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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第四章 武士団
46/74

4 傷痕

 今回の事後処理のためニーサは四方八方飛び回っていた。

帝国の元老院は侯爵家に手を出したと激怒する者が多いが、皇帝陛下が禁止している奴隷売買に手を出したことを引き合いに出されると俯き黙り込む者が多い。

非公式会議に出席したニーサは元老院から新参者が調子に乗るなとの叱責も多数受けていた。

「では弁明させていただきます、まず我らが取った行動の根拠となるものは、帝国貴族の領土内自治権と条例に関する法令により定められた条例、領内で発案され帝国皇帝に了承された条例24556号によるものであります」

「なんだその24556号とは!!」

「はいお答えします、[ 奴隷商並びに奴隷仲介人など関係者の領内への立ち入りを一切禁止する。もし誘拐や奴隷を確保する行為が行われた場合は斬首に処す ]」

「ざ、斬首!!!??」

「はい、既に捕らえた奴隷商人たちは全て斬首にしております」

「な、なんだと・・・!!!」

出席した帝国貴族たちは平然とやってのけたレインド配下の武士団という集団に、感じたことのない恐怖を抱き始めていた。

「我らがレインド辺境伯の要求は、シャイム侯爵の身柄を受け取った上、デュランシルトにて斬首に処したい とのことです」

「!!!!!!」

彼らはレインドという少年が穏やかな陽だまりの中で小鳥たちと戯れているほが似合いそうという印象しか持っていなかったことから、その要求が醸し出すギャップの恐ろしさに身震いする者まで現れていた。

「く、首を切り落とすから身柄を渡せというのか!??」

「はい、そう申しております」

平然と言ってのけるニーサの度量にも驚かされる・・・・・

「その、ニーサ殿・・・・なぜこのような野蛮なことを要求されるのか・・・・」

「野蛮ですって?」

「そ、そうではないか首を切り落とすなどと・・・・」

「では、身勝手に人を攫い奴隷にし、人の尊厳を奪い使い潰す奴隷商人と奴隷の雇用主たちは野蛮ではないのですか!?」

「いや、奴隷はたしかに野蛮ではあるが・・・・」

「我らの仲間は奴隷商人たちに攫われ捕らわれていた過去を持つ者たちも多くいます・・・・・だからこそ二度とこのようなことを起こさせません」

「そのもっと穏便な方法もあるであろう、知恵者のニーサ殿のことだきっと代案でも・・・・」

冷や汗を拭いながら副議長がニーサをすがるような目で見るが・・・・」

「代案などございません、我らデュランシルトと武士団に害をなそうとする者には全力で抵抗します、いかなる犠牲を払ってでも!」

聞いたこともないニーサの凛々しい怒声に会場は静まり返る。

「ニ、ニーサ殿・・・・デュランシルトとレインド辺境伯の覚悟は理解した・・・・だが帝国貴族の名門を一介の辺境伯が処断すれば帝国は内乱が起こりかねないのだ・・・・ここは副議長の私に預けてくれんか・・・・」

随分と譲歩してきたこと・・・・自分ごときの啖呵では相手にされないだろうと思ったが異質の武士団の存在が貴族たちに恐怖として知れ渡り始めている・・・・良い傾向だ。



元老院と大貴族たちとの話し合いの結果、妥協案が示されることになった。

奴隷商に通じていたという事実は皇帝陛下の命を破ったということで、厳しい処分が望まれたが斬首という稀に見る残酷な処罰に対しては貴族たちからも反発が相次いだ。

その理由は押して知るべしで、愛玩用の奴隷を持っていない貴族を数えるほうが早いのだ。

シャイム侯爵家はシャイム現侯爵の隠居と所有鉱山の採掘権をレインド辺境伯に移譲するという提案を出した。

シャイム家の所有鉱山はミスリルを始めとする希少金属を産出する帝国でも有数の鉱山である。

最悪、現侯爵は斬首されシャイム家は取り潰しとなる・・・・そのためならば鉱山を差し出してでも家を守るという決断であった。

だが結局この一件は帝国の3大貴族と称されるラグレイ侯爵の仲裁で白紙になった。

ニーサの見事なまでの根回しと策略が成功したのだ。


「ニーサ殿・・・・私はあなたが恐ろしい・・・・」

ラグレイ侯爵邸で開かれたささやかな慰労会で老いた体をソファに沈め深いため息をついていた。

「いえ、全てはラグレイ侯爵のお人柄と人望があってこそです」

「だが、一部の貴族たちはこれで君たちを完全に敵と認識したのではないか?」

「元々相容れる相手ではありませんので敵と明確となっただけ、お互いやりやすくなったのではありません?」

「そ、そういうものかのう・・・・帝国貴族や近隣諸国もデュランシルトと武士団を無視できなくなったな・・・」

「ええ、好意的な相手には好意で対応し、賄賂やその他のやり取りは必要とせず経済的な協力関係を構築し、もし死界人が現れた際には武士団を派遣する・・・・」

「・・・・・シャイム侯爵領から人の流出は進むであろうな・・・・」

「ええ、デュランシルトでは移民を制限しております、ですが友好的な貴族方の領地への入植なら歓迎するところも多いのではないでしょうか?」

「たしかに・・・・・あの大殺戮からの人口減少のせいで荒れ果てた土地の開墾は遅々として進まぬ・・・・しかしデュランシルトは瘴気に汚染された土地でさえ実りに満ちた土地にする方法を有しているという・・・・」

「デュランシルトは対等な友好関係を結ぼうとする相手には対等に礼儀を持って接しましょう、ですが敵意や悪意を向けるのであれば我らは仲間を守るために全力で立ち向かいます」

「・・・・・生き様と実益で貴族たちを味方につけるか・・・・」

「ラグレイ侯の領地にも多くの移民たちが訪れることでしょう」

「そのための譲歩案・・・・・領地を離れる者を正当な理由なしに迫害、資産の没収、、拘束をしてはならぬ・・・・か」

「この譲歩案一つで・・・・・貴族の勢力図が一変するな・・・・」

「私は帝国の発展に繋がると考えてもいるのですが」

「ああたしかに・・・・デュランシルトの開墾方法が伝われば帝国はかつての反映のほんの一部でも取り戻すことができるかもしれぬ」

「ラグレイ侯・・・・・今後とも良い関係をお願いしたいものです」

「この老骨であれば使い潰してくれ・・・・・ワシはな・・・・・憎いのだよ、奴隷商人と死界人が・・・・・」

「私も同じ思いです」



シャイム山荘事件として貴族たちの間で語られることになった今回の事件は、デュランシルトと武士団の恐ろしさと凄まじい戦闘力を内外に示すことになった。

奴隷商人たちもあそこにだけは手を出してはいけない、と知られキーマンであったシャイム侯爵の脱落もあり帝国領内での活動も減少の一途を辿っている。

女性たちだけでなく、帝国貴族たちからも味方になっておいたほうが良いと接近する者が朝夕に限らずデュランシルトに訪れることになってきた。

このためレインドとニーサは帝都に小さい公邸を一つ用意しそこで貴族たちと会談を行うことにした。

基本方針は対等、経済協力や交易品や特産品の流通協定などはニーサが担当する。

レインドはいつもにこにこと穏やかな少年で、まさか斬首せよなどと言い出すとは想像できない見た目に見えるのだ。

だからこそ、貴族たちは恐れた。

武士団派兵について貴族たちが口に出した際は、レインドはいつも同じ言葉を伝えるようにしている。

「我が武士団は皇帝陛下の命によって迅速に死界人の殲滅に全力で当たります、もし子爵様の領地で発生した場合は共に奴らを撃退しましょう」

「共に・・・ですか!?」

「ええ、武士団は戦闘集団ですが、食事や休憩、物資なども消耗します、奴らが出た場合は詳細な地図や地域の情報を提供してもらわねば動けぬこともありますゆえ」

「た、たしかにレインド伯のおっしゃるとおりです!、はい、その際は全力で後方支援させていただきます!」

「ありがとうございます」



ニーサが貴族たちとの話し合いでレインドに徹底してもらったのは公平性である。

話し合いに応じた貴族たちからは金品などの賄賂は一切拒否し、友好政策を提案した貴族には同じ内容の返答を行う。

また、一度揉めた相手でも再び会談の申し入れがあればどんな失礼な態度をとった相手であっても話し合いに応じた。

これを精力的にこなすことにより、貴族たちのレインドに対する評判は高まった。

根に持たぬ穏やかな気性だから、敵対した貴族も話し合いに応じたほうがいいという噂で持ちきりであったが、シャイム侯爵家だけは公然と拒絶したのだ。

仲間に危害を加えた者には容赦しない、という強烈なメッセージはある意味発言の一貫性を裏付けるものであり良好な関係を気付いた貴族たちは胸を撫で下ろしていた。

だが一方で、氷血の宰相と恐れられたのはニーサだった。

あまりに緻密で冷徹で容赦のない知略の海に絡めとられ氷漬けにされることを恐れる貴族たちは多い・・・・・



そしてけじめとも言うべき儀式を行うため、デュランシルトの街から離れた平原の真ん中に人が集まっていた。

先日真九郎によって捕縛されたシャイム侯爵家の家臣であるエザルーマである。

平原まで来たのはこのような人間の皮をかぶった化け物の血で、デュランシルトを汚したくないという、レインドの意志であった。


「おい!!こんなことをして無事で済むと思うなよ!!!」

エザルーマは禿げ上がった醜い顔で口角泡吹きながら好き放題言い放った。

「シャイム侯爵のお力を持ってすれば貴様ら野蛮な者共など、すぐにこの地上から消してくれるわあああああああ!」

ニーサはエザルーマにある書状を見せ付けた。

「これは誰の筆跡か、あなたになら分かるわよね?」

「こ、これは・・・・」

内容はこのエザルーマが奴隷売買取引の総責任者であり、自分は黙認していたという内容が書かれている。

実際のところ、だから自分だけは助けてくれという内容なのだが。

「くそう!!!あの肥え太った豚貴族めええええええええ!」

「言い残すことはそれだけか?」

そこには漆黒の衣装を着込んだレインドが髭切を手に現れていた。

「ひっ!!あ、あ、あ・・・・・!!」

「貴様は我らの仲間を領内から攫い、さらに帝国の子女を攫い監禁陵辱し死に追いやった」

噂に聞くレインド辺境伯の放つ殺気は、鬼凛組や立会いたいと申し出た一部の捕らわれていた少女たちでさえ後ずさりしてしまうほど鋭く凍てついたものであった。

その殺気を直接向けられたエザルーマは失禁し恐怖で取り乱していた。

その様子を不快に思ったレインドは髭切を抜き放ち、虚脱状態にしてしまう。

少女たちは見届けたいという思いを尊重し、予め虚脱になってもらっていた。

「はっ!!!ま、また・・・・なにが・・・」

ニーサは凛とした声で領主レインドの命を読み上げた。

「シャイム侯爵家家臣、エザルーマ・ビヨルド! 貴様にはデュランシルトにおける誘拐行為、奴隷売買取引、並びに殺人の罪で斬首に処す!」

引き出され首を下げられるエザルーマは恐怖で怯えるばかりで何も言葉を話すことさえできなかった。


 振りかぶられる髭切は日輪の光を受け光り輝いていた。

「地獄で罪を償え、人の皮をかぶった化け物よ!」

トンッと首が地に転がるやけに軽い音だけが静かに響き渡る。

真九郎の差し出した懐紙で刀を拭い、鞘に納めるレインドの表情は晴れ晴れといったものではなかった。

しかし皆はこれで一応のけじめがついたことに安堵している。


この首を冷凍処理したニーサは、あろうことかシャイム侯爵家に送りつけたのである。

この事実が広まると貴族たちは震え上がるのと同時に、言ったことを本当にやってのける覚悟があるのなら死界人に対しても決して臆することなく立ち向かってくれるだろうという認識が逆に広まることになった。



捕らわれていた親元から誘拐された子はザインやシルヴァリオンの手で送り届けられたが、身元引き受け人が見つからないケースも多かった。

無事に両親の元へ帰ることができたのはわずか5名程度で、家族ごと殺され拉致されたケースや、継母や実母に売り飛ばされた子も数人いたのである。

この少女たちの今後についてニーサを中心に話し合いがもたれていた。


「現在、帰る場所のない少女たちは13名で、10歳未満の子供たちが5名、13~15歳が4名、15歳~18歳が4名の内訳になっています」

ニーサの報告に会議に参加した者たちからも不憫だと同情する声が多く漏れてきた。

「この子たちをずっとデュランシルトで保護することは財政的には厳しいですが、可能な範囲です、しかしそれが彼女たちにとって良いことなのでしょうか」

ここでナデシコが珍しく意見を述べる。

「ニーサさん、あの子たちの意思はどうなっているのでしょう?」

「まだ聞いていないわ、それを聞く前にある程度の方針を決めておきたかったの」

「そうでしたか・・・・」

ナデシコは他人とは思えない彼女たちをなんとか救ってあげたかった。

だがその時思いもよらない人物から声がかかった。


「失礼、今日このような会議があると知り無理に参加させてもらったヴァルレイと申します」

身なりの良さそうな中年男性は立ち上がり話を進める。

「まずなぜ私が今日無理を言って参加させてもらったのかを説明したいと思います、武士団の方々に保護されご両親の元へ帰った少女の1人が我がトレボー商会のベテラン番頭であるシュミッツの娘さんだったのです」

「なんと・・・・」

「シュミッツは職を辞し娘を探すために旅に出ようとしていた矢先でした、ですが今回娘さんが戻ることになりシュミッツだけでなく商会の主であるトレボー・マクニエルまでもが感銘を受けぜひデュランシルトにこの件で援助したいということなのです」

少々大げさに話す癖がありそうなヴァルレイだが、根は悪人ではないように思える。

また商会がただで援助というのは、ありえない話でそこには必ず儲け話が絡むであろう。

そう考えたニーサはヴァルレイの腹を探ろうと試みた。

「そうでしたか、ご両親の元へ戻ることができて本当によかったです、ところでトレボー商会は帝国の有数貴族との取り引きも多い大商会・・・・敵対する貴族の多い我々に援助して問題なのでは?」

「これはご心配を頂いたようで恐縮です、その話はつい先月以前のものなのですよ、現在はデュランシルトとどれだけ良い関係を築けるのか!これが貴族たちの優先課題になりつつあるのです」

ここでレインドが手を上げて話に割り込んだ。

「つまりだ、ヴァルレイ殿はこう言いたい訳だな? トレボー商会のデュランシルト支部を設立したい・・・・と」

「なっ!!」

見事に狙いを看破され大粒の冷や汗を垂らすことになったヴァルレイ。

「良い話だと思うがどうだろうニーサ」

「ええ、トレボー商会が彼女たちの支援をしてくれるのであれば心強いです」

「あ、ちょ、ちょっと待ってください」

「どうされたヴァルレイ殿?」

「あ、その、商会支部を設立したいというのは本当です、お見事ですレインド伯・・・ですが援助の件は主であるトレボー・マクニエルの本心なのですそこだけは分かってほしいのです」

「もちろんだヴァルレイ殿、本心でなければあなたのような片腕をここに送り込むはずがない、ついてはニーサより良い案があるようなので頼む」

「はい、トレボー商会の協力が得られるのであれば、一つ提案したいことがあります、それはこの武士団では知ってのとおり魔法を使えるものが一部しかいないため、使用人を多めに雇用するかどうかを検討中でした」

「ほほう・・・」

さっそくヴァルレイが話しに食いついてきた。

「武士団では子供たちと一緒に一般知識や教養の授業を受けてもらいながら、使用人として仕事をし対価として給与を得る・・・もちろんいつ辞めてくれても構いません・・・・まあトレボー商会さんが雇用した後、武士団で勤務という形でも構いませんが」

「なるほど・・・・それなら幼い子供たちの将来も開けますな」

ニーサはここでヴァルレイという男を見誤っていたことを恥じた。何より子供たちの将来を案じたのは好感が持てる。

「この件をトレボー商会が支援したと広まれば、社会的な評価も高まることでしょう」

「ふぅ・・・・ニーサさん、うちの商会に来てくれませんか・・・・いや本心からあなたという才能が欲しい」

「ありがたい申し出ですがお断りいたします」

「そうですか・・・・いやあ残念です」

「ヴァルレイ殿、ニーサは私の大切な腹心だ、そこまでにしておいてもらえるか?まあ高く評価されるのはうれしいことではあるがな」

「これはレインド様、失礼しました」

「ではヴァルレイ殿、雇用形態と給与面、そして双方の負担額については後ほど詳しく相談いたしましょう」

「はい、それで構いません」



デュランシルトで職が持てると聞いた時の彼女たちの喜びようはすごかった。

手をとりはしゃぎ回り、抱き合って泣いていた。

全員が武士団での雇用に迷わず即答する。

ナデシコは中でも心に深い傷を負った4人の少女たちの面倒を親身に姉のように面倒を見ていたから、自分のことのように喜んだ。

そして筋違いな願いと知りつつも、マユに相談したところ今日の夕方にその子たちを連れて湖畔まで来るように伝える。

マユに呼び出されたナデシコと4人の少女は、湖から現れた聖獣ピスケルのかわいさに顔が緩んでいた。

「かわいい・・・・」

「聖獣ピスケル様だ、水の御使い様の眷属なんだよ」

「す、すごい・・・・聖獣様・・・・あ、私たちが近づいたら・・・・」

そんな自虐的な思考になっていた少女たちに近寄るピスケルは水を操り淡く輝く清浄な水の珠で彼女たちを包むと優しい鳴き声を発した。

「ぷお~ぷお~」

水に包まれながら、何が起きているのか分からなかった少女たち。

やがて水がさーっと引いていく。

するとマユが少女たちを引き寄せ抱きしめながら囁いた。

「聖獣ピスケルはね、穢れた存在が苦手なの・・・・・・でもね、ほらピスケルは君たちはまったく穢れていないって、ぼくと一緒に遊んでって」

「ぷお~」

少女たちはピスケルに抱きつき子供のように泣きじゃくりながら、その身が穢れていないと証明されたことのうれしさとピスケルとマユそしてナデシコの優しさに涙した。


この一件で吹っ切れた4人は率先して後輩たちの面倒を良く見るようになる。

ニーサとヴァルレイの話し合いにより、武士団が3、商会が7を負担することで合意し、少女たちの願いでラヴィ班と名付けられた使用人グループは武士団と生活を供にすることになった。

ラヴィ班が来てくれたことにより、武士団の生活はさらに快適になりやはり毎日お風呂に入れるという贅沢をラヴィ班の少女たちも満喫していた。


戦後処理はようやく終わったというべきであろうか。

だが人々の心に刻まれた傷跡は消えることはない・・・・願わくばその傷跡は誰かを優しく包むための糧になるだと信じたい。




季節が初夏から夏に移り始めていた。

からっと過ごしやすい気候のためデュランシルトの住民たちは夕方になると月藍湖のほとりで涼みながら過ごす習慣が生まれていた。

湖畔には冷えた飲み物や冷たい菓子を売り出す屋台も出始めており、巡察に来ていた十六夜たち睦月隊はこの穏やかで平和な空間を汚さぬよう静かに見回りを続けている。

そして鍛冶場の隣に立てられた鎧場ではジングやドワーフ工房からの人員が送られ主力部隊用の鎧製作が佳境に入っていた。


主力部隊とは、次の死界人戦で表舞台に立つことが予定されている者たちである。

ヨシツネ、ナデシコ、サクラ、十六夜、紫苑、半兵衛、マグナ、ベント、リヨルド、夕霧 がその候補であった。

この10名用の鎧をオーダーメイドで作り上げ、その後各隊士の鎧製作に移ることにしている。

まず真九郎やナデシコたちの要望であった、軽く丈夫で動きやすい、を実現するためにジングたちは苦心に苦心を重ねていた。

そこで真九郎の筒篭手の構造を分析し、できればとの要望であった当世袖の概要を取り入れた軽鎧の作成に取り掛かる。

貴重な竜の飛膜とレレルギィと呼ばれる海竜のヒレを使い篭手と胴のベースを造り、丈夫で軽量なことで有名なシュザリア鉱石を精錬し薄く延ばし格子状に胴を補強しさらに竜の牙を削りだした止め具で強度を上げることにした。

篭手に関してもより軽量化をはかるため当世袖とセットで竜の皮を重ね軽量化呪文を丁寧にかけつつ、縫い上げていく。

これにより、より軽く密着しても動きを阻害することのない胴や袖、篭手が完成した。

後は1人1人サイズや微調整をすることになったが、この鎧は鬼凛組にはかなり不評であったのだ・・・・

「何が不満なのだ」

注文通りの要望取り入れた渾身の鎧が不評であると知り、ジングはかなり機嫌が悪かった。

「いえ、ジングさん不評ではなく・・・・その」

ナデシコや紫苑、リヨルドが弁明しようとするがドワーフが怒ると頑固なのであまり話しを聞こうとしない。

「性能は大満足なのですよ、性能は」

ナデシコの意見にジングが噛み付く。

「性能がよければいいではないか」


「でも・・・・かわいくないだもん・・・・」


「・・っか!!!かわいくない・・・・だと!!!」

ジングは完成した鎧を改めて見直してみた・・・・・たしかに骨や皮・・・それを縫い合わせた外観はおどろおどろしい異様さを秘めている・・・・・

「・・・・・・・性能に意識が向きすぎて忘れておったわ・・・・・」

「えっと、せめて鬼凛組ぽい感じになるとうれしいなぁ・・・と、性能は最高です!でもこれ着てたら・・・・悪役みたい」

ナデシコの率直な意見に、皆がうんうんとうなづいていた。

「わかった・・・・・色は何がいいんじゃ!」

「師匠は紺地で蝶の模様を入れて欲しいと、蝶はできれば金糸で」

「そうだな、外観を追加となれば重量はそれほど増えないだろう・・・」

「ジングさんお願いします、手間を増やしちゃってごめんなさい」

「いや・・・・こちらこそうっかりしていたわ・・・・たしかにこれでは・・・化け物が着ていそうだわい・・・・」



紆余曲折あったものの、ジング作の鎧の雛形が完成した。

ヨシツネが身に付けて試合を行ってみたが、動きは阻害されず打撃にも強い見事な鎧である。

そして問題となった頭部防具の検討に移った。


頭部は視野が狭くなるほうが困るという者が大半を占め、鉢がねと以前からサクラが使用している頬当てを導入する方針が決まっていた。

素材が貴重品であるため、10名分の鎧製作で限界であるが他も素材を再度厳選し数を確保する見通しである。

そして皇帝から直接素材や資金の提供があった真九郎とレインド用の鎧が完成した。


帝国の宝物庫に眠っていた各種貴重な素材をどんっとジングに皇帝が渡してしまっていた。

構造自体は主力組と同じだが、脛当てと簡素化された草摺が両腰を保護しており、より実戦向きの仕様になっている。

この当世袖とセットの草摺は非常に軽く丈夫に出来ており、真九郎はこの出来に満足していた。

鎧を装着し鍛錬をし動き回ってみたが、動きを阻害される感覚はなく胴でさえ違和感を感じない。

「これはすごい物を作ってくれたものだ」

「お前さんに褒められるとこう職人魂を刺激されるなぁ」

「これで・・・・また仲間を救うことが誰かを死界人から助けることが出来ます、ありがとうございました」

「必ず全員分の鎧は用意してやる、お前さんもあまり生き急ぐなよ・・・いい加減なぐらいでちょうどいいのだ」

「肝に銘じます」





シャイム山荘事件が一段落してから数日、真九郎は街の入り口へシルメリアの帰りを確認しに行くのが日課になっていた。

探知連動結界の設置に出払ってもう一週間以上経過している。

シルメリアとイングリッドであれば例え大軍に囲まれたとしても突破できる実力を持っているが、帰りがさすがに遅すぎるとニーサと心配していたのだ。

会えない時間というのはこうも愛しさを募らせるのか・・・・

君の手を握りたい・・・・・指を絡ませたときに見せるその恥じらいの表情をもっと見ていたい。

考えれば考えるほど思いは燃え上がり、煩悩を刺激する。


あまりこういうことを考えるのはシルメリアにも失礼だと自分に言い聞かせ、早朝の鍛錬に戻っていく。

迷いを煩悩を断ち切るように稽古していると、後ろからふいに声をかけられる。

『今日の太刀筋は珍しく鈍いな』

最近の不破は稲の様子を散歩しながら見物したり、ナデシコの槍の稽古に付きっ切りであった。

「お見通しですね」

『女子のことでも考えておったのだろう』

「不破さんは仏か何かなのですか?全部お見通しですね」

『そんなこと聞かんでも分かるわ、いいか緋刈よ、ここはなヒノモトではないのだ・・・・ならば妙な風習や仕来りは忘れてよいのだぞ?』

「そうかもしれません・・・・」

『この前な、皇帝が俺に謝りたいと言ってきておるので、あまりにもしつこいものだから会ってきたのだ』

「皇帝陛下が!?」

『なんでも、過去の先人が俺を殺してしまったことを詫びたいとな・・・・・だから言ってやったわ、お前さんには何の感情もない、悪いと思うのであればレインドたちを頼むと』

「そうでしたか」

『まあナデシコの通訳越しだからな、あいつが色々はしょっておるかもしれんがな』

「もうナデシコのお父さんですね」

『じゃじゃ馬なおてんばになりすぎてしもうたわ!あはははは!ところでな、ヨシツネの奴に不破を名乗らせても良いかの?』

「どういうこと??でしょう??」

『いや、わしもな・・・・多分もう長くここにはおれんと思うのだ・・・・ヨシツネとナデシコはいずれ夫婦になるだろう、ならばわしがここにいた証として不破の名を残してやりたいと思ってな・・・・』

「素晴らしいと思います、ヨシツネは今やこの武士団になくてはならぬ男・・・・レインドも兄のように頼りにしています」

『そうか・・・・ならお主からレインドに話しておいてくれんか・・・・』

「はい、ヨシツネも喜ぶと思います・・・・・不破さん私が行くまであっちの酒残しておいてくださいよ」

『ふはははは!!お前が来る頃にはあちらの酒など飲みつくしておるわ・・・・・やはり思わしくないか』

「まだやれますよ、せめて出来るだけ守れる力を準備しておいてやりたいですからね」

『そうだな・・・・・せめてワシらが準備を終えるまで大きな戦がないことを祈るばかりじゃ』




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