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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第五章 鬼凛草子
57/74

5 暁の雷鳴

石畳の上に倒れる人々・・・・・その数は数百に及んだ・・・・・・




だが、、、




吹き上がる血しぶきと血煙が血風となって吹き荒れる。


数体の胴体と手足が血風と共に宙を踊り、撒き散らされる体液が石畳をいびつに染め上げていく。

それでも襲い掛かる烈風はひるむことなく、容赦なく獲物をめがけて飛び掛った。



そう・・・・・

長大な白銀の軌跡が赤黒い胴体を数体まとめて切り裂いた。


二閃の光跡通り過ぎた写像はまるで光の舞踏のごとく目に焼きつき、十字の輝きが織り成す雷鳴のような突きが邪妖の瞳を貫いた。


黄金の髪を靡かせ投擲された鋭利な輝きが時を縫い付けるがごとく赤黒い肉塊の動きを封じ、


後ろに詰めた五振りに美しき白銀の牙が地に倒れる人々の間に割って入った。







「ああああああ!あああああああああああああ!!」


ネリスの万感の思いが弾け飛んだような声にならない声が、発せれた。


「「「「鬼凛組!!!!」」」」




「待たせたなネリス!!!」


義経が落ち着きながらも一刀の元にシカイビトを切り裂き、飛び出す触手の動きを見切りつつ5体以上の攻撃を防ぎきっている重装備の十六夜の援護に向かう。


「た、助かったのかあああ!!??」

「大丈夫よ!!!武士団があ!!鬼凛組が来てくれたのよ!!!!!」


「「「「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」


「わーい!!ぶしだんだあああああ!」

「ぶしだん!!!」

「よしつねがんばれぇえええ!!!」

「きりんぐみがんばれええ!!!」

「あれってナデシコ様じゃない!?」



「ネリス!!!みんなを連れて奴らから距離を取って!!!吸魔の刃で犠牲が出るわ!!」

「りょ、了解!!!みんな、距離を取るわよついてきて!!」


漆黒の暗闇に現れた一筋の光明・・・・いやそれは安直な光ではない・・・・・自らを焦がし焼き尽くす覚悟を秘めた燃え盛る魂の光だ。


後退する避難民に狙いをつけたシカイビトが数体、釣られるように追い出した。

そこへナディアが苦無を投擲しつつ注意を引き、背中の忍者刀を振るって目玉を両断。

飛び出す触手が追いつくことすら出来ない速度で二匹目に腕を切り飛ばしながら、さらに苦無が目玉を捉え呻くシカイビトの背後から首を切り落とし目玉を十文字に切り裂いた。


シカイビトは義経たちによって殲滅されたが、転がる石の珠からはまた黒い卵のような物体が生み出される。


「俺に任せろおおおおおおおおお!」

十六夜が富嶽を構えつつ、膂力に任せた一刀を振り下ろし卵を両断してしまう・・・・・だが


割れた卵からは4体のシカイビトが飛び出し、隙のできた十六夜に切りかかった。

鎧で軽減できたものの、腕や背中に手傷を負ってしまうが、すかさず睦月隊の隊士がフォローに入り、迎撃にあたる。


「卵を攻撃するのは失策か???」

「一つの卵からは20体以上出てきたわ!!!破壊することで召喚されるシカイビトを減らせるかもしれない!」


ネリスの分析と観察から義経は卵の攻撃と石の珠の破壊を優先して行う指示を出す。

ようやく落ち着きを取り戻した人々は口々に武士団へ感謝の涙を流している。

「武士団は死んだって言われたんじゃないのか???どうやってここまで・・・・・」

1人が呟いた疑問は喧騒の中に掻き消えていた。




レインドはジャムレッド大隊により連行された後、王城エル・ヴァリス地下層にある牢へ放り込まれていた。

魔法も使えない無能者として罵倒され続けてきたレインドは、呪文により施錠された牢内で、受けた暴行の傷を確認する作業を続け大した傷ではなくまだ戦える力が残されていることを確認し安堵していた、恐ろしいのは戦う力を術を奪われること。

「あの・・・・あんたはたしか・・・・武士団のレインド様では?」

牢の向かいにいたボロを纏った中年の男が声をかけてくる。

「はい、レインドです・・・今は捕まってしまっているけどね」

「!!!あの、死界人を倒した英雄がなんで!」

「話すと長くなるんだけど・・・・とりあえずやることもないから話すとしようか」

男の名はディアンといいスパイ容疑で捕まったらしいが、実は財布をすられ路頭に迷って盗みを働こうか悩んでいたところを挙動不審者として拘束されたが、妖人種の襲来と重なり放置されたままになったかわいそうな男らしい。

レインドの近況を聞いたディアンはおいおいと泣き始める。

「ひでえよお!!死界人を倒した英雄にこんな扱いなんて!」

「ははは、ありがとう、アーグ同盟とイルミス教団が内通者と連携していると思うんだ」

「す、すげえ!そんなことまでもう掴んでいるんですね!」

「うん、すっごく優秀な部下がいてくれるおかげだよ」

ディアンとは会話をしながら牢の生活や飯を運ぶ時間や人数、その頻度、そしてそれがここ丸一日途絶えていることを知らされた。

彼は饒舌な男でくだらないが面白い話をしてレインドを励ましてくれていた。

こういう状況で彼のような陽気な男と出会えたのは幸運だと素直に思える。


あれだけ暴行を受けたにも関わらず、今ではたいした痛みもなくぴんぴんしているのはあの過酷な鍛錬のおかげのなのだと思う。

打たれる場所をずらすことで痛みや怪我を軽く出来るコツは既に掴んでおり、鍛えぬいた筋肉の鎧がジャムレッド大隊のなまっちょろい杖の殴打を防いでくれていた。

こうして思い出すのは辛く苦しかった鍛錬ではあったが、楽しい日々である・・・・・

あの日、イルミスに為す術なく吹き飛ばされた不甲斐なさ・・・・あの悔しさがレインドの戦闘技術をさらに高めることに繋がった。

真九郎と義経を相手に猛特訓を重ね、それに刺激されたヴァン、リヨルド、マグナ、ベントの4人組が加わり己を鍛えぬいたのだ。

ナデシコの妊娠出産に伴い黒母衣衆に選抜された4人は、自分たちで『黒の閃風』四天王と勝手に名乗り始めてしまうなど、お調子者の一面もたしかにあった。

だが黒の閃風はこれを機に改めてレインドに対して、揺るがぬ忠義を誓うことになる。

どんなに執務や公務で疲れていても同じ鍛錬をして尚、住民や臣下を思いやり気配りを忘れない主君の態度に感銘を受けてしまっていた。

そんな彼らが目指した到達点いや通過点は・・・・・





そして拘束されてどれくらい経ったのだろうか、ディアンが空腹を訴え、レインド自身も空腹が辛くなってきたときであった。


ガタン!ドカッ!!!


けたたましい物音に構えるレインド。

すると地下牢に扉から漏れる光が伸び、複数の足音がレインドの前で止まった。

「お館様あああああ!!!」

「半兵衛か!?」

「はい!!、ご無事で何よりです!!!!シルフェさんお願いできますか!??」

「任せてくれ・・・・・シュームマカエーヂュ・・・・」

カチリ・・・・

牢はきしんだ音を立てながらゆっくりと開いていく。

「シルフェさんまでありがとう!」

「お、おい!俺も連れてってくれよう」

ボロを着た男をいぶかしんだシルフェに牢から出たレインドが頷き、解放を依頼する。

「レインド様!!ありがとうございます!!」

ディアンの肩を叩き安心させるとすぐにレインドは武人の顔つきに変わった。

「半兵衛!これまでの経過と状況を報告せよ」

この鮮烈な将器の波動に思わずシルフェを含め半兵衛たちは魂を揺さぶられるような感動を受ける。


「はっ!レインド様が拘束された後、奴らは取り上げた刀に油をかけ燃やす暴挙に出ました」

「まさか燃やすとは想定外だったな」

「ええ、そこで泣き崩れた隊士たちには後でお褒めの言葉かけてあげてください」

「うむ・・・」

「話を続けましょう、その後は想定どおりジャムレッド大隊が引き上げ、シルフェ殿からの連絡で状況が判明したためすぐに計画を実行に移したのでございます」

「そうであったか・・・・」

「ただ、妖人種と戦っている帝国軍が危機に陥っております・・・・」

「!!!朧組は無事なのか!!!?」

「はい、むしろ朧組が戦線をかろうじて支えている状況です・・・・その原因は教団が王城エル・ヴァリスの砲台制御宝珠を取り外したためと思われます」

「くっ・・・・・!」

レインドの放つ怒気に地下牢の空気がビリっと震えた気がする。


「既にサクラたち別働隊が制御室の奪還作戦のために動いております、そして帝都の台所ではさらに非常事態が起きていました」

「包み隠さず言ってくれ」

レインドは紅葉から渡された隊服に着替えていき、さらには紫苑と一緒に持ち込んだ具足をてきぱきと装着していった。

「はい、ウルヘイム侯爵を筆頭とする反皇帝派の貴族たちがアーグ同盟と結託したイルミス教団に寝返りました・・・・」

「そうであろうな・・・・そうでなければここまで事態が悪化するとは思えぬ」

「ええ、ですが奴らはその手土産に・・・・・帝都の台所に避難する子供たちを『 餌 』として差し出したのです・・・・・・」

「!!!!!!!!」

「子供を・・・餌だって!!!」

かろうじて読み取れる内容からでもディアンが怒るには十分な内容であった。

「こちらも、副長、ナデシコ、十六夜、ナディアと睦月隊の5名が包囲し子供たちを捕食しようとしていた死界人と戦闘に入ったようです」

「そうか!!間に合ったのか!!!」

「現状ではそう聞いています」

「して、半兵衛たちの目的は僕の救出だけではないんだろう?」

「さすがお館様です、これからが本番となりましょう」

半兵衛の後ろから現れたのは以外にもニーサだった。

「ニーサ!!!危ないじゃないかこんなところまで!!!!!」

「あなたたちは城に詳しくないでしょ?私だって・・・・いつも置いてけぼりは辛いのよ?出来ることを出来る人がする、それだけ」

「・・・・・分かった、だが引いて欲しい時には黙って従ってくれ・・・・・」

「はい、もちろんですよ」

そして具足を身につけたレインドは看守室の前で待機していた真九郎からある物を受け取る。

「無事でよかった・・・シズクからこれを」

「!!!これは・・・ありがとうシズク!!!」

レインドは保存容器を抱きしめ、フタを開け思わず声をあげてしまう。

そこにはレインドの大好物である3色丼があったのだが、でかでかとハートマークで描かれたそぼろ肉が敷き詰められていて、のぞきこんだ紅葉や紫苑からあらまあとからかわれている。

「腹が減っては戦はできませぬ、しっかり食っておいてください」

「師匠!ありがとうございます」

「そこの君もよかったらこれを食え」

ディアンは渡された保存容器に入った、ラディ煮込み丼をいぶかしんで食べ、そして空腹の犬以上にがっついて平らげてしまった。

「な、なんてうまいんだ!!!もう死んだって構わねえ!!ってぐらいうめえ!!!」

「はははは、それはよかった、君は下手に城を動き回ると危ないからここで隠れていなさい」

「そ、それが良さそうだな・・・・・レインド様!!!どうか!!!ご無事で・・・あっ!もちろん武士団の皆さんも!!!」

「ありがとうディアン・・・・」

レインドは三色丼を半分食べると半兵衛の持つ魔法のバックにしまわせた。

「残りはすべて片付いてからだ・・・・・・よし、腹も膨れた・・・・半兵衛、説明を」

「はっ!!!お館様の救出がなりましたので、ここからは・・・・・・局長に説明をお願いいたします」

真九郎は半兵衛から受け取った大小をレインドに手渡した。

「髭切だ、会いたかったでしょう」

「ああ、髭切・・・・これからまた力を貸しておくれ」

「王城エル・ヴァリスが反皇帝派と邪教徒共に占拠されております、さらには教団が運び込んだグルナ兵が配備されており・・・・以前戦った時よりもさらに強力になっていました」

「あのグルナ兵が!!」

「はい、我々の目標は捕らわれた皇帝陛下の救出と王座に居座った・・・イルミス教団とイルミスの討伐となります、反皇帝派からの妨害も受けるでしょう」

「・・・・・なるほど・・・・・ならば持てる力の全てを持ってあたらねばなるまい」

「ここに、鬼凛組隊士、35名、お館様に付き従いましょう!」

「「「「「「はっ!!!!!」」」」」」


別働隊を割く必要が発生したため、全戦力ではないが鍛えぬいた彼らの彼女らの瞳はレインドと戦場を共にできる喜びの光に満ちている。

「レインド様、シルヴァリオンのシルフェ・・・・微力ながら対魔法処理が必要な場面もあるかもしれません、最後まで御供させてください」

「シルフェさん、あなたがいてくれれば心強い・・・・ですがシカイビトがいつ現れるか分かりません・・・・・その危険度は想像を超えると思いますが・・・・」

「構いません、私が吸魔の刃に倒れたら放置して先にお進みください、シルヴァリオンとしての覚悟は当の昔にできております」

「わかった、よろしく頼みます」

「はっ!!!」











 紛糾する教団幹部会議。

怒号や怒声、罵詈雑言が飛び交いおよそ宗教の名を語る組織の会議とは思えぬであろう惨状である。

一見すると非合法組織や盗賊たちの下品な酒宴の様子と思う者もいるかもしれない。

駄々っ子のように杯や調度品を部下に投げつけ、意味不明な論理で怒鳴りつける様は見苦しいにも程があった。


「武士団は皆殺しにしたのではなかったのか!!」

「イルミス様は全員を拘束し連行するよう命じられたのだぞ!!!命令が錯綜とはどうなっておるのだ!」

「私たちも報告を受けたんです!!!」

「確認もせずにこちらに報告したのか!!!この馬鹿どもめが!!」

「だからぁ!そう報告を受けたって伝えただけですよ!」


もう部下の信徒たちも当り散らすことのできない幹部に怒鳴りつけている始末だ。


教団や反皇帝派たちの切り札とも言える、帝都の台所に隔離した子供たちを人質として残りの貴族たちを従えさせる計画が潰えてしまう。

しかし予想はことごとく外れ、貴族街に居住していた主な貴族たちはイルミス教団からの脅迫が届けられる前に子供や赤子を抱える母親たちを押しのけ私財と共にシェルターへ逃げ込んでしまったのだ。

あらゆる意味で後手後手の杜撰な計画が露呈し始めており、そこを武士団に突かれる形になったのだろう。


「それで今はどうなってるんだ!!なんで武士団が帝都の台所にいる!?正門は厳重に封鎖されているのではなかったのか!?」

「そ、それが・・・・・正門や他の入り口も封鎖されており、入り込む隙間すらありません・・・・」

「馬鹿が!!どこから入り込みやがったあのゴキブリどもめがぁ・・・・」


元老院の豪勢な調度品が置かれた議場を陣取っていた教団幹部たちの元に、また新たな報告ご飛び込んできた。


「ご報告いたします!!ぶ、武士団が!!王城の第一層を制圧!!!城門も解放されてしまいました!!!」

「「「「!!!!????」」」」


呆気にとられて言葉すら出ない・・・・・・

幹部たちはあまりの出来事にしばらく誰も言葉を発することができずにいる。


「ど、どうして武士団がここにいるのだ!!説明しろおおおおお!」

「報告では・・・・気付いた時には城内で武士団がグルナ兵を倒し多くの教団信徒たちも犠牲になっていました・・・・既に地下牢の領主レインドは解放されてしまったようです・・・・」


「馬鹿な・・・・・領主を救い出すために王城まで乗り込んできたのか!!!?」


「そのようです・・・・・」


「どうなっている!?武士団からは禁忌の武器を取り上げ、焼却処分したのではなかったのか?皆殺しにしたのではなかったのかああああああ!!!」









禁忌の武器を取り上げられ、焼却処分までされ、さらには皆殺しにまであっていたとされる武士団が封鎖された帝都に入り込み、あまつさえ王城に切り込む大胆不敵な行動を為しえたのには多くの秘密が隠されていた。



時を遡ること・・・・・



「うあああああああああああああ!!!」

「いやああああああああああああ!!」

「ちくしょおおおおおおおお!!!!」

「あああああああああああ!」



「ざまあああああああああああああ!!!!!!!!!」

「無能者どもがあああ!調子にのった末路だ馬鹿どもめ!!!」


泣き崩れる鬼凛組隊士たちに唾を吐きかけながらジャムレッド大隊の本隊は帝都へ帰還していった・・・・・・

監視に残った兵士たちもだるそうに賭け事に興じ始めていた。


デュランシルトの住民たちもそんな隊士たちを気遣い、一緒に泣いた・・・・・・

ここまで命がけで多くの人を救ってきた彼らに対する仕打ちに激怒してくれた。

男たちは怒りの声を、咆哮をあげ、女たちは悔しさを堪えきれずに嗚咽を漏らしている。


その時であった。

澄んだ清浄な笛の音がデュランシルトに響き渡る・・・・・・

まるで鈴のような笛のような不思議な・・・・・心に染みこみ、ささくれだった心情を落ち着かせてくれるやさしい音色であった。


「おい、あいつら何かする気なのか?」

「放っておけよ!どうせこの街ごと後で燃やし尽くすらしいぜ、それにさ・・・あいつら武器もなく魔法も使えないゴミなんだぜ!??気にすることねえって!」

「それもそうだな・・・・・探知呪文でもデュランシルトにあの武器はもう隠されてさえいないらしいしな」

「本隊きたら、焼き尽くして女は犯しまくって・・・・ああ楽しみだあああ!!!!」

「たまんねえな!俺はあのハーフエルフの女とやりてえ!」

「早く帰ってこねえかな・・・・・」


静かにゆっくりと・・・・・月藍湖から発生した霧がデュランシルトを包み始めた。

それはこの地域によくある自然現象であったのだが・・・・・その霧は徐々に密度を増し形を変えデュランシルト全域を包む霧の半球体となっていった。

さすがに動揺したジャムレッド大隊の監視兵たちは、霧の半球体に向かい火炎呪文を連発し消し飛ばそうと試みるが霧にかき消されてしまい何ら効果を上げることすらできずにいる。


その霧の半球体はさらにその密度を高め、霧はより凝縮し水滴になり・・・・・・さらには鏡面状の水の半球体がデュランシルトを完全に覆い尽くしていた。

数時間のこう着状態に痺れをきらしたジャムレッド大隊は本格的な攻撃を開始するも水の半球体・・・・水の結界は微塵も揺らぐことはなかった。

それは結界の外周に生えていた木々を焼くだけに終わり、その炎は水の結界と月藍湖の水面に反射し・・・・その光景は暗闇の中で燃え盛る巨大なかがり火にも見えた。


「ピスケル・・・・・約束を果たしてくれてありがとう」

『ぷお~ぷおぷぷぷ~』

「ふふふふ、もっとお米食べたいからがんばったの?あいかわらず食いしん坊ね」

『ぷお~!』

「そうね、私だって大好きよこのデュランシルトとここに住むやさしい人々が」

『ぷっぷお~♪』

「最初にレインドから相談を受けた時はびっくりしたけどね、本当はだめなのよ?人同士の争いに私たちが干渉したら」

『ぷ~?』

「う~ん・・・・たしかに境界領域の話だとは思うけどね、ニル・リーサ様からも可能な限り助けてあげて欲しいって言われてるけど」

『ぷぷ~』

「イゾルデからも?そう・・・・神々にも愛されているのねレインドたちは・・・・あれ??おかしいわ・・・・・私たちは何か大事なことを忘れてしまっているような気が????」


マユは真九郎から伝え聞いた巫女服を気に入り普段から見につけているが、今日も・・・・・・ピスケルと共にこの結界を維持するために御使いの力を行使することを決断していた。

この時マユを襲った思い出せない不安・・・・・これはしばらく彼女を悩ませることになっていく。



結界に覆われたデュランシルトでは真九郎や義経たちの指揮の元、住民たちがラルゴ氏族の村へと集合していた。

領内の開拓村はかなり初期に近隣の友好貴族であるウォーレン伯爵領への避難指示が出ており領内で住民が留まるのはここデュランシルトだけになっていた。

さらには運び易くした各種荷物が既に運び込まれている。

「ヴァルレイさん、手配した物資は集まっていますか?」

「はい、こちらに全て用意しました」

「ありがとう・・・・・ではこれより兼ねてから用意していた避難ルートを使いデュランシルトから脱出する!!」

「局長さん、あたしら住民まで避難させてくれるのはありがたいんだけどね、その・・・・どうやって避難するんだい?なんか水の膜?結界みたいなので覆われちまってるじゃないかい」

皆の不安を代弁するかのように聞いてくれた宿屋の女将さんが真九郎を信頼してはいるが、抑え切れない不安を吐き出した。

「女将さん、安心してくれ、ここに秘密の抜け道を用意してある・・・・そして脱出時間を稼ぐための水の結界は聖獣ピスケルとマユの加護によるものだ」

「ピスケルちゃんが!!?食いしん坊だけじゃなかったんだねえ」

「「「「あはははははは!」」」」

ここでようやく住民たちに笑顔が戻ってきている。


真九郎や半兵衛、そしてラルゴ氏族たちの誘導で次々にラルゴ氏族の共同浴場の横の資材置き場らしき建物に入っていく。

そこには地下へ続く整備された階段があり、なんと手すりまで設置されていた。

お年寄りなどは十六夜や若い隊士たちがおんぶして移動を始めており、子供たちも親たちや年上の隊士たちと手を繋ぎつつ長い階段を降りていった。

雪は真九郎の背中に背負われており、甘えたりないのかずっと抱きしめるように顔をすりすりしているのがこそばゆい。

適宜休憩を挟みつつ、途中でダズが趣味で作ったと思われるピスケルの土像が子供たちの心を和ませる。

時間をかけ、階段を降りきるとそこは開けた大きな坑道のような場所に出た。

広く整地された足場の先にに繋がる巨大な穴が奥深くまで伸びているの見て、本能的な恐怖を抱く者も多い。


「ねえ、局長さん・・・・本当にここを行くの?」

訪ねてきたのは料理屋の看板娘メリーナである。

明るくはつらつと元気な彼女に憧れる隊士たちも多く、密かな争奪戦が繰り広げられているという。

「不安かもしれんが大丈夫、俺も何度か訪れているからね・・・・カーク!準備はどうだ?」

住民300人と運ばれてきた物資の数々。

ここからまた徒歩なのかと疲労が見えてきた住民たちの前に突如巨大な何かが現れた。


「うああああ!!!!ば、化け物おおおおおおおおお!」

「た、食べられちゃうよおおお!!!」

「あれ?ちょっと待って・・・・あれって農地を耕してくれていた・・・・?」

「そうだ、大地の聖獣ガレルデルの眷属たちで、ラルゴ氏族とは協力関係にある」

「!!!!!」


慣れた様子でてきぱきとガレルデルより二回りほど小さい眷族たちの触手が後ろに運ばれたゴンドラに結びついて固定される。

「ではみんな乗ってくれ!!」

隊士たちでもガレルデルを見慣れていない者は躊躇しているが、開墾作業を手伝っていた隊士たちからすれば懐かしい友人でもあるのだ。

「久しぶりね、元気にしてた?」

ナディアに向けて伸びてきた触手に住民たちも恐怖を感じているようだが、その触手と握手をして喜んでいる彼女に少しずつ警戒を緩ませている。

「30名ずつと物資を載せたら出発する、第一陣行ってくれ!」


ラルゴ氏族の青年が手馴れた手つきで眷属の背中をぽんぽんすると最初はゆっくりと、徐々に加速を開始し馬車のようにゴンドラを牽引し深く伸びる穴を疾走していった。


「す、すげええ・・・・・・」

「以外と早いのね」


こうして避難民と武士団、ラヴィ班は眷属たちの手助けを経てデュランシルトからの脱出に成功した。

時間にして数時間・・・・・


出迎えたのはラルゴ村の村長であり、ラルゴ氏族の族長でもあるアスベルであった。


「皆様ようこそお越しくだされた、ここが我らが100年以上の月日を過ごしたラルゴ魔法氏族の屋敷でございますよ」


一見おどろおどろしい屋敷だが、彫刻や調度品は見事な細工がされ、このような日に備えてこつこつと避難者用の施設を設置しておいてもらったことが幸いした。

「族長、あなたのおかげでデュランシルトの民は救われた・・・・・・ありがとうございます」

「何を言うのだ、我らもデュランシルトの民ではないか、それよりもほれ、会いたいだろう?」

「ええ・・・・鬼凛組は集合してくれ!」


避難民の誘導や物資運搬に携わっていた隊士が集合する。

何が起こるのかと住民たちも見物にやってきているあたり、さすが好奇心旺盛なデュランシルトっ子たちだ・・・・。


真九郎は積み上げられた木箱に納められた物を取り出すと隊士たちからは喝采と、住民たちからは驚きの声があがる。

「あんたたちの武器は取り上げられて燃やされたんじゃなかったのかい!??」

「そうだぞ、おかげで俺たちはもう終わりだって諦めてたんだからな」

「なんで教えてくれなかったのよーー!」


「いやあすまんすまん、故郷にはこういう格言があってだな・・・・・・敵を騙すにはまず味方から・・・・とな?」

刀が失われていなかったことがこれほど住民たちに勇気を与えるとは思ってもみなかったが、この武器が鬼凛組の魂だと彼らも思ってくれていたのだろう。

「刀を差し出すのは魂を差し出すことに等しい、だから安心してくれ!」


「いいぞ局長ぉ~!」

「局長大好き!!」

「さすが隠れスケベ!!」


「おい、今最後に言ったの誰だ!?・・・・まあいいか、では各自に刀と脇差を返却するからな」


「やったあああああ!!!もう左の腰周りの違和感がすごかったんだよ」

「俺もだ、普段身につけてるからないと不安でたまらないな」


受け取った隊士たち皆、愛用の刀を大事そうに腰に差してその感触を懐かしんでいた。

「ねえ局長さん、これはいったいどういうことなんだい?」

宿の女将に催促されたので、準備を皆に命じながら説明を始める。


「実はな、最初にお館様を拘束しようとアルマナガードがやって来ていた時、武士団を邪魔に思う奴らがいるのであれば対策をと思ってな、ルシウスやジングさんに頼んで偽の武器を用意してもらっていたんだ」

「まあなんてことだい・・・・そこまで見通していたってのかい・・・・・すごい人たちだよまったく」

「非常事態であったが、偽物とはいえ刀に対してのこのような扱いをしてしまったことについてはいずれ供養してやらねばな・・・こうならないことを祈っていたのだがな・・・・・・」

「でもいつの間に入れ替えたりしたんだい?」

「隊士たちに面接をしたときにな、本物を預かり、偽者を渡しておいたのだ・・・・賭けであったのも事実だ」

「でも安心したよ・・・・お願いだからレインド様を助けてあげておくれ、言うまでもないだろうけどね・・・・・あたしたちはあんなに優しくて民思いの領主様に出会えて本当にうれしいんだよ・・・・誇りに思えるようなお方と共に歩めるっていうのは民にとっても幸せなのさね」

「ああ・・・・・その言葉、直接お館様にお伝えできる日が来るよう全力で務めよう・・・・俺たちを救うために我が身の危険を省みず自ら出頭したのだからな」


真九郎、ニーサ、半兵衛、義経、ナデシコ、サクラなどが集まり、今後の作戦立案を詰めていた。

「マルレーネの情報がなければ判断に迷うところでした・・・・・彼女に感謝してもしきれません」

半兵衛は時間的なロスのないこの連絡手段の存在価値の高さに気付き、今回の事件では最大限に活用しようと心に決めていた。

「シルフェさんとの連絡が成否を決めましょう、我々も連携して動かねばなりません」

「半兵衛の言う通りだ・・・・・ならば今回はこのラルゴ氏族の屋敷から直接、王城エル・ヴァリスに乗りこむ!」

「では!!!・・・・・あの封印迷宮を遡上し封印壁から王城に潜入するのですね?」

「ああ、そのための脱出劇だ・・・・・屋敷家財は焼き払われるかもしれん、だが俺たちの志や忠義をくじくことはできぬ」


ぞわっとした瞬間だった。

真九郎が口にした忠義・・・・・・誰がこの対象であるかは言うまでもない。

今こそ耐え忍んだ思いをお館様の救出にぶつける時。


真九郎は魔法力を持たない無能者と馬鹿にされ虐げられてきた彼らに武士道を人の道として教育することで心を逞しく、凛々しく育てていくことに決めていた。

だが真九郎が最も悩み、苦労したのは武士道の中核ともいえる思想・・・・・忠義である。

主君のために死すことこそ侍の誉れ・・・・・だが本当にそうなのだろうか、元の世界での真九郎は疑問を持たないように務めていた。

領主や貴族、帝国など、魔法力を持たない彼らを虐げてきた存在に忠義を尽くせというのは土台無理な話であり、忠節の対象としてはありえない。

悩んだ末に忠という概念を棚上げしておこうと考えていた矢先である。

いつの間にか隊士たちがレインドに対して敬意と憧れ親愛の情をもって接するようになっていたのだ。

ごく自然に育まれた敬意や憧れ親愛の情が相乗的に作用し、この人と共に戦場を駆けることができれば・・・・・そう隊士たちの心情を刺激するような威厳と覇気をレインドが身につけていた。


『将』の才能が開花し、隊士たちは自然とレインドに付き従った。

なるほど・・・・これこそが忠義・・・・・忠節の一つの形なのだと、隊士たちに教えられた瞬間であり、レインドのためならばこの命散らしてみせようと真九郎でさえ思うのだった。




ラルゴ氏族の若者たちが封印壁までの直通通路の護衛に当たってくれることになっている。

時間にして3時間ほど、そのタイミングにあわせてシルフェ側からも封印壁の解除を依頼し一気に同じ地下層の地下牢を急襲しお館様を救出する手はずだ。


「以上が計画の本筋になるが、マルレーネから最新情報の報告を受け次第、状況分析後に出発しよう」


半兵衛がマルレーネの元を訪れると十六夜の側で念話術に集中している姿が目に飛び込んできた。

十六夜は彼専用に用意された重甲冑、参式鎧を身につけ始めていた。

すぐに見習い隊士を手伝いに呼んだ半兵衛はマルレーネの念話が終わるのを見計らって声をかけた。

「半兵衛さん、妖人種は帝都のすぐそこまで迫っています・・・・・どうやら砲台からの砲撃が開始されずに甚大な被害が出ているようです」

「!!!これも奴らの仕業か!」

「そうかもしれません、さきほどシルフェさんに伝えたところ隙を見て砲台制御室の確認に向かってくれるそうです」

「むう・・・・・・こういったときの魔法の力は改めてすごいと思うが・・・・・シルフェさんたちシルヴァリオンの勇敢さには頭が下がる思いだ・・・・」

「シルフェさんの話では砲台制御室には管理宝珠があるそうです、外されていれば砲台は機能しないだろうとのことです」

「また一つ攻略目標が増えたな・・・・・」


半兵衛は攻略目標がさらに増えることも予想し、部隊の構成に頭を悩ませていた。

鬼凛組56名をどう割り振るのか。

肝心なのはこのラルゴ屋敷の防衛にも人員が必要であるということだ。

また正規隊士でない者は戦闘技術や経験からしても連れていく訳にはいかなかった。

この部隊構成に関しては真九郎や義経、ナデシコとの協議により10分足らずで意見が一致した。


鬼凛組は44名がエル・ヴァリスへ突入。

12名+見習い隊士に防衛を任せることになる。

この振り分けで防衛に回った隊士たちは全員が泣いて連れて行って欲しいと懇願した。

「局長お願いします!!!俺たちは足でまといにはならない!絶対役に立つから!」

「そうです!みんな必死で訓練を続けてきたんです!お願いします局長!」

「俺がいつお前たちを足手まといと言った?」

「え?」

「むしろお前たちほど頼りになる奴らはいない・・・・・俺たちの大事な人たちを任せるにたるのはお前たちだと、そう思っての決断だということだけは分かって欲しい」

優しく諭すような口調に、隊士たちはこれ以上言葉を続けることができなくなった。

こういうときに嘘を言う人柄でないことは、鬼凛組隊士の全員が理解していた。

だからこそこの言葉の重みが・・・・どれだけの責任であるのかを彼らはようやく知ることができたのだろう。

「でも・・・・」

悔しそうに唇を噛み締めるのは14歳になったばかりの、エヴァだった。


「切り込み隊もよく聞いてくれ!!防衛部隊と切り込み隊、どちらに優越があるわけではない!どちらが欠けても成り立たないことは理解しているな!?」


「「「「はい!!!!」」」」


「気持ちは分かる・・・・・だがお前たちが残ってくれるからこそ俺たちも後顧の憂い無く戦えるのだ、今は理解できなくてもいい・・・・・・だがデュランシルトの民をナデシコの赤ん坊を子供たちを守ってやってくれ」


真九郎が深く深く下げた頭にその思いが詰まっているのが伝わった。

「局長!!!分かりました!!!でもだめですよ絶対みんな生きて帰ってこなかったら許しませんからね!」

「ああ、みんなも分かったな!!!」


「「「おう!!!!!!」」」

「エヴァ!帰ってきたら今度帝都でデートしようぜ、まだまだおっぱいは成長してないみたいだけどな!」

「この腐れスケベ馬鹿!!!さっさと行ってこい!」

「「「「ははははは!!!!」」」」」


残留と防衛を任されたことに納得がいっていなかったのは正規隊士だけではなかった。

レヴィンザーグの生き残りである、レオニード、リベラ、ダリオ、マルティナの4人は選ばれないであろうことは予測していたがこの決戦に参加できない不甲斐なさに自分自身の弱さに自己嫌悪に陥っていた。

「そんな顔しないでよまったく」

レオニードの頭をこずいたのはナデシコだった。

「ナデシコさん!?準備はいいんですか?」

「うん・・・・・いいようなまだのような・・・・最後の一番大事な準備がまだなのよ」

「「「???」」」」

「あんたたちに渡す物があるわ、レオニード!」

「は、はい!!」

若い隊士から受けとったのは大太刀であった・・・・・

十六夜ほどの長刀ではないが、3尺を軽く超える一刀だ。

「これはルシウスがあんたの稽古を見て、あんたのために打ち上げた一刀よ」

「こ、これを俺に!!!?」

「ええ、・・・・ごほん・・・・・レオニード、これを抜く時は己が死ぬときと心得よ!」

「はい!!!」

大太刀を袖で抱きながらレオニードに渡すナデシコ。

「あの・・・・銘とかってあるんでしょうか」

「全部終わったら、局長に頼んでみなさい」

「そうします!」

こうしてリベラには忍者刀、ダリオには刀、マルティナにも2尺3寸ほどの刀が渡される。

「ナデシコさん、私たち正規隊士じゃないけどいいんですか?」

「マルティナ、これを受け取るってことの意味は分かるわね?」

「まさか!!?私たちが正規隊士に???」

「そうよ」

思わずナデシコに抱きついていたマルティナは、何か表現できないような込み上げる感情を処理できずに嗚咽している。

よしよしと背中をさすっていたナデシコは彼女に優しく囁いた。

「あとね、マルティナにお願いしたいことがあるの」

「え??」

部下に預けていた向日葵と光輝を受け取るとマルティナへ抱き渡した。

「向日葵は気難しくないけど、光輝はマルティナにしか頼めないの、お願いできない?あなたなら信頼できる」

「でも・・・・・私なんかが・・・・」

「赤ん坊はね、自分のことを守ってくれる人を本能的に見分けるって言われてるわ、マルティナ・・・・あなたにお願いできたら私も・・・・・向日葵や光輝のようなたくさんの子供たちを守るために全力で戦えるの」

「うん・・・・・向日葵ちゃんと光輝くんは私が命に代えても守り抜きます!」

「ありがとうマルティナ・・・・・」

「ナデシコさん、俺たちも一緒にマルティナを支えますから!」

ダリオが腰に差した刀の柄をさすりながら決意を述べる。

リベラはマルティナの手を握り、気持ちよく寝ている向日葵と光輝の寝顔を見て微笑んだ。

「俺たちは絶対に守りぬくぞ!」

レオニードの、ダリオの、皆の目が決意の宿った輝きを放つ。

「ありがとうみんな、でもね、みんなも絶対生き残らないとだめよ、いいわね?」

「「「「はい!!!」」」」


ナデシコは4人をやさしく抱きしめると何度も我が子の頬を撫で、髪を撫で・・・・零れ落ちそうになる涙をこらえながら向日葵と光輝との別れを惜しんだ。

そして遠くで集合の声がかかるのを耳にすると・・・・

「よし!!!じゃあ向日葵、光輝!お母さんとお父さんは行ってくるわね、すぐ帰ってくるから・・・・・・ね」

「向日葵はきっとナデシコに似てしっかり者だから大丈夫、光輝は俺に似てるからきっとやるときはやってくれる男になるはずだ」

いつの間にかナデシコと手を握り合っていた義経は二人の頭を愛おしそうに撫でると立ち上がり、振り返らず・・・・・走り去っていった。

レオニードたち4人と赤ちゃんたちがいるのは旧氏族長の居室であり、最も頑丈な造りの部屋である。

他にも幼い子供たちやその母親たちが同様に避難してきていた。

みなも子供たちと離れ、戦いに赴くナデシコ夫妻の決意にもらい泣きしておりそれでも気丈に皆を励ます義経の覚悟はいかばかりのものであろう・・・・



「各々方!! 腹は膨れたか!」

「「「おおおおおお!!!」」」

「最後の飯になるかもしれん、思う存分食っておけ!ただし食いすぎて動けなくなった奴は切腹だからな」

「局長、十六夜の奴が4人分も食ってますよ」

「あいつは普段から5人前だから安心しろ」

「「「「「わはははははは!!!!」」」」」

真九郎はすーっと深呼吸すると、ずっと抱えてきた胸につかえている堰にたまった思い吐き出した。


「これからお前たちが赴くのは死地である、生きて帰れる保証はない厳しい戦いになるだろう・・・・最初は皆に居場所をと・・・・・・生きていく術を身につけて欲しくて厳しい鍛錬をしてきたつもりだ、だが今となってはお前たちを死地へ送り出そうとしている・・・・・・」

局長からの思いもよらない言葉に動揺するかと思われた隊士たちだが、一堂整然として動じず真九郎の言葉を聞き逃すまいと真剣な瞳が見つめていた。

「矛盾していると俺自身も痛感している・・・・・これから助けに赴く相手の大半はお前たちを虐げてきた魔法力を持つ者たちだ・・・・・・・そこには幼い子供たちや両親、思いやりに溢れる優しい人々もいるだろう、また弱きものを虐げ苛め抜くことに喜びを感じる屑共も混じることになる・・・・・高みから命令し安全なところから惰眠を貪り贅沢の限りを尽くし媚びへつらう貴族共も含まれるだろう・・・・・」

その様子を見つめる住民たちもいつしか真九郎の話に引き込まれている。

「それでも、我と共に戦に赴こうとする者がいるならば・・・・・俺たちの仲間を!レインド様をお助けするために力を貸して欲しい!!!」

真九郎はすっと正座をすると深く頭を下げた・・・・・・

ズザッ!と隊士全員が一歩前に進み出る。


「義を見てせざるは、勇!無きなり!!!!」


『『『『『義を見てせざるは、勇!無きなり!!!!』』』』


義経の声にあわせ、隊士たちの声がラルゴ氏族の屋敷に響き渡る。

「局長!鬼凛組隊士全員、欠員ありません!」


「そうか・・・・・ならば!!!! これより・・・・・・鬼凛組は王城エル・ヴァリスに切り込むぞ!!!」


「「「「「おおおおおおおおおお!!!!」」」」」


こうして最終的に荷物を背負い、レインドの具足を手分けして運ぶ手配をしている時だった。

「局長さん!」

澄んだ声の主に視線を移すとそこにはシズクが見慣れた保存容器をいくつか抱えて立っていた。

「色々と無茶を言ってすまなかったな」

「いえ!これが頼まれていたお弁当です、あとこれを・・・・」

頬を桃色に染めたシズクは[ レインド様へ ]とメモが貼られた保存容器を真九郎へ手渡した。

「必ずお館様をお助けしよう・・・・・・シズクもここでシズクにしか出来ない戦いをして待っていてくれ・・・・俺たちの思いは同じだ」

「はい!!!待ってます!絶対無事で帰ってきてくださいね!」

「ああ、またシズクの手料理が食いたいしな、それに今度は スシ という料理を考案したいから絶対戻ってくるよ」

「スシ・・・・楽しみにしてます!」


いたるところで最後の別れを惜しむ人々の姿があった・・・・

リベラとマルティナに抱かれた向日葵と光輝に最後の別れをしているナデシコと義経。

そしてリヨルドは・・・・・ラヴィ班のサナと何やら話し込んでいた。

「あの・・・・・サナちゃん、俺・・・・・」

「リヨルドさん、男の人が怖くてしょうがない私にこんなに気長に優しく接してくれて・・・・・すごくうれしいです・・・・リヨルドさんならきっと・・・・」

サナは震える手でリヨルドの手を思いっきり握り締めた。

「あ・・・・・・リヨルドさんなら平気だった・・・・・良かった・・・・あなたに触れることが出来た」

「サ、サナちゃん!戻ったら・・・・今度一緒に帝都に・・・・おいしいものでも食べに行こう!!!」

「はい!約束ですからね」

「うおおおおおおおおお!!やったああああああああああ!!!」

「だから絶対・・・無事に・・・・・帰ってこなかったら許さないんだから!!」

サナは思い余って泣きながらリヨルドの手を力一杯・・・・・握り続けている。


「十六夜様!!はぁはぁはぁ・・・・・声ぐらいかけてくれたっていいじゃない!!!」

「マルレーネ・・・・だって忙しそうだったんでな」

「馬鹿!」

「そうだな・・・・・俺は馬鹿だ」

「調子狂うじゃない、いつもみたいに言い返してよ」

「俺は半兵衛みたいに頭の出来が良くないからな・・・・・でもさこれだけは分かるんだ、この戦いは命をかけなければいけないって」

「・・・・・・」

「だからさ・・・・・・大切な人たちを守るために俺は征くよ・・・・・マルレーネ、お前を守りたいから」

「!!!」

十六夜の大きな体に抱きついたマルレーネは気付いた時には声を上げて泣いていた。

背中を幼児を寝かしつけるようにとんとんと優しく撫で跪いた十六夜はそっとマルレーネの手をとった。

「泣かないでくれ、あんたにはずっと笑っていて欲しい、また一緒に士道館の子供たちと遊ぼうな」

「うん・・・・絶対生きて帰ってくるのよ!!!絶対よ!!!」


鬼凛組の若く朴訥な思いが、魂が迸る生命の輝きが・・・・・王城エル・ヴァリスに向けて放たれたのだった。



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