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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第四章 武士団
48/74

6 出陣

 季節は移り冬本番を迎えていた。

そんな寒さの中でも隊士たちの訓練は続けられていく。

朧組の騎乗訓練で一番苦戦していたのは、なんとシルメリアであった。

念の延長で馬を操ろうとする癖があり、伸び悩む騎乗能力に落ち込む日々である。

鬼凛組は真九郎の鬼指導でめきめきと実力をつけており、特に男性陣の伸び方が凄まじかった。

やはり体格差はいかんともし難いが、女性でも見切りや体裁きで男性に引けをとらない成長を見せる者もいる。

病で衰えているとはいえ、いまだに主力組5人相手に一本どころか面をかすらせもしない腕前に以前より強くなっているとさえ思われている。


そんな冬のある日、行商人の馬車に同乗していた人物が門番のラルゴ氏族に人を尋ねている姿があった。

「あの、ヨシツネくん、ナデシコちゃん、サクラちゃんに会いに来たのですが・・・・・」

「知り合いか?本当にそうなら申し訳ないが、最近レインド辺境伯や隊長クラスの知り合いと称して潜りこもうとする輩が多くてな・・・・この木札を持ってあそこの青い看板の宿で待機してくれないか?場合によっては2,3日かかるかもしれない」

「そうでしたか・・・・明日には一度帝都に行かなければならないのですが・・・・どうしましょう」

「そう言われてもな、最近誘拐事件があったばかりで、警備や警戒も厳しいんだ」

「そうだったのですね・・・・・」

「お嬢さん、ここじゃ冷えるからとりあえず受け付けはあの宿に係りがいるんでそこで一応受け付けをしてみてください」

「はい、そうしてみます、ご丁寧にありがとうございました」

丁寧なお辞儀をするその女性は荷物を抱えて宿に入っていく。

「いらっしゃい、あんたも受付待ちなのかい?」

恰幅の良い宿のおかみが暖かいお茶を差し出しながら声をかけてきた。

「遠慮せず飲みなあったまるよ」

「ありがとうございます・・・・・・あああ、あったかい」

「どうしてデュランシルトに来たんだい?」

「知り合いがここで働いていると聞いて、帝都に用事があったものですから立ち寄ってみたのです・・・・・・でも明日には帝都に行かなくてはならなくて」

「へぇ~知り合いかい、誰だい?知ってる人ならあたしが話しつけてやってもいいよ」

「本当ですか!?知り合いは、真九郎さんとシルメリアさん、後、ヨシツネ君にナデシコちゃんとサクラちゃん・・・・・ですね」

「おいおい、そりゃあ門番に止められるわけだよ」

「やっぱりですか・・・・何かまずいことでも言ったのでしょうか・・・・・」

「あんた・・・・知らないのかい???」

「え?何をでしょう?」

「本当に知らないみたいだね・・・・今言った5人はね、レインド辺境伯の側近中の側近、この武士団を仕切る局長や副長たちなのさ」

「え!!???局長に副長・・・・そうだったのね・・・・ああ、出世したのねよかったヨシツネくん・・・・」

思わず自分のことのようにうれしくなったその女性は目に涙を浮かべ喜びを噛み締めている。

「あんた、本当に知り合いみたいだね・・・・・そうだね、もう少しでここに武士団の巡察が来るから聞いてもらうようにするよ、それまでここであったまってな」

「わざわざすいません!」

「すいませんって思うなら料理でも頼んでくれるとうれしいんさ」

「ありがとうございます!ではあたたかいスープとパンを」

「そんなもんよりおいしい物があるんよ!待ってな!肉は大丈夫かい食えるかい?」

「あ、はい、お肉は食べられます」

「じゃあちょっと待ってな」


おかみさんが出してくれたのは焼いたラディ肉を手ごろな大きさに切り、その上から妙に食欲をそそる香りを放つ茶色いソースのかかったものが、何やら白い穀物のようなものの上に乗っている・・・・

「これはいったい何なのでしょう???」

「これはねラディステーキ丼さね、ここの名物でね帝都からわざわざ貴族がお忍びで食べに来るって代物だよ」

一口食べてみると口の中に広がるこのソースの香りと白い穀物の相性が抜群で天に昇るようの気持ちになってしまい、気付くと器が空になってしまている。

「おいしすぎて、いつの間にか無くなっていました」

「みんなそう言うんだよ、まったくとんでもない料理を発明してくれたもんだね」

そこに丁度巡察で訪れた鬼凛組の隊士がやってきていた。

「おかみさん、どうも、何か気になることはありませんでしたか?」

「今日は夕霧ちゃんかい、ちょうど良かったこの女性なんだけどね、話を聞く限りあんたんとのこ局長さんや副長さんたちとの知り合いらしいんだよ、良かったら帰りにでも伝言してくれないかね」

「そうでしたか・・・・すいません、最近警備が厳重なため不便をおかけします」

そうお辞儀をするのは狼人族の女性で、非常に綺麗な容姿をしている。大きくぱっちりとした目とややいぶし気味の銀色の髪、あのシルメリアとはまた違う健康美は今まで見たことがないほどの魅力を感じる。

そして腰にはあの真九郎と同じような、禁忌の武器が腰に大小差されている。

「あの、私はサリサと申します、真九郎さんやヨシツネ君がエルナバーグにいたときにメイドとしてお仕えしていたものです、帝都に行かなくてはいけない事情がありましたが、ここで働いていると知ってつい立ち寄らせてもらったのです」

「エルナバーグですか!・・・・キシュナー、大至急局長と副長、それからサクラさんに伝えてきてくれ」

「あの、良いのですか?」

「エルナバーグのことを知っているのはごくごく限られた人だけと聞いています、ならば会っていただいたほうが早いと思いますのでご案内しますね」

「ありがとうございます、おかみさん、御代を」

「御代は帰りでいいよ、早く行っておいで」

「おかみさんありがとう!!」



応接室に通されたサリサの元に話を聞いた義経とサクラが飛んで来た。

「サリサさーーん!!!」

サクラが抱きついたものだからついよろけてしまったサリサだが、成長し凛々しくかわいくなったサクラを見て涙があふれ、かけようと思っていた言葉出てこずただ抱きしめ頭を撫でていた。

身なりもよく表情も明るく目にも力強い輝きが宿っていることに安心する。

「サリサさん!会いたかったです、俺たちはあれほど世話になったからいずれ挨拶に行きたいってみんなでよく話していたんです」

「義経くん・・・・立派になっちゃって・・・・うれしいわ本当に・・・」

「あの頃のサリサさんから受けた恩は忘れたことはありません、あんなに尖って生意気だった俺たちに優しく接してくれた人ですから」

「サリサさん、あの頃のサクラは扱いにくかったでしょ?ごめんね・・・・でもみんなすごく感謝してたんだ・・・・ありがとうサリサおねえちゃん」

「サクラちゃん・・・・二人とも本当に立派になったわね・・・・元気にしていた?何か事件があったって聞いたけど大丈夫なの?」

「うん・・・・その誘拐事件があってね、仲間が攫われたんだけどみんなで団結して取り返して、敵のアジトごと潰してきたんだ」

「まあ、あいかわらずすごいのね、そうよねあの真九郎さんがいるんですもの」

ここで二人の目に陰りが見えたことにサリサは胸に痛みを覚えたような錯覚を感じる・・・・・

「あの・・・・師匠は病が見つかって、まあ元気なんだけど前ほど元気に飛びまわってないって感じかな・・・・」

「うん、今でも徹底的にしごかれてるよ」

「そう・・・・そうだったのね・・・・でも二人がしっかり支えているのだから、真九郎さんも安心でしょう?」

「いやあそうなりたいけど、まだまだかな」

「うん、いまだに師匠から一本も取れないんだよ!腕が落ちたって言ってるけどさ、どう考えても強くなってるって!」

「ふふふふ、あの人らしいわね・・・・ところであの・・・・ナデシコちゃんは・・・・」

「ああ、そうだった、変な心配させてごめんねサリサさん、案内するよあいつも喜ぶと思う」

「そうそう♪」

サクラに背中を押されるように案内されたのは武士団本部の近くに建てられた義経とナデシコの邸宅だった。

それほど大きくはないが、二人の新居である。

「ナデシコ~帰ったよ」

「あら?ずいぶん早いんじゃない?」

奥から現れたナデシコを見てサリサは驚きと共にどういうことなのかを理解した。

「サリサさん!!!!サリサさーーーん!!!!」

ナデシコを気遣いやさしくサリサが手をとると、こらえきれずに泣き出したナデシコがぼろぼろと涙を流している。

「なんて素晴らしいことなんでしょう・・・・お腹の子はどれくらい?」」

「はい・・・・春の終わりぐらいが予定日らしいですけど・・・・大変なんですね子供を授かるって」

「義経くん、ナデシコちゃん、結婚おめでとう・・・・・こうなる日が来ると思っていたわ・・・ね、ナデシコちゃん」

「もう!恥ずかしいから言わないでよサリサさん・・・・・」

「ナデシコこんなところじゃあれだから、部屋に入ろう」

部屋には真九郎考案のコタツが用意され、ぽかぽかの足元にとろけそうになる。


「すごいわ・・・・寄り道してデュランシルトへ立ち寄って本当によかった」

「サリサさんはどうしてこちらに?」

「帝都で頼まれた仕事があってね、エルナバーグのニーサさんからの紹介で来たの」

「ニーサさん????ニーサさんならレインド様の副官というか宰相みたいなことしてるよ」

「宰相ってすごいわね・・・・あの娘なら何でもこなしそうだけど」

「もしニーサさんの紹介ならここで一緒に暮らせるかもしれないね!!!」

「ふふふサクラちゃん、そうなったら最高だわ」

「やったー!!ナデシコは義経と暮らすしさ、サクラだけ寂しかったんだよ」

「サクラ・・・・いつでもうちに泊まりにきなさいって言ってるじゃない」

「えーーなんだかんだでラブラブしたいお年頃じゃないの~そんな邪魔はできませんようだ」

「まったくもう」

「安心した・・・・立場が偉くなるとつい威張り散らしてしまう人って多いけど、あなたたちは良いところはあの頃のまま・・・・・そしてすごく優しく強く成長しているわ・・・・これも真九郎さんのおかげなのね?」

「「「はい!!!」」」

「あの・・・・・もし無理ならいいのだけど、真九郎さんのお見舞いできれば・・・・・お願いしてもいいかしら?」

「サリサさんなら問題ないぜ、きっとシルメリア姉さんもいるだろうし」

「そう・・・・あの二人もようやく?」

「それがね、師匠は色んなこと器用な癖にああいうところだけすっごい!不器用なの」

「サクラが二番妻でいいって言ってるのに笑うだけで相手してくれないんだよ!」

「サクラちゃんそれは・・・・・」

「よし、とりあえず師匠のところに顔出してみよう・・・・ナデシコは外が冷えるから待っていろな」

「嫌よまだまだ妊婦にだって適度な運動が必要なのよ」

「そうは言うが・・・・」

「義経くん、大事にするのと過保護は違うわよ?」

「そ、そうですね」

「転ばないように注意してあげればいいのよ」

「はい、分かりました・・・・・やっぱりサリサ姉さんにはかなわいなぁ」

「「「あははははは!」」


4人が真九郎の部屋を訪れたるとシルメリアが真九郎の教育方法に関する個人指導を受けている最中だった。

「これはサリサさん!!!!!よく来てくれました!」

「真九郎さん、良かった・・・・病で倒れられたと聞いていたものだから」

「サリサさん、エルナバーグでは本当にお世話になりました」

「シルメリアさん・・・・・あの頃とまったく変わってないのね、あまりの若さと美しさに嫉妬しちゃいそう」

「私にはその、エルフ族の血が混じっているそうなのでその影響みたいです」

「・・・あなたも大変だったのね・・・・目で分かるわ」

「サリサさん・・・・」

「いい?女だからって待つことはないわ、強引に言い聞かせ従わせるくらい押していいのよ」

「サ、サリサさん??」

「不器用そうな男には特に、女が積極的にならないとだめだからね」

「・・・・・・分かりました!!!なんだか分からないけどわかった!!!」

「おい・・・・何を話しているのだ?」

こうして昔話に花が咲いた6人は久しぶりにあの頃に戻ったような気分を味わった。

しばらくしてひょっこり顔を出したのはマユだった。

「何やら懐かしい匂いがすると思ったら、エルナバーグのサリサだったか?」

「あのこの方は????」

「ああ、紹介が忘れていました、こいつはマユですよマユあのいたずら白子狐」

「いたずら子狐とはなんじゃ!」

「まあ本当にマユちゃんなのね」

「うん・・・・サリサにはよくしてもらったから、あの、ありがとう・・・・・」

「きっと深い事情があるんでしょうね、でも今日はなんて素晴らしい日なんでしょう」

「師匠も今日は調子が良さそうで安心したよ」

「うむ、サリサさんがエルナバーグの風を運んでくれたおかげで今日はすこぶる調子がいい」



古い知り合いが訪ねてくれたと聞いたシズクの配慮で真九郎の部屋に料理を運び、お米やシズクの開発した料理が振舞われた。

「これがお米だったのですね・・・・・・こんなにおいしいなんて」

「それがさぁ売り出そうとしてたんだけど、あまりに隊士たちががっついて食べるもんで秋までに米がなくなるかもってニーサさんが嘆いてたよ」

「義経、種籾は確保しているのだろう??」

「はい、今回の3倍から5倍ぐらいの田を開発してるらしくて噂を聞きつけてやってくる入植者も多いみたいです」

「シルメリア姉さまはまた穴堀り師になっちゃうね」

「ふふふふ、でもねあれって結構楽しいのよ遠慮なく呪文使えるし」

「本来なら人の手で掘り出すところだが、シルメリアは土壌ごと焼き溶かしてしまうからなぁ」

「おかげでそのまま水路になるから手間がはぶけるってニーサは言ってたわ」

「ずいぶん色々と手出しているのね、でも順調そうで安心した」

「あ、忘れてた!ピスケルに怒られちゃう!」」

真九郎の隣で料理をがっついていたマユは急いで部屋から飛び出していく。

「どうしたのだ!?」

「んとね、ピスケルが米を気に入ってお米食べにくるのよ、持っていかないと」

「そ、そうか気をつけてな」

「はーい」


「ピスケルさんって人はずいぶんお米が好きなのね」

「サリサ姉、ピスケルってのは実は、水の聖獣様なんだ」

「ええええ!!!聖獣様!????」

「なんかこう、すっごくかわいいんだけど、食い意地だけはすごく張っててさ、米喰ったら病み付きになって毎日お米を食べに来るらしいよ」

「水の聖獣様のご加護を得られているなんてすごいわ・・・・ってあっ!!私ったら今日には帝都についていないと行けなかったのに・・・・」

「それならニーサさんがさっき顔出すって言ってたから大丈夫じゃない?」

ナデシコが旺盛な食欲を見せながら応える。

その時ちょうど部屋にニーサがやってきていた。

「サリサ、よく来てくれたわ、デュランシルトへ来てもらう手間もはぶけたわね」

「ニーサも元気そうね、色々とやんちゃしてるそうじゃない?」

「そんなことないわよ、それよりももう顔合わせまで済んだのね・・・・ねえ信用できる人にしか頼めない仕事なのお願いできるかしら?」

「そのつもりで来たから構わないけど」

「住居と食事、十分な報酬はこちらで提供するわ、職務としては私の業務補助とラヴィ班って女の子たちの使用人としての指導、あとはナデシコのお産を手伝ってあげてほしいの、あなたらなら安心だわ」

「サリサさんが!私もサリサさんなら安心できます!」

「断るはずないじゃない、ここで一緒に暮らせるのね・・・・うれしい」

「サリサおねえちゃん!!一緒に住もう!ね!?いいでしょ!!??」

ちらっとサクラがニーサを見ると優しくうなづいている。

「やったぁ!!!」

甘えるサクラの頭を撫でつつニーサに目でありがとうと伝えている。

サクラも寂しかったのだろうと、ナデシコは申し訳ない思いを感じていた。

「なんだかあの頃に戻ったみたい・・・・・懐かしいわねエルナバーグ・・・・・」

ニーサが珍しく感傷に浸っている。

「食事が終わったらみんなでお風呂にいきましょうよ、すっごく広いのよ驚くわよサリサ」

「ふふふふ、やっぱりここでもお風呂作っていたのね」

「当たり前じゃない、お風呂のない生活なんてもう考えられないわ!」

さすがにお風呂廃人とまで呼ばれるニーサのこだわりはすごい。

以前お風呂が壊れてしまったときにはありとあらゆる手段を講じて一日で修理させてしまったことまであった。

ここにいるみんなが感じていた。

この穏やかで優しい日々がいつまでも続いて欲しいと・・・・・・




季節が巡り、何度か降った雪に子供たちがはしゃぎ回り、どこの国や世界でも雪だるまを作りたがるものだと真九郎も感心しながら過ごしていた。

まだまだ朝夕は冷え込みが厳しいものの、昼間は春を匂わせる暖かで優しい日差しが包んでくれるようになってきた。

もう少しで冬眠に入った聖獣ガレルデルが開拓のために起きて手伝ってくれるようで、ニーサやサリサはその土地の選定や入植者の受付などをトレボー商会と協力して行おうとしている。

最近では米の味を覚えた皇帝陛下がお忍びでおしかけるようになり、新たに就任した行政長官が気に入らないらしくよく愚痴をこぼして帰っていく。

皇帝陛下としてはゆくゆく米を北方大陸や西方大陸との重要な輸出品として成立させたいと考えているらしく、いずれ帝国にも入植に一枚かませろと言ってくるあたりはさすがである。

そんなみんなが明日を見つめて春の日差しのように明日に希望を感じながら過ごしていたある日の午後であった・・・・・・



「伝令!!伝令!!!!」

すさまじい速度でデュランシルトに駆け込んできたシルヴァリオンの伝令騎乗班が武士団本部に通された。

「レインド辺境伯!!!大至急お伝えしたいことが!!」

入り口でブーツを脱ぐシルヴァリオン隊員のところへ走って駆けつけたレインド。

「構わない、ここで報告してください」

「はい!以前より警戒にあたっていたドゥベルグ国内で妙な動きがあります、どうやら死界人が覚醒してしまったようです」

一瞬だけ間をおいたレインドは側に控えていた半兵衛にうなづいた。

半兵衛は武士団とラルゴ氏族に非常呼集をかける。



わずか10分たらずで集合した迅速さだ、こういう訓練も定期的に行っている成果が出たようだ。

「これより状況の説明に入る!まずシルヴァリオンの調査班からたった今入った報告によるとドゥベルグ国内のいくつかの村が死界人の覚醒により壊滅したらしい」

隊士たちの表情が一瞬で緊張に染まる・・・・・だが私語をする者たちは誰一人としていなかった・・・・

その眼に今までの自分たちではないと確信を持った半兵衛が言葉を続けてく。

「ドゥベルグ王国は以前より死界人の覚醒実験を試みていると言われていたが、帝国による情報開示と協力要請を一切無視し、アーグ同盟の協力を得て覚醒実験を強行したものと思われる」

同席したサリサやラヴィ班の少女たちも重大な事態に衝撃を受けている。

「アーグ同盟の狙いは、対死界人殲滅部隊が有効であるかを示し帝国の主導権や過去の約定を破棄し、帝国の解体を狙うためと推測されている、だが皇帝陛下は死界人への対抗は国を超えて行わなければならないとのお考えであり、このことはお館様も同様の意見である」

レインドは整然と控える武士団の面々を見渡し、毅然と凛々しい顔つきに心から尊敬するのだった。

これから彼らを死地に赴かせることになる・・・・また犠牲を出してしまうかもしれない・・・・・

その重圧はほかの誰でもない、自分自身が背負わなくてはいけないもの。

そんなレインドの胸中を察してか、義経がレインドの眼を力強くそして優しく見つめている。

「アーグ同盟が設立させたとされる対死界人殲滅部隊、レヴィンザーグ隊が死界人の殲滅を行うはずであったと思われるが現状で彼らの戦闘能力は未知数であり、どのような事態が起こるかも不明である」

そこで半兵衛はレインドに一礼する。

すっと立ち上がったレインドは控える家臣たちに向かい、凛と通る声で号令を発した!。


「これより我らはドゥベルグ国境まで出陣!!事態を掌握し奴らを殲滅する!!!!」


「「「「「「「おおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」

隊士たちから気合の入った掛け声が響きわたりそれは轟音のような迫力で人々の心に打ち付けられていた。

それは心を沸き立たせ恐怖を吹き飛ばす勇ましき一陣の風となって武士団を突き進ませる。



訓練で行っていた通り、各自が迅速に出陣の手配を進めていく。

街も武士団の出陣に前面的に協力を始めており、小荷駄隊用にとトレボー商会が馬車を4台、さらに追加で7台を帝都から輸送中である。

帝国臣民の顕著な特徴の一つとして、死界人に対する圧倒的な恐怖心とそれに反発するようにすさまじい憎しみが同居しているのだ。

そのため死界人を倒すために出陣する彼らは他人ではなく、身内同然となってしまう。

そのため、街の世話役が中心となりもしものときの協力体制についても議論がなされており今回もそれに則った支援が準備されている。

なんというかこういう雰囲気がデュランシルトには出来上がっていた。

レインドが気さくによく街の商店に訪れて買い物をしたり、街の会合にまで顔を出すものだから自分たちの街デュランシルトだという気概がより強まっている。

俺たちはレインド様と一緒にこの街を育ててきたんだという自信と誇りがデュランシルト住民の心にしっかり根付いているのだろう。


今回出征する人員の選出は済んでいたが、ナデシコの穴埋めのために真九郎も同行することにした。

いずれにしても真九郎が後ろで控えるという圧倒的安心感は主力組の心の支えになるだろうと、皆も同意し午後には駆けつけてくれたリョグル医師と随行する治療術師の一団。

「お前さん、やっぱり行くんだな」

「ああ」

「まったく、なんでわざわざ危険なところに行くかね・・・・・」

「戦場こそ侍の居場所ですよ先生」

「そういうもんなのかね、大変だな侍ってのも」

「大変か、そうかもしれない」

出発の準備を進める真九郎の下へナデシコがサリサの付き添いやってきていた。

「師匠・・・・私がこんな体だから・・・・すいません」

「ナデシコ、こんな体などと言うものではないぞ、天より授かった大事な大事な宝ではないか、うれしいぞ・・・・ナデシコはな妹のように思って厳しくも大事に指導してきたつもりだ、立派な母親になるのだぞ」

「師匠!そんな、死にに行くみたいなこと言っちゃだめ!絶対帰ってきてシルメリアお姉さまとの素敵な結婚式あげるんだよ!!!」

「これはまいったな、もう既に母親みたいだ」

「もう・・・・約束ですよ師匠、帰ってきてこの子の名付け親になってもらわないとだめだからね!!」

「ナデシコよ、約束しよう必ず帰ってくる・・・・・それよりも義経とサクラも励ましてやってくれ」

「師匠・・・・お姉さまを悲しませるようなことはしないでね」

「・・・・・ありがとうナデシコ」



出陣は武士団のほぼ全軍に等しかった。

既にアルグゲリオス師団とシルヴァリオンからデュランシルト防衛部隊が出発しこちらに向かってくれている。

またラルゴ氏族が総出で開拓村の防衛に向かっており、これるものなら来て見ろといわんばかりの備えであった。


武士団 


侍大将:レインド辺境伯


鬼凛組 局長:緋刈真九郎

    副長:不破源九郎義経

    参謀:半兵衛

    睦月:十六夜

    如月:紫苑

    弥生:リヨルド

    皐月:夕霧

    卯月:ベント

   水無月:マグナ

    霜月:紅葉

   

風牙  筆頭:サクラ

       ナディア


朧組  局長:シルメリア・ウルナス

    副長:イングリッド

       ブラム

       デンゲル

       シュタイナー

       アステル



臨時支援部隊 神無月隊 :ヴァン

             花梨

             蜜柑

             他28名



他、小荷駄隊の指揮にトレボー商会のヴァルレイが自ら志願し同行することになっている。

この部隊をシルヴァリオンとアルグゲリオス師団の精鋭が共に行動し、その指揮はザインが任されていた。

今回は炊き出し人員としてシズク自らが志願しマユがその護衛に付くと宣言している。

こうして武士団はドゥベルグ国境へと翌日には出発することになった。

全てが馬車と騎馬による行軍のためかなり早いペースで国境へ向かう街道へと急ぐことができた。

野営中の監視は全てシルヴァリオンとザインたちが引き受けてくれたことで、武士団は消耗もなく万全の状態で戦えるよう支えてくれている。

シルメリアはザインと共に探知連動結界を発動し、広範囲の周辺情報をかなり詳細に入手することができていた。

「やはり国境付近に妙なオルナが近づいているわ、後かなり大勢の人間が国境に向かっている・・・・1000人以上はいるかもしれない」

「まずいな、ドゥベルグ側の侵攻であったなら人数差で不利になるのは否めん」

「近隣のヒルデール子爵やバーク男爵、そしてラグレイ伯爵の部隊が応援にくる手はずにはなっていますが、貴族の私兵に我らほどの部隊展開速度はないでしょうね」

「最悪の場合は武士団だけでも逃げてもらうしかあるまい」

「事態はまだ分からないことだらけです、しばらく情報収集に専念しますね」

「シルメリア殿、あなたには負担ばかりかけてすまぬ・・・・・その魔法資質・・・・もはや神の恩寵としか思えぬ」

「たまたまそういう力があっただけです、そんな大層なものじゃありませんよ」

「・・・・無理だけはなさらないでくれ、あなたに何かあれば俺は緋刈に顔向けできん」

「もう、からかわないでください」



シルメリアの広域探知によりドゥベルグ国境内から帝国領内への謎の集団の侵入は明日の朝頃と推測できた。

そのため武士団は厳重に護衛された天幕で既に就寝となり明朝に備える。

その頃、王城エル・ヴァリスでは帝国最高会議の一つである、緊急対策会議が開かれ死界人襲来時のシェルターへの避難誘導とその人員振り分けに関して議論が行われていた。

新行政長官のバルケイムが提示した避難計画では、帝国の未来である子供たちを帝都の台所と呼ばれる大商業エリア内のシェルターに誘導し、商業エリアの食料を運び込むというものであった。

皇帝陛下はこのバルケイムのやり口にかなり不満を持っていたが、子供たちを守るという方針には素直に感心しさっそく許可を出す。

「陛下の即断には真に感服いたします、ついては貴族街の避難計画は帝都の台所への指示が固まりましたら進めたいと思います」

「貴族を後回しにして子供たちを優先したのは素晴らしい決断よバルケイム、これは後世に評価されることでしょう」

「ありがたき幸せ、付きましては関係省庁との詰めの作業がありますのでこれで失礼します」

「ご苦労様、ではソルティ、効果はないだろうけど東連への親書の手配を頼むわ」

「はい、既に草案が届きました」

「ふぅ・・・・さっそく確認してみましょう」

「陛下、お疲れではないですか?」

「疲れていてもやるしかないわ、前線で命がけて戦ってくれている彼らに比べたら疲労なんて屁でもないわよ!何日だって徹夜してやるんだから」

「さすがです陛下、既に予備役にも非常呼集をかけました、帝都も騒がしくなっておりますので臣民へのお言葉もちょうだいできれば」

「構わないわ必要と思ったらどんどん進めてちょうだい、それと飛竜をエルナバーグへ飛ばして欲しいのこの親書を持って」

「・・・・・難しいかもしれませんが手配します」

「お願いね・・・・・杞憂になればいいのだけれど」



空が白み始めた頃、武士団の隊士たちは起床し身支度を整え各自でジング作の鎧を着込み始める。

鎧を着る習慣のないシルヴァリオンや帝国軍はその見慣れぬ装束に武士団の覚悟を感じ取っていた。

死界人との戦いに出る武士団と支援部隊である神無月隊にも鎧の着用は義務付けられ、花梨や蜜柑も凛々しい姿になっている。

朝食はシズクによって食べやすいおにぎりが用意され、米好きの隊士たちは戦場で味わう暖かい食事に心を落ち着かせていた。


「大将、各自の準備はこれで整ったようです」

「ありがとう義経」

レインド用に特注された鎧は武士団の隊旗である蝶のシンボルが意匠された白銀の鎧だった。

鎧単体で見ると華美に見えてしまうが、レインドが身につけるとまるで物語の戦神が舞い降りたかのような神々しさと凛々しさに満ち帝国軍の兵士たちも思わず魅入ってしまう。

「各員に状況把握まで待機、だが体力は温存せよと」

「はっ!」


レインドは務めて冷静に振舞ってはいるが、彼自身死界人と相対するのは初めてのことだった。

武士団で実際に戦ったことのあるのは真九郎とサクラだけである。

師匠のような落ち着きはどうやったら身につくのだろう・・・・

そうこう考えているうちに前線で動きがあったようだ。

すぐに天幕を出ると国境の関所からこちら側に雪崩のように人々があふれ出してくる。

「どうやら避難民のようです」


半兵衛が状況確認に帝国軍との調整に入る。

彼らは着の身着のまま、疲れきっているためすぐに糧食を提供し事情を聞くことにした。

「奴らが!!死界人を起こしやがったんだ!!あの馬鹿軍隊が!!!」

「それで死界人は今どこにいる???」

「あいつらは・・・・国境近くの街、ビオールの住民を食ってる最中だ・・・・・」

「「「!!!!!!」」」

「俺たちは街に逃げ込まずに国境を目指したから助かったんだ・・・・」

「一つ聞いてもいいか?ドゥベルグには死界人と戦うための部隊がいたはずなんだ、知らないか??」

「知らないよ!!そんなもんがあったらこんなひでえ目にあってるわけないでしょうよ!!!」

「やはりそうか・・・・・奴らの数はわかるか??見たとか聞いたとか曖昧な情報でも構わない」

「それよりよぅ早くに逃がしてくれよぉ~」

「分かっている、情報を聞いたら避難誘導の護衛と物資の提供も約束しよう」

「ありがてえ!!!俺が遠くで見えたのは一匹か二匹だ、でも途中ではぐれちまった連中の中には10匹以上いたって喚いてる連中もいてわけがわからねえ!!!」

「引き止めてすまなかった、すぐに避難の手配をしよう」

ザインは部下に避難民の保護とこれから避難計画を立案させると、すぐに半兵衛と義経と共にこれからの協議に入る。

「目撃情報によれば10体・・・・・てとこか、なら20体以上を想定する必要があるな・・・・・多すぎる」

「半兵衛、臨時に戦闘班へ編入できる隊士を8人ほど選抜してくれ」

「分かりました・・・・すぐに神無月隊を再編成します」

半兵衛が駆け出すとそこにレインドと真九郎が現れていた。

二人とも鎧姿が絵になっている。

「義経、どうやら数が多いようだな」

「はい、20体は想定しておかないといけないでしょう」

「ならば最初が肝心だな、最初の一体には俺があたろう、その勢いで皆も続いてくれ」

「局長が先陣きってくれるのであれば皆も心強いでしょう」

「お館様にも出てもらわないといけなくなるでしょう」

「安心して、もとよりそのつもりだよ、僕は負けない」

「その意気です・・・ごほっ・・ごほっ・・」

「師匠!??」

「ああ、すまん寒気で少し咳き込んだだけだ、頼りにしてるぞ義経」

「師匠こそ・・・・無理しないでくれ・・・・・あんたに何かあったら俺は・・・・」

「大丈夫だ、俺のことよりお前は副長なんだぞ隊全体のことを考えるんだ」

「絶対に奴らを倒しましょう!」


「たったいまシルメリアから探知情報が入りました!!!異常オルナ反応は8 !反応は8 !!!!!」


駆け巡る号令に緊張が高まり、各支援部隊は安全距離と思われる距離よりさらに後方へ避難することになった。

レインドの天幕に突然訪れる少女の姿がそこにあった。

「レインド様!突然ごめんなさい!!!絶対、絶対無事に帰ってきて!!」

堅い鎧ごしだがレインドの優しい抱擁に涙するシズク。

「シズクちゃん、帰ったら・・・・伝えたいことがあるんだ、おいしいお米料理食べながら話聞いてほしいな」

「はい!!待っています!絶対ですよ約束ですよ!!」

シズクは走りながら後ろを何度も振り向きながら後方部隊と共に避難を始めていく。

シルヴァリオンと帝国軍も決戦の部隊になるであろう、ダルシュデール関所から3km以上距離を取ることになった。

残されたのは、緊急離脱が可能なシルメリアとイングリッドの朧組2名と200m後方で待機する神無月隊・・・・・

そして鬼凛組 風牙を率いる武士団 侍大将のレインドたちである。

「異常オルナ反応はあと2kmの距離に!」

「もういい二人は緊急離脱してくれ!!」

レインドの指示にイングリッドがシルメリアを抱きしめると翼を展開し、後方へ飛翔していく。

シルメリアの叫びがいつまでも真九郎の心に残っていた。

「みんな!!!絶対に生き残るのよ!!!」


真九郎は武士団の緊張する隊士たちに最後の訓示を述べた。


「よいか、最初の咆哮を乗り切るためにできるだけ心を強く持っておけ、何でもいいぞ、好きな食い物、ラディ丼や天丼を帰って腹いっぱい喰うんだ!!でもいい」

「「「「はははははは!」」」」

「好きな女のおっぱいをもみたい!でもいい」

「「「「「師匠えっちーー!」」」」

「生きて帰ったら有名になって女や貴族の子弟にもてもての毎日を想像してもいい」

「「「「「えええええ~」」」」」


「そうして咆哮を乗り切れば、後はお前たちの得意な剣術での勝負だ!!! 武士団なら出来る!!! ・・・・・生き残れ!!!!侍は死と隣り合わせだ、死ぬことが侍の道だという教えもなくはない、だが生き残ることこそ侍の道だ!!!生き残って、もう一度共においしいお米を食おう!!」


「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」」」




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