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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第五章 鬼凛草子
54/74

2 妖魔襲来

 シルメリアはここのところ毎晩のように続く奇妙な夢に悩まされていた。

場所はあの・・・・真九郎が瀕死の重傷を受けた地下の大地母神神殿。

そこで光の玉に包まれてしまった時の夢を続けてみるようになっていた。

ふんわりと暖かく、そして心地よい光のはずなのに・・・・・どうしてこんなに悲しいのだろう。

身を引き裂かれるような喪失感と寂寥感・・・・・

あの大地母神の関わる光であるのに何故これほどの悲しみが襲うのか・・・・・


なにより恐ろしいのは、その悲しみを自分が受け入れてしまっていたという事実だけは心で理解していた・・・・。

だが思い出せない。

思い出そうとすると悲しみだけが止むことのない雨のように押し寄せてくるのだ。

そして今日もまた自分の頬が涙で濡れてしまっていることに気付き、眼が覚める・・・・。

すると真九郎の腕の中で包まれていることに安堵し、お返しにぎゅっとしがみついてしまった。

そして間に雪が丸くなって潰されていることに気付き緩めると、雪は再び穏やかな寝息を立てている。


思い出したいけど、思い出したくない・・・・・・




 深夜の武士団、通称、鬼凛の庄と呼ばれる武士団関係の屋敷群を叫びながら走り回っている人物が一名。

「た、大変です!!!ニーサさん!!レインド様!!! 」

何事かと飛び起きた隊士たちがマルレーネに詰め寄ると、すぐに深夜待機していた十六夜にかつがれ会議室に連れていかれる。

さすがに動きの早い武士団は既に10名以上が待機し、マルレーネの報告を待っていた。

さっそくレインドと真九郎たちも現れたのを見て、彼女は意を決して叫んだ!!

「お館様!!帝都の東、フィグリア平原の先に妖人種の大集団が現れ帝都を目指しているとのことです!!!」

「なんだと!!」

「ノルディン隊長の連絡によると、会敵予想は4日後とのことです!シルヴァリオンからは朧組の出動を要請されています」

マルレーネの報告に騒然となる一堂。

妖人種の軍勢・・・・・・どれほどなのだろう、気になるのはその数と規模だ。

やや遅れて現れていた現れていた義経はマルレーネの報告を聞くと一堂に静粛を求める。

たしかにここ一年ほどの間で妖人種との遭遇頻度が上がっているという報告はシルヴァリオンだけではなく、商人たちや貴族たちからも連絡が来ていた。

だが大集団となるとどの程度なのだろう?


「みんな、これほどの危機に焦る気持ちは分かるがまずは落ち着こう、マルレーネは追加の情報が入り次第遠慮せず随時報告してくれ」

「りょ、了解しました!」

「まずは武士団として朧組を派遣するかどうかが問われるな、シルメリアねえさ・・・・・朧組局長の意見を聞きたいのですが」

言い直した義経がナデシコにこずかれているのを見て微笑んだシルメリアだったが、内心では不安でいっぱいであった。

あのシエラ遺跡からの撤退中に起きた死界人の咆哮で大打撃を受けたリシュメア軍と、その機を待っていたかのように襲いかかってきた妖人種たち・・・・・

一歩間違えばレインドが命を失っていたかもしれない・・・・自分自身も・・・・・

あそこで多くの命を取り留めたのは、恐らくアルバイン隊長たちの話を総合すると聖獣ナバルが放った何かであることは間違いないようだ。

そしてそのナバルに騎乗し私とレインドの命を救った真九郎のかっこよさを思い出し、胸がキュンとなったのを悟られないように・・・・冷静に返答した。


「シルヴァリオンの要請では出ない訳にはいかないでしょう・・・・ですがそうなるとデュランシルトの魔法的防備が低下してしまいます」

「半兵衛、君はどう思う?参謀としての意見を聞きたい」

「副長、シルメリア局長のおっしゃる通りシルヴァリオンの要請とあっては朧組には出てもらいたい・・・・肝心なのは防備の件ですね・・・・ラルゴ氏族とウォーレン伯爵に助力を求めることで補うしかありませんね」

「ウォーレン伯爵か・・・・ニーサさん、どうでしょう良い返事をもらえるでしょうか?」

「50名以下なら問題なく派遣してもらえるでしょう、非常時の対策で最近やりとりしたばかりですが、若く才覚に富む方ですよ」

「なるほど・・・・お館様いかがでしょうか?」

「・・・・分かった、出発は明日の早朝とする、各員は持ち場に戻り朧組出陣の補助にあたってくれ・・・・・シルメリア、イングリッド・・・・絶対無事で帰ってきてね」

「「はっ!」」


朧組の出陣準備は防御呪文が幾重にもかけられたローブを用意したり、戦闘用広域呪文への負担軽減処置が施された長杖などを馬車に積み込んでいた。

これに必要物資などを用意しシズクとラヴィ班、サリサたちが総動員で保存容器へ料理を保存する処置を勧めていく。

長期戦や他の部隊への供出もありえること、さらには真九郎からこの際作れる分の保存容器全てに作って欲しいと要請が入ったため昼夜を問わず保存食作りに集中することになった。

そのため隊士たちの食事も兼ねて街では炊き出しや出陣準備が行われ、あのときの再来とばかりに住民たちは逆に張り切り始めた。

前回の出陣に際してレインドから協力してくれた街への褒賞は十分な額であったが、皆で勝ち取った勝利だとレインドが明言したことに自分たちも死界人討伐の役に立てたのだと感激した者たちが多かった。

今回も以前と同等の一体感で出陣準備を手伝ってくれているのはありがたい。

ラルゴ氏族からは防備に関しては快諾されたが、村長のラスベルは不満気であった。

「レインド殿!!水臭いではないか!!」

「え??あの防備に協力いただけるのだけでも僕たちとしてはすごくありがたくて」

「そうではない!!妖人種となれば我ら共通の敵ではないか!ラルゴ氏族からもぜひ同行させて欲しいとの志願者が続出しておるのだ」

「そうだったのですか・・・・・」

「妖人種から帝国を守るということはこの際どうでもよいが、デュランシルトを守ることに直結するとなれば話は別である!!」

村長は興奮したように拳を振り上げているが、妖人種たちへの憎しみが相当に深いのであろうことは察することができた。

「ラルゴ村からは、ダズとソルヴェドを同行させたい、二人ならば顔見知りであろう?」

「それは助かります!いつも都合のよいお願いばかりで心苦しいですが、お願いします」

「はははははは!!!何を言うか侍の棟梁よ!!我らは武士団と共にあるのだ!」

「ありがとう、本当にありがとう村長」


帝国軍やシルヴァリオンに比べれば僅かな人数ではあるが、一騎当千の使い手が揃う朧組の戦力は侮れない。

シルメリアは6本の多杖連動術の精度と練度をさらに高め、いくつかの隠し玉を用意していると真九郎にこぼしていた。

そして出発前夜、満月の月明かりの光条が湖面を裂く光の刃のように煌くなか・・・・

二人は月藍湖のほとりで手を握り合っていた。

「君が死界人討伐に向かう俺を見送る気持ちがようやく分かったよ・・・・・辛すぎて君を攫って逃げてしまいたいほどだ」

反射的に真九郎に抱きついたシルメリアは、はしたないと思われても構わないと唇を押し付け愛しい人の温もりを一心に求めた。

二人はお互いの気持ちを確かめ埋めあうように温もりを抱き続ける。

「こうやって・・・・・みんなが誰かを愛しく思っていると気付けばせめて人同士が争わずに済むのであろうな・・・・・」

「ええ・・・でも人間は愚かな生き物ですね、それでも争う」

「ああ・・・だが今回はそんなことが通じぬ相手・・・・・妖人種であれば容赦はいらん、大地が削れ抉れ、焦土と成り果てても気にするな、思いっきりやってしまいなさい」

「うん!遠慮して誰かの家族や愛しい人が悲しい思いをするぐらいなら、全力でぶちかますわ、イングリットなんてね血がたくさん吸われてもいいように血を増やす効果があるらしいレバーを食べまくってるのよ失礼しちゃうわ」

「ははははは!いいじゃないか、たくさん吸ってやんなさい・・・・ただ・・・・その」

「何?どうしたの?」

「男の血は・・・・・俺だけにしてもらえるとうれしい・・・・・」

「ではさっそく・・・・・」

首筋にチクッとした痛みと血が少量吸われる感覚におそわれる。

すぐに吸うのをやめると治癒術で噛み跡を消しにかかっていた。

「大丈夫よ、男の血は真九郎以外知らないから・・・・・女性はその、ニーサとかナデシコとか色々吸ってしまったけど・・・・」

「シルメリア、一段落したら子を作ろう・・・・それはもう朝から晩までずっとだ」

「ちょ!!ちょっと!!いきなり恥ずかしいこと言わないで!!もう・・・」

真っ赤になったシルメリアは抱きつきつつも・・・・

「ほどほどにがんばりましょう・・・・・」

「ああ、ほどほどに全力で子作りしような」

「馬鹿・・・・」

あの絶望の日々を乗り越えここまできたのだ、絶対にこの危機を乗り越え二人で幸せな日々をまた過ごしたい・・・・・

だが許されるのだろうか・・・・神話の主要人物になった二人に平穏な日々を送ることが・・・・・



翌日、騎乗した朧組は武士団や大勢の住民に見送られながら戦場へと旅立った。

各隊士たちも、見送る側の辛さを実感したようであり魔法の力がいかに強力であるかを改めて突きつけられた気分である。

「義経、ヴァルレイ殿に物資の買い付けは依頼してくれたか?」

「ええ、既に商会を通して帝都で調達中だと思います」

「なるべく早く運び込みたい・・・・・長期戦を考えれば今の物資では心もとないからな・・・・・」

ヴァルレイを通して買い付けられた物資は随時屋敷へと運ばれ、その量に住民たちも妖人種との戦争が長期化・大規模化するのではないかと不安が高まっている。

そんな住民たちの不安を払拭するためにもと避難訓練が課せられた。

すぐに逃げ出せるように荷物をまとめておいてもらい、中央広場に集合してからラルゴ氏族やトレボー商会の好意で派遣された傭兵たちの誘導の元で避難を開始する。

この訓練のおかげで武士団は住民を絶対に見捨てないという意志が伝わり、逆に住民たちのほうが覚悟を決めてしまった印象さえ受ける。

事態によっては鬼凛組がすぐに出動できる態勢は整えているが、魔法使いが数千人集まる戦場において真九郎たちが白刃を振り回し兵士たちを虚脱の嵐に陥れるのは利敵好意になりかねないため待機する以外に道がないのだ。

ただ待って情報収集や非常事態に備えることしかできない悶々とした夜を数日過ごすことに彼らはまだ慣れていなかった。



そして朧組は帝都からさらにフィグリア平原を東へ向かい本隊との合流を果たしていた。

朧組はシルヴァリオンの一部隊として扱われることが決定しており、同じ右翼側陣地でその責務を担うことになる。

シルメリアはすぐに本隊にいるザインとの情報交換に走った。

アルグゲリオス師団は本隊中央の帝国軍第二軍の所属で顔見知りも多かったことからすぐに案内された。

「これはシルメリア殿、あなたが来てくれたのであれば数万の兵を得たに等しいお力添えだ」

「何を言ってるんですか、あんまりからかうようだとニーサからのお手紙渡しませんよ?」

いたずらっぽく言ったつもりだったが、突然泣き出しそうな顔になってしまったザインに慌ててニーサからの手紙を渡した。

「もうラブラブなんですね新婚さん」

「いやぁ・・・・・」

すると部下たちが隊長をからかおうとニーサからの手紙を覗き込もうとしている。

「こら、お前たちやめんか!」

「しかしあの隊長が奥さんの尻に完全にしかれちゃってるよなぁさすがは冷血の宰相だ」

「お前らあああああ!」

「退却ぅ~!」

開戦前だというのに緊張がないのは帝国軍きっての錬度を誇る歴戦のアルグゲリオス師団であることと、あの死界人との戦いに比べれば遥かにましだという思いがあるという。

「ザインさん、妖人種たちの総数は判明しましたか?」

「ああ、飛竜隊の偵察では目測4万・・・・・これはさらに増える可能性があるらしい」

「よ、4万!!?」

「ああ、しかも妙に統制された動きをしているのが気になる・・・・・もしかしたら封印迷宮のあれに関係していることも考慮せねばならんな」

「大悪魔バルシェマルン・・・・・・考えたくもないですね」

「ああ・・・・・」

「では何かあればマルレーネを通していつでも連絡ください、あの子も非常時に対応できるよう待機してくれています」

「それは助かります、右翼側の連携が必要な際は連絡しましょう」

「ではお互いに生きて帰りましょうね」

「シルメリア殿もご無事で・・・・」



朧組

局長 シルメリア・ウルナス

副長 イングリッド・ラルゴ

   クライブ

   ブラム

   サイグレン

   コーネル

客分 ソルヴェド

   ダズ


いずれも一騎当千の魔法の使い手ばかりであり、特にダズは野戦防衛に応用できる土系呪文の達人でさっそくノルディンの指示で防御用の土壁や迎撃陣地をあっさり作り上げシルヴァリオンを驚かせている。

軍議によって決定した迎撃作戦の概要は以下の通りである。


フィグリア平原を東進し防御壁を構築しつつ、乗り越えてくる妖人種を迎撃し数を減らす。

さらに本隊は後退しつつ、防御陣地を構築しさらに迎撃し数を減らす。

最終防衛ラインまで後退した後は、帝都オルフィリスが誇る砲台の射程内に妖人種を誘導し大火力のデネブ、ゲヘナ、ダナン砲台の集中砲火によって殲滅する・・・・・


以上が作戦であるが、ポイントとしては防御壁を迂回させず防御壁と防御壁の間に隙間をあえて作りそこへ密集した敵に火力を集中させること。

迎撃部隊には貴族たちもかなりの兵を送ってはいるが、1万に満たない軍勢で4倍から5倍の敵を迎え撃つにはこの作戦しかないであろう。

かなりの激戦になることは予想された。

飛竜隊の報告では先頭集団はゴブリンやコボルと種が多くを占め、次集団がオーク種、さらに後方には大型のホブゴブリン種が控えている。

未確認情報ではあるが、トロール種やヴェノムという猛毒を持った大型で獰猛な狼に似た騎乗兵も確認されている。

この陣容を聞いたシルメリアや朧組の共通見解は、統制され計画された陣立てであるということだ。

すぐにマルレーネを介してザインと連絡を取ると、これはやはり地下大地母神神殿での襲撃に酷似している・・・・・その数は比較にならないが・・・・・


帝都から二日の距離で構築された防衛陣地に敵集団が会敵したのは想定より半日早かった。

集団戦闘の経験が演習程度しかない帝国軍本隊は初手で躓き、穴を埋めるべくアルグゲリオス師団が前に出て前線を支えていた。

ザインは隙間を抜ける敵集団と対応する部隊への指示が絶妙で、より効果的な呪文の選択と迎撃が理想ともいえる形で戦場を彩っていた。

ノルディンたちシルヴァリオンも帝国の精鋭らしく、敵の左翼が包囲をする気配を見せると即効の防御陣を敷き行軍を遅らせそこに火力を集中することで戦線を維持している。

妖人種たちも集団戦闘が進化し、数匹で強酸弾を放射し前線の兵士たちが既に数十人被弾し後方で治療を受けている。

また長射程の土槍を連続射撃してくるなど、以前と違った攻撃に中央の帝国軍では予想以上の死者が出ていた。


シルヴァリオンのからの指示で長距離射撃を要請されたシルメリアは、14歳になった相変わらず背が余り伸びないダズが、やたら少女趣味な杖を使って長距離射撃用の足場を作ってくれる。

「ありがとうダズちゃん、みんなは防御結界に集中して!」

「了解です!」

ブラムの陽気な声が響き、ソルヴェドがシルメリアの直衛に入る。

「防御は俺に任せて思いっきりぶちかましてくれ姉さん」

「ありがとう、じゃあ久しぶりに遠慮なくぶちかませてもらうわよ・・・・・」

伸びをしながら体をほぐしつつも、ずんと周囲の空気が重くなった錯覚を感じるソルヴェド。

シルメリアの周囲のオルナが七色に輝き発光している。

「シュバイル!」

両足のスリットから取り出した短杖が銀水晶の杖の周囲でくるくると回り出すと、左翼に突出し包囲しようとしている敵集団およそ300に向けて狙いを定める。

「エーメ・ラーダスルム・メルダーサ・・・・・クォルナ!!!」

無音声詠唱でもなく、移動発動でもなく・・・・・・純粋にオルナと念によって呪文を発動するための詠唱・・・・・・

ロスがない極限まで練られた月牙の咆哮は突出した300の妖人種とそれを含む周囲の大地ごと抉り、焼き尽くし爆発する。


突如右翼側から発せられたまばゆい光芒に驚く妖人種と帝国兵たち。

だがそれが味方によるものだと分かった帝国兵は勢いづいき呪文の威力もあがっている様に感じる。

続けて月の女神の腕輪の加護を受けた月牙の呪文は容赦なく敵左翼を蹂躙し大地を抉り削っていった。

そのときノルディンからマルレーヌを通して通信が入った。


<< シルメリアお姉さま!!ノルディンさんからほどほどにして戦線のバランスを取ってくれって!!!何やったんですか!??? >>

< ごめんごめん、久しぶりだからつい気持ちよくなって加減できずに撃っちゃったの >

<< 撃っちゃったの!!っじゃないですよ!!というか砲撃して欲しいときはまた連絡するそうですのでそれまでお姉さまは待機で!! !>>

< 了解マルレーヌ >


「という訳で、戦線のバランスが崩れるからほどほどにしとけって怒られました」

「「「ははははははは!」」」

笑い飛ばした部下たちだが、この局長のあまりに非常識な魔法威力にドン引きしたのをごまかそうと必死である。

「シルメリアは遠慮ってもんを知らないのかしらまったく、ソルヴェド!防御任せるから次は私行くわよ」

「イングリッドだって加減しらねえだろ!」

「失礼しちゃうわね、ちゃんと分かってるわよ!!」

イングリッドは前線に多少近づくとゴブリンたちの顔が分かる距離まで近づいた。

阿吽の呼吸でダズが砲撃用の高台を作るとソルヴェドが堅牢な防御結界で呪文が防がれる中、イングリッドは得意の火炎呪文・・・・・煉獄焦熱破で防御壁ごと敵集団を焼き尽くした。

高く立ち上る何本もの火炎の火柱が妖人種の集団を飲み込み焼き尽くしていく。

「イングリッド!!ノルディンからまたやりすぎだって怒られたわよ!」

「えええ!!?これでやりすぎなの???」

「あんたも交代しなさい!」

「はーい」

ブラムとクライブたちは、隊長たちの非常識なまでの殲滅能力に顔が引きつりつつある。

「おい・・・・妖人種5万よりこの二人のが絶対帝国の脅威じゃね?」

「ああ同感だ・・・・」

「うむ・・・・・」

「・・・・・・・」

「ほらそこサボってないで前線維持!」

「「「はい!!!」」」




このやりとりをマルレーネから聞いた真九郎や義経たちの指揮本部は笑いに包まれた。

「ははははは!!!やっぱりシルメリア姉さん最高だ!!!」

「お姉さますごすぎ!!」

「今までのうっぷんを晴らすつもりでぶちかましてそうね・・・・・」

「もうあの娘ったら、また怪我してこないといいんだけど・・・・・」

「ノルディンさんも大分焦って念話してきましたよ!どんだけすごいんだろう・・・・・」

そこでニーサが耳にしたことのある逸話をマルレーネに教えようとしていた。

「そうね、ネリスから聞いた話だとイルミス教団の幹部とやりあったときは・・・そうね・・・・この鬼凛の庄が丸々入るぐらいの土地が溶解して溶岩になってたらしいわよ」

「えええええええええええええ!」

「まあシルメリアなら容赦なくやるだろうな・・・・」

真九郎や義経がうんうんと頷いているのを見てマルレーネ悟った・・・・・

「神話の舞台って・・・・・本当に恐ろしい場所なのね・・・・・・」



敵集団の侵攻が遅くなった時点で全軍に第二次防衛ラインへの後退命令が伝えられた。

その際も包囲されないよう対応するシルヴァリオンと朧組の役割は重要である。

ダズがかわいらしい顔をして放つ長距離射程の岩石榴弾とも言うべき恐るべき呪文や、ソルヴェドの得意な広域氷結呪文ネグラス・マフィドによって敵の包囲行動は防がれていた。

第二次防衛ラインの構築が完成し、一気に後退した全軍を追うように妖人種が突貫したのに合わせ、全軍に全力迎撃の指示が出た。


<< シルメリアお姉さま!!!ノルディン隊長さんからの指示です、全力で遠慮必要なし!!! だそうです >>

< 待ってました!!! >


「各員傾注!!!」

「ノルディンから、全力で遠慮必要なし!との命令を受けたので、私とイングリッドは迎撃を担当します、各員は防御結界に専念せよ!」

シルメリアから発せられた凛とした命令は朧組を戦慄させる。

あの・・・・シルメリア局長が本気!?

「おい!!!防御結界を何重にも張るんだ!!俺たちまで焼け死ぬぞおお!!!!」

「失礼ね、それぐらいは加減するわよ・・・・」


ダズに頼んで作ってもらったシルメリア用の砲撃陣地に飛び乗るとすぐさま杖を展開した。

こういう日のために練習し開発しておいたとっておきの呪文がある。

相変わらず包囲しようと敵左翼が横に大きく広がっており、その数は1000を軽く超えるだろう。

短杖たちが銀水晶の杖を取り囲むように回り始めるが、さらに大きな軌道で回転しはじめ空中に魔法陣が構築されつつあった。


「おいあれって・・・・・!???」

「はl!????なんだあれ!!!」

「おいあれは・・・・・空中に錬法魔法陣だとおおおおお!」


錬法陣・・・・・・それはリシュメアが誇る魔法威力増強効果が非常に高い特殊魔法陣である。

本来であれば30人以上で練成される法陣をたった一人で作り上げているのがこの非常識娘であった。


シルメリアは展開した短杖で空中に錬法陣を敷くと、眼を閉じ詠唱を開始する。

みるみるうちにシルメリアの背後に靄・・・・・雲が生まれ始めている。

銀水晶の杖で放出軌道用の誘導陣が描かれ・・・・・

ここに呪文は完成する。


「マーダレーダシュナルセーバ・・・・・ラ・クォルナ!!!」


シルメリアの身長の3倍ほどの直径を持つ光珠が出現し、そこから一条の光線が敵集団に向かって発せられる。

大気を切り裂くような轟音と共に光線が着弾したのは、飛び出した集団の根元・・・・・外した?かと思われた刹那。

その光線は光の刃となって敵集団をなぎ払った。


「「「「!!!!!!!!!!!」」」」」


突出した妖人種の姿はもはや確認できず、抉られ焼き尽くされ真っ赤に溶けた煮えたぎる溶岩がその痕跡を残すだけであった。

「ふぅ・・・・・・うまくいったみたいでよかった」


<< シルメリア姉さん!!!遠慮するなって言ったけど限度があるだろおおおお!!!って怒って・・・・いえ呆れてます! >>

< もうどっちなのよ、でも突出した集団は焼き尽くしたわよ >

<< 次の指示があるまで待機!!!だそうです >

<< はーい >>


煮えたぎった溶岩が丁度よい?遮蔽物となり全軍は第二次防衛ラインへの後退を無事完了させることができた。

だが、中央本陣では予想以上の妖人種の連携攻撃に被害が拡大していた。

迎撃の網を縫って突入してきたオークたちによって帝国軍の術師たちは殴り撲殺されていく。

乱戦対応に慣れていないこともあり、この後退劇で数百名の死者を出すに至った。

帝国軍やシルヴァリオンと朧組、そして帝国の危機に出兵した多くの貴族たちの奮戦が続く中・・・・・・


デュランシルト正門で見張りに立っていた隊士から緊急連絡が入る。

「局長!!!アルマナガードと帝国軍と思われるおよそ300名がデュランシルトへ近づいています!!!」

「!?行軍のための休憩や物資供出の要請・・・・ではないようだな?」

「それが馬車ではなく戦闘陣形で近づいています!」

「お前たちは住民を守り、当初の打ち合わせ通りに事を運べ!」

レインドは真九郎とニーサを連れ、デュランシルトの入り口でアルマナガードと帝国軍を迎えた。


予想通り、あのビルケとエディルが下品な笑いをしながらレインドに近づいてくる。

その後ろには・・・・・・見たことのある顔・・・・・

そうか、あの時の・・・・


「おい、お前がデュランシルト領主レインドか?」

「いかにもデュランシルトの領主をしているレインドと申します」

あまりに堂々とした態度と気迫に自然と気圧されてしまうビルケとエディル・・・・・

「ちっ!!!ちょっといい男だからって調子にのって!ふん!今回はこれを見なさい!」

どうだとばかりにニーサに突きつけたのは・・・・・・

「まさか・・・・・こんなことって」

「そのまさかだよ!!!元老院と元老院副議長!!そしてえええええ!!皇帝陛下からの勅命である!!!」

「ばかな!!!」

思わず口走った真九郎とレインド・・・・・・・

「おいビルケ!」

後ろから尻を蹴飛ばされたビルケは無様にも前のめりに転び、恨みがましく後ろを一瞥する。

「わ、分かってますって・・・・・」

「いいかこの無能者ども!!! ここに皇帝陛下の勅命を読み上げるからようく聞けええええええ!」

ビルケは後ろの男に急かされるように読み上げる。

「デュランシルト領主レインド辺境伯には謀反の疑いがかけられたため詮議が必要である、そのために拘束すべし!!!」

住民たちから野次や怒号が飛び交い、突如訪れた帝国軍とアルマナガードにすさまじい怒りがむけられていた。


「まだあんだよ!!!武士団は謀反を防ぐために、所持している禁忌の武器を全て没収する!!!!」


「「「!!!!!!!!」」」


「それではあまりに理不尽!!申し開きする場もなく没収とは!」

ニーサが必死に抗議するも帝国軍の男に手を掴まれる。

「おいおい、べっぴんさんよぉ・・・・・皇帝陛下の勅命ならば法的根拠は十分だよなぁ?それとも逆らってお前も拘束して・・・・いひひひひひ!!!」

「狼藉はそこまでにしろ」

真九郎に腕を掴みあげられ捻られた男は痛みに呻いて手を離す。

「てめえは・・・!!!覚えてるぞあのときのクソ侍!!!」

「俺も覚えているぞ・・・・少女に挑んで返り討ちにあった挙句、二対一でも敗れたた哀れな男であったな」

「てめええええええええ!!」

「スレード!!落ち着け!!これからたっぷりと仕返しするチャンスがあるんだからよぉ」

「ベティムか・・・・分かったよ・・・・しっかし楽しみだなぁ・・・・あの猫女をこれでもかと陵辱してやるぜ!」


一瞬この場で全員叩き切ってしまおうかという衝動に真九郎はようやく耐えた・・・・・

レインドの眼に宿る怒りも凄まじく、エディルなどは腰を抜かさんばかりである。

「ニーサ・・・・この勅令、本物なのだな?」

「はい・・・・・・」

ニーサは悔しそうに唇を噛み締めている。


レインドの指示によって鬼凛組は刀を脇差を・・・・・アルマナガードが用意した木箱に納めていく・・・・・・

隊士たちはあまりの理不尽に悔し泣きをする者が溢れ・・・・・・住民たちでさえ非情すぎる仕打ちに号泣している者が多い。

真九郎が大小をしまうと、ここぞとばかりにスレードとべディム杖で打ちかかるが真九郎は黙ってそれを受けた。

「局長おおおおおお!!!!」

「お前たちは動くな!!!!!」


そこに縄をかけられ拘束されたレインドが現れる。

シズクが泣きながらレインドに抱きつき、行かせまいとしていた。

「シズクちゃん・・・・・僕がいない間、みんなを頼んだよ」

「レインド様ぁ!!!」

「シズクちゃん・・・・・武士の棟梁である僕のお嫁さんになる君にしか頼めないんだ」

「お、お嫁さ・・・ん?」

「ああ・・・・絶対になんとかしてみせるから・・・・・武士団を頼んだよ!」

「はい・・・・・お帰りをお待ちしております、レインド様」

二人は人目を憚ることなく、そっと唇を重ねた・・・・・そして引き摺られるように連行されるレインド。

そんなシズクを守るように抱きしめているのはマルレーネだった。

そのマルレーネ自身も理不尽な出来事に涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしている。

引き離される愛し合う若い男女・・・・・・デュランシルト公認とも言える二人が引き裂かれたことに住民たちは、特に女性たちは涙をこらえきれず嗚咽している者さえいた。


「さあ、連行するがよい!だがデュランシルトと武士団に手を出したならどうなるか覚えておけぇ!!!!!」


突然のレインドの啖呵にデュランシルトの住民と鬼凛組は覚悟をもらい、アルマナガードと帝国軍ジャムレッド大隊は覇気に完全に飲まれていた。

レインドの覚えておけの言葉の意味・・・・・・彼らの脳裏に浮かんだのはシャイム侯爵の件である・・・・

双方の放つ緊張の空気が静寂を生み、レインドはそんな中でも民や隊士たちへの気遣いを忘れていなかった。


「みんな!!! 必ずなんとかなる!!!だから希望を捨てるな!」


「「「レインド様あああああああああ!!!」」」」


「レインド様!!必ずお助けに参ります!!」


家臣や住民たちの嘆きの叫びは収まることはなかった。

だが、そんな彼らには新たな試練が訪れようとしている。

撤退すると思われたアルマナガードとジャムレッド大隊はデュランシルトの入り口で堂々と陣を張り野営の準備を始めていた。

強引に街へ入るそぶりは見せないものの、このままでは住民たち、特に女性たちの身が危ないと踏んだ真九郎たちは女性たちを屋敷内へ保護することにした。


マルレーネはニーサと連絡通信の維持に戻り、隊士たちは刀を失って落胆する暇もなく住民たちを守るために悲壮な覚悟を強いられていた。

ほぼ住民全員が練兵場や資材置き場などを解放し屋敷内へ避難を完了し、それに伴う物資なども運び込んだ。

この時の真九郎と義経の指示があまりに毅然としていたため、皆はまだ彼らはあきらめていないと希望を持ち始めている。


デュランシルトの防備はラルゴ氏族の防衛班とヴァルレイとその傭兵たちが門を警備していた。

ヴァルレイ自身も今回の件に憤っており、最後までデュランシルトと運命を共にすると明言している。


「義経、物資のほうはどんな具合だ?」

「はい、ようやく人数分というところでしょう」

「半兵衛、マルレーネからは何かないか?」

「シルフェさんが帝都に待機していたそうなので今連絡を取っているそうです・・・・・そこから糸口がつかめればよいのですが」

「そうか・・・・みんな焦る気持ちは分かるが落ちついていこう!」

「「「「はい!!!」」」」

「ナデシコや夕霧たちに住民たちの様子を見てきてもらってくれ、ラヴィ班の中で辛そうな子がいないかも確認してあげてほしい」

「了解です」

紫苑がすぐに様子を見に走るが、腰に大小がないとどうしても体のバランスが落ち着かない。

既にルシウスたちは必要な荷物をまとめ、ケンネや桃、クリスと屋敷へやってきている。

「ルシウス・・・・お前には辛い思いをさせてすまなかった・・・・・」

「いえ・・・・まだ終わってはいません、そうですよね局長」

「ああ、終わってたまるか!」





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