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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第五章 鬼凛草子
56/74

4 彼は誰時、饗宴に哭く

入れ違いで武士団の拘束命令を受けたジャムレッド大隊は教団幹部から手際の悪さを指摘され激怒していた。

「武士団を拘束もせず放置しただと??貴様らは無能の集団か!!!」

教団幹部に怒鳴りつけられたスレードとベティムは収まらぬ怒りを爆発させると杖で幹部を殴りつけ、その凶暴さを隠すことなくぶちまける。

「てめえやろうってのかぶち殺すぞ!!命令が遅いのが問題だろうが!!!こっちは最初の命令どおりにやってんだよ!」

「この無能集団め!!」

一触即発の事態にジャムレッド大隊の連中も集合しつつある。

「やめんかあ!!!!!」

別の教団幹部であるデスティンが慌ててスレードたちに駆け寄る。

「命令が入れ違いになったのは仕方が無いことだ、こちからも守備兵を出すからなんとか拘束してきてもらえぬだろうか?」

「ちっ!!!フーバー伯爵はどうなってる!?」

「協力した貴族たちは厚遇されている、なんとか任務を継続してくれぬだろうか」

「報酬の金は倍用意しておけよ!それでいいかベティム!?」

「ああ、とりあえずは引き受けよう、ただ突発事態が生じたら追加料金は覚悟しておけよ」

「・・・・分かった」

捨て台詞を吐きながら去って行くジャムレッド大隊のスレードとベティムは教団に対して相当苛立っていた。

武士団の連中も嫌いだが、あいつらの泣き叫ぶ顔を見て多少溜飲が下がった気がする。

だがあのように高飛車な連中の命令に素直に従う気にもなれず、だらだらと補給と称して帝都に居座ることに決めた。


教団守備兵からは相当に突き上げを食らうがこいつらが焦る表情もまたスレードたちにとっては楽しみの一つだったのだ。

武器を燃やされても何もできない腰抜け相手に備える必要などないと、逃げ出すところもないのだからせいぜい絶望を味あわせてやろう・・・・・

助けて欲しければ猫女を差し出せと威せば奴らは屈して差し出すかもしれない。

そういう話で盛り上がりつつスレードたちは馬車に分乗しゆったりとした拘束任務に出発した。


なんとかジャムレッド大隊に命令を承諾させることができた教団幹部たちだったが、スケジュールの遅れに相当神経をすり減らしていた。

狂信的な信者が多いイルミス教団の中でも調整業務が得意なデスティンは何かと重宝されていた。

このデスティンはポケットに入った楕円状の白いプレートを手に取り、思わず頭を抱えそうなる。

「いったい何をやっているのだアーグ同盟の連中め」

デスティンの部下であり何かと気の利くクルスは彼を気遣い飲み物を差し出した。

「ああ、すまないねクルス・・・・まだ報告はあがっていないのかい?」

「はい、ドゥベルグ軍もリシュメア軍もまだオルフィリス近郊には到着していないと思われます」

「むう・・・・せっかくシュレン王石の通行証を使って我らが戦力を送り込んだのに、詰めの軍勢がなければ公開処刑も無駄に終わるではないか」

「公開処刑ですか・・・・・メデナフィリス・デーラ・・・・・帝都オルフィリスが誇る悪意ある集団の侵入を阻む絶対結界の発動・・・・・・皮肉にも妖人種には効果が薄いにも関わらず絶対とは」

「そのために結界を通過できるシュレン王石の通行証を相当数用意させたのだ・・・・外交特使用に特注された品らしいがな」

「私が思うに我らイルミス教団とアーグ同盟とその賛同者たちとの意識にかなりの乖離があるように感じます」

「それはそうであろう・・・我らは教義と信仰を、彼らは生存と財産の保護が目的なのだからな」

「でしょうね・・・・ただそうなるとやはり行政長官のバルケイムは異質としか思えません、我らに従順に策を提示したと思えば頑なに拒否することも多々あります」

「バルケイムか・・・・細目すぎて表情が読めぬところがまたうさんくさいな、だがあの頭の切れようは利用できるであろう・・・・・何しろ教団にはあの手の人材が圧倒的に足りぬ」

「はい、メデナフィリス・デーラの発動を真っ先に連絡してきたのがあいつでしたからね、しかし・・・・・敵ながらその解除方法というのがまたえげつないですな」

「うーむ・・・・・」

デスティンにも人並みの情は存在する・・・・・碌な杖も持たず皇帝を守るために凶悪なグルナ兵に立ちはだかったか弱い侍女たちが何にもいたということに彼自身も胸を痛めた。

そしてそれほどに侍女たちから尊崇の念を抱かれているアルマナ皇帝に畏敬の念すら覚えるほどだ。

その皇帝を初めて目にしたとき、不覚にもイルミスより覇気と威厳に満ちていると認めざるを得なかった。

いついかなるときも我が身より民や臣下の身を案じ、自分がどうなっても構わないから民を臣下を傷つけるなと言い放つ姿はとても10代の少女とは思えぬ威容である。

さらには捕らわれて尚、凛々しく儚い美しさには思わず息を呑むほどに引き込まれる。


だからこそデスティンは公開処刑に頼らぬ手段を探させることにした。

だがバルケイムからの返答はこうである。

「メデナフィリス・デーラの絶対結界の前に他国の軍勢は帝都の門をくぐることは叶いません、あの通行証を作る術は既に失われて久しくこのままでは帝都の義勇兵が立ち上がり数で押し殺されますぞ?」

「だからこそ速やかに公開処刑に変わる手段を見つけねばならんのではないか?」

「イルミス教団の幹部ともあろう方がなぜ信者以外の命に価値を持たれるのか理解しかねるが、絶対結界の解呪にはこの王城エル・ヴァリスの魔法的御柱である皇帝陛下のお命が必要なのです」

「ならばせめて、毒で苦しまずに命を奪ってしまえばよいのではないか?」

「甘いですな・・・・・イルミス教団といえども10代の少女の命を奪うには心が痛みますか?ではあえて申しましょう・・・・・皇帝陛下の命をただ奪うだけではいずれ効力は消えますがすぐに結界は消えませんよ?」

「なに??」

「広く民衆や王城に皇帝が崩御された・・・・・と認識させる必要があるのですよ、それによって発生したオルナが引き金となりメデナフィリス・デーラが消失します」

「そのための公開処刑なのか・・・・」

「ええ、しかしおかしな話だ・・・・・皇帝陛下に仕える私が処刑を主張し敵であるあなた方が皇帝陛下に慈悲をかける・・・・・」

「・・・・・・・・分かった・・・・慈悲をかけたつもりはない、無くした娘と同じ年頃だと感傷に浸っただけだ・・・・・そのあれだ生きたまま皮を剥ぐというのはさすがに気が進まなかったのだよ」

「では処刑はいつ頃?」

「・・・・・・予定通り、正午を持ってアルマナ皇帝の処刑を執り行う故、クルスは手配と準備を頼む」

「かしこまりました」

クルスは命令を受諾しつつもバルケイムの口元に妙な引きつりが見えたのを見逃さなかった。

それが笑みであるのか、嘲笑であるのか・・・・はては絶望であるのか・・・・・









夜の闇が覆い恐怖と絶望の色が濃く戦場を埋め尽くしていく中、不安を恐怖を打ち払うように四方八方で浮遊光源の呪文が乱発され戦場を照らし始めていく。

その動きに伴い、妖人種の軍勢はその動きを止め徐々に後退しているようだ。


各隊は兵に休憩と警戒にあたらせつつも被害は甚大であった。

中央と左翼の帝国軍の被害は大きく既に全軍の3割から4割が失われている。

その大きな原因となったのは・・・・・砲台からの砲撃支援が予定通りに行われなかったことだ。

各隊は大混乱に陥ったがザインを始め指揮官クラスが奮闘しなんとか戦線の崩壊は食い止められたが、砲撃があれば既に決着はついていたであろうとの思いは兵たちの心中には燻っている。

「隊長!魔法力欠乏症寸前の者たちが3割を超えています、これ以上の戦闘継続は・・・・・」

「夜になりあいつら攻めに転じないのは気になる・・・・警戒監視だけは怠るな、欠乏症に近い者には睡眠呪文をかけて寝かせてしまえ」

「了解しました!」

奴らも砲撃を警戒しての行動であろうか・・・・・今や十分射程内に引き込んでいる状態だ。

今回の統制された動きにはやはり何かしらの意思を感じざるを得ない。

真綿で首を絞められているようなじわじわと追い詰められていく感触に、言い様の無い不快感がザインの神経をすり減らしていく。


妖人種が数キロ先まで後退し、さらに数時間たち・・・・・・・このまま何もないのではと兵たちが安堵し眠りにつきかけたときである。

妖人種の軍勢から尋常でない速度で接近する反応が100ほど・・・・・

「ヴェノムだ!!!ヴェノムライダーだあ!」

大型の狼を思わせる猛毒の牙を持つ邪悪な魔獣・・・・・

それに騎乗したオーク種が100以上の騎乗部隊となって警戒が緩んだ帝国軍に襲い掛かる。

急いで迎撃するが素早く呪文を避ける反射神経を持ち合わせており、迎撃はうまく行っていない・・・・・

ザインの指揮でなんとか迎撃網や弾幕を構成するものの、猛毒の牙や爪に襲われ絶命する兵たちが続出する。

騎乗したオークが振るう大型の棍棒がさらに負傷者を増やしていく。

だがここで思いもよらない方法でヴェノムライダーとの戦闘を有利に進める者たちがいる。

そう朧組であった。

ヴェノムライダーの進行方向に落とし穴や沼地化の呪文で動きを封じそこへ火炎連弾が炸裂し確実に仕留めている。

それに習えと移動阻害呪文を組み合わせつつ徐々に連携を取り戻した帝国軍が朧組の支援を受けてヴェノムの機動力を抑え、撃退に成功する。

こうして一進一退の攻防は空が白み始めるまで続き、帝国軍並びにシルヴァリオンにもかなりの被害が出始めていたが、その中でもシルヴァリオンの死傷者が少なかったのはジョグが金砕棒を振り回し術者としてよりも近接戦闘要員としてオークを屠りまくったおかげでもあった。

兵士たちの体力も魔法力も限界が近づいていた。

空が白みかけた中・・・・・彼らの前に現れたのは・・・・・・・

全長8mを超える毛むくじゃらの人食い巨人トロールの大集団である・・・・・


目測でおよそ200のトロールが逃げ惑うオークやゴブリンたちを踏みつけつつ、前線の防御壁を大木をそのまま棍棒へと流用した鈍器を使い破壊し始める。

深夜から明け方近くまで不定期なヴェノムによる夜襲で追い詰められた兵士たちの士気はもう、打ち砕かれる寸前だ。

それでもザインは己自身を奮い立たせる。

「お前らああああああああ!ここで俺たちが負けたら!あのオークやトロール共にに!!大事な家族が!恋人が!!!食われちまうんだぞ!!!」

逃げ出そうとした兵士たちの足が止まる。

「ここが正念場だ!!!もうすぐ夜が明ける!!!そうすれば砲台が稼動するチャンスだってまだあるんだ!!!希望を捨てるなあああああ!」

家族が・・・・大切な人々があいつらに食われる・・・・・その言葉が持つ重みが精魂尽き果てているであろう彼らの足を前へ進ませる。


「アルグゲリオス師団!!!!気合をいれろおおおおおおおおおおおお!」

「「「「「「「おおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」


気合と共にザイン隊からの呪文が1体のトロールへ集中し炎に包まれ脳天を氷槍で貫かれ轟音を立てて地に倒れる。

「やれる!!!!やれるぞおおおお!」


突如雷鳴のような閃光に包まれた戦場で薄暗い暗闇を切り裂く六条の光が・・・・・・前線で支えるザイン隊を狙うトロールの頭を吹き飛ばす。


「う、薄闇の月光!!!」


砲撃陣地から長距離狙撃を繰り返すあの薄闇の月光は、魔法力が枯渇し戦線を退いたはずだった。

だが薄闇の中で光輝くあの人は・・・・彼女はまるで月の女神の御使いのごとき神々しさを放ちながらトロール共を屠っている。

既に1人で30体以上のトロールを倒し、さらに襲い掛かるトロールを正確な月牙の一撃で葬っている。


「す、すげえええ・・・・・」

「あれが同じ人間なのか・・・・」


月牙の呪文が止み、さすがに魔法力が尽きたのかと兵士たちが迎撃体制に移ろうとした矢先である。

トロールたちがそれを好機と中央突破を狙い密集し始める。

80体以上のトロールによる一斉突撃・・・・・その凄まじさは大地が揺れる轟音でザインの指揮が伝わらないほどだ。


「マーダレーダシュナルセーバ・ドゥライルサーガ・クォルナ!!!」


突如現れた眩い光源に思わず日の出と勘違いした兵士たちが続出したほどである。

好機と見て密集したトロールたちは、あの月牙の刃でなぎ払われ消滅した。

切り裂かれた大地の傷痕は煮えたぎる溶岩となり燻っている。


「「「「「!!!!」」」」」


あまりの威力と突然止まった振動に言葉を失う帝国軍・・・・・・

さらにあれだけの極大呪文を放ったはずの薄闇の月光はけろっとした顔で月牙をまた撃ちはじめた。

その側で上級火炎呪文をいとも簡単に練り上げた美女は防御陣地に迫ったオークたちをけん制するため、数本の火柱を作り出している。

「すげえ・・・・・」




イルミス教団の手中に落ちた深夜の王城エル・ヴァリスで密かに行動する勇敢なシルヴァリオンが二人。

シルフェとリンダは容姿変化呪文を使っての情報収集を進めていた。

グルナ兵に気付かれないよう細心の注意を払いながら、第二層の砲台制御室の観察に向かっていたが・・・・・・

制御室前には5体のグルナ兵と教団の精鋭、教団守備兵が配置されその数も軽く50は超えている。

「まずいな、あの数ではどうにもならんな・・・・・」

「薄闇の月光がいればなんとかってとこね」

「シルメリアさん・・・・無事でいてください・・・・」

「・・・・・ここに居ても出来ることはないわ、早くレインド様の居場所を探らないと」

「ああ・・・・」

王城エル・ヴァリスはいくつかの階層に分かれている。

細かく分ければかなりの階が存在するが、大まかには7層に分類されていた。

第一層は城門から連なる入り口、警備室、使用人施設、厨房などであり、各種行政省庁の本部も同じ第一層に配置されている。

第二層は王城守備隊であるヴァリスガードの本部とそれに伴う訓練施設が併設され、王城の中枢防御機構の制御関係が集中しており、砲台制御室もこの一部であった。

「一度、あの侍女たちの所に戻ろう、とりあえず城門と砲台制御室の情報を入手し動き回るグルナ兵の数も把握できた」

シルフェたちが侍女たちが隠れていた部屋に戻ると、1人足りない。

「あの娘・・・・ロイスはどこに?」

「ロイスはすぐ近くに隠れている侍女たちの様子を見に行きました!止めたんですけど・・・・友達だからって・・・・」

「まったく、無茶だがいい子じゃないか、いくよシルフェ」

「君たちは動かないでくれよ」

「はい」

距離にして50mほど先の部屋らしいが周囲に飛び散る血は乾いており、ロイスが襲われた気配はなさそうだが。

目標と思われるドアに聞き耳を立てると中から話し声が聞えてくる。

合図のノックをするとすぐにドアを開けたのはロイスだった。

部屋に飛び込むのと同時にリンダが消音呪文をかけるまで、シルフェが唇に人差し指を押し当てて黙るように身振りで合図する。

「・・・・・・よし、いいよ」

「ふう・・・・ロイス、無茶はしないでくれ」

「ごめんなさい・・・・・でもお友達は無事でした!彼女はアンです」

アンはロイスと同年代の少女でまだ10代後半といったところだ。

「アン、とりあえず無事でよかった・・・・まずは君が知っていることを話して欲しい、今は事態把握のために情報収集に徹していてね、君たちの力が必要だ」

「私とアンで思い出していたんです、多分ですがヴァリスガードの人たちがかなりの数、拘束されていると思うんです・・・・大勢呪縛ロープで繋がれて連行されていくのを見ました」

「はい、遠くからでしたが私は山育ちで目がいいのだけがとりえなんです、あれは絶対ヴァリスガードの人たちです」

「・・・・・リンダ、王城守備兵ヴァリスガードを解放することができれば王城を奪還する大きな力になるはずだ、次は彼らとレインド様の居場所だ」

「そうだね・・・・レインド様の居場所については何か心当たりはないかい?」

「分かりません・・・・ただ地下牢はどうなんでしょう?」

「失念していた・・・・・そうだな城の施設を流用したほうが効率がいい、次の目的地は地下牢とヴァリスガードの居場所だ・・・・・信徒を捕まえて口を割らせることも考えなければな」

「何言ってんだい、あんたはそっちのが得意だろうよ」

力強く頼りになる言葉に思わず微笑んだロイスとアン。

そこでアンは余裕が出来たことであることを思い出し声をあげた。

「そうだ!・・・・実は今から1の鐘ほど前に・・・・・教団ではない男の人が突然部屋に現れて」

「何??」

「はい・・・・フードを深くかぶっていたのでよく分かりませんが、貴族の従者たちが着ているような仕立ての良いローブでした」

「それでその男はなんと?」

「それが・・・・・」

アンはロイスと目を合わせると部屋の調度品の中に隠していた両こぶしがすっぽり入るほどの木箱を差し出した。

「その人は・・・・・・助けに来た男女にその箱を渡せと・・・・・多分シルフェさんとリンダさんのことだと思うんですが」

「まさか俺たちの存在に気付いている者がいる?」

「いや、それはまだ早計だよ・・・・なら捕まえようと思えばすぐに出来るはずだ、それをしないということは・・・・・・内通者?情報を降ろしてくれているのか!??」

木箱はずっしりと重く、それ用に作られてというよりは必要な物を納めるために適当な木箱を用意したと思われた。

リンダとうなずくと二人は木箱をゆっくりと開いた。

「・・・・・なんだこれは・・・・・!?」

こぶしほどの大きさの・・・・・澄んだ紺碧色の宝珠が緩衝材として詰められた紙に包まれ納められている。

そして隣には一回り小さい・・・・・紫色の楕円形宝珠が並んでいる。

「シルフェ・・・・・・メモが挟まっているよ・・・・・」

リンダは取り出したメモを見て思わず声をあげた。

「ほ、砲台制御球!??・・・・もう一つは・・・・・・・何よこれは!」





帝都の台所に避難していた子供たちとその家族・・・・・・だが、その実情は避難訓練とはまったく異なるものであった。

早々にシェルターを陣取ったのは隣接する貴族街から我先にとやってきた貴族とその従者たちである。

数万人が収容できる多層構造である地下シェルターは200年ほど前に建造されたとされる施設であった。

今回もその構造を流用し、シェルターとして再活用するべく皇帝陛下の指揮の元、行政長官バルケイムが担当したのだった。

だがシェルターの存在に眼をつけていた貴族たちは本来であれば持ち込む荷物はバック一つとされていたにも関わらず私財や金品を持ち込み、貴族だけで食料を多く抱え込ん離さない。

本来避難するはずだった子供たちとその家族たちの3割が地上で取り残され商会や行政府が供出した乏しい物資で煮炊きをしている。

それでもと住民たちの要望で赤ん坊を抱える親子や妊婦をシェルターに収容することさえ貴族たちは拒否したのだ。

シェルター前の広場には帝都の避難民2500人あまりが行き場を失っている。

帝都に妖人種が入り込んだという情報も錯綜し、護衛の帝国軍がいるここのほうがましではないかと思う親たちが多かったのだ。


この状況にネリスは折れそうな心を・・・・・愛しい我が子、アルヴィスの笑顔に助けられ乗り越えようと戦っていた。

愛するジョグのためにもアルヴィスを守ると約束を交わしたのを思い出す・・・・・

元シルヴァリオンということでシェルター警備を担当した帝国軍の守備隊をも連携し、子供たちを守るためにせめてバリケードでもと用意していた時である。

ついに帝都の台所の外縁から隔離防壁が迫り出し、高さ10m以上の壁で囲まれた空間が生み出された。

これでようやく安心できると皆が安堵し、宿屋の女将が腕を振るったスープや食事がふるまわれ始めている。

ネリスは一緒に避難してきた母親にアルヴィス預けつつ、寝ずに周辺警戒や大地系呪文による防護壁を作り出し、万が一に備えようと必死だった。

周囲からはこんな防御壁あるから大丈夫だよと言われつつも、襲い掛かる不安の波は留まることをしらない。

数々の修羅場を潜り抜けたネリスだからこそ感じ取れる危機の臭いが彼女を駆り立てる。

そして、長い夜が明け・・・・・その不安は現実のものと・・・・・なってしまったのだ。

夜明けの日輪が照らし出した光景は・・・・・希望とはほど遠い姿であった。


壁際に放置されていた馬車の荷台にあった奇妙な石の珠・・・・・・

何かの呪道具が放置されていたとしか認識されていなかったそれからは・・・・・・・

宙に浮く黒い球体が複数個召喚されている。

黒い球体を生み出した石の珠は吸収される寸前に黒い球体に吸い込まれ、派手な音を立てて飛び散った。


「ああ!!ああああああああ!!!!!」

ネリスが叫び声をあげ転びそうになりながらも・・・・・アルヴィスの元へ走るとそのまま抱きしめた・・・・

「ママぁ 痛いよお」

「アルヴィス!アルヴィス!!あなただけは絶対守るから!!!絶対!!!」

ネリスの悲痛な様子に周囲が騒然とし始める。

現れた球体に関しても防衛装置の一環ぐらいにしか思っていないようだ。

子供たちは浅い眠りから目が覚め、不安を抑えるように両親にしがみついている子が多い。

姉や兄たちは弟や妹たちを守ろうと手を繋ぎ、大丈夫だよと言い聞かせている。


「みんな聞いて!!!あの黒い球体はああ!!球体は・・・・・・・!」

皆に絶望を告げる勇気がネリスに奮いきれない重荷となってのしかかる。

「あの球体からは!!!死界人が出現したと報告があるわ、私たち大人で子供たちを守るのよ!」

「守るって、どうやって!!!」

「あなた元シルヴァリオンなんでしょ!!!何か知らないの!!?」

「ねえ!武士団は裏切ったんでしょ!!?レインド様だって裏切って投獄されたって聞いたわよ!!!」

「そうだ!!!武士団の野郎は嘘つきだったんだ!!この非常時に何やってんだ!!」

「畜生!!!これで終わりなのかあああああ!」


「絶対に子供たちだけは守ってみせるわ!!!」

ネリスは再度皆へ言葉を発する。

「だからどうやってだ!」

「一つだけ・・・・・一つだけしか方法がないの・・・・・」

「おい・・・・・言ってくれ・・・・子供らを守れるんなら・・・・」

「じゃあ言うわよ!!!私たちが食われることで子供たちが生き延びる時間を増やすの!!これしかできることなんて・・・・ないわ」

「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」


ネリスの死を覚悟した言葉に泣き崩れる親たち・・・・・

そんな慟哭が帝都の台所に響く中、黒い球体は無慈悲に成長を続けヒビが入り・・・・・中からは次々と、あの醜悪な死界人たちが姿を現していく。


「ま、間違いない・・・・・あれは・・・・・死界人よ・・・・・」

噂を聞きつけた貴族たちは既にシェルターを内側からロックしてしまっている。

地上にはシェルターに入るはずであった、子供たちとその家族・・・・2500人ほどが取り残されていた。


黒い球体は死界人を吐き尽くし使命を終えたかのように掻き消え・・・・・・・

帝都の台所内には・・・・・・20体の死界人がじっと避難民たちを値踏みするように見つめている。


『帝都の台所にお集まりの皆様、おはようございます』

突如、恐怖に打ち震える避難民に浴びせかかる不遜な放送が響き渡る・・・・・


「な、なんなの!??」


『目の前に現れた存在をご存じない方も多いと思いまして・・・・一応ご紹介いたしましょう、あの黒々とした肌に赤い線が入った人型の化け物・・・・あれこそが帝都の人々が恐れる 死界人 でございますよ』


「「「「いやあああああああああああ!」」」」

「「「「ぎゃああああああああ!」」」」」

恐怖に耐え切れなくなった人々が悲鳴をあげ泣き叫び、ある者はうずくまり・・・・・

親たちの異変に子供たちも泣き出している・・・・


『なぜこんなことになったのか哀れなあなた方に説明しておきましょう、我らイルミス教団が大教主・・・今やアルマナ皇帝の座につこうとしておられる イルミス大教主様への献上品、いえ餌として売られたのですよあなた方帝都の住民は」


「は!?」

「え??」

「何言ってんだこいつは!!!」


『ウルヘイム侯爵やフーバー侯爵・・・・いわゆる反皇帝派貴族、そして行政長官のバルケイム殿、また元老院の貴族たちも我らに屈服しその献上品として差し出されたのです』


「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」」


貴族たちに売られたのは・・・・・帝都の未来を担う子供たちとその家族たちが死界人の餌として売られたという・・・・

益々混乱する住民たち・・・・・・


『不思議に思うことでしょう・・・・・なぜ死界人がと?イルミス大教主様は死界人の中の王・・・・・死界人を召喚することのできる神のごときお方なのです!!!』


死界人を召喚できる存在・・・・・そんなものがあることへの驚きと、自分たちの未来は・・・・・帝国の未来はもう潰えるのだということを本能的に人々は悟った。


『念のために教えておいてあげます、武士団とかいう連中は既に皆殺しにしております、もうこの世にはおりませんよ・・・・・うはははははははは!!!!さあ恐怖をもっと醸成なさい!その恐怖がより餌の味を美味とするそうです!!!』



武士団が・・・・・・死んだ!???

誰よりも打ちのめされのはネリスだった。

心の奥底であの人たちならと・・・・・揺ぎ無い期待を抱いていたのだ。


「お、終わり・・・・なの?アルヴィス!!!!」

ネリスは慟哭の嵐の中、アルヴィスをただ抱きしめていた。

アルヴィスのぬくもりを感じつつそのまま母親と一緒に抱きしめあって泣いた・・・・・・こんなことがあっていいの!!!

叫びたい気持ちが暴風となって荒れ狂い言葉にすらならない。


「うあああああああ! う、動き出したぞおおお!!!」

「助けてくれえええええええええええええ!」

「どうか!!!!この子だけはああああ!!!助けてください!」


「ねえ武士団なら倒してくれるよ!!死界人なんか倒してくれるよ!!」

「レインド様はすっごく強いんだよ!!副長のよしつねはもっともっと強いんだって!!!」

「きりんぐみって言うんだよ!!倒してくれるよおお!」

子供たちの願いに似た叫びがむなしく響く・・・・・10代半ばの少年たちが幼い子を守るように抱きしめながら泣いている。


「もう武士団はいないんだ・・・・・」



悲しみと悲鳴の凶嵐の中・・・・・意味の伝わる言葉で叫ぶ人々はまだ理性が残っているほうだろう。

本能であったのだろうか・・・・・動物としての人としての・・・・子供を守るための親としての本能がそうさせたのだと思う。


ネリスを先頭に泣き叫んでいた親たちが、一斉に子供たちの前に立ちはだかった。

ゆっくりと巨大な目玉がギョロギョロと餌を物色しつつ、のっそりとした動きで近づいてくる・・・・

言葉もなく、統一された意思でもなく、それは我が子を守りたいというたったその一点が彼らの崩れそうな精神を支えていたのだろうか、いや既に精神が壊れてしまっているのだろうか?


20数体の死界人が・・・・・・バラバラに一歩ずつ距離を詰め・・・・・・・


そして彼らの意識は刈り取られた。




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