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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第五章 鬼凛草子
53/74

1 鬼凛丸

 アルマナ帝国皇帝 キョウ・レグリア・アルマナは行政長官バルケイムから都市整備計画の報告を受けていた。

「シェルターの完成、本当にご苦労様、よくやってくれたわ」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「現状で収容できる人数と食料の備蓄はどれほどになる?またその収容にかかる時間はどれくらいかしら?」

「さすが陛下・・・・・その慧眼には感服せざるを得ません、収容にかかる時間・・・・丸一日はかかるでしょう・・・・そして収容人数は6万人が限界でしょう」

「6万ですか・・・・それでもないよりは遥かにましと言わざるを得ませんね・・・・」

「はい・・・食料については保存食料としては一週間でしょう・・・何しろ物理的な制約があるのでこれ以上は・・・・」

「いえ、責めているのではないわこの状況であなたは最善を尽くしました」

「ありがたき幸せ・・・・・」

「では早急にアルマナガードと帝国軍そして、各貴族の私兵たちと連携を取って避難計画の細かな実務に当たってちょうだい」

「はっ!既に連絡会議を午後に予定していますので、そこで皇帝陛下よりの指示を改めて伝えたいと思います」

「・・・・・最初はね、あなたを誤解していたわ・・・・子供たちの未来のためにこれからも共に進みましょうバルケイム」

「今のお言葉・・・・・何よりの褒美でございます・・・・では失礼します」


皇帝陛下の指揮の下に進められてきた帝都住民の避難計画。

元々オルフィリスに作られていた使途不明の構造物を流用して改築されたそれは、バルケイムが避難誘導計画を立案し子供たちを全員収容できるよう設計されている。

食料品などの交易品や露店、または多くの商店が立ち並ぶ帝都の台所と呼ばれるその一角は中央通りから一本曲がるだけでたどり着くこごが出来る。

円形に広がった台所の周囲には地面から防御壁が迫り出し妖人種や他国の軍勢など外敵の侵入を物理的に遮断する仕組みになっている。

当初は帝都脱出の計画も立案されたが、いったいどこに逃げればいいのか?の質問に誰も答えることができなかったこと、武士団が死界人を撃破せしめる力を示したことにより帝都内で耐えることも十分意味があるとされたためである。

実務家であり皮肉屋と疑われるレベルの徹底したリアリストであったバルケイムのやり方に、皇帝はかなり苛立ちやきもきすることが多かったというが実務家としての優秀さから彼を再評価することになった事業であった。


バルケイムが去った後、キョウ皇帝は何故か落ち着かない気持ちを冷ましたい思いソルティと共にテラスへ出てみた。

そこから見渡される美しき帝都と月藍湖の先に見える帝国の希望、デュランシルト・・・・・・


「やっとここまで来たのね・・・・・」

「陛下・・・・・例の夢はまだ・・・?」

「ええ・・・・あの悪夢が消えることはないわ、あのねソルティに一つだけ言っていなかったことがあるの」

不安の陰が滲む潤んだ瞳を察しソルティがそっと皇帝の手を握る。

今まで皇帝は見た悪夢をソルティに報告し相談するのが常であった。

皇帝陛下の見る夢には運命の女神アルティーナの神託が宿るとされ、今までも数多くの予知を続けてきた。

またそれが皇帝陛下たる資質とされ多くの貴族たちから一目置かれる理由でもある。

ベルパ王国でレインドに暗殺の危機が迫っていることを予知し、シルヴァリオンを使わしたのも彼女であり武士団が死界人を倒す未来を言い当てたのも彼女であった。

その皇帝が口にできなかったほどの事態とは・・・・・・

ソルティの全身に鳥肌が立つのを感じる。

「希望を探してデュランシルトにたどり着いてもね・・・・そこには・・・・・・誰もいないの」

「え!??まさか武士団が裏切ると??」

「いえ、そう思いたくはないけど・・・・あのデュランシルトは・・・・・・炎に包まれていたのだから・・・・・」

「!!!!!!!!!!!」




シルヴァリオンの飛竜隊の援助を受けてエルナバーグへ帰還していたレシュティアはレグソールからの報告に憤慨していた。

マルファースとジンは王城に幽閉され捕らわれているというのだ。

二人の王子はレインドの廃嫡に滂沱の涙を流していたが、デュランシルト領主として死界人を倒すために尽力していることに感激し捕らわれの身になりながらも弟の活躍を日々祈っていた。

マルファースとジンの命を受けたアルバインたち近衛隊はエルナバーグと連絡を取りつつ王都で地下の抵抗組織を指揮しているという。


エルナバーグとしては二人を救い出すことに異論はないが、リシュメア王国軍にここを攻められるリスクを犯すことはできない。

だが、王都リシュタールではデイン王とその政策に反発する臣民たちが暴徒となって役所を襲撃し、王子の解放を求める運動が高まっている。

それを王国軍を使って鎮圧しているが、徐々に離反する貴族や軍も増えておりそういった者たちを取りまとめているのがキュウエルであった。

レシュティアはキュウエルと連絡を取り反デイン派の力を結集させるため、動くことになる。


王国軍の第二軍の一部や第三軍は既に離反しエルナバーグ近郊の町に駐留している。

エルナバーグ軍も動こうとしていた矢先であったが、アルマナ皇帝陛下より届いた書状が事態を混乱させていた。

「お爺様、皇帝陛下は援軍をよこせとおっしゃっているのですか?」

「いや・・・・・近々帝都近郊でこの大地の命運をかけた戦いが起こる可能性が高いと・・・・そのときエルナバーグはレインドの命を最優先で動いてほしい・・・・と」

「大地の命運・・・・・・いったい皇帝陛下は何を知っているのでしょうか・・・・・」

「あのお方に備わっている力が、その未来を見せているのだとすれば・・・・・・確実に起こる未来だということだ」

「お爺様、早急に軍備を整えましょう、二正面作戦になるかどうかも分かりませんが、そうなればデインが動かないはずはありません、チャンスはきっと訪れるでしょう」

「やはり・・・・・姫にしておくには惜しい逸材だなお前は」

「そうね、やっぱり戦場のほうが性にあっているかもしれないわ」








--------------港湾都市グランディール-----------------




「だめだ!!!もう限界だ!!開拓事業の拡大で人を集めてもこれ以上は無理だ!!!」

グランディールで開かれていた緊急会合は騒然としている。

イルミスの苛烈な要求にグランディールの住民や東連の流した偽開拓、偽の希少鉱石の大鉱脈の発見などに多くの希望を持った人々が集まっていた。

それは北方大陸からの移民をも必死に呼び込んでの募集作業であった。

だが、噂が広まりつつある。

生きて帰った者が1人もいない・・・・・・

邪教の生贄になっているのではないか、軍隊を作るために人を集めているため逃げ出せないのだ、奴隷にされているなど・・・・・

様々な憶測が飛び交っているが事実は一つである。


イルミスの餌になっているのだ。


「限界か・・・・・あの赤ん坊を手に入れることができなかったときに命運は決していたのだ・・・・」

アルジャーグはあまりの心労で激やせし、極度のストレスで頭髪もすっかり抜け落ちてしまっていた。

「こうなれば・・・・・帝都の連中を巻き込ませる以外に手はない・・・・・」

「やはりそれしかありませんな・・・・・」

「手はずのほうは?」

「反皇帝派に渡りはつけてありますので、帝都の住民は餌として用意できるでしょう」

「それでもいつあれの気が変わることか・・・・・・」

「してあいつらはどうするのだ?」

「デュランシルト・・・・・」

「残された猶予はあまりない・・・・・・お前はすぐにイルミス教団に計画を伝え取り次いでもらえ!!まずはあの男の・・・・イルミス様の許可をもらえなくては意味がないぞ!!!」

「ただちに教団本部に・・・・・参りましょう・・・・・」

「ヨルマ!!!貴様は反皇帝派と連絡を取ってすぐに計画をまとめさせろ!!!!人が滅びる瀬戸際なのだぞ!!!」

「は、はい!!!早急に使いを出します!!」

部屋を飛び出して行ったヨルマを生気の失った眼で確認するとアルジャーグは連絡用の魔道鳩を手配させる。

「カールとデヘトはドゥベルグとリシュメアに書状を書け、直ちに出兵しろとな!わしはリシュメアのデインに書状をしたためる・・・・・一番国力の高いリシュメアには大軍を出してもらわねばならん!」

「アルジャーグ様・・・・我々は間違ったのでしょうか・・・・・」

「知らん!!!いずれにしても、あの武士団などというものが出てきたからこんなことになるのだ!!!忌々しい!!」








 復帰した真九郎は病で鈍った腕を鍛えなおすついでに、隊士たちをさらに鍛えぬくことに決めていた。

レヴィンザーグの生き残り4人もそのしごきの凄まじさに根をあげ倒れ込んでいる。

「ふむ、義経たちもがんばって指導したようだな、基礎は身についているようだ」

「きょ、局長・・・・病み上がりなのに体力・・・・ありすぎですよ・・・・」

「お前たちがまだ鍛錬不足なのと、無駄な力が入りすぎているのが問題だ」

「そ、そんなこと言われても・・・・」

マルティナはようやく体を起こすと、汗でぐっしょり濡れた稽古着の気持ち悪さに顔をしかめた。

気付かないうちに大分綺麗好きになったものだと、ふと感傷にふけるマルティナを見て真九郎は微笑んだ。

「そうだな・・・・・これぐらい疲れているほうが都合が良いかもしれん・・・・」

真九郎は補助についていた隊士に巻藁を持ってこさせると、試し切りの準備に入る。

そして4人に1人ずつ試し切りをさせることになった。

渡した刀は代用で身につけていたルシウスが初期に作った刀であるが、実戦にも耐える一品である。


「では・・・・リベラからいってみようか」

「はい!!」

全身から疲労が漂ってくるが刀を構えた眼は真剣そのものであり、その覚悟と意志は数ヶ月ここで学んだことが活かされている証だろう。

「やぁ!」

甲高いが気合の入った声と共に振り下ろされた一閃は見事巻藁を断ち、リベラ自身が思わぬ手ごたえに驚いているようだ。

「どうだ?何か分かったか?」

「はい!!・・・・・・すごく自然に切れたんです・・・・・」

「そうだな、無駄な力が入りすぎていると逆に切れないものなんだ、ではダリオやってみなさい」


そして次々と試し切りを終えた3人は無駄な力が入りすぎてことを実感すると、忘れられないのかあの手ごたえを我が物にしようと素振りを自ら始めている。

「無駄な力が入ってしまう原因はいくつもある・・・・・人に良く見られたい、評価されたい、誰かを守らなければいけない、勝たなければいけない・・・・・・どれも正当な理由のものばかりだ」

「局長・・・・・すごく難しいと思う・・・・・戦いになったらみんなを守りたいし、自分が負けると誰かの負担になってしまうかもしれない」

以外にもその言葉が出たのはダリオからだった。

「ダリオ!」

「は、はい!!!」

真九郎はダリオの頭を撫で、その肩を力強く抱きしめた。

「良く申した・・・・今お前が言った言葉を思い返してみなさい・・・・・そこにお前自身の身の安全や保身・・・・・自分だけが得をしたい、自分だけが助かりたいという思いは微塵もなかった・・・・全て仲間や友のための言葉だ」

「・・・・・・・それは・・・・・」

照れながらうつむくダリオに、マルティナがニヤニヤしながら見つめていたがそこに軽蔑や馬鹿にした表情はなかった・・・・

「無駄な力を抜くのは非常に難しいことだ・・・・だからこそ常に心を冷静にしておく鍛錬を続けるのだ、そしてダリオが今言った言葉も大切なものだ」

このダリオの変化に代表されるように若い隊士たちの意識が変わってきているのを感じる。

自らをさらに鍛え、高めたいと求める者が増えており、そのことによる衝突もないわけはないが陰湿ないじめや嫌がらせに発展することはなく、次の日には男同士の猥談で盛り上がっていたりとある意味?微笑ましい。




そしてまたある男が積み上げた研鑽と目の前にある事実を元に自らの魂を込めた一刀を作ろうとしていた。

雪の繭から発見された謎の金属は魔法力が存在せず、玉鋼に近い性質を持ち・・・・・・しかも神鉄以上の可能性を秘めた金属であると指摘したジングは感動で震えていた。

雪鋼と仮称されることになり、ルシウスはいずれ起こるであろうイルミスとの決戦に耐え、打ち破る一刀を作るべく覚悟を決めたのだ。


あの・・・・・・髭切を打ち上げた時以上の突き動かされる衝動は助手役のケンネにも伝染し精錬を数日寝ずに行い、さらに造りこみを数日・・・・

突き動かされるような無駄のない、しかも見たこともない手法や工程を迷う事なく行っていくルシウス。

またそれが今後の参考になるだろうと、桃とクリスは必死で工程作業をメモしスケッチしていく。

こうして一週間ほどして刀が打ちあがった・・・・・

すると今度は桃とクリスが同じような状態になり、二人で息を合わせたような研ぎ作業に集中していく。


ルシウスはこの刀の寸法をすぐさま計測し柄と鞘や拵えの作成を帝都のドワーフ工房に発注した。

研ぎは一週間ほどで完成し、組上げられたその刀の放つ荘厳さに4人は感激の涙を流すのだった。

すぐさま鍛錬中の真九郎へ届けられると、局長の刀を一目見ようと隊士たちが集まってくる。

そこには虚脱耐性をもらったマルレーネが十六夜の隣でちょこんと座っている。


ルシウスたち4人はげっそりと疲れ果てているが、目に宿った光は燦燦と輝いておりそれだけでこの刀が尋常でない仕上がりであることを感じさせた。

「局長、お納めください」

「刀鍛冶の魂の一刀、我が魂を持ってお受け取りいたします」

深い感謝の一礼をした真九郎はその刀を手に取った。


二尺八寸・・・・・・使い慣れた長さと重さ。

腰に差すとその重さはまるで友の愛刀がよみがえったような印象すら受ける。

スラリと抜き放ったその刀に隊士たちの感嘆の声が沸きあがる。

「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」」」

魔法力がないはずなのに、そこには圧倒的存在感を放つ白銀の一刀が日輪の輝きを受け眩いきらめきを発している。


刃紋は雪の叢消しに良く似た波打つもので思わず声をあげ引き込まれてしまうほどの美しさ・・・・・

眩く輝く刀身が織り成す地肌に・・・・あの天下の名刀を彷彿とさせる出来ではないか!?


反りは浅く、身幅広く、重ね薄い・・・・精密に彫られた樋が刀身を引き立てている。


まさに斬るために作られた刀、刀鍛冶の魂が感じられる一刀である・・・・


「これならば・・・・・奴を」


思わず口走った真九郎の声に、マルレーネは両手で祈りを捧げながら目の前で繰り広げられる神話の一端に涙した。


「ルシウス!ケンネ!桃!クリス!・・・・・見事!!・・・・・これほどの一刀を俺はまだ見たことがない」

「局長!!!ありがたき幸せ!!!」

ルシウスとケンネは男泣きしながら肩を叩きあい、隊士たちからは喝采が送られている。

「してルシウスよ・・・・・この刀の銘を教えてくれぬか?」

「散々悩んだのですが、局長が持つ一刀にこの名以外はしっくりこないと思いまして・・・・・」

ルシウスの言葉を聞き逃すまいとスンと一瞬で静寂のとばりが降りた。





「 鬼凛丸 お納めください」





「「「「「鬼凛丸!!!」」」」」


真九郎は鬼凛丸に深く一礼すると友に奴らを倒すことを刀と約束するのだった。


「ところで、預けていた刀は大事に保管しておきたい、後で戻してもらえぬか?」

するとルシウスとケンネは顔を見合わせ、神妙な顔つきで懐からある物を真九郎へ手渡した。

それは、有本数馬の愛刀の一部であった柄と鍔であった。


「これは・・・・・いったい?」

「はい、正直に申しますと消えていたのでございますよ、気づいた時にです」

「保管庫の鍵はかかったままですので、刀身だけを盗むものがいるとも思えず・・・・・・」


「うむ、そうであったか・・・・・」

「ただ一つだけ・・・・・気になることがございまして」

「どうした?言ってみてくれ」

「へい・・・・わたしとケンネの二人が無我夢中で我を忘れて打っているときでございます・・・・なお!なお!と叫ぶ声が聞えるのです」

「!!!!!!」

「聞き取れたのは、なお! カゼヌキ!!と・・・・」

真九郎はぐっと刀を抱きしめた。

「何か・・・・・・心当たりがございますか?」

「ああ、なお とはこの刀の持ち主であったわが友が俺を呼ぶときに使っていたあだ名のようなものだ」

「なんと!!!!」

「そうか、風ぬきか・・・・・なるほど、ずっと側で見守ってくれていのだのだな、おせっかいな奴め・・・」


そう呟いた真九郎の眼が涙に濡れているのをルシウスは心に留め置いた。





鬼凛丸を手にしてからの真九郎の鍛錬はさらにペースをあげていき、主な主力メンバーでは鍛錬相手にすらならなくなり義経と凄まじい打ち合いをするに至っている。

以前はまるで手が出なかった義経はさらに腕を上げたと思われる真九郎の正確無比な閃光のような打ち込みに対応するようになっている。

10本勝負の最後、ここまで義経は一本も取れないでいるが浅い打ち込みは何度か真九郎を捉えるまになってきた。

見学していた隊士たちは局長にここまで肉薄したことがなかったため、必然的に義経に猛烈な声援を送っていた。

真九郎の面を小竹刀で打ち落とし、隙を作ろうとした義経の意図を見透かし逆に打ち落とされたかに見えた小竹刀はそのまま義経の手を離れ、一瞬虚をつかれた真九郎の右篭手を打ち抜いた。


「一本!!!!!」

「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」


「はぁはぁはぁ・・・・と、取った!!!師匠から一本取ったあああああああああああ!」


サクラが先を越されたことを悔しそうにしていたが、喜ぶ義経の笑顔に引き込まれている。

「こら、一本ぐらいで調子にのってはいかんぞ」

「は、はい!!」

「だが、よくここまでがんばったな・・・・・まあ調子に乗ってもいかんので言わないようにしていたが、義経には剣の才能があることはわかっていた」

「ええ!??」

「俺のように剣の才覚乏しい者からすれば、ナデシコやサクラも才能に恵まれてうらやましい限りだよ」

「師匠が才能ないって、ありえないでしょ!!」

ナデシコに突っ込まれているが、事実そうだと真九郎は自覚している。

「元いた江戸ではな、俺が手も足も出ないようなお人が何人もおったぞ」

「「「「「!?????」」」」」

「え、えど、こええええ!!!」

「だからだ、俺を上限だと決め付けずもっともっと遥か上を目指せよ」

「「「「「はい!!!!!!!!!!」」」」」


そして真九郎は腕に残る義経の打撃の余韻をどこかうれしそうに撫でていた。



鬼凛丸での一件で覚悟を決めたマルレーネはレインドとニーサが揃ったのを見計らってある告白をしようと心を決めていた。

「あの、レインド様、ニーサさん・・・・・・・お願いがあります」

「どうしたのマルレーネさん?」

結婚後は少しやわらかくなったような印象を受けるニーサがきょとんとした顔で首をかしげた。

「わたしくがこのデュランシルトに来てから魔法を一切使わなかったことについて、ご説明したいと思います」

するとレインドがこの少女の意図を見定めようと、マルレーネに話してごらんと促した。

「正直に申しますと魔法を使わなかったのではないのです・・・・・わたしくが使える魔法はたった一つだけなのです」

「え?」

「マルレーネ・・・・・君はもしかして古代魔法を受け継いでいるのか!?」

さすがに魔法知識に長けたレインドにはすぐに見抜かれてしまったようだ。

「さすがですレインド様・・・・・わたくしが使えるたった一つの古代呪文・・・・・それは念話呪文なのです」

「「!!!!!!」」

「緋刈真九郎様があの鬼凛丸を受け取った時に魂を揺さぶられるような衝撃を受けました・・・・・ここは神話が現在進行形で綴られている舞台・・・・わたくしをデュランシルトの武士団にお加えいただけないでしょうか!!」

「それが何を意味するか君は理解したうえで言っているんだね?」

「はい、わたくしの念話呪文を存分にお使いください・・・・・・義を見てせざるは勇なきなり・・・・・念話呪文を人の誰かの役に立てたいとずっと願ってきましたが、この武士団で使ってもらいたいのです」

レインドは一呼吸するとニーサを一瞥し、すぐさま頷いたことを確認し決断する。

「マルレーネ・・・・・当初は君を疑ってしまったことをわびたい」

「とんでもない!!!わたくしのような人間が飛び込んでくれば当然の反応です、むしろよく警戒してくださいました」

「私からもマルレーネを推薦したいと思います、彼女は何より公平な視点を持つ人物です。このデュランシルトにおいてそれは何よりの資質でありましょう」

「ニーサ様!!!」

「分かった・・・・・・僕の判断で君をデュランシルトの・・・・・・・武士団の団員として迎え入れたい」

「ありがとうございますレインド様!!ニーサ様!」

「ただ、お父上はどうおっしゃるだろうな・・・・・・」

「父上への対応は私に任せてください、侯爵家はどのみち兄上と姉上がうまくやってくれますから」

「肝が据わっているようで安心したわマルレーネ、では夜の会議で正式に紹介するとしましょう」

「ありがたきしあわせ!!!」



マルレーネの念話呪文は直接会ったことのある人間で、しかも念話用のオルナを結ぶ儀式を行う必要があるため朧組との念術基路を確保することから開始された。

元々優秀な人材が集まった朧組はすぐに2,3の単語の組み合わせにより念話を習得し、シルメリアに至ってはわずか数日で通常会話をこなすまでになりマルレーネに呆れられていた。

次にラルゴ氏族たちとも念話の回路を構築し、シルヴァリオンのノルディンやシルフェにも万が一のために回路を押し付けることにした。

もちろん機密を守れる人間に限ってのことであり、この念話呪文により帝都とのやりとりがスムーズになっただけでもマルレーネの加入は武士団への多大な利益をもたらすだろう。

そんなマルレーネは武士団の隊服をもらうとすぐに貴族然とした衣服を脱ぎ捨て士道館で子供たちに見せびらかして悦にいっている。


さすがに全てを念話呪文で片付ける訳にもいかないので、いつも通りの書類のやり取りは続く。

今日もシルヴァリオンに提出する報告書などを届けるため、ベントと蜜柑が帝都に向かっていた。

様々な経験を積んでもらうため、交代制で帝都への連絡や事務手続きなども随時行うようにさせていたので今回もその流れでの人選だった。

ベントは敏感なお年頃特有の恥ずかしい言動は玉に瑕だが、優男な容貌で顔だけなら中々の男前である。

蜜柑もすっかり美少女になり1人で買い物をしているとよく声をかけられるようだ。

そんな二人はノルディンへ報告書を提出し、隊員たちから手合わせを求められたので何試合か付き合った後は自由時間となり午後の馬車に間に合うよう二人で土産や食事をしようと繁華街へと繰り出していた。

「なあ蜜柑、土産買うついでにおいしいケーキの店があるらしいんだがよっていかないか?」

「いいね!ラヴィ班のみんなにも買っていこうよ」

「そうだな、リヨルドの奴に貸しでも作っておくか」

シルヴァリオンの隊員たちから教えてもらったケーキ店はオープンテラスのあるカフェスタイルで、以前のベントや蜜柑であったら入ることさえできないようなお店である。

そのため若干緊張しつつも土産やテラスで食べる分のケーキを注文し、席で待っている時であった。


「それにしてもよ・・・・・あの噂まじかよ」

「俺もおかしいと思ったんだよなぁ、だって250年も分からなかった方法なんだぜ・・・・・・そう、うまいこと見つかるかよってんだ」

「俺の聞いた話じゃ嘘だけじゃないらしいぞ・・・・・どうも奴らの自作自演だってよ」

「うわ!!ひでえ!!!そこらの貴族のがまだましじゃね?」

「あーあ、やっぱり期待なんてしちゃいけなかったんだよなぁ・・・・・何が武士団だよあほくさ」


二人はあまりのショックと武士団であることに気付かれ騒ぎになることを警戒し、早々に店を立ち去った。

湧き上がる怒りをなんとか抑えつつも、ただの噂話に過剰反応し怒鳴り散らしては武士団の名誉を傷つけてしまうと自分に言い聞かせる。

いち早くこのことを知らせなければと考えた二人は臨時便を手配し、デュランシルトへ帰還するとすぐさま駆け込むように副長と半兵衛に報告へ向かった。

「良く耐えたなベント、蜜柑・・・・・すぐに戻ったのは良い判断だった、このことは局長か俺から何かしらの反応があるまで口外しないでくれ」

「分かりました、失礼します」

蜜柑もペコリとお辞儀をし部屋を退出していくが、その背中は重い・・・・・

「副長、とりあえずの処置として一般隊士には外出を制限しましょう」

「そのほうがいいかもしれないな・・・・・」

するとそこへサクラとナディアを伴った真九郎が現れた。

「局長、報告したい話があるんです」

「もしかして帝都で広がりつつあるあの噂か?」

「・・・・・まったくどんだけ耳が早いんですか・・・・」

「風牙はサクラとナディア以外にも優秀な情報収集能力を持った達人が揃っているんだぞ?まあ俺もちょっと前に知ったところだがな」

「ではサクラ、噂の出所と種類について報告してくれ、その後対策を決めようか」

「分かったにゃ」


噂の出所としては旅人や行商人が利用することの多い宿屋や酒場からというルートが多いらしい。

また噂には数種類のパターンがあり、伝わる過程で尾ひれがついたケースも想定できた。

・死界人を倒したのは嘘

・死界人を倒したのは嘘で、しかも自作自演の討伐劇を演じて見せた。

・自作自演で死界人を倒した武士団の連中は、西方大陸から流れてきた凶悪な脱獄囚

・皇帝陛下を騙し、死界人を餌に貴族たちを脅迫している極悪集団で奴隷売買にも関わっている。


報告にあがった噂の種類を聞くだけでも吐き気をもよおす悪意を感じる。

「たかが噂とあなどっていると足元をすくわれかねんな」

「局長、同感です」

半兵衛もたかが噂と片付ける気はないようだ。

「しばらくは隊士たちにデュランシルトからの外出は控えるように伝えましょう・・・・マルレーネにもノルディンと連絡を取ってもらい調査を依頼してもらうよう頼みます」

義経の判断の的確さに関心しつつ真九郎はうなづいた。

「半兵衛、ルシウスとジングさんに頼んでいた件、いつでも実行に移せるよう手配しておいてくれ」

「かしこまりました、ラルゴ氏族への連絡も私がしておきましょう」

「頼む・・・・・しばらくは搦め手からの嫌な戦いになるかもしれん・・・・・皆気後れせず毅然と動こう」

「「「「はい!!」」」


この決断が正しかったかどうかの成否は以外と早く訪れることになる。

初夏の日差しの鋭さが肌に刺さるような錯覚を感じる・・・・そんなある日のことだった。

突如マルレーネが局長室に飛び込んでくる。

「きょ、局長!!!大変です大変です!!!」

「落ち着きなさいマルレーネ」

「は、はい!!・・・・アルマナガードの一団がデュランシルトへ向かっているそうです!死界人を倒したのは自演で、皇帝陛下を欺いた罪状だそうです!!」

「やはり来たか・・・・・到着はいつ頃になりそうだ?」

「多分、昼過ぎには到着すると思います」

「昼かまだ時間はあるな・・・・マルレーネはニーサと相談しつつシルヴァリオンと念話を継続してくれ」

「は、はい!!」

すぐさまレインドやニーサに報告した真九郎は半兵衛に例の計画を実行させるよう命じる。

緊急招集された隊士たちは面接と説明を受け、木箱が積み上げられた部屋に1人ずつ通されて行く。

何を話したのかマルレーネも気になっていたが、ニーサとの相談に追われシルヴァリオン側でも寝耳に水であったらしくそれどころではなかった。

アルマナガードは帝都の守備隊の一派であり、警察行動と緊急時の軍事行動が認められた組織である。

というのは建前で貴族たちの、それも反皇帝派の下部組織であるのは公然とした事実で賄賂や横領など悪い噂にはことかかない。

そのアルマナガードが皇帝を欺いた罪で武士団を追求・・・・・

黒幕が誰かを言っているようなものだ。


朧組を中心にデュランシルトの入り口で防備を固めると、街道からアルマナガードが馬車数台にに分乗して到着する。

総勢30名ほどのアルマナガードは隊長であるビルケを筆頭にどいつもこいつも人相の悪い連中がそろっていた。

ビルケは副官のエディルに指示を出すと、警戒する朧組のシルメリアと同席していたニーサにある文書を示した。

エディルは一応は男性ではあるらしいが、けばけばしい化粧をし爪は紫色のマニキュアがべっとりと塗られている・・・・

つけている香水も悪趣味で、思わず顔をしかめたシルメリアを睨み付けていた。

「アルマナガードは元老院の指示によりデュランシルト領主、レインド辺境伯を拘束しにきた!早急に身柄を引き渡せ!」

「拘束する根拠も示さず引き渡せとは乱暴ですね」

ニーサの氷のような詰問が唐突に開始される。

「ふん!根拠ならここに書いてあるわよ!」

突き出された文書を受け取り確認するとそれは元老院からの指示書である。

「どうやら元老院の指示書のように見えますが、この書類・・・・・不備だらけですので効力はなんら発生していませんよ?」

「な!!!そんな馬鹿な!!!」

文書をひったくると眼を皿のようにして確認を始めるエディル・・・・・

「ど、どこが不備だっていうのよ!!」

「では説明するとしましょうか・・・・まず、元老院議長と副議長の署名がありません、さらに元老院からの指示書であるならば、拘束する法的根拠が記載されていなければなりませんがそれもない・・・・・これでどうやって納得しろと?」

「ちっ!!!」

「では早々にお引取りください・・・・またこのような横暴な行動をなさったアルマナガードとその後ろにいる貴族たちにもよろしくお伝えくださいませ」

エディルはビルケに報告をすると杖でどつかれ、すぐにビルケが部下を数名連れてニーサに詰め寄ってくる。

リヨルドと紅葉がすっと間に入って制止すると、さすがにこの二人の前ですくんでしまったビルケはむっとしながらもニーサに突っかかった。

「文書がどうとか難癖ばかりつけてからに!さっさとレインドを出せ!!出さねばどうなるか覚悟してもらうぞ!」

「覚悟とは?どうなるかとは??分からないのでご説明願いましょうか?」

「帝国三大貴族であるウルヘイム侯爵に歯向かえばどうなるか分かったいるのだろうな!!!」

「さて?アルマナガードが法的根拠も示さず、三大貴族の名を語り拘束を求めてくる・・・・・これは理解しかねるのですが」

「いいからレインドを引き渡せ!!!」

ここで自分たちの大将が呼び捨てにされていることに我慢ならなくなった隊士たちからの怒声がビルケに向かって放たれる。

ビルケはでっぷりと太り油ぎった顔を引きつらせて怒鳴り返している。

「法的拘束力のない指示書に従う理由はありません、さあ帝都に帰りなさい」

ニーサが魂さえ凍てつかせるような冷たい声で言い放ち、血が凍るような錯覚に陥ったビルケは逃げるように馬車に戻りそのままの流れで帰還していったのだった。


「すごいよニーサさん!!!さすが冷血の宰相!!!」

「ちょっとその言い方は余り好きじゃないのよ」

「ニーサさんかっこいい!!」

隊士たちの喝采を浴びつつ、アルマナガードがこのような暴挙に出たことに合点がいかなかった。

ちょっと書類形式に知識があればすぐに不備があることに気付くというものだ。

このときニーサの頭では目まぐるしい思考の奔流が駆け巡る・・・・・

そのまま呆けたように門から屋敷の自室に戻ったニーサは、歩きながら思考した内容を精査しある結論に辿りつきつつあった。

「警告・・・・・?」

この時点で奇妙な噂の流布とアルマナガードによる杜撰な文書を用いた拘束要求・・・・・・

だとしたら何に対する警告なのだろう・・・・・

間違いないのは、武士団が邪魔な存在であり排除が狙いの一つである・・・・・・だが一枚岩ではなく内部には遠まわしに警告だと気付かせようとする一派の気配を感じる。

つまり武士団が巻き込まれる事態が発生しようとしている。

そしてその事態の中核として武士団がいては困る人々が・・・・・・

ならばその事態とは必然的に死界人に関わってしまうのだろう。


レインド様を拘束することで起こる状態とは・・・・・人質にし武士団の動きを封じる・・・・・何故封じるのか・・・・・

武士団が邪魔な連中・・・・・


「あっ・・・・・・」

ニーサの頭によぎった候補は一番想定したくないものたちである・・・・・・

「イルミス教団・・・・・・・」



次に起こる一手で全体像が見えてくるかもしれない・・・・・・

ニーサはさらに思考を整理し、半兵衛と今後の予測と対策に追われることになる。


またメンツを潰されたアルマナガードは武士団のあらぬ噂をさらに広めようと躍起になっていた。

帝都の住民たちの間には武士団の悪い噂が広まり、取り引きのある商会の一部からは信用問題に関わるのでしばらく取り引きを停止したいと申し出てくるところまで出てきてしまった。

トレボー商会のヴァルレイは先んじてレインドやニーサの元を訪れている。

「我々トレボー商会は今後ともデュランシルトと武士団の変わらぬ取り引きの継続を望みます・・・・むしろ昨今の情勢に遠慮して契約を打ち切るようなことだけはしないでいただきたく思います」

「ヴァルレイさん、ありがとうございます」

レインドは直々にヴァルレイの手を取り、この窮地に手を差し伸べてくれた彼の志を尊いものだと思った。

「そんな!!レインド様!!領主たるもの、私のような商人にそこまでなさる必要はございません!」

「僕はヴァルレイを1人の商人として尊敬している・・・でもね共に死界人と戦った戦友とも思っているんだよ」

ふっと吹き抜けた涼風がヴァルレイの心を完全に捉えた瞬間であった。

「なっ!!わ、わたしを・・・・・せ、戦友で・・ですと!???」

「ああ、この世で最も危険な戦場で自ら指揮して後衛を支えてくれたヴァルレイが戦友じゃなかったら、何になるんだい?」

ヴァルレイは公式な場であるにも関わらず、その言葉に感銘を受け声にならない声を上げながら溢れる涙に狼狽していた。

「これからも頼りにしているよヴァルレイ」

「ははぁ!!!」

そんな彼の泣きっぷりを笑う者は誰一人としていない。

そしてレインドの人たらしぶりを改めて痛感するニーサたちである。


張り切るヴァルレイが帝都で流言流布に対抗措置を取ってくれたことも幸いしてか、住民たちの認識は7割が武士団支持、残りの不満体質の者たちが不平不満をぶつける噂の対象としての武士団を選んでいるという状況らしい。

むしろ公正な視点で分析してくれたこのヴァルレイの調査がニーサの決断を後押しした。

近隣の友好関係にある貴族たちと連絡を取り非常時の対応と開拓村との連絡も密にしていく。

そして覚悟を背負いレインドはマユとピスケルの元を訪れていた。

大地の恵みと水の恵みを水田に捧げてくれていた水の聖獣と大地の御使い・・・・・

麗しき侍と彼らが何を語ったのか・・・・・

それを知るのはまだ先のことであろう。



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