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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第四章 武士団
49/74

7 戦

 ドゥベルグ王国とアルマナ帝国の国境は自然の突き出した峡谷を利用して作られたダルシュデール関が置かれ、日々交易商人や旅人たちで賑わっていた。

入出国の処理を待つ人々のために数多くの屋台が出ており、近隣の村々の貴重な収入源になっている。

そんな当たり前の喧騒や人々の営みは失われ、関所には打ち捨てられた荷物や壊れた屋台が散乱し人影はない・・・・・・


その関所を目指し息を切らして駆ける姿あった。

「関所が見えたぞ!!!走れ!!!足を止めたら死ぬぞ!」

大柄の大剣を背負う男が後から続く4人に必死に声をかけている。

男性が2名、女性が2名・・・・・

皆18歳前後であるが、1人だけ13,14歳ごろの少女が細長い剣を腰にぶら下げていた。

「はぁはぁはぁ!!!待ってよ!!!はぁはぁ!もう・・・・限界よ!」

「止まったら死ぬぞ!!!急げ!!!」

大剣を背負う20歳になるレオニードは遅れ始めた最年少の少女の手を取り引っ張るように走り始める。

「もう少しだ!!」

「だ、だめだ・・・・もう・・・・」

そのうちの狐目をした男が力尽き膝をつく。

「おい!!立て!立って走れ!!おい!!!」

レオニードの叫びに後ろを振り返ったオルソは全身を触手に絡め取られ恐るべき力で瞬時に後方へ引っ張られていく。

「ぎゃあああああああああああ!!!うがっ・・・があっ!!!ひいいああああああああたあああ!!!」

肉を引き裂き、骨が砕ける音に背を押されるように全員は駆けた、肺が潰れるほうが食われるよりもましだ!!

そんな思いが彼らを必死で走らせていく。

「オルソ!!!!くそう!!!」

レオニードはそれでもリベラの手を力強く握り引っ張っていく。

途中、リベラが転んでしまうがそれでも立ち上がらせると抱えるように走り出す。

「私は・・・・もう・・・だめ!!置いていって!!あなたまで!!」

「だめだあああ!!!絶対に逃げるぞ!!こんなことで死んでたまるかああああああ!」

レオニードの叫びは、理不尽に奪われ続けた彼らが世界をも理不尽に食いつくそうとするシカイビトへのささやかな抵抗であったのかもしれない。

「ちくしょおおお!!!なんであたしらだけがこんなめに!」

「うるせえぞマルティナ!!!!逃げねえと死ぬんだよ!!!それより諦めて餌になって時間でも稼げ馬鹿があ!」

「ダリオ!!!みんなで助かるんだ!!!!黙って走れえええええ!」

散乱する荷物を抜け、帝国領内に入った彼らの眼に映ったのは・・・・・・



「局長!!あれがシカイビトですか????」

半兵衛がきょとんとした顔で問いかける。

「違う、あれは避難者だろう・・・・神無月に保護を頼め・・・・・・後続から来るぞ!!!!!」

真九郎の指示を受け義経が迅速な指示で組み分けを伝えていく。

訳の分からないままレオニードたちはヴァンや花梨たち神無月によって保護され後方に下がっていく。

「君たちは・・・・はぁはぁ・・・・・いったい何者なんだ!!????迫ってるんだぞ???あの化け物どもが!!!」

リベラに肩を貸していた花梨はその質問に答える。

「私たちはシカイビトと戦うために今日まで訓練を重ねてきたの、そうデュランシルトの武士団、鬼凛組よ!」

「鬼凛組!!!!??」



肌にびりびりと伝わる戦慄の予兆が徐々にその勢いを強めている・・・・・・

関所の関門からのそのそと姿を現してきたのは・・・・・まぎれもないあの日に見た異形の化け物・・・・シカイビトである。

赤黒い肌・・・・・大柄な体格・・・・・体に幾重にも走る赤い線といびつに体から突き出した牙とも角ともとれう突起物・・・・・

良く見ると個体によって見た目にも差異はあり甲羅のような肌の形状は多様で、手に持つ得物も異なっている。

ほとんどが長剣のような武器であるが、中には大剣、槍のようなものまであり隊士たちは既にその恐怖に飲まれかけていた。

頭部から飛び出した突起物と巨大な目玉・・・・その右側を沿うように走る赤い線は首元まで裂け、武士団を獲物として認識したらしく目玉の横に開いた巨大な口腔からはいびつな牙が獰猛な食欲をのぞかせている。


まずいな・・・・・このままでは恐怖で何名か犠牲になる・・・・・

「最初の咆哮を乗り切るぞ!!!!楽しいことを考えて乗り切れえええええええええ!!!」

「「「「「「「「「お、おおおおおおおおおおおおおう!!!」」」」」」」」」」

対抗するように皆が思い思いに気を張り咆哮にそなえた。



「ラヴィ班のサナちゃああああああああああん!好きだあああああああああああ!」

リヨルドが叫んだと同時に皆も思い思いを叫び始める!

「夕霧のおっぱいもみてええええええええええええええ!!!!!!!!」

「師匠おおおおおおおお大好きでええええええええええええええす!!!」

「シズクちゃああああああああああああん!!!!!大好きだあああああああああああ!!!!!!」


『jjjjjjjjjjjjjjjjtttttttttttttttttttttttttt!!!!!!!!!』


彼らの青春のほとばしりと思いがシカイビトの咆哮に打ち勝った瞬間だった。

恥ずかしい気持ちと皆と一体になった思いがさらに彼らの気持ちを高揚させ、恐怖を乗り越えることに成功していた。


皆の思いが戦旗をはためかせ、レインドの声がその勇敢な思いを言葉にのせ武士団に放つ!


「武士団!!!!!突撃ぃいいいいいいいいいい!!!!!!!!」


「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」」」」」」


真っ先に飛び出したのは真九郎だった。

走り抜ける先で抜き打ちに胴を両断すると刹那のごとき剣閃でずれ落ち宙に舞うシカイビトの目玉を両断し、追撃の触手が発動する暇さえ与えていない。

義経はその剣技に、これはきっと対シカイビト剣術の一つの到達点なのであろう・・・・そう直感していた。



ラルゴ氏族たちが提供してくれた映像送信用呪道具のおかげで、後方の安全距離で待機していた朧組とシルヴァリオン、帝国軍の本隊は真九郎の初手に大歓声をあげている。

「た、倒した!!!!!!シカイビトを倒したぞお!!!!」

続く義経たちは振り分けどおりに1体につき二人で対応を始める。


立華と淡雪の二刀でシカイビトに立ち向かう義経とレインド。

二人はその長年培われた連携能力で、シカイビトに手傷を負わせていく。

「義経!!足を止める!」「おう!!!」

義経がシカイビトの胸元を数創切り付け注意と敵意を引き付けたところにレインドが髭切を一閃し左足を膝上から切り落とす。

バランスを崩したシカイビトの両腕を義経が切り落としたところで、全身から飛び出した触手を各々が切り飛ばしつつ、レインドの渾身の一刀が首を切り裂き義経の淡雪が綺麗に目玉を断った。


反射的に放出された触手を切り払い、何本かが鎧に阻まれ装甲のない部分が裂かれるがシカイビトの死体は石化を始めていく。


「これで2体目だあああああああ!!!!」

「よし!!!これで援護に回れる人員も増えるぞ!!!」


レオニードたちは絶望と悔しさと羨望が入り混じった思いで武士団の活躍を見つめていた。

後退しつつも、彼らの気合の入った声と切り倒されるシカイビトの姿が目に映る。

ダリオやマルティナも驚愕と口惜しさに複雑な思いだ。

でも4人は生き残れたことにだけは感謝していた。

リベラは疲労困憊で言葉さえ発する余裕がないが、最初から彼らの元へ行けたならどれだけ幸せだったのだろうと・・・・・



そのとき合流したばかりのヒルデール子爵の手勢130名が突如前進を始めた。

ザインは慌てて進軍を止めるよう警告したが、彼らは手柄をあげるべく勝手に突進しはじめる。

「ザインさん!!だめです、これ以上は危険です!!!!」

シルメリアの説得で踏みとどまったザインだが、ヒルデール子爵の手勢は意気揚々と走り出している。

距離にして3kmほど・・・・だがこの距離とて安全ではないかもしれないのだ。

そう危惧していた矢先であった、ヒルデール子爵軍が突如として血煙に包まれた・・・・・


シカイビトが振るう武器・・・・・・彼らがその体から生み出す武器を振るうたび、今までに吸収した魔法力に比例するように長大な見えない剣が、触れる者の持つ魔法力を肉体ごと捕食し吸収してしまうのだ。

子爵の手勢130名は帝国軍が止めるのも聞かず、その射程に飛び込み振るわれた吸魔の刃に体の三分の一以上を瞬時に食われ、その大半が血煙となって消えた。

「だからなのか・・・・だから2000万もの人間を食うことができるのか・・・・!」

ザインでさえこの恐怖に立ち向かうのに凄まじい勇気を要している。

兵士たちは泣き叫び大小を漏らし、悲鳴をあげている者も多い・・・・・実戦経験の豊かで錬度の高い部隊でさえこうなのだ。


彼らの射程の中では非魔法力所持者しか立ち入ることはできない・・・・


半兵衛はその正確な太刀裁きが持ち味で一刀一刀無駄なく攻撃を繰り出している。

そんな半兵衛を援護するのはサクラだった。

彼に注意が向きすぎると正確無比な苦無が目玉を傷つけ、敵意をサクラに向けたときには容赦のない一刀がシカイビトの右腕を肘下から切り飛ばしている。

やはり突発的に予測の難しい触手に半兵衛も手傷を負い、それを助けようとサクラが猫人族の持つ俊敏な超低空の飛び込みで足首を断ち危機を救う。

そのままサクラは後方宙返りで距離を取ると粟田口を逆手に持ち、今度は頭部に向けて飛び掛り目玉を切り裂いた。


『dddddddddddddddhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!』


最後に放出された触手を半兵衛が切り飛ばし、サクラと半兵衛はシカイビトの死滅を確認すると次の援護対象に休むことなく移動する。


真九郎は賭けに勝ったと実感していた。

自らがシカイビトを倒すだけでは意味がない、彼ら武士団の手で倒さなくてはならない。

このための厳しい訓練であり、真九郎が残してやれる遺産なのだ。

状況次第でいつでも飛び出し援護に回れる姿勢を維持してはいるが、皆健闘している・・・・・

つい飛び出していきたくなる衝動を押さえつつ、思いは高まっていく。

誇らしい・・・・・あのギラついた、卑屈な目をしていた彼らが・・・・今では多くの人々を救う尊い戦いをしているのだ・・・・



大剣を持つシカイビトは、同じく2m近い恵まれた体格を持つ十六夜と凄まじい打ち合いをしていた。

十六夜は彼のためにルシウスが苦心の末に打ち上げた、大太刀『 富嶽ふがく 』を振るっている。

4尺近い富嶽を軽々と操る十六夜はその膂力を持ってしても、シカイビトの膂力はすさまじかった。

だが、マグナはそんな十六夜の打ち合いの隙に飛び込み一刀、引いては一刀と確実にシカイビトに手傷を負わせていく。

十六夜がディフェンスなら、マグナがオフェンスだ。

ついにシカイビトが痺れを切らし、マグナに大剣を振りかぶり大きな隙が生じる。

「ぬおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

十六夜渾身の一刀が頭部から股座までを両断した。

反射的に飛び出した触手を避けるまでもなく、支援に入ったマグナによって綺麗に切り払われる。

「ありがとよマグナ!」

「疾風のマグナと呼べって言ってんだろ」


紫苑はナディアとの連携をうまくこなしながら一手、また一手とシカイビトに手傷を負わせていくが決め手に欠ける状況に焦りが生まれはじめている。

このシカイビトは中でも動きが俊敏で触手をうまくつかった攻撃を織り交ぜてくる。

長剣とムチのように振るわれる触手に、ナディアの挑発に引っかかるそぶりが見えない。

「ナディア!!!こいつ動きもいいが頭もいい!」

「ええ!だけど負けてらんない!!!ナデシコお姉さまにちゃんと報告するんでしょ!!?」

「そう、そうよ!!!!お姉さまに私の活躍を褒めてもらうの!!!」

焦りが滲み始めた心を払拭し、いつもの冷静な紫苑が戻ってきた。

紫苑の剣技の特徴は一見、強気の攻めに見えるが実は計算された的確な剣閃の応酬なのだ。

「紫苑!前に出るわ!!!一時後退を!」

「はいよ!!」

ナディアはその生まれ持った俊敏さと物怖じしない切り込みでシカイビトに幾創もの深手を与えるが、奴らは気にすることもなく触手ムチでナディアを絡めとろうとしている。

その絡め取ろうという意識に傾斜したときこそが、紫苑の狙いだ。

長剣を持つ右腕を肩口で切り落として走りぬけ、追撃の触手をナディアが切り払う。

そこに飛び込んだのは義経だ。

左腕を切り飛ばし走り抜け、体勢を立て直した紫苑が首をはね、その首にナディアが短刀でとどめを刺す。

見事すぎる連携に本部の兵士たちも凄まじい歓声に沸いている。

ちなみにであるが、神無月隊の後方組が虚脱耐性維持のために待機しているのだった。


残り2体・・・・・・

決着はほぼ同時についていた。

夕霧と紅葉による獣人族のしなやかで躍動感に満ちた動きは槍を持つシカイビトの動きを圧倒し、獲物を仕留める獣のごとく冷徹に追い詰めていく。

自称:漆黒のベントと、自称:閃剣のリヨルド の二人もその名に恥じぬ?動きをしていた。

ルシウスに俺の刀は黒くしてくれという無茶を要望し、あっさり却下されたもののベントの刀は3尺の長刀であるが業物クラスの切れ味を誇りそのリーチを巧みに使い地道に細々とした傷を与えていく。

それをフォローするようなリヨルドはカウンターを狙うのが得意で、触手に翻弄され二人とも傷だらけになりながらも着実に追い詰めていく。

「夕霧!!!」

レインドの掛け声に凄まじい反射速度で引いた夕霧と紅葉。

髭切が右肩口から切り落としたタイミングで飛び込んでいた夕霧が目玉を刺し貫き、紅葉があふれ出す触手を切り払う。

少なからず被弾した二人だったが、目玉を貫かれたシカイビトは地に崩れ石化を始めていく。

「ベント!!肩借りるよ!!!」

「ぬお!!!」

ベントの肩を踏み台にしたサクラがさらにとんでもない跳躍を見せてから空中で一回転すると同時にシカイビトの頭部に苦無を数発投擲する。

その苦無は頭部と目玉に突き刺さり、武器を取り落とし目玉を押さえたシカイビトをリヨルドが腕ごと首と切り落とし宙に待った首をベントが長刀で十字に切り裂いた。

だが、詰めが甘かった二人は触手の追撃を受け鎧である程度は防がれたものの腕や足などにかなりの傷を負って転がってしまった。



「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」

「あいつらやってくれたぞおおおおおおおおお!!!!」

「シカイビトを倒した!!!!!!」

後方部隊はさっそく治療術師や回収用の馬車を向かわせていた。



神無月隊によって負傷者の血止めなどの応急処置が行われているが、重傷ではあるものの命にかかわるような深刻な傷を負った者はいないようだ。

「ベント!リヨルド!大丈夫か!!!」

レインドの悲痛な叫びに二人は申し訳なさそうに答える。

「お館様すいません、最後詰めが甘かったみたいです・・・・でも大丈夫ですよすっごい痛いけど」

「よかった・・・・無事でよかった」

「夕霧と紅葉は!???」

「一番の深手はこいつらみたいです、お前らよくやったよ・・・・もう少しで救援くるから待ってろな・・・・・で夕霧のおっぱいがもみたいのかベント?」

義経のからかいに慌ててごまかそうとするが、胸を隠しながらゴミを見るような目で見つめる夕霧の呆れた表情に皆の緊張が続いた顔に笑みがこぼれる。

「局長、シカイビトの殲滅、確認しました!」

「そうか、ご苦労だったな半兵衛、お前も手傷を負っているんだすぐに手当てしてもらいなさい」

「はい・・・・・やりましたね・・・・俺たちやったんですね・・・・」

半兵衛の目に皆の目にやりきった達成感からくる涙が滲んでいる。

ここでレインドに勝どきを・・・・・・・と、考えた刹那・・・・・



今まで感じたこともない悪寒怖気・・・・そういったものがごちゃまぜに煮詰められたような生命を否定するような悪意を背中に感じる・・・・

「各隊!早急に負傷者を運びここから撤退しろ!!!」

見たこともない真九郎の叫びに、隊士たちはすぐに負傷者と共に距離を取り撤退を始めているがどうしたのだろう・・・・

レインドと義経は真九郎に駆け寄ると事情を聞きだそうとしたが、真九郎からあふれる大量の冷や汗と震えにただ事でないことを察すると他の者たちの退避を急がせる。

「局長、俺も残ります」

「僕だって大将だからね・・・・・」

「何が起こるか想像すらできない・・・・万が一の時は義経、分かっているな」

局長を見捨てでもレインドを助けろ・・・・という思いは伝わるがそれを口にすることが怖かった。

真九郎のこんな様子を見たことがなかった二人は真九郎から距離を取って映像送信の呪道具に向かい手振りですぐに引き返すように伝える。



関所から吹き付けてきた暗く冷たい・・・・・重い鈍風が真九郎を包み始めた。

手に持つ友の愛刀が真九郎の振るえでカチカチと目釘が鳴る音を響かせている。

お、落ち着け・・・・落ち着くんだ・・・・間だけでも稼がなければ・・・・・

だが体がどこまで持つだろう、いや持つ持たないではないここで出来る限りのことをやり遂げなければならない。



ゆっくりと・・・・・ゆっくりと関所から歩み出てきた存在が曇り空の鈍い陽光に照らされ浮かび上がってくる。

見た目は何のことはない普通の青年のように見える・・・・・

赤い髪・・・・・白い肌・・・・・・そして感情の欠片も見つけることはできそうにない虚無の瞳。

真っ白な修道服のようなローブを見に纏った青年だった。


こいつは・・・・・人間なのか????まさか?


ゆっくりとした足取りで真九郎の前で立ち止まった青年はその虚ろな目で真九郎を捉える。

「やあ、君たちがデュランシルトの武士団だね?」

「そうだ」

「へぇあのシカイビトを倒しちゃったんだ?すごいねぇ200年前は誰も掠り傷一つ付けることができなかったのに」

「まるで250年前を知っているような口ぶりだが?」

「そう、そうなんだよ、知っているのだよ僕は」

「たわごとでは・・・・なさそうだな」

「信じてくれるんだ、あれ?これってうれしいのかな??まあいいや、そうだよ250年前に僕は生まれたと言っても良いのだから」

「大体の予想はついたが、あえて問おう、君の正体を教えてほしい」

「もっと乱暴に突っかかってくると思っていたけど、君面白いね」

「・・・・・・・」

「簡潔に物事を伝えられる人っていうのは、関心の対象になりうるよ、君もかなり関心が高い人間だ」

「・・・・・・・」

「ふーんすごいな、この状況で殺気も恐怖も出していないのか、興味が沸いたよ・・・・そうだねお礼に教えてあげよう僕の正体を」










「僕はね、君たちが シカイビト と呼ぶ存在さ、今の名は・・・イルミス教団教主 フェニキル・バルビタール って呼ばれているよ」





義経とレインドは衝撃的な発言に眩暈すら感じている・・・・・

この状況で冷静な会話ができる真九郎にも驚きつつ、ただ事態の成り行きを見守ることしかできなかった・・・・

「シカイビトにも様々な姿があるのだな」

「そうだね、僕は正確にはシカイビトではないと思う、だって死界人を召喚できるみたいだし」

一瞬で絶望に染め上げられてしまいそうな心を無理やりつなぎとめる・・・・・・

「目的はなんだ??」

「うまく言えないんだけど、君たち人間は蟻が地面をはいずっているときは気にも止めないだろ?」

「そうだな、ただそこに蟻がいると思うだけだろう」

「そう!そうなんだよ、でもさ、その蟻が自分の体を這い回り、ましてや集団で噛んで傷を負わせてくるようになったらどうする?」

「俺なら噛まれる原因を調べようとする」

「え????噛まれる原因????そんな思考や考えがあったのか、でもそれって面倒だな」

「面倒でも、根本的解決になるなら結果的には近道ということもある、俺の故郷では急がば回れというんだ」

「・・・・・・・イルミス教団の連中はさ、つまんない奴ばっかりで話し相手にもならなかったよ、でも君はおもしろいな人間もおもしろい」

「それでフェニキル・バルビタール、お前はどのような選択をする?」

「蟻は・・・・・駆除しなくちゃいけないと思うんだ」

「なるほど・・・・・だが一つだけ忠告しておこう、這い回っていたのが蟻と思い込むのは早計かもしれん」

「蟻じゃなかったら何?」

「それはフェニキル、君が確かめた方がおもしろいんじゃないのか?」

「あはははははははは!!!!・・・・あ、久々に笑いというものを本気でしてしまったよ!そうだ・・・・君の名前を聞いてもいいかい?」

「拙者・・・・鬼凛組局長 緋刈真九郎 と申す」

「ひがり、真九郎だね、覚えたよ・・・・・あれ?おかしいな・・・・なんだか君を殺したくないっていう感情みたいなものが??あれ、そうか気のせいか」

「フェニキル、君の目的は何だ?」

虚ろな瞳を見つめる真九郎はこの青年がただの暴食に取り付かれたシカイビトには見えなかった・・・・自我が生まれつつある存在に思えてならない。

「目的・・・・・あれ?なんだっけ?喰わないと死ぬだろ?誰だって死にたくはないだろ??あれ???喰ったら死ぬよな・・・・」

「腹が減っているならこれを食ってみないか?」

真九郎は腰に結ばれていた万が一のために用意された食料・・・・そう おにぎり を取り出した。

「なんだこれ???真っ白だよ?こんな肉見たことないや」

「これはな、米という食い物だ。すこぶるうまいぞ、中には甘く醤油で味付けられたラディー肉の佃煮が入っているぞ」

「本当に食い物か?騙そうとしてるんじゃないのか?」

「仕方がない、あぐ・・・・もぐもぐ・・・・うまいなぁやっぱり」

「なんだかうまそうに食うなぁ、僕にもくれ」

真九郎が差し出した包みからおにぎりを受け取ると、フェニキルはそれを人間の口で頬張った。

・・・・・・・・・

「んぐ・・・・・なんだこれ・・・・・これが食べ物なのか・・・・あれ???もっと食べたいって気になってきたぞあれ????なんか腹が変だ」

「フェニキル、それはなうまいってことなんだ」

「うまい・・・・なんでうまいんだ?」

「それはな、作った人の心がこもっているからだ」

「心・・・・」

「無事に帰ってきてほしい、おいしく食べてほしい、そういった願いが込められている食べ物を料理という」

「料理・・・・・」

「どうだ?もっと食いたいか?ほらあと一つあるぞ」

無言で受け取るフェニキルはおにぎりを夢中で頬張っている。

「・・・・・・・」

「おかしいな・・・・・僕はお前たちを殺しにきたはずなのに、なんで殺しにきたのかを忘れちゃったよ・・・・・そしてこのおにぎりってのをもっと食べたくなった・・・・・人なんかより全然うまい」

「そうか・・・・人か・・・・・」

「人を食ってきた僕が憎いかい?」

「何故憎む?」

「え?」

「人以外を食べ物と気付くことができない状況にあったのだ、それは誰のせいでもないだろう・・・・・生きるためであったのだろう?」

「・・・・・・・今分かることは一つだ、こんなうまい食べ物を作れる人間を食べるのは割に合わない、いやもったいない」

「そうだな、この世にはなこのおにぎりと同じかそれ以上のうまい料理がたくさんあるんだ」

「え!????なんだって!!!!これよりうまいものがあるのか!!!!」

フェニキルの瞳の虚ろさが和らいできているのを感じる。

真九郎がフェニキルに感じたあの圧倒的悪意はもはや消え去り、目の前には料理のことに興味津々なただの青年がいるだけになろうとしている。

「ああ、米だけじゃない、パンというやわらかくてふわふわの食べ物や、動物の肉を焼いておいしいソースをかけたもの、甘くて口の中が蕩けそうになるほどおいしいプリンという甘いお菓子」

「くそう、教団のやつら、そんなの教えようとさえしなかったよ・・・でも楽しみだなぁ・・・・・あ・・・・だめだ・・・やっぱり・・・・・」

「どうした?」

「僕さ、これまで数え切れないほど人食べてきたんだ・・・・頭では分かる・・・・そんな僕に料理を作ってくれる人間はいないよ・・・・・あーあ・・・・人間なんて食うんじゃなかったな」

「遅くはないさ、これから学べばいいんだ」

「学ぶって?」

「人が成長し先に進むための方法の一つだ、フェニキル、俺が知っていることなら教えてやれると思う・・・・・」

「緋刈真九郎だったな・・・・・・それってうまい料理を食べるために学ぶってことでもいいのかい?」

「素晴らしい理由じゃないか」

「あは!そうかそうなんだね、なんだ最初からこうすればよか・・・・・・ぐっ・・・・・あっ!!!!」

「フェニキル!!!!!!!!!」


突如フェニキルを包む黒い霧のような影・・・・・よく見るとフェニキルの身にまとう白いローブが邪悪な光を放っている。

「くそ!!!あいつら!!!変な仕掛けしやがって・・!!!!あああああああああああ!!」

「フェニキル!!!!くっ!!なんだこの圧力は!!!」

あふれ出す黒い霧はフェニキルを覆い始める。

「緋刈ぃーー!!!た、助けてぇ!!!!やだ!!!!くそう・・・・次に僕を見たら僕と思うな!!!!逃げて!!!」

「フェニキル待ってろ今助けてやる!!!!」

「だめだ、僕は飲み込まれる!!!!そうか・・・・・しょうがないか・・・・・報いだもんね・・・・・」

黒く凝縮した霧は竜巻となって徐々にフェニキルの体に染み渡り・・・・・褐色の肌になったフェニキルが現れた。


黒く禍々しい竜巻に刺激されたのか、ポツポツと雨が乾いた大地に染みこみ始める。

「フェニキル!気をしっかり持て!!!おにぎりを一緒に食うんだろ!!?」

「うう・・・・・ぐああああああ!!!!!」

「フェニキル!!!!!!」

「ぐうう・・・・・その名で呼ぶな・・・・・俺の名はイルミスだ・・・・・貴様はなんだ・・・そうか餌か」

イルミスと名乗る男は手から黒く捻じれた異形の長剣を作り出すといきなり真九郎を切り付けた。

間一髪、かろうじて避けた真九郎だが続けて打ち込まれる恐るべき斬撃の雨を刀で打ち払いながら防戦に回ってしまう。


義経たちも抜刀しいつでも援護に入れる体勢を取ろうとするが・・・

だめだ、俺の技量では逆に師匠まで死地に追い込む!


真九郎も攻めに転ずるが、圧倒的な剣速と剣術の基本もなっていないもののその身体能力だけで圧倒している。

むしろ真九郎だからこそあの攻めにかろうじて対応できていると見るべきだ。

一瞬でも気を抜けば死が待っている状況で、真九郎の動きは徐々に早さを増していた。

振り下ろされる剣を打ち落とし、神速の返しで胴をしたたかに切りつける。

蛍光ピンクの血が吹き出るがイルミスはそのまま気にすることもなく、黒い剣の猛攻は確実に真九郎を追い詰めていく。

「な、なんて戦いなんだ!!!」

「これじゃあ、俺たちは本当に足手まといにしかならないぞ・・・・・」


2人はただ立ち尽くすしかない。

病ながらも人間の動きを超えた動きをみせる真九郎とシカイビトを超越したかのような化け物・・・・

だが、その戦いにも転機が訪れる。

一瞬の足のもつれに反応した真九郎によってイルミスの左腕が肘上から切り落とされる。

地に転がった自分の腕を見てイルミスは無表情のまま見つめている。

かたや真九郎は背中で息をしているが戦意は衰えていない・・・・・ように見えた。



「ごほっ!!!!」

突如大量の喀血をした真九郎が乾いた音を立てて大地に倒れる。

「師匠おおおおおおお!!!!!!!」

気付いたときには義経は凄まじい膂力で振り下ろされた黒い剣を二刀で受け止めていた。

その恐るべき打撃の威力は受けきれたのは、立華と淡雪あってのことだろう。

すぐさま援護に切りかかったレインドは、迎撃に応じた一刀で吹き飛ばされる。


「・・・・・・・興がそがれたと言うのかな?まあいい・・・・痛みを感じることも出来た帰るとしよう」

イルミスは背中から猛禽類のような翼を広げると空高く舞い上がり、ドゥベルグ方面へと飛び去っていく・・・・・・


「ぐう・・・・・」

義経は痛む左腕をかばいながら、真九郎を抱き起こし降りしきる雨の中、必死に叫び続けた。



程なくして駆けつけた治療班のリーダーリョグルが真九郎の様子に絶句し、緊急のオルナサージェを実行する。

だがその時真九郎の名を叫び駆け寄る声の反応にリョグルは非常とも言える覚悟を決め叫んだ。

「シルメリアだけは近寄らせるな!!!高魔法力を持つ者が近寄れば緋刈は即死してしまうぞ!!!」


「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」


リョグルから告げられた事実に、倒れ込むシルメリア・・・・・・

彼が嘘を言っていないことは、すぐに伝わった。


「え・・・・どうして・・・・なんで・・・・・・・・」


呆然と雨に打たれ続けるシルメリアを夕霧が助け起こすと引き摺られるように馬車へと戻っていく。

リョグルを除いて非魔法力者による真九郎の応急治療が行われていた。

「おい、体力に自信のある奴!!!いるか!!?」

「俺なら大丈夫だ!!!何でも使ってくれ、心臓でもなんでも使っていいから局長を助けてくれよおおおお!!!」

十六夜がリョグルの元へ走り出してきた。

「お前さんなら大丈夫か、おい!!!手の空いた連中で雨が当たらないように布で遮ってくれ!!」

義経やレインドが毛布を何枚も使い臨時の屋根を作り、その側では長丁場になるかもしれないと天幕の設営も行われ始める。

「いいか、これを見ろ」

リョグルが懐から取り出した箱には、琥珀色の拳よりやや小さい球体が収まっている。

「これはグラルゲヘナという化け物の核だ・・・・・これにお前さんの血を垂らしてみろ、そうすれば接した人間のオルナを急速に吸収してくれるはずだが血を垂らした本人への反動があるかもしれん」

「かまわねえ!!!今すぐ血を垂らせばいいんですね!!?」

「そうだ!」

十六夜は迷うことなく脇差で右手を切り裂くと溢れる血をグラルゲヘナ核へと浴びせる。

「うっ!!!くっ・・・・・・ぐああああああああああ!!!」

十六夜の目や鼻から血が噴出し、全身が激しい震えを始めるがそれでも十六夜は局長と叫び続けている。

「大したことねえ!!!もっともってこい何個だって血をあびせてやる!!!次はまだかあああああ!!!局長おおおおおおお!」

その核に反応したかのように、真九郎が苦しそうな息を吐き始める。

「よし、昏睡からは脱したようだ、よくやった十六夜!」

「もっとだ、もっとやれるぞ!!毒素やらなんだか知らないがもっと吸ってくれよ!!」

「お前の覚悟は見事だがな・・・・もうないんだよ・・・・・あれで最後なんだ」

「そ、そんな・・・・・」

「だがこれで窮地は脱した・・・・・急いでデュランシルトへ連れ帰るぞ」




体温の低下した真九郎は十六夜と夕霧がほぼ半裸状態で移動中ずっと密着しながら体温を暖めていた。

魔法による治療を行うことができず、原始的だが確実な方法をとる。

「局長!!!局長!!!もうすぐデュランシルトですよ!!!お米食べられますよ!!!」

「そうだぜ局長ぉ!!!!また鍛えてくれよぉ頼むよぉ!!!」

移動中、ずっと声をかけ続ける二人の思いにリョグルはもらい泣きしそうにさえなっている。

あの戦闘で・・・・人の限界を超えた動きが一気に病状を悪化させたんだろう・・・・

無茶しすぎだ馬鹿やろう・・・・

お前といい、武士団の連中といい・・・・なんでこう不器用なんだ・・・・・

せめて俺が持てる全てを使って出来ることをしよう。

そしてあの娘への贖罪も残っている・・・・・事実とはいえあんなことを言ってしまったのだ。

「ひどい奴だな、俺は」




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