5 米局長
シルメリア、イングリッド両名の帰還に際し開かれた報告会議。
「私が追跡を決意するに至った不快なオルナ・・・・まるで不協和音で体を刺されるような感覚・・・・以前あのオルナを感じたのはシエラ遺跡でした」
「シルメリアさんとお館様はあのシエラ遺跡にいたのですね・・・・」
議事進行を担当していた半兵衛があのシエラの名前が出たことに言い知れない不安を抱いてた。
「話を整理しますと、シルメリアさんとイングリッドさんの両名は、探知連動結界の設置過程で気になる反応を察知し追跡したところ、ドゥベルグ軍が死界人の覚醒実験をしていることを突き止めるが失敗に終わったのを確認した、ということでよろしいのでしょうか?」
「はい、その通りです」
そこで重い表情のレインドが口を開く。
「シルメリア、イングリッド、辛く長い任務本当にありがとう、これでドゥベルグやアーグ同盟に警戒する下準備が整う」
「もったいないお言葉」
「いいんですよ私も朧組なんですから」
そこでニーサが素早く方針を提示する。
「この情報はすぐにシルヴァリオンと皇帝陛下にご報告するとします、直接伝えるべきことが多すぎますので」
「ニーサ、頼む・・・・・」
あのシエラ遺跡の名前が出てきたことでレインドの表情が重い。
「シルメリア、イングリッド、しばらくはゆっくり休んでほしい、お願いだからね?」
「お館様・・・・・ありがとうございます、大事なときに武士団を離れていたというのに・・・・・本当に申し訳ございませんでした」
シルメリアから漏れ出る悔しさがその涙の雫ひとつひとつに凝縮されているような気がした。
「二人は自分の判断で正しいことをしたんだ・・・・・あの一件の責任は全て私にある・・・ごめんねシルメリア」
「そんな!!!二度とこのようなことがないよう・・・・・誠心誠意お仕えいたします」
「あのね、シルメリアは帰るべきか帰らざるべきかの狭間で相当苦しんでたんだ、そこを理解してあげて欲しいかな」
イングリッドはすっかりシルメリアと友好な関係を築いているようだ。
その時、視線を感じるとニーサがチラっとこちらに締めはあなたにしかできませんよ?と促してくるのを察した。
「皆、自分の責任から逃げず正面から受け止めようとする心意気は見事だ、人として心から尊敬しよう・・・・・だが今回の一件は全て奴隷商人とシャイム侯爵の悪行が原因だ!悪人の所業を発端とする事象に責任を合わせる必要などない」
「私も同じ意見です、私見ですが・・・・・こういう武士団だからこそ私は楽しく心からお仕えできるのです」
ニーサと真九郎の意見でシルメリアやレインドも少し表情が柔らかくなる。
二人の帰還でようやく平穏が戻り、秋の収穫に向け真九郎が稲刈りの準備に必死で取り組み始めていた。
脱穀や籾殻をどうやって飛ばすか、これらをデュランシルト第一開拓村の助けを借りて手ごろな呪道具があると貸し出してもらえることになった。
もうすぐ秋が近づき、朝の湖畔は一重では肌寒ささえ感じるようになってきている。
稲穂は頭を垂れ、黄金色にそまりつつある田園は真九郎の焦る心を鎮め、郷愁を誘っていく。
そんな寂しさに似た目をする真九郎が何かどこかに行ってしまいそうな気がして、シルメリアも気が気ではなかった・・・・・・
----------イルミス教団地下本部-----------
教主フェニキル・バルビタールは信徒たちからあがってくる報告に感情というものを動かされたことはなかったが、ここ最近感情らしきモノが胸の端を掠るような気がしてその反応を追い求める傾向があった。
今回彼が求めたのはアーグ同盟が行おうとしている実験についてである。
「それで実験は失敗したんだって?」
「はい、あのシエラ遺跡と同じように解呪石を使ったようですが、まったく反応するなかったと・・・・」
「それはそうだろうよ、解呪石なんて何も意味がない、必要なものか・・・・・・どれ手本を見せてあげようかな・・・どう思うみんな?」
「「「「!!!!」」」」
手本・・・・それが何を意味するのか・・・・ひれ伏す信徒たちが知らぬわけもなかった。
「も、もし・・・手本が成功したのなら・・・どう・・・なるのでしょう・・・・」
信徒の1人が震える声で伺いをたてる。
「そりゃ決まってるじゃない、人が大勢死ぬよ」
「教主様は動かれるのでしょうか??」
「東の山にいるあいつらは動くって言ってたんだろ?そろそろ下準備もしておきたいしさ、ちょっとドゥベルグ行ってくるわ・・・・・て場所どこよ?」
「は、はい!!!ドゥベルグ国境から北のガデンサール墳墓だそうです・・・・」
「そう・・・じゃ移動の手配頼むよ」
「「「「「はっ!!!!!!」」」」
準備に走り去る信徒の中に1人だけ動かぬ者がいた。
「・・・・・お前は何だっけ?何かようなのかな?」
一回りほど体格の良いその信徒はひれ伏しながらフェニキルに問うた。
「はい、教主様、実はリシュメア王のデインが早く約束を果たせと、そうでなければ南方の支部を全て潰しイルミス教団を根絶やしにするとまで申しているのです」
「あ~、王様の椅子奪った奴か・・・せっかちな人間だねぇ・・・・約束か・・・・約束なんてしたのか?」
「それが貴族たちを利用するために広めた、死者と会える、というあれでございます」
「あああ~それそれ、なんで死者に会いたいんだろうね・・・・・そうだな、ドゥベルグの件で本当に眠っているか確認したら、会ってやってもいい」
「恐れ多くも教主様に不敬を働くのではないでしょうか?」
「その時は餌にすればいいよ、どうせ老いぼれでまずそうだし」
「かしこまりました・・・・」
「まだあるのかい?」
「はっ・・・・・実は教主様がガデンサール墳墓でお手本をお示しになった後、確実に動くと思われるのはデュランシルトの武士団であると思われます」
「へぇ報告にあったあの調子に乗ってる連中かい?」
「はい・・・・我らの調査によればあいつらが所持しているのは、あの禁忌の武器・・・・・しかも尋常ならざる切れ味を誇ると聞いております」
「ふ~ん、直接見てないのにそこまで警戒する理由がわからない・・・・詳細入ったらまた聞くよ」
「それまでに情報をさらに精査しておきます」
「はいはーい」
信徒が全て去った後にフェニキルは思いおこす、あれほど倒されたことで憤っていたあの男の名はなんだったろう、大賢者って言われていたな・・・・
その固執が一過性の感情であったことを確かめたときにはまた次の意識へと飛んでいるように見えた。
稲刈りの時が来た。
とは言っても麦とほぼ同様の刈り入れのため魔法の使えるラヴィ班の少女たちが呪道具の使い方を覚えて、うまい具合に次々を稲を刈り取っている。
真九郎たちといえば、刈り取った稲の根元を次々に縛る作業をしていた。
懐かしい風景だ・・・・武家であるため手伝ったことは一度か二度ほどでしかなかったが、この稲刈りにつき物の独特の匂いというのは心が沸き立つ思いだ。
不破もいても断ってもいられずナデシコに落ち着きなさいと説教されているほどだ。
「局長、ラヴィ班の子たちががんばってくれてます、結ぶ作業も呪文で行えるそうです」
半兵衛の報告になんとなく寂しい気持ちになった真九郎だが、今日だけは稲刈りを満喫しようと決めていた。
不破と相談した結果、湿度が少な目の気候で雨も降らなければ3,4日ほどで乾燥は終わるのではないかとのことだ。
そうなればいよいよ脱穀となる。
これも麦の収穫用呪道具が利用できるため、あっさり問題は片付いたが麦用の脱穀では米に合わないことが分かり急遽ドワーフ工房で米の脱穀用呪道具を大金を払ってしつらえる羽目になった。
米にかける真九郎のこだわりに皆も局長が言うならと付き合ってはいるが、脱穀用の呪道具でかかった費用にニーサは渋い顔をしている。
そんな折であった・・・・・
稲刈りの終わった田園で倒れている真九郎が発見されたのは・・・・・・
ラヴィ班の子が早朝の散歩に出た際発見し、すぐに治療院に運ばれることになった。
武士団の混乱ぶりは相当なもので意識が戻るまでの二日間、ヨシツネがなんとか指揮を執り落ち着かせたのだった。
真九郎の病室を見守るレインドやナデシコたち、部屋で手を握りながら寝ずに付き添っているシルメリアとレシュティア、そしてサクラに夕霧、ナディア・・・・・
「こうしてみると、彼の存在の大きさは想像を超えています・・・・・我らは真九郎さんに依存しすぎてたようですね」
ニーサの悔恨の言葉など、レインドは初めて聴いた気がする。
「僕も師匠に頼りきりでした・・・何かあれば師匠に相談すればって・・・・」
「俺だってそうだ・・・・もうさ、兄とか父親ってレベルを超えちゃってるんだよな・・・・・」
「ヨシツネ・・・・わたしたちがしっかりしないと」
「そうだ、師匠がいないときだからこそ俺たちは気を引き締めて望まなくちゃいけない・・・・・十六夜!各隊の代表を呼べ!シャイム山荘事件の二の舞は起こしたくない、非常呼集で危機に備える!」
「わ、わかりました!」
「副長、ちょうど進言しようと思っていました」
「半兵衛か早いな」
「彼女たちはどう・・・・します?」
「例外はない、局長にはもちろん護衛をつける、だが今気をつけるべきはデュランシルト全体の防衛だ、集合したら各開拓村に臨時の巡察を行う、振り分けをしておいてくれ」
「分かりました・・・・朧組局長も・・・ですよね?」
「例外はない・・・・・こういうときだからこそ姉さんの力が必要だ」
「さすがです副長・・・・では伝えてきますので、1時間後に大広間にて」
「分かった」
「・・・・黒母衣衆はレインド様の護衛を強化する・・・・・頼んだよヨシツネ」
「師匠が元気になったらさ・・・あの話を報告っていうか相談しような」
ふっと笑顔に戻ったやわらかい表情にナデシコも引き込まれるように頬が緩む。
「うん・・・・師匠・・・・早く元気になって・・・・」
真九郎が倒れたことによる穴は大きすぎた。
あれだけ凛としていた武士団は精彩を欠き、皆動揺や精神面での揺らぎも多い。
レインドとヨシツネは正常化するため、一日に何度も会議を開き全体稽古を通して結束を呼びかけた。
この混乱の中、がんばったのはラヴィ班の少女たちだ。
稲刈りと脱穀を交代制で呪道具の操作を行いおよそ先行して100石程度の籾殻つきの米の精製を行い、次の指示を真九郎から待つばかりになる。
帝都の治療院から定期的に来ていた真九郎の主治医とも呼べるリョグルが翌日到着した。
リョグルは真九郎の部屋に入ると助手以外は誰も部屋への入室を認めず、さらには話声が聞えないように防音呪文までかけてしまう。
締め出される形になったシルメリアと夕霧はいてもたってもいられずヨシツネに抗議するが・・・・
「リョグル先生は以前から師匠と親交のあった方です、師匠も尊敬していた方なので安心してください」
「だって締め出す必要はないじゃない、私が同席していたって構わないでしょ!?」
「リョグル先生の判断を尊重します、夕霧も隊務に戻りなさい」
「はい・・・・失礼します」
「ヨシツネくん!なんでだめなの!!教えてよ!!私だって・・・・」
「姉さん・・・・気持ちは分かるが今やるべきことしないで師匠を失望させて一番傷つくのは・・・・」
そこではっとなったシルメリアは深く息を吸い・・・・・そして息を吐いた・・・・・・
「ごめんね・・・・・私こそしっかりしなきゃいけないのに・・・・・ありがとうヨシツネくん」
そう自分に言い聞かせるように去って行くシルメリアの背中は今まで見た中で一番小さかった・・・・
リョグルは診察用呪道具の検査結果を見て頭を悩ませていた。
「緋刈、また一段階病状が進行したと思ったほうがいい・・・・・すまんなはっきりしたことが言えず」
「先生、お手を煩わせてすいません、分かっていたことですから特に気にしてはいませんよ」
「実はな帝都でお前さん用の薬というか、護符というか、そういった類の物を製作していた矢先だったんだよ」
「薬・・・ですか?」
「ああ、ドワーフ工房の倉庫に眠っていた素材をな安く買い入れて出力を調整中だったんだ・・・・・・・もう少し早ければな」
「先生、わざわざ私のためにありがとうございます」
「何を言っている、お前さんが倒れたせいで武士団は大騒ぎだぞ、早く復帰してやらんとな」
「大騒ぎでしたか・・・・指導不足であったようです、私の責任です」
「そうじゃないんだよ緋刈・・・・むしろな指導しすぎてお前さんなしじゃやっていけなくなってしまったんだろうよ」
「それは・・・・盲点でした・・・・・」
「いいか?お前さんはな、非常に優秀な男だが自分を過小評価する傾向がある、それは逆に回りを過小評価することにもなるんだぜ?」
「まさに正論です、ぐうの音もでません」
「そこがな・・・・いいところなんだが、あの護符が出来ればな、今よりは確実に病状を抑えることができるようになるはずだ、急いで作らせてるから2,3日中には持ってこれると思う」
「ありがたいことです・・・・あ、ここの会話は誰にも聞かれていませんよね?」
「ああ、ちゃんと防音呪文をはっておいたさ、特にあのシルメリアって嬢ちゃんにはどう伝えるべきか・・・・・ちゃんと声かけてやれよ・・・・病気のことは伝えるかどうかはお前に任せるが、俺はお勧めしない」
「ええ・・・・考えています」
「安心しろこのことは俺とこの助手とお前さん以外、皇帝陛下にさえ言っちゃいないんだからな・・・・まずは後2,3日は安静にしていろ」
「先生の見通しだとどの程度だと思いますか?」
「どの程度とは・・・・・?」
「余命です」
「そうだな・・・・このまま病状が平易に進行していけば、早くて1年、持って3年というところだろう」
「よかった、意外と長生きできそうですね」
「おいおい、落ち込むかと思ったら・・・・・まあ護符を換算しない推測だ、護符が効果を示すことができれば5年以上も夢じゃなくなる、あきらめるな」
リョグルは自身の無力を噛み締めながらこの男には生きていて欲しいと願うしかできない・・・
「なんでなんだろうな・・・・なんでお前なんだよ、俺が代わってやれたらなぁ・・・・」
「だめですよ、先生はこれから多くの人を救うのだから一日でも長く活躍してくれなきゃ」
「お前は俺以上に多くを救えるだろ!」
「いえ、救うのは私じゃない、武士団が救うんです」
「緋刈お前は・・・・・」
リョグルは真九郎の目が末期に見せる悟ったような目に近づいていることが心配でならなかった。
すぐに帰って護符を大至急仕上げさせよう・・・・
次に日には護符を持ってリョグルが再びかけつけてくれた。
護符といっても首からさげるネックレス様の飾り気のないもので、これで全身の毒素を吸収してくれるだろうという。
「おかげで楽になった気がします、少し歩いてきましょう」
「そうだな、あまり長く寝ているほうが体に悪いことも多い」
愛用の馬乗り袴と羽織を着込み、大小を腰に差す・・・・それだけで気が引き締まり体が軽くなったような気になってくる。
そんな真九郎が真っ先に駆けつけたのは米が保管されている倉庫だった。
そこではラヴィ班の少女たちが脱穀を終え、次の手順について不破がナデシコ経由で色々指示を飛ばしているところだった。
「師匠!!!!」
「局長さん!!」
「心配をかけたな、ほらすっかりこの通りだ」
「師匠よかった・・・・うううううう」
ナデシコは人目も憚らず泣き出してしまい、子供のようにあやして泣き止ませる。
ラヴィ班の子たちには発見してくれた礼とここまで脱穀をすませてくれたことを褒めた。
「不破さん、もみすりと精米はどうなっていますか?」
『うむ、詳しくはナデシコが手配してくれたから聞いてみろ・・・・本当に大丈夫か?』
「ええ、問題ありません、ナデシコ、精米のほうって?」
「あ、はい、ルシウスさんのお父さんがもみすりと精米の呪道具を造りたいって言ったらはりきっちゃって、明日かあさってには届くみたいですよ」
「見事だナデシコ!」
「えへへ、褒められちった」
真九郎は脱穀の終わった籾殻のついた米を手にとる。
「米だ・・・・みんな、これを食ったらびっくりするぞ、うまい喰い方をたくさん教えてやるからな」
「「「「「やったーー!!!たのしみー!」」」」
久しく明るい雰囲気のなかった武士団だが、子供たちのおかげで日の光が差し込むような暖かさを感じはじめていた。
真九郎復帰の報は瞬く間にデュランシルトを駆け巡った。
「それで師匠が倒れた原因って何だったのですか?」
「迷惑をかけたなヨシツネ、故郷にいた頃に罹った病がぶり返してな、リョグル先生のおかげでだいぶ回復したよ」
自室に訪ねてきたヨシツネ、ナデシコの二人には不安にさせない程度に伝えていく。
「その病は・・・・治るんですよね?」
「それがな、これは長く付き合っていかねばならん病らしくてな、いわば個性のようなものなのだ」
「そんな・・・・・ではまた同じようなこと起こっちゃうんですか!!?」
「安心しなさいナデシコ、先生が作ってくれた護符がな思いのほか効くようであれから調子がいいのだ、すぐにまた鍛えなおしてやるから覚悟しろよ」
「・・・・あのね師匠・・・・ほら、あんたが言いなさいよ」
「あ、ああ・・・・あの師匠・・・俺はその師匠を兄とかもう父親みたいに思っていてさ・・・・だからその・・・・」
「どうした、言いたいことがあるなら、目を見て己の魂を込めて相手に伝えなさい」
真剣勝負のような鋭い眼でみつめられたヨシツネは、居住まいを正すと改めて目を見つめなおした。
「師匠!私ヨシツネは、不破性を名乗り不破の家督を継ぐことになりました・・・・そして、ここにいるナデシコを妻として迎えたいと考えております、どうかお許しいただきたく」
この胸に染み渡る達成感に似た爽快感と共に親心のような感慨が込み上げてくる。
これは意も言われぬ高揚感を促し、そして一抹の寂しさの風が吹き抜けていくのを感じた。
「良かった・・・・・本当によかった・・・・・俺はうれしいよ・・・・おめでとう二人とも」
人目も気にせず泣き出した真九郎はこの二人の行く末に光があふれんことを願うばかりだ。
「「師匠!!!」」
今まで積み上げてきた思い、乗り越えてきた苦難、辛かった鍛錬、そういったものが激流となって満ち、3人は泣いた。
心行くまで泣いた。
その時3人は家族になっていたのだろう・・・・どういった形態なのかは不明だが、心では確実に家族だった。
ヨシツネとナデシコの祝言は二人の希望で武士団の屋敷内で行われることになった。
お忍びの皇帝陛下やシルヴァリオン、アルグゲリオス師団が列席し、ナデシコのためにシルメリアとお金を出し合って急ぎ作ってもらった花嫁衣裳だ。
美しいナデシコの大輪が刺繍された清楚ながらも華やかな着物になった。
和式の結婚式は二人のたっての希望であり、不破と真九郎でおぼろげな知識を搾り出しながらそれっぽい雰囲気を作り出した。
「ナデシコ姉さまきれい・・・・」
女性たちはナデシコの艶姿に見蕩れ憧れている。
式はレインドの挨拶と、飛び入りで参加ということにしておいた皇帝陛下からお言葉と祝いの品を賜った。
式の途中、ナデシコが突然何もない誰も座っていない椅子に向かい正座し姿勢を正す。
ヨシツネもその席に向かい深く頭を下げていた。
「不破のお父様・・・・今までありがとうございました、これよりナデシコはヨシツネの元へお嫁に行きます・・・・いままで育ててくれって・・・・ありが・・・とうございました」
『こ、このばかたれが!!!なんで泣かすんだまったく!!!・・・・くそう目から水が!!!』
「父上、家督の件、真にありがとうございます、ナデシコを絶対に守ります!」
『そうだ!!ナデシコとそれにサクラも守りきれ!!いいな!!!』
「はい!!!」
そこに真九郎と桜色の振袖を着たサクラが何やら抱えて空の椅子の隣へ、その後ろにはレインドもやってきてこれから行われる儀式に関わる掛け声をかける。
「これより、鬼凛組副長ヨシツネ、不破家家督相続にあたり、私からヨシツネへこの刀を送ろう」
正装した真九郎が手に持つのは、主力であるヨシツネのために作られた大小である。
ルシウス渾身の作刀で、あの髭切を除けば考えうる最高傑作とルシウスと桃が称した一刀であった。
二尺六寸、以前真九郎から送られた刀と同じ寸法であるが、刀身は濤乱刃という波紋が浮き出ており髭切とは違った雰囲気を漂わせている。
銘には関してはルシウスに一任していたが、ルシウスがこの刀を打ち上げた際にデュランシルトにはもう降らないであろうとされていたオルナ雪が舞ったため、真九郎に雪に関する言葉を聞いたところ雪の結晶を表す『 六華 』と決めることになった。
脇差はヨシツネの体と腕力などを加味し、サクラの粟田口を参考に作られた長脇差であり、もちろん彼の持ち味である二刀流を考慮されたつくりだ。
この数年でヨシツネは二刀流を我が物とし、真九郎に継ぐ実力者として隊士からも尊敬を集めるに至っていた。
脇差の銘は、未だ決まってはいない。
「「「「「おおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」
ルシウスが髭切に匹敵する刀を打ったという話は既に広まっていたが、ヨシツネが拝領するとなれば誰もが納得した。
「ありがたき幸せ!!!!」
ナデシコと共に平伏し刀を大事そうに抱え、そして刀を右側へそっと置く。
そこへ真九郎が再び大きな紙を持って現れた。
「ヨシツネ、いや、不破ヨシツネ・・・・不破家家督相続おめでとうございます、そこでヨシツネに師として武門に習った名を与えようと思う」
「え!!!名・・・ですか?」
「不破さんとも相談した上でのこと、覚悟せよ」
「はっ!!!!」
バサッと広げた紙にはヨシツネの新たな名が記載されている。
『 不破源九郎義経 』
列席者からは歓声と拍手が送られている。
「この名は、不破さんの源十郎と俺の真九郎から字を取ったものだが、気に入らなければ少し時間を置いて気に入った名に変えてくれていいぞ」
「そんな!!!!二人の名から字をもらえるなんて!!!」
「不破師匠、局長!ありがとうございます、絶対名なんて変えさせませんから!!!義経もいいわね!!」
「もちろんです、俺の名!!!不破源九郎義経!!!!」
その後はシズクの用意した料理に皆が舌鼓を打ちめでたい席を楽しんだ。
シルヴァリオンやアルグゲリオス師団のお調子者が宴会芸やら裸踊りまでやりだす始末で二人の祝言は大いに盛り上がった。
暗い事件や出来事が続いたこともあり、皆はそれを忘れるかのように楽しんだ。
真九郎は式場を抜け出し、高台にある3人の墓に来ていた。
会場から持ってきた高級酒を墓に供えてやろうと思ったのだ。
「お前たちもあっちで飲んでいるか?ってもうこんなにご馳走が供えてあるのだな・・・・」
墓の前には料理やお菓子、たくさんの花が供えられており共に祝いたいという気持ちが伝わっているようでうれしかった。
あまり酒の飲めぬ性質ではあるが、この日ばかりはと少しだけワインに似た酒をちびちびとみみっちく飲み始めていた。
「安心せい、そう長く待たせるつもりはない・・・・むこうで先輩面される日も近いかな、はははははは」
こういう日は妙に感傷的になっていけない・・・・・
いつの間にか隣に座った人が真九郎の腕にしがみついた。
「そう長く待たせるつもりはないってどういうこと?」
「シルメリア・・・・・そう、覚悟を言ったまでだよ、これから大きな戦いが起こる気がしてならない、侍たるもの死を覚悟しておかねばならんからな」
「いいえ違うわ、いつもの真九郎なら絶対にそういうことは言わない、病のこと隠していますね?」
「・・・・・特に隠してなど・・・・」
「知ってます?真九郎はね・・・嘘つくときに目をそらすんです・・・・分かりやすいぐらい・・・今だって・・・ねえ、嘘って言って・・・どうなの!???」
滂沱の涙を流し、現実を受け入れようとしているシルメリアの顔を見ることができなかった。
弱い人間だな・・・侍という教え・・・・生き方に寄りかからねば何もできぬのだな俺は・・・・・
「どう・・・・伝えたら良いのか分からない・・・・どうすればいいのだ俺は・・・・・」
「二人ならどうすればいいか分かるかもしれないわ・・・・・だから教えてください・・・・一緒に共に生きるために」
抱きついてきたシルメリアの体温が愛おしい・・・・・思わず力強く抱きしめていた。
「俺が罹っている病は・・・・・・実は病ではないのだ」
「え??病じゃない?」
シルメリアの肩を抱きつつ真九郎は全てを話すことを決意した。
「俺が・・・・この世界の住人でないことは既に知っていると思う・・・・元居た故郷には魔法というものはなく、一部祈祷やまじないはあったかもしれんが、この世界のような実用レベルの魔法なぞ微塵もない世界だ」
シルメリアはどういうことなのだろうと既に顔が蒼白になってきている。
嘘じゃないと気付いているのだろう・・・・
「この世界に満ちる魔法の力、その源泉たるオルナという力・・・それはこの世界のいたるところに満ちているそうじゃないか」
「はい・・・この吸っている空気、そのお酒やありとあらゆる物にオルナは宿り、そして人の中でオルナは育ち吸収し循環していきます・・・・」
「そのようだな・・・・そのオルナだがな・・・・別の世界で生まれ俺には・・・・毒であるらしいのだ」
「!!!!!!!!!!!」
「体に蓄積したオルナを排出する手段がなく、体が蝕まれていくらしい」
「そ、そんな・・・・・!!!そんなことって!!!いや、いや絶対いや!!!なんでなんで真九郎がそんな目にあわなくちゃいけないの!!!こんなに多くの人を守ってきたじゃない!!!」
「落ち着いてくれシルメリア・・・・・君がそういう顔をするのは悲しい」
「だって!!あんなに身を削って戦ってきたあなたがっなんで・・・・・ニル・リーサ様!!!見ているんでしょ!!!助けて!!!おねがいよ助けてよ!!!・・・いやよこんなのいやあああああああああああああ!」
真九郎の胸の中で泣きじゃくるシルメリア・・・・・真九郎の心の奥底で眠っていた思いを代弁してくれたような気がして少し気が晴れたような気がする。
しばらくシルメリアの背中をさすり落ち着かせていたところに、白い人影が現れた。
「マユか・・・・・」
「マユ!!?」
「シルメリア!!」
彼女はマユの両肩を掴むと叫んだ。
「なんで真九郎がこんな目にあうの!!!死界人を!!死界獣を倒したじゃない!!!!どれだけ多くの人の命を救ったと思ってるの!!!!それでも神はこんな仕打ちしかできないの!!!なんとか言ってよマユ!!!!」
「・・・ごめんなさい・・・・・・本当にごめんなさい・・・・・私には何もできない・・・」
「マユ!!!お願いよ!!生贄が必要なら私の血でも肉でも内臓でも、何でも使ってくれていいからお願いよ、真九郎をぉたすけてよぉおおおおお!!!」
シルメリアの泣き叫ぶ姿は見たくはなかった・・・・・見たくはなかったが・・・・・自分のためにこれだけ必死になってくれる人が最愛の人だというのはどこかうれしく感じる部分もあった。
「シルメリア、いいんだ、もういいんだありがとう」
涙でぐちゃぐちゃになった顔も美しかった。
そのまま力一杯抱きしめる、側で泣いていたマユも抱きしめた。
「武士道は・・・・・死ぬことと見つけたり・・・・・」
「え!??」
真九郎から発せられた言葉の意味が分からなかったシルメリアは彼が自決してしまうのではないかと疑ってしまった。
マユも上目遣いに心配そうに見つめている。
「江戸で誰かが言っていたと聞いたような気がする言葉だった、だが今になって分かる気がする・・・・・生きるために死ぬ・・・・そして死ぬために生きるのか・・・・それはきっと・・・」
二人が泣き止むまでしばらく背中をさすり抱きしめていた。
「ナデシコと義経にはしばらく伏せておいてくれ・・・・」
「はい・・・・・ねえ・・・どこか空気の良い場所で療養しましょう、私もついていきます」
「それはだめだ、君はその類稀な魔法の力でお館様を守らなくていけない」
「・・・・・・・・!」
「武士団にはまだまだ魔法の手錬が必要だ、鬼凛組だけでは限界があり、やはり朧組の呪文補助が絶対に必要になる」
「真九郎はいつも武士団のこととなると自分よりも大事にするのね・・・・それは・・・いえなんでもないです」
二人の背中をやさしく撫でていた真九郎が咳き込みはじめたので、そのままマユたちに付き添われ早々に床に就くことになった。
翌日より真九郎が局長として武士団の強化策を次々と計画していった。
財政面や産業政策はもう全てニーサに一任し、真九郎は対死界人、この一点に全てをかけることに決めていた。
主力組やそれに見合う実力を持った隊士たちを集めた場で、今までとは違った訓練が行われようとしている。
「よいかこれから行うのは対死界人戦を想定した訓練だ」
対死界人という言葉に皆が一斉に緊張するのが伝わった。
「俺が奴らと戦ったのはシエラ遺跡で3体、地下大聖塔で1体・・・・地下は死界獣という代物だったので今回は人型の戦闘方法を再現して戦ってみるから相手をしてみなさい」
手に持ったのは直刃の片手剣を模した竹刀で、隊士たちには皆防具を着用させている。
「では、我こそはと思う者はいるか?」
「はい!!お願いします!」
名乗り出たのはやはり義経だ。
「二刀でこい、全力でかからねば死ぬぞ」
凄みのある気迫・・・・これが病人なのかと疑いたくなるほどの圧力に義経は飲まれまいと必死だった。
真九郎は構える義経に、あの日の死界人の挙動を思い出しながら非常に不規則で不安定な姿勢からの強引な打ち込みを続けていく。
4,5回目で既に義経は完全に受け手に回っており、打ち込む隙を見出せずにいた。
そして真九郎は抱き込むように義経の右腕を体に密着させ、一旦訓練を中止した。
「今の動作でお前の右腕は食われたぞ」
「え!!!????」
隊士たちの衝撃は凄まじい。
「前にも説明したと思うが、十六夜こっちへ着て上半身を脱げ」
「は、はい!!」
真九郎は巨躯に育った十六夜の鍛え抜かれた上半身の体に赤い塗料で縦に線を引いていく。
「俺が戦った奴らは大体この程度の線があった・・・・・この線はな、いわば全部口なのだ、人間を噛み千切るためのな」
「「「「「「「「!!!!!!」」」」」」」」
発する言葉もなく受けたショックは大きい・・・・・
真九郎がこの事実を今まで詳細に伝えてこなかったのには理由がある。
知れば恐怖で先に進めなくなってしまうかのしれないと、そう感じたからだ。
でも今の彼らは違う、続けてきた生きるための鍛錬が彼らのしっかりとした土台となって恐怖と戦う下地ができあがりつつある。
「対死界人戦の鉄則だ、奴らの体には絶対に触れるな!!いいか!!」
「「「「「「「「はい!!!」」」」」」」」
「それとだ、義経、今の訓練で己のまずかった点をもう一つあげてみなさい」
「はい・・・・不安定な姿勢でも打ち込んでくる異常な状態に飲まれてしまいました」
「その通りだ、だがその状況でもよく耐えたものだ、いい受けだが、受け時を間違えば自らを死地に追い込むことを覚えておきなさい」
「ご指導ありがとうございました!!」
「ではそうだな・・・・・この真似は非常に体力を使うから後一人だけ訓練をしてみよう」
そんながんばる真九郎のためにと、シズクは精米が完了した米をさっそく予め聞いていた手順で炊き上げるとその素晴らしい香りにうっとしていた。
「すごい、お米が輝いてる!!!ようしさっそくあの料理を試してみよう!!」
この日のために研究に研究を重ねたシズクの魂の結晶とも言うべきモノが完成しようとしていた。
その香りは芳醇で食欲をそそること間違いない、これを食べて元気になってもらいたい!そう思いの込められたシズクの一品が真九郎の昼食に振舞われようとしている。
「局長さん、どうぞこちらへ」
「なにやら良い匂いがするが・・・・・」
「サクラちゃん、局長さんのお鼻塞いじゃってください、来てから楽しめるように」
「わかった、師匠、いくよ」
「んん・・・」
すぐに真九郎の前に見慣れた器が現れた。
それは江戸でよく食べた丼ぶりである。
まさか!!???
「局長さん、再現できたか分かりませんが、どうぞ召し上がってください・・・・近くの海で採れたばかりの新鮮な貝を使ったお料理です」
真九郎がフタを開けると同時にサクラが手を離すと鼻腔に広がり脳髄を刺激したのはあの・・・・憧れてやまないもう体験することなど不可能と感じていたあの・・・・奇跡の調味料の匂いだった・・・
「しょ、ショウユの香り!!!こ、これは・・・・・」
おそるおそる愛用の箸を使い口に運ぶ・・・・・
炊き上がった米と出汁の効いた貝と醤油の味と香りが口に鼻に体全体に染み渡り、蕩けそうになった。
いわゆる深川丼を再現したものだが、いつぞやした話を覚えていてくれたのだろう・・・・
「ああ・・・・うまい・・・・・くぅ・・・・なんてうまいんだ・・・」
江戸の味・・・・思いいれがあまりないと思っていたが、何故涙が止まらないのだろう・・・・
気付くと泣きながらたいらげてしまっていた。
「シズク・・・・・ありがとう・・・・この地で醤油と米を食することができるとは・・・・・・奇跡だ」
「えへへ、よかったです!!醤油はずーーっと研究してたんですけど、中々うまくいかなくて・・・・でもこの方法なら醤油をデュランシルトの特産にすることもできますか?」
「ああ、これなら醤油として問題んはない、米も非常に良いできであった」
「やったーー!!!雪ちゃんやったね!!!」
『真九郎、元気、出た?元気?』
「雪、ありがとう、おかげですっかり元気になってしまったよ」
『真九郎、元気!元気!』
真九郎が食べていた食事がことのほかうまそうなのに目をつけた隊士たちが次々に集まってくる。
「大丈夫!!!きっとこうなると思ってみんなの分もちゃんとありますからね!!」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおやった!!!!!!」」」」」」
こうしてシズクによって用意された深川丼は大盛況で、何倍もおかわりする者が続出し用意していた米が尽きるという事態になるほどだった。
3杯もの深川丼を完食したニーサは米とこの醤油という調味料の素晴らしさにすっかり魅了されてしまい、この二品の増産と特産品化を脳内で決定してしまっていた。
これは貴族相手に高値で売れる!!庶民たちにも提供できるだろう・・・・・
この深川丼を食べた隊士や関係者たちから、もっと違う食材もご飯に乗せて食べてみたいという要望が殺到したため急遽、赤みのラディ肉をバターで焼きそこに醤油をかけてご飯に乗せたシンプルなラディーステーキ丼。
次に卵と鳥の肉を醤油と砂糖を加えてから火を通してご飯にかけた丼も開発される。
これらは深川丼とならんですぐに大人気メニューになり、そのおいしさを聞きつけた近隣の貴族がぜひ味見をさせてくれと駆けつける事態にまで発展していた。
良い宣伝になるとニーサは隊士たちと一緒に貴族に提供すると、そのうまさに悶絶していく。
あそこまで米にこだわる真九郎を無碍にも出来ず米つくりに付き合った面もあったが、結果としては大成功であったといえよう。
来年は水田を倍以上に増やし、稲作を主体とした開拓村の開設を冬の間に数箇所同時に進めようとまで脳内で計画が進んでいる。
一時は顔色も悪くやつれ気味だった真九郎が大好物の米と醤油で元気になっていく様を見てシルメリアは安堵していた。
彼女も精力的に朧組の人員強化のために動き出しており、デュランシルトで人材を探しているという噂を聞きつけ軍を退役したばかりのベテランの使い手や、諸国を旅する手錬たちが数名情報を聞きつけ仕官先を求めてデュランシルトを訪れていた。
人材は欲しいが、性格面で問題のある人間を入れる気はないため粗暴すぎる者やあきらかに実力が足りていない者、また非魔法力所持者に対する偏見が著しい者はその時点で候補からすぐに外させた。
その上で採用したのは、貴族の子弟たちの嫌がらせにあい軍を強制的に退役させられた元軍人である。
貴族への敵対心は異常なほどのレベルでもなく、家族が魔法力の弱い家系であったため非魔法力所持者への理解もあることで採用になった。
名をブラムといい、性格的にはひょうきんで根が明るく協調性が高そうな面も評価を上げた。
次に西方大陸から流れてきた元傭兵で実力は中々のものだが、探知能力が非常に高い。
探知魔法もシルメリアと同等クラスの精度を使いこなせること、寡黙ではあるが物腰が柔らかく謙虚で彼から戦技指導を受けたいと申し出ができるほど現実面との折り合いがつけられる人材と思われる。
残りの二人はシルヴァリオンからの志願者で、対死界人調査機関としてのシルヴァリオンは対抗武装組織である武士団が設立したことによりその存在意義を調査や監視任務が主体としつつあり、奴らと一戦交えたいと一糸報いたいと考える隊員を武士団へ紹介することにしていたのだ。
彼らはよくデュランシルトへ駐在したことのある二人で勝手も知っており、シルメリアを姉さんと慕っていて使い易いと判断したようだ。
朧組は局長をシルメリア、副長をイングリッドが務めているが、彼らが入隊して最も驚いたのはその実力であった。
模擬戦を行うも新規隊員はシルメリアの鍛錬相手としてこてんぱんにされている。
逆にこの圧倒的実力差が彼らの意識を刺激し、朧組の存在意義と役割分担、どちらが上でも下でもなく両者あっての武士団であるということを理解してくれるようになった。
朧組は人数が限られていることもあり、鬼凛組のような小隊は作らず一隊のみの精鋭部隊として機能することが求められる。
その上で精鋭としてシルメリアは自身の持つ無音声詠唱と移動発動のコツをなんとか伝えられないかを苦心していた。
レインドにも相談したが、あの雷神の御子でさえ不可能だった移動発動。
シルメリアは論理的に相手にわかりやすく伝えるということが苦手で、教え方のコツを真九郎に習うことも多い。
彼の教え方は今そこで苦しんでいる、そこが分かれば先に進めるという段階にあった助言と指導をするのが非常にうまい。
教え方の下手な人間の特徴とも言えるのが、今思い浮かんだこの先学ぶ必要がある内容を、適切な順番など考えず順番の前後が入り混じった雑多な洪水のように情報を与えるだけで放置してしまうことだ。
しかも、何故分からないのか?必要なことは教えたはずと突き放すことも多く、こういう指導者に当たったのは不幸と言わざるを得ない。
シルメリアもこの点は真九郎から注意されていたので、より段階を意識して指導計画を立てるように務めた。
すると自分でもなるほどと思える段階の発見があり、移動発動に関しては念の練り始めの段階・・・・念の元となるようなストックを用意するという手法を編み出した。
さっそくイングリッドを実験台にし彼女なりに指導を試みたが、なんとか初級呪文程度ならば移動発動が可能なまでに達することができた。
イングリッドからもらったフィードバックをさらに議論し、他の隊士たちへ指導をしていくと1人、また1人と念のコントロールに余裕が出来始める。
ここで習得したブラムがそのコツについて、「遊びをつくって半生」と表現した。
ストックする念をはっきり作成せず半生にするのがコツなのだと分かると他の3人も元々優秀なこともあり、次々と移動発動を初級ながらも獲得していく。
こうなると重要になってくるのが騎乗だと真九郎が指摘した。
なんでだろう、馬車でいいじゃないかと思っていたが理由を聞いて納得する。
「鬼凛組の侍が朧組に勝てるとしたら、呪文発動途中に止まっている相手を狙うことが重要になる・・・・つまりだ呪文発動の詠唱は大きな隙なんだ、シルメリアは移動発動ができることで重大な隙、弱点を克服してるんだよ」
「でもどうして騎乗なの?馬車ではだめなの?」
「馬車で問題ない術であれば構わないが、騎馬による長距離移動とその速度を活かした突撃中の迎撃や攻撃が可能になる、騎馬で突っ込んでくる相手から呪文が飛んできたらそれだけで人間相手になら優勢に立てるし、突撃中の鬼凛組の援護を呪文で行えれば犠牲を少なくできるはずだ」
「すごい!!!なんでそんなことを思いつけるのですか?」
「思いついたのではない、故郷で軍楽や軍事の基礎を学んだからこそ気付けただけだよ」
「それでもすごい・・・・・」
「まだ続きがあってね、これは朧組全体で連携して騎乗発動を行う技量が伴わなければ自滅に至ってしまう・・・・・かなり厳しい訓練が必要なはずだ、騎乗能力の高いヴァンや紅葉を騎乗指導に回すよ」
「ありがとう真九郎・・・・・・武士団を磐石なものにするのって、底が見えないほどに地道で壮大な作業になるのね・・・・」
「そこで焦ってはいけない、今ある実力を把握しその中でどう立ち回るかを考える頭を少し残しておくと楽になる」