足甲などを残して体を軽くし負担を減らす。
息を切らせつつも階段を登りきった先では陽光の輝く清浄な空気が広がっている。
眩しさに手で光を遮ろうとした時、日差しの先に飛び込んできたのは・・・・・・
張り付けにされた、人の・・・・・人であったものの姿であった。
全身の皮をはがれ・・・・・首が無造作に庭園の床に転がっている。
その頭でさえ・・・・・正視に堪えない人の所業であると信じたくもないような・・・・・仕打ちがなされていた。
「まさか・・・・へ、へい・・か・・・・・」
砕け散りそうになる闘志を必死にとどめようとするも、目の前を通り過ぎた羽リナと呼ばれる犬に似た白と桃色の生き物が真九郎の足をぺしっと叩いた。
「・・・!?」
その羽リナのおかげでかろうじて押しとどめた絶望を飲み込むと、なにやら庭園のぐるっと回った先で大勢の声が聞え・・・・・
確かめようとする考えすらなく、ただその場へと張り裂けそうな気持ちを押し込めながら駆けた。
人影が数十人の集団ともう一つの張り付け台が視野に入ったときであった。
「真九郎おおおおおおおお!!!!」
甲高く妖精のような美しい声が響き渡った。
あの黒髪の美少女が、皇帝陛下が簡素な純白のワンピース姿で教団幹部に取り押さえられ今まさに張り付けにされようとしていたのだ。
(無事であった!)
空中庭園の美しかった庭園は踏み荒らされ見る影もない。
そこに教団の精鋭と10数名と幹部たち・・・・総勢20名ほどが少女を盾に真九郎へ武器を捨てるように警告していたのだ。
震えを抑えることすらできず、皆が一様に杖を構え化け物を見るかのごとき恐怖の視線を真九郎へぶつけている。
一見すると20対1の圧倒的有利な状況にも関わらず、彼らは恐怖を拭い去ることができずにいた。
「そ、その禁忌の武器を捨てろ!!!さもなくばこの皇帝をこ、殺すぞ!!!」
「だめよ真九郎!!私はいいからこいつらを切り捨てなさい!!これは皇帝としての勅命よ!!」
「皇帝陛下その覚悟、お見事でございます・・・・・なればこれを」
真九郎が懐から取り出した包みにびくっと警戒した教団兵と幹部たちだが、包みを解いた中から出てきた物に思わず苦笑し、安堵の後に嘲笑を始めていた。
「なんだそれは!!!ただのおもちゃではないか!!???」
「冷や冷やさせおって、すぐに武器を捨てろ!!!」
だが皇帝陛下の様子の変化に気付きすっと身を隠したのはデスティンだった。
どこか寂しそうな安堵したような表情が真九郎の視界の隅を掠めている。
「キキョウ・・・・・やっと見つけてやれたな、さあいつものあれをするよ、いいかい?」
もう一度包みごと袂へしまうと、微塵の緊張もなく慈愛に満ちた赤子にかけるようなやさしい声色で伝えられた。
「はい!!!兄様!!!!」
「だーるーまさーんが・・・・・転んだ!!!」
呆気に取られる教団兵と幹部たちの隙を付き緩んだ拘束から皇帝はすっと手を振りほどくと、目を閉じ耳を押さえて瞬時にしゃがみこんだ。
「あっ!!!」
っと教団兵が声を上げた時、真九郎がまるで散歩でもするかのようなやけに穏やかな歩みで教団信徒たちに近づいた。
「や、やめ」
いつ抜いたのであろう?そう教団兵や幹部たちが目を疑った者が数名いたかもしれない。
突然、虚脱対策をしていた彼らの目の前にいる鬼凛組の男の手に禁忌の武器が握られていた、気付くことすらできない者たちも多かった。
数十名が噴出した血煙はすぐに庭園を吹き抜ける風にかき消され、ドウッという音を立て奴らの首が上半身が床に落ちた。
「鬼凛無法流・・・・・・風貫き・・・・・ありがとう友よ」
立ち居合い。
そういわゆる立ち居合いの技である。
本来居合いとは立ち居合いと座り居合いが存在し、不意の敵や襲撃にいかなるときでも対応できるように考案されたのが居合い術である。
真九郎が最も得意とするのがこの、立ち居合い・・・・・中でも友である有本数馬が神業と称した『風貫き』と言われる立ち居合いの一刀である。
その風貫きにより、一刀の元に教団の精鋭兵と幹部たちは成敗されたのだ。
「お兄様あああああああああああ!!!」
「桔梗おおおおおおお!」
二人は抱き合った・・・・・やはりそうだったという確信が安心と再会できた思いに心が満たされていく。
「皇帝陛下に風車では失礼だったかな?」
「そんなことない!!!陛下なんて呼ばないで私はお兄様の妹、桔梗なのですよ!!」
ひしっと再び抱きしめた桔梗の見事な手触りの髪を撫でていたが、おかしいな徐々に体の力が抜けていくのを感じる。
安心が気が緩んだのがいけなかったのだろうか・・・・
「お、お兄様!!!???」
崩れるように脱力し膝をつく満身創痍の兄の姿に気付いた桔梗は、真九郎以上に血の気が引いて真っ青な顔つきになっていた。
「す、すまぬ・・・・血を流しすぎたようだ・・・・なあにすぐに良くなるさ」
「お、お兄様!!!!、だ、誰か医術師をおお!!!!」
そのとき不意に近づいてきた人影がいた。
「くっ・・・・桔梗、逃げろ!!」
教団幹部が身につけるローブをまとっており、仕留め損ねた後悔と手際の悪さを悔いている暇はなく、脇差を抜いて構えようとするが指に力が入らなくなってきている。
「安心してください、私は陛下に投降しております・・・・・教団幹部の・・・・・元幹部のデスティンと申します、今治癒術をおかけしますので」
「お兄様、この男は大丈夫よ!デスティンお願いお兄様を!!!」
「お兄様とは?・・・・まあいいです、体を楽に」
デスティンの治癒術で傷口からの出血が止まり若干痛みが引いたおかげでようやく脱力が止まり始める。
桔梗とデスティンがシーツを持ち出し切り裂き、包帯として真九郎の手当てを始めるが真九郎はそれを待たずに立ち上がる。
「いけません!!命にかかわりますぞ!!!」
「俺の部下が・・・・・かわいい弟子たちが戦っているのだ、すぐに戻らねばならん」
常人なら傷の痛みだけで悶絶してしまいそうな程の手傷を負っているにも関わらず痛みを口にすることなく立ち上がる男の姿にデスティンは・・・・・己の浅薄さと比較し憧憬の眼差しで見つめ始めている。
「それには及びません、安心してください緋刈局長!」
なにやら聞き覚えのある声が背後から聞えてきた。
ぴょんぴょんと陽気な走りをしているのは黒いローブを頭からかぶった人物だった。
その声を聞き飛び上がるように反応したのは桔梗である。
「ソルティ!!!??」
「陛下ああああああああ!!!ご無事でよかったあああああ!!わあああああああああああ!」
黒いローブから顔を出したソルティは桔梗を抱きしめおいおいと泣き出した。
「陛下ああああ!ごめんなさい!!お救いにあがろうとしたのですが、ある人の指示で動いておりました!ようやくシカイビトトラップも解除されたのでこうして駆けつけることができたのです!!」
「ソルティ・・・・・よかった、あなたが無事で」
「すまんが、それには及ばぬとはどういうことか?」
「ぐすん・・・・はい、サクラちゃんたちは手傷は負っていますが皆ピンピンしてこっちに向かってます!!」
「左様であるか!!!よかった・・・・うむ・・・・・ほんとに腕をあげおってからに・・・・」
半泣きしつつ桔梗の頭を撫でるのをソルティがぺしっと叩くも、桔梗が真九郎に抱きついて甘えるというやりとりが数合い続いた後、
「そうだ、バルケイムさんからの指示があったんだ、私は昇降機の制御を回復させます!」
「頼むわソルティ!お兄様、我らも結界をなんとかしましょう、私の私室で結界を解くことができるかもしれません」
「強くなったな桔梗・・・・」
部屋を飛び出し離れ離れになった仲間を探し歩き回っていた半兵衛。
あの奇怪な転移らしき現象に巻き込まれた影響か、城内の構造に不自然な形跡がいくつか見られるようになっていた。
天井から椅子が生えていたり、ドアが半分床にめり込んでいたりと、様々な皺寄せが生じていることだけは半兵衛も察していたが目の前に広がった光景に我が目を疑った。
狭い廊下を抜けた先は長方形の部屋であり、その壁には・・・・・無数の頭や手足が生えているのだった。
もはや絶命した彼らはただ埋まっているのではなく、壁と肉体が融合してしまっているようにしか見えなかった。
中にはグルナ兵までもがそのおぞましい体と頭を融合され息絶えている・・・・・・
残虐な悪魔のいたずらのようにも思える非現実的な光景、だがここで半兵衛の脳裏にある言葉よぎる。
「まさか、メデナフィリス・デーラ!?エル・ヴァリスによる仕業!?その奇跡の一端なのか・・・・・・」
静寂と死が支配するこの部屋から一刻も早く抜け出したかった半兵衛は目測で教団兵やグルナを数えてみると、その数に絶句することになる。
恐らく身なりから教団の精鋭と思われる兵たちが100名弱・・・・・グルナ兵も20はくだらない。
もしこれらが1層や砲台制御室の防衛に回っていたら・・・・いや、今後対峙することになっていたとしたらその戦力を退けるのは容易ではなかったはずだ・・・・・
救われたのか?
王城エル・ヴァリスに・・・・
奥の扉をくぐり、バルケイムの後を追おうとしていた時である、それは獣人族の半兵衛でなければ聞き逃していたであろうほどの小さな・・・・非常に小さな音である。
駆ける地を蹴る音と振動が体を通して伝わるその体音のわずかなわずかな合間に、鋭敏な耳にそれらの雑音を避けるように飛び込んできたのだ。
「ひ・・しん・・・・・」
「!?」
野生の感覚がその音をその声の主に本能的に警戒を呼び起こさせる。
全身に鳥肌が沸き立ち、頭を押さえつけられるような重圧さえ感じられるようだ。
「な・・・・なんだ!?」
思わず声をあげその声の方向に半兵衛は歩を進めた。
行ってはいけないと、全身の細胞が警告を発しているにも関わらず、好奇心ではない、この危機が仲間たちへ無警告に浴びせかかるような事態だけは避けたいとする彼の強い責任感がそうさせたのだ。
声の先は古ぼけた鉄製の扉の奥である。
ギィーーー
重く軋んだ扉を開けると、そこには何かの死体が転がっているのかに見えたが、
「だ・・・だれだ」
その姿は半兵衛は思わず息を飲んだ・・・・・左手は肩口から引きちぎられたような無残な傷痕と、左足は股関節付近からもぎ取られている。
目を背けたくなるほどの凄惨な姿であるが、おかしな点がいくつもあった。
血が一滴も出ておらず、しかも・・・・傷口は、石化を始めている。
「石化現象??」
「お前は・・・・ぶ、武士団か」
「ああ、私は鬼凛組参謀、半兵衛と申します」
「ひ、緋刈、しんくろうの・・・・知人か・・・・?」
「は、はい、局長の部下にあたります・・・・あなたは・・・・?」
「ぼ、僕は・・・・・フェ・・・フェニキル・バルビタール・・・・・そう、呼ばれていた」
「フェニキルだと!!?」
「そうだ・・・・元シカイビトの王だよ・・・・・奴だ・・・イルミスが・・・」
会話をすることさえ苦しそうな彼の人形のような美しく精巧な顔つきは儚さを・・・・・刹那的な美を有しているとそう半兵衛は感じた。
「ごほっごほっ・・・・・イルミスは・・・・邪魔な僕と僕の成分を自分の体から引きちぎったんだ・・・・・そして僕はこのざまさ」
「引きちぎった!???」
「ああ・・・・おいしい・・・食べ物の味を知ってしまった僕を邪魔だと感じたんだろう・・・・・あのようなおいしい食べ物を作る人間を殺すなんて・・・・・非効率的だと」
「そうか・・・局長がおっしゃっていたのはこのことであったのだな・・・・・局長は、緋刈真九郎はいつもフェニキルのことを気にかけていたよ、もっとおいしい物を食べさせてやりたいってね」
「ひがり・・・は僕を忘れてないのか!?」
「忘れているわけがない・・・・そうだ!!待っていろ!」
真九郎から預かった品が魔法のバックに収納されているのを思い出し、バックからメモのついた保存容器を取り出す。
「・・・・・フェニキル、これは緋刈真九郎が君のために用意させた食べ物だ・・・シズクという少女がフェニキルのことを考えて君のために作った料理だよ」
「ぼ、僕のた、ために?」
「そうだ、シズクがフェニキルのために作った『君のための料理だ』、さあ食べてみてくれ」
そう保存容器を差し出したが、受けとろうとする彼の右手の指は既に石化が始まり駆け落ちようとしている。
すぐにスプーンを取り出した半兵衛は保存容器を開け、食欲をそそる香りと湯気が奇妙な二人の空間を満たし始める。
「さあ」
スプーンで掬ったのはデュランシルトが誇る名物料理の一つ、ラディー肉をひき肉にし練り合わせこんがりと焼き上げたものを熱々のご飯に乗せ、さらにその上には半熟の目玉焼きと醤油ベースの濃厚ソース、添え物に肉との相性が良い葉物が彩りを鮮やかにしている。
蕩けるようなやわらかさの肉から肉汁が迸り、半熟卵の黄身と混ざり合ったハンバーグがフェニキルの口に運ばれた。
「んむ・・・・・・」
心配そうにフェニキルの表情を見る半兵衛は、ふとシカイビト相手に私は何をしているのだという思いに駆られもしたがここは局長の意思を思いを伝えることを優先しようと意を決することにする。
「おいしい、というのであったな」
「そうか!おいしいか!!シズクさんの料理はみんなも大好きなんだ、気に入ってもらえてうれしいよ、さあもっと食ってくれ」
二口目を食べたフェニキルの表情に変化が生じたことに半兵衛は気づいたが、甲斐甲斐しくシズク渾身の一品をフェニキルに味わって欲しいと介助を続けていった。
「お前の・・・名は半兵衛だったな」
「ああ」
「ありがとう、半兵衛」
「え!?」
「死界人が礼などと、あり得ぬと・・・・思ったか?」
「いや・・・・そう・・・うん、だがそう言ってもらえてうれしいよ」
「・・・・それと、シズクという人にも・・・・ありがとうと伝えてくれないか、最後に・・・・こんなおいしいものを食べられて、よかった・・・・」
「おい、最後って」
「僕はもうすぐ消滅するだろう・・・・・それはどうでもいい、心残りが・・・・あると、すれば・・・・・このありがとうという言葉がシズクに伝わらないこと」
既に右腕は石化し胸元にまで石化が広がろうとしている。
「後・・・・・僕にこんな感覚がある・・・・・ことを、教えてくれた、緋刈真九郎に、ありがとうと・・・・」
「この半兵衛、命に代えてもお伝えしよう・・・」
「だめだ、半兵衛は生きて二人に・・・・・・伝えて欲しい・・・・そうか、そのために、僕ができること・・・・」
再び咳き込んだフェニキルだが、すぐ言葉を紡ぎ始めた。
消え入りそうな声だが、力強い瞳が半兵衛を捉えた。
「時を経て多くの・・・・・人間を捕食した・・・・死界人の・・・・弱点は、頭の大部分を占める・・・・・目ではなく、なる・・・・」
飛び上がるほどの衝撃であったが半兵衛は黙って言葉を聞き逃すまいと全神経を集中して魂に刻み込んでいく。
「は、半兵衛の・・・その胸の・・・・妙な・・・・紋章のある・・・・あたりが僕やイルミスの・・・・弱点・・・・・」
はっと自分の胸元を見ると鎧の止め具に意匠された蝶の文様が、ちょうど鳩尾であることが分かった。
「さあ、僕を・・・・楽に・・・・して・・くれ・・・・君の手で、僕の言葉が嘘・・・でなかった・・・・と証明してほしい」
これは・・・・一種の介錯というものなのか!?
真九郎から指導されてきた武士の仕来りと、介錯・・・・・・
なんという壮絶な覚悟だと思ったが・・・・これはある種の慈悲・・・・・情けなのだと半兵衛は思い至ることができたのだろう。
半兵衛は脇差を引き抜くとその白銀の刀身をフェニキルの視線にあえて晒した。
こくんと頷く彼の瞳には、穏やかな輝きさえ覗かせている。
スッと音もなく差し込まれた脇差にわずかに身もだえしたフェニキルは、傷口から僅かな燐光を発しながら、
「・・・・・・僕たちを・・・・・生み出したあれを・・・・・甘く、みるな・・・・・・あれは・・・・・」
「おい!あれってなんだ!!」
「・・・・・・く・・・魔・・・・」
フェニキルの体から迸った光芒は轟音を上げ、狭い部屋を埋め尽くし放出されていった。
轟音と光に目を耳をやられていた半兵衛がその衝撃から回復したときにはもう・・・・・・フェニキルは完全に石化し・・・・やがて音もなく崩れていった・・・・
「もしかしたら、生み出した存在について語ることさえ出来なかったのか・・・・・最後の瞬間だけしか」
床に転がる脇差がフェニキルの覚悟と思いを半兵衛に忘れるな、生き延びろと訴えかけているように感じ、彼が伝えたメッセージをイルミス戦に間に合わせるために半兵衛は立ち上がり・・・・食べかけの保存容器をフェニキルだった石砂に供えると手を合わせ祈った。
何に祈ったのだと、聞かれれば分からぬとしか言い様もないがただ祈らずにはいられなかった・・・・・
今はただ駆けよう・・・・・生き延びるために。