8 朧月夜
シルメリアは食事も取ろうともせず、丸三日も部屋から出てこようとしなかった。
途中見かねたニーサやサリサが部屋を訪れるも呪文によって施錠されており、びくともしない。
そこで部下のブラムを呼び、高難度の施錠を呪文で無理やり解除することにし、すぐに部屋に飛び込んだニーサは泣き疲れ意識を失っていたシルメリアを運びだし治療院へと移送する。
「お姉さま・・・・・」
サクラも心が張り裂けそうだった。
もし自分の存在が師匠を死なせてしまう存在であれば、同じように思ってしまうだろう・・・・
そしてそれを心のどこかでチャンスであると考えてしまう自分の醜い心が嫌で仕方が無かった。
勝ち戦だったはず・・・・
だがデュランシルトに漂う空気は重く、そしてその空気を察したかのような長雨が続いていた。
それでも武士団は義経の努力によって統制が保たれていた。
シルヴァリオンにドゥベルグへ逃走したイルミスの探索を依頼し、帝国軍と状況整理のための話し合いを何度も行った。
半兵衛と義経は毅然とこの危機に立ち向かい、詳細な戦闘報告を仕上げ皇帝陛下に提出している。
局長が倒れても武士団は挫けてない心が折れていないことを示そうと二人は必死に動いた。
ノルディンも二人の業務支援に帯同していたが、若いながらも使命をこなす二人に敬意を払っていた。
だが、状況は思わしくない。
死界人襲来とそれに関する報告会議に出席を求められた義経と半兵衛。
そこで待っていたのは思いもよらない内容である。
「では、帝国軍のネールセン閣下より武士団に質問がある、よろしいな?」
議長による提案に義経がうなづく。
ネールセンは背が低い割りには肉付きが良くだぶついた贅肉に首が埋もれているような男だった。
そして憎しみを込めた目でにらみつけているあたり、これから何が始まろうとしているのか半兵衛も察することになる。
今回、戦闘報告であるからニーサの同席を認めないというかなり偏った指示が為されており、半兵衛はニーサから想定問答のやりとりを練習してはいたが・・・・・
「帝国軍、第三帝都守備軍を預かるネールセンである!お前たち武士団の勝手極まる行動により、ヒルデール子爵の軍が甚大な被害を受けた!これをどう弁明する!!!」
「鬼凛組参謀を務めております、半兵衛と申します。こたびのヒルデール子爵の軍が甚大な被害を受けたことに関しては心よりお見舞い申し上げます・・・・ですがそれに関して我々武士団に落ち度はございません」
「なんだとお!!!貴様らがヒルデール軍を先行させようとしたと報告が入っているぞ!」
「それは間違った報告であります、私は前線でシカイビトとの戦闘をしていたので状況が分かりかねますが、後方本部では指示に従わず勝手に進軍したと聞いております」
「なんと!!!!こいつらは自分の責任を棚に上げ被害者に責を負わそうというのか!!!」
そうなのだ、ここにザインは呼ばれていないのだ・・・・彼は強引に出席しようとしたが認められなかった。
半兵衛は懐から書類を取り出すと会議室の諸侯にそれを提示する。
「これは我々がシカイビトとの戦闘に及んだ際、協力してもらえる貴族たちと結んだ協定であります、ここにはシルヴァリオンと帝国軍との連携が重要であり、その指示に従うことが前提であると、記されております」
「だからなんだと言うのだ!!!!知らない軍を見殺しにしたのだ貴様らは!!!この人でなしの魔法も使えぬ野蛮人共が!」
「「「「「あははははははは!!!」」」」」
「ネールセン閣下、さすがに言いすぎですぞ、皇帝陛下のお気に入りの武士団なのですから・・・・本当のことでも多少は控えた表現になさったほうがよいかも?しれませんぞ」
同席者たちの暴言が、傷つき前線で体を張って戦った二人の心を抉っていく。
この会議に味方はいない・・・・そう考えた半兵衛にさらなる追い討ちがかけられた。
「しかもだこいつらは!シカイビトを取り逃がしたそうではないか!!!あれだけ大言壮語を吐いておきながらなんだこの体たらくは!」
「あれだけの良い領地を与えられて準備する時間があったにも関わらず、取り逃がしたでは話にならんなぁ・・・・武士団なぞいらんのではないか??」
「まったくだ、口だけの若造だからな期待などしていなかったがね」
「これから警戒や調査にどれだけ費用がかかるか分かったものではない、責任を取ってその費用は彼らに負担させたほうがいいのではないか?」
「領地は没収し、帝都近くの豚小屋にでも住まわせておけばよいのだ」
なるほど・・・・・いまやデュランシルトは帝国貴族たちが欲して止まない土地へとなりつつある。
難癖をつけて領地を召し上げるつもりか・・・・・
そして死界人撃退の勲功を取り逃がすという難癖をつけてなかったことにする。
嫉妬か、もしくは利権を手放したくないのか・・・・
だが、彼らは決定的な一言を発してしまっている・・・・これを利用し逆転するしかないだろう・・・・・
それにしてもどこまで浅ましいのだろう貴族という存在は。
義経は怒りで震えている・・・・良く耐えてはいるがいつまで我慢できるだろうか。
「では皆様のご意見は分かりましたので、これより領地へ戻り対応を協議させていただくとします」
「おい、結論は出ておらんではないか!」
「これは異なことをおっしゃられる・・・・・」
「我々の所領、デュランシルトを没収するということなのでしょう?この地は皇帝陛下と元老院の会議によって満場一致でレインド辺境伯の領地として認められている」
「だからなんだというのだ!!!生意気な若造めが!!」
「領地没収には帝国法に基づいた明確な根拠が必要であり、このたび参加された皆様はこの帝国法を無視した領地没収を画策していると判断した」
「な!!!」
「なれば、これは我が武士団への宣戦布告と受け取らざるを得ない、ではこれよりレインド辺境伯へご報告しますゆえ、後ほど戦場で合間見えましょう」
半兵衛の背中をパンっと叩いた義経はいい笑顔をしている。
退席する二人を慌てて止めようとする貴族たち。
「ま、待て!!!!宣戦布告だと!!!」
「あなた方が言い出したこと、逆にお聞きするが逆の立場でこのような仕打ちをされればあなた方はどう受け取られる?」
「「「「!!!!!!」」」」」
滝のような冷や汗を垂らした貴族が頼むから一度席へ戻ってくださいと、必死で頭を下げるため義経と半兵衛は視線を合わせると静かに着席した。
卑屈に背を丸め懇願する貴族と、鍛え上げられて背筋が伸び姿勢正しい二人の姿が対比され、どちらに軍配が上がったかを貴族たちは突きつけられた。
「そのあれだ、領地没収は言葉のあやだ、貴公らも水に流してくれまいか」
かなり上のほうの貴族が押し黙っていた口を開き、領地没収などと言い出した貴族を部屋から連れ出すように手配する。
「我がデュランシルトに明確な法的根拠もなしに領土を脅かしたという議事録を残していただけるのでしたら、我々も誤解であると了承します」
「うーむ・・・・・分かった、おい議事録へ記載しておけ・・・・」
「ご配慮感謝いたします」
「そのなんだ・・・・・君たちへ釘を刺すつもりだったが度を越していたようだ・・・・・それについては謝罪するが・・・・・やはり取り逃がした件と、ヒルデール子爵の手勢が被害を受けた件は無視できぬのだ」
「議長、デルメーナ侯、此度の一件は詳細な報告書を皇帝陛下や関係機関に提出済みなはずです、まだ調査が・・・犯人探しが必要なのですか?」
「犯人などとはとんでもない・・・・・武士団は良くやった・・・いわばよくやりすぎたのだよ・・・・・死界人を8体!!!だぞ!!!」
デルメール侯は興奮した口ぶりで語り出す。
「武士団設立に当たっては、どうせ1体倒せれば御の字というのが我々の見解であった・・・・それが8体・・・・・しかも武士団は負傷者は出たが死者がいないと聞く・・・・」
「それは鬼凛組局長、緋刈真九郎が魂を削って我々を鍛え抜いてくれた賜物です、非難を言われるいわれはない!」
ここで義経が会議室を響き渡す声で一喝する。
「た、たしかにその通りだ・・・・・非難をしているのではないのだ・・・・・おい、先ほど暴言を吐いた貴族たちを部屋から退出させたまえ」
青い顔で部屋から退出を命じられたネールセンやその他貴族たちはすごすごと会議室から立ち去っていく。
残されたのは一部貴族とデルメーナ侯の側近数名になった。
「功績がでか過ぎるという話なのだよ」
「おっしゃっている意味が理解できないのですが?」
義経は毅然と言い放つ。
「君らはまだ貴族社会の仕来りなどについて理解しておらぬかもしれんが・・・・・あの大殺戮以来の危機を救った君たち武士団への功績に見合った褒美がないのだ」
「やはりおっしゃっている意味が理解できない」
「つまりだ・・・・貴族たちは自分たちの領地や権益を武士団に奪われるのではないかと戦々恐々としているのだ、それで難癖をつけて勲功を引き下げようと企んでいたのだよ・・・・」
馬鹿らしい・・・・・ここまで貴族とは愚かなのか。
思わず机を蹴り飛ばしてしまいたくなる衝動に駆られたが、思いとどまり半兵衛を一瞥する。
「はぁ・・・・・・武士団の役目は死界人と戦い殲滅し、帝国の臣民やこの地の人々を守ることであります、それに伴う戦費の補填は望みますが過分な褒賞など要求したことも口に出したこともありません」
「そういう綺麗事は置いておいてだ・・・・どれほどの褒賞を望む? レインド辺境伯は皇位でさえ望めば届く位置にいるだろうに」
「デルメーナ侯、多分価値観が違いすぎて我らが理解しあうには時を要することでしょう・・・・ですがこれだけは言っておきます・・・・我らは褒賞のために戦ったのではない!!!大切な人々を守るための戦いだった!!!我らの戦いを貴族の薄汚れた価値観で汚してくれるな!!」
義経の雷鳴のような一喝はその場にいた者の心に突き刺さり、微動だにできず固まっていた。
その様子を見た二人は一礼すると会議室を後にする。
帰り道、言い過ぎたと反省し落ち込む義経を半兵衛はなぐさめていたが、良く言ってくれたという思いが強い。
若干言いすぎたかもしれないが、武士団の微塵も揺れ動かぬ立場と姿勢を示すには義経のような真っ直ぐな男は適任であり、見栄えが良く帝国の貴族のご婦人や女性たちにも人気のある義経は絵になるかもしれい。
事実、副長として先頭に立って死界人を倒した義経は憧れの対象として帝都で人気が広がっており、武士団の面々は帝都の少年少女たちの憧憬となりつつある。
意識を取り戻したシルメリアは、回復後も虚ろな目で窓の外を眺めるだけだった。
気付くと涙が零れ落ち、そんな自分が情けないという思いが一瞬よぎるもあの人に触れることさえできぬ悲しみ・・・・・・
あの人を傷つけ蝕んでしまった張本人かもしれないという思いは、二度とは消えぬであろう罪悪感となって生涯残り続けるだろう。
「すまんな、ノックはしたつもりだったのだが」
声の主に視線をよせるとそこには真九郎の主治医であるリョグルが座っていた。
「・・・・・・」
「お前さんにはひどいことを言ってしまったと思う・・・・だがあの場ではああするしかなかった」
「・・・・・・」
どう言葉を返していいかすらわからない、この先生は間違ってはいないだろう・・・・・今までの話と辻褄が合うし、真九郎を救うためにしてくれたのだ恨む気持ちも憎む気持ちなど微塵もなかった。
「緋刈は持ち直したよ、もう数日で意識も戻るだろう・・・・・だからあいつから聞いてたことをシルメリアさんに伝えておこうと思う」
「・・・・・・・」
視線だけをリョグルに送るシルメリアの目からはまた涙がほろほろとこぼれおちている。
「あいつはな・・・・・シルメリアと一緒に過ごせることができぬような配慮ならいらんと・・・・もし彼女と一緒にいて蝕まれるとしてもそれはシルメリアの責任ではなく、克服できない自分が悪いのだと・・・・」
「!!!!」
「残された時間はな、できる限り君と一緒にいたいと言っていた・・・・・・」
「!!!!!!うあああああああああああ!!!!!!!!!!」
また追い詰めてしまったかもしれない・・・・
言わないほう良かったのかもしれない・・・・
でも緋刈、約束は果たしたぞ。
その二日後、真九郎は意識を取り戻した。
真九郎の看護をするのは、エヴァ、アストリッド、ビルデたちで、魔法力を持つ者が近づかないように最新の注意が払われていた。
「ビルデ・・・・エヴァとアストリッド・・・・君らが看護してくれたのか・・・・」
「局長!!!よかった目が覚めたのですね!!!すぐ先生を呼んできます!!!」
真九郎は自分の体が限界を超え、ついに壊れてしまったのだとすぐに理解した。
体を起こそうとしても、全身に走る激痛に顔が歪む。
「局長!あまり急に動いちゃだめです!!!!」
「す、すまんな・・・少しでも早く動きたくてな・・・・・」
「もう無茶しちゃだめです!」
そうこうしてるとすぐにリョグルが飛んできた。
「遅いお目覚めだな、待たせすぎだぞ緋刈」
「すいません、先生・・・・」
「どうだ、痛みはひどいか?」
「・・・・・・・」
「そうか、じゃあ治療を始めるぞ」
「待ってください、それは鍛冶場で使っている吸魔核じゃないんですか?」
「・・・・・・・だとしたらなんだ?」
「それは刀を作り出すために必要なものだ、俺のためには絶対使わないでくれ」
「だが、あいつらだってお前に」
「それだけは絶対に譲らない・・・・・刀はいずれ刃こぼれし、折れてしまう・・・・刀鍛冶の肝ともいえるその核には絶対に手を出してはいけないのだ」
「お前な・・・・・」
「先生・・・・義経とレインドを呼んでくれませんか、ニーサにもいてほしいな」
「分かった、声をかけてこよう」
リョグルは緋刈が何を考えているか、何を伝えようとしているかを理解した。
重い足取りで本部屋敷へ顔を出すと待っていたかのようにニーサが現れた。
「ニーサさん、緋刈の奴が話したいことがあるそうだ、レインド様と義経にも」
「そう・・・・ですか・・・・分かりました、すぐに2人を連れて向かいましょう・・・・」
真九郎の病室に集まった、レインド、義経、ニーサ、そしてリョグル。
「お館様、わざわざ申し訳ありません」
「何を言ってるんですか師匠!」
「義経も忙しいのに悪かったな」
「大丈夫です半兵衛も一緒に支えてくれています、局長はゆっくり体を治してください」
「ニーサ・・・・・見届けてくれ」
「はい・・・・局長」
「お館様、拙者、緋刈真九郎は局長の職を辞したいと思います」
「師匠!!!だめだ!!その座は師匠じゃなきゃ務まらない!!!」
「そうです、真九郎さんがいたからこそ武士団は!!」
「ありがとうみんな、だが侍たるもの常に現実を正確に分析し受け止めなければならない・・・・・義経、局長はお前に託したい」
「師匠・・・・・・」
真九郎は震える手で義経の手を固く握る。
義経は涙が止まらない・・・・・あの逞しく力強かったあの手が今は弱弱しく・・・・・・義経の手を必死に握っている・・・・
「師匠・・・・・やっぱりだめだ、一時的な局長代理なら引き受けます・・・・やはり状況を正確に分析するのは体調が落ち着いてからでも遅くはないはずだ!」
「僕もその意見に賛成だ、局長は一時病気療養・・・・義経は局長代理だ!!」
「そうか・・・・お前たちがそこまで言うなら・・・・状況が落ち着いた後にまた語ろう・・・・それまで武士団を頼んだぞ義経・・・・」
「我が命に代えましても!!!!」
「レインド・・・・・すまんな、これからは皆とよく相談し事にあたってくれ・・・・」
「師匠・・・・ずっと後ろに師匠がいてくれるって・・・・それが当たり前だって・・・・・僕はずっと師匠に助けられてばかりだった!!!何もできないなんて・・・・・嫌だ!!!どうして神は師匠にこんな運命を押し付けるんだ!!!!」
自分だって神に翻弄された代表のようなものではないか・・・・優しすぎるよレインド。
「レインド、神仏に必要以上の意味を求めてはいかん・・・・・正しい行いを積み重ね、それで人々を導くんだ」
「くっ・・・・!!!!!!!」
「先生、みんなには病状を伝えてください」
「え!???」
「いいのか?」
「はい」
「ちょっと、どういうことなのリョグル先生!」
珍しくニーサが取り乱している。
「緋刈は持ってあと1年ほどの命だ・・・・この世界で生まれていない緋刈は体内のオルナを排出することができず体を蝕んでいる・・・・現状での治療法はない、すまない!」
冷血の宰相と恐れられたニーサが崩れ落ち声をあげて泣いていた。
レインドと義経はショックで言葉すら出ていない。
「義経、人はいずれ死ぬものだ、叶うならばお前とナデシコの子の顔を拝んでから逝きたいものだな、はははは」
「うう・・・・ああああああああああ!!!!師匠おおおおおおおおおおおおおお!」
「レインド、義経、男がそうそう泣くものではないぞ、強く凛々しくあれ、鬼凛の如く」
数日後、真九郎が病気療養に入り、義経が局長代理として就任することになった。
シルメリアは未だ病室から出てこられず、毎日のように訪れているサクラから身の回りの世話をされている。
「お姉さま・・・・こんなにお痩せになって・・・・・ちゃんと食べてください」
「食べても・・・・意味がないもの・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
気持ちが分かりすぎるだけ、胸が抉られるような思いだ。
本当に胸が痛むような錯覚に陥り胸を押さえつけてしまう。
そのとき、シルメリアの病室がノックされる。
「はい、どなたでしょう」
サクラがドアを開けるとそこにはエヴァに支えられた真九郎が杖をついて立っていた。
「シルメリア、見舞いにぐらい来てくれてもいいじゃないか」
「し、真九郎!!!!だ、だめよ!!!私があなたを殺してしまう!!!!」
「それは違う、俺が君に会いたいんだ」
「だめ!!!いや!!あなたを殺したくないやめて!!!」
それでも歩みを止めようとしない真九郎は、ベッドの上のシルメリアの下まで行くと手を伸ばし彼女の頬に手をあてた。
触れた真九郎の手が冷たい・・・・でも愛しい人の手の感触が心を染め上げていく。
「ちゃんと食べているかい?こんなに痩せてしまって・・・・」
真九郎は見たこともないような優しい目でシルメリアを見つめていた。
「真九郎・・・・やめ・・・あなたを傷つけたくない」
「俺を傷つけるのは、君が俺に触れないこと、君が俺を遠ざけること・・・・・」
「・・・・・・・・・」
午後の陽だまりような抱擁に心が溶けていく。
好きな人の胸の中に包まれて、今までの鬱屈した心が嘘のように晴れていく。
「俺の我がままを聞いてくれないか?」
「私なんかでいいの?」
「君じゃなきゃだめだ、・・・・・この世で・・・・・いや俺が元いた世も含めて、シルメリア、君が愛しい・・・・・ひと時も離れたくはない」
「真九郎・・・・・・」
お姉さま・・・・・よかったね・・・・・
サクラは、こんな日が来るって分かってたけど・・・・やっぱり辛いね
でもね、二人とも大好きだからサクラもうれしい!!!
そっと涙を隠して部屋を出て行くサクラを外で見守っていたサリサが優しく抱きしめていた。
真九郎の望みを叶えたかったレインドの思いもあり、ニーサの助言を経てシルメリアに辞令が降りることになった。
「シルメリア、君には朧組の局長を降りてもらう」
「はい」
「そして武士団の重要機密を知るある人物の護衛についてほしい・・・指示があるまでずっとだ」
「レインド様・・・・・・」
「もう、十分僕を守ってくれたんだ、これからは君自身のために生きてほしい・・・・ありがとうシルメリア」
「ありがとう、レインド様、ニーサ・・・・」
二人はデュランシルトに用意された家に移り、ささやかながら二人での暮らしを始めていた。
シルメリアは少しでも影響がないようにと、呪印石に魔法力を込める作業を行い自身の魔法力をガス欠寸前まで追い込み真九郎への悪影響を最小限にする努力を朝昼夜と続けていた。
呪印石とは呪道具の動力になりうる電池のような存在で、大出力の呪印石への挿魔作業は通常、数人係で数日かけて行うがシルメリアはわずか一回で済ませてしまう。
そこでデュランシルトで使われるであろう大呪印石への挿魔作業をこなしつつ、真九郎と穏やかな日々を過ごしていた。
この作業はかなりの負担を伴うが、シルメリアは日に3回も魔法力欠乏症ぎりぎりの状況で真九郎と過ごすことを選んだ。
魔力欠乏症が術者へかける身体的負担はすさまじく、頭痛や吐き気、全身の痛み、著しい体力の消耗など・・・・・
シルメリアは自らこの状態でいることを優先した・・・・
だが苦痛だと感じたことはなかったし、真九郎と一緒にいることができる唯一の手段なのだから・・・・この負荷を愛おしいとさえ感じていた。
シルヴァリオンで事情聴取が行われていたレヴィンザーグの生き残り4名が武士団へ預けられることになった。
レオニードは堅実でリーダー向きの性格、リベラは素直で人懐っこい一面を持つ、マルティナは娼婦として両親に売られた憎しみが根底にあり極度の人間不信であり、そのかわいらしい容貌を狙う連中の欲望を知り尽くしているから余計に心を開いたりはしない。
ダリオは非常に疑い深く、口が悪い小男ではあるが反骨精神だけは人一倍あるという性格・・・・・
癖のある連中の扱いをどうするか、面接をした半兵衛と女性ということで立ち会ってもらった朧組の新局長になったイングリッドと議論をしたがやはり本人たちの希望と実力を見せるということが重要であろうとなった。
4人が集められていた講義室に半兵衛と紅葉が現れた。
ふさふさと尻尾が揺れているのは彼らとの対面を楽しみにしていたからだろう。
「今日は君たちの今後について話し合うために来た、まず今後について希望があれば聞いておこうと思うがどうだい?」
みな下を向いたり、様子をうかがったりと落ち着きが無い。
「希望ってどういうことなんですか?」
立ち上がったのは以外にも最年少のリベラだった。
「そうだね、今後どうしたいか、すぐにでもここを立ち去りたいか、帝都に連れていけとか、だね」
「・・・・・・あの・・・・質問でもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
「あなたたちはどうして、私たちに鎖をつけないんです?拘束具をつけたりしないんですか?」
「ドゥベルグではそんなことをしていたのか・・・・・」
「そうだよ、俺たちに普通にうまい飯与えてるのには何か裏があるに決まってんだろ!!はっきりしろよ!」
そう叫んだのはダリオだ。
「裏か・・・・・特にないんだけどなぁ、ここじゃみんなあの丼を食べるだよ?領主であるレインド様も一緒に食堂で」
「「「ええ!」」」
「驚くよねやっぱり、ここはねただの貴族の領地じゃないんだよ、武士団の本拠地、デュランシルトなんだ」
「でも、拘束しない理由にはならないじゃないか」
「でも拘束する理由なんてあるのかい??」
「・・・・・・・・」
「そうだな・・・これじゃ埒が明かないからはっきり言おう・・・・僕も以外と短気なんでね・・・・悔しくないのか?」
どうだ?と言わんばかりに半兵衛の狼人族の耳がピクッと反応する。
「「「「!!!!」」」」
「ドゥベルグでは相当ひどい扱いをされてきたんだろう・・・・非魔法力者がどういう扱いを受けてきたかは分かる・・・・僕も同じ非魔法力者だからね」
「なんだって!!!お前が!!」
「そうだよ、僕だけじゃない、シカイビトと戦っている僕らを見ただろ?みんなそうさ非魔法力所持者なんだよ」
「「「「!!!!!」」」」
「シカイビトは非魔法力所持者がこの刀を振るうことで倒すことが可能だ・・・・ここはね奴らと戦うために日夜訓練に励むそういう場所なんだよ」
半兵衛の愛刀は、ルシウスが寝ぼけながら打ち続けたら以外と良い刀になったという逸話から眠り月という異名がある。
白銀に光る美しい刀身に4人は吸い込まれるように見蕩れていた。
そして自分たちが持っていた棒切れとは根本から違うことを見せ付けられている。
「ドゥベルグやアーグ同盟は非魔法力者に剣のような物を持たせれば倒すことができると想定したらしい・・・・・使い捨てで集められたと僕は見ているが君たちはどう思う?」
「俺もそう思う・・・・・扱いはひどかった・・・家畜を扱うような有様だった」
レオニードは悔しそうに呻く。
「そうか・・・・非魔法力所持者の存在はね、非常に貴重なんだ、君たちは自分たちが魔法力がないことを嘆き恨んだかもしれない、だがこの力がないこと自体が大きな力になりうるんだ」
「力がないことが・・・力!?」
ダリオの目つきが変わった。
「もう一度言おう・・・・悔しくは無いか?自分たちをゴミのように扱ったあいつらを見返してやりたいと思わないか?」
「「「「・・・・・・」」」」
4人の目の輝きが変わった瞬間だった。
「自分たちがゴミ扱いし使い捨てた人間が、ある日シカイビトを倒し人々の尊敬を集める存在になる、そしてこう言うんだ、そういえばドゥベルグなんて国があったね」
「悪くねえな」
「あの豚どもが悔しがる姿なら見てみたいわね」
「俺は・・・・強くなりたい自分で自分を守りあんたたちみたいな誰かを守れる強さを勝ち取りたい」
「私は・・・・・・私は・・・・・」
リベラはあふれ出す思いの氾濫で言葉にならないようだが、搾り出すように言葉をこぼしていく。
「最初から・・・・・・ここに来たかった・・・・・」
マルティナがリベラを抱きしめていた。
彼女にとってリベラは妹同然の存在で、他の隊員たちがリベラにちょっかいを出そうとするのを必死に守ってきたのだという。
「そうだねリベラ・・・・でも油断しちゃだめだよ・・・男なんてみんな一緒なんだから」
「一緒かどうかは僕たちの行動で判断してくれ、だが方針は決まったようだな・・・・だが訓練は厳しいぞ???覚悟はいいか?」
「ずっと農奴としてこき使われてきたんだ、体力だけは自信あんだよ!」
「俺もそうだった」
「あたしを淫売だの娼婦だの言いたければ勝手にいいな!でもねリベラに手出したらお前ら皆殺しにしてやるからね!」
「大丈夫だよ、私がそんなひどいこと絶対言わせないから!!」
「そうか覚悟は決まっているようだな・・・・・マルティナ、君の過去について僕が何を言おうと納得することはできないだろう、だが君と似た過去を持つ女性がシカイビトを倒した一人だということは知っていてほしい、そしてその過去を馬鹿にしたりする者はこの武士団には誰1人いない」
「い、いるのか!!!そんな奴が!!!!」
「ああ、誰とは言わない、そして君たちも今後このことは口にすることはない、いいね?」
半兵衛の見せた底知れない気迫に4人は素直に頷いた。
レインド・義経ラインで武士団が動き始めて数週間・・・・・
身重だったナデシコの診察をしていたリョグルから報告を受けた義経。
「先生、どうすれば!!」
「落ち着け、危ないと言っているのではない、お腹の子はな双子、恐らくだが片方が逆子になっている」
「逆子って・・・・あのどういうことでしょうか・・・・・」
「そうだな、説明してやるがこう赤ん坊はな普通は頭を下にした状態でお母さんのお腹の中にいるんだ、だが逆子といって頭が上の状態でお腹にいる場合がある」
「そ、それでナデシコと、赤ん坊は!!!」
今にも泣き出してしまいそうなほどに動揺するこの男の情の深さにリョグルは好意を抱く。
「安心しろ、アルマナ帝国はな子供を大切にすることで有名なんだ、だから助産系の補助呪文も多く開発されているんだよ」
「ほ、ほんとですか!!!」
「ああ、それでなその双子で逆子の場合には熟練の助産術師の補助があったほうがより安全であろうということになってな、帝都の治療院へナデシコを移送したいのだがどうだろう?」
「先生!!俺は何も分からない、だから安全第一最優先で頼むお願いだ!」
「そう言うと思ってな、帝都から重傷者の移送に使われる振動軽減措置が施された馬車を手配したところだ」
「さすが先生だ!!!でもナデシコはデュランシルトを離れたくないんじゃないかな・・・・・・」
「それなら問題ない、子供優先ならその方法がベストだと説明したら即答していたよ」
「さすがナデシコだ・・・・・」
「移送は明日だから、荷物の整理などはしておいてくれ、それとサリサさんはナデシコについて来てくれることになっている、あの人は優秀だなぁ」
「またサクラを1人にしてしまうな・・・・」
「なあに元気な赤ちゃんを見ればそんな寂しさもふっとぶさ」
「先生何から何までありがとう!」
義経は手を握りながらわが子への溢れる思いを噛み締め、目に涙を浮かべている。
「おいナデシコ、十文字槍まで持っていくのか?」
「当たり前じゃない、これはお父さんとの大事な絆なんだから」
「そうだな・・・・うん、それがいい」
「あんたこそ、あたしがいない間に無茶するんじゃないわよ?」
「そうだな、俺が局長なんだから・・・・」
「ごめんね、こんな大事な時にあたし・・・・・・」
「それは違うぞ、ナデシコにはナデシコの戦いがあるんだ、宿屋のナイラおばちゃんにこないだ捕まってさ、散々言われたよ出産は女の戦いなんだから精一杯サポートしてあげるんだよ!って」
「なんかみんなお母さんやお父さんみたいね」
「うん・・・・・デュランシルトはいい街になったな、師匠が見せてくれた未来が一つ一つ現実になっていく・・・・・・」
「師匠もたまに顔を見せてくれるんだよ、シルメリアお姉さまも」
「姉さんはの具合はどうだ?」
「何もないようなそぶりを見せているけど、リョグルさんの話だと常に魔法力欠乏症の境界領域でいることの苦痛ははかりしれないんだって・・・・」
「すげえよな・・・・好きな人といるためにその苦痛に顔色変えず耐えているなんて」
「神様お願いだからあの二人に恩寵を・・・・・」
ナデシコと義経は手を握り合って祈った・・・・・
せめてこの思いがひと塵になってでも届いて欲しいと・・・・・
義経が局長代理になってからは、隊士たちの間に変化が置きつつあった。
自分たちも死界人へ対抗できるだけの実力をつけなくては、という自主訓練も盛んになっている。
また真九郎の教えを自分たちでもう一度学びなおそうという勉強会も催されるようになり、以前とは違う変化が起こり始めていた。
レヴィンザーグの生き残りたちは、半兵衛によって指導隊士が決まり厳しい訓練に耐えていた。
リベラを指導するのはナディアで、小柄な体を使った戦い方や武士団での生活、礼儀作法そして一般教養の授業も受けてもらっている。
素直な性格が良い影響を及ぼし、サクラやナディアに通じる身の軽さを獲得し始めていた。
マルティナの指導には紫苑があたった。
当初は反発していたマルティナだったが、やがて落ち着き剣術も意外と巧緻な扱いをするようになっていく。
女性が剣を学ぶ際に良く見られる現象として、先入観が多い男性よりも初期の学習が早いことがある。
分からないことなので素直に意見を聞くのだが、レオニードなどは特に剣は振り回す物という固定観念が根付いておりそれを払拭する手間がかかったのだ。
そのレオニードは体格的にも近い十六夜が、そしてダリオはベント、リヨルド、マグナ、ヴァンの少々自意識過剰な4人組に預けられることになる。
ダリオの件だけは半兵衛も心配し逐一チェックしていたが、以外にうまくやっているようだ。
彼らは早く脇差持ちになりたがったが、訓練が終わるまではそれを許されず早く二本差しになりたいという思いが向上心を生んでいるようだ。
そういった隊士の増加に伴いルシウスの仕事は増えるばかりだが、ここ最近彼はある予兆というか、できあがる刀が誰を想定して作られるかによって同じ打ち方をしても思いがけない一刀を生むことに気付いていた。
顕著だったのは、武士団の主力中の主力であるサクラの短刀を新調しようと、サクラの鍛錬を丸二日も見物していたときのことだった。
頭の中にサクラの攻撃の挙動、姿勢、そのときの指の握り方や力の入れ具合がより脳内に染み付くように記憶されそのままふらふらと鍛冶場に立つと一心不乱に打ち続け気付くと短刀が出来上がっていたのだ。
こうして桃の手を経て出来上がったのは、左手に持つ扱い易い長さの短刀ではあるがその刀身は見事な乱れ紋でありサクラの希望でシルメリアの得意な月光呪文にあやかった月の名前がいいと希望があったため、残月と名付けられた。
まるで手に吸い付くような動きにサクラも感動し、見違えるような短刀さばきにルシウスはその可能性を実感するのだった。
またジングは鎧を全て回収し、その損傷具合を細かく調査していたがやはりシカイビトの持つ恐るべき戦闘力を目の当たりにし恐怖した。
あれほど頑強な胴がいともたやすく抉られ、わずか裏生地一枚を残すのみとなっていたり触手によって貫通された箇所も目立った。
そこで修復と同時進行で新たに図面を引きなおし、強度と動き易さを両立すべく新たな鎧の製作に取り掛かる。
あれからラルゴ氏族たちが噂を頼りに魔境などに繰り出し希少な皮などの素材を集めてくれてきたことと、トレボー商会がそういうことならと大陸間貿易で特殊素材を扱う業者からい何種類かの軽くて丈夫な素材を取り寄せてくれていた。
そこで先陣を切る義経やサクラ、十六夜たち3名の鎧をベースに開発を始めていた。
基本スタイルの義経と高機動戦闘と一撃離脱を得意とするサクラ、頑強な肉体で前線を支える十六夜タイプ。
この3タイプの鎧を開発し、数を増やすべくジングはニーサに鎧に関してかかるお金は気にするなという漢前な後押しを受けて新たな鎧製作に励んでいた。